「翡翠って言う,可愛い人形が」



「そ,そん…な………」
「耐えるのよ,翡翠。いくら私が‘渇き’を感じてるからって,父さんほど飢
えてはいません。少なくとも,無理強いはしないわ。あなたが私を最後まで拒
絶するなら,私もちゃんと諦めるから」

 …秋葉様の声は,今のところ,興奮しているようではあっても狂気のそれではない。
 とりあえず,秋葉様は遠野の血に飲まれている訳ではなさそうだ。
 御言葉を信じるなら,ちゃんと開放してもらえるそうだけど。

「………………くっ……あ……」

 甘い感覚が静かに押し寄せてくる。胸からばかりではない。秋葉様の両手は
左右がまったく別の生き物のように私の体で蠢く。お腹,脇腹,太腿,背中
……。私の,ありとあらゆる個所を残さずに刺激する。

「ひゃ……!」

 首筋からの突然の感触に体が仰け反る。頭を辛うじて捻って見ると,そこで
は秋葉様が静かに舌を這わせていた。

「そ,そんな所……をっ」
「いいじゃない…。そんな事より,もっと声を出しなさい」

 そっけなく言って,今度は私の耳にその赤い舌を巡らせてきた。

「は……うっ…!」

 蕩けるような感覚。秋葉様によって際限なく生み出されるそれはゆっくりと
体に廻り,全身の力,思考を奪う。
 いけない。私は唇を強く噛み,必死になって理性を掻き集める。
 …感じてなんか………いない。私は,感じてなんか……。心の中で必死に己
に言い聞かせる。
 甘美な毒が体に染み込んでゆく中,唇を噛む痛みが錨となって,辛うじて私
の理性をつなぎとめていた。
 私が必死になってその快楽に耐えていると、急に口元に柔らかい感触が触れた。
 細くて白い,三本の指。いつのまにか秋葉様がその右手を私の口に添えてい
たのだ。

「あんまり唇を噛まない方がいいわよ。切れて血が出るから」

 秋葉様は私を全て見透かしているのだろうか? 言って,秋葉様は私の口元
に添えた指で私の口を強引にこじ開けた。私が息をつく間もなく,そのまま素
早く人差し指と中指を口内に滑り込ませる。

「じっとしてて。……言わなくても大丈夫だとは思うけど,噛まないでね。お
となしく私の指でもくわえていなさい」

「ふぐ………うぅ……………」

 秋葉様!と再び言おうとするも,徒労に終わる。差し込まれた二本の指のせ
いで,秋葉様の名前を呼ぶどころか息をする事さえもが難しい。
 左手一本になっても,秋葉様の執拗な愛撫は続く。むしろ左手だけになった
分,先程よりも強い力で私の胸を嬲る。
 絞るような動き,押しつぶすような動き,揉むような動き……。秋葉様の左
手の動きに,私の胸は従順に形を変える。そして,そこから生まれるカンカク
は私の理性をゆっくりと溶かす。

「……ぅあ………あう…………あぁ」

 自制していても,私の口からしまりの無い声が漏れてしまう。それを聞いて,
秋葉様は満足げに薄く笑った。

「さて,と。それじゃあ,下はどうなってるかしら?」
「……ふぇ?」

 私がその言葉の意味を理解する前に,秋葉様は左手の動きを止めた。

「…………あ………」

 自然と,思わず淋しげな声を漏らしてしまった。その事に気付いて,愕然とする。
 そんな私をよそに,秋葉様はそのまま左手の人差し指を私のお腹に,複雑な
文様を描くかのように滑らせながら言った。

「翡翠,スカートを持ち上げてくれない?」
「……ふ………」
「もう一度言うわね。スカートを,上げて欲しいの」

 耳元で,まるで子供に諭すかのような口調で秋葉様は言う。
 出来ません,と言いたかった。そんな事は出来ないと。けれども,私の言葉
は秋葉様の指によって封じられている。声を出せずに,私はただ沈黙するしか
ない。
 何も言えず,棒立ちになる私に秋葉様はあくまで優しい口調を保ったまま言う。

「……終わらせたくないのかしら? いつまでたってもこれじゃあ,終わるも
のも終わらないわよ?」

 決定的な,アドヴァンテージの差。攻める立場にあるのは,あくまで秋葉様
なのだ。こう言われると私は従うしかない。それを十分承知しているからこ
そ,秋葉様は‘依頼する’形で私に言うのだ。私がその依頼を断ることが出来
ないと知っているから。
 その事実を、突きつけられる。

「さあ。やってくれるなら,早くお願い」
「……………あ……ぅ……」
「さあ」

 急かされるままに,私はゆっくりと手をスカートの裾に伸ばした。何年も付
き合ってきた,馴染みのあるメイド服の感触。いつもと何も変わらない筈のそ
の感触が、なぜだか普段とは違うように感じられる。
 ……やるしか,ないのだ。
 震える手で,私はゆっくりとそれを上へと引き上げた。冷たい風が私の太腿
を撫でる。

「よく出来ました」

 満足げに言って,秋葉様は私の口から指を引き抜いた。ちゅぷ,と言う場違
いな水音と共に,銀色の橋が唇と指の間に架かり,消える。
 私の唾液に濡れた指が乾くのを待たずに,秋葉様はその手を下に下ろし,音
を立てて私の黒のストッキングを破った。

「………ひっ」
「翡翠。貴方,どのくらい自分を慰めてる?」

 そして,布越しに淫唇へと指が添えられる。

「そっ、そんな事………!」
「してないって言うの? 翡翠はまったくした事がないって言いたいの?」
「それは………………」
「まぁ,翡翠の体に聞けばわかる事だけど」

 その言葉と同時に,添えられた指が動いた。

「ふぅん。なんだかんだ言っておきながら,濡れてるじゃない。翡翠」

 無造作に,私の下着の脇から秋葉様の指が侵入してくる。そこは,秋葉様の
言う通り……湿っていた。
 その事実に,さっきから自分に言い聞かせていた事が崩されたような気がし
た。それと共に、あまりの羞恥に死にたくなる。
 しかし,秋葉様は容赦しない。初めは人差し指で入り口を揉むように。そし
てその内中をかきまわすように動かし始める。

「はっ…………!」

 初めて他人に触られて,初めて感じるこのカンカクは……快楽?

「熱く……濡れてる。感じてる? 翡翠」

 後からかけられる声に首を振って,ぎゅっと目を瞑る。認めたく,無い。自
分が,こんな事をされて感じてしまうニンゲンだなんて事を。

「い……や…」
「可笑しいわね。それなら,なんでここはこんなになってるのかしら?」

 指先に若干力をこめて,私の膣壁に擦りつけるように指が動かされる。
 強すぎる,けれども先程の愛撫とは比べ物にならない質量の快感が押し寄せ
てくる。その摩擦は次第に熱を帯び,同時に私の自制心をも削り取って行く。
 と,その冷たい指が秘芯を包む包皮に触れた。

「そ,そこは…………!」
「ここは………何? 翡翠」

 言いながら,秋葉様は淀みなく快楽を繰る。爪先であっさりとそれを剥き,
極々軽い力でその中身を押しつぶす。

「あ……うううぅぅぅぅっ!」

 まるで,人形。今の私は秋葉様の指の些細な動きだけで過剰なまでに反応す
る。質の上では,私は快楽と言う糸で秋葉様に操られる傀儡でしかない。
 そして,これ以上強い力で糸を繰られれば,人形は……壊れる?
 快感に振りまわされる中で,そんな危惧すら浮かんだ。


 しかし,秋葉様はそれ以上は踏み込んでは来なかった。
 触れるか,触れないか。その程度の微々たる力で私のクレヴァスを撫でる。
 先程までのような愛撫ではなく、あるかないかの幽かな刺激。
 ふと気がつくと,先程まで私の胸を弄んでいた左手も動きを止めていた。
 何故かその事を認識すると,ズキン,と,私のお腹の奥が痛んだ。

「あきは……さま?」
「あら、どうかした? もしかして,もっとして欲しかった?」
「そ,そんな事……ありません」

 強い力を込めて言う……ハズなのに。何故か私の声は酷く弱々しかった。

「さあ,ここで貴方に選ばせてあげるわ,翡翠」

 そんな事も意に返さず,秋葉様はより私の耳元に口を近づけた。
 耳にかかる秋葉様の吐息は熱くて,それなのに,


        私は、ぞくり,とした。


「ここで終わるか,それとも,最後まで私について来るか。
 選ぶのは貴方。二者択一。
 けど……ここでついて来る,と言えば,私は最後まで止まらない。……どう
する?」

 囁いて,秋葉様は軽く私を突き飛ばした。
 秋葉様の愛撫で既に四肢の力を失っていた私は,その力に抗する事も出来ず
よろめいて,絨毯の上に尻餅をつく。
 秋葉様はそんな私をそっけない目で追いながらテーブルに歩みよると,氷で
やや薄くなったウィスキーを口に含んだ。
 ……ここで何を答えるか? 答えはもう決まっている。考える,と言うプロ
セスをはさむ必要すらない。
 ここで,嫌だと。嫌だと言えばいいのだ。
 その一言で,この非現実的な出来事は幕を引く。……けど。
 ズキン,と私のお腹の奥が痛む。
 ……なぜ? 圧倒的アドヴァンテージを握っていた筈の秋葉様なのに,何故
私に最終的かつ致命的な選択肢を譲ったのだろう。私がここで秋葉様を拒絶す
れば,この狂宴も終わりを告げるというのに。
 それなのに、なぜ秋葉様はこんな表情を浮かべているのだろう。今の秋葉様
の表情,それはまるで。

 まるで,負ける事の無い賭けをしているかのような顔

 ズキン,とお腹が痛む。

 私は……拒まなければならない。

 ズキン

 拒まなければならない。

 ズキン

 秋葉様を。

 ズキン

 嫌だと言わなければならない。

 ズキン

 拒絶,しないと……。

 ズキン


「私,は……」

(To Be Continued....)