…………ゆっくりと目を開ける。

暗い部屋の中。
目を開いても映るのは閉ざされた闇だけ。
淀んだ空気はここが密室であることを知らせてくれる。

暗い………だが、何も無いわけではない。
それに、完全に密室というわけでもなさそうだ。

わずかに光が差し込んでくる場所がある。
この部屋にある唯一の扉、それと壁の隙間。
なのだが、どちらにしてもここから出ることはできない。
最も、今更出ようとも思わないのだが。

静かに時が過ぎていく。
もはや、それぐらいしか、脳裏をよぎる物はない。
時が過ぎていく感覚さえ、かなり希薄になってしまっている。

「………………」

コツ、コツ……と、いくつかの……いや2つか、の足音が聞こえた。
徐々に近づき、そして。

「出ろ」

短くそれだけを告げ、がちゃがちゃと外で音を立て始める。
扉を開けているようだ。
時間か、部屋には時計もないので、詳しい時間を伺うことはできない。

まあそんな事はどうでもいい。
短くため息をついて。
とりあえず声に従って部屋から出る。
そこは中よりは明るいものの、薄暗く、視界がはっきりしない事には変わりない。

「そのまま進め」

薄暗い空間の中。
指示された方向に、2人の男に付き添われながら歩く。

いや………違うな。
これは付き添いではない。

自分の両手首の感触を確かめながら、小さく首を振った。
これは見張り。
滞りなく全てが終わるのを見届けるために、俺を監視しているのだ。
監視員であり、同時にわずかな観客でもある。

自らの正面にある両手首を見る。
そこには鈍い光を放つ金属の部品。

材質は何だろうか?
構造はすぐに把握できたが、その材料はいまいちつかめない。

少しだけ、魔力を通してみる。
………アルミの合金か。
この分なら、一瞬でこの枷の存在意味を潰す事ができる。

しかし、そうすることはない。
しようとも思わない

何故なら、俺は受け入れたから。
認めてしまったから。

――――――――道を踏み外したことを。

目を背けてしまったから。
諦めてしまったから。

――――――――これから先の未来へと進むことを。


「止まれ」

いくらか進んだところで、冷たい声に呼び止められる。
目の前にあるのは薄汚れた扉。
逆らうこともなくその前に立ち、次の変化を待つ。

後ろの二人の顔は見えない。
見えたとしても関係ない。
視界はほぼゼロといっていい。
この光が極端に少ない空間で、伝わってくるもの、それは。

畏怖の念と。
空気の冷たさと。

「入れ」

がちゃ。
金属音が闇への道を示す。
目の前のドアが開き、俺は中へと足を踏み入れる。

冷たい部屋。
生の実感が全くといっていいほど感じられない。

有を無に変え、望みを絶つ狭い空間。
暗闇。
先ほどと違い、僅かな光さえ無いそこは、さながら地獄のように思えて。
その感覚に、自分自身の存在さえ危うくなっていきそうで………。

――――――――ふっ。

心の中で自嘲する。

何を考えているのか。
そんな事、もはや俺にとって何の意味があろうか。

俺は認めたんだ。
俺は諦めたんだ。
もう、何も残っていない。

ゆっくりと、隣に誰かが近寄ってくる気配。

この上ないほどの闇だというのに、さらに瞼の上に布を被せられた。
まぁ形式だけのことなのだろうが。
実際は見えていようとなかろうと、それほど変わりはない。

変わることといえば、もう二度とこの両目で何かを見ることができなくなる、それだけだ。

美味い食べ物も。
美しい風景も。
愛する者の笑顔も……………っ。

またか。
この期に及んで俺も往生際が悪い。

まだ心のどこかで、この時代に。
この世界に………いやここに残りたいと思っている自分がいる。

そこに思い返されるのは。

過ぎ去った時間。
朽ち果てた理想。
砕け散った刃の光。
そして―――――――

(何を馬鹿なことを………)

一瞬だけ。
”彼女”の顔が見えたような気がした。

笑顔も。
怒った顔も。
その、涙も………。


「そのまま待て」


その声で我に帰る。

(………ふっ、やはり未練というものもあるらしい)

最後に会って来たというのに。
いや、最後に彼女の顔を見てきたからこそ、今の思いが鈍るのだろう。

振り切れ。
逃げろ。
振り返るな。

捨てろ。
捨てろ。
捨てろ。

すてろ。
すてろ。
すてろ。

ステロ
ステロ…………………ステ、ル?


捨てる?
何を?

俺は………何を今更………もう何も残っていないというのに。

全く、くだらない感情だ。
無駄な思考だ。

脳裏をよぎった彼女の涙。
それを打ち消すかのように、

「進め」

閉ざされた視界の外、無機質な声が響いた。
その後すぐに後ろのドアが動く音。

俺は響いた声に従って、狭い部屋の中心へと歩を進める。
よくは見えなかったが、かなり部屋は狭いのだろう。
響いた声は反響し、すぐに耳に戻ってくる。

「そこで止まれ」

声の後、ざらついた感触が首にまとわりついてきた。

刺すように。
擦るように。
削るように。

そして、締めあげるために。

そう、これはロープ。
これから起こる事の最後の場面に必要不可欠なピース。

同時に、俺に終わりを告げる死神でもある。


絞首刑――――――――それが俺に課せられた運命の終焉の形。


少しして、聞こえるドア開閉の音。


”……年、……月、……日、……時、……分。………第一級戦犯として、衛宮士郎の…………”


死神の鎌が下りてくる。
薄い笑みでも浮かべているのか、銀光を放つそれは、俺を手招きしているようにも見える。


”処刑を執行する…………”


死神は俺の首へとその手を伸ばし、























「――――――――って、させるわけないでしょうがあああああああっっっっ!!!!!!!!!!!!!」























吹き飛ばされるように、その姿を消し去っていた。


「なっ―――――!?」


その呟きは、一体誰のものか。
いや、おそらく俺だろう。

他の奴らは、声を挙げることさえできなかったはずだ。

布越しに眼球に伝わる強烈な光。
そして鼓膜を粉砕するかのような、けたたましい爆音。

「……………、…………」

ブツブツと、何呪文のようなものを呟く声が聞こえる。

辺りの雰囲気が変化していく。
どうやら結界が張られたようだ。
張ったのはもちろん声の主。

外界からの干渉が希薄になる。
音も。
感情も。
空気の流れも。

そして、解かれる戒め。
開ける視界。

そこには、無残に大穴を空けられた壁と、


「ふぅ、どうやら間に合ったみたいね」


赤き衣を纏った、麗しき一陣の風。


「………………な、」


「ばかあああああっっっっっ!!!!!!」


何故、と聞こうとして、逆に怒鳴られた。

押しつぶされそうな怒声。
それが俺だけに向けられていた。

光の加減か。
顔は紅潮し、その瞳には………

「泣いて、いるのか…………?」
「……………………」

彼女は否定しない。
その体は僅かだが震えているようにも見える。

何故だろう。
彼女がいることで、憤っている自分がいる。

彼女がいることで、安心している自分がいる。

彼女の姿を見て、救われたと感じている自分が………………確かにそこにいた。

「どうして………」

ここに彼女がいるのか。
その理由は………っ、そうか、あの時に………。

「そんなの決まってるでしょうがっ。去り際に記憶と感情の伝達なんてやっていくから、ラインが繋がったままだったじゃないの!!」

そうだった。
あれは置き土産のはずだった。

自分が消え去った後に、誰か一人でも、俺の最後を知っていてくれるやつがいるなら、と。
無責任な押し付けのようなものだった。
しかし、これほど早く彼女がやってくるとは思っていなかった。

「……早かったな」
「あんな安物の薬なんか使うからよ。分量が少なすぎ。………ったく」

何に怒っているのか、彼女は目を潤ませたまま、こちらを見ている。

「――――――ょ」
「えっ――――?」


「だからっ! 何やってるのよって聞いてるの!!」

また怒鳴られる。
先ほどからずっと怒鳴られてばかりだ。
その顔を見て、

「…………………くっ」
「……何か可笑しい?」

あ、怒ってる。
いや違うな、俺が怒らせたんだ。

「やっぱり君は……、変わらないな」
「自殺願望でもあるのかしら?」
「褒めたつもりなんだが……?」

だったらもっとうまい言い方があるでしょう、ってな表情でこちらを睨んでくる。
ははは、こんなやり取りは久しぶりだ。

…………あの頃は、いつもこうだったのに。

俺がいて。
彼女がいて。

それが当たり前で。
それが普通。

だった、はずなのに………なのに、俺は………

「ちょっと、物思いにふけっている暇はないわよ」

その厳しい表情が、俺に事態があまりよい方向に進んでいないことを教えてくれる。
だが、彼女はその表情のまま、俺に来いと、一緒に来い、と言ってくれている。

ふと見れば、そろそろ結界も限界のようで、
こうして話す時間も、あまり残されてはいないようだ。

「ほらっ、早くっ!」
「…………いや、でも俺は」

何を迷っているのか。
望んでいたものがここにあり、
なくしたと思っていたものが今目の前にある。

望めばすぐにでも手に入る。
また、同じ道を歩くことができる。
なのに、俺は………

「な――――――!?」

………首を、横に振った。

「何、考えてんのよ……あんた」
「ごめんな……やっぱりそれでも、俺は……自分が許せないんだ」

そう、許せるわけがない。
抱いていた理想を貫くこともできず、既に諦めてしまった俺には。

「―――――そう、あのね、ひとつ言っとくけど…………………っ!?」


ピシィッ、と空気の割れる音。


「時間切れ……か」
「そうみたいね」

神経が鋭敏さを増す。
魔力が、精神を落ち着かせる。

俺はゆっくりと、解けた結界の向こうに目をやった。




                           ◆





壁に大穴を空けた所為か、辺りの空気に魔力が満ちていくのがわかる。
結界とは、文字通り自分のいる場と外界とを遮断するもの。
それが破られたのだから、辺りに大源が満ちていくのも分かる。

「やれやれ、いくらセカンドオーナーとはいえ、これはやりすぎではないのか?」

辺りに響く第三者の声。
空けられた大穴から差し込む外の光を背に、それはゆっくりとこちらに近づいてくる。

初めから分かっていた。
この処刑場に立ち込める陰湿な魔力の流れ。
いくら即興とはいえ、私の結界がこうも簡単に破れたこと。
ここには………魔術師がいる。
つまり………

「お前、魔術師だったのか」
「そう。協会から派遣されたということだ」

現れたのは黒い服装に身を包んだ細身の男。
彼の問いに答えながら、辺りの様子をうかがうように見回している。

「ふむ……また派手に壊したものだ。これではいくら遠坂の魔術師といえど、言い逃れはできんぞ?」

鋭い瞳の奥に、宿る光は野心か。
それともただ忠実に使命をまっとうする誓いの印か。
だが、確かに魔力の流れを感じる。
それも、あまり楽に行きそうな相手ではないようだった。

「………………っ」

近づく姿に身構える。
実力なら私のほうがいくらか上。
しかし、戦力である魔弾の宝石は、壁をぶち壊すときにほとんど使ってしまった。
その分しか持ってきていなかったのだから、それも当然か。
だってのにこいつの所為で、また厄介なことになりそうになっている。

隣で同じように厳しい顔をしている彼に、横目で非難の視線を向ける。
当然それに気づくはずもなく、彼は彼で目の前の人物を警戒しているようだ。

「まぁ、処刑を執行することになんら変わりはない。通常なら重罪物なのだがな、これでも主を持つ身、命令の執行が最優先」

また一歩こちらへ、そこでその足は止まった。

「我が主は衛宮士郎の体、いやその魔術回路にとても興味を持っておられる。遠坂の魔術師よ、ここで引けば、何も見なかったことにするが、どうだ?」
「………それで私が頷くと思ってるの?」

当然だ。
誰が頷くものか。
もう私は決めた。
彼が自分から死を選ぶなら、私はそれを全力で止めるだけ。
そう誓ったから。
そう………約束したから。

いや、本当はそうじゃない。
きっと、私が彼と一緒にいたいだけ。
多分、ちょっと癪だけど、それだけ。
でも…………それで十分よ、そうに決まってるわ。

「ふぅ………」

残る宝石はわずか。
もって15分………その間に、何とか手を考えないといけない。

血の流れが少しだけ速くなる。
鼓動が少しだけ早くなる。

視線は正面。
魔力は異常なし。

不利な状況なのは分かっているが、それでも、今だけは引けない。
それを相手も理解したのか、

「なるほど………では、頷かせるだけだ」

同時に掲げられる両者の左手。

まずは先制攻撃。
相手の術の効果を知るため、小手調べの意味で指先を伸ばす。
左腕の魔術刻印が淡く光を放つ。

工程など全部すっとばして、ただの一瞬で効果を具現する。
力いっぱい呪いを込めた、フィンの一撃。
それを手加減なしで放つ。
こんな相手に手加減はいらないし、するつもりもない。

「くらいなさいっ!!」

僅かな間のあと、どごぉっ、と何かが何かにめり込む音がした。
感触はあった。
立ち上る砂煙。
相手の周りに立ち込める、偶然が生んだ必然の煙幕。
予想通りなら、確実に何らかのダメージを与えているはずだが――――――

「な―――――っ」

集まる魔力。
目の前で、一転に集中していく。
徐々に晴れていく視界。
その向こう、何かがゆっくりとその体を持ち上げて、


「喰らいつくせ…………!!」


その合図で、その何かは命を得た。

「っっっ!!!!!」

とっさの判断で、いやほとんど反射的に、勘で身を伏せた。
次の瞬間、音も立てずに、体の上を何かが通過した感触。
そして次の一瞬で、またもとの場所へと戻る。

晴れる砂煙、その向こう、先ほどまで奴がいたその場所には、

「ほう、かわしたか」
「な――――――っ」

そこにいたのは、灰色の―――――無機質な大蛇。

「……………………」

目などは無く、子供が作った粘土細工のように歪で、ごつごつした皮膚を持っている。
もちろん声を発することなどなく、ただ忠実にそこにある。

私が破壊した瓦礫。
それに魔力を通し、繋ぎ合わせたのか。
インスタントの使い魔をその場に作り上げたのか。

どちらにせよ、伏せていなければ………喰われていた。

構築されたつかの間の命は、今か今かと、その主人の命令を待っているよう。
融けるようにしてできたその皮膚は、何物にも勝る鎧のように、主人の周りに佇んでいる。

…………魔力の量が違いすぎる。
万全の状態ならまだしも、あんな大技なんかやっちゃったもんだから、魔力の残りが予想以上に少ない。

(これは………ちょっとやばいかな……?)

手持ちの宝石で対処できる相手ではない。
なぜ最初に対峙した時にそう気づかなかったのか。
それは意図的に、奴が魔力を抑えていたため。
おそらく奴の魔力は、何かを元に使い魔を具現化させたときにはじめて、外に放出されるのだろう。

はめられた?
予め侵入者がくる事も予想の範疇だったに違いない。
まあ、そんなこと考えても仕方ないか。
ため息をつく私に、奴は再度使い魔をけしかけてくる。

「喰らえ………!!」

でも、まだ諦めるわけにはいかない。
最悪でも、自分の出来る限りのことは…………

「やらないとねっ!」

持てるすべての魔弾を、ありったけの魔力で大蛇に打ち込む。

その全てが確実に大蛇にヒットし――――――

「ぇ―――――――!?」

「無駄だ…………!!!」

――――――その全てが、完全に無効化されていた。


伸びてくる灰色の蛇体。
即興で作られたその体、もう目の前にまで迫っている。
その動きを何故か目で追うことが出来ている自分に気づく。
スローモーションのように、徐々に近づく私の死。
その中で、私は確かに、



「I am the bone of my sword…………」



過去との交錯を、耳にした。




              
                            ◆




再び舞い上がる砂煙。
しかし先ほどとは違い、それもすぐに晴れる。

無意識だった。
少なくとも、意識しての行動ではない。

「どういうことだ……」

すぐ目の前。
奴が苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「おとなしくしているという約束ではなかったのか、衛宮士郎?」
「俺も言ったはずだ……彼女に手を出さないなら、と」

彼女を守るようにかばって立つ。
奴に向けて伸ばしたままの左腕は、紅い光を放つ盾を掲げていた。

―――――――熾天覆う七つの円環。

古代の英雄が用いた七枚羽の盾。
久しぶりの投影にしては出来が良い。
七枚の護りの内、一枚も破られていないことがそれを証明していた。

「私も言ったはずだがな、”無関係の者に手を出す暇はない”と。その女はもはや無関係ではないだろう?」
「なるほど………なら、俺も自分の意思で行動しよう」

魔力を蒸散させ、光り輝く盾を消滅させる。
掲げた左腕はそのままに………ゆっくりと………


――――――――投影、開始。


幻想を、確固たる意思へ。

妄想を、強固なる理想へ。

空想を、比類なき力へと変える…………!!!!!


「それは、協会の決定に背く、ということか?」

俺が具現化させたものをみて、明らかに殺気と分かる空気が奴から届けられる。
返答しだいでは、即座に石の大蛇が牙を剥くだろう。

だが、そんなものは関係ない。
協会の決定?
奴との約束?
関係ない。
そんなものは知らない。
俺は首を振ることもなく、ただ奴を見つめて、言った。

「違う。この弓は………ただ貴様が気に入らない、それだけのことだ」

左手には黒き弓。
矢の無い状態での構え。

視線は正面。
標的は目前。

弦を引き、一瞬で、

鼓動は沸騰。
血潮は極限。


「―――――――――I am the bone of my sword(我が骨子は捻れ狂う)」


八節など全てをすっ飛ばして、白き螺旋を手中に召還する。


「いいだろう、元より貴様は死を定められている………その終焉を、我が手にてもたらしてくれる!!!」


掲げられる奴の左腕。

白き矢が放たれるのと、




「―――――――偽・螺旋剣」




灰色の蛇が飛び掛るのは、

「喰らい尽くせ――――――!!!!」

同時。
その時までは同じ運命をたどった両者。


反響し合い、砕け散る音達。


しかし、


弾ける魔の本流。


白き閃光は、


それは、運命の道標の様に………。


「なっ………なんだとっ!?」

立ちふさがるもの全てを飲み込み、貫き、砕いた。
まるで、未来には何も待ってはいない、未来は、自分で作っていくものだと、誰かが教えるように。

そう、一瞬。

次の瞬間には、先ほど彼女が空けた穴さえ、その存在を無くしていた。
残ったのは、大きく広がった出口だけ。

瓦礫など、何の意味も持たないまま、その存在を虚空へと消していた。


外からの光が、少しだけ眩しかった。



                        ◆




何も見えなくなる。

瞼の上から飛び込んでくるのは、ただ強い光だけ。

音が止み。
光が弱まる。
流れが生まれ、感触を得る。
これは………何?

ゆっくりと静かな闇へと目を開いて………


「……………アー、チャー?」


…………ありえない、幻視を見た。


赤き背中。
その背中越しにこちらを見ている皮肉な笑み。

”全く……、危なっかしいな………”
「何よ……元はといえばあんたの所為でしょうが」

腕を組みながらこちらを向く。

”ふっ、まぁ言われてみれば、そうかもしれないな………”
「……………アーチャー、私………」

その姿はあの時から色褪せる事は無い。

”私を頼む”
「ぇ―――――――?」

不意の言葉に思わず聞き返す。

”そう言ったはずだぞ? 君も頷いてくれたはずだ”
「そ、それは………」

そして、ゆっくりまた、背を向けられた。

”私はもう、君を助けることは出来ないからな”
「ちょ、あんた………!」

最後に。

”主を泣かせるのは趣味ではないが………許してくれ”
「ま、待ちなさいよっ!」

何かを懺悔するかのように。

”では、凛。これで………さよならだ。君がいるなら、まあ、今からでも間に合うだろう”

それだけを言って、弓兵はその姿を白き光に消した。
同時に、耳に届く聞きなれた声。


「もう…………誰が泣くってのよ……バカ」


伝う涙は心の中にだけ。
震える体を自ら抱きしめて、受け取った思いに無言で歓喜する。

見えぬ証。
しかし確かに存在する証。


”ありがとう、遠坂………”


最後の瞬間、やはり弓兵の笑みは、いつかの少年のようだった。



「ぉ……………、っ!!」

声が聞こえる。
ずっと聞こえていたが、ここに来て少しずつ大きさを増している。

ふふ、心配そうな顔が目に浮かぶ。

大丈夫よ、もう目を開けるから。

心配しないで、私があんたを絶対に…………




――――――――幸せに、してみせるんだから。




強い思いはそれだけで、闇を照らす道標となる。

大丈夫、もう、一人になんて……させない。

私が………いるから。


そうしてゆっくりと………目を開けた。



                        ◆


「おい、しっかりしろっ!!」

支えている彼女の体を揺さぶる。
どうやら意識を失っているだけらしいが、いつまでも静かでいられると何か怖い。

身体に異常は無いはずだ。
外傷は無いし、魔力が尽きているわけでもない。
強い光に気を失っただけなのだろう。

「………………ん」
「っ――――、大丈夫か?」

僅かに反応が返ってくる。
まだ本調子ではなさそうだが、その瞳は確かに俺の視線と重なっていた。

「ぅん……大丈夫、みたい……」

彼女の体を起こしながら辺りの気配を探る。

と。

「…………っ……くっ」

砕け散った壁の破片に、体の半分ほどを埋めて、黒服の男がこちらを見ていた。

生きていた?
いや、生かしておいたのだ。
故意に矢の方向をずらして。

「何故、だ………何故………殺さな、い?」
「お前を殺したところで、残るのは俺が背負う罪、そしてお前の命だけ。お前の命など、背負いたくないんでな」

彼女を支え、一緒に立ち上がりながら、奴から目を背けた。

「あれだけの人間を自らの手で葬っておいて………何を今更……」
「………確かにな。それを否定はしない………でもな、俺は今まで葬った全ての人の命を…………背負ってるんだよ」
「……………………」

偽善。
確かにそうだろう。
人の命など、そう簡単に背負えるものではない。

だが、そうやって、俺はずっと自分の道を探し続けてきた。
ずっと。

だが今は、分からない。
自分が今何をすべきなのか。

このまま理想を追い続けるのか。
それともやはり………。

その理想も今は砕けている。
しかし、このままここにとどまるわけにはいかない。
彼女を巻き添えには出来ない。


気を失ったのか、奴はそれ以上何かを言ってくる事は無く、俺たちも無言のまま、ほとんど廃墟と化した処刑場を後にした。
外はすでに夕暮れが近いようで、映る景色は皆、その色を橙に染めていた。


                                       《to be continued.....》