「お尻に入れる、とか――」


 …………………………


「―――――っ!!」

 赤面。

 自分で言い出したにも関わらず、それは俄かに信じがたい方法であった。
 どう考えても、そのやり方は有り得ない。彼女の中で呟いた言葉への否定が
鐘の音のように響き渡る。そうだ。普通に考えてもそれは異端に属するであろ
う方法である。
 だが、本当はどうやって熱を測るのか、その正否をメディアは知らない。
 故に一見にして有り得ないと思われる方法も完全には否定できないのだ。決
して可能性はゼロではない。

 例えそれが、お尻の穴に体温計を入れるのであっても。

 その方法を思い描き、身体の裏側を余すところ無く悪寒が走るのを彼女は感
じる。だが、それは単なる不快感ではなく、彼女にさらなる想像を誘発させる
ものであった。

「ひょっとして、宗一郎さまが席を外すと言ったのは……」

 そんな自分のはしたない姿を見たくなかったからではないだろうか。
 思い至って赤面する。一つの可能性――というか、妄想が浮かべば、彼女の
中で連鎖的にその可能性を確実性へと押し上げる、理論、証拠、推理が組み立
てられてゆく。もっともそれは、机上の理論、状況証拠、三文推理であったが、
熱に浮かされた思考がまともに機能するはずがない。
 そうだ。
 つまり、こういうことだ。

 熱を測るには、体温計を尻に入れなくてはいけず。
 そのために葛木はわざわざ席を外したのであろう。

「そ、それの正否なんてわたしは知らない。でも、でも可能性がゼロではない
ということは、否だけではなく正という結論も充分に考えられる」

 自分自身に言い聞かせるような言葉は呪文のようにも聞こえる。
 そして、メディアはゆっくりと身を起こして掛け布団を剥ぎ取る。下半身を
包み込む寝巻きをするすると脱ぎ捨て、布を隔てた先にある白磁のように美し
い肌を外気に曝した。
 火照りを帯びた太股はしっとりと汗ばみ、塩気のある雫が結露する。

「……はぁ、はぁ……んっ」

 しなやかな五指が膝へと伸び、撫でるような動作で引き寄せる。膝を抱える
ような体勢になり、伸ばしたときとは異なる曲線を脚が描いた。
 か細い爪先から始まり、滑らかで緩やかで張りのあるライン。その奥。肉感
のある肌のふくらみの中でもとびっきり柔らかそうなふくらみ。描かれたライ
ンの終着点、薄い下着に覆われたそこが脚の間からささやかに覗かせる。

 意識せず、唾液を飲み込む。
 大丈夫、ただ体温を測るだけではないか。
 格好や方法はどうあれど、そこにやましいことなど何一つ存在しないはずだ。
 何よりも、葛木が「測っていろ」と告げた。
 それを無碍にするなど、メディアには出来るはずがない。

 下着をそっとめくる。
 寝巻きと同じように脱ぎ捨てるわけにはいかなかった。目的はあくまでも肛
門への挿入なのだから、それならば露にする部分は最低限でよいだろう。する
すると女尻を撫でるような布地の動きは、柔らかい皮の果物をめくっているよ
うだった。

「―――あっ、んん」

 意識せずして甘い色合いの吐息がメディアから零れ落ちた。やましい行為な
どではないにも関わらず、夢と現の合間に迷い込んだような、何ともいえない
ような表情を作る。
 ただ指が軽く、秘所をなぞっただけ。
 そこを明確な意思でもって触れようとは思わなかったのに、触れた際の感覚
は想定外の快感を彼女にもたらした。
 刺激によって思わず内股になり、体温計を持った腕を太股が挟みこむ。

「あ……はぁっ、はぁっ、駄目……ちゃんと、体温計を、はからなければ……」

 快感に腕を掴まれながらも、彼女が目的を見失わなかったのは葛木への想い
のためであろう。彼の言葉はメディアにとって絶対に等しい。それは、彼がマ
スターだからという理由ではなく、彼女が葛木に絶対的な愛情を注いでいるか
らであった。
 ずらした下着の先。
 太股のふくらみから、もう一段階ほどふくらみを増した緩やかかつ丸みのあ
るライン。尻の肉が緊張からか小刻みに震える。
 それはメディアの手も同じであった。くりんとした双つの弧を描く柔肉に挟
み込まれた谷間。その奥の密やかに呼吸しているようなすぼまり。剥き出しに
なったそこに異物を挿入するのだから。

 震える体温計。
 その先端の銀色の部分は、自分を狙う魔槍のよう。
 メディアは深い息を吐いて、その動きを止める。次の動作へと踏み切れない、
そんな躊躇いの色合いが彼女の表情に浮かぶ。排泄機関へ挿入するという生理
的な抵抗が彼女を押し留めていた。

 第三者から見れば自慰行為に耽っているように見えるかもしれない。

 ふと、そんなことを考えてメディアは顔を俯かせた。気恥ずかしさは先程か
ら継続していて、彼女の頬はこれ以上は朱に染まらないだろう。
 こんなところを寺の僧たちに見られでもしたら、そう思うたびに挿入と躊躇
の間を行き来する体温計。

 そんなことをしている間に、時間は刻一刻と過ぎてゆき。
 そして部屋の障子がメディアの返答を聞かずして、あっさりと開けられた。

「メディア――熱は測り終わったの、か……」

 入ってきたのは葛木宗一郎。そのことにメディアは少しだけ安堵の溜息を零
すが、すぐにそれが場違いの安堵だと気づく。
 葛木が硬直していたからだ。
 障子を開けた体勢そのままに。
 珍しい。葛木宗一郎という男は、一見して冷徹で物事に動じない性格をして
いそうな男であったが――そして、実際にそういった性格であった――その葛
木が目を見開いたまま、驚いた風に表情を凍らせている。

 絶句しているのか、二の句を告がない葛木。
 だが、絶句しているのはメディアも同じであった。

 愛している人の目の前で、下半身を半分剥き出しにしながら尻の穴に体温計
を挿入しようとしている――そんな光景を見られて絶句せずにはいられない。
葛木の表情から熱を測る方法が間違っていることは見て取れた。だが、そんな
ことを考える暇を与えぬほどの速度で、彼女の思考が凍結する。

「あ、の……宗一郎、さま……」
「………………」

 葛木は答えず、ただ障子をぴしゃりと閉めただけ。
 そのまま、メディアの元へと歩み寄る。障子越しの陽光を背にした葛木はぼ
んやりとした輝きを纏っているようにも見えた。その表情はどこか困ったよう
にも思えたが、それもぼんやりとしていて確認できない。
 音も無く近づき、音も無く座すると、音も無いかと思わせるほど静かに彼は
訊く。

「とにかく……事情を聞こう」
「あっ、は、はいっ――その、ですねっ、これには深い事情というか理由がご
ざいましてっ、元々わたしはサーヴァントで、宗一郎さまは退出して、だから
っ、だからっ、その理由を推察して、あのっ、そのっ!」
「落ち着け、深呼吸をして順序だてろ」

 諭すような声音。
 それで彼女は気を落ち着かせ、言われるがままに深呼吸を二度三度。

「実は……お恥ずかしいことですが、体温計を使用したことが無いので……そ
の、こう使うのではないかと思い……」
「そ、それで、尻か?」
「は、はぃ……宗一郎さま、やっぱり間違ってましたか?」
「間違っている」

 間髪入れずに葛木は即答し、今すぐにでも挿入しようかという所で硬直して
いた手から体温計を取る。その際、溜息でも混じらせてくれれば、まだ気が楽
ではあったが葛木は相変わらずの落ち着いた様子であった。
 もっとも内心はどうなっているか分かったものではないが。
 とすれば、自分はいったいどんな風に見られているのであろう。

「――――っ!」
「どうした?」
「いいいい、いえっ、なんでもありませんっ!」

 かろうじてそれだけを呟いて、メディアは俯く。
 駄目だ。自分の曝した痴態のおかげで、葛木を直視することが出来ない。
 どうしよう。
 あんな恥ずかしい場面を見られてしまっては、これからどう葛木と接するべ
きか分からない。変な女として見られてしまったのではないだろうか。失望し
てしまったのでは。はしたない女だとは絶対に思われたくない、無理な話かも
しれないが。
 頭の中でたくさんの思考がぐるぐると廻りまわる。

 そんな彼女を落ち着かせるためか、葛木は無骨な指で前髪をかきあげてやり、
髪の毛を梳くようにゆっくりと撫でてやった。大きな掌が陽射しを遮り、視界
に影が差し込む。
 額に触れる葛木の掌は冷気を帯びているのではないかというほどに冷たい。
 穏やかな吐息と共に、気恥ずかしさで強張っていた身体も緩やかに。

「……熱がまだ引いていないな。とりあえず、薬を持ってきた」
「あ、ありがとうございます。宗一郎さま……」
「礼には及ばん」

 抑揚の無い葛木の言葉は事務的にすら思える。
 だが、彼の気づかいは言葉の内容から充分に感じられた。それを嬉しく感じ、
メディアは彼の胸板へと身を深く委ねる。髪と布の擦れ合う微かな音を聞きな
がら、視界を持ち上げた。
 覗き込むような葛木の視線は魅入ってしまいそう。

「お、お薬でしたよねっ」

 まだ視線を合わせるまでには至らない、羞恥を誤魔化すように葛木の手にあ
る薬を半ば強引に奪い取る。
 銀色の包み紙に覆われたその薬は、彼女の知る錠剤と異なったものであった。
小指の先程度の大きさと形状で、飲み下すには少し不便そう。
 それでも今はこの薬を飲むしかない。
 風邪を引き、熱に浮かされたままの思考では自分が次に何をしでかすか分か
ったものではなかった。先刻のような恥死体験はこれっきりで充分だ。
 吐息を――今日でもう何度目になるだろう――零しつつ視界を巡らせる。
 視界を巡らせて、メディアはふと気づいた。

 飲み物が用意されていない。

 小指の先ほどの大きさをした薬だ、そのまま飲み下すのはどう考えても無理
がある。普通ならば水か何かが用意されているはずなのだが、葛木が忘れてし
まったのか、飲み物の類どころかコップすら存在していなかった。
 おかしい、とメディアは眉根を寄せる。

「何をしている……尻を出せ、メディア」
「あ、はい宗一郎さ…………えええっ!?」
「驚くことは無いだろう、座薬なのだから」
「ああ成る程―――えええええええっ!?」

 正直な話、座薬がどういった薬なのかは知らない。
 だが、一分もしない会話で彼女は座薬というものを一瞬にして理解した。こ
の薬は飲み下すのではなく、肛門から挿入するものなのだ。
 間違いであってほしい、と内心で思いつつ確認のために葛木へ問う。

「そっ、そそ、宗一郎さまっ、や、やっぱり、お尻から……」
「当たり前だろう、座薬なのだから」

 当然のことらしい。
 体温計の一件で恥ずかしい思いは充分したというのに、この上でさらに羞恥
を重ねろというのか。

「あのですねっ、それでしたらっ、お薬でしたらわたし一人でもできますから
っ、宗一郎さまはっ、その……」
「一人で出来るのか?」
「は、はいっ」
「それは嘘だろう」
「はい―――あっ……いえっ、できますできますっ!」

 気が動転して嘘も満足につくことができない。葛木の指摘に数秒の躊躇すら
無く、ついつい正直に答えてしまう。

「体温計も測れないのだから無理をするな―――うつ伏せになれ、薬を入れて
やる」

 正直というべきか率直というべきか、言葉に躊躇いが無いという部分におい
てはメディアと葛木は共通していた。
 その声音は硬く、いつも通りの調子。そのために葛木の言葉がメディアの病
状を思ってのものだと解する。

「あ、あのっ、宗一郎さま……本当に、お尻に?」
「薬はこれしかなかったのでな、すまない」
「い、いえっ、宗一郎さまが謝罪することは何一つありませんっ!」

 葛木が頭を下げたことで、メディアの覚悟の背中が押された。
 ……宗一郎さまは自分を思ってくれているのだから。
 叱咤にも似た風に、踏ん切りのつかない胸中へ言い聞かせる。
 そして、メディアは葛木に告げられたままにうつ伏せになり、見やすいよう
に高々とそのヒップを掲げた。
 額づきつつ尻を突き上げ、先程の体温計の一件で脱ぎかけになっていた下着
を脱ぎ捨てて下半身を剥き出しにする。
 四肢をつく体勢のまま、メディアの手が、指先が伸びる。そのまま彼女は己
の剥き出しになった尻肉を左右に押し広げた。まるで谷間に隠れた肛門を窺わ
せるように。
 か細い、聞き取れないほどの声が囁かれる。

「お、お尻の穴に、お願いします……宗一郎さま」

 葛木は答えず、その代わり頷くことで応える。
 ひくひく……まるでその視線に怯えるようにメディアの肛門が小刻みにひく
つく。色素の密度が高いすぼまり。締まる括約筋、緩む菊座。収縮を繰り返す
蕾は、用意された座薬を飲み込もうとしているようでもあった。
 それに引き込まれるように、葛木の摘む座薬がすぼまりへとあてがわれる。

「ひゃ―――っ」

 腰の下から背筋へと駆け抜ける冷たい感触に、敏感なアナルがきゅぅぅっと
引き絞る。挿入は不可能ではない大きさではあったが、その未知の感覚にメデ
ィアの思考は熱に熱を重ねてゆく。

 宗一郎さまに見られている。挿入れられる。
 宗一郎さまがわたしのお尻を。わたしのお尻へ。

 灯る感情は羞恥心だけではない。最愛の人に最も恥ずかしい部分を見られて
いるという感覚が、メディアの中の情欲を促してゆく。葛木の視線を意識すれ
ばするほどに、指先で撫でられたように肌の産毛が逆立つ。

「んんっ、はぁ、はぁ……宗一郎さまぁ。あっ、早く、早くして下さい……」
「―――いくぞ、メディア」

 短い宣言。葛木は見た目以上に肉付きの薄いメディアのウエストを片手で掴
み、ぐっと指先に力を入れる。すぼまりが収縮し異物の挿入へと抵抗。だが、
それも拙いもので葛木がさらに指先を押すと、座薬の先端がメディアのアヌス
の中へとめり込んでゆく。

「んっ――あっ、ああっ! そう、いちろうさまっ……入って、挿入って……
ひうっ」

 広げられたお尻の割れ目。葛木が親指でゆっくりと座薬の尻を押すと、こわ
ばりの引き締まりの抵抗にもかかわらずめり込むように、飲み込まれるように
メディアのお尻の穴へと埋没してゆく。

 本来なら排泄のためにある機関への異物挿入。
 歯を食いしばって耐えようにも、その初めての感覚の前には全てがあっけな
く霧散した。葛木と身体を重ねたことは何度もあるが、普通の膣内挿入ではこ
んな感覚は味わったことが無い。
 実際には座薬を挿入しているだけで、アナルセックスと同義に考えること事
態が間違っているのだが、熱に浮かされた思考、火照った身体、葛木に見られ
ているという羞恥と興奮、その様々な要素が幾重にも重なってメディアの情欲
が快感を貪り始める。

「あぁぁ、駄目ぇぇ……うううっ、こんなこと恥ずかしい……」
「まだ半分だ我慢しろ」
「――ひぁっ、ぁぁぁ」

 ずずず……と、さらに座薬が肛門の中へと埋もれてゆく。
 一ミリ沈めるたびに、数度の痙攣がメディアの身を襲う。額づき、なだらか
なラインを描く背筋が、葛木の目の前でぴくぴくとはしたない震えを見せる。

 すぐに済むかと思ったのに、まだ半分だったとは。本当はもったいぶって自
分の痴態を楽しんでいるのではないだろうか。
 熱に浮かされた思考は最早まともには機能しない。
 ゆっくりと埋没するに合わせて、ぴくぴくと痙攣するメディアの痴態。
 浮かび上がる珠のような汗がお尻の丸みをなぞり落ち、割れ目の奥にあるこ
わばりを濡れぼそらせる。

「ひぐっ、うう……宗一郎さまぁっ、もう、もう挿入りましたかっ……」

 答える代わりに葛木は態度で応えた。
 メディアは必死に押し入ってくる座薬に耐えている。その荒い吐息は風邪に
よるものだけでないのは一目瞭然だ。
 すぼまりを押し広げ、割り入れられてゆく座薬は全体の三分の二を埋めてい
た。そこから先は抵抗らしい抵抗もなく、軽く指を押してやるだけで座薬はめ
り込むようにメディアのお尻の穴へと埋没し、全体が飲み込まれる。
 それは彼女にも伝わったのであろう、湿った吐息を混じらせながら葛木に問
うた。

「はぁはぁっ、あ……これで、全部ですよね? 宗一郎さま……」
「まだだ」
「え―――」

 だが、葛木の返答はにべもないものであった。
 いつもの調子を変えずに、続きの言葉を紡ぎ始める。

「もう少し奥に入れねば、溶けた薬が溢れる場合がある」
「んっ……で、でも……全部入って、これ以上は……」
「少し我慢してくれ、メディア」

 葛木の申し訳なさそうな声が聞こえるや否や、メディアの脊柱を貫くような
衝撃がほとばしる。

「ひっ―――ふあああっ! そ、そういっ、ああっ」

 何が起こったのか一瞬思考が理解を拒絶しが、衝撃を確かに受け止めている
でメディアはそれを理解する。
 響くような痛痒と、似て異なる痺れのような快感。
 それをもたらしていたのは、葛木の親指であった。
 座薬を押し入れていたそれが、そのままさらに深く埋没してゆき、とうとう
親指までもお尻の穴へと飲み込ませてゆく。

 葛木が引き抜こうとすると、親指の関節に括約筋がきゅっと巻きついてくる。
指を引き抜くのにも、それによってゆっくりと抜かざるを得ない。焦らすよう
に抜かれる指は座薬挿入の逆再生のよう。
 そんな収縮を繰り返す蕾が彼の指に食らい付く様は、葛木を求めるメディア
の情欲、その縮図を思わせた。

「痛むか?」
「あううっ、痛いです……痛い、けど……宗一郎さまぁ、気持ち、いいんです
っ……宗一郎さまの指でっ」
「――メディア」

 跪き、尻を突き出し、だらしなく口を半開きにさせながら涎を零し、一匹の
雌のような体勢でメディアは懇願する。
 濡れぼそった声音、湿った声、言葉にとろみをかけるには充分すぎた音艶。

「だから、抜かないでっ、ください……はしたない女だと、思われるかもしれ
ません……そのまま、そのままっ、お願いしますっ、宗一郎さまぁっ」

 葛木の指が数ミリ前に進む。ほんの少し深く指が沈むだけで、深い快楽を伝
える息が吐き出されてゆく。肛門のひくつきに合わせて、わずかに揺れる産毛
が指の腹と擦れる。
 肌に浮いた汗が指の動きに滑り込んだのか、アナルと指の摩擦をスムーズに
する潤滑油となり、湿り気の混じった音を局部に響かせてゆく。
 同時に零れる嬌声も湿り気混じり。
 半ば悲鳴にも似たそれではあったが、拒絶の意思は感じられず、苦痛という
水面へ快楽を伴いながら緩やかに沈んでゆく印象。
 内壁を持つ女性器とはまた異なった、ぬめらかな内壁。それを擦るように、
親指が引き抜かれ。

 そして。
 完全にお尻の穴から引っこ抜かれた。






 外気にさらされた葛木の指先を、汗なのかそれとも他のものなのか判断でき
ない液が這い落ちる。ぴちゃり、という雫の音。

「―――ぁ、え?」
「ここまでだ」

 短い。だがそれ故に必然性のみをはっきりと残した言葉。
 それに対し、メディアは複雑な表情で葛木を見上げる。困惑、不満、疑問と
いった様々な表情を入り混ぜながらも、その顔は呆けたよう。
 何故。
 その言葉が出てこない。
 だが、その意思を汲み取ったのか、それに答えるように葛木が呟く。

「これ以上は身体に障る」
「で、でも……」
「反論は認めない―――今は、お前の身体が最優先だ」

 その声はやはり静かないつも通りの声音であった。
 そうでなかった時が看病の間であっただろうか。葛木の声は常に落ち着いて
おり、気の揺らぎを感じさせない。だが、それと同時に常に彼の言動からは気
遣いが感じられていたではないか。

 それを悟った瞬間。
 自分の中の情欲が酷くあさましく思えてきた。
 何も言えず、寝間着を着なおした身体を布団の中に潜り込ませる。

 恥ずかしい。

 葛木が自分を気遣っている間、自分は何を考えていた。何を求めていた。
 かろうじて謝罪の言葉が搾り出される。

「すいませんでした、宗一郎さま……わたしったら、なんてはしたない」
「気にするな」
「気にします」
「そうか……だが、熱に浮かされたと思えばそうでもあるまい」

 変わらない声音。
 変わらない気遣い。
 その無骨でありながらも、優しい雰囲気にメディアは強張った身体を楽にさ
せる。まだお尻は異物の挿入感を残してはいたが。

「熱に、ですか」
「ああ……だから、今は養生しろ。治ったら、お前の望むようにしてやる」
「―――――っ」

 これも彼の気遣いなのだろうか。疑念に対する回答は出ず、メディアはただ
ただ葛木の言葉を頭の中で巡らせて真っ赤になるだけ。
 熱に浮かされた頭がさらに熱を加えてゆく。

「あ、あのっ、それじゃあ……その……」
「遠慮するな。俺は構わぬ」
「わたしが構います……宗一郎さま」

 すうはあ、と何度も深呼吸して気を落ち着ける。
 瞼を落とし、落ち着かせながらも未だに熱に浮かされた思考で言葉を選ぶ。

「次は、もう少し優しくしてください」
「わかった」
「宗一郎さま、随分と荒っぽく座薬をお入れなさるのですもの」
「―――――――す、すまん」

 その顔にメディアは微笑を刻む。
 葛木宗一郎という男が、微々たる変化とはいえ、こんなにも返答に窮してい
る姿を見るのは生まれて初めてだ。二の句を告げずにいる葛木は、メディアに
とっては妙な愛嬌があって微笑ましい。
 が、実際にはそう思っている余裕も無かった。
 困ったような表情を浮かべる葛木に、ただただメディアはあたふたする。

「すすすすっ、すいませんでしたっ! そのっ、度が過ぎました―――身分を
わきまえずっ、その―――」
「いや、気にすることは無い」
「気にしますっ!!」

 羞恥による動揺を表情では誤魔化しきれず、布団を頭から被る。
 葛木の言う通りだ。先刻の自分は熱に浮かされているに違いない。
 だが、そのことを疎ましげに思う一方で“それも悪くないかも”と思ってい
る自分がいるのも事実であった。熱に浮かされていることを理由に少しだけ葛
木に対して大胆に、一歩踏み込めるような気がする。
 それすらも熱に浮かされたことによる錯覚なのかもしれないが。

「粥を持ってくる、少し待っていろ――メディア」
「あ―――宗一郎さ、ま」

 背を向け退出しかけた葛木が止まる。止まってくれた。
 振り向く彼は視線だけで、彼女へと引き止めた理由を問いかける。

「その、ですね……」

 実際、これといった理由があったわけではなかった。ただ、葛木にもう少し
だけそばにいてほしかった。ただそれだけのために、メディアは葛木を引き止
めたのであった。
 それを正直に言うのは少し恥ずかしい。
 だから。
 熱に浮かされた思考で、メディアは小さく尋ねる。

「その、宗一郎さま……という呼び方は、少し他人行儀なのかもしれないと思
いまして………これからは、宗ちゃ―――じゃなくてっ、宗一郎さん、と呼ん
でもよろしいでしょうか?」
「…………………」

 宗一郎。あなた。宗ちゃん。
 そのどれもが、未だ不釣合いな呼び方に思える。
 だけど、それでも熱に浮かされた思考を使い、メディアは少しだけ大胆にな
ったつもりで一歩だけ踏み込んだ。
 窺うような上目遣い。
 それを見下ろす葛木の表情が、ふと―――微笑む。

「あ―――」
「気兼ねする必要はない、メディア。俺とお前は……夫婦なのだから」

 本当に微細な変化。だが、メディアの瞳には確かに葛木が微笑みの表情を浮
かべるのを焼き付けていた。それは、一瞬にして心惹きこまれる穏やかさが湛
えられていた。
 まだ冷徹な印象は抜けきれないが、それでもメディアにとっては充分な表情。
 そっと、彼女も微笑で応える。

「ありがとうございます……そ、宗一郎さん」
「ああ、メディア」

 短い返答と共に、踵を返した葛木は部屋を出てゆく。
 その後姿を残滓が消えるまで見送って、メディアは布団へと身体を委ね、熱
を帯びた思考そのままに天井を見上げる。
 惚、とした吐息が浮かぶ。
 熱に浮かされた思考は茫洋とした靄がかかっているようで、明瞭さに欠ける。
その覚束なさに、メディアは先刻までのことが夢ではないかと思い始める。
 そう思っても不思議ではないほどに、頭の中が熱い。

 だが。
 座薬を挿入された残滓は、未だに自分の中で残っていた。

 はっきりと現実を告げるそれに、メディアは気恥ずかしくなって、か細く、
それでいて熱を帯びた身体を抱きしめるように布団を被った。
 抱き寄せた身体も、葛木を思う心も、未だ熱に浮かされ続けている。



                           <了>






「あとがき」


 葛木先生とラブでエロな作品を書こう。
 そう思ったのですが、出来上がってみると座薬ものでした。
 もっと、純愛な話にすればよかったかも。
 今更ですが。

 それでは。
 お読みいただいた方々、ありがとうございました。