頭の中に今度もやもやと浮かんでくるのは、翡翠の姿だった。
背中のボタンを下ろし、エプロンの背紐を緩めて、肩を剥き出しにしている
翡翠。ブラジャーも外れていて、そこに覗くのは翡翠の小降りだがまるで少女
のような……
「しーきーさん?」
琥珀さんはうふふふふー、と不可思議な笑いを浮かべる。
まずい、また俺は何か呟いていたのか?でも喋ってないぞ、今回だけは!
琥珀さんに全てを見透かされているような気がしたけども、俺は頭を振って
そんな翡翠の事を黙秘しようとして――
琥珀さんの手が、俺の手首をつかむ。そしてその手からウィスキー入りのテ
ィーカップを静かに取った。そしてそれを琥珀さんは唇に運ぶと、くいっと呑
んで――
琥珀さんは呑める筈だけども、いったい何で……あは、と笑いながらカップ
を置くとつかんだままの俺の手を少しづつ上げていって。
「琥珀さん?え?何?」
「しーきぃーさーん?隠さなくったっていいんですよー、あはー」
酔って絡むような琥珀さんの姿態。でも可笑しい、琥珀さんは今呑んだばか
りなのにそんな絡み上戸みたいな――もしかして、何かその大それたことを企
んでいて、そのカモフラージュのために?
パニクっている俺の手首はゆっくりと持ち上がっていってそのまま琥珀さん
の胸元に――俺がしようとしているんじゃなくて、琥珀さんが俺の手を胸に寄
せていって……
「あ、ああう、そんな……」
「ふふふふ……志貴さん?私の胸に比べて、翡翠ちゃんの胸はどうですか?」
ふにゅりと。
俺の掌が琥珀さんの胸に宛われる。着物の上からその胸を包むように。
布越しでも、そこの下に琥珀さんの女性の丘が豊かにふくらんでいるのが分
かる。琥珀さんは両手で俺の手を抱き寄せ、うっすらと笑って俺の顔を覗き込
む。
それに俺はどんな顔で答えを返せばいいのか、分からない。
でも、これは酔った俺の幻覚でも、妄想でもない。俺の掌は確かに琥珀さん
の胸を触っていて……掌に伝わるリアルな感覚は、今までの俺の頭の中に浮か
んでいた経験や妄想をきれいに洗い流すだけの実感があって。
「あん……志貴さんの手を感じます……もっと、しっかり確かめるために触っ
ていいんですよー?こう言うのはどうですかね」
琥珀さんはすと手を離すと、立ち上がる。一瞬ほっとしかけた俺だったけど
も、琥珀さんはまだ手をつかんでいて――
琥珀さんが一体何を……と思う間もなく、その手を肩に担ぐようにしてくる
りと回れ右をする。そしてそのまま、俺の膝の上にぽすんと座り込む。
「な!」
「あは、志貴さん?和服は前よりも後ろからの方が胸を触りやすいんですよー?」
俺の膝の上に乗っかる琥珀さん。目の前にあるのは、襟元から覗く色っぽい
項。
そして肩口から手を回している格好になった俺の腕は、琥珀さんに誘われて
その襟元に忍び込んでいって……琥珀さんの言うとおり、着物の袷は洋服と比
較にならないくらい胸に手を忍び込ませ易い。
指先に感じる、琥珀さんの肌で暖められた着物の布地の感触。
それを指先に感じたかと思うと、そのまま俺の手は誘い込まれるようにする
すると琥珀さんの胸に進んでいく。着物だからもちろんブラジャーなんか着け
ている訳はないので、俺の手の直接触るのは琥珀さんの、肌襦袢の上から触る
柔らかい胸であった。
前から手を当てたときにも琥珀さんの胸を感じたけども、後ろから腕を回り
込ませるとより一層――それに、膝の上の琥珀さんを抱きしめるような格好で。
俺は目を閉じ、琥珀さんの項にそっと頬を当てた。琥珀さんの身体は興奮し、
酔った俺の身体からはひんやりと冷たく感じられる。
「あん……くすぐったいですよー、志貴さん」
「琥珀さん……琥珀さんの胸が……」
俺はぼんやりとしながらそう呟くのが精一杯だった。琥珀さんの襟元からほ
んのりとお香の香りが漂い、微かな甘さが鼻腔に広がるのはちょうどいい茶菓
子を口に含んだような――いや、それよりも琥珀さんの胸は柔らかく、俺の指
にたぷたぷと当たって形を歪ませる。
申し分のない、綺麗で弾力のある胸であった。それもこんな抱え込む格好で、
後ろから琥珀さんの胸を抱いているだなんて……ものすごく興奮する。
琥珀さんの襟元を吸い、そして囁きかける。指は琥珀さんの胸を触りながら
――
「琥珀さん……すごくいい……翡翠が、とかそう言う事じゃなくて……」
「あん、もう……志貴さんったらいつもそんな風に女の子の胸を揉んでるんで
すね……うふふ」
琥珀さんは身体を捩り、俺に振り返ろうとする。
俺もそんな琥珀さんの顔に向かい合わせるようにして――椅子の上に抱き合
い、絡み合いその身体を、唇を求めて、柔らかな手触りと唇の触れる感触が…
…
「姉さん?失礼します――」
俺と琥珀さんがキスした瞬間、そんな声が聞こえた。
いや、同時にこの部屋のドアが開く音も。そして、聞こえたのは翡翠の声。
俺は琥珀さんにキスしたまま、瞳だけを大急ぎでそちらに向けた――
「――――――――!!」
戸口には、ドアノブに手を触れたまま固着している翡翠の姿。
それはそうだよな、俺と琥珀さんが座位で抱き合ってキスして居るところを
眺めたら……って、ぇぇぇぇぇえええええええええ!
「ひ、翡翠!これはそのあれだ、うわ!」
俺は大急ぎで琥珀さんから手を離そうとするが、乗っかられて――気が付く
とそのまま椅子のバランスを背中の方に大きく崩し、この高価そうな椅子が後
ろ足二本で立っていて……!
ばたんっ!
俺はそのまま真後ろに倒れる。マヌケだ。
でも琥珀さんは俺から離脱して、戸口に向かってダッシュするのが見えた。
椅子の上に倒れ、上下が逆になった世界の中に見えるのは琥珀さんの背中と、
凍り付いたまま俺を驚愕の瞳で見つめる翡翠。
「翡翠ちゃん、どうしたの?」
「あ、秋葉さまが姉さんを……で、でも姉さんも志貴さんも何されていたんで
すか!?」
なにをって、ねぇ。
頭はぶつけてない。このままじゃなんだ、立ち上がらないと……と思っても。
俺の身体から身体がゆるゆると抜けてしまい、このまま仰向けに椅子と一緒
に転がっているのが良いや、と思う。アルコールのせいで燃料が抜けて、横転
している車のようで。
あはははははー、と気が抜けた笑いが俺の口から漏れる。ああ、愉快だ、琥
珀さんの胸に触れたし、翡翠もびっくりしているし、うん。
「姉さん、志貴さまの様子が変です!頭をもしや打たれたのでは」
「だいじょーぶだいじょーぶ、志貴さんはお酒と特製カクテルでちょっと気持
ちよくなってるだけだから……それに、志貴さんは翡翠ちゃんの胸に興味があ
るってー」
なにか勝手に琥珀さんが話を作ってるなー、まぁ、でもいいか。
ひっくり返った世界の中で、琥珀さんが翡翠を部屋の中に引き込んでいく。
そして翡翠の手を取ると、俺にしたのと同じように胸を触らせて――翡翠の
事態を把握できない顔が可笑しくて仕方ない。
ああ、可笑しい。なんというかもう
「わははは、ケタケタケタケタ」
「姉さん!志貴さまが危険な容態です!こんなことを……ああああっ」
「志貴さんは、私の胸を触りながら翡翠ちゃんのおっぱいも同じくらいかな、
って聞くんですよー?でもそんなえっちな志貴さまに直にやっぱり翡翠ちゃん
のを味合わせて差し上げないと」
ぐいぐいと琥珀さんは、翡翠を俺の方に引っ張ってくる。
翡翠は困り切っていて、琥珀さんは調子に乗りまくっている。で、俺は酔い
まくっていてこの有様だ。もーだめ、みんな可笑しすぎ。なにか琥珀さんが爆
弾発言しているような気がするけど。
「それに、胸は私や翡翠ちゃんみたいに、ちょっと小さめで揉み心地がいいの
が好みで秋葉さまみたいな洗濯板みたいのは駄目だなー、心が安まらないよっ
て」
ズダーン!
今度はドアが軋むほど激しく叩かれた。もう一人誰か来てるな――って、秋
葉か。
「琥珀!貴女病人を放っておいていったい兄さんに何を吹き込んだの!」
「秋葉さま秋葉さま、病人は寝てなきゃ病人っていいませんよー?そんなに無
理するとただでさえ無い、胸がもっとえぐれて……」
「おだまりなさい!貴女も兄さんも一緒にお仕置きしてあげるわ!こんな扉―
―」
メキメキメキ、と軋んで内側に倒れ込む扉。
まぁ、秋葉が本気をだせばそんなものか……って、赤い髪が戸口の向こうに
覗くとそんな悠長なことも言ってられないし。
「秋葉さま!」
「あー秋葉、だれもお前の胸を嫌いだとは言ってないよ、うん、貧乳万歳でも
あるわけだし、俺は」
「志貴さんはまにあっくですねぇ……でも一番好きなのは私の胸だと先程伺い
ましたので」
「本当ですか兄さん!」
俺は倒れ込んだまま、俺を囲んでひっくり返って見える三人にあひゃひゃ、
と笑いながら――言葉がなかった。ただ喉と肺がケタケタとひっきりなしに笑
いを送り出し続ける。
「琥珀!兄さんに一服また盛ったわね!」
「私はほんの少しだけですね、志貴さまが出来上がっているのはあのウィスキー
で……」
「そんなことより早く志貴さまを――」
「あははー、そうですねー志貴さま?」
おろおろする翡翠を尻目に琥珀さんが屈み込んで俺を起こそうとする。
そんな琥珀さんの胸にぽふっと俺は頭を預ける。
身体は骨が抜けたみたいになっていて……柔らかい琥珀さんの胸を枕に俺は
……気持ちよくてそのまま
「ほーら、志貴さんはこんなに私の胸が好きなんですねー」
「……見せつける気ね琥珀……キィー!」
《おしまい》
|