5.
「あはー。皆さん、お疲れ様でした」
全てが終わった後、診察室のベットの上に腰掛けて。
いつもの朗らかな琥珀の声を聞きながら、私は黙ってコーヒーを啜る。
琥珀の顔も、蒼香の顔も、羽ピンの顔も、まともに見れない。
・・・だって、まさか、私が失神してしまうなんて。
頭の中で、動揺と羞恥と後悔が混ざり合って、大きな渦を巻いている。
その私の真横で、今回の元凶どもは能天気な会話を繰り広げていた、
「きちんと、茸も三澤さんから取れましたし。
よっぽど満足したんでしょうねー」
「文字通り、昇天したんだよー。きっとー」
「あははー。お上手ですねえ」
ぱきり。
いけない。おもわず、カップを握りつぶすところだった。
どうせ握りつぶすなら、奴らの頭にした方がよほど建設的ではあるまいか。
コメカミが引きつるのを感じながら、私は目を伏せたまま口を開く。
「羽居? 琥珀? 静かにしてくれるかしら。私、疲れてるんだから」
その私の抗議に、何故か嬉しそうに羽ピンが笑った。
「うん。私もへとへとなのだー。蒼ちゃんもだよねー?」
「...別に」
羽居の声に、ベットに横たわったまま天井を見上げているはずの蒼香の
そっけない声が答えた。
愛想の無い返事に、羽ピンが口を尖らせて抗議するのが見なくてもわかる。
「えー、だって、足腰立たないって言ってたじゃない」
「ば―――お前な」
ぱーん。
顔を上げないまま投げつけたスリッパは見事、羽ピンの頭を直撃したようだ。
「痛ーい。いきなり、乱暴しちゃダメだよ。秋葉ちゃん」
が、一向に羽ピンの声に、反省の色が滲む様子はなかった。
こいつは。
・・・まあ、変に恥ずかしがられたりしたら、それはそれで、困るけど。
「少しは反省しなさいよ! 誰の為に、あんなことしなくちゃいけなかったと思ってるのよ?」
とうとう耐え切れずに、私は顔を上げて、隣のベットに腰掛けていた羽ピンに指を突きつけた。
が、それでも奴は、笑顔―――そう、いつもの笑みを浮かべていた。
「うん。ごめんね。秋葉ちゃん。愛してるー」
その笑顔と、その言葉に、さっきまでの情景が思い出されて―――。
すぱーん。
「秋葉ちゃん、ひどい」
「そういう所が反省してないっていうのよ、あんたは!」
赤面しながら、私はもう一足のスリッパを投げつけた。
怒りと恥ずかしさに、顔を火照らす私に、琥珀が朗らかに笑いかける。
「はいはい。秋葉さま。解呪で体力を使われたんですから、少し落ち着いてくださいな」
「何を他人事みたいに言ってるのよ。あなたは」
困ったような笑顔で割って入った琥珀に、冷たい声でそう言った。
「え?」
「大体、元を正せはあなたが、あんなおかしなものを持ってるのがいけないんでしょうが」
「えー。それは」
「大体、どういう用途に使うつもりだったのか、教えてもらえるかしら?」
くー、とコーヒーを飲み干して乱暴にカップを机に置く私に、琥珀は笑って首を横に振る。
「あはー。それは言えませんよ。女の子の秘密ですから」
「なにが―――」
さては、こいつ、兄さんにつかうつもりだったな。
そう思って、琥珀に詰め寄ろうとした私は、そのままベットに倒れこんだ。
う、体に力が...入らない。
ベットでもがく私に、蒼香が疲れた声を投げた。
「遠野、無理するな...私だって、まだ、立てない」
「それで、おとなしかったのね、あんた」
「まあな」
何かを悟ったがごとく、淡々とした蒼香の言葉に、私は呻き声しか出なかった。
くそ、私と蒼香の体力をここまで削り取ってしまうとは『凸茸』、あなどりがたし。
その割には、羽ピンがぴんぴんしているのは、どういうことだろう。
バカからは力は吸い取らないのかな。
「あー、秋葉ちゃん、なんか酷いこと口走ったー」
声に出てたか。まあ、いいわ。本心だし。
ぶーぶーとなにやら抗議の言葉を並べる羽ピンと、それを聞き流す私をみて
くつくつと笑いながら、琥珀が手提げ袋を手に取った。
「では、秋葉さま。一旦、私は屋敷の方に戻りますので。
暖かい食べ物をもってきますね―――」
「あ、こら琥珀にげるなああああ!」
叫ぶ私に、あははーとだけ、声を残して琥珀はドアの向こうに姿を消した。
くそ。覚えてなさいよ、琥珀。それに―――。
「うう、もう二度とあんなことやらないんだからね。
わかってるわね、羽居」
ベットでそうもがきながら、羽ピンを睨んだ。
その視線に、羽ピンは頷いてから、少し小首をかしげて考え込んむ。
「うん...でも、ちょっと、勿体無いかも。秋葉ちゃん凄く優しかったしー」
あんたね。
腕を動かして枕を取り上げ、羽ピンに向けて狙いをつけた―――が。
「―――そうだな、気味が悪いほどだった。アレが遠野の『地』とは思えないけど。
ひょっとしてアレも『呪い』なのかな。だとしたら遠野は定期的に摂取すると平和―――ぶっ」
真顔で、そんなことを呟いた蒼香に目標転換。
よし、命中。
...まったく、どいつも、こいつも!
「うるさい。とにかく、私は寝る。暗くなる前に起こしてね」
「あ、逃げたー」
「うるさい。うるさい」
羽ピンのその声と、さっきの行為の記憶から逃げるように
私は布団を頭から被って、ベットにもぐりこんだ。
「おやすみ、秋葉ちゃん。ほんとに―――ありがとう」
そんな羽ピンの礼の言葉。
いつも素直で、嘘をつかない彼女だけれど、普段以上の真摯さがその言葉の響きにあった。
だから、無視はできなくて。
「――――おやすみ」
気恥ずかしさが許す範囲で、小さく答えて、私は意識を眠らせた。
まあ、また、こういうことがあったら。
今度も、助けてやるのも、まあ考えないでもないけど。
ああ、こんなこと、考えるなんて、まだ、呪いは解けてないのかもしれないな。
そんな、埒もないことを思いながら。
<了>
<あとがき>
ほとんどの方には、はじめまして、須啓と申します。
いつもは「空の境界」のSSばかり書いていまして
月姫SS、しかも18禁描写ありのSSは初めてだったりします。
・・・全然、えっちくないですね。うう、むずかしいのです。
秋葉がすっかりいい人になってしまいました。
こういうシチュエーションなら、もうちょっと秋葉は
サディスティックなんだろうなあ、とか思うのですが・・・書けませんでした。
なんだか、だらだらと長いだけの話になってしまった感もありますが、
私的には頑張って書いたつもりですので、少しでもお楽しみいただければ幸いです。
では、こういう楽しい企画を催して下さった阿羅本さまと、読んで下さった方、
本当にありがとうございました。
2002年12月。 須啓。
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