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眠り

                          東海林 司

「は〜、疲れました……」


 夜……暗くなった廊下。
 その中を1本の懐中電灯の光を頼りに歩く。
 いつもの見回りだ。
 

「なんで最新の防犯設備があるのに見回りしなくちゃいけないんですかね〜」


 もっともな意見だと思うのだが、あいにくとここにはわたししかいない。
 つまり、誰も聞いていないのだ。
 まあ、秋葉様に聞かれたら怖いので誰もいないことが幸いだが。


「……あれ?」


 全ての電気を消したはずなのに、なぜか電灯以外の光が見えた。
 よくみると、部屋から光が漏れていた。
 ここは……志貴さんの部屋?


「どうしたんでしょうか?」


 いつもならしっかりと閉じられている扉に近づく。
 もしもの時のために、足音を立てずゆっくりと。
 

「…………」


 光が漏れてる隙間から中を覗く。
 別段と変わった風景が広がっているわけではない。
 少ない家具があって、奥にはベッドがある。
 もちろんそのには志貴さんが寝ていた。


「……志貴さ〜ん?」


 寝ているのだろうか?
 しかし、電気をつけたまま寝るなど普段の志貴さんからは考えられなかった。
 よほど疲れているのか、それとも……


「……まさかね」


 不安になりそうな想像を打ち消しながら、部屋の中にゆっくりと入る。
 もちろん『お邪魔します』も忘れない……頭の中でだが。


「志貴さ〜ん、寝ているんですか〜?」


 ドアとは反対側を向いていたため、窓側から志貴さんを覗く。
 そこにはスヤスヤと寝息を寝息を立てている志貴さんの顔。
 まだ浅い眠りなのか、翡翠ちゃんが言っていたような寝顔ではなかった。


「……よかった」


 どうやら、ただ疲れていただけのようだ。
 ホッとしながらも電気を消すために電灯に手を伸ばす。
 これを消して、廊下に出て扉を閉める。
 ただそれだけのことなのに、わたしは出来なかった。


「志貴さん……可愛い」


 志貴さんの寝顔に見惚れてしまったのだ。
 なんていえばいいのか……まるで猫などの動物が日向で寝ているよう。
 見ていてほのぼのとする、癒されるとかそんな感じだ。
 今日の疲れなんて吹き飛んでしまいそうだった。


「……お邪魔します」


 起きないようにそっと話し掛ける。
 そして志貴さんに掛かっている布団をはだけさせる。
 もちろん、わたしが入るためだ。
 もっと近くで、密着した状態で志貴さんが見たいのだ。


「起きちゃ駄目ですよ〜?」


 ゆっくりと足をベッドの上に乗せる。
 体重をかけるとギシッとベッドがきしむ音。
 だが、そんなことは気にせずに全身を進入させて行く。
 布団を戻して任務成功。


「あったか〜い」


 ベッドの中……というか志貴さんの隣はとても心地よかった。
 まるで恋人の腕に包まれているような感触。
 普段1人で寝ているため、とても新鮮な感じだ。


「えへへ、志貴さんだ〜」


 そして目的である志貴さんの顔が目の前にあることを確認する。
 つまりは抱き合っているような状態で向き合っているのだ。
 少し顔を前にずらせば志貴さんの唇とわたしの唇がくっつく距離。
 ここまで近づいたのは初めてだった。
 

「最近かまってくれないのが悪いんですからね〜?」


 志貴さんの背中に手を回してさらに近づく。
 頬、胸、お腹、腰、足……全てが志貴さんと密着する。
 服装的にかなり動きづらいのだが、それも今は関係ない。
 一時でも多くこの感触を味わっていたい……ただそれだけだ。
 

「……志貴さん……大好きです」


 志貴さんからの心臓の音がわたしに伝わる。
 まるでわたしが志貴さんの身体の一部となったかように。
 もちろん、下のほうからも鼓動が感じられた。
 胸を押し付けてみると、下半身が多少なりとも反応を示す。


「えへへ、本当に寝ているんですか〜?」


 ちゅ……


 志貴さんのほっぺたにキスをする。
 それに反応したのか、志貴さんの下半身がピクリと動く。
 本当は唇にキスしたいのだが、それは少し気が引けた。
 

「幸せです……怖いくらい幸せです」


 1度は人形となったわたし。
 だが、今はヒト、そして女として生きている。
 そしてその幸せを感じ、噛み締めている。
 それは、志貴さんのおかげ……
 今わたしがこうしていられるのも全てそう。
 毎日本当の笑顔でいられるのもそう。
 何もかもが……平凡な日常全てが志貴さんのおかげ。
 

「だから……怖くないようにもっと幸せにしてくださいね」


 和服の胸元ははだけ、足も隠されて無い状態。
 ベッドの中だからこれは仕方の無いことだ。
 直そうとすると志貴さんを起してしまうかもしれない。
 それだけは確実に避けたいところだった。


「えへへ……」


 だからそのまま、志貴さんの胸元まで顔をずらす。
 志貴さんの匂い、暖かさ、鼓動全てがわたしを癒してくれた。
 明日からも頑張れる。
 笑顔でいられる。
 だって……こんな近くに志貴さんがいるのだから。
 

「おやすみなさい志貴さん」


 心地よい感触の中、ゆっくりと目を閉じる。
 暗闇が全てを支配したが怖くは無い。
 近くには志貴さんがいる。
 だから……わたしはわたしでいられる。
 昔のわたしや暗闇なんかには負けない。
 

「……愛してます」


 ゆっくりと意識が遠のく。








「……ん〜」


「あれ、琥珀さん……なんでここに?」


「まあいいか……はは、可愛い寝顔」


 ちゅ……


「お泊り代ってことで……いいよね?」


 カチッ……


「じゃあ、おやすみ琥珀さん」


「……愛してるよ」