Langue et desir
(邦訳:言語と欲望)
古守久万
「成る程ね……」
目の前で優雅にお茶をすする志貴さんは、本当に絵になっていると思う。
「つまり、アキラちゃんの未来視は過去の記憶からの再構築……という事かな?」
あの人、と同じ事を志貴さんも言う。
「そう……だと思います。」
あまり思い出したくなかったけど、志貴さんとの出会いのきっかけともなる
出来事で……
私は今、遠野家のお屋敷に来ている。
春休みを間近に控えて、しばらくこちらに残ろうかと考えた時、丁度志貴さ
んから申し出があった。
「アキラちゃんの未来視について、詳しく調べてみたいんだ」
私は二つ返事で了解した。自分の力の事、分かるかも知れない。そして、志
貴さんと一緒にいられる、その思いで。
遠野先輩がちょっと恐かったけど、今日お屋敷に来た時には暖かく出迎えて
くれた。何だか、学校にいる時のあの雰囲気が嘘のように、年頃の少女の顔を
していた。
それは、志貴さんがそばにいるから?
少し、嫉妬する。
使用人の翡翠さんと琥珀さんも、とても優しい人だ。志貴さんが「二人っき
りで話がしたいから」と言うと、中庭にティーセットを用意してくれた。
そして今、こうして志貴さんと一緒にいる。
「それは、「夢」と一緒だね」
「夢……ですか」
「うん。人間の脳は過去の事を忘れてるようで覚えている」
ティーカップを置いて、志貴さんは続ける。
「正直俺だって未来視はするよ、ただし夢の中だけどね。既視夢って奴さ」
「きしむ……?」
漢字が当てはまらないで、オウム返しになってしまう。
「ああ……デジャヴって言った方がよかったね」
「それなら、知ってます」
そこで初めて意味が分かる。確か夢で見た風景が実際に現れる事……とかそ
んな意味のはず。
「夢の中では忘れてた記憶が自我を越えて現れるんだ。たまに「既視夢」が見
えるけど、実はそれは過去の記憶の積み重ねから得られる未来像の一部じゃな
いか、って思うんだ。で、それが現実で上手く合致すると正夢となるって具合
かな」
志貴さんの言いたい事は分かる。
「つまり、私の未来視は……」
私が続けようとする言葉を、志貴さんが受け継ぐ。
「そう。夢で見るはずのそれを、覚醒しながら見ているんじゃないかって」
志貴さんは、そう言うと優しく笑いかけ
「まぁ、俺達の見る既視夢はアキラちゃんのとは違って偶然の産物だと思うよ。
世間では予知夢だなんて騒がれるけど、時間も空間も曖昧なものしか見れずに、
後になって「あの夢はそうだった」ってこじつけるばかりだからね」
頭をぽりぽりかきながら、志貴さんは謙遜してみせる。
「人間の脳は10%も働いてない。残された90%の一部でもそういう力に働
いているのなら、アキラちゃんは普通の人よりも脳の回路が沢山開いてる、っ
て事になる。きっとアインシュタインやゲーテより天才になれるよ」
「そんな……恥ずかしいです……」
お世辞とも取れる言葉だけど、素直に嬉しく思う。
「でも、使い方を間違えないようにしないとね。脳が耐えられなくなるかも」
笑顔の私とは反対に、志貴さんは少し神妙な面もちになる。
「あ……」
分かる。志貴さんも自分の力で同じ事を感じてたんだ。
だから、私に教えてくれるんだ。
「志貴さん、凄いです。こんな難しい事を知っているなんて……」
未来視と夢。そんな接点をいとも簡単に見つけてしまう、そんな志貴さんに
尊敬の念を抱いた。
「まぁ、あの子のお陰かな」
ふと、志貴さんの視線が私からその奧に注がれる。
「えっ……?」
ふと、振り返るとそこには一匹の黒猫。艶々の毛色に、黒いリボン。妖しさ
と可愛さを同居させるような出で立ち。
そして、こちらをじーっと見ている目。冷静で、見透かされるような目。
「おいで、レン」
志貴さんが呼ぶと、こちらに歩み寄り、しなやかに跳躍して志貴さんの膝に
乗る。その背中をゆっくりと撫でる志貴さんの姿は、優しいご主人様。どこと
なく高貴であまりにも絵になりすぎていた。思わず見とれてしまう。
「その子、レンちゃんって言うんですね」
「そう、最近うちの家族になったんだ」
「そうなんですか……」
黒い猫。なにか夢に関係ある象徴なのか、不思議に思った。
「ほらレン、こっちが話してたアキラちゃんだよ」
志貴さんが私を指差すと、レンちゃんは私を見て、そしてテーブルを伝って
私の膝の上にやってきた。
ちょこんと、私の前に鎮座する。目を合わせると、その瞳に吸い込まれそう
になる。
背中を撫でると、気持ちよさそうにする。そのまま私の上で居眠りでもして
しまいそう。とっても可愛い、自然に笑みになれる、そんな子だった。
「可愛いですね……」
私が素直な感想を口にすると
「珍しいな、レンがこんなになつくなんて……」
志貴さんは少し驚いた様子で呟く。
「やっぱ、引かれ合う同士なのかな」
「え?」
「いや、こっちの話さ」
「??」
不思議に思わずレンちゃんと目を合わせる。「いつもこんなご主人様だよ」
みたいな呆れた様な表情に見えた。
「む、レン。変な事教え込むなよ」
志貴さんは分かってるかのようにレンちゃんを非難する。くるりとレンちゃ
んが振り返ると、志貴さんは苦笑いする。
「分かった分かった。俺が悪かったよ」
まるでココロが通じ合っているような会話。何だか不思議で、でもとても自
然だった。
「で、最近見た未来視なんだけど……」
さっきまでの表情を笑顔に戻し、志貴さんが聞いてくる。が……
「それが、余りよく覚えていないんです。思い出そうとしても、もやがかかっ
たみたいで……」
と、私は曖昧な返事をして誤魔化す。
「しょうがないか。夢だってすぐに忘れちゃうんだものね」
と、志貴さんは苦笑する。
でも、それは嘘だった。
昨日見てしまった未来視は、はっきりと覚えているけど……
それは志貴さんには話せなかった。
「それじゃ、ちょっと試してみようかな?」
そう言うと、志貴さんは椅子から立ち上がる。
「アキラちゃん、目をつぶって」
「あ、はい……」
言われて、私は目をつぶる。と……
カツ、カツ……
気配が、近付いてきた。志貴さんが目の前に来ているのが分かる。
「アキラちゃん、恐くないからね……」
志貴さんの息が私の顔にかかるくらい、近付いている。
そして、頬にかかる手のひらの感触。
え?え!?
志貴さん、まさか……大胆。
恥ずかしいです。そんな事されても言えませんからっ……
でも、それは未来視の通りじゃ……
うろたえながらも、思わず顎をあげて受け入れる体勢を作ってしまう。
志貴さんはおでこに手を動かし、私の髪をなで上げる。
「かわいいね」
目を開けそうになるけど、ぐっとこらえてその瞬間を待つ。
でも……
ぐっ、と額の中心を強く押される感覚。
「えっ……」
思いも寄らぬその結果に拍子抜けして目を開けてしまう。
「アキラちゃん、何か思い浮かんだ?」
志貴さんは真面目な表情で聞いてくる。
「いえ……何も」
私は意味が分からず答える。
「やっぱ、付け焼き刃じゃダメか……」
残念そうに志貴さんが肩を落とす。
「頭部圧迫法と言って、その際に現れたイメージがなにかに繋がらないかなぁ、
と思ってね」
私のおでこをさすり説明してくれるが、私はそれがなんだか恥ずかしくてぽーっ
としてしまう。
「ごめんね、いきなりこんな事しちゃって……」
そう言うと、志貴さんはその額に……
優しく口づけをしてくれた。
「あっ……」
唇が離れ、初めてそれに気付いた。耳まで赤くしてしまい、俯いてしまう。
気付けばいつの間にかレンちゃんはいなくなって、「勝手にやってね」と愛
想をつかれてるのかな、とかちょっと思ったり。
「じゃぁ、こういうのはどうだろう。アキラちゃんが思った事を、次々と言葉
にしていく。その中に未来視の鍵があるかも知れない。自由連想法って言うん
だけど……」
志貴さんは代案を出す。
「全く客観的な態度で心に浮かんだ事を話す事は、自分の無意識を引き出せるんだ」
そうかもしれないけど、私はきっと志貴さんに話せない事は連想から外して
しまうだろうと
「多分、私には無理だと思います……」
控えめに断った。
「そっか、嫌がる事は出来ないよ」
うーんと、志貴さんは考えるが、ぽんと手を打つ。
「そうだ、じゃぁ次に見た未来視の内容を、俺に伝えて欲しい。夢を見たら紙
に書いて忘れないようにするのと一緒で、記憶が鮮明な内にお願い」
「それなら、大丈夫です」
もし都合の悪い夢なら、何とか誤魔化せばいいと思ったから、私は了解した。
「じゃぁ、決定。これからずっと一緒にいてあげるから、見えたら教えてね」
「えっ……」
その言葉に思わず反応する。
「ずっと……一緒ですか?」
一度引いた朱が戻ってくる。
「だって、未来視はいつ見えるか分からないんだから、仕方ないよ。寝食を共
にしないと、いつ出会えるか。だから、ね?」
真面目に志貴さんは答えるので、それ以上拒否が出来なかった。
「はい……」
「よろしくね、アキラちゃん」
志貴さんはさも当たり前のように言ったが、私にはあまりに刺激的な言葉だった。
一緒に……寝食を共に……それは……
昨日見た未来視に近付いているその展開に、私は体が熱くなってしまった。
「で……兄さん」
かちゃりと、大きな音を立てて皿にナイフを置く遠野先輩。
私は思わずビクッとなるが
「ん?どうした秋葉」
志貴さんは余裕綽々だ。
「話は聞いてますよ。話は」
一呼吸置いて、遠野先輩は
「でも、そこまでしなくてもいいじゃないですか」
声が震えている。それは緊張な訳がなく、間違いなく怒りだ。
「まぁまぁ、秋葉様。いいじゃないですか、折角のお客様ですから〜」
琥珀さんが笑顔でそう言うが、遠野先輩は止まらない。
「良くありません!大体何でそこに座ってるんですか!?」
と、がたっと椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がって怒鳴り、志貴さんをびしっ
と指さす。
「どうして?この方が都合いいだろ?」
志貴さんは悪気の全く無い素振りで答える。
この方……とは、間違いなく今の着席関係だと思う。遠野先輩がいて、私は
控えめにそことはなるべく遠くもなく近くもない席に座ったのだが……志貴さ
んは、私の横に迷いもなく席を決めて座った。
それだけでも先輩はいささか不機嫌気味だったのに、更に私の方を向いて話
しかけながらニコニコと食事をするものだから……先程みたいになったのだった。
「いいだろ?たまには向かいに座らなくたって」
志貴さんは多分内心ではニヤニヤしてるんじゃないかと思ってしまう。これ
だけ遠野先輩をあしらえるのは学園では誰もいないから、正直凄いと思う。
「あ〜。分かったぞ」
志貴さんは、私の方をちらりと見てから
「自分がそうして貰えないからって、悔しいんだろ?」
そう言って、私にくっつこうとする。
「なっ……!」
遠野先輩がみるみる真っ赤になる。
「そ、そういう訳じゃありません!!」
ぷいとそっぽを向いてしまう。
「秋葉様は素直じゃありませんからね〜」
「琥珀!」
「あら〜、怒られちゃいましたか」
舌を出して琥珀さんが私に笑いかける。この人も遠野先輩を手玉に取ってい
る様な気がしてしまう。遠野先輩も普通の人なんだな、とか思えてくる。失礼
ですがゴメンナサイ。
「瀬尾さん、全然かしこまる事ありませんからね〜。秋葉様もいらっしゃる事
を楽しみにしてたんですから。ちょっと構って貰えなくて拗ねてるだけですよ」
「そうなんですか、先輩?」
私が訪ねると、いつもの先輩の感じだけど恥ずかしそうに
「まぁ……兄さんが連れ込んだとはいえ、可愛い後輩が来てくれたんですものね」
そう言って、また横を向いてしまう。
「おいおい、人聞きの悪い事言うなぁ」
志貴さんがわざと怒ったように言う。
「そんな事言うと、後で相手してやらないからな〜」
「あ……」
急に、遠野先輩がシュンとなる。少し言い過ぎたと思ったみたいだ。
「すみません……兄さん」
しおらしい先輩を見れるなんて、正直以外だった。志貴さんの前だと感情豊
かで生き生きと映る。
「うん……まぁ、分かればいいさ」
志貴さんにもちょっと以外だったらしく、間の抜けた声で答える。
しかし、遠野先輩はすぐにいつもの調子を取り戻すと
「翡翠」
「何でしょう、秋葉様」
先程からずっと後ろで控えていた翡翠さんに話しかける。
「新しいワインがあったわよね、持ってきて頂戴」
「かしこまりました」
翡翠さんはしずしずと頭を下げ部屋を離れると、しばらくして高そうなワイ
ンと人数分のグラスを持ってきた。
「折角の来客だから、こういうのは如何?」
と、その深紅の液体を注いで貰いながら話しかけてくる。
「え……と、いいんですか?」
私はちょっとした躊躇で聞く。お酒が飲めないからとかそういう訳ではない
。ただ、あまりにもそれが自然すぎて驚いただけだった。
「ええ、兄さんは相手になってくれませんから」
と、皮肉混じりに志貴さんを見る。志貴さんは苦笑いをして
「そういう事言うなよなぁ、本当の事だけどさ」
と、私の方を見て
「そういう訳みたいだから」
と、私にグラスを渡してくれる。
「それでは……頂きます」
と、注がれたワインを口に運び、仄かに酸味の利いたその味に驚く。聞きは
しないが、こんなお屋敷で出るワインだから相当の高級品の筈だ。今までに味
わった事のない広がりに、一気に酔ってしまいそうだ。
「これ……」
あまりの衝撃に、感想も言えなかったが
「あら、瀬尾には分かるようね」
と、遠野先輩が初めて賛同者が得られたみたいに言う。既に先輩は2杯目を
頂いている。
「秋葉、ペース早いなぁ」
志貴さんは……というと、注がれたグラスはまだほとんど減っていない。飲
む姿も舐めるようだった。
「今日が飲まずにいられますか」
と遠野先輩は私に目配せする。
「あ、はい……」
そう言われて恐縮してしまう。琥珀さんが
「ダメですよ秋葉様〜、瀬尾さんをヤケ酒に引き込もうとしても」
と、意地悪く言うものだから
「琥珀」
じろりと、獲物を狩る目で遠野先輩が琥珀さんを見据える。が
「まぁ、折角ですから私も頂きますね」
と、上手く誤魔化してしまう。
結局、翡翠さんも交えて食後はワインパーティーとなった。志貴さんと翡翠
さんはほとんど飲んでいなかったけど、それでも大分回ってた様だった。
遠野先輩は確かにかなりのペースで飲んでいたが、全然酔ってないように見
える。きっと酒豪なんだろうな、つき合わされる志貴さんも大変だなとか思っ
てしまう。
私は気持ちよくなる程度に飲んでいる。これだけ美味しいものを味が分から
ないように飲むなんて、もったいなさ過ぎて出来なかった。それもあってほの
かに朱が差す程度だと思う。
やがて、流石に遠野先輩を危惧したか
「秋葉、そろそろお開きにしようか」
志貴さんがまとめると、少々飲み足りなそうながらも
「そうですね。まだ日にちは沢山ありますしね」
遠野先輩はさもこれから毎日が楽しみだ、と言うように賛同した。
「それじゃ、私は少し夜風に当たってきますね。翡翠、琥珀。後は宜しく」
「かしこまりました」
そう告げると、玄関の方に向かって歩き出した。心なしか足下が軽く、やは
り酔ってるんだなぁと感じる。
「結構酔ってるな、秋葉の奴」
苦笑して自分もクラクラしながら志貴さんが呟く。
「で、アキラちゃんはどうする?」
聞かれて、これからの事を考える。別に酔いを醒ますほどでないから、私は……
「お風呂、でも入ろうかと」
と答える。志貴さんはうーん、と考えると
「じゃ、一緒に入ろうか?」
と、とんでも無い事を言ってきた。
「え!え!?」
私は一気に酔いが醒めるほど紅潮してしまう。
そんな、志貴さんと一緒にお風呂?
自分が見られる恥ずかしさより先に、思わず志貴さんの裸の姿を想像してし
まい、今度はクラリと昏倒しそうになる。
「ほら、お風呂に入ってる時に未来視が見えたら困るし、お風呂でのぼせたら
折角覚えてるものも忘れちゃうだろうし」
志貴さんがもっともらしい意見を言う。その悪意の全くない態度に思わず
「そうですね」と返してしまいそうになるが、そこを理性で押さえつけて
「え……その……」
私がしどろもどろになっていると
「なんてね、冗談だよ」
と、志貴さんが舌を出した。
「俺も正直大分回ってるみたいだから、今入ったら倒れちゃうかもね」
私より弱くて情けない、とばかりに苦笑する志貴さん。
「俺も夜風に当たってくるよ。ついでに秋葉のお相手もしてきてやるさ」
そう言って、私にウィンクすると、志貴さんもゆっくりと部屋を出ていった。
なんだか、ぽーっとしてしまう。
コロコロ変わる仕草で子供みたいに明るく振る舞い、時々ドキドキさせてお
いて、クールに決める。更に思いやりも忘れない。誰にでも優しい心の広さと、
ちょっと頼りなさげなところも、魅力の1つだと思う。
私は、この人の事を好きになって良かったな、と思う。
「志貴さん、やりますね〜」
ふと、気付いたら琥珀さんはキッチンから戻り、そんな光景を眺めていたのだろう。
「瀬尾さんも、気を付けた方がいいですよ〜」
と、悪戯っぽく忠告してくる。
「ええ、そうですね」
志貴さんなら騙されてもいい、かなとか思う。
「瀬尾様、お風呂の用意が出来ました」
翡翠さんはこんな私でも恭しく応対してくれて、かえってこちらが遠慮してしまう。
そして、遠野先輩。
なんだか、とっても羨ましくて。
こんな家族に、なってみたいなぁ。
「ありがとうございます」
いろんな思いを込めて、そう伝えると私は浴室へ向かった。
コン、コン。
「あ……はい」
素晴らしいベッドメイクの施されたそれに腰掛けふかふかの感触を味わって
いると、ノックの音。
スリッパを履きドアまで近寄ると、ノブを回す。
「アキラちゃん」
「志貴さん……あ」
慌てて取り繕う。無防備にしていたがパジャマ姿は何だか恥ずかしい。
「中、いいかな?」
志貴さんはにこっと笑う。
「は、はい。どうぞ」
私は何だか緊張して志貴さんを迎え入れる。
自分の部屋ではないけど、志貴さんが私の部屋に遊びに来てくれたみたいで、
ちょっと嬉しい。
「ゴメンね、さっきは秋葉に変につき合わせちゃって」
そういうと、非を詫びるように手を顔の前に持ってきて謝る仕草をする。
「とんでもないです。お食事だけでなくお酒までご馳走になっちゃって、こち
らがお礼を言いたいくらいですよ」
しっかりフォローを入れる辺りが志貴さんらしいなと思う。
「あの……遠野先輩、怒っていませんでした?」
私は無礼がなかったか訪ねると
「全然。秋葉の奴ああ見えて物凄く嬉しがってるんだよ」
思い出してそれが面白そうに、志貴さんは笑う。
「まぁ、なにかに口実を付けてウチに呼びたがっていたってのは秘密だよ。本
当に好かれてるみたいだね。妹みたいだってさっきも言ってたし」
「そうですか……よかった」
ホッと夢でをなで下ろす。遠野先輩にそう思って貰えるのはとても気持ちの
良くて、本当にそうなりたいなと思ってしまう。
「うん、俺もアキラちゃんが妹だったらなって思うよ。秋葉には内緒だけど」
「えっ……」
その言葉に赤くなってしまう。どう答えたらいいのか分からなくて、しばら
く黙ってしまう。
「まぁ、こういう機会があればいつでもおいでよ。みんな大歓迎だからさ」
志貴さんは察してか、明るくそう言ってくれる。
「はい……」
俯いて、そう答えるのがやっとだった。
「ところでアキラちゃん、未来視は見えた?」
椅子に腰掛けると、志貴さんが訪ねてくる。
「いえ……」
私はベッドの縁に腰掛け、首を振る。実際入浴中にそういう兆候は見られなかった。
「そっか……」
志貴さんも、仕方ないねという顔をする。
「ごめんなさい、肝心なところで上手くいかなくて……」
なんだか、シュンとなってしまう。どうして都合が良くないんだろうと、ち
ょっとだけ恨めしい。
「いや、アキラちゃんが悪い訳じゃないよ。こんな事お願いした俺の方が悪い
んだから」
「そんな……」
「ま、そういう事にしてくれた方が俺としてはありがたいから」
志貴さんは明るく一蹴すると、立ち上がる。
「俺だって、見たい時に夢を見られる訳じゃない。そういうものだと思うよ」
「そうですね……」
本当、この人には救われる。なんで、こんなに自然に笑顔がこぼれるのだろう。
「だから……」
志貴さんは笑顔のまま
「今日は一緒に寝よう」
あまりに衝撃的な事を、さも当たり前のように言ってきた。
《つづく》
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