ひどい目にあったというのは、語弊だろう。
 これでひどい目に遭いました、とかいえば早朝に真後ろからダンプカーに轢
き殺されても自業自得、という一言で片づくだろう。考えようによっては幸福
である。

「ああ……朝日が眩しい……」

 白いまでの、早朝の太陽。
 どっちかというと黄色く見える気がするのは、俺が精魂共に疲労困憊してい
るからだろう。
 ……それはまぁ、一晩中遠坂としていたんだから当然と言えば当然だ。

 深山町の住宅街の、坂道が今日は厳しい。
 バイトで疲れ切っていても、この道がきついと感じたことはない。だが、身
体の底の力を根こそぎ使い果たしてしまった俺が、歩いて上れるのが不思議だ
った。

「……するだけならともかく、遠坂め、目一杯吸い出して……あーでもよかっ
たな」

 ……愚痴るけども、その反面足が地面に着かないほどに嬉しくもある。
 最後には泣き出してまで求めてきた遠坂が可愛くないはずもないし、気絶し
そうなほどにがんばったりもしたんだから――なんだな、美綴に馬鹿っぷると
いわれても言い返せない。

「――そういや、美綴とセイバー、どうなってるだろ」

 遠坂の横暴な取引によって、我が家にいるのはその二人だ。
 二人とも相性は良さそうだし、藤ねえや桜はなんとか連絡して遠ざけておい
たので上手くやってるだろうと思う。美綴であれば家を預けても心配はないし、
セイバーは居候っぷりが堂に入ってるし。

「…………ま、いいか。女の子同士なんだし」

 これがセイバーと他の男だけで過ごしていれば、昨晩は別の意味で眠れなか
ったに違いない。まぁでも、セイバーを見る美綴の目が部員や同級生相手のそ
れと違った様な気がしたんだけど、気のせいだよな。
 だってほら、女の子同士。お互い武芸者で、美人で、お似合いのカップル―


「……? むむ? むむむむ?」

 唸りながら家まで辿り着く。
 鍵を開けて中に入る、ただいまー、なんて言いながら上がると、ちゃんとセ
イバーと美綴の靴がなかよく整えられて並んでいる。ああ、ほらこれを見ても
お似合いじゃないか、可愛らしくて礼儀正しくて、美綴は男らしくてセイバー
は淑やかで――

「むむむむむむむ???」

 ……いや、すごくしっくり来るのが、謎だ。
 俺に遠坂がつきあってこんな関係になっている以上に、美綴とセイバーは馬
が合うというか、それで良いじゃないかって思うんだけど、どうしてか、こう
……妬いてるんじゃなくて、こう、なんだかすごく綺麗すぎて困る。

 首を捻りながら、居間まで辿り着く。
 その途中で、奥から俺を迎える声を聞く――

「おかえりなさい、シロウ」
「お、衛宮か、よっ色男、朝帰りとは憎いねえ」

 ――セイバーの方は良い、美綴のそれは、なんだと。
 ひょっこりと顔を覗かせると、食卓には仲良く女の子二人が朝食中。
 ご飯に鰺の干物にみそ汁、真ん中にはたくわん、すごくシンプルな朝食――
なんだな、それはこう水墨画の様に淡く完成されているけども、個人的には青
味が足りないので不満だ。サラダとはいわないからほうれん草でおひたし、あ
るいは青ネギの映える豆腐に生醤油などで頂くのも朝からオツな――

 いや、見るべきところはそこじゃない。

「――――――――」
「どうした? 衛宮、台所借りたぞ。あとで食材は足しておけばいいってセイ
バーさんから聞いたが」
「いや、鰺は安売りだったし今日明日に食う予定だったから気にしなくて良い
……けど、なんだな……」
「??」

 箸をくわえて、不思議そうに俺を見上げているセイバー。
 並んで食事をしている美綴も、何かすごく幸せそうで――美綴を見ることは
多かったけど、こんなに満ち足りているのは初めて見た。

「ああ、帰ってくると思って衛宮の分も用意してあるからな。
 遠坂はあれだろ、ひっくり返ってるはずだからな……はぁん、衛宮が頑張っ
たんだから今日はずる休みかもなー」

 なんて、にやにやと笑いながら卓袱台から立つ美綴。
 話のネタが下品だけど、不思議といやな感じがしないのは彼女だからだろう。

 でもなんだ
 ――すごくこの、藤ねえ以上に溶け込んでいる美綴と言い、それに警戒のな
いセイバーと言い、そうだ、セイバーがすごくその、美綴に懐いている感じが
する。

 エプロンを掛けて厨房に消える美綴を見送って、いつもの俺のポジションに
腰を下ろす。

「……ああそうだ、ただいま。セイバー」
「昨晩は……その、凛と?」

 あう。

 そこで止めるのはどうにも気恥ずかしいので、ちゃんと聞いて欲しかったけ
ども。
 だが、いつもは何が起こっても澄まして訊いてくるセイバーが、どこか落ち
着かなく、そわそわと目を逸らしていた。

 俺と遠坂のことはともかく、俺には気になるのは――

「んー、どうだった? セイバーこそ美綴と一緒で」
「あや……いえ、美綴殿と仲良く過ごしました、昨晩は」

 ……綾子、と言いかけた様な気がする。
 遠坂はそう呼んでいるけども、セイバーまで美綴のことを名前で呼んでるん
だろうか?
 礼儀正しいのは好きだけど堅苦しいのは苦手な美綴がそう呼ばせたのか……
でも、そんなことを言いながらまだ目線が彷徨っているセイバー。

 頬が赤い。
 ……それを見ているだけで、こっちまで落ち着かなくなりそうだ。背筋を伸
ばしているセイバーだったけども、どこかブラウスの中で背中がもじもじとし
ているみたいで。

「……その、シロウ……」
「………何?」
「美綴殿は良い方です、ですので……その、お付き合いさせて頂きたいと、私
からもシロウや凛にお願いしたいのですが!」

 ――お付き合いさせて頂きたい。
 
 頭が今起こっていることに、どうにも追いつかない。
 横に遠坂でもいれば俺を引きずり回して現実と頭の中の時刻合わせをしてく
れるんだろうけど、今はどこかずれた時計を眺めるみたいだった。

 なので、喋る言葉もどこかヘンな時差ぼけをしたみたいに。

「いや、美綴とセイバーが仲が良ければ、俺も嬉しい」
「は、はい………ありがとうございます、シロウ」
「で、つきあうって……ええええ? つ、つきあう!?」

 ようやくこの、かっちりと頭の中で時計の針が合う。
 美綴とセイバーがつきあうって、二人とも女の子同士じゃないか!俺や遠坂
みたいな訳にはいかないんだぞって――――!

「……………!?!?!」

 どどん、と目の前にご飯が、タマネギのみそ汁が、鰺の干物が並ぶ。
 それを持ってきた美綴は、ぱんぱんと手を叩きながら文句あるの?って視線
を俺に浴びせかけて――な、何があったんだ!この二人には一体!

「美綴、そ、これでそれはどういうコトなんだ!?」
「……んー、ほら衛宮。おまえが遠坂を好きなみたいに、私もセイバーさんが
好きだからな。だから改めてお付き合いってことで、私からも」

 なんて、ひどく当然のことを語る様に離す美綴。
 うんうん、と一人納得して頷いくと、セイバーも涼やかに俺に話し掛けてく
る。
 瞳は落ち着いていて、綺麗で――

「そうです、私も美綴殿が好きですから。私の在り方をシロウ、あなたと美綴
殿に教えて頂けると有り難い」
「好きって、すきってぇぇぇ! きみたちはおんなのこでしょーがっ!」

 思わず卓袱台から飛び退いて、ひゃーと叫んだ。
 だけど、美綴もセイバーも今更何を、と呆れる様な瞳を俺に向けてくる。
 なんだ、一体昨晩にこの二人は何があったんだ。すごくその、仲が良いとか
息が合っているとかそれ以上に――

「好きになれば、性別なんか関係ない」
「ええええええっ! その、そんなの俺が、こ、こ……」
「シロウが困ることは何もないかと……その、確かに私たちは世間の体面的に
はいろいろ困難ではありますが、ですが!」

 ふんっ、っと気合いを込めてやる気なセイバー。
 エプロンを外した美綴も、実に肩に力の抜けた、いい笑いをする。

 で、これ見よがしに手を伸ばして美綴がセイバーの肩なんか抱いて、
 こつん、と額をくっつけたりして。

「………だってねー、ん、アルトリア……」
「はい……綾子………」
「う、うわ、その、遠坂ー! すっごく今俺の家の食卓で美綴とセイバーが大
変なことになりましたがどうしたらいいでしょうかって、あいつ家かー!」
「落ち着け衛宮、そして座って静かに朝飯を食え」
「そうです、折角の綾子の食事です、冷めてはもったいない」
「うわーうわーうわーうわー!」

                              《fin》

【あとがき】

 どうも、阿羅本です。久しぶりにえらい長い話ですが、お楽しみ頂けましたでしょうか?

 そんなセイバーと美綴をくっつけるなー、と言われそうですがこういうカップリングも
時にやってみたくなるモノです、阿羅本は(笑)。この二人、相性は良いはずなので
すがでも美綴さんはライダーに予約済みとか言われると困ってしまいます(爆)。

 百合なものはかなり久々に書いた気がしますが、特に風呂場でセイバーがジリジリ
懊悩するあたりがこう、らしいかなぁと……ただ、そこが書いていて非常に面白かった
のでここまでえちに力が入ったものではないのかと思います。

 いやぁ、綺麗なカップルは良い物です、なかなかに、こう!(笑)

 というわけで、感想などをお待ちしておりますー

 でわでわ!!