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  歩きながら、私は一連の情報を整理していた。
  その中に共通の目的――つまりは偶然を並べた者の意思を見出すために。
  思うに、あの事件は私が意識を失うまでで終結している。
  だとすると、事件の中心に位置するメインイベントは考えるまでもない。
  ――――志貴と姫君による快楽の宴。生贄となる私。
  それが、張られた蜘蛛の巣の中心だ。
  
  私の行く先にあらゆる偶然を――その姿を借りた作為的な必然を用意し、
  然るべき中心へと導けたのは一人しかいない。
  この巣を張った、一匹の女郎蜘蛛だけだ。

  
  翡翠が数日前から体調を崩しているのも知っていた。
  私の読解速度を知っていた。
  志貴と姫君の逢瀬を知っていた。
  翡翠の巡回時間を知っていた。
  だから、すべてが噛みあうように細工をするのは容易。
  動かない二つに、私の読書量を合わせればそれで終わりだ。
  
  私が翡翠に話した言葉をすべて知っていた。
  ――――昨晩、彼女は巡回していないのに。
  そして、なによりも。

  「翡翠は――――八つ橋を好きではない」

  つまり、答えは一つ。
  あれは翡翠ではなかったということだ。
  そう定義することで、存在しないはずの会話は復元される。
  一割のイレギュラー。
  あの優雅な友人は、九割方の常識さえ覆してしまうかもしれないなんて、
  悪ふざけの言葉を覚えている説明がつく。
  一割の心配も要らないと彼女は言ったが、その一割が私を気付かせてしまった。
  
  でも、一つだけ分からないのは。
  私を中心に据えたこの淫蕩な事件を、何故彼女は起こしたのだろう。
  悪戯というにはあまりに手が込んでいるし、個人的に彼女の恨みを買った覚えはない。
  この巧緻な策謀の中には、しかし動機というものが存在しない。
  何故。何故彼女は、私を選んだのだろうか。

  「そして貴女は動かない。
   この巣の中心で、私という獲物が辿り着くのを只待っている」

  足は、屋敷を離れて裏庭へ。
  その先に聳える大木の下に、彼女は待っている。
  あそこが、中心だ。
  
  「――――――」

  彼女がこちらに気付いた。
  持っていた長物を逞しい幹に立てかけ、うっとりと微笑む。
  それでも、決して動かない。
  幕を下ろすのは私の役割だと言いたげに。
  わかっている。
  これは大きな、本当に大きな戯れだ。
  だから、この手で終わらせよう。
  蜘蛛が望むのなら、私はこの巣を破り落とそう。
  深呼吸をして歩調を速め、足が木陰に踏み込んでからぴたりと止まる。
  一陣の涼風を挟んで、私はついに対峙した。
  そして、紡ぐ。
  彼女が記した、予定調和の最後の一言を。

  「――――――あなたが、蜘蛛だったのですね」

  はい、大正解です。
  蜘蛛は――――琥珀は、企みなどどこにも伺えない笑顔で締め括った。
  これですべては終わったのだが、
  私は、最後に一つだけ――この事件の真意を訪ねた。

  「糸にかかる蜘蛛を、見てみたかっただけです」

  夢幻の如くに巡らされた糸の奥で、琥珀はそう言って笑った。
  蜘蛛の斑は、くびれた花弁のように綺麗で――――
  
                        【No Miracle In This World...】



【後記】

  開けて吃驚玉手箱。
  たからばこは ミミックだった!
  ミミック は ザラキ をとなえた!
  パンドラ は しんでしまった!

  匣の底には希望なんてないのです。
  何故って? 神話のオチが二重底じゃあ決まりが悪い。
  哀れ可憐な錬金術師は、魑魅魍魎と蠱惑の宴。
  でも神様が女好きで助かった。世界は割と女寄りで回ってるかも。
  そんな不平等の救いで、シオンは真理に辿り着きます。
  現実は童話ほど残酷じゃなく、コンビニの餡饅程度には甘いのでした。

  んで、希望とかいう野郎はおそらくしみったれて底にへばりついちゃいません。
  高ーいトコから偉そうにふんぞり返って見下ろしてます。ああ腹立つ。
  匣のソコに実は希望があるのです。
  ま、ソコというのは底じゃなく其処だったという締まらないオチで。
  結局、女中心で地球が回ってるなら、最後に勝つのはあのヒトなんですね。
  長くてゴメンナサイ。只管に。