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 独寝の夜は淋しすぎて
                    阿羅本 景



「ん……むちゅ……はぁ……」

 闇の中で唇を交わす小さな濡れた音が、ぴちゃりと鳴る。
 部屋の中は鼻をつままれても分からぬほどの真の暗闇ではない。カーテンか
ら夜の冴え冴えとした月明かりが漏れ出て床を照らしているし、部屋の中の時
計も冷たい液晶の光を放っていた。だがこの寝台の上では眼を瞑っているのか
開いているのか分からぬほどに暗い。

 その暗闇の中で、二人の少女が絡み合っていた。
 片腕を押さえこんで首筋を抱き寄せ、唇を貪る少女。唇を奪われている方の
少女はその腕に抗おうとするが、身体を下に敷かれて思うままにならない。
 いや、それよりも……音を立てることを極度に恐れていたから、強く抵抗す
ることが出来なかった。

「うふふふ……かわいー、蒼香ちゃん」

 少女は唇を離すと、ひそりと囁く。明るい柄のパジャマを着ていたが、この
ベッドの上ではそれも黒く沈んで見えた。少女は顔を上げて、自分が押し敷い
ている少女の顔を見ようとする。
 文目も分からぬ闇の中であったが、その少女の目には見えていた。今この腕
の中の少女をどんな顔をしているのかを。

「やめ……ろ……羽居……」

 三澤羽居の腕の下に敷かれているのは、月姫蒼香であった。いつも束ねてい
る短い髪をベッドの中では解いて寒色のパジャマに身を包んでいるので、寮内
のぶっきらぼうな少年のような蒼香とも、一応はそこそこの浅上生徒を演じて
いる昼間の蒼香とも違い、少女らしいかわいらしさがある。
 だが、その瞳の光は剄烈であり、見る者をたじろがせるものがある。蒼香は
鋭い瞳で憤りを込めて羽居を見つめる。

 だがそれは、この同室の少女・羽居には効力を発しない。
 むしろ逆効果であり、羽居は闇の中でも猫の目のように輝く瞳を向けられる
と、小さく笑みを漏らす。

 こんな瞳をする蒼香が、羽居には好きだった。
 この学院の中でも誰にも似ていない野生動物のような鋭さと輝きを持つ少女。
同室になったときはどうしようかと僅かに悩んだが、今ではむしろこの鮮烈な
蒼香の生の輝きこそが、羽居の中の興奮を駆り立てるのであった。

 ぞくり、と身震いをすると羽居は再び目を閉じ、顔を蒼香に寄せる。
 その間も片腕を握り、腕を蒼香の背中に回したまま。羽居の唇はつるりとし
た蒼香の頬に触れた。

「かーわいー、蒼香ちゃん……もっと……蒼香ちゃんを感じさせて……」

 羽居の唇は愛でるかのように蒼香の頬を触れる。そこに唇と舌で跡を残しな
がら、その柔らかい粘膜を薄い蒼香の唇に進めていく。
 逃げようとする蒼香の首を追いかけ、回り込むようにして羽居の唇は蒼香の
唇を再び奪う。そして、硬く結ばれた唇にむにゅりと触れると、そのままゆる
りと……

 羽居の舌が差し入れられ、蒼香の口内に割り込む。
 蒼香はそのまま歯を噛み締めて堪えるかと思われたが、羽居の舌を唇に感じ
ると条件反射的に舌を延ばしてしまう。
 蒼香の舌は羽居の熱い舌を、その身体とは裏腹に求めていた。震える舌が羽
居に絡み、つんつんとその先をつつき合わせたかと思う……ぬらりぬらりと絡
み合う。

 唇の中で繰り広げられる、軟体動物同士の淫らな交尾のような口舌愛撫。

 二人とも目を閉じ、全身の感覚をこの感じやすい肉の突起に集中させる。
まるで全身を絡め合ったかのような甘美な陶酔が、不思議にもこの唾液に濡
れた肉塊から脳へと染み渡る。
 蒼香の抵抗は、次第に羽居の中で弱まっていった。羽居はつん、と舌をつ
ついて唇を離すと、二人の口と口、舌と舌と間につう、と唾液の筋が出来、
消えた。

 図らずも目を閉じたまま、舌を延ばしてしまう蒼香。

「んぅー……蒼香ちゃんもこんなに身体はしたがってるのに、どうして?」

 羽居がそう問うと、蒼香は恥ずかしそうに顔を背けて答える。お互い闇の中
で顔も見えないが、抱き合う恰好だっただけあって普段通り顔色を伺い合って
の会話よりも、より感情を濃厚に感じてしまう。
 自分の感じやすい身体のこと、快感を求めてしまう恥ずかしい身体のことを
羽居に指摘された蒼香は、羽居の顔を直視する事が出来ない。

「馬鹿……だって遠野がいるんだぞ、ここに」

 蒼香はそう答えると、息を殺してこの部屋の気配を伺う。

 蒼香が懸念するもう一つのベッドの主、遠野秋葉は……正体無く眠り込んで
いる様に感じられた。手を伸ばして届くほどには近くないが、声を上げて気が
付かれないほど遠くはない。
 同室に眠り込んでいるとはいえ、他の人がいるのにこうやって羽居に襲われ
ている。そのことは蒼香の脳髄をくらくらと酔わせ惑わせる。。

 羽居に蒼香が抱かれるようになったのは、高等部になってからのここ一年で
あった。
 もともと中等部からの同室である秋葉と蒼香、羽居であったが、険のある優
等生の秋葉と凛とした男性的な蒼香、それに天然の柔らかさを持つ羽居という
のはそれなりに均衡のとれた構成であった。少なくとも同室が他の同級生であ
ればこの部屋の住人はつとまらなかったことであろう。

 三人とも友情を培い合っていたが、その辺の人情にどうにも浅くなおかつ心
に誓った男性の居る秋葉は、名誉ある孤立のような状態を取っていた。蒼香も
同室の二人を尊重していたし、羽居は羽居でこの至って付き合いにくいルーム
メートを好きになっていた。

 だが高等部になって秋葉が寮をでて、二人きりになると次第にその関係が変
わってきた。
 中等部の裏アイドルであった蒼香が心を許したのは羽居だけだったし、羽居
もこの凛々しい蒼香を愛するようになってきた。力学的に安定した三角形の一
点である秋葉が寮から居なくなると、この不安定な二人の関係は近付き合い、
そして……

 どちらがどちらを求めたのかは、もはや曖昧な記憶の中。
 だが小さく感じやすい蒼香は、豊満な羽居によって歓ばされる形になってい
た。昼間の様子からはその様子は逆に思えるが、現実とは皮肉な物であった。

 こうしてベッドの中で身体を重ね合っているときに、主導権を握るのは羽居
である。

「ふーん……蒼香ちゃんは心配なの?」

 今までは、秋葉が居なかったからこそ夜にお互いを求め合う事が出来た。
 だが、冬に秋葉は再びこの寮に戻ってきた。恋を全うできなかった傷心を抱
えながら――
 そして今もこうしてルームメイトとなって、別のベッドを占領して一人眠り
の底に沈んでいるように感じられる。

「なんで……羽居のほうこそ平気なんだよ」

 蒼香は声を上げようとするが慌てて押し殺す。大声を上げてこの光景を秋葉
に見られるのは彼女にとって耐えかねることであった。
 羽居はきょとんして首を傾げるが、すぐに笑みを浮かべて蒼香に抱きつく。
 そして口を蒼香の耳に触れ、ひそりと答える。

「大丈夫だよ……秋葉ちゃん寝てるから、ね?」

 そしてそのまま蒼香の耳たぶにキスをすると、蒼香の身体は跳ね上がる。
 キシリ、とベッドがきしみを上げると二人とも動きを留める。息を殺してし
ばし沈黙を産み出そうと試みるが、秋葉がなにも動きを見せない様子を感じ取
ると、羽居は次の愛撫を思いつく。

 ぬらりと舌が動き、入り組んだ耳朶の窪みを伝う。
 羽居の舌はまるでこの入り組んだ肉の襞を、まるで足の付け根に宿る女性の
秘裂をねぶるかのように動く。舌の先を尖らせて耳穴の窪みに差し込むと、羽
居の腕の中で一際強く蒼香が身震いする。

「羽居……やめ……」
「うそ。ここのところずっとご無沙汰だったから、蒼香ちゃんもしたくてした
くて堪らないはずだよー。ほら」

 悪戯っぽく羽居は笑うと、背中に回した手をすっと外し、蒼香のパジャマの
胸に置く。闇の中で手探りで羽居はパジャマのボタンを外し、胸元に腕を忍び
込ませる。
 女性らしい膨らみのない、すんなりした蒼香の胸。そこを触られたり見られ
たりすることは蒼香にとってはいつも恥ずかしいことであり、胸元に蒼香の手
の平を感じると、頬を赤らめる。

 羽居の指は手触りを惜しむかのように進み、胸の上の突起の上に触れる。
 小さな種のような蒼香の乳首を羽居はちょん、とつついた。

「ひゃぅ……ぁあああああ……」
「ほら、ね?蒼香ちゃんもこんなに敏感になってる……」

 羽居は耳をねぶりながら、まだ抑えている蒼香の片手を握り直し、自分の胸
に導く。
 蒼香の腕からは抵抗の力は失われていて、羽居のなすがままになっていた。
僅かに浮かせた羽居の隙間に腕をさいしれて、手ごと押しつける。

 むにゅり、と蒼香の手に柔らかい肉を感じる。
 細い少年のように無駄のない蒼香の身体とは対照的に、羽居には女性らしい
肉の曲線に恵まれていた。蒼香の手の触れるこの胸もたわわに実った果実のご
とくであり、ブラジャーを付けていない為により生々しい肉の感触がする。

 パジャマのうえからたぷたぷと羽居の胸を触り、蒼香は羨ましいような悔し
いような、不思議な感覚に襲われていた。だが、そうしている間にも二人とも
お互いの乳首を指で探り合い、方や生で、片や服の上からなぞり、指の腹で丁
寧に愛撫する。

「羽居の……胸も……ぅあ……」
「ふふふ、蒼香ちゃんには分かっちゃうんだなー。私はね、今、あの日の前で……
すっごくしたいの、蒼香ちゃんと」

 自分の胸を揉まれながら、熱く潤んだ吐息を漏らしながら羽居は答える。
 羽居の中の女性の本能が、月の周期に従って強く快感を求めていた。身体の
芯は情欲に燃え、腹の底が熱い溶鉱炉のように感じる。体温は上がって、この
熱をすべて腕の下にある蒼香の身体に移してしまわないと、どうにかなってし
まいそうだった。

 秋葉が帰ってきてから、そうすることは適わなかった。自分一人で枕を涙で
濡らしながら自慰をしてもそれは代償行為でしかない。羽居は堪ってくる欲求
不満を抱え、とうとう蒼香に高まりきったその情念をぶつけてしまう。

「蒼香ちゃんは……したくないの?」

 羽居はふっと哀しそうな声を出してそう尋ねる。
 蒼香はその答えを口にしばし出せなかった。だがその手は憑かれたように羽
居の豊満な胸を揉んでいる。ついには両手で羽居の胸を掴みながら、蒼香は小
声で答える。
 それは押しつぶされたように苦しげな声に聞こえた。

「したくないわけ、ない……」
「じゃぁ、私がしてあげるね……今まで蒼香ちゃんを我慢させちゃっただけ、
たっぷり歓ばせて上げるからー」

 羽居はそう答えると、耳たぶをはむっと噛む。
 顔の脇の肉の襞は、快感に身震いした。そして蒼香は切なげな吐息を漏らす
と、思わずぎゅっと胸を強く握りしめてしまった。
 たわわな胸に蒼香の指が埋まる。指の間に乳房が握られ、その無遠慮な強い
感覚に羽居は声を上げそうになった。

「ぁは……蒼香ちゃんも大胆ー、うふふふ」
「羽居……すまん……ぁ、ぁあ……」

 蒼香はつい握りしめてしまった自分の指のことで羽居に謝ろうとする。胸の
大きさは違うとはいえ、男性のように強く扱えば痛いだけのことは蒼香にも分
かっている。
 でも羽居はそんな蒼香の正直なまでの反応をむしろうれしがっていた、ぷち
ぷちと蒼香の寝間着の胸をはだけていき、ついにはそのすべやかでささやかな
胸を露わにしていた。

 夜闇の中のわずかな光は、蒼香の肌を青白く映す。傷一つない少女の身体。
 その胸の小さな鳶色の突起に、羽居は身体をずらして顔を合わせる。ほんの
少し盛り上がっただけの胸に羽居は頬ずりをした。

「はぁ……ああ……ひぃぅっ」
「かわいーよー、蒼香ちゃん……可愛がって上げるね、蒼香ちゃんの」


                                      《つづく》