冬の向日葵
末丸
道を歩いている途中、目の端に白い物が落ちてきた。
「んぁ―――――」
間抜けな声を挙げながら、自然に顔が上に向いた。
白い物体はゆらゆらと、ひらひらと、ゆっくり………
歩みを止め、それを掌に乗せる。
でもすぐに透明になって消えてしまった。
「綺麗ですねぇ〜〜」
「雪か………今年初めてだな………」
買い物帰り、隣を歩いている琥珀がそう呟いた。
それに返答しつつ、ひら、ひらと舞う白い妖精たちを一つずつ目で追ってみる。
その数は次第に増えて、無機質なコンクリートの上を少しずつ白く彩っていく。
もう少し早く降ってくれればなぁ、等と心の中で愚痴をこぼす志貴。
今年のクリスマスは暖冬の所為か雪は全く降らなかった。
ホワイトクリスマスならぬグリーンクリスマスだったのだ。
志貴は雪を見て喜んでいる琥珀を横目に、
空いている方の掌を空に向け、落ちて来る雪をもう一度拾った。
―――――冷たい。
しかし、その感覚も雪が水になるのと同時に消える。
ふと、塞がっているもう片方の手に重み。
先ほど購入した食材、日用品、薬、その他もろもろの品々。
もちろん、この中には志貴が理解できないような物も含まれている。
だから、その他もろもろ……………
「ありがとうございます志貴さん。重くないですか?」
「う、うん、それは大丈夫なんだけど…………あの、琥珀さん?」
はい?といつもと変わらない表情で琥珀はこちらを向いてくれる。
服装はいつもの着物ではなく、黒のワンピース、
普段とは違った雰囲気がなんとも新鮮。
買い物といっても志貴が何かを買うわけではなく、琥珀さんの荷物持ちである。
あの事件の後、琥珀さんは長野へ行ってしまい、週末しか屋敷に帰ってこない
ため、
こんな些細なきっかけでも無駄にしたくない。
つまり、荷物持ちというのは建て前で、2人の時間をもっと作りたい、
というのが志貴の本音だった。
最初、屋敷を出る時は”欲しいものがあるんですよ”と言っていたが、
何を買うかは聞いていないし、買った後も何かは不明のままだ。
「さっきから気になってたんだけど、この……正体不明の文字の瓶………何?」
「えっ、それはですねぇ〜〜♪」
楽しそうだ、ものすごく楽しそうだ………
その間違いなく何か含みがある笑顔が怖い。
「あ、やっぱいいです、聞かないほうがいいような気がする」
「あ、酷いですよ志貴さん、また私が変な薬でも調合しようとしてるとか、
そう思っているんでしょ〜〜?」
「あ、いや、そんなことは………」
あるんだけど、と言いかけて、志貴は慌てて言葉を飲み込む。
それ以外に何の使い道があるんだ?といわれても仕方ないような瓶………
もち、中身は不明。ついでに瓶も茶色のため中身の色さえも分からない。
「大丈夫ですよぉ〜〜致死性のものじゃありませんからぁ〜〜」
「………………」
何か考えるポイントが違うような気もするが………志貴は深く考えないことに
した。
ふと横を見ると、笑顔の琥珀。
この頃は本心からの笑みが多くなったが、薬関係の話のときはまだ怖い物があ
る。
何か時南の爺さんに似た物を感じるような………。
しかしそれでも、彼女の嬉しそうな笑みを一番近くで見る事が出来、
それだけで、志貴はいくらでも満たされたような気持ちを得る事が出来た。
(まぁいいか)
と、いつものようにその笑顔に笑顔で答えるのであった。
やっぱり琥珀さんはこうでないと調子が出ない。
いつも向日葵のような、いつでも明るい笑顔をふりまいてくれる、
もっとも、それ以上に彼女に惹かれているのを志貴は自覚していた。
「志貴さん、ちょっといいですか?」
不意に投げかけられた声に、志貴は振り向く。
「はい?」
「ちょっと、寄り道しませんか?」
「はぁ、別にいいですけど……秋葉に怒られません?」
「大丈夫ですよぉ〜〜」
心配要りません、といった表情だが、
結局怒られるのは志貴だ、それにこの誘いを断れるとも思えない。
全く、人事だと思って………おそらくそれも考えの内なのだろう、
軽くため息をついたあと、志貴は縦に首を振った。
「でも、どこに?
雪も降ってきたし、早く帰ったほうがいいんじゃない?」
「今年はこれが初雪ですから、もっとゆっくり見たいと思って………」
再び空を見上げ、落ちてくる雪に向かって言うように琥珀は呟く。
僅かに黒のワンピースの裾が揺れ、雪の白と合間って、
その姿はとても幻想的に思えた。
「………………」
「……………志貴さん、どうかしましたか?」
琥珀の声ではっ、と我に返る。
どうやら見とれていたようだ、その事に気づくのに数秒のラグがあった。
「あ、いや……琥珀さん、綺麗だな、って………」
「え…………」
思わず2人とも硬直してしまう。
はたから見れば非常に奇妙な光景だろう。
「も、もうっ、な、何言ってるんですか志貴さんっ、
お世辞言っても何も出ませんよ!?」
「え、あ、そ、そんなことはないんだけど………」
そう何とか言い切ると、再び沈黙。
琥珀の頬が少し紅く染まっているような気がした。
「………あ、あの、さ、琥珀さん? どこに寄り道したかったの?」
沈黙を無理矢理に終わらせて、話題を元に戻す。
「あ、はい………こんな綺麗な雪は久しぶりなものですから、
公園にでも行ってもう少しゆっくり見たかったんです」
「公園か………そうだね、行こうか?」
「はいっ」
そう微笑む琥珀の手を取り、指を絡める。
「志貴さんの手、あったかいです………」
「そ、そう?」
「はい、とっても………」
目を細めて言う琥珀の顔を見て、志貴はどこか恥ずかしくなってしまう。
そんな気持ちを隠すかのようにの琥珀の手を引き、歩き始めた。
「どんどん降ってきますねぇ」
「うん………」
空を見上げながら、そんな返答しか出来ない自分が恥ずかしく思える。
しかし、無限とも思える雲の空を見ていれば、ろくな言葉など出てはこないだ
ろう。
途切れることなど無いように、ずっと、ゆっくり、そしてずっと、降り続けて
いる。
その雪の姿は正に舞うという表現が正しく、
ひらひらと何かの花びらのようにも見えた。
「琥珀さん、寒くない?」
「はい、大丈夫ですよ」
公園のベンチ、すぐ横に座っている琥珀。
この季節にしては少し薄着なような気もするが………
「本当に?」
「大丈夫ですって」
そう言う琥珀だったが、見ると両手は少し赤く染まり、
時折震えていた。
志貴は何も言う事無く、その両掌を合わせ、包んだ。
そして、はぁ〜〜と白く跡を残しながら息を吹きかける。
「あっ、志貴さん………」
「こうするとあったかいでしょ?」
「……………はい」
少し間が空いたが、その暖かさをかみ締めるように、琥珀は頷き返した。
そのまま視線は空へ。
「この雪も……いつかは止んでしまうんですね………」
「琥珀さん………?」
何か悲しげな、
「いつまでも変わらないものなんて………」
どこか遠く見るように、
「………きっと無いのでしょうね」
そう白く空気が染まる。
それもすぐに消え、虚空はただ降り積もる雪を見つめるだけ。
「そんなこと関係ないよ」
「志貴さん?」
琥珀と同じ空を目で追い、志貴は言った。
「この雪だって、また来年になれば見られるし、
他の事だってさ、自分たちで続けようと思えば何だって出来るはずだよ、き
っと」
「………………」
「ははは、幻想、かな………?」
「いえ………」
自嘲気味に笑う志貴に、琥珀は静かに笑って、
「そんなこと………無いですよ、きっと」
雪が舞い落ちる中、綺麗な向日葵が咲いた。
「どうぞ」
「ありがと」
琥珀が煎れてくれたお茶をずずずっ、とすすりながら、
我ながら爺くさいと感じてしまう。
でも、こうやって飲むといつもより美味く………
「んなことはないか………」
「はい、何がですか?」
きょとん、と琥珀がこちらを見ていた。
「え、いや……独り言」
「ふふふ、志貴さん、老化現象が始まってるんじゃないですかぁ?」
「へっ?」
あははぁ、冗談ですよぉ、と笑い飛ばしていたが、
あまり否定は出来ないような………
「先ほどの公園で見た雪も綺麗でしたけど、
やっぱりこういう所で見るのも、いいですよねぇ〜〜」
しみじみと、琥珀が呟く。
2人は屋敷に戻った後、買ってきた荷物の整理を済ませ、
離れへと移動していた。
もちろん秋葉と翡翠には見つからないように。
しかしあの2人のことだ、おそらくは見つかっているのだろうけど。
ことっ、といつも通りの着物に着替えた琥珀が湯飲みを置く音。
ふすまの開けた先に広がる無音の世界に、その音が孤独に響いた。
「静か、ですね………」
そっと、琥珀が寄り添ってくる。
かなり気温は低いはずだが、志貴は琥珀が触れている部分の感覚しかなく、
自分の頬が紅く染まるのが分かった。
胡座をかく志貴の右肩に、琥珀の心地よい重み。
もっとその熱を感じたい、志貴は腕を回し、更に琥珀を引き寄せる。
その腕に自身の手を重ねて、琥珀も頬を志貴の胸に寄せた。
「志貴さん……あったかいです」
「俺も」
部屋の外は雪景色。
既に地面は白く染まり始め、
全ての音を吸い込むようにその銀世界を無限に続ける。
さすがに冷えてきたのか、その美しさを惜しむように、
志貴はその世界と部屋を遮断した。
「やっぱり……少し寒いかな………?」
「そうですね、じゃあ……」
そう言いながら、琥珀は光源を失った薄暗い部屋の中ほどまで進む。
志貴が続くと、そこにはいつの間に引かれたのか一組の蒲団。
「……あっためて、下さいね」
そう、琥珀は志貴の胸の中にすっぽりと包まれる。
「分かった………」
返すように、琥珀の耳に息を吹きかけた。
んっ、とその体が反応し、少し強張る。
それを途方も無く可愛く感じながら、抱きしめる両腕に少しだけ力をこめた。
――――――ずっと、一緒。
そう言ったのはどちらであったろうか、
そんなことはどうでもいいことのように、2人の体は重なり、熱を帯びる。
脳裏に先ほどまで広がっていた一面の銀世界が浮かび、
志貴の頭を埋め尽くしていく。
全てを忘れさせてくれるかのような快楽の波。
琥珀と交わり、唇を重ね、下を絡ませ、手は余す所無く愛撫を繰り返していた。
これも感応の力か、湧き上がる熱は途切れる事はない。
「志貴さん………」
「少しは……あったかくなった?」
「はい、とっても………でも………」
んっ?何か言いたそうにしている琥珀と、間近で目が合う。
綺麗な名前の通りの琥珀色の双眼。
吸い込まれそうな深さと、透き通るような美しさを併せ持っている。
語尾を小さくしつつ、琥珀が耳元で囁いた。
「………もっと、あったかくして欲しいです」
プチン
何かが切れるような音がした。
それは志貴の記憶が途切れた物だったのかもしれない。
「んっ………」
顔に感じる冷たさに目が覚める。
畳の匂いを吸い込みながら、琥珀が用意してくれたのか、
傍らにある着替えに袖を通した。
「あ、おはようございます、志貴さん」
琥珀とは離れの玄関に入ってくる所で顔を合わせた。
「おはよう琥珀さん、こっちで寝ちゃったんだ俺……」
「はい〜〜志貴さん昨日は激しかったですからぁ〜〜」
い゛、と頬に熱が貯まる。
「そろそろ戻らないと、朝食に遅れますよ」
「そうだね、朝食………って、ああ………何か嫌な予感」
「ふふふ、大丈夫ですよ志貴さん」
琥珀の表情は変わらない。
「全く、人事だと思って………」
「大丈夫ですって〜〜♪」
気を重くしながら、志貴は離れを出た。
「兄さんっ、昨日はどこに行っていたんですか!?」
「うわあっ!?」
離れから戻って来た瞬間に秋葉の轟声を受け取った。
「離れの方にも居なかったみたいですし……買い物の後一体どこに………」
「…………んっ、ちょっと待て秋葉、今何て……」
何かおかしなことを聞いたような気がして、秋葉に聞き返す。
「だから、一体どこに居たんですか、と聞いたんですっ!!
琥珀は夜のうちに戻っていたみたいですけど………全く、兄さんは………」
「え、いや、そうじゃなくて……………んんん???」
当然気づいていると思ったのだが、どうやら秋葉は昨日のことを知らなかった
ようだ。
しかし離れにも居なかったって言うのは………どういうこと?
すぐ横の琥珀と目を合わせるが、先ほどから笑顔のまま表情を変えない。
その時、
「おかえりなさいませ、志貴さま」
髪が紅く染まり始めている秋葉の後ろから、
いつもと変わらない声。
「あ、ああ……ただいま、翡翠」
どこかいつもよりきつい視線を感じるのだが、
ぎこちなくそう返事をする。
「秋葉様、朝食の準備が出来ておりますが………」
「ふぅ…………まぁいいわ、兄さんのことですから、
きっと乾さんの所にでも厄介になっていたんでしょう」
半ば無理矢理に会話を終了させると、秋葉は志貴ら3人を残し、
食堂へと消えていった。
「琥珀さん、これどういうこと……?」
「ふふふ……翡翠ちゃん、ご苦労さま」
「もう、姉さん、あまりこういうことは………」
志貴にはまだ分からない。
「昨日の夜にですね、翡翠ちゃんは離れに来たんですよぉ」
「へっ?」
「驚きました、姉さんと志貴さまが、あんな格好で………」
顔を俯かせ、傍目からでも分かるぐらい頬を紅くし、翡翠は言った。
最後の方はよく聞き取れなかったが、充分過ぎるほど理解は出来た。
どうやら翡翠は2人が離れで、あ〜〜んなことや、こ〜〜んなことをした
直後の状況に、翡翠は遭遇したのだろう。
「秋葉様に言われて屋敷中を探して………」
「志貴さん、翡翠ちゃんには後でお礼をしないといけませんねぇ」
で、それを秋葉に黙っていてくれて、ついでにごまかしてくれたと………
「そ、そっか……翡翠、ありがと………」
「いえ、私は主人の志貴さまのために当然の事をしたまでで………」
「兄さんっ、何をしているんですかああっ!!!」
屋敷中にまで響きそうな秋葉の声。
「では、わたしは先に行っております」
ぺこ、と軽く頭を下げ、翡翠も食堂へと消えていった。
「………ふぅ」
「ふふふふ、言い訳を考えないといけませんねぇ♪」
「だね」
琥珀と向き合って微笑み合う。
そして…………そっと、自然に唇を重ねた。
「じゃ、行こうか」
「はい」
朝の光の中、また綺麗な向日葵が咲いた。
<fin>
〜〜あとがき〜〜
ほのぼの………?
よく分かりません。(汗
今回はあまりえちぃを入れないように………というか、
入れることが出来なかったというか………
まだまだ青いですねぇ〜〜
もう少し上手く書けるといいんですが………
クリスマスSSを捨ててこちらを選んで………いまいちな感じな気がします。(笑)
放浪はまだ続きそうです。
末丸。
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