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Dry?

                         天戯恭介



少し、昔の話をしようか…

私がまだタバコを吸う前の、髪がまだ絹のような黒髪だった頃の話を……。

今思えば…それは初めてのタバコの苦さに似た出来事だった。

/一子

今日は夕方から雨が降っていた。
バイトから帰る途中、私は雨を降らす混沌とした雲を睨んだ。
天気予報では晴れだと言っていたのに…ちくしょう…
当然、傘は持っておらず、いま私は駅から猛ダッシュで家まで走っていった。
駅のところであの馬鹿(有彦)に傘を持って来させようと思ったが
不幸なことにアイツはパック旅行で出掛けていて今、家には誰もいなかった。
中学生の身分で旅行なんて…全く

赤いYシャツは雨に濡れ微かに下着が透けて見えた。

「……ったく、ついてやしない」
あの馬鹿(有彦)が帰ってきたらマウントでたこ殴りにしてやる…。
そうぼやいていると、私の家が見えてきた。
まず、家に帰ったらシャワー浴びよう。
そんなことを考えていると私の目に乾家の門が入ってきた。
そこで…

「……え?」

私は硬直した。乾家の門の前には雨に濡れるのもお構いなしに立っている…

「有間……?」

私が有間と呼ぶ少年が幽鬼のようにぼうっとたたずんでいた。

/志貴

閉ざされた乾家の門を見て俺、遠野志貴は溜め息を付いた。
「なんだかなぁ…」
と苦笑する。
有彦は昨日の放課後
『俺旅行で2、3日開けるから…』
と言っていたのを今更ながらに思い出した。
抜けている…抜けまくってる…
傘も差さず、俺は乾家を見上げる。
濡れた髪が目にかかる。
俺はそれを掻きあげるとその場を後にすることにした。
そう、決めて乾家を去ろうとした時だった。

「有間!!」

そう呼ばれて振りかえる。

俺をそう呼ぶ人間は唯一人――

有彦の姉、乾一子に他ならなかった。
「お姉さん……」
有彦の姉でこの家のもう一人の住人

その彼女が俺と同じように傘も差さずに立っていた。

彼女に張り付いた黒髪がやけに艶かしかった。

/一子

「風邪…ひきますよ」
いきなり抜けたことをいう有間。
こういう場面でその台詞は少し腹が立つ。
「……お前だってそうだろう…ほら、中に入れ、本当に風邪ひくぞ」
「俺はいいですよ…家、帰りますから…」
そう言った有間だがその瞳は捨てられた子犬のような寂しそうな瞳をしていた。
何か…助けを求めるような、そんな瞳に見えなくもない。

――だからその時、私はよく分からないが何をしてでも有間を引きとめなくて
はいけないと思った。

「遠慮するな、どうせ有馬の家の居心地が悪いんだろう?……」
私は門に近づき門の鍵を開けた。

がちゃり……

「ほら、入れ」
と有間に振り向いて促す。が、有間は困惑の表情を浮かべていた。
「どうした?」
「え?ああ、ハイ、じゃあ…お邪魔します」
有間は静々と乾家の門をくぐった。

/志貴

有彦がいないだけでこの空間は重苦しいものになってしまう。
ましてや隣に何故か重いプレッシーをかけているお姉さんがいるので尚更だ。
リビング…俺はお姉さんからタオルを借り濡れた髪を拭いた。
「シャワー浴びて来い…使い方は分かってるだろ?」
「え、でもお姉さん…」
「つべこべいうな!!」
「は、はひ…じゃあ、お風呂頂きます。」
俺はお姉さんの迫力に負け、とぼとぼとシャワー室へ向かった。

シャアアアアアアアア…

壁に手を付き、俺は熱い湯の滝に身を委ねていた。
(こんな時でもメガネは外さない)

――酷く…落ち着いた。

ここが今、自分の家と思ってしまう程に
自分の家でシャワーを浴びていると錯覚してしまう程に…

有間の家には今だ家族として俺は溶けこめずにいた。

どうしても最後の一歩が踏み込めず、俺は有間家に後ずさる毎日を送っていた。

――自分は他人…

その砕けるようで砕けない壁が俺の前に立ちふさがっている。
そして今の俺は有彦達に気を使わせる毎日を送っている。

――それは真綿に包まれるような温かい感触に似ていた。

……だがそれは家族になろうと思う人達にとっては酷い現実だ。

/一子

「お風呂、頂きました。」
といって有間がリビングに入ってきた。
髪も半乾きでお湯でホンノリ赤くなった肌は少し卑らしかった。
一つ目のボタンを外しているとこなんかは特に…
そして少しずれたメガネの位置もたまらない。
(なんかHだ…)
と、そんなことを思っていると私はふと有間がシャワーを浴びている間にして
おいたことを思い出した。
「一様家の方には連絡しといた。」
「あ…ありがとうございます」
有間は軽く会釈する。
「……じゃあ、私もシャワーを浴びてくる。適当にTVでも見ててくれ…」

「はあ…」
濡れたYシャツを洗濯籠に入れ、私は裸で浴室に入るとシャワーのコックを捻った。

シャアアア……

熱いお湯が私の雨で冷えた体を温めていく。

その熱さは丁度よく、気持ちよかった。

ふと有間の瞳を思い出す。

――何故、あんな瞳をしていたのか

答えは出ない。それを本人に聞くのもひどく酷なことだ。

――聞くに聞けない現実を前に私は悶える。

それで結局、私は有間のことばかり考えていた。

前から有間志貴という男には少なからず好意と言う物があった。

ふさふさな子犬みたいな可愛さ

我が強そうな瞳

だが、それは本当に小さなモノ

…好意ではなく親近感という表現が正しいかもしれない――

ずっと…かわいい弟だと思っていたから…

でも、何故だろうか、今はこんなにも志貴というモノを男として近くに感じてしまう…

――志貴に惹かれた?

そんな馬鹿な……。
理性が認めたくないと叫ぶ

あいつは私の中では可愛い弟だ。

そう、納得させる。

ズキッ……

しかし何なのだ…私はどうかしてしまったのだろうか?

認めたくないと思う私の中で心が悲鳴を上げる

後になって考えると、それは若過ぎる考察――簡単で且つ単純な倫理。
そして酷く自己中心的な結論…
このままだと私は有間に壊されてしまう…。

――なら私は有間を……

洗面所の鏡に映る自分の姿を見てみる……

絹のような黒髪

母親譲りのしなやかな髪――
ちょっとした私の自慢だ。

シャワーを浴び風呂場から出ると…リビングではやはり有間はちょこんと所在
なさげにソファに座っていた。
「……有間」
「は、はい…」
「そんな畏まらなくてもいい…お前は十分迷惑かけているんだ。もっとでかい
態度で座れ」
そう…今の家がいづらくて居場所がないのならここを自分の家と思っても構わない。


/志貴


「そんな畏まらなくてもいい…お前は十分迷惑かけているんだ。もっとでかい
態度で座れ」

好きなだけここにいろ。ということなのだろうか…
今の俺には少し分からない言葉だ。
だって……風呂上りのお姉さんは

――白いYシャツ……

――何故か下は何もはいてない

――髪型はいつものポニーテールではなく下ろしている…

そして決定打は…

生足生足生足生足生足生足生足生足生足生足生足生足
生足生足生足生足生足生足生足生足生足生足生足生足
生足生足生足生足生足生足生足生足生足生足生足生足

なまあしーっ……!!

お、落ち着け!!有彦がいた時だってこんなことがあったじゃないか!?
落ち着け!!息子!!

全く思考が働かず、俺は必死に欲望と戦っている中
お姉さんは訝しげに俺を見て
「どうした、有間…気分が悪いのか?」
「い、いえ別に」
「そうか……」

「………………」
「………………」
「………………」
「………………」

沈黙が痛い…
な、なんか話さなきゃ…そう…なんか…話さなきゃ!?
今度は思考がループに陥る。
「有間」
「は、ひゃい!?」
だが、そんな沈黙はお姉さんが簡単に破り捨てた。

「飯作れ」

「へ?」
「聞こえなかったか?飯を作れ…今日泊まってくならそれぐらいのことはしていけ」
「え?お、俺泊まるなんて…」
一言も…という台詞を一子さんは睨みで征した。
「もう遅い…外は予想以上の大降りだ。だから家には今日泊まらせると連絡を入
れておいた。」

ジャアアア……

冷蔵庫の中には野菜とか卵ぐらいしかめぼしいものはなかった。
俺はとりあえずそれで野菜炒めを作ることにした。

出来あがった野菜炒めを見てお姉さんはフム、と鼻を鳴らし
「…使用した材料は?」
「……小さくなったキャベツ、丸裸で冷凍庫に放置してあったモヤシ…
切られてまな板にほっぽかれたニンジン、乾いた玉葱
半年前に買われて未だに未使用のピーマン…どれも水曜特売の代物ですな?」

「肉は?」

「賞味期限が一週間経過した色が落ちた豚肉です…私的にはスーパーで買うより
中年太りの奥様が賑わう店…「とんま君」の豚肉がお勧めであります。」

「GREATだ有間…」
「……感謝の極み」
野菜炒めをお姉さんは満足そうに食べている。
それを見ていると作った側も少し顔が綻んでしまうわけで…
そして…気が緩んだ矢先……
俺の視線は一子さんの顔より下に向くわけで…

Yシャツ…生足Yシャツ…生足Yシャツ…生足
Yシャツ…生足Yシャツ…生足Yシャツ…生足
Yシャツ…生足Yシャツ…生足Yシャツ…生足
Yシャツ…生足Yシャツ…生足Yシャツ…生足
Yシャツ…生足Yシャツ…生足Yシャツ…生足
Yシャツ…生足Yシャツ…生足Yシャツ…生足
Yシャツ…生足Yシャツ…生足Yシャツ…生足

振り払ったはずの欲望が再び俺を襲ってくる。
ええい!!落ち着くのだ…!!

「有間」
「は、はい!!」
全て平らげた皿を見つめお姉さんは俺にこう言った。
「ビール」
「え?」
その言葉にどれほどの重みを感じたことか…
俺の欲望ですら、消えていってしまうほどに…
「ビールだ…冷蔵庫に入ってる。」
反論を赦さない言葉に俺はただ従うだけだった。
そしてテーブルのないリビングで酒盛りが始まった。

――もっとも、俺はアルコールの摂取は医者から止められていたので一子さん
一人の酒盛りだったが…。

                                           《つづく》