コーンコーンコーンコーン 釘をさすー
コーンコーンコーンコーン 釘をさすー
浅女の広大な林の一角に『呪い』(山崎ハコ)がエンドレスに鳴り響いてい
た。
そしてBGMに交じって、本物の打撃音。
…………コーン
…………コーン
…………コーン
…………コーン
その打撃音の出どころ。
林の中の広場にある、一際大きな木の根元。
そこに昼の光にそぐわない、陰鬱なオーラをまとった人影があった。
白い襦袢を振り乱し、一心不乱に釘を打つ。
…………コーン
…………コーン
…………コーン
…………コーン
「うう……ひっく…ぐす、みんなきらいだぁ」
いつの間にか愛用のワラ人形に五寸釘を打ち込む姿がすっかり板についてい
たりする四条つかさである。
泣きじゃくりながらも手馴れた調子で今日も釘を打っていた。
誰でもいいから呪いたい気分だった。
否、誰も彼もを呪いたい。
蓄積したやり場の無い感情、怨念の持って行き場がない。
浅女内には溜め込んだストレスのはけ口もない。
けど、私には思い切って『ふりょー』になったりは出来ない。
と、いう訳で。
私は今日も釘を打っていた。
とりあえずストレスはちょっと晴れる。
「ううう、ハゲるなんて、ハゲるなんてぇっ」
…………コーン
…………コーン
…………コーン
…………コーン
ワラ人形に釘を打つ。
明確な対象は無かったのだけれど、ついいつものクセで採取した遠野秋葉の
髪の毛をワラ人形に埋め込んでいた。
釘を打つ。
釘を打つ。
力を込めて釘を打つ。
「みんな遠野のせいだぁぁっ」
八つ当たり気味に釘を打つ。
彼女に責任が無いのは分かっている。分かっているが。
あんたのせいで私の髪が、髪があぁぁっ。
……そこ、分かってないとか言わない!
ああああっ、抜けるなんて、抜けるなんてぇ。
髪、髪を、抜けた分をっ。
「生やせ、生やせよチクショー!」
『それが望みか』
「……え?」
あたりを見回した。
だれもいない。
エンドレスにしてあったBGMも止めてみる。
何も聞こえない。
ゾクリとしたモノが背筋を駆け下りる。
そういえばここは心霊スポットなのだ、と言うことを思い出した。
そういう場所の方が雰囲気出るかなと思ったのだが。
なら、なんで昼間にやるか?
……深夜の心霊スポットなんて怖いじゃない。
「だ、誰か…居るの?」
恐る恐る問いかけてみる。
……やっぱり、気のせい?
『…居る。ずっとここに、な』
「ひぃっ」
腰が抜けてその場にへたり込んだ。
ゆ、幽霊、幽霊だっ。
あわわわっ昼間なのにーっ!
やっぱり止めときゃよかったよぅっ。
いやー!死にたくないーっ!
『はっはっは、何を隠そう!私が……あのー、聞いてる?』
「なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ…」
『あのー、私、伝説の木の精、なんだけど……』
「なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ…」
≪ しばらくお待ちください ≫
『落ち着きました?』
「と、とりあえず」
よく分からないのだけど、一応取り殺されたりはしない、かもしれない、様
な気がしないでもない、と思う。……多分。
『それで、私、伝説の木の精霊です』
「ど、どうも。四条つかさです」
とりあえず自己紹介。
……精霊…
「じ、じゃあ幽霊とかじゃないんですね?」
『いや、実は地縛霊ってやつで』
ひぃぃっ、や、やっぱり心霊現象だよぅ!
恐怖新聞だっ、ポルターガイストだっ、寿命が縮むーっ。
取り殺されるーっ!
「いやーっ!死にたくないーっ!」
『ちょ、ちょっとー。またかぁー!?』
「いやーっ!」
≪ しばらくお待ちください ≫
「…本当に寿命縮まない?殺さない?」
『だから何度もそう言ってるでしょうが』
疲れきったようだったり。
『それどころかタダで望みを叶えてあげると言ってるのに』
―― 望み
「それは……何でもいいの?」
『モノにもよるけど基本的には。…汝の望みを言え』
――私の望み
遠野秋葉が目の前からいなくなる事。
それが私の望みだった。少なくとも、かつては。
だが、一月の事件から一月余りが過ぎた今、当時を振り返って思う。
仮に遠野さんがまた転校していたとして。
…私はそれからずっとその影におびえながら過ごしていたに違いない。
自らがそう望み、罪悪感を抱え続ける以上私はそれから自由にはなれないだ
ろう。いつか、遠野さんが私に会いに来るのではないかという想像から。
自分でたった今丑の刻参りなどして置いてなんだがもしこれに実際の効果が
有ったとしたら、そしてそうなることを知っているならば。私は釘が打てただ
ろうか?
……私に一生、『裁かれぬ罪』を背負い続けることが出来ただろうか。
今だからこそ思うのだ。
あのとき、失敗して良かったんだって。
「じゃあ…」
それに今はそれよりも切羽詰ったこともあるし。
明日には高雅瀬の流す噂は広まるだろう。
私はそんなことを知られたくない。
なら、その事実を無かったことにすればいい。
そう、私の願いは、抜けた私の髪を、
「生やして。お願い…」
『その願い、叶えてしんぜよー』
おごそかに伝説の木の精が宣告する。
そして。
生えた。
――――『ちんちん』が。
グニッ
下腹部を押さえると慣れない感触が…
「なにコレーーーー!?」
心の底から叫んだ。
何?何これ?何でこんな物があるの?何で私についてるの?
…実は私は男だったとか……って、そんな訳ないじゃない!つい今の今まで
なかったのに。
パニックに陥る私に不思議そうな声がかかる。
『何って、ちんちんだけど』
「ちんちんだけど、じゃないわよっ!何でこんな物!」
人間であれば、首をかしげる様な気配。
『え?生やすんだろ?』
「アホかーーっ!? 誰がちんちん生やせと言ったかーーーっ!」
ハアハアと声を枯らして叫ぶ私に対して、先方は動じない。
『まあまあ、そんなに興奮しないで。ついでに…』
「これが落ち着いていられるかーーっ!!」
まだ何か言ってるが、それどころじゃない。ああ、なんでこんな事に。
……ふふふ、『望みを叶えてやろう』なんて言われてすっかりその気でそれ
にすがった私が馬鹿だったんだ。
新興宗教に嵌るヤツなんて馬鹿だと思ってたけど、今の私がすっかりそれじ
ゃないか。すがりたくてすがって、それで騙される。
しょせん世の中タダより高い物は無いんだ。
おいしい話は絶対私には廻ってこないんだ。
私は翻弄されたあげく騙されるんだ。
こんなモノ付けられて誰にも相手にされずに一人寂しく一生を過ごすのがお
似合いなんだ…
―― レッツ ネガティブシンキング
あ、何か、ジワリと涙が…溢れ、て……
「うわーん、馬鹿ヤローッ!呪ってやるーーっ!!」
叫んでその場を走り去った。
『…という訳で、今ならもれなく触手プレイお試しセットが……あれ?』
……あれ、私なんでこんな所に居るんだっけ?
辺りを見回しながら首を捻った。
ええと、確か…
「ううう、…呪ってやる、呪ってやる、呪ってやるううぅっっ」
広大な林の中、泣き叫びながら、無闇に走っていた。
白い襦袢、手にはワラ人形と金槌、鉢巻にローソク二本。恨めしげな声で
「呪ってやるぅぅっ」と叫びながら走り抜ける。
目撃者がいたら割りと『都市伝説』になるっぽい。いや、この場所であれば
文字通り『学校の怪談』か。
……怪談 真昼の丑の刻参り
「うう、誰が怪談よぉ…」
新たに溢れた涙を襦袢の袖で拭う。
熱くなった目頭をそのまま押さえる。
……なんでこんな情けない思いを…
「見つけた、四条さん!」
そのとき、目を瞑った暗闇の中に響く声。…環?
すぐ分かった。
私が走り出してから環はずっと捜してくれていた。
心細い身にはすごく嬉しかった。
けど。
……だめ、今は会えない。誰にも!
更に足に力を込めて加速する。
「あ、あぶな…」
ゴッ
ド派手な色の星が目蓋の裏側に飛ぶ。
「きゃあっ、つかさ!」
不規則に木々のたちならぶ林の中で目を瞑って全力疾走すれば、そりゃこう
なる。小学生にも分かる道理だ。
薄れ行く意識の中で思った。
……別の意味で情けない……
そして気がつくと私はここに居た。
広々とした草原。
少し先に大きな川。
その向こう側はお花畑。
……あ、おととし死んだおばあちゃんが手を…
「って、ちょっとまてぇぇぇっ!」
意識がはっきりした。
どう見てもここは話に聞く『大霊界』入り口である。
どういう事?
どういう事?
どういう事?
……いわゆる、打ち所が悪かった、ってやつ?
地面にがっくりと膝と両手を着く。
うう、散々な目に会ってあげくにこんな死に方をするなんて……
死に方。
死に方…
死に方!
「いやーっ!死にたくないーっ!いやーっ!」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ
その場を転げまわる。
飽く事無く延々転がり廻った。
「あのー、もしもしー」
「ひぃっ」
回転がピタリと止まった。
あわわわっ、お迎えだっ。
ど、どうしよう、どうしようっ。
「ごめんなさい!連れてかないで!しにたくないぃぃぃっ!」
顔も上げずに声の方を拝み倒す。
「あはー、あなたまだ死にませんよー?」
「い、家には子供と三人の夫がっ」
「…あのー」
「お腹を空かせて私の帰りをっ」
≪ しばらくお待ちください ≫
「セルフで追い詰められるのと、パニックに陥るのと、人の話を聞かないのは
直した方がいいと思いますよ」
「はあ、すみません」
人差し指をピッと立てて私を覗き込むその人に素直に謝った。
……ところでこの人、至近距離で顔が影に隠れるのは何故だろう……
「それで、えっと……餡婆さん、でしたっけ?」
「字面がジャムおじさんの親戚の様ですが……まあいいでしょう」
「それで餡婆さんは何故此処に?」
「単にオリキャラを増やしたくなか…ゲフゲフ、ただの気まぐれです」
よく分からないが突っ込んではいけない気がした。
しかし、気まぐれで来れる所なのだろうか。
「コツを掴むと来るのは簡単です…」
後は良く聞こえなかったが、翡翠ちゃんの料理とか…と聞こえた。
そういうものらしい。
「帰るのは難しいんですけどねー。それであなたは何故此処に?」
人当たりの良さにつられて一通り話した。
誰かに聞いてもらいたくもあったし、見ず知らずの人だという安心感もあっ
たと思う。
一通り話しを聞くと餡婆さんは腕を組んだ。
「なるほど、怨敵を打ち倒したいんですね」
「あ、いや、そんな大げさな…」
「いえ!そんな弱気でどうしますっ、私が力を貸しますよ!」
(…それにその程度で死ぬタマじゃないですしねー…)
どうするつもりだろうか。
……あんまり大事にならないといいんだけれど。
餡婆さんは何やら考えていたが、やがて嬉々とした様子で両手をパンと打ち
合わせた。…嬉々としても顔は影なのだなあ。
「そうだ!せっかく三途の川まで来たんですからガーディアン付けましょう!
ガーディアン!」
「がーでぃあん?」
《つづく》
|