――――――ってな事をやってるうちに………。

「いつっ……!」
「あっ、先輩大丈夫ですか!?」

こんなにボロボロになっているわけで。
桜と二人で夕食の準備をしていたのだが、実の所、桜がほとんど一人で片付け
てくれていた。

俺といえば、あまり体に負担が掛からない鍋の番。
だがそれも痛みを引き起こす事に変わりは無かったらしい。

横から桜が心配そうな声で、

「居間で休んでいてください。もうすぐ出来ますから、先輩にお手伝いして頂
かなくても大丈夫です」
「そっか。確かにこんな体じゃ桜に迷惑かけるだけだな。んじゃ、後任せた」
「はい。先輩はゆっくりしていてくださいね」

笑顔には笑顔で返す。

それで居間に戻って、

「ふぅん、桜には優しいのね、衛宮くんは」

なぁんてイヤミを言われたり。
それを見つめ返しながら、遠坂の向かいに、痛む体を座らる。
うむ、セイバーとの鍛錬の傷はほとんど影響なし。
だが、まだ体には痛み。それもかなり痛いやつ。

「悪い遠坂。お前の所為で今は赤面して動揺することも出来ん」
「なっ、私の所為ってどういうことよ!?」
「――――――」

あの遠坂さん?
さっきのフィンガトリングを覚えておらんのですか?
と、恨めしそうに無言で視線を送る。
セイバーも、首をかしげながら遠坂を見ている。

「あ、あれは私の所為じゃないわよ。士郎が悪いんじゃない」
「そうなのですかシロウ?」

ぷいっ、と横を向く遠坂。
完全にご機嫌を損ねてしまったようだ。
今度はセイバーの視線がこっちに。

「さぁ? 誰が悪いかは本人が一番よく知ってると思う」
「なるほど」

で、もう一度二人で遠坂を見るわけで。

「な、何よ二人ともっ、私が悪いっていうの!?」
「誰もそんなことは言ってない。 自覚するのは勝手だけどな」
「む………言うじゃない」

まぁいいか。
これ以上何か言えば後が恐い。
と、セイバーが、

「あ。大河はどうしたのです、姿が見えませんが?」
「藤村先生なら夕飯のときにまた来るって言ってました。お家の方でやる事が
あるって」
「そうなのか。じゃあそろそろ飛んでくるだろ」

台所の桜に返答しながら、自分の湯呑みに茶を注ぐ。
桜が入れてくれたのだろうか、とても暖かく、傷ついた体に染みる。

「ふぅ〜〜、まったり」
「何がまったりよ。………まあいいわ、士郎!?」
「なにさ」
「さっきはどうして逃げたの? 逃げなきゃいけないことでもしたわけ?」
「へっ………?」

逃げなきゃ………”いけないこと”?
駄目だ、自分の言葉の文法に自信が持てない。

そして硬直。
その一語に尽きる。
その二文字以外に形容は出来まい。
蛇に睨まれている蛙の気持ちがよく分かる。

「――――――」
「どうかしたのですか、シロウ?」

駄目だ。
隠し通すことなど出来ない。
と言うか隠しているこちらが一方的に悪いわけで、諦めもついているのだが、
何というかやはりその………

「いや、夕飯の後で話す。それでいいだろ、遠坂」
「え、ええ……別にいいけど。 士郎、大丈夫? なんか顔色悪いわよ?」

いや、そんことはない……はず。
そんな俺をよそに、

(ちょっとセイバー、私がいない間に士郎って何かあったの?)
(いえ、凛が帰宅するまで肉体、精神共に異常は無かったと記憶しています)
(え、何、じゃあ私が何かしたって事?)

などと小さいがこちらに届く声での会話。
セイバー……分かってないのかよ。
呆れたというか、どこかホッとしたというか。
まぁその方がいいかもしれない。
セイバーがあまり気にしていない方が、後々上手く事が運びそうな気がするか
ら。

上手く運んでほしいという”事”とはもちろん、明日以降の俺の生存について
である。

刻々と表情を暗くしていく俺。
その所為か、向かいに座っている二人の表情が曇っていくのが分かる。

沈黙――――になるかと思われたが、

ピンポ〜〜ン

とまぁ場違いな音で、それは破られた。
助かったような、更にややこしくなるような………。

「う〜〜ん、今日もいい匂いだねぇ♪」

――――どうやら

何が「♪」だ。
スキップしちゃいそうなノリじゃねえか。
…………いや、そういうことじゃない、それはいいんだ、いいとして………

「何だその溢れんばかりのぬいぐるみの数はっっっ!!!!」

――――嫌な予感は的中していたようだ。

「――――はにゃ?」

はにゃ? じゃねえ!!
居間の床がほとんど見えなくなってるだろうが。
動物に、異型の者に、ヒーロー物に、キャラクター物………。
千差万別、選り取り緑♪

だっ! かっ! らっ! ちっがああああ〜〜う!!!!

「藤ねえ、いくら使った……?」
「ちがうよ士郎。 これは組の若いのがとってきたやつだもん。だから、元手
はタダなんだから」
「ふぅ〜〜ん。で、何故家に持ってくる? いや持ってくるのはいい、なぜこ
うも完璧に、それも破裂するかの如く撒き散らすんだ?」
「えっ?………………あは」

――――――――。
――――――――。

もういいです。
聞いたアタシガ馬鹿でした。

寒い風が一陣。
それで、俺は諦めた。

――――で。

「あ、先生いらっしゃ―――――」

その後台所から顔を出した桜を含め、その場の時間が止まったのは言うまでも
無い。
             



「結局置いていきやがった………」

夕食後。
居間に広がるのはぬいぐるみの海。
動物からキャラクター物まで、ありとあらゆるものがそろって……いや、散ら
ばっている。

首謀者の藤ねえは藤村邸に帰り、桜も既に帰宅している。

「……ったく、どうしろってんだ」

何しろこの量である。
十個や二十個ではない。
その合計数はおそらくは三桁目に突入しているはずだ。

「………まあいいか、明日片付ければいいし」
「士郎」
「ん。何だ遠坂?」

半ばぬいぐるみに埋もれながら、真剣な面持ちでこちらの名を呼ぶ遠坂。

「何だ? じゃないわよ。さっきの話よ、夕食前に言ってたでしょ?」
「ああ、そういえば………」

全く、思い出したくない事を思い出させてくれる。
ま、先延ばしにしても何の得も無いわけだが。

「じゃ、聞かせてもらうわ。どうして逃げたのよ? 私、何かした? ま。全
く覚えは無いんだけど、億が一、いや兆が一、私が何かしたっていうなら謝る
から」
「いや、そこまで念を押さんでもお前に落ち度は無い」

やっぱり、と目を細める遠坂。
それに”億が一、兆が一”ってのは………。

「落ち度は無い、あるのは俺にだ。100%俺だ、それだけは間違いない」

もう覚悟を決める事にする。
謝っても許してもらえるかは分からない。
いや、許してもらえるわけが無い。
何故かセイバーは気にしてはいないようだが、遠坂は別だろう。
どんな罰でも受けよう。
そう決意し、口を開き―――――――

「実はな、俺は…………………………その、セイバーを、抱いた」

―――――真剣にこちらを見つめている二人に向かって言った。

「――――――」

当然、遠坂からは何の返答も無い。
そりゃそうだろう、いきなりこんなこと言われりゃあ誰だって言葉を無くすに
決まってる。
会わせる顔も無いので、俺は先ほどから俯いたまま。
遠坂の顔はよく見えないが、おそらくブチギレ寸前のはず―――――


「それがどうかしたの?」


――――――はず、なんだけど。

「へっ…………遠坂?」

幻覚だろうか?
目の前の遠坂の顔はあまり怒っている様には見えない。
いや、油断してはいけない。遠坂が俺のいったことを聞き間違ったという可能
性だってある。それに実は笑顔でとんでもなく怒っているのかもしれない。

「だからどうしたのって。そんなこと知ってるわよ?」
「あ、あの………遠坂さん? 俺セイバーと………」

おそるおそる問い返す。
が。

「だからセイバーと寝たんでしょ。それがどうかしたの?」
「――――――」

こっちが言葉を失ってしまった。
たまに遠坂が寛容というか、大雑把というか、あまり物事に執着しないという
か、気にしない所があるとは思っていたが………まさかここまで?

「あの、遠坂………怒ら……ないの、か?」
「何で怒るのよ?」

何かおかしい。
おかしいのだが、何がおかしいかは分からない。

「いや、だって………俺は、その、一応……遠坂と………」
「??」
「ああもう、俺は遠坂と付き合ってるんじゃないのかよ!?」

思わず大きな声を挙げてしまった。
自分で顔が火照っているのがわかる。
何言ってんだ俺は………。

「そうよ。だっても一応もなく、付き合ってるわね。衛宮くんとは」
「じゃ、じゃあ………」
「あのね、アンタ覚えてないの?」

はい?
覚えてないのって………何をさ?

「―――――?」
「――――――」

――――ちょっと待て、何故そんな諦めを通り越して怒りのような表情で俺を
見るんだ遠坂!?
やっぱり怒ってるんじゃないか?
と。

「はぁ………やっぱり忘れてるわ」
「凛、シロウはどうかしたのですか?」
「心配は要らないわセイバー。こいつ私が言ったことが完璧に頭から飛んじゃ
ってるみたい」

はて、と首を傾げるセイバーの横で、
先ほどから呆れた表情の遠坂。
ぬいぐるみに埋もれているため、それもなんだかとてもファンシーな感じ。
それは置いといて―――――俺、これからどうなるんだろうか?
じっと相手の返答を待ってみることにする。

「…………あのね士郎。二日前に私が言ったこと覚えてる?」
「えっ、二日前?」

そう、と頷く遠坂。
二日前………それは確か遠坂が出かけるといって家を空けた最初の日。
用事があるからと。
―――――をお願いするわ、と。

……………んっ?

そう―――――確か………

あれっ?

「思い出した?」
「いや、なにか言ってたような気がするけど………忘れた」
「――――――」


ビキッ


ああ馬鹿っ!!俺の馬鹿っ!!
何故こうも凛様を逆上させるような事ばかりほざいてしまうのかこの口は!!

今にも青筋を破裂させそうな勢いで睨んでくる凛様。
いつの間にか呼び方が変わっているが、そんなことを気にしている場合ではな
い。

「…………笑」
「士郎………死にたいの?」
「ああっ!!違う違う!! わらいじゃなくて、悪い……だった。それとな…
……出来るならなんと言っていたか教えて貰えると嬉しいんだが………?」


ビキビキッ


ひいいぃっ!!
駄目だぁ、切嗣………もうすぐそっちに――――

「り、凛………そこまで怒らなくてもよいのではないですか?」

―――――いや、もう少し大丈夫かも?

「何よセイバー、士郎の味方なわけ?」
「いえ、そういうことではありません。確かにシロウは凛が言ったことを忘れ
ています。しかしちゃんと言われたことはこなしていますから」
「そんなに気にするほどでもない……って?」
「そういうことです」

お、少し良い感じ。
なんだか雰囲気も氷解していくような、暖かさのようなものを感じる。
助かったのだろうか……?
それに、

「んっ、セイバー、どうしてそこで赤くなるんだ?」
「っっ!? いえ、大丈夫です、シロウに心配されるような事は決して」

頬を赤く染めながら、ぶんぶんと首を振るセイバー。
急に様子が変になったようだが―――――


”はむっ……シロウ、キス、して……、んんっ、んむっ……む、うん……”


―――――瞬間、理解した。

駄目だ。
やっぱり俺は駄目だ。
何故こんな緊張しまくってる空気の中であの光景が蘇るのか………

「――――何二人で赤くなってるのよ」
「「っっっ!?」」

その声に、赤くなっていた顔を更に赤くさせられた気がする。
それはセイバーも同じなようで、ちらちらとこちらを見ては慌てて目を逸らし
ている。

「もう、だから最初に言ったのに………」
「あのな遠坂。やっぱりなんて言ってたか教えてもらえないか?」

そうだ。
やはりそれを知らない事には話が進まない。
それに、セイバーを抱いてしまった事に、遠坂があまりにも無関心すぎる。
その原因も、二日前に遠坂が俺に言ったことに関係があるのだろう。

「――――――」

相変わらずこちらを睨んでくる遠坂さん。
しかしいつの間にかその強張った表情も緩む――――

「じゃあ教えてあげるけど、その前に………」
「前に?」

――――事はなく、

一つだけ聞きたい事があるの。

と、下手すりゃさっきよりも恐い顔で、こちらを見つめ返してきた。

「士郎は………」
「俺?」
「そう。士郎は………私とセイバー、どっちが大切?」

「「はあっ!?」」

思わずセイバーと同時に声に出していた。

意味が分からない。
目の前のこいつは今、今何と言いやがったのか?

聞こえない。
聞こえていたが聞こえない。
聞こえていたが聞きたくない。

何を言っているのかが分からない。
そのままの意味なのか?
そうじゃないとしてもどう意味での問いなのか。
その真意を測りかねる。

「と、遠坂……それは――――」
「どういう意味ですか凛? あなたの意図している事が分かりません」

セイバーも俺と同じなのか、困惑した表情で遠坂を見つめている。
しかし、

「どんなって、そのままの意味よ」

赤いアクマの表情は崩れる事は無い。
むしろ、口の端を笑みで歪め、それが大きくなっていく様にさえ感じる。

「さぁて、答えて士郎………私とセイバー…………

一瞬間を置いて、


「私とセイバー、どっちの方が大切?」


断言するように言った。
問いなのに、断言とは全く意味がわからない。
しかし、今の語調はそう思わせるほど圧倒感があった。
つまり、恐い。

何か俺を試しているのか、それともいじめているだけなのか。
もう混乱してそれさえも分からなくなっている。

それに、

「―――――シロウ」

いつの間にかセイバーも切なそうに俺を見つめているし。
まずい。
何がまずいって、まずい。

空気が緩むどころの話じゃない。
これは、この状況はかなり危ない。

どう答えても殺されそうな予感がする。
でも、それでも………やはり俺の心からの気持ちを伝えるべきなのだろう。
だがその前に……

「それに答えるには、遠坂に先に答えてもらわないと」
「…………何よ?」
「じゃあ聞くけど。遠坂はどうなんだよ?」

目は細めたまま、機嫌悪そうにこちらに視線が帰ってくる。
それが刺さるようで痛いのだが、今は押しあるのみ。

「どうって、何が………?」
「遠坂は? 俺の事……大切に思ってくれてるのかよ」

細々と呟く。
終わりに行くにつれ、声は小さくなっていったが、遠坂には届いているはず。
いつもなら笑って終わるこの種の話題。
しかし今だけは別。

「………………」

遠坂は何も言わない。
沈黙のまま時間が過ぎていく。ゆっくりと、速く。
他に出来ることも無いので、ただ彼女の目を見つめたまま。
時が過ぎるのを待つ事にする。
当の遠坂は、そんな俺に冷たい視線を投げかけ続けながらも、視線を逸らそう
とはしない。

「――――――」
「――――――」
「――――――」

沈黙は続く。
出来ればこの沈黙で遠坂に俺の気持ちを分かって欲しい。
当たり前の事だが、俺にとっては遠坂もセイバーも大切。
どちらかを選ぶ事は出来ない。
それは遠坂だって分かってるはずだ、だからこそセイバーをこの時代にとどま
らせてくれているのだ。

「――――――」

沈黙が痛い。
何かぴりぴりと痺れるような気がするのは気のせいだろうか?

遠坂は分かっているはず。
俺が、そんな問いにちゃんとした答えを出せるような人間じゃないって事ぐら
いはお見通しのはずだ。
それに、セイバーを消し去りたいなら遠坂が魔力の提供をシャットダウンすれ
ば言いだけの話。しかしそれはしない。
なら何故………

セイバーが現界するには、かなりの量の魔力提供が必要になる。

――――――んっ、魔力提供?

何か、思い出しそうな………


”これから先何が起こるか分からないから。色々試しておきたいの――――”


………そう、それは彼女が言っていた言葉。


”そんなこと出来るのかって? おそらく可能よ。結局あなたとセイバーは私
の使い魔みたいなもんなんだから――――”


二日前。
分かれる寸前に聞いた言葉。


”別にいいわよ。士郎がそんな起用じゃないって事は知ってるし。セイバーの
気持ちも知ってる。それに――――”


何だったか………。
もう少し。
もう少しで思い出せる。


”だから士郎、セイバーを――――”


「―――――――――――――――――あ」
「シロウ………?」


思い出した。
やっと頭の中で絡まっていた糸がほどけていく。
すっきりとした思考は清清しく、とても嬉しくなる―――――

「何が”あ”よ」

―――――なると思ったのにぃ。

瞬間。
その声に引きずられるように、消えていたはずの罪悪感と恐怖感が、その大き
さを何倍にも増して蘇ってきた。

「…………あの、遠坂?」
「ふんっ。どうやら思い出したみたいね、私が二日前に言ったこと」
「はい………あの、それでだな、遠坂?」
「――――――」

ぐさっ。
刺さる。
視線が刺さる。

セイバーは不思議そうな顔をして動向を見守っている。
遠坂は遠坂で、無言の視線という何よりも強い圧力で俺を責め続けている。

「その………遠坂?」
「何よ?」
「う―――――ぁ」

言葉が出ない。
完全に俺が悪いのだ。
それは先ほどまでの物とは違う。
当たり前だ、さっきは忘れていたが今は完全に思い出している。
覚えていればこんな事にはならずにすんだというのに。

「何よ、言いたいことがあるならはっきりしなさい?」
「その、あの………ごめんなさい」

素直に謝る。
というかこれ以外に言うべきことなど思いつかなかっただけ。

「――――――」

遠坂は何も言わずに立ち上がる。
一度だけ俺を見下ろすと、何も言わないまま今を出て行った。

「あ、凛!?」

セイバーがその後を追う。
その途中、僅かにこちらを見たような気もしたが、程無くして彼女も遠坂の後
に続いて今から消えた。

「――――――」

はぁ。
状況がどんどん悪化していく。
おそらく今は末期。
まぁ、これ以上悪くなる事は無いだろう。
とはいっても、

「はぁ………………」

気分が重い。
とりあえず、考えをまとめる事にする。


―――――――謝りに行こう。


即決。
遠坂風に言うなら、善は急げっていうじゃない? ってことだ。


数分ほど気分を落ち着けるのに消費して、居間を出た。

廊下を抜けて、遠坂がいる客間の前までくる。
ふぅ、と深呼吸の後、ドアをノックしようとして―――――


”あ、はっぁ――――り、凛……そっ、んっんん、な……っ! ああっ!”


―――――体の全ての機能が止まった。


               ◆


「凛、どうしたのです、あなたらしくもない」

廊下を進む。
前を行く赤い服はこちらを振り返る事は無く、何も言う事はない。

一体どうしたというのだろう、今日の凛は何か変だ。

いや、今日だけではない。
変といえば数日前からずっと。


”セイバー、体の調子はどう? 魔力量は足りてる?”


なんて事を聞いてくるし。

魔力量は当然限界まで補給されているわけではない。
しかし、聖杯戦争が終わった今、そんなに魔力量があっても無駄なだけだ。
普通の生活をして、シロウと凛と暮らすのには何の問題もない。
今でも多いぐらいだ。
なのに凛は、


”私だけじゃもしもって時に大変だから…………”


二日前に、


”セイバー、士郎と寝てくれる? 士郎には私から言っておくから”


と、訳の分からないことを言ってきた。

最初は当然断った。
士郎は凛の思い人であるわけだし、それは士郎も同じはず。
なのに体を重ねる事など出来るわけがないと。
しかし、


”何。セイバーは士郎が嫌いなの?”

で。

”そ、そんな………そのような、ことは………”

”ならいいじゃない。士郎だってセイバーのことまんざらでもないはずだし”

”し、しかし……凛は………”

”だからいいんだって。最初に言ったでしょ、士郎には私のフォローをしても
らうって。士郎には私にも……その、魔力を分けてもらうし、もし士郎からセ
イバーにも魔力が提供できるなら、それに越した事はないじゃない?”


そうなのだろうか?
私とて士郎は嫌いではない。
いや、むしろ好きだ。
その………自分で言うのも何なのですが、凛に負けないぐらい。
しかし、

”凛……あなたの言っていることは………”

”ああもうっ!! つべこべ言わない!! どうなのっ!? セイバーは士郎
が好きなの嫌いなの!?”

と、ものすごい勢いで言われてしまったため。
結局押し切られたのだ。

そして、士郎とも体を重ねたわけだが………凛に言わせれば、もしもの時のた
めに士郎とも魔力のラインを繋げていた方がいいから、だそうだ。

「凛……やはり………」
「――――――」

そう呟いた途端、前を行っていた凛の足が止まった。
振り向く事は無いが、

「はぁ……違うわ、そうじゃない。どうしたんだろ私………」
「凛………?」

深くため息を付いて、再び歩き出した。


客間のドアを開ける。
衛宮邸で、凛がいつも使っている部屋。

とりあえず、凛に続いて中へと入る。
しばらくして電気がつき、部屋の全貌が見えるようになる。

座って、と凛に言われ、床の上にあったクッションの上に腰を降ろした。
そして――――

「士郎はどうだった?」
「はい………かなり落ち込んでいるように見えましたが」
「違うわよ」
「………それはどういう意味ですか凛?」
「私が聞いたのは士郎の体の事よ。………で、どうだったのよ。気持ちよかっ
たの?」
「――――――!!!!!????」

最初は何と聞かれているか分からなかった。
しかし、その意味も段々と理解し始め、それにつれて昨日の夜がまた頭の中で
輪廻を再会する。

”セイバー………”

”シロウ………”

よく覚えていない。
いや、それは違うだろう。
覚えていないのではなくて、覚えていないほど……その……良かったのだ。
思い出せば思い出すほど、あの時の快楽が、そして思い出すのはシロウの顔。

顔が熱い。
俯かせていた視線をそっと上げると、

「ふふふ、どうだったのセイバー? まぁその顔見れば大体は分かるけど」
「なっなっ、ななっ、凛っ、な、何を言っているのですか!?」
「いいわよ、隠さなくても。私だってシロウの体は知ってるんだから」
「………………」

やっと分かりましたシロウ。
あなたはいつもこのように凛にいじめられていたのですね。
涙ながらに頷く。
いや、泣いてはいないのだが、なんとなくそんな感じで。

「………で、気持ちよかったんでしょ? そうよねぇ、あいつ結構奥手に見え
て、やるとなったらケダモノみたいだもの。セイバーの時もそうだったの?」
「――――――」

この上ないほど意地悪そうな顔を前に、無言で頷く。
私の顔は赤いままだ。
この熱は当分冷めそうにない。
俯いたまま、凛の次の言葉を待つ。

「そっか……やっぱりそうなんだぁ……ふふふ」
「――――――っ!? なっ、凛!?」

何かが背中に触れた。
それが何か理解する前に、

「ぇ―――――はあっっ、ん――――んっ」

もう理性の防壁は突破されていた。

いつの間にか、凛が背中に回っていて、
それで耳元に息を………ふあぁっ!

「あ、やっぱりそうだ……セイバーったら感じやすいみたい」
「な、そんな、はっ……んぁん………」

耳たぶを甘噛みされながら、自分が何をされているか必死に考える。
考える……けど。

「シロウにも………こんなことされて、感じてたんだ………」
「ん―――あっ、り、ん……や、めっ………んんっ!!」

不意に何かが私の胸の突起に触れた。
触れるか触れないかの距離を保ちながら、その先端だけを執拗に這いずり回る
何か。

蟲のように服の上を滑る凛の指。
それに弄ばれながらも、必死に押し流されないように、堪える。

「もう……セイバーのここ、固くなってるわ………うふ、じゃあ……」
「あ、はっぁ――――っん、……そっ、んっんん、な……っ! ああっ!」

先を摘まれ、今度は乳房を包まれる。
時に強く、時に弱く。
その指使いは私を徐々に快楽へと引きずりこんでいく。

「………こっちは、どう?」
「もぅ……だめ、です……凛……もう、やめて………」
「だぁめ……ちゃんと優しくしてあげるから………」

もう片方の手が、ゆっくりと下へと降りていく。
脚を閉じようとしても、何故か力が入らない。
凛の綺麗な指を招き入れるように、ゆっくりと開いていく。
スカートが音も無くめくられ………

「っっ……んんっ――――!」

必死に声を殺す。
皮膚を伝う指………胸……臍……太もも……そして………

「ふふ……量は少ないけど……セイバー、ちゃんと濡れてるわよ……?」
「そ、そんな、っあ、こ、と――――な、……はぁっっ!!」

下着の上からの愛撫だというのに、確かに私のそこは濡れていた。
その量も、はいずる指と共に増えて………

「体は正直よセイバー? ほら、楽になって………」
「ひぅっ……! ぁ――――は」

首筋には舌。
巧みに両の指で愛撫され、翻弄され、羞恥に身を火照らせながら、私は―――
――


「セイバーもこんなだし…………………そろそろ入って来たらどう。士郎?」


―――――誰かの名を呼ぶ、誰かの声を聞いた。


(To Be Continued....)