薄暗い空間で、前方が明るくなっていた。
そろそろ光苔のある広場に出るはず。
視界は充分ではないが、道順は体が覚えている。

「はっ、はっ、はっ――――――!!」

もう何も考えられない。
あの時の再現にだけは。
もうあの時のような事はさせない。

ただ目の前にある光に向かって、死に物狂いで走る。
そして――――


「「ライダーっ!!」」


立ち尽くしていた長身の美女に、遠坂と二人叫んでいた。
紫の長髪が翻り、俺たちを視認する。

「士郎、リン……?」
「どうだライダー、桜は。…………………っ!?」

そこでようやく気づいた。
あたりを包む光が、先ほどの焼き直しになっていることを。
そしてその強さが先ほどを軽く凌駕していることも。

「――――――」

思わず息を呑む。
光の量は今までに見たこともないほど。
しかし音は聞こえない。
とうに麻痺してしまったのか、あたりは異常ともいえるほど静かだった。

「桜…………」

そう呟いたのは誰だったか。
ただ光の中、気を失い、ぼぅっと漂うように宙に浮かぶ桜を見て、
それ以上は言葉が出ない。

――――――と。


”シロウ――――”


いつかのように、声が聞こえた。
懐かしく、透き通った声。
忘れるはずの無い、家族の声。

「イ、イリヤなのかっ!?」


”うん――――”


頷きと同時に、ゆっくりと光が点に、そして線になり、
その声の主を形作っていく。

「イリヤ………」


”シロウ、いっぱい言いたいことあるけど。あまり時間が無いの。
 リンは分かってると思うけど”
  

遠坂はええ、と頷いてから、

「で、何のつもり? 今更桜を消し去りたいわけでもないでしょ?」

と、僅かに敵意の混ざったように聞いた。
それに、一瞬だけ目を閉じて、


”ええそうよ……これは完全に私の力量不足が招いた事……。
 別にさくらに何かしようとは思ってないわ”


別人のような顔で、イリヤが返した。

「じゃあどうするつもりなのよ!?」
「遠坂落ち着け、お前が焦っても仕方ない」

そう言う俺の言葉に、
むっ、とした表情を向けたが、

「………そうね、士郎の言うとおりか。たまにはいい事言うじゃない」

なんかカチンときたが、今はそんな場合じゃない。
と、何とか抑える。
そして。

「イリヤ、どうすればいい? どうすれば桜を元に戻せる?」


”――――――”


何故か、イリヤはそれ以上話そうとしない。
俯いたまま、俺と眼を合わせようとさえしてくれない。

「イリ、ヤ………?」

そっと近づこうとするが、

「駄目よ士郎……その子に今近づいたら、あなた消えちゃうわよ?」
「な――――――?」

冷たい遠坂の言葉で、足は進むことを拒否してしまった。
驚いている俺をよそに、

「本当は簡単なんだけどね………はぁ、また面倒なことになりそう」
「リン――――?」

俺に近づくなと言っていたイリヤに、遠坂は近づいていく。
ライダーも警戒しているのか、光には近づこうとしていない。

「お、おいっ、遠坂!?」
「いいからっ、アンタのためにこうしてるんでしょうが……!」
「え――――――?」

俺の………ため?

どういうことだ?
俺が望むこと、それは桜が無事に帰ってくること。
それだけ。
ああそれだけだ…………………………それだけ、なのか?



――――――シロウは、会いたい?



本当に、俺の望みは………



――――――シロウと兄妹でよかった。



桜を助けることだけだったのだろうか………?

ああ、そうだ、それは間違いない。
桜の味方になると、桜だけの味方になると、そう誓った。

でも、本当にそうだったのだろうか?



――――――やっぱりシロウはお兄ちゃんだぁ!!



救えなかったもの。
この手から零れ落ちていったもの。
それは、果たして……………何だったのだろうか。



――――――だって私、お姉ちゃんだもん。



拳を握り締める。
もう誰も零さない。
助けられるなら………助けてはいけないのか。

自身を裏切った代償。
それは償えるものではない………………でも、



――――――まだ………会いたい?



求めてはいけないのか。
助けたいものを………誰かを助けたいと思う気持ちを。

誰の味方であろうと、それ以外の誰かを、それ以外の大切な誰かを、
救えるなら……………救ってはいけないのか………否、そんな………!!

「そんな、そんなわけあるか………!!」

と、歯を鳴らせる俺の視線の中で、

「イリヤ、分かってるでしょ? これしかないの。器は私が何とかするわ」


”でも………リン、それは………”


「イリヤも黙ってて、あなたもシロウが泣くのはもう見たくないはずよ」
「何?」

う、うん。
と遠坂はイリヤをも黙らせて、こちらには聞こえない声でイリヤと話している。

「今なら出来るはずよ、一時的にとはいえ元の器が具現化されてるし、魔力は
無尽蔵。
 この条件ならあなたでも成功するはずでしょ?」
「ちょっ、遠坂、お前一体何を………
 ま、まさかイリヤを見捨てる気じゃあ………!?」

前で背を向けている彼女に詰め寄りながら聞く。

「ああもぅっ、五月蝿い!! それが出来たら苦労はしないの!!!
 いいからアンタは安全な所で待ってなさいっての!!!!」
「え、あ、うん…………」

完全に喰われたかと思った。
どうやらイリヤを見捨てようとしているわけではなさそう。
それだけ分かれば問題は無い、遠坂なら何とかしてくれるはずだ。

「じゃ、任せた。 ………信頼してるからな」
「もぅ………早く行きなさいよ!!」

少し赤くなった遠坂にああ、と返し。
少しだけ離れる。
そんな俺を見て安心したのか、イリヤもそっと目を閉じた。


”――――――”


光が強まっていく。

「士郎、ここは危険です、後はリンに任せましょう」
「ああ………」

その濃度を増し続ける光。
もう視界は奪われた。
何も見えない。

そんな状況になっているのに、

「これじゃ、花見は先延ばしだな………」

などと、やけに冷静な自分がいた。
それが、絶対的な信頼に基づくものだと、今は信じたい。


桜。遠坂。そしてイリヤを中心に広がった海は、
目に、そして記憶に焼きつくように、洞窟の中を支配し、
中にいる全てを、その輝きで飲み込んでいく。


その中で、白銀の雪髪が僅かに頷いたように見えた。


 

                ◆




―――――――――――――――――――で。

季節は巡って。




                ◆




「卵はこんなもんでいいな」
「あ、出来ましたか先輩?」

かちゃかちゃと調理具の音が響く。
傍らではじゅうじゅうと豚肉と野菜を炒めるフライパンの音。
それに塩と胡椒を加え、簡単な野菜炒めを作る。

隣には鍋で煮物を作っている桜。
その絶妙な風味が匂いを嗅いだだけで唾液が口に溜まっていく。

「さて、これでOK……だな」
「はい。……あっ、先輩、もうすぐ時間ですよ!?」

桜に言われて居間の時計に目をやった。

約束の時間は11時。

落ち合う場所は橋の袂。
芝生広がる公園での昼食。これが魔女様のご要望だった。

そうして今の時間は10時半。
やばい、すぐに準備をしないと遅れてしまう。
本当はもっと余裕をもって出来上がるはずだったのだが、
先ほど入った電話で、


”お弁当、手ぇ抜いてたら、殺すわよ”


と透き通った声で言われたら、もう少し手間隙をかけないといけない。
いけないのだが、流石に時間が無く、
数を増やす事で許しを請うことにしたのだ。

「遠坂の飛行機は何時だったっけ?」
「確か11時少し前ぐらいには着いているはずですけど………」
「ライダーが先に行ってるんだな?」
「はい」

桜と二人、急いで弁当箱に具を詰めていく。
全部で5人分。
から揚げに煮物、卵焼きにサラダ。他にも色々。
色とりどりのおかずとご飯を詰めて、きっちりと蓋を閉じていく。
何故か電話で、

”ホットケーキ作ってきて。 何でって?
 急に甘いものが食べたくなったのよ!!”

などと叫んでいた奴もいたせいで、無駄に箱が多くなってしまった。
それでも何とか詰め終わり、かばんへとしまう。

「よし、こっちは準備できた。 桜は?」
「はい、大丈夫です。じゃあ行きましょうか先輩」

桜に促され、早足で玄関へと向かった。


天気は快晴。
青い海の下、桜の花びらが風に揺れている。

過ぎ去った出来事も多く、散っていく花弁はもう戻らない記憶のよう。
しかしその後に残る実は、これから起こる出来事、
そしてこの手で取り戻した物のようで………

坂道を進み、交差点を過ぎる。
いつものように近道で公園へと向かった。

そして―――――



「あ、来た来た」

当然のように、芝生の上で待っている二人。
長い黒と紫。
大きな旅行かばんの横に、遠坂。
そして隣り合うようにライダーが座っていた。

今日は待ち合わせがてら、ここで昼食にしようということになっていたのだ。
時刻はまだ昼ごはんには早いかもしれないが、
そんなことはどうでもいい。
今は一年ぶりの再会を喜ぶ方が先だ。

「ったく、遅いわよ士郎」
「仕方ないだろう、リクエストに答えておかずの種類増やしてたんだぞ」

などと軽口を叩きあいながら、
先に待っていた二人と合流した。

風がとても気持ちいい。
晴れた空を進む一陣の風。
澄んだ蒼の中、その流れに身を任せるように、ゆっくりと空を仰ぐ。
目を閉じ、触覚だけで周りを感じる。


流れていく風。

芝生の擦れる音。

桜達の話し声。

背中に聞こえる足音。

眩しい太陽の光。

徐々に大きくなってくる後ろの足音。



――――――――えいっ。



心地よい春の匂い…………………………………んっ?
何か変なのが混ざっていたような。

そっと目を開けて後ろへ振り向い――――――


「ぐぼべっ!?」


首に、見事なまでのフライングボディアタックが決まった。
その腕は流れるように俺の首に巻きついてくる。
で、同時に背骨がした事のない動きをしている俺の耳元で、

「シロウつっかまえたぁ〜〜!!」

えへへ。なぁんて明るい声。
それは言うまでもなく…………

「ねぇホットケーキ持ってきてくれた?」

小さな白い少女のものだった。
ここで。さっきの電話は彼女のリクエストか。
唐突にそう理解した。

「…………、…………」


――――あ、絞まってる。


「え、あ、ちょっ、先輩!?」
「ぅ――――――」

予期せぬ急襲によって、視界が白く染まる。

「あ、ごめん、シロウ………大丈、夫?」
「げほっ、っ………………ぅん」

ようやく脳に血が回り始めてくれたようだ。
視界も少しずつ元に戻っていく。
一瞬、切嗣が川の向こうで手を振る光景が見えたような気がしたが、
気のせいであろう、いや気のせいだ。

「っ、何だってんだよ………」
「だから謝ってるでしょぉ。怒らないでよ」

何故か空を飛んできたちびっ娘さんに逆ギレされながら、
その体を抱え上げ、隣に座らせた。
当のちびっ娘さんは俺の作ってきた弁当に興味があるのか、
傍らのバッグを興味津々と見つめている。


んっ――――――ちびっ娘さん?


ゆっくりと隣に目をやって………


「イ、イリヤ!?」


…………ようやくそれを理性が確認した。

白銀の雪髪に、ルビーのような瞳。
流石に冬ではないので、あの時よりは薄着の服装である。
彼女のイメージは冬なのだが、その服装の効果か、
風に揺れる銀髪は春に舞う雪のように見えた。

「イリ、ヤ………イリヤ、イリヤ………イリヤっ!!」

ばふっ、と勢いまかせにその体を抱きしめた。

「え、あ、ちょっ、シ、シロウ!?」
「イリヤ、イリヤ………!!」

暖かい。
ちゃんとここにいる。
幻じゃない。
ここに、ちゃんと………

「シロ、ウ、ちょっと、痛い………」
「ぁ、わ、悪い、つい嬉しくなって」

慌てて力を緩める。
それでも腕の中、イリヤの顔は嬉しそうで、今度は逆に俺にしがみついてきた。

「えへへ〜〜」
「……ははは」

かなり近い距離で、お互いを見つめあい、笑う。
その笑顔がとても尊く思える。
俺が零してしまったもの、二度と零してはいけないもの。
それを――――


「何、士郎ってやっぱりそっちの趣味なの?」


赤いアクマが一撃のもと、粉砕した。

「っっっっっっっ!!!! な、何言ってんだよ!?」
「ふふ〜〜んだ、リンはシロウを取られて悔しいんだぁ?」

それに立ち向かう正義?のちびっ娘さん。
それは頼もしいのだが、これ以上事態を悪化させるのは………

「あ」

感じる視線が2つ………いや、3つか、これ?

「先輩………」
「衛宮くん………」
「士郎………」

桜に遠坂に………何故かライダーも。
ものすごい笑顔で俺とイリヤを…………いや、違う。
これは俺だけを見ている。
その中でも桜の視線は――――――

「………………」

あ、俺地獄の一歩手前にいる。
と思わせるほど、恐怖の念を抱かせた。
後で謝っておかないといけないな、こりゃ。





――――――で。
何故こんなことになっているかというと………





「でも、何処で見つけたんだよ、いくらなんでもこれは………」

似過ぎてないか?と視線で遠坂に聞いた。
その問いに、少しだけ恐い笑顔を緩めて、

「当たり前じゃない。同じ素体なんだから」

と当然のように言った。

はっ?
同じってどういうことさ。
呆けている俺に、

「だから言ってるじゃない。殆ど同じ、いえ、もう全く同じって言ってもいい
ほど。
 聖杯戦争の時のイリヤもイリヤだし。ここにいるイリヤもイリヤなの」

と、すごい理論を展開している。
いや、凄いかどうかではなくて、俺が理解できなかっただけなのだが。
前に説明を聞いたような気もする。
しかし、忘れていた。

――――――ほへ。

なんて間抜けな声を挙げてしまう。

「それってつまり………クローン、みたいなもんか?」
「簡単に言えばそうよ。でも…………もう一回説明いる?」
「いや、してもらっても分かりそうにない。ないから、いい」

そのまま首を横に振る。
そんな俺の横で、

「じゃあ私が説明してあげる♪」

何故かとても嬉しそうに、イリヤが身を乗り出してきた。
まぁ邪魔するのもなんなので、話を聞いてみる。

すると今までにぱにぱっと笑っていたイリヤの顔が、

「少し難しい思うから、ちゃんと聞いててね」

あの感情の無い、真剣なものに変わった。


して。
長い説明が終わった。
結局よく聞いても分からなかったのだが、

要約すると、こういう事らしい。


イリヤは聖杯として生み出されたホムンクルス。
もちろんそうして生まれたのだから普通の人間と同じであるはずがない。

小躯、短命、一部知識の欠如、人間的感情の欠落………
膨大な量の魔術回路。
聖杯として、サーヴァントの魂を受け入れるための器としての機能。

それを持つイリヤの体は、サーヴァントを受け入れる度に、
人間としての機能を失っていくようになっていた。
聖杯として必要が無かったから。


第三魔法を使用した反動で、聖杯と繋がったままになっていたイリヤの魂。
それが桜に流れ込み、光となって具現化した。

ちなみに、あの時柳洞寺で目撃された人魂とは、もちろんイリヤ。
光となって、何度か夜に出歩いていたらしい。
そんな事が出来るのか?と聞いてみたが、

”うん、出来たみたい”

だそうだ。
マイクが落ちていたのは、撮影中に偶然その光を目撃し、驚いて逃げたためで
ある。
という話。

話は戻るが、
肉体への命令権、記憶、魔術回路等は全て魂の方にある。

聖杯と繋がっている事で、魔力の貯蔵量は無限大。
その状態なら、完全に第三魔法を、今度こそ成功させる事が出来る、
いや、出来たのだ。

桜から切り離され、具現化された魂となったイリヤ。
それを媒介にし、イリヤの魂を留めて置く。


先ほど言ったように、イリヤはアインツベルンで生み出されたホムンクルス。
ならば、それと同じ素体を生み出す事も可能。

人の精と幾つかのマテリアルで生み出されるホムンクルス。
それは錬金術の中でも禁呪に位置されるもの。

しかし、アインツベルンにはあった。

聖杯を生み出すための禁忌、それがアインツベルンの秘呪。
イリヤを生み出し、いや、今までの全ての聖杯を生み出すための方法。
それを目覚めさせ、新たにホムンクルスを作り上げたのだ。

費用と技術は全てアインツベルンが持ってくれた。
イリヤが城を出た後からずっと眠ったままだった、
二人のホムンクルスの協力を得て。
材料はそろっていたらしく、ホムンクルス自体はそう時間をかけず出来たらし
い。

しかし、いくら時間をかけずといっても、
あの後魔術協会に戻って、それほどの時間があったのだろうか?

それが第一の疑問。

そして―――――


「なぁ、イリヤの魂の媒介って、何だったんだ?」

素直に聞いてみた。
いくら第三魔法が完全な形で使えるといっても、
具現化された魂は数秒しかその姿を保つ事が出来ないと聞いた。
なら、あの状況で媒介となるものなど、あったのだろうかと。

「あ、それはですね先輩」

遠坂に代わって桜が続ける。
これですよ、といってイリヤの胸元を指差した。

「んっ? …………あっ、これ」

その先には一粒の光。
降り注ぐ日光を吸収し、反射させ、その輝きを何倍にも増す。

「俺が桜にあげた………」

ブローチ。
小さな宝石をあしらっただけの、シンプルな飾り。
煌く光は如何様にもその色を変え、
小さな虹を思わせる。

「え、でもこんな小さな………」
「それが大丈夫だったの。士郎、アンタこれ人から貰ったって言ってたけど…
…」
「ああ、バイト先の知り合いに貰ったんだ」

それにふぅ〜〜ん、と頷いて、
早速弁当の味をチェックしだす遠坂。

それに、

「む」

と顔を曇らせ、

”何よ、前より上手くなってるじゃない”

などと丸分かりの表情をしていた。


「で、そんなに容量が大きかったのか?」
「らしいです、姉さんが父さんから貰ったペンダント並みたいですけど」

そりゃすごい。
でも、そんなに凄いもんだったのか?
むむむむむ…………ネコさん、もしかしたらなかなかのやり手?
まぁいいか、今はそんなことを考えても仕方ない。

と、イリヤの胸元にもう一度目がいった。
小さな宇宙の中で輝く星のように、輝く石はただ綺麗だった。

「そういうことよ。つまりは士郎の時と殆ど同じってこと。
 まぁ、素体の質もあまり変わらないし、初めてじゃなかったから」
 
もひもひ。

「素体はイリヤの魂とよく合ってたし、そう適応に時間も掛からなかった。
 イリヤは時計塔で私の世話係として生活させてたの。 
 すぐに元に戻ったみたいだけど」

で、また一口。

なるほど。
大体の事は分かった。

で、結局。

「イリヤはイリヤなんだってことだな?」
「アンタねぇ………はぁ。ま、そういうことよ」

呆れたのか、諦めたのか、
そんな笑顔で、遠坂は言ってくれた。

「そっか、それで………」

充分だよな、イリヤ?

「うんっ!! …………でも」

俺から目を逸らし、何故か暗い表情になるイリヤ。
それを覗き込むように見つめるが、イリヤは黙ったままだ。

「あのね、シロウ………私………」

ライダーは俺と同じで首をかしげているが、

「――――――」
「――――――」

遠坂と桜。
この二人は何故イリヤが言いよどんでいるのか、
その理由を知っているようだ。

しかし、それでいて黙っている。
彼女の口から言わないといけないことなのだろう。

ちゃんと自分の口で言わせないといけないということを、
この二人は知っているのだ。

だから、俺もそんな二人の気持ちを汲んで、待つ事にする。

「イリヤ」

びくっ、と俺の声に体を震わせるようにするイリヤ。
それを優しく抱きしめて、

「っ――――シロウ」
「何だ? 何でもいいから、言ってごらん?」

そう、呟いた。
一瞬息を飲む声、そして――――


「私、シロウの傍にいて………いいの?」


風が吹いた。
皆の髪が流れ、一瞬だけ時が止まる。

それでも、優しく抱きしめた腕はそのままに。






”リン………私………”


光が強まる。

「私はどっちでもいいんだけど。そんなことしたらあいつがどうなるか分から
ないでしょ?」


”でも………”


「あのね、あいつが拒否するわけ無いでしょ?」
 
魔力が解放され、収束していく。

光は徐々に弱まり、残ったのは二つの人影と、一つの光。


”私………”


「ったく、あいつに直接聞いてみなさいっての。それで拒否されたら、私が消
してあげるから」
「そうです。先輩がそんなこと言うわけ無いんだから………」


”うん………”


薄暗い状態に戻って、
一時凌ぎとして媒介にしたブローチの宝石。
予想以上にキャパがあり、これならあの城に行くまで持ちそうだ。

「あの馬鹿、面倒ばっかり押し付けるんだから」
「でも、それがいいんです」
「…………かもね」

光は薄れ、闇はまた闇を包み始める。


”大丈夫かな………?”


「「もちろん」」


重なる二人の声。

それが、魂のままで見た最後の記憶。
次に目覚めた時は、ちゃんと肉が与えられていた。
性能は前のと殆ど同じ。
聖杯としての機能を完全に捨てたため、人間としては前を完全に凌駕している。
それで言えば、前とは比べ物にならない。

しかし、それ故に。
前なら持たなかった物も持ってしまう。

感情。

不安。

恐怖。

激情。

悲哀。

そして…………


不安は消えなかった。
分かっているのに、でも消えない。

会えるまではいくらか時間が空いた。
一年。
彼に会えるまでには時間を必要とした。

待っていた。
でも同時に遠ざけていた。
先延ばしにしていた。

待ち焦がれたはずの思いは、
初めて持った感情によって、危うい天秤の上で揺れている。
どちらに転んでも、自分は壊れてしまいそうになるような諸刃の天秤。
それが――――




「前にも言ったろ………当たり前だって」




その一言で吹き飛んだ。

視界が戻る。
感覚が戻る。

自分は抱きしめられている。
暖かい。
心地よい。
ずっとこうしていたい。
頭を撫でられている。
気持ちいい。

ずっと求めていたもの。
ここにある。
自分を受け入れてくれていた。



「シロウ――――?」
「何だ、聞こえなかったのか? もう二度と言わないからな、よく聞けよイリ
ヤ。
 イリヤは家族なんだから、一緒にいていい?なんて聞かなくてもいいんだ。
 分かったか?」
「――――――」

んっ?
イリヤの顔が硬直している。

「お〜〜い、イリヤ?」

目の前で手を振る。
するとその顔が、

驚きに。

悲しみに。

そしてそれを遥かに上回る喜びに変わった。


「うんっ!!!」


そうして、またしがみつかれる。

先ほどは冷たい視線を放っていた桜たちも、
今回だけは特別とでも言うように、こちらを………

「先輩……!」
「衛宮くん……?」
「士郎………」

見ていなかった。
――――――って、だからなんでライダーも?


「ふんっだ。 気にしないでいいのよシロウ?
 だってシロウは私のお兄ちゃんだもんっ」


春は澄んだ風を運び、
荒れた野を癒していく。

時は流れ、例えその中で失ったものがあろうとも、
それを乗り越えていく。

そして、もし。

もしその零れ落ちていったものが、

もし戻せるのであれば………それは…………


奇跡。
そう呼ぶ事も、出来るのではないだろうか。



「イリヤちゃんっ、もう離れてくださいっ!」

「ふふ〜〜ん、さくらったらシロウを取られて悔しいんだぁ?」

「………………士郎」

「やっぱり衛宮くんはそっちの趣味だったんだぁ?」

「ああ〜〜〜もうっ!! 誰か助けてくれえぇぇ!!!」



まだ物語は終わらない。

だって奇跡は、これから続いていくのだから…………




                           <fin>










〜あとがき〜

さて、かなり長くなってしまいました。
桜ルートトゥルーアフター。
で。
私の願望全開!!! ってな作品です。

だってぇぇぇぇ〜〜〜〜イリヤかわいそうじゃないですかぁぁぁ!!!

ってことで、生まれた作品です。
長くなりましたが、
ここまで呼んでいただけた皆さん。
どうもです。

では、また放浪へと。