――に、なれば。
             阿羅本 景


 カチャカチャと金属音が聞こえた。
 テレビから漏れてくる昼の情報番組の音の間に、少し神経質そうなカチャリとい
う音。金属のラチェットを引っかけてるみたいな――はて、何の音だったか。

 台所から居間を振り返る。
 卓袱台の前に、紫の長い髪が――云うまでもなくライダーが座っていた。立って
ても床に引きずりそうな長髪だけど、座ってると畳の上に川の流れが出来たみたい
に見える。

 いつもの、素っ気ないジーンズにハイネックのセーター。眼鏡の先に眺めている
彼女の手元には、クロムの重い輝きを帯びた塊が握られている。

 ――ああ、あれか。

 音の源がそれだと知って、納得した。
 切嗣のジッポーだった。親爺が晩年まで愛用していた――弱り初めても寝床で缶
ピースとジッポーだけは手放さなかったからな。寝煙草は火事になるっていっても
聞き入れなかった。

 どこに行ったのか分からなかったのけど、ひょっこり出て来た。親爺の棺桶の中
に一緒に入れたのかと思ってたが、土蔵の中からころりと忘れ物みたいに。

 ……カチカチと、ライダーが蓋を鳴らしている。

 子供がオモチャを遊んでいるみたいに、というのは言い過ぎでも、この音に何と
も言えない魅惑がある。

 俺もつい蓋をカチャカチャやってるうちに、まだ使えるかどうか気になって、芯
と綿とオイルを入れ替えてみたりした。さすが永久保証を謳うジッポーだけある―
―というか、壊れそうな部分が元から少ないんだ、あのオイルライターは。

「あれ? なんで……」

 どうしてライダーがそれを持っていたんだろう?
 ああ、そうか。桜に見せて話していて、ライダーが興味深そうだったから渡した
んだ。ライターやマッチを知らないって訳でも無さそうだけど、俺も使わないから
ライダーにはい、と貸して――

 カチカチと、蓋を開け閉めする音。
 台所から顔を出して観察する。こっちに気が付いてないのか、ガラスの灰皿を引
き寄せてポケットから真新しいマルボロを取り出すのが、見える。

「…………」

 あれ? ライダーって喫煙者だったっけ?
 そんなことを思い返そうとしている間に、ライダーの細い指がセロファンを切る。

 その仕草と、どこか話し掛けづらい雰囲気が彼女に切嗣の姿を思い出させる。二
人とも性別も恰好も違うんだけど、今だけはひどく似て見えて――

 紙箱を開いて、封を切る。
 長い指が紙巻きを摘む。爪が長くて、煙草を指に挟むをみると妙に色っぽく感じ
る。
 口紅も引いてないのに紅い唇に、褐色のフィルターをくわえる。そしてあのジッ
ポーをカチンと開くと、両手で隠すようにして火を点す。
 オイルが微かに燃える、炭素の香りがした。

「――――――」

 しかしまぁ、絵になるもんだ。

 大人の女性の雰囲気があるライダーがああして煙草に火を着けるだけで、こっち
が手の届かない色恋の世界に済んでるみたいで……切れ長の瞳と眼鏡、細い鼻梁と
長い睫毛、指に挟む煙草と、指輪も何もしていない白い手。

 カチンと蓋が閉まる音。

 ライダーがすーっと煙草を吸うと――

「――――――ぐげほっ!」
「え!?」

 いきなり噎せた。
 体内で爆案が爆発したみたいに背中が跳ねる。そのまま煙草を離すと、ライダー
は背中を丸めて畳の上に蹲る。

 な――え? な、なんでライダーが噎せてるんだ?
 煙草吸えるんじゃなかったのか?!

 慌てて緊急事態に陥ったライダーに駆け寄る。長髪を思わず踏んづけてしまいそ
うだったが、今はそんなことよりも!

「だだだ、大丈夫かライダー!」
「がっ、げっ、げほ――――っ、士郎、これを、っぁはっ!」

 差し出されたのは、指に挟んだ煙草。
 それを受け取ると、とりあえず灰皿に押しつける。その間にも、ライダーが足元
でげほげほと激しく咳き込んでいる。

 ――困ったことになった。

「ああ、えーっと……そうだ」

 台所に駆け戻ると、コップで水を汲む。
 噎せた時は牛乳の方が良いのか? 鼻を摘んで湯飲みの反対の縁からすする――
そ、それはしゃっくりだ!


「ライダー、水」
「ぁー……っはっ、ど、どうもすいません……」

 まだ発作が収まらないライダーに、コップを渡す。
 ようやく背中が起きて一口それに付けると、そのまま立ち上がって台所に行く。

「………………」

 その背中を眺めて見送る。
 大きなリボンが歩調と共に揺れていた。ライダーは流しに立つと、おもむろに―
―がらがらとうがいを始める。
 ライダーったらそんな、露骨なまでに生活感の漂う真似をしなくてもいいのに。
しかし、これは……

 ――そんなにきつかったんだ、煙草の煙が。

 じゃあなんでライダーが煙草持ってたんだよ、という疑問を覚える。これも切嗣
の忘れ形見じゃないんだし。
 机の上に置きっぱなしのマルボロの箱を、手に取る。

 一本だけ抜けた煙草の並びを見ていると、後ろに足音がやってくる。

「……それは止めておいた方が良いですよ、士郎」
「えー……あ、大丈夫だったか?」
「お陰様で。一人で試していたら大変なことになりました」

 深々と頭を下げるライダー。別に感謝されるようなことは何もしてないんだけど
な……しかし。
 まだけほ、と咳をするライダーは妙によわよわしくて、魅惑的に見えてしまうの
が困る。

 煙草の箱を閉めると、机の上に戻す。
 止めておいた方が良いですよ――って、これ買ってきたのはライダーみたいだっ
たし、うーむ?

「あのさ、ライダー」
「はい、なんでしょうか?」
「……吸えないんだよな、ライダーって煙草」

 あれで吸えますよ、といわれても信じられるもんじゃない。初めて煙草をくわえ
た中学生なみだ、あれの噎せ込み方は。

「士郎は吸えるのですか?」
「全然。だってこれで300円って高いじゃないか、煙草って税金に火を着けて吸
ってるようなもんだって言うし」

 経済的見地からみると、そういう回答になる。
 ……そんな話って誰から聞いたんだ? 一成だったかな? あるいは締まり屋の
遠坂か?

「それに、吸わない方が何かと良いみたいだから」
「ええ、そうです。士郎は吸わない方がいい、吸うのであれば是非とも止めるべき
だと私からもおすすめします」
「――じゃあ、なんでライダーはさっき吸ったのさ」

 言動に矛盾の香りがするライダーに、尋ねる。
 う、と真面目なライダーの顔が問いつめられて困惑してくる。眼鏡の向こうの色
の薄い瞳が左右に振れる――


 桜のことなどですっとぼける時は本当ににべもないけど、時々こんな風に子供み
たいに他愛なく感情を表にしてしまうライダー。
 ついついいじめたくなるけど、じっと我慢?

「ライダー?」
「はぁ……その、こちらを士郎に貸して頂いてしばらく触っていると、サクラに言
われたのです」

 未だに落ち着きのないライダーの答え。
 桜が……って、俺の知らない夜か何かの間か?

「ライダーって大人の女の人っぽいから、煙草とか吸うのも似合いそうよね?――
と。ですのでサクラの期待に応えるべく試してみたのですが」
「駄目だった?」
「はい、まったくでした。どうして人間がこの様なものを喜んで口にするのか、分
からないほどに」

 肩を落として残念がるライダー。
 ……桜も無責任というか、思いつきでそんなことをライダーに言うなんて……ラ
イダーは桜に言われたことは絶対叶えようとするからな。

 で、挑戦してみたと……思えばライダーの主人思いなその忠誠心には、溜息が出
るほどだった。


「……おまけに士郎に情けない一部始終をみられてしまうとは……」
「情けないって、まぁ確かに最後のアレは仕方ないと思うけど、途中まではすごく
格好良かったぞ? ライダーは」

 落ち込み気味のライダーを励ます。
 あの火を着けたあたりの横顔は、CMプロデューサーが居れば文句なく採用! 
ってほどに格好良かったし、ああ吸ってみようかなぁ、と感じるほどだった。

 だが、じろっと――拗ねるような瞳がやってくる。

「本当ですか?」
「本当本当。その辺、桜の意見は正しかったんじゃないのかな? 俺が同じ真似し
ても絶対駄目だから」

 きっと、便所で先生に隠れて煙草を吸う、不良に憧れる餓鬼みたいだろう。だっ
てこの風体で煙草だぞ? そんなの似合わないに決まっている。

 ――似合ってる、といわれても吸いたいモノじゃないけどな。

「そうですか……士郎だけでなくサクラにもご覧頂ければよかったのですが」
「喜ぶかもな。その後にあんな風に噎せるときっと倍くらい大変なことになる気も
する」

 ライダーがあんな風にげほげほやってると、桜はパニックに陥る気がする。ライ
ダーだけは絶対何があっても平気、って信じ込んでるからな。

 しかし、あの噎せ方は尋常じゃなかった。
 サーヴァントってそういうモノに影響されにくい気はしたんだけど、あれは……
いや、もしかして?

「……あの、さ。」

 控えめにライダーの様子を窺う。
 卓袱台に着いたライダーは、肘を突いてこちらを眺めている。後ろのテレビは付
けっぱなしだけど、意識の片隅にも入らなかった。

 細く端麗な、ライダーの姿。
 そんなことを言うのは気が引けるんだが、訊かないと内心納得のしようがない。

 ――深呼吸一つ。
 ライダーの眼鏡に見つめられながら、おそるおそる口を開く。

「ライダーが煙草が苦手なのって、やっぱり……蛇がニコチンが苦手なのと、同じ
理由?」
「――――――――」

 うわー、言っちゃった。
 あの時代に煙草はなかったから、って理由も思いついたけどそれ以上に蛇と煙草
の組み合わせを言わずに居られなかった。

 ほら、煙草をほぐしてコップに溶かした液体をズボンに振りかけると蛇避けにな
るっていうし、だからニコチンが苦手なライダーも吸ったらあんなにすごいことに
なったのかな、とか?

「………うう」

 視線が痛い。

 顎を引いて、眉を逆立てて凝視するライダーを前にすると生きた心地がしない。
弱点を殊更に言い立てれば、俺の胸元に短剣が飛んできてもおかしくない程に、怒
っているのか――

 耳の奥に、鼓動が痛々しく響く。
 これが聞こえなくなったら、もうお終いなんだって納得が――こ、こんな事でラ
イダーに殺される筈はないのに、何故!?

「……………」

 殺気を覚えたのが数秒。
 だが、それがいきなり反転して――しゅんと肩を落とすとライダーが瞳を逸らし
た。泣かせてしまったか? と一瞬見えた目元の熱さ――

 そんな顔は、ま、まずい。
 崩しから脚払いを掛けられたみたいに、どうしてもライダーのことが心臓に絡み
ついて気になってしまう……!

「……あ、あ、あの、御免!」

 慌てて謝るが、ライダーは長い睫毛を伏せて話し出す。

「そうですね、きっと士郎は私を遠ざけようとしてこれから煙草などを吸い始める
のでしょう、そうすればサクラは先輩の背中の香りって素敵です、と言って惚れる
のですが私にしてみれば蛇避けの護符を帯びられるようなものです」

 いや、そんな気はさらさならいんですけど!
 と叫ぼうとするが、ライダーの話は止まらない。

「そうですね、それがいいのです。私が士郎に構うことが出来ず、サクラがただ士
郎に愛を注ぐことが出来る関係が良いのです、むしろ私が遠ざけられればサクラも
安心でしょう」
「な、そ、そんな話してないぞ!?」
「いえ、これがサクラに知られれば自然そうなります。士郎にこの香りをされれば、
流石の私も士郎に直に接しがたい――」

 ライダーが瞳を伏せる。
 俯く素振りがひどく弱々しい。紫の髪が流れる肩が小さかったんだな、とか首筋
が細かったんだ、とか変にライダーのことを観察してしまって、こんなのは!

「……ですが、たとえそうなったとしてもこの私も士郎を好きなのは承知のことと
は思いますが」
「え――――ええっ!」

 爆弾発言、というかそれは告白!?
 好きって言うのは、ライクなのかラブなのか? どっちであってもすごく困るん
ですけど、これは――

 ライダーが立ち上がる。
 さらりと髪が動くのが、まるで催眠術みたいに動きを凍らせる。ライダーは上背
を伸ばして、腕を差し伸べて――黒いセーターの袖の中の腕は、力強さとか細いが
同居している。

「それであれば、まだ今のうちに私は想いを果たすことにしましょう――この香り
をぷんぷんされては、いかんともしがたいので」

 ぽい、と捨てられたマルボロの箱が飛んで畳の上を滑る。
 唯一の護身の護符を取り上げられてしまったような――ライダーは危ないんだけ
ど、危なくもない。もう何を考えたらいいのかわからない、この事態。

 突然、積極的になるライダー。
 今までそんなことを隠していたなんて……いや、好きだって言ってくれたことは
あったけど、それは桜と同じくらいということであって、こんなのは……

 指が、顎を触れる――

「――――士郎」
「ライダー……」

 卓袱台越しの、ライダーの身体。
 垂れて伸びる髪から、僅かなシャンプーの香り。口づけしそうに近寄った秀麗な
顔、唇は柔らかいが冷たそうで――気持ちいいんだろうか、と考えてしまう。

 顎を触られる。
 指先は泉の水のように冷たい。
 女神に魅了された生贄の男のようになすがまま。

「…………………」

 心ならずも、口づけされるのを待つ。
 眼鏡の向こうの四角い光彩……有り得ない瞳が尋ねてくる。それに頷けば、あの
優美きわまりない雌の獣のようなライダーに抱かれて快感の中で――

 ――だが、それは。

 こんなことになっても、心の中に確信はある。
 それに、ライダーの瞳は代わりが無く――忠誠一途の真摯な光を帯びたまま。

 固まりそうな唇を動かす。これはやっぱり――


「……じょ、冗談だよな?」
「もちろん冗談です、士郎」


 ぱっと手が離れた。

「――――…………は、ぁぁぁ……」

 するするっとライダーの身体が戻っていった。強張りきった全身から力が抜けて、
細胞一個一個が止めていた呼吸の再開を要求して、ぜぃぜぃと息を着く。

「士郎にからかわれたので、私もお返ししました。これでイーブンですね」
「く、心臓に悪いぞさっきのは、桜にみられたらどうするんだよ……」

 俯いてライダーに愚痴る。浮気しているだなんて桜に思われたら生きた心地がし
ないからな。
 してもおかしくないほど蠱惑的なライダーもライダーなんだし、困るよこれは…


「サクラなら許してくれるかも知れませんよ?」
「だっ、ばっ、そんなこと言ったら駄目だぞライダー! ささささ、桜がそんなこ
とはその、ああう!」

 イーブンになったって言うのに、まだライダーがからかって……思わず卓袱台に
額をがんがん打ち付けそうになる。落ち着け、衛宮士郎!

 しかし、ライダーの方は涼しそうな塩梅だった。
 ジッポーを手にして、またかちかちといじり出す。

「私もサクラも貴方のことが好きですから。なので、どちらかを遠ざけるような事
はして頂きたくないのです」
「はぁ……分かった、最大限努力する」

 つまり奥さんが二人……って事じゃないだろう。
 桜が一番大事で、ライダーもそんな桜が一番大事なんだから、ライダーも俺もお
互いはすごくいい関係だと思ってると……つまり、今のこれが一番いい。

「じゃあ、煙草は吸わない方が良いわけだ」
「ですね。それに吸い始めるとサクラは怒りますよ、体に悪いです!――と」

 ライダーの予想に頷く。
 ライダーはカチっとジッポーの蓋を閉じる。しげしげと、クロムの輝きを放つ表
面を見つめていていた。
 やがて、卓袱台の上に手を伸ばして返してくる。

「こちらをお返しします。いろいろと面白そうな道具ですね、こちらのライターは」
「ああ、親爺のモノだけど……しかし、俺が持ってても役に立たないからなぁ、ラ
イダーが持ってた方がよさそうだよな」

 きょとん、とライダーの目が丸くなる。
 ……? ライダーはああ見えても実利的な性格だから、おかく思われるような事
を言った気はしないんだが。

「……変なこと、言ったか?」
「いえ……それは違うのではないでしょうか、それは士郎にも思いが深い品なので
は? ならば貴方が持っていて然るべきではないのかと」
「かなぁ」
「少なくとも、私が持っているよりは自然だと」

 ――そういうものなのか。
 指でカチっと開いてみると、その音は古い――色褪せてしまうほどに、懐かしく
古い記憶に共鳴する。

 しばらく無言で噛みしめて――蓋をして、また胸の中に仕舞い込んだ。
 こちらを眺めていたライダーが、軽く身体を伸ばす。

 さて、思い出と形見に浸るよりも、今の生き方を精一杯にこなさないと、な。

「さて……試しに買ってましたが、これの残りはどうしたものでしょうね」

 立ち上がってライダーが拾った、マルボロの紙箱。
 あの中にはまだ目一杯煙草が残ってるけども、俺もライダーも桜も吸えないし…
…どうしたもんだろうな。

「捨てるのはもったいないよな。かといって煙草の他の使い道なんか知らないし…
…」
「――頑張って、私が全部吸いきりましょうか」

 深刻な顔をして、煙草を睨むライダー。
 ……そんな事をすると死んでしまう……いや、サーヴァントが喫煙の害で死ぬ事
はないはずだが。

「いいや、それも俺が預かっておくから。しかし、ライダーも桜の言う事でも、時
には話半分に聞いておいた方がいいぞ?」
「そうですか?」 

 煙草を手渡して貰いながら、ライダーに提言する。
 ライダーが眉を顰めているが……話半分、なんて言われても困るんだろう。

「だって、さっきのそれだってライダーが大人の魅力一杯になったら……こ、困る
じゃないか」
「誰がですか?」
「えーっと、まず俺」

 それは間違いない、さっきみたいな仕草をしきりにされると理性がまずい感じが
する。
 少しは自分の容姿がどれくらい周囲に与える影響があるのか、いい加減ライダー
にも気が付いて欲しい。

「……あと、桜もライダーに負けません! 私も大人の女の魅力に目覚めます! 
とか言いだしたら大変じゃないか、もう桜だってその、ああ、もう」

 ……そんな風に艶を競われると、大変な事になる。
 桜だって今でも十分すぎるぐらい色っぽくてドキドキするのに、ライダーに競り
合われたりとこのお家一体どうしちゃったんでしょう? って事になりかねない。

 真っ赤になって頬を掻いてると、ライダーがふっと、不穏な笑みを浮かべる。

「……では、やはり士郎の忠告は聞けません」
「う、そ、それはどういうつもりなんだ、ライダー?」
「困るなどといいながらも、それを心の中では楽しみにしていませんか? 士郎」

 ――そ、それはその。
 微笑みすら浮かべているライダーに、言うべき台詞もない。一瞬でもこう、むん
むんと匂い立つな桜とライダーの振る舞いを考えてしまった訳であり……

「――あう」
「さて、私も煙草以外で大人の魅力を開発しなくては、サクラも士郎も満足させら
れません。どうしたものか」
「…………今だって十分すぎるぐらいなのに」

 ぼそっと呟く。
 さっきの誘惑とかもあったし……目のやり所に困って、手にしたジッポーを見る。
輝きは鈍く、これを持っていた切嗣ならきっと――

「これが似合うぐらい大人になれば、ライダーだって桜にだって釣り合うんだろう
けどさ」
「そうでもありません、私もサクラも、今の士郎が好きですよ」

 慰められたのか、励まされたのか。
 ――この屋敷の中の面々も、まだまだ先にいろいろな事が待ちかまえているんだ
ろう。そこで、皆変わっていくんだろうな。

 ライダーが、台所に向かって歩いていく。
 ふわりふわりと揺れる紫のリボンを目で追っていると――

「そうですね、煙草がダメならお酒、というのはどうでしょうか? 大人の女性が
グラスを傾ける様は魅力的だ、とリンも言っていましたので」
「……煙草は苦手でも、御神酒は得意そうだからな、ライダーってばやっぱり」
「――相変わらずそういう事を言うのですね、士郎は」

 むすっと口元を曲げるライダーが、戸棚の中を覗いている。まだ日も高いのに飲
む気いっぱいなのか……
 やっぱり蛇に拘ったのが悪いのだろうか?

 見るとライダーが一升瓶を抱きかかえて、こそこそと台所の隅っこに引きこもろ
うと……あーもう、なんだんだか。
 ライダーも大人みたいだけど、桜と同じくらい子供っぽいところが残ってるとい
うか……

「では、士郎の言うとおり蛇は蛇らしくちびちびととグラスでも舐めています。サ
クラにあとで士郎に苛められたと……」
「あーもう、拗ねるなライダー。そのまま蛇は脱皮するのです、とか言い出して脱
ぎ始めるんじゃないんだろうな?」
「……それがお望みですか? 士郎」
「だから研究に付き合ってやるからこっち来いって、そんないじけてるのは大人の
魅力じゃないぞー」

                                  《fin》

 

《あとがき》

 どうも、阿羅本です。あまり鮮やかな話ではないのですが、しんみりとライダー
さんを書いてみたくなって……煙草に噎せてますけどね、なんか格好いいのが
一瞬でぶちこわしみたいに(笑)。
 というわけで、メインヒロインズなしで書いてみました。

 桜さんより人気があるといわれているライダーさんですが、なんというのかや
はりいいものなのですよね……ただ、ライダーさんだけ居ると微妙に話が進まない
ので、やはり桜あってのライダーだと。え? 慎二? だれその天パ(笑)

 そんなわけで、これでもライダーさん可愛いなぁ、と思って頂けると有り難く。
 いろいろ感想お待ちしております。