「舌で……」

 とっさに答えが出る。
 何より欲しいものを意識せずに口にする。
 唇が開いた。
 小さい桃色が飛び出す。
 そして、濡れた、唇とは違った柔らかさが、士郎の先端をちろりと舐めた。
 ほんの触れただけ。
 愛撫というには、あまりにささやか。
 だが、唇によるペニスへのキスとは違った感動が、興奮を誘う。
 
 露のように、新たな腺液がぷくりと浮かぶ。
 セイバーは舌先をまた差し向ける。
 少し濁った露液を舐め取ってしまう。

「気持ちいいよ、セイバー」

 ちろちろと動く舌の動きに、士郎の手は止まっていた。
 根本を支えるような手つきは、奥から飛び出そううとするモノを促すと言う
より、逆に食い止めているようにも見えた。
 もっとも、そうやって固定されている状態。士郎自身の手でしごかれ揺れて
いるペニスの先を舐めるよりは、やり易いのだろう。
 セイバーは先端のみでなく、ペニスの裏から、くびれまでを、丹念に舌で探
った。
 唇も、柔らかく幹や雁首に触れる。
 ふっくらした唇だけではない、滑らかな肌の頬も、時折、ペニスをかすめて
いた。
 舌からの唾液と鈴口からの腺液とで、その辺りは絶えず濡れていたから、端
整なセイバーの顔に粘液が付着する。
 それに躊躇したりはしない。まったく気にせず、士郎の反応のみを注意し、
舌での動きを続けていた。

 ずっと、こうやってセイバーからの奉仕を受けていたくなっていた。
 だが、士郎は受け身なだけではなく、手での自慰行為を再開した。
 根本をゆっくりと擦り上げていく。
 ひとつには、もはや手伝いではなく、セイバー単体の奉仕になっている事へ
の申し訳なさ。
 もうひとつは、いかに気持ちよくとも、それだけでは満足できない物足りな
さ。
 続けていたいという気持ちと相反する、最後まで達したいという欲求。

 セイバーも士郎の気持ちを察したのか。
 さっきのような指示待ちではなく、自分から行動を変化させた。
 舌がゆっくりと口内に戻る。
 代わりに、押し当てらける唇。
 それだけなら、さっきと同じ。
 今度は、さらに先に進む。 
 呑み込まれる。
 先端の一角だけでなく、その先も。
 膨らんだ部分が、すっぽりとセイバーの口に潜っていく。
 さらに、呑み込まれていく。

 もごもごと口全体が動く。
 舌なのか、頬肉なのか、口蓋なのか。
 いろんな違いのあるものが、ペニスの先といわず幹といわず、ぶつかり、張
り付き、押し、蕩ける。
 柔らかく抵抗なく動いているようでもあり、ぎっちりと挟まれているようで
もある。不思議な感覚。
 
 温かい融けるような気持ち良さ。
 それに、この情景。
 誇り高い騎士王が、美しい少女王が、自らの意志で跪き、男のものを咥えて
いる。
 不思議と征服感のようなものは感じない。
 その熱心な様、一生懸命な様に、愛しさが込み上げる。
 その満足感に促され、思わず、士郎は空いている手を伸ばした。
 黄金を糸にしたような髪に触れる。 
 セイバーの頭を撫でる。
 愛撫と言うよりも、犬を可愛がるよう行為。
 でも、セイバーはそれを咎める事無く、まさに犬のような嬉しさを表情に示
した。
 遠慮なく、感謝と愛情を持って、士郎は本来獅子である剣のサーヴァントの
頭を何度も撫でた。

 士郎の手が離れると、飼い主の愛情に奮起したように、セイバーは動き始め
た。
 口内だけの動きでなく、顔を前後に動かし始める。
 深くペニスを呑み込み、そしていったん出す。その前後運動。
 
 ああ、と士郎は唇を噛み締めるように呻き声を抑える。
 どうにかなりそうだった。
 この快感。
 ダメだ。
 これはあくまで、俺がしている事へのサポートで。
 一方的にセイバーにさせたら、でも……、なんて柔らかい唇。
 どうにか、手の動きを律動の動きに変える。
 口戯を受けながらの自慰行為。
 それは何か間違っているかもしれないが、何とかそう思い込む。
 
 どうであれ、もう限界は近かった。
 セイバーの抽送の動き。
 自身の手の動き。
 このまま出していいのだろうかと不安になるほど、高ぶっていた。
 心臓がどくどくと鼓動を速くし、息が荒くなる。
 油断をすると、士郎の口から女の子みたいな声が洩れそうだった。

 根本からのびくつき、同じ行為に対する士郎の反応の差。
 声が途絶え、洩らす息が荒くなっている。
 そうした変化から、クライマックスの遠くないのを感じ取ったのだろう。
 セイバーが視線を上げる。
 問うような、上目遣い。

「ああ、もう少し
 幹より、先端の方を。でも、そんなに強くなく。
 うっ、あう、それくらい。気持ちいいよ、セイバー」
 
 幹のほとんどはセイバーの口から出ていた。
 ねっとりと濡れていて、まだ柔らかく温かい甘美な感触が残っている。
 そして、膨らんだ先端は依然として唇と口に包まれている。
 くびれを唇がそよぎ、ちろちろと先端が舌で擦られる。
 指示した訳でなく、士郎の反応を見ての、セイバーの短期間の急所の把握。
 最初のぎこちなさは、今では馴染んだ余裕を見せている。
 強すぎずという要望にも答えて、決して過度には士郎のペニスを刺激しない。
 痺れるような気持ち良さが、ただ続く。
 引き伸ばしつつも、終わりへと近づきつつも。

 体の深奥の疼き。
 こみ上げてくるものが、もう制御不能と士郎は悟った。
 出てくる。
 セイバーが舐めしゃぶっているものから。
 精が。セイバーが求めていたドロドロとした白濁液が。
 一瞬、顔を汚したいという思いが士郎の体を貫いた。
 見惚れる程のセイバーの顔を。
 誇り高き騎士王のかんばせを。
 最強の戦士たる少女の美貌を。
 黙っていれば、このまま迸る。
 ねっとりとした白濁液がセイバーの顔に弾け、どろどろと滴り落ちる様が容
易に頭に浮かんだ。
 出したい。
 汚したい。
 しかし、もう限界という瞬間、士郎は苦痛を堪えるような声で告げた。

「出るよ、セイバー」

 避けて、とまでは言わない。
 代わりに、余裕のない下半身に力を入れる。
 ほんの僅かな停止の時間を作り出す。

 迷い無くセイバーは動いた。
 危機にあって、惰弱に飛び退くのではなく、むしろ敵に肉薄する戦士の動き。

「え?」

 士郎が戸惑っている間に、速やかにセイバーは事を成した。
 舌先でちろちろと舐めていた士郎の剣の切っ先は、唇に挟まれ、さらに奥へ
と。
 つやつやと張った先端部が全て呑まれる。
 くびれを越え、太い刀身もまたセイバーの口に。

「ああッッ、セイバーーーー!」

 ぴたりとはまった剣と鞘の如く。
 士郎の破裂寸前のペニスを、セイバーの口と喉は受け止めていた。
 そして、爆発するような精の迸り。

 きゅっと唇が締め付ける。
 ただでさえ、口の中がいっぱいであるのに、射精を全て受け止め、一滴たり
とも洩らすまいとしている。
 だが、さすがに進退窮まったのだろう。
 無言でセイバーは上目遣いに士郎の顔を見る。

 士郎はゆっくりと腰を引いた。
 セイバーからの吐き出すような動きは無い。
 むしろ、よりしっかりと口を窄めている。
 唾液と精液のどろどろがペニスの幹に纏わり付き、さらに唇の締め付け。
 まだ絶頂のほとぼりは冷めず、敏感な性感は、僅かな刺激で悲鳴をあげそう
な程。
 セイバーの喉が動く。
 こぼれそうな部分を飲み込んでいる。
 密着した口内の粘膜は、その小さな動きを伝えていた。

 精液を飲んでいる。
 俺の出したのをセイバーが。
 わざわざその目で見たものを脳内で言語化したが、容易に受け止めきれない。
 士郎は放心したように、ただ見つめていた。
 ペニスはぬらぬらとした威容を全て露わにした。
 とても、セイバーの口に収まっていたとは思えない大きさ。
 しかし、唾液に濡れ、ところどころ白濁の化粧が施されている様は、今の爆
発じみた射精が幻ではないと語っていた。

 セイバーの口はしっかりと閉じたまま。
 僅かに、頬が膨らんでいる。
 さっき飲み込んだ分は、あくまで一部。
 ほとんどは、あそこに。
 セイバーの口にはなみなみと注がれた精液が。

 しかし、それは、あっけなく嚥下された。
 喉が動き、唾液も精液も何もかもをセイバーが飲み込んだ事を示した。
 息を呑んで見つめていた士郎であったが、自分でも理解できない歓喜にも似
たものが胸を満たす。

「望みは叶いました」

 上気した顔で、セイバーは呟いた。
 目が幾分とろんとしている。

「望みか。
 どうして、こんな事をしたんだ、セイバー?」
「はい、どうしても確かめたかった。
 こんな真似をしてまで、私は……」










「あーあ、何やっているのかしら、わたし。こんな夜に……。
 とっくに士郎も寝ているわよね。
 でも起きてるなら、今日のうちに話を……、うん、そうよ。
 だけど、どう切り出そう。デリケートよね、うーん」

 凛であった。
 さすがに夜更けという時間ゆえに、静々と歩いてはいるが、その足取りは澱
みが無い。
 まっすぐに目的地へと進んでいた。士郎の部屋へと。
 明りは無いが、特に不自由は感じていない。
 
「まあ、あんな本についての弁明なんて明日でもいいけど、なんだか胸騒ぎが
するのよね。
 こういう勘は大事よ、うん」
 
 と、士郎の部屋から僅かに明りが見えた。

「やっぱり起きてた。 
 じゃあ、遠慮はいらないわね。
 ……ん?
 って、話し声? これって、セイバーよね」

 何とか声と認識できる程度。
 言葉としては届いてこない。
 凛ははやる気持ちを抑えつつ、音を殺しつつ近づく。

「―――失望。でも、それはシロウが悪いのではない。
 私が悪かったのだと思う」

 セイバーの声。

「昼間、あの本を見て、私は惑わされたのです。
 すっかり魅了され、あんな風に私も……、そう思って耐えられなくなってし
まった。
 恥かしい事だと思いつつも、シロウの部屋に忍ぶ真似を……」

 神速で凛の手が襖に掛かった。
 タイミングとか、どうしようかとかは関係ない、反射的な動き。
 そのまま、木枠ごとへし折らんばかりに、開いた。
 部屋へと飛び込む。
 
 その間も、セイバーの言葉は続いていた。

「しかし、がっかりしました。
 シロウの精は、決して美味しい物ではなかった。むしろ……」

「何を……、え?」

 飛び込みざま、声を張り上げかけ、凛は戸惑った。
 ひとつの布団の上で士郎とセイバーが身を近づけている。
 士郎は下半身を剥き出しにしている。
 セイバーは着衣のままだが、士郎を前にして当たり前のようにしている。
 何事か終わった後の雰囲気。
 かすかに漂う、微妙な匂い。
 それだけであれば、二人が凛の目を盗んで何かいかがわしい行為を行ったと
判断できる。
 
 しかし、それだけではない異様さがこの場にはあった。
 まずは士郎。
 大きな物音、凛の出現、当然ながらリアクションがあって然るべきだった。
 単に驚き狼狽するのでも。
 怯え、思考停止するのでも。
 無駄とわかっていても許しを請うのでも。
 なのに、そもそも凛の出現にすら気づいていないような様子。
 愕然。
 端的に士郎の様子を表現すれば、その一言に尽きた。
 何か衝撃を受け、それで頭がいっぱいの状態。
 その目はセイバーだけを見ていて、凛を見ていない。
 一方のセイバー。
 こちらは、ゆっくりと凛に視線を向けた。
 もとより優れた戦士たる身、凛の近づいてきた事にも気づいていたのだろう。
 だが、士郎との秘め事の中に、凛が飛び込んだというのに、ほとんど関心が
ないのは士郎と同じだった。
 どこか夢見るような表情をしている。

「夢は夢だからこそ、美しい。
 そう何度も思い知らされてきたのに、私は憧れを持ってしまった。
 でもやはり、それは、触れるべきではなかった。
 確かめたい、そう思っても、動くべきではなかった。
 こんな結果になるのなら」

 セイバーは士郎の方へ目を向けた。
 しかし、見ているようで見ていない。士郎の姿も見ていない。
 セイバーは遠くを見ていた。
 常人には見えぬ幻。
 遥か遠くの地を垣間見るような夢想の表情。
 全て遠き理想郷を、届かぬとわかっていながらも目を向けているような切な
さ。
 それを見つめるセイバー自身までもが消えてしまうような、柔らかくも儚い
微笑み。

「美味しいと、そう記されていました。しかし……。
 これなら、雷画が作ってくれた、片栗粉をお湯で溶いたものの方がずっと美
味しかった。
 あれは砂糖で甘くしてありましたし」
「片栗粉……」

 がっくりと士郎は肩を落す。
 ショックを受けていた。
 凛にはまだ何がどうしたのかは飲み込めない。
 ただ、士郎が何か、男としての大切な部分をごっそり足元から崩されたよう
な衝撃を受けたのだとわかった。

「あの、セイバー」

 士郎には声を掛けかね、セイバーに問い掛ける。
 何故、こんな恐る恐る声をだしているのだろうと、凛は自分でも不思議に思
いながら。
 すっくとセイバーは立った。
 びくんと凛は後ずさりそうになる。
 士郎は、顔を下にしたまま。

「先に休ませて貰いますね。
 おやすみなさい、凛。シロウ」
「ちょっと…待ちなさいってば」

 肩を掴めば止まったかもしれない。
 でも凛には出来なかった。
 セイバーの表情、肩を落した様子。
 哀切な雰囲気。
 セイバーもまた、傷つき、落胆していた。
 それを立ち止まらせ、説明を求める事は出来なかった。
 ただ、セイバーがゆっくりと歩み去るのを眺めただけ。

「何、何なのよ」

 と、声がした。
 凛はびくんと体を震わせ、足元に視線を落す。

「片栗粉、ふふふ、そんなものに負けたのか、俺は。
 う、ううう、ううううう」

 泣いていた。
 士郎がさめざめと泣いていた。

「ちょっと、士郎。
 何があったのよ、ねえ」
「セイバーが、セイバーが……。不味いって、がっかりしたって……。
 ダメだ、なんだか男として……、もう……」

 声が濡れていた。
 傷ついた声。血と涙の混じった声。

「しっかりしなさい」
「もう俺は…………、遠坂?」
「そうよ、今気づいたみたいな顔して」
「遠坂、遠坂」
「ちょ、何よ、わ、きゃああ」

 打ちひしがれていた士郎の体が、突如動いた。
 凛を抱きしめ、そしてバランスを崩して、二人で布団に倒れこむ。
 力づくで振りほどきたいが、必死ですがりつく士郎を捌けない。
 その目には、微かな希望を宿していた。
 そして傷つき癒しを求める子供の目だった。
 それを凛は拒絶できない。

「遠坂は違うよな。この前だって平気で。そうだ、遠坂は……」
「え、士郎、何を……って、やだ、そんなつもりで来たんじゃないんだ……ん
んっ」
 って、いきなり。
 いくら何だって、こんな真似されたら、わたしは……。
 え、嫌いじゃないけ……んんんんっ、はぁぁ。
 わかったわよ、します。すればいいんでしょ。
 何なのよ、何なのよ、いったいもう……。
 やだ、いきなり、こんんんんッッ、や…っふぅ」

 後は声も途絶え。
 ずちゅずちゅと。
 くちゅくちゅと。
 ただ粘性の音だけが、部屋を満たしていった。
 吸わせ、しゃぶる音だけ。
  
  了














―――あとがき

 ごめん、セイバー派の人。
 あるいは、士郎支持者に謝るべきか。

 きっと他の方が、ハートフルな士郎×セイバーとか、淫靡な聖女陵辱とか、
とろとろな凛交えてのお話とか書かれているでしょう。
 とりあえず私には、凛を差し置いて、セイバーと士郎でって話は思いつきま
せんでした。
 で、辿り着いたのは、これ。
 あくまで性行為ではなく、食行為。

 それと、ちょっとお遊びで、コミックメガストア04/02号掲載の「Secr
et Sanctuary」(宮咲都志幸)を凛に読ませております。わかる人は生温かく
笑ってください。ちなみに凛様ファンは必読の作品なので、探してでも読みま
しょう。
 さらに、当初は「これは、藤ねえが没収したものだ」or「藤ねえの罠だ」
というベタベタで締めようとも思いましたが、ベタベタで終わらせるには技量
がいるので断念。

 お読みいただきありがとうございました。

  by しにを(2004/3/17)