「以上です」
シオンから短的な締めの言葉を聴かされて、遠野家の応接間に集まっていた
五人は困惑した表情で互いの顔を見合わせ、また気まずげに逸らした。
五人とはいわずと知れた、アルクェイド、シエル、秋葉、琥珀、翡翠である。
そもそもこの五人が同じ場所にいてもお互い面白いはずもない。
いつもなら配られたお茶が飲み干される前に諍いが始まるのが常だ。
それ以前に館の主人である秋葉がこの場に集まることを許可したりはしない。
今日とて許した覚えはないが、自室に居るところを呼ばれて降りてきてみれば、
すでに他の面子は集まっており、抗議の声をあげる前にシオンが話を始めてし
まったのだ。
その話が途中で口を挟むのを躊躇わされるものだったから、この五人が集ま
って一時間近くも平穏が保たれるという奇跡が成り立ったっていた。
「それで?」
アルクェイドが沈黙に耐え切れなくなって口を開こうとした気配を察して、
秋葉が口を開いた。本来の力関係はともかく、この場での主人はあくまでも自
分だ。泥棒猫などにイニシアティブを取ることは許せない。
「説明はしてもらえるのでしょう」
本当は頭がかっかとしている秋葉だったが勤めて冷静な口調で問うた。当然、
とんでもない暴露話を始めながらもいつもの落ち着いた表情を見せているシオ
ンにも、場を支配するのを許すつもりはない。
「勿論です」
シオンは肯首すると挑戦的な目を一同に向け、口を開いた。
「わたしがこの遠野の館にお世話になって一ヶ月になります。吸血鬼化を回避
する方法の研究も続けていますが、アトラスの研究院での研究三昧、また、そ
の後の逃亡生活がこれまでの人生のほとんどであったわたしには市井の人々の
営みにも大変興味がありました。そこで、まずはわたしの身近な人であるあな
た方を観察させて頂いていました」
「それは目的に対して観察対象の人選が間違っているんじゃないでしょうか?」
琥珀が曖昧な笑みを浮かべながら口を挟む。
「ええ、残念ながらその通りでした。失礼ながらここに居る皆様は一般の「人」
ではありません」
翡翠が一緒にされてはかなわないと抗議の声を上げようとしたが、シオンは
構わず続ける。
「もう一つ共通していることとして、志貴を中心とした生活を営んでいるとい
うことが上げられます」
今度は全員が抗議の声を上げようとしたが、しばらく自分の普段の生活を見
つめなおし、気まずげにその声を飲み込んだ。シオンはその様子に満足気に頷
くと再び口を開く。
「別に皆さんの生活を否定するわけではありません。わたしが皆さんにお聞か
せしたかったのは、この一ヶ月に渡る観察の結果、このまま遠野の館で生活を
続けていれば、わたしもいずれ志貴に犯われるであろうという結論に辿りつい
たということです。わたしの計算したところ、この確率は果てしなく100%
に近いものになりました。そしてその場合、わたしもそれを拒めないだろうと
いうことです」
シオンは単調な声ながらも堂々と言い切り、少し顔を赤らめた。
「しかし残念ながらわたしにはそれに関する経験がありません。経験のなさを
恥じ入るつもりはありませんが、近い未来に迎えることが分かっていることな
らばそれがどんなものであるのかを知り、分析を行い、対処方法を検討してお
く必要があります。志貴の言いなりになるなどアトラスの錬金術師としては許
されないことですから。幸運なことにわたしはその為のサンプルには事欠きま
せんでしたし、エーテルライトを使ってより詳細なデ、データを得ることがで
きました」
データを収集していたときのことを思い出したのか、シオンの声は少し上ず
り、顔は真っ赤になっていた。
「ふーん、良くわかんないけど、シオンも志貴と犯りたいってこと?」
アルクェイドが興味のない表情で訊ねる。
「希望ではありません。これは計算に基づく確立です」
「ふーん、いいけど。わたしから言えることは、そんな風に色々考えているよ
り、頭を空っぽにした方が気持ち良くなれるってことかな」
「アトラスの錬金術師として、あなたのように本能のままに突っ走ることはで
きません」
「ま、志貴の激しい攻めを受けて考えている余裕があるかどうかは分からない
けど。あ、でもシオンまで加わったらわたしとの回数が減るんじゃないの」
「あなた方は何の話をしているんですか!」
二人の勝手な会話に秋葉が激昂して怒鳴り込んだ。すでに長い髪は黒と赤に
明滅している。
「この館でそんなみだらな話をしないで下さい。汚らわしい。それに何を勘違
いしているのか知りませんが兄さんはわたしのものです。あなた方の取り分な
どありません。大体なんですかシオン。あなたはこの館に厄介になっていなが
ら、兄さんに対してそんな邪まな想いを膨らませていたのですか」
「まあまあ秋葉様、これはシオンさんの言う「確立」って奴なんですから仕方
ないですよ。考えてみれば一ヶ月もこの館に居て、未経験だってことのほうが
驚くべきことなんですから」
琥珀の秋葉をなだめる言葉にシオンがその通りだと肯首する。
「仕方ないじゃありません!兄さんはただでさえ身体が弱いのに、あなた方が
まとわりつくからいつも疲れていて、わたしの相手をしてくれないんです」
「その辺はわたしと翡翠ちゃんが頑張って志貴さんを回復させておきますから」
「そんなことを言っているんじゃありません!」
「結局、いもうとも志貴と犯りたいだけじゃない」
さすがにそれを肯定することは憚られたのか、秋葉はきっと睨みつけること
にとどめた。アルクェイドは常人であれば一瞬で灰になってしまうその視線を
気にせずにシオンに向き直った。
「それにしても良くわたしにエーテライトをつけることができたわね。これで
も感知能力には結構自信があるんだけど」
「ええ、ちゃらんぽらんに見えても普段のあなたに気がつかれずに接近するの
は容易ではありません。しかし、あなたは志貴との行為のときだけは無防備に
なります。ですから、わたしが知りたいデータを得るだけなら容易でした」
「あはは、確かに志貴とやってるときは周囲に気を配る余裕ないもんね」
「わ、わたしはアーパー吸血鬼のように気を抜いたりはしません」
教会の沽券にかけてシエルが加わってくる。
「あなたはカレーの匂いだけで気が緩みますからさらに簡単でした」
シオンの冷たい声にシエルは声を詰まらせ、振り上げかけた拳を宙に泳がせ
る。
「皆さん、普段は一癖も二癖もあるお方ばかりですが、行為の最中だけは気が
緩むということがよく分かりました。注意事項としてしっかりと記録させてい
ただきました。もっとも琥珀さんにだけは気づかれていたようですが」
「あはー、やっぱり人に見られていると思うと燃えますよねー」
明るい琥珀の声とは裏腹に、他の五人はじとっとした目でその笑顔を見つめ
る。
「・・・不潔」
「そ、それはともかく」
ぼそっとした翡翠の声をきっかけに秋葉が我に返ったように声を上げる。
「兄さんがまだこの人達と、あまつや琥珀や翡翠とまで関係を持っているのは
許せないし、あなたが勝手にわたしと兄さんのセ、セ、・・・関係を見ていた
のも許せないけど、なんでそんなことをわたし達に教えるのかしら。気がつか
れなかったのなら黙っていれば済む話でしょう」
4人も確かにそうだと興味深げにシオンを見る。
「エーテライトは相手の意識を共有することができるだけではありません。共
有させることもできます。すなわち、わたしはあなた方にわたしがあなた方か
ら得た感覚というデータを、自分との行為の最中ではない、いつもとは違った
志貴を感じさせてあげることができるというわけです。あなた方と志貴との行
為を共有させてもらったのが悪いことだという自覚は勿論あります。許されな
い行為なのかもしれません。ですからわたしからも、せめてものお礼をさせて
いただきたいと思ったのです。こんなことでは許せないというのであれば、そ
れ相応の罰を受ける覚悟はあります」
シオンは淡々と、しかしきっぱりと言い切った。
その毅然とした態度に各々は互いに目を合わせる。
「罰を与えるとは言っても…」
勿論、志貴との行為を勝手に覗かれていたという事実は愉快なことではない。
しかしだ。
「いいんじゃない?面白そうだし」
最初にそれにのったのはアルクェイドだった。
そのあっけらかーんとした声に各々は一生懸命に考えていた否定する理由を
引っ込めた。正直な話、シオンからそれぞれの行為の話を聞いていたときから、
その志貴に犯されている姿を自分に置き換えて想像を膨らませ、秘所を湿らせ
ていたのだ。
「わたしはアルクェイドさんの正常位でいっちゃうって言うのが羨ましいです
ねぇ。わたしなんか槙久様に調教され尽くしちゃいましたから、普通じゃ感じ
ないんですよねー」
「ぐ・・・」
秋葉も琥珀に槙久のことを持ち出されては口を閉ざさざるを得ない。
「そ、そういえば瀬尾の持っていた本にお尻も気持ちがいいって書いてありま
したわ。遠野家当主としてはそのような畜生以下の行為が許されるはずもあり
ませんが、その快楽を経験しておけば役にたつことがあるかもしれません」
「ち、畜生以下ですって!わたしだって好きでやっているわけじゃありません。
遠野君がせがむから仕方なく」
「はいはい、いいからいいから。それで、シエルは誰のが好みなのよ」
「ぐっ・・・、あなたの意見を聞くのは不本意ですがこれ以上話を引き伸ばし
ても仕方ありません。それについての話はまた今度にしましょう。そ、それで
口に突っ込んでもらう指を、そのー、カレー味にするというのは可能なのでし
ょうか?
「あんた、またそれ〜?」
「あなたはもう少し他の考えがないのですか?」
「あはは〜間違って食べちゃったら駄目ですよ」
「カレー味の指・・・」
呆れかえる一同と、複雑な表情で自分の指を口に含む翡翠。
「い、いいでしょう。どうせ見るなら自分の一番望む夢を見たいのは当たり前
じゃないですか」
「カレー味ならわたしも知っています。データの変換は可能です」
「メシアンのカレーですよ」
「努力してみます」
「わたしは志貴様をしばりたいです」
翡翠が右手を小さく上げて希望を述べる。
「翡翠ちゃんはいつも志貴様に逃げられていますからねー」
「しかしそれは難しいかもしれません。わたしが得たのは琥珀さんが縛られる
ことによって得た快楽です。縛る側に回った快楽ではありません」
「それは困りましたねぇ。あ、でしたらこうしたらどうでしょう?わたしを縛
っているときの志貴さんのデータを使うんです。取ってあるんでしょう?」
琥珀の何もかも見透かしているような問いかけに顔をしかめながらシオンは
答える。
「はい。それが翡翠さんの望んでいる快楽と一致するかどうかは分かりません
が、その方法なら可能です」
「よーし、それじゃあ次はわたしの番ね。でも迷うなー。お尻にも興味がある
し、道具を使うってのも面白そうだし。ああーどれか一個になんか選べないよ」
真剣に頭を悩ませるアルクェイド。その様を見て、シオンの口元が少しほく
そえんだ。
「ただいま」
志貴は館に入ってすぐに違和感に気がついた。
いつもなら扉の前で待ち受けている、もしくは「申し訳ありません」と待っ
ていなかったことを謝りながら駆けてくる翡翠の姿が見られるはずだが、それ
がない。しかし違和感はそれだけではなかった。
秋葉も琥珀も館内にいる感じはする。しかしその気配がやけに希薄なのだ。
なんだ?
志貴がその違和感の原因を調べ始める前に、最近新たに加わった同居人が姿
を現した。
「ああ、志貴。ちょうど良かった」
応接間から出てきたシオンの表情の薄い顔はすこしやつれて見えた。
それと同時に、シオンが出てきた応接間から違和感の元凶のようなものが漏
れてきているのを感じ取った。
「ちょうど良かったって?」
志貴は緊張しながら近づいていき、さきほど感じた違和感の正体に気づいた。
匂いだ。
強烈な牝の匂い。
黙したまま応接間の入り口に立つシオンに並んで部屋を中を見た志貴は、一
瞬言葉を失った。
カーテンの開け放たれた窓からは庭の植木の陰と、金色と紫の混じりあった
空が見える。
朝には日が差し込むこの部屋には、夕刻には影がその姿を降ろすのみである。
その影の中に五人の女がいた。
誰もがソファーの上、もしくは床の上に力なくその身を横たえ、惚けた貌を
虚空に見せている。
そして部屋の中に充満している濃密な牝の臭い。
その臭いは、牡の本能をどうしようもなくかきたてる。
「心配ありません。気を失っているだけです」
いつまでも絶句したままの志貴に、シオンが口を開く。
「気を失っているだけって、・・・シオン!これは君の仕業なのか?」
「落ち着いてください志貴。確かにわたしが原因ですが、これは彼女達が望ん
だことです」
そう前置きをして、シオンはこれまでの経緯を説明した。
「そして真祖が提案してきたのです。どうせなら五人の快感を一度に味わうこ
とはできないのかと。そしてわたしが可能だと答えると、他の四人もそれを望
んだのです」
「それで、実行したのか・・・」
志貴は苦々しく問う。
「はい。無用な混乱を避けるために彼女達には告げませんでしたが、レン、晶、
ときえ、一子、都古とのデータも加えてあります。10人分の快感には、さす
がに志貴に鍛えられた彼女達でも耐えられなかったようで、見てのとおり皆さ
ん気絶されてしまいました。もっとも琥珀さんは自分で調合した薬を併用して
いた影響もあるとは思いますが。」
「なんでそんなことを!」
興奮しては駄目だと、どこかで警鐘がなる。
しかし志貴は気が荒ぶっていくのを止めることはできなかった。
この異様な部屋の光景が、充満している臭いが、志貴の箍を一つ一つ緩めて
いく。
「さきほどの説明では不足でしたか?」
そのシオンの冷静な対応が、また志貴を狂わせていく。
「分からない。分かるわけがない」
すでに志貴には何が分からないのかすら分からない。
「そうですね、わたしにも分かりません」
ここまで毅然としていたシオンが始めて呟くような言葉を落とした。
「データはできる限り集めました。知りうる計算式は全て用いました。何度も
計算をやり直しました。それでもわたしには分からなかった。志貴がどのよう
にわたしを愛してくれるのかが導き出せなっかたのです」
物憂い瞳が志貴に向けられる。
ぞくりと志貴の背中を何かが走りぬけた。
「オレが君を抱くのは決定じゃ・・・ない」
志貴は何とか言葉を搾り出す。言葉とは裏腹に、シオンに飛び掛っていきそ
うになる衝動を押さえるのに必死だった。
「決定ではありません、志貴。確立です。そしてその確立を満たす条件はすで
に揃っていました。ただ、今まではその条件を邪魔する因子が作用していただ
けのことです。そして今まで散々邪魔をしてくれていた因子たちは今ここで快
楽に溺れている。もう、わたしの確立を乱す条件は存在しません」
シオンは「ラン」として志貴を見据える。その貌が紅に染まっていたとして
も、この薄暗い部屋では判別できない。
「オレが・・・オレは・・・」
志貴が最後の理性で抵抗しようとする姿を、シオンは慈しみを持って見つめ
た。
「志貴は据え膳を喰わないような男ではありません。このわたしのデータに狂
いはない自信があります」
シオンはゆっくりと上着を脱ぎ、スカートを下に落とす。
勤めて冷静を保とうとするが顔は赤く染まり、手が震える。身体全体が熱を
持ったかのように火照る。
自分の体が思うように動かせない。しかしこうなることも計算のうちだ。
そう、計算通り。ここまではうまくできているはずだ。
帽子を取り、背中に長くたれた三つ編みを前方に回す。
「駄目だ」
いきなり肩を掴まれた。
視線をおろしていたシオンはびくっと身体を震わせ、三つ編みをときかけて
いた手を止めておずおずと顔を上げた。
目の前には志貴の顔があった。
いつになく真剣なまなざしは怖い。
「あっ…」
シオンが発した言葉は途中で詰まる。
肩を捕まれることは計算のうちだ。
でも、こんな怖い顔を見せられるなんて考えていなかった。
ここまで必死に作っていた虚勢がどろどろとはがれ、不安が半裸の身体を包
んでいく。
感じるはずのない寒さが細い身を震わせる。
駄目なのか。
わたしは抱いてもらえないのか。
わたしは志貴にとって抱く価値もない女なのか。
計算では完璧だったはずなのに。
やはりアトラスの錬金術は志貴には敵わないのか。
身体を晒している恥ずかしさよりも、己の心の弱さに恥ずかしくなる。
いっそ志貴の視線から逃げ出したくなった。
しかし肩をしっかりと掴んだ腕はそれを許してくれない。
それどころか、何の拘束もされていないはずの瞳も志貴の視線から逃れるこ
とはできず、シオンは志貴の瞳の中の自分を哀れに見つめた。
すぅっと志貴の口が息を吸い込む。
シオンは身体を強張らせる。
「駄目だ」
志貴は大きな声で繰り返し、続けた。
「三つ編みはほどくな」
了
後書き
H物をまともに書くのは初めてでして、初めてなのですから当たり前だと自
分を慰めても良いと思うのですが、そのあまりの難しさに何度もキーボードを
打つ手を止め、H物を連発される皆様に改めて尊敬の念を抱きながらなんとか
先へと進んでいったのですが、そのうちに掲示板で
「シオンはニーソ、帽子、おさげは必須条件」
「志貴に強要される」
などのネタが出てしまい、そのあまりのネタのかぶりっぷりに一度は投稿をや
めようかとも思ったのですが、せっかく書いた作品なので出させていただくこ
とにしました。
とりあえずH物はしばらく書きません。
追記:キャラによって扱いが違うのは、勿論愛情の差です(笑)
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