「―――――告げる。
 
 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
 
 誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

 汝三大の言霊を纏う七天。

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――――――!!」


虚空は遠く。

ただ闇は黒く。

浮かぶ星は届かぬ理想郷。

見えぬ答えの先に何を求めるのか。

過ぎ去った季節。

失った時間。

再び交わり、再び出会う星の巡り。

この道の先に、この光の先に、君はいるのか?

答えは返ってこない。

いや違う、答えはここにある。

もうすぐ、もうすぐだ………来る、来る、来る、来い、来い、来い来い来い…
…!!!!!!!




光は強まり、収縮と拡大を繰り返す。

風は逆巻き、虚空の中へと虚無への道を開く。

闇は逃げ、力の存在を予感させる。

時は止まり、視覚と神経は全て、目の前に現れた光へと釘付けになる。




否―――――光ではない。

光という言葉で表すことなど出来ない。

会えた。

巡り会えた。

名を呼ぶ。

呼ばれる。




人を超越した存在。

闇が終わり、光が始まる。

道は続く限り、必ず終わりを伴う。

それでも…………共に歩むと決めたのだから。

例え僅かな時間でも、共にいて、共に過ごして、共に思いを共有する事を選ん
だのだから。


手を伸ばす―――――


闇の向こう、そこにある光に―――――


力いっぱい………手を、伸ばして―――――


                 ◆


流れを感じる。

―――――どうして?
今の私にそんな感覚は存在しないはずなのに。

聖杯を手に入れるため。
人という存在から、人という輪から外れた私に。
そんなものは必要であるはずが無いのに。

時の流れを感じる。
血の流れを感じる。
気の流れ、空の流れ、全てがゆっくりと、心地よい流れ。

熱が燈る。
熱が灯る。

懐かしい感覚。
懐かしい――――?
それもおかしな話だ。
私には時間の概念は存在しないのだから。

でも………この力は、外から流れ込んでくる、この暖かい力の流れは…………。
感じる。
間違うはずなど無い。

―――――体がある。
私の体。

神経系が形成され、五感、肉体、精神、記憶。
全てが肉を得たように形作られていく。

触覚……味覚……聴覚……嗅覚……視覚。

目を開けて闇を見る。

鼻は匂いを覚えている。

耳は懐かしい声を聞く。


名を呼び、呼ばれた。


少しだけ変わってしまった様に思える。

でも、私は変わらない。
あの日のまま、変わることなく、あの日の姿のまま。



―――――伸びてくる手


―――――闇から、私へと伸びてくる


―――――その手を、そっと握り返して………


                ◆ 


「では………聞かせていただきましょうか、凛。今回、このような形で私を召
喚したわけを」

色褪せた野に移る影は二つ。
対なる色を身に纏い、風に揺れる二輪の花。

「そうね、あの馬鹿に時間残しておいてあげないといけないし。手短に言うわ。
 実はねセイバー、次回の聖杯戦争、その時期が大体分かったの」
「………………凛?」

首を傾げる蒼銀の剣士。
当然の反応だろう、召喚される英霊側にとって、聖杯戦争が行われる時期など
何の意味もない。
マスターとなった者に仕え、そのものの剣となり、盾となりて、己が目的聖杯
を手に入れるため戦う、
それがサーヴァントの役割であり、存在の有り様。
そんなことは聖杯戦争の事を知っている者なら誰もが知っているはず。
それは紅き魔術師も例外ではない。

それに、聖杯は壊したはず。
剣士は記憶の中で、破壊した二つの聖杯の”代用物”を思い浮かべた。

「――――――まさか」
「そう。魔術協会、聖堂教会……また新しい聖杯が用意されたの。貴方が以前
の記憶をそのままにここにいる事が、何よりの証拠でしょう?」
「っ………それは」

剣士は言葉を失い。
魔術師は続ける。

「時期は大体七年から八年後、場所は前と同じ」
「しかし、そう簡単に代わりを用意するなど………」
「さあ、そこまでは知らないわ。けど……大事なのはそんなことじゃないでし
ょ?」
「…………凛」

剣士は魔術師を見つめる。
それに対して、

「まあ、そんなものはただの建て前ってやつ。本心としては、何か目標を作ろ
うって思っただけよ」
「あなたの目標………ですか? 私を召喚するという事が?」

紅き魔術師は首を横に振り、

「違うわ、私のじゃなくて、あの馬鹿の目標」
「っ? …………シロウの?」

今度は縦に首を振った。

「そう。あいつ、貴方と別れた後、びっくりするほどサッパリとしてた。周り
で見てるほうが恐くなるぐらいにね。あの別れには全てがあった、セイバーっ
てやつが好きだったって事はずっと忘れない。とか何とか言って、自分で勝手
に決着つけてた」
「―――――――」 
「でもね、それからのあいつは何か違ったわ。表面上は何も変わってない、け
ど明らかに変わった。
 多分気がついているのは私とイリヤだけだと思う。感情の起伏がほとんど無
くなったし、私と魔術の修行をしている時でも、どこか遠くを見ている事があ
るし」

剣士は答えず、魔術師は続ける。

「だからね、あいつには目標が必要なのよ。何か目標が………あいつを元に戻
せるのは、多分貴方だけなの」
「……………凛」

いつの間にか、風は止んでいた。
凪の中、剣士は心が震えるのを感じる。

自身の道を否定せず、ただその行く末を祝福してくれた気高き魔術使い。

不完全ながらも、歪な生き方ながらも、その心で私を包んでくれたマスター。

思いを殺し、最後まで笑顔で、最後まで私の鞘でいてくれた、一人の少年。

様々な迷いがよぎり、消えていく。
あの笑顔と、ずっと歩む事も出来る………いや、出来た。
剣士、いや騎士王は選ばなかったのだ。

自身の誇りと、自身の歩んできた道。
それを否定する事は出来ない、過去は変えられないと、何よりもその少年自身
が言っていたのだから。
その思いに反する事だけは出来ない。

「…………でも、貴方はこの時代に留まることはない。なら、もう一度会える
ことをあいつに教えてやるしかないでしょ?」
「凛、貴方は………」
「まあね、私もあいつのあんな顔なんて、見ていたくないのよ。でも、私じゃ
………」

駄目、なんだから――――――顔を俯かせ、魔術師はそこで言葉を切った。

「そう―――ですか」

そう言いながら、少し離れて立っている少年に目をやる。
白き少女の傍で、じっと佇んでいるその姿。
失った時と、なんら変わらない姿で、映るその体躯。

蒼銀の剣士は一度だけ目をつぶって。

「分かりました、凛………迷惑を、かけてしまいましたね」
「…………ふん、別にいいわよ。私の話はこれで終わり。あと数分も無いから、
話すのなら手早くね」
「はい………」

頷きつつ、紅き背中を見送る。
入れ替わるように、少年が歩み寄ってきた。


                ◆


「いつか……またいつか、きっと………」
「ああ―――きっと…………今度は、今度は俺が………俺がお前を呼ぶからっ!!」

指に消えた涙の感触はもう無い。
俺とセイバーを包む空気が、光となって蒸散していく。

しかし消えていくのは彼女だけ。
世界が、現実がその存在を許すまいと、全てを超えた人ならざるものを消しに
かかる。

「………さよならは、言わないからな」
「はい―――――私も、言いません」

最後は笑顔で。

「次は………いつになるかな」
「それは私には分かりません、凛に聞いてください。………でも、必ず………
私を………」
「………分かってる」

互いに涙を浮かべ。

もはや無い触れ合いを求め、手を伸ばした。

「それじゃあ……シロウ――――」
「……………ああ」
「約束………しましたからね………」

ああ、ともう一度頷く。

「シロ、ウ―――――」
「ああ…………」



―――――愛してます。



もはや声さえ聞こえない。
分かったのは消える直前、僅かに動いた唇の軌跡だけ。

あの時と同じ、何も後悔することなど無いはずの別れ。
だが………何かを失うということは、後悔しないはずなど無い、負の概念。

「ふぅ。………俺もだ」

完全に光が消えて、見える景色はいつもの草原に戻る。
先ほどまで煌きに満ちていたそこは、十年前の傷跡をそのままに、天然の結界
へと還っていた。

溜息を全て出し切り、何かがすっきりしたような気持ちになった。

さて―――――

「………終わった?」
「ああ―――――っ、いや………始まったんだと思う」

振り向いて、歩き出す。
目に映った二人の少女の顔は、どこか嬉しそうに見えた。
何かいい事でもあったのだろうか?
俺の好きな笑顔、遠坂とイリヤの自然な笑顔が、俺を迎えてくれていた。


                ◆


光が途切れた時、もはや目を開ける必要さえなかった。
姿を確認するまでもなく、彼女がいる事が分かる。

繋がっている。
あの時とは違う、完全に結ばれた状態。

力を分け与えている感覚。
ここに存在しているという実感。

確信にも似た思いのまま、そっと………目を開いた。

「っ!?――――――っと」

目が空気に慣れるよりも先に、胸に飛び込んでくる何か。
自分の体を柔らかい綿に変えて、そっと包み、反応を待つ。
不意に、腕の中、呟く声。

「シロウ………?」
「―――――セイバー」

決して強くなく、力を込めて。
抱き寄せる両の腕は、離れていた時間の清算。

「ああっ………シロウ、シロウ………!!」
「久しぶり………って言った方がいいのかな?」
「ふふ………。そうかも……しれませんね」

抱き合ったまま笑みを交わす。
互いがどんな顔をしているか、顔を見なくても分かる。

泣きたいのか、それとも笑いたいのか。
時を越えた再会は偶然で必然。
何も考えたくなくなる。

もしかしたら、これは夢なのかもしれない。
もしかしたら、これは幻なのかもしれない。
もしかしたら………これは………

「夢………じゃ、ないよな?」
「――――――はい、私は、ここにいます」

それで、その言葉で、その笑顔で、どうでもよくなった。

夢でもいい。
そんなことは関係ない。
彼女を感じ、彼女と共にある。
それだけでいい。
他の事なんて、どうでもいい。

少しだけ力を緩め、胸の間に隙間を開けた。

「大きく、なりましたね………」
「まあ……あれから七、いや八年だからな………大分老けたろ、俺」

ぽりぽりと頬を掻き、恥かしげに言う俺に、

「いえ……とても、男らしくなりました」

と、正面から言ってくれるセイバー。
彼女ほどの美人にそう言われれば悪い気はしないが、何というか、やはり恥か
しい。
ので、思わず目線を逸らしてしまう。

「そ、そっか?」
「はい――――以前よりも、ずっと」

よく見れば、言っているセイバー自身も頬を赤く染めていた。
それがまた、俺の熱を高めてしまう。
幾つになっても、この感情だけは消えないようだ。
外していた視線を少しだけ元に戻すと、そこにはいつかと同じ、きょとんとし
ている金髪の少女騎士さまの顔がおひとつ。

よく”綺麗”と”可愛い”は別だというやつがいるが、それは間違いなく嘘だ。
目の前にある白い肌は、それを完璧に兼ね備えている。
その変わらない美しさを嬉しく思いながら俺は、

「シロウ―――――?」
「セイバー、愛してる」

言葉と一緒に正面から、彼女を再び抱きしめた。

えっ? と短い呟きの後、戸惑いながらも身を預けてくるセイバー。

伝わる鼓動、熱。
セイバーの髪が耳に触れて少しだけくすぐったい。

「…………あの時はセイバーに言われて、それで終わりだったからな。今度は
俺から言おうって思ってた」
「シロウ………」

響きが、途切れる。
俺たちは喜びを涙に変えて、闇の中で影を重ねた。

「あなたを……貴方の鼓動を、感じます」
「ああ、俺も………ここにいる」                

俺の左胸に耳を当てて、河のせせらぎを聞くかのようにそっと……目を閉じる。
静かだ。
聞こえるのは互いの鼓動だけ。

闇が冴える。
窓から差し込む月光は、淡くこの狭い空間を染め上げている。

ここでよかった。
彼女を呼ぶのは、必ずここでと……そう決めていた。

あれから八年、未だ住み続けている屋敷の土蔵。

俺が初めて彼女と出会った場所。
俺が初めて彼女に護られた場所。
俺が初めて彼女と言葉を交わした場所。
俺が………彼女に惚れた場所。

「やはり……ここなのですね」
「ああ――――ここなら絶対に上手くいくって思ったから」

俺の腕から離れ、静かに中を見渡すセイバー。
暗い土蔵の中は冷たく、それでいていつかの事を思い出しそうになる。

「皆は……元気、なのですか?」
「ああ………もう毎日大変だ。桜に遠坂に、大虎小虎」
「ふふふ――――よかった」

月に照らし出される蒼銀の美姿。
薄くその口に笑み。
誰かが笑ってくれると嬉しい、と矛盾を口にしていた笑み。
それも薄れ、自分のために笑ってくれる笑顔。

宝石のような碧眼と視線が重なる。
そして―――――

「…………問います」
「―――――ああ」

頷く。

「貴方は………私の………」
「―――――ああ」

また頷く。
今は、こうやって答える以外に方法を知らない。


「マスター………ですか?」


――――――ああ。


ずっと前から決まっていた答え。
簡単な数式のように、当たり前に出せる答え。


潤む目なんて気にしない。

これからまた―――――戦いが始まる。

でも、今は……今だけは………この空気に浸って―――――


「シロウ――――?」
「………………」

初めて出会った場所。
再び出会った場所。

奇しくも、大事な出来事はいつもこの土蔵で起きた。


いつか、この戦いが終わり――――

「セイバー………」
「はい。何ですか、シロウ」

――――また、別れるとしても。

「俺で……」

今は、今だけは――――

「いいのか………?」

――――傍にいたい。

「―――――――」


たとえ――――


「シロウ………それは、違います」
「ぇ――――――?」


――――定められた別れだとしても。


「私は貴方で良いわけではありません……私は………」
「セイバー………?」


それが――――


「私は………」


―――――運命だとしても。


「貴方でなければ、いけないのです………」


―――――傍にいよう。


「セイ、バー………」


―――――共に歩もう。


それが―――――


―――――例え僅かな時間だったとしても。


「私のマスターは、貴方だけですシロウ。そんなことは言わなくても分かると
思いますが」
「…………ははは」


それを選んだのだから―――――


―――――その道を選んだのだから。


「むっ。何がおかしいのですか、シロウ」
「いや………俺と同じだと思ってさ」


だから、今のうちに―――――


「俺にも、セイバーしか、いないから……。そんなの、言わなくても分かるだ
ろ?」
「―――――はい」


―――――その笑顔を瞼に焼き付けて。



歩いていこう―――――共に、僅かな時間だったとしても。



交わった道が、再び別れても―――――その先にあるものを信じて。



だから、もう少しだけ二人で―――――――――――――――





「行こうか、セイバー。みんな待ってる」
「はい。そうですね………マスター」





―――――――――――――――――――――――――夢の続きを見よう。








                           <fin>






〜〜あとがき〜〜


さて………裏剣祭用に書いてみたらエロ無し!!全くなし!!

普通用になってしまった………。(汗

セイバーたんは難しいのです。
だってぇ、復活しない事にはBADに持っていくしかないじゃないですか。

というわけで、こんな感じに。
内容的には、よくあるセイバーたん復活物です。
ヘボイのはまる分かりですが。(逃
まぁ裏剣祭開催中ということで、裏ではありませんが、とりあえずセイバーた
んSSということで。

はぁ、修行が足らん。
申し訳無ささ爆発!!(多謝

では、また放浪へと。
末丸。