ある事件があった。
 それは遠野家の血族争いと言えたのかもしれない。
 実の兄である男と――――
 血の繋がらない兄が――――
 一人の妹を巡って争うという、どこにでもあるありふれた話だった。

 ただ、実の兄は、血の繋がらない友をその手で殺め、
 奇跡的に生き残ったその男は遠野を名乗り、妹と共に暮らしているという事
が特徴といえば特徴的だった。

 遠野を追われた実の兄であるシキは、やがて悪鬼と成りて同じ名を持つ志貴
に復讐を挑んだ。遠野の侍女である琥珀を手中に持つシキは、その計略を利用
して志貴を瀕死の状態にまで追い詰め、ついには最愛の妹である秋葉を手にした。
 一方で、もう一人の侍女である琥珀の双子の妹、翡翠の力を借りて力を取り
戻した志貴は、再びシキと対峙し、やがてその持てる能力で鬼となった彼を打
ち破ることに成功した。

 そうして、血の繋がらない兄である志貴と遠野の当主である妹の秋葉は、こ
の危機的状況下の中でお互いをかけがえの無いものと認識し、それを愛として
受け止めることができた。

 シキにとって皮肉だったのは、秋葉の心は幼少の頃からすでに志貴に対して
のみ向けられており、その最愛の人を殺めかけたシキに対しては憎悪の感情し
か持ち合わせていなかった、ということだろう。

 もう一つ、事件の関係者であった琥珀を秋葉は処罰しなかった。
 琥珀は年端も行かない頃から当時の当主である遠野槙久、つまり秋葉の父親
に性的な虐待を休む暇なく与えられ続けていた。そのため琥珀の心は閉ざされ、
ついには笑うことしか出来なくなっていた。
 秋葉がそれを知ってからは、琥珀にも自由が与えられ一人の人間らしい生活
を営めるようになったが、秋葉はそんな琥珀には遠野家を恨むべき資格がある
思っていた。

 そして今回の事件。
 これは、結局のところ琥珀の復讐であり、遠野の当主である秋葉は、琥珀の
そんな思いを甘んじて受けるべきだと最初から覚悟していた。
 それが秋葉が琥珀を罰しなかった理由である。

 そして今、全ての精算を終えた秋葉が手にしたものは、愛する兄との二人き
りの時間だった。




「ヤドリギ」
                   秋月 風鈴




 ぴちょ……ぴちょ……
 「ん……ぅん……」
 先ほどから半刻もの間、秋葉と志貴はそのお互いの唇を合わせ、舌を絡ませ
合い、しゃぶり、舐め上げ、吸い付いて、甘噛みし、上唇と下唇で挟んでは十
二分にその感触を味わっていた。そして、その行為を長く行えば行うほど舌の
感覚は鋭さを増し、甘美な刺激が二人の脳全体を震わせていた。

 時折、相手の目を見てこれが夢でないことを確かめ合う。志貴と目が合うと
羞恥の為、頬を朱に染め目を逸らしてしまう秋葉だったが、更にそれが興奮を
高めるのだろう。志貴はそんな秋葉をより深く求めようとして激しく深く舌を
挿入し、秋葉もまたそんな兄に答えようと彼の口内に自らの舌を突き入れ、よ
り深く絡ませ合うのだった。

 この部屋には、秋葉と志貴以外に誰もいなかった。ここは屋敷の本邸から少
し離れた使用人の為に設けられた小さな離れ。使用人が琥珀と翡翠の二人になっ
てしまった現在では誰も使うものはなく、静かにその佇まいを残しているだけ
だった。

 この場所で最初に愛し合おうと言ったのはどちらからだっただろう。
 この場所は志貴がまだ遠野を名乗る前に住んでいた、志貴にとっては思い出
深い部屋だった。それはもちろん秋葉も認知していた。
 そして、広い敷地をもつ屋敷の庭の隅にあるここならば誰にも見つかること
なく、また誰にも咎められることなく好きなだけ愛し合うことができる場所だった。
 ひょっとしたら、お互い最初からここに来ることを望んでいたのかもしれない。
 気が付くと二人手を取り、自然とこの場所に向かっていたのだった。

 ぴちゅ。

「あ……。兄……さん」

 やがて、志貴の方から唇を離す。秋葉は名残惜しそうにぼぉっとした目で志
貴の唇を見つめている。口はだらしなく半開きで、はぁはぁと深い呼吸を繰り
返していた。
 二人の口の周りはお互いの唾液に濡れていて、顎の方にまでテラテラと光っ
ている。唇は長い時間の愛撫の所為か熱く腫れぼっていて、反射する光が妙に
エロチシズムを感じさせた。

「秋葉、……本当に俺でいいのか?」

 興奮が身体を支配する、だが理性はそれを押し止める。分っていても聞かざ
るをえない。男にとって女の初めてを奪うという行為はそれほど重大なことな
のだ。
 だが、秋葉にはなぜ兄がそんなことを聞いてくるのか理解できなかった。自
分はとっくに兄のものなのだ。兄以外の男性とすることなど想像すらできなかった。

「はい……。兄さんに……愛してもらいたいのです」

 秋葉は意識してそう言った。兄が何に対して迷っているのかハッキリとは分
らなかったが、その兄の迷いを消すために自分がまずハッキリした態度をとろ
うと思った。
 その言葉に効果があったのか、志貴は覚悟を決めた。今まで妹として接して
きたが、これからは一人の女として愛そう。これからの自分の全てを掛けて秋
葉を幸せにしていこうと。

「……わかったよ、秋葉。……愛してる」
「はい、兄さん。……私もです」

 気持ちが一つになった二人のとる行動は一つしかなかった。
 二人はその夜結ばれた。
 それから、二人はこの幸せがいつまでも続くと信じていた。

                                          《続く》