気持ちがいい。
何か暖かい物に包まれているような感じがする。
ふぅ………もう少し………

「―――、―――――!!」

………こうしていたいのに。

ゆさゆさと。
体が揺らされている。

耳元で何かが震えているが………何だ?
ったく、俺の眠りを邪魔するなって………。

そう鬱陶しく思いつつ顔をあげ――――――


「こらあぁっっっ!!!! 起きなさいっっ!!!!」
「のわああっっ!!???」


――――――その雄叫びに腰をぬかされた。

っっっ――――――。
な、なんだぁ!?

完全に眠気が吹き飛んだ。
いや、正確には獣の如き雄叫びによって吹き飛ばされたのだが。
あ〜〜まだ、三半規管がぐわ〜んぐわ〜んっていってる。

まだ痙攣している両耳を掌で押さえ、
その主を確認するため、視線を向ける。

………まぁ、そんなやつなんて、一人しか知らないのだが。

「………随分と大きな御声で、お嬢様?」
「アンタ、今度私の事そう呼んだら……分かってるわよね?」
「分かってる。どうせドーバー海峡を逆立ちで横断させてやる、とかそんなと
こだろ?」
「なわけないでしょ? どうせそんな事やらせるなら往復させてやるわ」 

と、真面目なんだか不真面目なんだか、よく分からない反論をする、
紅い服の女性。

こめかみには青筋のようなものも走っているし、
どうやらあまり刺激しない方がよさそうだ。
何か気に障ることでもあったのだろうか?

「機嫌、悪そうだな?」

どうした?と視線で聞いてみる。
と。

「―――――――」

うわ、恐っ!!
ものすごい睨んでるでおい………。

やばい、俺またとぼけた事を言っちまったみたいだ。

「あ、あの〜〜もしかして………?」
「―――――――」
「俺………何か、した?」

おそるおそる聞いてみる。
いつもならここで、

”あったりまえでしょうっっっがぁぁ!!!!!”

なぁんて言われてしまうのだが、
今回はどうしたのか、そんな気配は見えない。
むしろ、彼女の方が何か考え込むように首をかしげている。
そして、

「あ」

などと言う始末。
本当に何かあったのではあるまいか?
病気だろうか?
体調を崩している………様には見えないが。

「お〜〜い、遠坂?」
「そういえば、何もしてないわ」

―――――は。
そりゃどういう事ですかい、お嬢?

「――――――」
「な、何よ……その目は」
「ぶぇ〜つ〜に〜〜」


―――――――どごっ。



…………………………はっ!?

お、俺は今まで何を?
視界が戻って顔を上げる。
そこには、

「あれ、遠坂……いたのか?」
「今来た所よ。衛宮くん気持ちよさそうに眠ってたから……」
「そっか……俺、寝てたんだ……。…………痛――――っ!?」

急に体を硬直させる鈍い痛み。
場所は後頭部から………少し腫れているようだ。
…………痛い。

それにこの数分間の記憶が無いのだが………?

「衛宮く〜〜ん、どうかしたの〜〜?」

この上ない笑顔で話し掛けてくる彼女。
訳は分からないが、体が恐怖を訴えている。
頭の冷静な部分が、思い出さないほうがいいと言っている。
しかし、理由が分からないとどうしようもないので、

「なぁ、何か頭が痛いんだ…………け、ど?」
「何か言ったぁ〜〜? 衛宮く〜〜ん?」

と聞いてみたのだが、
更に笑顔の度合いが増したので、これ以上は進めなかった。
何故なら………

「どうしてお前はガンドぶっ放す寸前なんだよっ!?」

しっかりとその綺麗な左腕が、顔面の数ミリ手前に掲げられていたから。
心なしかその腕は淡い光を放っているようにも見える。
もちろんそれは、彼女の家に伝わる魔術刻印なわけで。
つまり、頭を吹き飛ばされる寸前、ということで。

「………ふん、そんなのどうでもいいでしょ。それよりも、なにぼ〜っと眠っ
てるのよ」
「??……眠ってちゃいけないのか?」

首を傾げる俺。
それに対して、はぁ、と差し出していた手を引っ込めながらため息を付く姫。
あれ、そういえばセイバーはどこへ?

「あのね、主人より先に眠りこける世話係がどこにいるのよ?」
「あ―――――そうだった」

と、呆けながら時計に目をやる。
時刻は既に夕刻………というより、もう夜になってしまっていた。
最後に見た時と、とけいの針の位置が全く違う所に変わっている。
で。
視線の先には彼女の呆れた顔。
呆れたように、諦めたように、でもどこか嬉しそうに。

「ほら、こっち来てちょっと手伝って」
「はいはい………」


面倒くさく思いながらも、彼女のためなら、と腰を上げる。


「セイバーはどうしたんだ?」
「彼女ならさっき買い出しに行くって言ってたわ」


何でもない普通の会話。


「はぁ……士郎って、本当に投影以外は才能無いわね」
「五月蝿い、ほっとけ!!」


そんな光景を、少し離れた場所で、


「そういえばもう2年になるんだ、三人で時計塔に来てから」
「そうだな………みんなは元気なのかな?」


……………自分自身で見つめていることに気づく。


「ま、大丈夫でしょ。あっちの方がそう思ってるわよ」
「それもそうか」


視界の中には二つの影。

そのうちの一つは彼女で――――――


「士郎…………」
「何だ?」


―――――――もう一つは自分”だった”もの。


理解はしている。


「……ううん、何でもない」
「なんだそりゃ」


失った時。
奪われた思い。
求めた未来。
襲い掛かる現実。


「もうっ、言わなくても………」
「ああ――――分かってる」


壊れた意志。
折れた刃。
砕けた心。
届かぬ理想。

手に入れたはずだった。

たどり着いたはずだった。


「士郎………私ね、わたし、ね……やっぱり………」
「ああ、俺もだ」


追い越すはずだった。

超えていくはずだった。


「なのに………それなのに………」


目の前にあった儚き日々は霧のように消えた。
あの頃は本当に幸せだった。
不器用に、真っ直ぐに。
ただその気持ちを分かり合える、それだけでよかったあの頃。
もう戻ることのない、あの笑顔の日々。

「今は眠ってください、シロウ………もうすぐですから……」

そうして、また抱きしめられる。
気だるい体が包まれる。
力の幾分かが彼女の中に流れていく。

すぐ傍で聞こえる声。
すぐ傍で感じる鼓動。

それが、今は何よりも勝って冷たい。

肩には冷たい雫。
背中には熱い雫。

そんな彼女の声を聞いても、もう俺の双眼は、微動だにしなかった。

全ての感情が―――――――既に死んでいた。

「………そうだな」
「私は、最後まで貴方のサーヴァントとしてあります。だから、貴方も、最後
まで………」
「…………分かってる」

いろんな意味がこめられていたのだろう。
その意味を考えることはしない。
もう言葉が続かない。

「いいのですね………」

そんな言葉を受けてようやく、俺は心がもはや変わらないことを自分自身で確
信した。

「ああ―――――もう、終わったから………」

歩き出す。

もうすぐだから。

もうすぐ、休めるから。

もうすぐ、追いつけるから。


誰に――――――?

彼女に?

誰に?

あの場所に?

あの――――――




…………………夜が明けていく。




――――――紅き背中に?




もはや、そんな最後の思考も途切れていた。









一言で言えば。
それは数時間もかからない、戦いと言うにはあまりにもあっけないものだった。


自身の中に眠る力。

全ての剣を知り、全ての剣を複製する、心の中の世界。

限界まで解放する。

内に残った命の全てを燃やして。

彼女には力を分け与えた。

おそらく何もしなくても3回は”撃てる”だろう。

俺もそれぐらいか。

今彼女には令呪を2つ使っている。

聖剣を解放するための、彼女の道に反する戒めを。

彼女は受け入れてくれた。

その美しい顔を絶望に伏せて。

もしかしたら彼女も絶望していたのかも知れない。

などとあり得ない考えが浮かぶ。

都合の良過ぎる思いが頭をよぎる。

しかし、俺たちは本当に気づいたのかもしれない。

自分の守ろうとしたものの醜さに。
自分が守ってきたものたちの汚さに。

自身が行ってきたことの愚かさに。
自身の存在する世界の冷たさに。


全てを―――――破壊する。

時間を過去には戻せない。

既にあった事を無かった事には出来ない。

ならば、全てを無に還そう。

くだらない事であることは分かっている。

しかし、そんな思いさえ、もはや消え去っていた。

目に映る全てはもはや邪魔。

そんなもの、もはや何の意味もない。

彼女を、俺の周りにいる人たちを守りたかった。

なのに、失った。

一番大切な……一番大切だった彼女を………あいつを守る事が出来なかった。

これで、こんなことで清算されるわけではない。

それも分かっている。

でも、自分の道を踏み外した俺などが、生きている意味など、もはやない。



だから、俺は紡ぐ―――――――



「I am the bone of my sword…………」



―――――――自己を変革させる呪文を。




あいつも、こうしてたどり着いたのだろうか。



―――――――だから



「Sttelismybody,andfireismyblood…………」



俺は紡ぐ―――――――



紅き背中が見える。


孤独に、孤高に、剣の丘の上で、あいつの崩れ落ちる姿が見える。



―――――――もう



「I have created over athousand blades…………」



戻れはしない―――――――



あいつ?



もう―――――――



「Unaware of loss, Noraware of gain…………」 



辿り着けない―――――――




違う………あれは………あれは……………


崩れ落ちたはずの影がこちらを向いて、



―――――――あの遠い



「Withstood pain to create weapons.



オマエジシンデハナカッタカ?



waiting for one's arrival」



理想郷を目指すように―――――――



そう口が動いたような気がした。



「…………………っっ。……………悪いな、俺は………結局こうなっちまった
みたいだ」



誰にというわけではないが、詫びる。



「I have no regrets.」



今はこれしか出来ない。

誓いが破れていく。

自分に誓った、あの城での剣響。



「Thisis the only path…………」



それが、音も立てずに壊れていく。



「Mywholelifewas,―――――"unlimited blade works"」



何もかもが破壊され、全てが再生する。


引き上げる剣は一つ。


最後まで俺の剣であってくれた、彼女のシンボルと言ってもいい剣。


その名を汚すことになる、と告げたとき、彼女は涙と共に頷いてくれた。


もう後戻りは出来ない。


鞘はいらない。


この戦いに守りは必要ないのだから。


壊れるまで、途絶えるまで。


消え去るまで、この意志が潰えるまで。


限界を超えて、更にその先へ。


命というリミッターを外し、死という旅路の上へ。


最後の意志を右手に。


冷たい感触が意識を澄ませる。


左腕に残った令呪は一つ。


俺に残った、彼女との最後の繋がりの証。


心の鍵を開けるように、左腕を宙へと伸ばし、紐解くように、今解放する――
――――――!!!!




「セイバー……………使ってくれ……………!!!!!!」


(To Be Continued....)