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「……ここまでする必要があったのかなぁ?」

 蒸しタオルを手にしたアルクェイドが、ぬぐいながら尋ねる。
 彼女がおそるおそる拭いているのは、秋葉の太股であった。そこには精液の
ような、白濁液に覆われていた。

 もう一方の環は、仏帳面のシエルによって拭き清められていた。環の股間に
はくったりとなった陰嚢のない男性器が横たわっており、同性の身体を拭くの
にもおそるおそるなアルクェイドと対照的に、まるで看護婦のように手際よく
シエルはぬぐっていた。

 そして、首謀者とも言える琥珀はというと……

「それはもう、だってこれだけサンプルが集まりましたから」

 コルク栓をした試験管を指に3本もぶら下げた琥珀が、頷きながら答える。
 もう片手には駒込ピペットが握られていて、それと試験管の中にはあの白濁
液が詰め込まれている。

「さらには、解剖学的所見からの検体調査や、おちんちんの性衝動に駆られた
娘がどんな振る舞いに及ぶのかの実験観察までできたんですから、大収穫です
ねー」
「……手段の為には目的は問わない、というより目的のために手段を設定した
かのような……やはり琥珀さん、貴女は……」

 くるりと蒸しタオルを丸めると、憮然とシエルが呟く。
 こんな荒っぽいマネをしなくてもなんとでもなりそうであった気がしないわ
けではない。だが、それよりも琥珀の放つ雰囲気に呑まれたのが自分であるの
が不満そうな。
 
「ああん……まだ残ってるなぁ、志貴くらい多いよー」

 タオルを巻いた指で秋葉の秘部を拭きながら、困ったアルクェイドの呟き。
志貴くらい、というその実感ある台詞にかちんときたシエルがその横顔をジト
目で睨む。
 琥珀は試験管を日に翳して透かしてみている。目にはいかにも満足したかの
ような悠々たる表情があったが……

 はぁ、と溜息を吐くとシエルはおもむろに尋ねる

「で、どうするんですか?これから?」

 シエルの問いはもっともだった。アルクェイドすら思わず頷いてしまうほど
の。
 だが琥珀は一瞬、驚いたような呆けた顔を見せると――

「……どうするといいますと?シエルさん」
「この二人ですよ。私もアルクェイドも無罪とは言いませんけども、主犯であ
る秋葉さんは……貴女のことを許しませんよ、きっと」

 それは推測と言うよりも、事実の再確認であった。
 先ほど試験管のサンプルを手に小躍りしていた琥珀は、立ち止まってアルク
ェイドとシエル、そして環と秋葉をしげしげと眺める。まるで意外ことを聴き
ました、とでも言いたそうなとぼけた顔で。

「もちろん仕掛けは隆々、細工は上々です。これから私の物忘れがひどくなる
お薬の注射と、シエルさんの暗示でこのことはお二方にはすっかり忘れて貰い
ますので」
「……うわっ、あくどーい……」

 思ったままのことを口にするのはアルクェイドだった。
 そんなある意味無責任とも取れる言葉を琥珀は聞きつけると、くるりと振り
向いて子供を怒るかのような表情で言い聞かせる。

「これはアルクェイドさん、あなたのためでもあるんですよー」
「……というと?やっぱり?」
「忘れて貰ってはこまりますね。秋葉さまの反転を押さえ込んだのはアルクェ
イドさんですから、この事を覚えていたらきっと秋葉さまは根に持たれる筈で
すね」

 言われてみればそうだった、とアルクェイドも肩を落としてため息に漏らす。
 一人意気軒昂な琥珀と、あきらめとかすかな後ろ暗さをかみしめる二人。
 琥珀は指をうれしそうにぴっと立てる。

「秋葉さまと環さんに処置を施した後にこのサンプルを研究すれば、きっと…
…」
「……きっとわかるでしょうね、でもそのころには貴女は無事かしら」

 そんな、地の底から響き渡るかのような低い声。
 アルクェイドが驚いて自分が抱えている秋葉に振り向く。先ほどまで気絶し
ていた筈の秋葉が、目を開けて自分を凝視している。

 アルクェイドは――ほとんど反射的に手を離してしまった。冷静になれば怯
えることはないのに、咄嗟に逃げたくなる衝動に駆られたかのように。
 秋葉は、ゆらりと立ち上がった。スカートもショーツもはかず、セーラー服
の上着のままで下半身は丸出しであったが、そんなことを全く気にしていなか
ったように。

 アルクェイドは二歩退いて逃げ腰であり、シエルも予期せぬ出来事に凍り付
いていた。
 ただ、この二人は秋葉は眼中にない様子であった。朱に転じた髪がふわりと
空気を掴み、妖気を帯びて低く舞う。秋葉は琥珀の前に、ゆっくりと立ちふさ
がった。
 琥珀もまた、仮面のような笑顔で秋葉に向かう。内心どんな表情をしている
のかを悟られぬ為か、笑顔はニセモノのようで。

「……秋葉さま、これは秋葉さまのたってのお願いを叶えるために精一杯の努
力を」
「じゃぁ聞くけども、私がなんで環の……環のおちんちんに犯されなければい
けなかったのか説明して頂けるかしらね」

 秋葉はあごを突き出し、琥珀にプレッシャーを掛ける。
 だが琥珀はポーカーフェイスの笑顔を浮かべたまま

「秋葉さま秋葉さま」
「何?弁明?それとも命乞い?どちらにしてももう遅い……」
「では質問ですが、私やアルクェイドさん、それにシエルさんが環さんのお相
手をしてさしあげたら――秋葉さまは御納得されましたか?」

 それは鋭い反撃であった。
 秋葉は喉に吐きかけた言葉を逆にねじ込まれた可能に、うぐ、と言いよどむ。
確かにそうだ、琥珀が相手をすると言ったとしても自分は猛反対しただろう。
だがこんなことになるとは一言も言ってない。それに――

「それに、秋葉さまも御親友に犯されるというシチュエーションに途中から興
奮していましたよね、私にはわかりますよー。きっと志貴さまにされるよーに……」

 ブチン、と。

 秋葉の中で堪忍袋の緒がとうとう切れた。兄以外の手によって感じさせられ
て、さらには絶頂に達して中に注がれてしまったという快感と背徳と屈辱の入
り交じった、秋葉の逆鱗を無造作になで回したのだから。

 もはや、もはや我慢はならない。
 反転して赤の世界から帰ってこなくてもかまわないから、この泥棒猫だけは――!!

「琥珀!!覚悟は出来てるんですしょうね!」

 秋葉はズカズカと琥珀に詰め寄る。
 だが襟首を掴もうと手を伸ばした先の琥珀は、ひらりと身をかわすとすすす、
と退く。そして壁際まで近づくと、カーテンの陰から何かを……

 それは、一本のロープだった。天井から生える、謎のロープ。
 
 秋葉はそれを見て、冷笑すら浮かべた。何を今更愚かな、と。

「琥珀、それで私を落とし穴に落とそうというの?甘いわ」
「くす、秋葉さまこそわかってらっしゃりませんね。遠野家の落とし穴とスロー
プはなにも、相手を落とすためだけにある訳じゃないありませんよーだ」

 琥珀はくくく、と袖で口元を隠して笑うと、おもむろに――引いた。
 ガコン!と大きな機械音がして、ぽっかりと空いた真っ黒な穴は

 琥珀の足下に――あった。
 そのまますとん、と琥珀の姿が真下に消えた。不適な笑顔の残像すら秋葉の
網膜に残して。

「えい!まじかるアンバー大脱出!」
「キィィィィィ!待ちなさい琥珀!」
「妹、せめてショーツくらい履いてからいこうよー」
「環さんをどうするんですか、このまま一部始終を覚えていたら大事ですよ」

 おしり丸出しの秋葉に後ろから呼びかけるアルクェイドとシエル。
 秋葉は地団駄をふむと、ヒステリックに叫んだ。こんなのもう、我慢できな
いとばかりに――

「ええい、うるさいうるさいうるさいうるさいーーー!!!」

                                 〈END〉