逆しまに
作:しにを
「うーん、少しマンネリかなあ」
しっぽりとした情事が終わってからの言葉としては、はなはだ不適切な言葉。
ほんの十数分前の忘我の姿を見せてやりたいものであるが、志貴はいたって
率直かつ素直にその言葉を口にしていた。
幸せそうに志貴の胸に顔を埋めていたアルクェイドは、もぞもぞと動いて視
線を志貴に向ける。
志貴の目は優しくアルクェイドを見ている。
その事にかえって不安を感じる。
「それって、志貴がわたしにもう飽きちゃったって事?」
小さな恐る恐ると言っていい声。
僅かに涙目。
明るく、強いお姫様には似つかわしくない弱々しい表情。
志貴は慌てて頭を振る。
「違う、違う。飽きるわけ無いだろ。さっきだってさ……」
「うん……」
見つめ合う眼によって、口にされる幾多の言葉より濃厚な会話が交わされる。
ほっとしたような顔でアルクェイドは、押し潰されている胸をさらにぎゅっ
と志貴と密着させる。
「じゃあ、何なの?」
「ええとさ、確かにアルクェイドの体は素晴らしいし、いまだにこんな事して
ると夢じゃないかと思うくらいなんだ」
「わたしも志貴に抱かれると嬉しいよ」
「アルクェイドが感じてくれるのも、俺は凄く嬉しいよ」
「なら、何が不満なの?」
「それに甘えすぎているなあって思うんだ」
「うん?」
意味がわからないなあという顔のアルクェイド。
志貴もどう言ったものかなと少し思案顔になる。
考えながら、猫の背でも撫でるように、アルクェイドの髪に手をやる。
「つまり、なまじアルクェイドが良すぎて、結果として変化に乏しくなってい
ると思う」
「そうかなあ」
「そりゃ毎回毎回同じ事してる訳じゃないけどさ、基本的に俺があーしてこー
して、たまにこんなのして、アルクェイドがこーしてああなって、最後はああ
かこう。そういう基本パターンが出来上がっているような気がする」
実演をして見せながら志貴は説明する。
直截的な表現については当事者以外にはあまりに生々しいので割愛。
「わたしがこういうのわからないから志貴にばっか頼っちゃってるし、志貴の
事を満足させてあげてなかったんだね」
うーんと考え込む表情のアルクェイドに志貴は慌てて頭を振る。
「誤解するなって。満足はしてるんだ。それにアルクェイドも少しずついろん
な事を憶えくれてるしさ、それも嬉しい。
ただ、せっかくならいろいろしてみたいし、新たな喜びを求めてもおかしく
はないだろう?」
「うん、そうだね。志貴の言う通りだね」
納得して明るく笑うお姫様。
やはりこういう表情の方が似合っている。
しかし、志貴の言葉には何の疑問も抱いていない。
ここに例えばシエルがいれば、そしてこれまでのアルクェイドと志貴の愛の
交歓の遍歴を欠片でも見知っていたら、アルクェイドへの恩讐を越えて、肩に
手を置いてふるふると顔を左右に振ったであろう。
あるいは琥珀であれば、全然笑い顔に見えない笑みを浮かべて「はあ、志貴
さんって、あれで変化に乏しくマンネリだと仰るのですか。あんな事やこんな
事までアルクェイドさんの無知に付け込んでやっておきながら」と嘆息混じり
に呟いたであろう。
「でもどうするの?
前に言ってた『やがいろしゅつちょーきょーぷれい』とか『きんばくしゅう
ちぜめぷれい』とかするの?」
「いや、それはいい。…………とりあえずは、またにしよう。
そうだなあ、アルクェイドが考えてみてよ」
「わたしが?」
「うん。そう。アルクェイドの方からこうしたいなんて言われると、ちょっと
良いかも」
「うーん、わかった。志貴がそう言うんなら、じゃあ何かで調べてみるね」
◇ ◇
「ふふふ、ちゃんと準備してきたんだよ」
「ふうん。偉いな」
「当然だよ」
「で、何をするのかな」
何日か後の、アルクェイドの部屋。
いつでもOKだよっと弾んだ声で電話してきた恋人の言葉に、わくわくと志
貴は飛んで来たのだった。
取るも取り合えずベッドに向かう二人。
どこがマンネリなんだろうと疑問符が浮かぶが、それだけ志貴の期待は膨ら
んでいたと言う事。
嬉しそうに志貴を迎えつつも、慌てないで、というようにアルクェイドが掌
を前に出す。
「要するにね、志貴ばっかりわたしの事を攻めてたからいけなかったんだと思
うの。いろいろしてても基調が同じだと似た感じになっちゃうでしょ」
「ふうん、なるほど。そうかもな」
「ならね、逆になればいいと思うの」
「逆に?」
「うん。わたしが志貴のこと攻めて、志貴が受けになるの」
「……」
得意満面なアルクェイドの表情。
志貴はちょっと意表をつかれた顔をする。
少しばかり変化があれば面白いかな、何かアルクェイドから積極的にしてく
れたら嬉しいなあ、くらいに考えていただけで、アルクェイドが深く突っ込ん
で考えていたとは思ってもいなかった。
受身になってアルクェイドから……。
それもいいかなあ、と志貴は内心頷く。
頬を染めながら自分をリードしようとして、しきれないアルクェイド……、
最後には自分の方が感じてしまって、とか。……うん、悪くない。
でも……。
ちょっと嫌な映像が頭に浮かぶ。
何と言うか陳腐な光景。レザースーツに身を包んだアルクェイドが……。
「ちょっと待て、アルクェイド。もしかして、おまえが女王様になって鞭打ち
とか考えてないか。そういうのはお断りだぞ」
「うん。それも考えてみたけど、どこが面白いのか今ひとつわからなかったか
ら止めちゃった」
「そうか」
「本気になって加減忘れたらとんでもない事になるしね、わたし、志貴の体痛
くしたり、傷つけるような事は絶対したくないもの。志貴が望むなら頑張るけ
ど、そんな真似するのは凄く抵抗あるし……」
「俺も嫌だよ」
言葉もさる事ながら、そう言う時のアルクェイドの表情に少しくらっとくる
志貴。
可愛いよなあ、こいつ、そうしみじみと感じていた。
「だからね、傷ついたり痛くしたりしない程度に、志貴の事、苛めてあげる」
「えっ」
その可愛いアルクェイドの意表をつく動き。
目の前に立っていたのに、瞬時に姿が消える。
そして志貴の腰掛けていたベッドの後ろが撓む。
状況を認識できないでいるうちに志貴の両手が後ろに引っ張られ、何かが嵌
められる。
慌てて志貴はもがくが、両の手首が一定以上開かず、カチャカチャと金属音
がする。
何だ、手錠か?
事態が呑み込めない志貴の肩が背後のアルクェイドにつかまれ、後ろに引き
倒される。
「うわっ」
「こら、暴れないの」
いきなりで、なおかつ後ろ手に両手がつながれている状態とあっては、無様
に志貴は転がるしかない。
「何するんだよ、アルクェイド」
「言ったでしょ、苛めてあげるって」
言葉とは裏腹に、アルクェイドはちょっと心配そうな顔になる。
「手首とか大丈夫? 緩くしてあるけど、痛かったら言ってね」
「ああ、それは別に痛くないよ。そんな事よりこれ、何なんだよ」
「志貴ってね、受け属性があるから。こういうの絶対に気に入ると思うよ」
自信に満ちた言葉。
そしてベッドに転がった獲物に身を寄せてアルクェイドは、志貴の着ている
シャツのボタンを外していく。
そして上半身をはだけさせると、下に移る。
志貴は抵抗したものかどうか迷った挙句、アルクェイドがベルトをカチャカ
チャと外し、トランクスにまで手をかけるのを黙って受け入れる。
「あれえ」
意外そうな声。
手を止めてアルクェイドがまじまじとそこを見つめている。
「なんでもう、こんなになっちゃっているの?」
かあっと志貴の顔が赤くなる。
志貴のそこはすでに膨張していた。
「なんだ、嫌がってはいないと思ってたけど、もうはや期待して興奮している
んだ、志貴ってば」
つん、とアルクェイドの白い指が赤黒くなったものを突付く。
「……」
「全然感じてないのかな。それとも我慢しているのかな」
つつ、と指が先端を這いまわる。
微かな摩擦と共に性感が引き起こされる。
鈴口、えらの張った際、裏側の稜線、くびれの周り。
ペニスの弱点を的確に指がなぞる。
ぴくぴくとペニスが反応していく。
そうしているうちに、何度もつつかれた鈴口から指先ににちゃりとした糸が
引く。
「気持ちいいんでしょ。
して欲しくないなら、止めるよ。志貴の嫌がっている事したくないから」
あっさりと手が離れる。
ひくりと志貴のペニスが名残惜しげに動く。
「して……」
「うん?」
「してくれ、続けてくれよ。ここまで来て止めないでくれ」
「うん」
あっさり志貴は陥落する。
アルクェイドも意地悪はやめて遠慮無しに手が伸ばし、中断された動きをよ
りいっそうの熱意を込めて続ける。
手がゆっくりと志貴のペニスを包み、強からず弱からず擦りたてる。
その柔らかい手の感触、擦られる時の摩擦の何ともいえない気持ちよさ、ア
ルクェイドにそんな真似をされているという事実。
全身を縛り上げられた状態と変わらない。
この快感からは逃れられなかった。
アルクェイドの掌で完全に志貴は体の自由を奪われていた。
高まっていく。
素直にその性感の高まりを受け入れる。
「アルクェイド……」
「もう、ダメ?」
「うん……」
「いいよ、志貴。いっぱい出して」
さらにアルクェイドの手の動きが速まる。
限界。
ペニスの奥から何か込み上げてくる。
手が志貴の最後を感じ取って、ぎゅっと握られる。
搾り取られるようなその刺激。
びゅくびゅくと、志貴は迸らせた。
一瞬の絶頂の何ていう満足感。
手でしごかれただけだというのに……。
最後に志貴のペニスの先を包むようにして握った為、勢い良く虚空に散る筈
の精液がアルクェイドの掌一面に広がっている。
興味深そうにアルクェイドはそれを眺め、手を開いたり閉じたりしながらに
ちゃにちゃと弄んでいる。
「ずいぶんいっぱい、それに濃いみたい……」
「あんまりしげしげと見ないでくれ」
考えてみると、出したのを拭き清めたり、こぼれたものを指でしゃくって、
などといった際に見るくらいで、混じりけ無しのそれを目にする機会は、アル
クェイドにはあまり無いのかもしれない。
しかし志貴にしてみると、己が放出したものを丹念に観察されるのは物凄く
恥かしい気分になる。
普段なら、ティッシュか何かで拭ってやるところであるが、後ろ手に縛られ
転がされている状態では、ただ眺めているしかない。
アルクェイドは、しばらく楽しんだ後で、舌を伸ばして濃厚な白濁液を舐め
取った。唇を寄せて啜りこむように口に入れてしまう。
「あっ」
呆けて志貴はそんなアルクェイドを見つめていた。
口の中で果ててしまい、溢れそうなそれを呑んで貰った事もあるし、顎から
滴らせていたり、アルクェイドの中からこぼれ落ちた雫を指で取ってしゃぶら
せた事もある。
だから、アルクェイドが精液を口にする事自体は初めて見た訳ではないのだ
が、外に出された大量のそれを自ら啜りこむような行為は、志貴にとって頭が
痺れる程に煽情的だった。
口に啜りこんだものはすぐに呑み込んでしまわずに、舌で転がす様に味わっ
ている。
そんな光景を見てしまい、志貴は放ったばかりだと言うのに、もう自分の体
が復活しているのを感じていた。
あ、呑み下した。
志貴はアルクェイドの喉が動いたのを見て取った。
頭を撃ち抜かれたような衝撃を感じて、そして真っ白になる。
あれ、まだ残っているのか。
まだ口がもごもごしている。
ぼんやりと志貴がアルクェイドの口元を見つめていると、ついとそれが近づ
いてきた。
「え、アルク……、むぐぅっ」
《つづく》
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