「結局、さ……俺には秋葉の兄貴の資格なんてないんだよな」

 そう言って、僅かに開いている入り口のドアに向けて振り向く。
 そこにあったのは、一対の血色の瞳。
 再生を果たしたシキが、無表情に志貴を見返していた。
 ぐったりとしている秋葉から手を離すと、志貴はシキを部屋に招き入れる。
その様子には驚きなどない、この展開はお互いに承知していた事だった。
 無造作にシキが教室の戸をくぐって来る。いつの間に着替えたのか、真新し
い灰色の着流しに雪駄を引っ掛けている。夜の校舎にはそぐわない、それどこ
ろか真昼の街中でも十分に人目を集めるであろう風体。
 その容貌もまた、注目を集める特徴には不自由していない。髪は炭が燃え尽
きた後の火鉢の色、全ての光を拒絶する白。さらに瞳は鮮紅色、肺から吐き出
されたままの血がそのまま映る。
 そんなシキは、志貴の寂しげな台詞を一笑する。

「そりゃそうだろ。オマエとアキハは血が繋がっていないんだから」

 何を今更、とばかりに肩を竦める。
 それがシキの本心である事は間違いない。ただし、その表情はとても好意的
なもの。実際シキにとっては志貴がいま抱えているジレンマなど些細な問題。
 それは反転してからの時間が生み出した、特殊な倫理感。
 一般的には、それは狂気と呼ばれるのかもしれない。
 
「大体、そんなこと意味ないだろ」
「それでも、俺は本気で秋葉の兄貴になりたいと思ってた。あの頃も、今も」

 未練がましく、志貴が秋葉に視線を移す。彼女は小ぶりな胸も、股間の薄い
茂みも全てさらけ出したまま、瞼を閉じている。それは完成された美術品のよ
うな美しさで、シキも魅入られてしまいそうなほど。
 それでも、とシキは思う。
 秋葉は志貴のものなのだ。そう、今の自分がそうであるように。

「それで、やっぱり兄貴で居たいか?」
「別に。俺はただ秋葉を失いたくないのさ、愛しているからな」
「それは、オレと殺しあうという意味か?」
「いやだね。おまえと殺し合いなどしたくない」

 真顔でそんな事を言う志貴に、シキは吹き出す。
 心から笑うということも、思えば志貴から教わったのだ。
 
「なんだソレ、我侭なヤツだな」
「そうかな」
「そうだ、この馬鹿。アキハが目を覚ましたら、即座にオレを殺すぞ」
「そうかな? でも、どうせ行く所も無いんだろ」 

 志貴の言葉がシキの痛い部分を刺す。
 誰の協力も得られないまま、志貴もアキハも居ない街に逃れて人を狩って過
ごす。そんなことが可能だとは思えない。
 いや、可能だとしてもそれはきっとつまらないだろう。
 それでも、志貴がそう望むならばこの街にシキの居場所はない。
 ……シキは戦って勝ち取る事を放棄したのだから。

「いいんだよ、オレのことは。この街はもうオマエのものなんだから、好きに
すればいい。オレは勝手に消える。それが一番だろう?」
「解ってないな。俺はオマエも失いたくないと言っているんだ」

 本当に、それはとても我侭な提案。
 けれどそれが本気である事はシキにも理解できていた。
 ……なんて愉快な台詞だろうか。
 とことん志貴という男は思い通りには動かないのだと。
 少しだけ琥珀の事が気の毒になりながらも、シキは笑う。

「なんだよ……その為には、秋葉だって説得するさ」

 志貴が部屋の片隅、救急箱の上に折りたたまれている眼鏡を手に取った。
 気を失って力なく吊り下げられている秋葉に近付くと、その頤を持ち上げる。

「秋葉……秋葉?」

 呼び掛けて、志貴は秋葉の身体を抱き上げる。
 浮遊する感覚に、秋葉は寝惚けたような眼を開いた。その視界に志貴を映し
てうっとりと微笑む。まるで恋人を迎え入れるような表情。
 なによりも、まだ志貴がそこに存在している事の喜びによるもの。

「ん……兄さん?」
「目を覚ましたかい?」

 微笑みを返す志貴の言葉は穏やかで、優しい。
 澄みきった真冬の青空を切り取ったような瞳からも、今は冷たさを感じない。
だから、秋葉は素直に一度頷いた。
 まだ股間に鈍い痛みは感じていたけれど、もしも自分の身体で志貴を引き止
められるとしたら。ならば、それこそが秋葉の望みとなるから。
 
「はい、大丈夫です。……兄さん」
「なんだい、秋葉?」
「私は兄さんさえ一緒に居てくれれば他に何も要らないんだってコト」

 囁いて、秋葉は愛しげに志貴の胸板に頬を摺り寄せる。
 その視界には部屋の片隅で様子を見守るシキの姿などまるで目に入っていな
かった。彼女の目に映るのは志貴だけ。
 そんな歪な世界すら、きっと秋葉は肯定してみせるのだろう。
 けれど、志貴はそれで満足するつもりはなかった。

「ふうん、奇遇だな。俺も、秋葉が手に入るならこんなもの要らない」

 言いながら、片手で器用に秋葉の耳に眼鏡の弦を引っ掛ける。
 まるで誂えたようにすっぽりと、それは秋葉の顔に収まった。しどけなく微
笑んでいた秋葉の顔に、理性的な光が戻ったような気がして、志貴は微笑む。
 
「へえ、結構似合うかもな」
「兄さん? これ……伊達眼鏡ですか?」

 秋葉が不思議そうに志貴を見上げた。レンズを通して映るその姿はわずかの
歪みもなく、秋葉の視界に狂いがない事を伝えていたから。眼鏡を片時も手放
していなかった志貴の事を思い出しながら、秋葉は首をひねる。
 けれど、志貴はあっさりと頷いて見せた。

「うん、視力の矯正の役には立たないね」
「それじゃ……」

 言い掛けて、秋葉は志貴の瞳を覗き込んだ。
 この国では少なくとも一般的とは言えない、青色の瞳を。
 志貴がこんな瞳を隠していたなどとは、秋葉は気付けなかった。それがこの
眼鏡の役割だったのかと秋葉は分厚い眼鏡のレンズを眺める。

「ひょっとして、その蒼い瞳の所為ですか?」
「うん、まあそんなとこ。でももう良いんだ」

 秋葉の考えは微妙にずれている。色が問題なのではなく、今も秋葉の身体に、
そしてこの世界を埋め尽くす「線」が怖かったのだ。
 けれど、今はその存在を自然に受け止められるような気がしていた。
 そんな事より、と。
 志貴は秋葉を抱いたまま、その身体を捻る。

「俺の他にはなにも要らない、なんて言ったら兄貴が気の毒だよ?」
「何を言ってるんですか、兄さん」

 その兄さんが大切だと、主張しているのだと秋葉が物分りの悪い兄を叱り付
けるような表情を浮かべかけた。その動きが静止する。
 月明かりに照らされた、青白い人影。それは、彼に良く似合っている灰色の
着流しを身に纏った青年。
 そして、それは秋葉が先程まで殺し合っていた実の兄。

「シキ……っ! まだ生きてたっ!?」

 言うが早いか、秋葉は志貴の腕の中で鋭く目を細めた。
 その行為は彼女に備わった最大限の攻撃能力、檻髪を発現させる予備動作。
 苛烈な光を宿しかける秋葉に、シキもまた身構える。
 けれど。

「えっ?」

 秋葉の口から驚きの声が漏れた。
 シキは訝しげな瞳で秋葉を見返すだけ。
 その身体からは、欠片ほどの熱量とて奪われてはいない。そのことで秋葉以
上に混乱しているのはシキ自身だった。逃れようと思って逃れられるのもので
はないことは身をもって知っていたから。

「秋葉の能力は物騒だからね。とりあえず説得するには必要無い」

 戸惑う二人の間に、志貴が身体を割り込ませた。
 口の端を吊り上げると、秋葉を強く抱きしめる。
 その手が敏感な胸の膨らみを愛撫する。

「兄さんっ……!」

 驚いたように、秋葉が志貴を振り仰ぐ。けれど、そこに見出したのは何事も
なかったかのように穏やかに微笑む志貴の姿。志貴は秋葉の身体を離し、両手
で秋葉の頬を挟むと、そのまま硬直している秋葉の唇を塞ぐ。

「ううっ……んっ……っ」

 志貴は秋葉と舌を絡め合う。
 秋葉にとってそれは、幸せな夢なのか、それとも悪夢か。置かれている状況
が現実感を失っていく、そんな喪失感。
 いつまでも離れない二人に、傍観者を決めこまされていたシキの唇が動く。

「……志貴、いい加減に!」
「ああ、悪い。シキもおいでよ。みんなで愉しもう」

 志貴が秋葉から顔を離す。その口から発せられた言葉の意味を解しかねて、
秋葉とシキが呆然とした表情で固まる。

「兄さん? なに、言って……?」
「志貴……オマエ、どういうつもりだ?」
「だから、兄妹仲良くってことだよ」

 秋葉を背後から抱き竦めながら、志貴が右手でシキを招き寄せる。
 夜の冷気にすっかり冷え切った秋葉の身体に熱を伝えるように、その左手は
秋葉の皮膚に添えられる。

「ほら、こいよシキ。ずっと、秋葉が欲しかったんだろ?」
「……」
「俺にはこれ以上の説得法は思いつかなかったんだよ」

 気圧されたように秋葉の表情を伺うシキに、志貴が力強く頷く。
 その舌の根も乾かぬ内に、志貴の唇が秋葉の首筋に落ちた。先程の性交で残
した口付けの痕をなぞるように。

「いやっ! 止めて下さい兄さん、私は貴方だけにしか抱かれるつもりはない
んですからっ! シキも、それ以上近付いたら絶対ただでは済ませない!」

 志貴の意図を悟ってか、秋葉が血を吐くように叫ぶ。
 怯えるように志貴の腕を掴む。

「そんなに冷たくするもんじゃない。俺もシキも秋葉のことを本当に大切に思
っているんだから。そうじゃなければ、俺がシキを殺しているよ」
「アキハ……」

 突然、シキが秋葉の首筋にかじりつく。
 細い首を挟んで、志貴とシキの視線が交叉する。

「わかっていると思うけど、血なんか吸ったら、殺すよ?」
「……わかった」

 不承不承、といった体でシキが頷く。
 本当ならこんな上等な得物を目の前にして我慢などありえない。けれど、の
ナワバリを譲り渡した以上、シキには志貴に逆らう事はできない。
 それがシキの決意であり、守るべき掟だったから。シキは黙って秋葉の素肌
だけをむざぼるように吸いたてる。熱っぽい二人の接吻に、秋葉が身を捩る。
 眼鏡越しに正面に立つシキを睨み付けるが、シキは意に介した様子もない。
 そのうちに、後ろから伸びてきた志貴の手が再び秋葉の胸に触れた。
 大きく身を仰け反らせた秋葉を感じとって、シキが顔を上げた。

「アキハ……ずっと謝らなくちゃいけないと思ってた」
「え?」

 見上げる赤い瞳に理性の光が宿っている。
 それは秋葉が考えていた「反転した」シキにはありえないはずのもの。
 けれど、シキは確かに反転している。反転していなければならなかった。

「オレは、あの日確かに反転した」

 自らそれを肯定して、シキが語るのは八年前の思い出。
 秋葉を庇ってシキが命を落としたあの夏の日。
 
「反転して、それまで一番大切なものを壊したくなった。アキハも知っている
かも知れないケド、普通こうなっちまったらもう戻れない」
「そうです。だからお父様はシキを処分したんですから」

 いつしかシキは秋葉の細い足に触れていた。その手が秋葉の右足を持ち上げ
ると、冷え切った素足に口付ける。
 足指を舐られる感触に秋葉が嫌悪混じりの声を上げる。

「止めなさい、この変態……ああっ!」

 その声を中断させたのは、志貴の行為。左足を折りたたむように持ち上げた
志貴がその指を舐め上げていた。
 それでもシキを蹴り飛ばそうと考えた秋葉の意志を、今度は自身の感覚が挫
く。両方の指から伝わるくすぐったいような、むず痒いような痺れ。

「けど、琥珀がオレを生かしていた。オレを薬漬けにして、自分ってモノを見
失わせた。それが何のためだったかなんてしらない。でも、そのお陰でオレは
もう一度志貴に会う事ができた。こうして、アキハを愛する事もできる」

 シキが秋葉の足を大きく開き、志貴が協力するようにその体を持ち上げる。
 まだ十分には潤っていない秘所には、先程の行為で志貴が残した残滓がこび
りついている。まるでためらう素振りも見せずシキはそこに舌を這わせる。
 ぞろり、としたやけにざらついた感触。志貴の滑らかな舌とは違うシキの舌
を迎え入れた秋葉の秘所が小さく震えた。

「……っ! くっ、ひっ、はぁっ……」

 湧き上がる快感を噛み潰すかのように、秋葉は眉間に皺を寄せ目を閉じる。
 その表情を愉しみながら志貴は横から秋葉の唇を奪う。食いしばった前歯の
表面を舌で撫でてやると、諦めたように口が開いた。そして秋葉が押さえきれ
ない喘ぎ声を志貴の口内に撒き散らす。

「……気持ち良いんだ、.秋葉」
「ひっ、ひあっ、やあっ……」

 唇を離した志貴が問い掛ける。
 既に秋葉が感じる熱さは限界に近付いていた。このままでははしたない声を
洩らしてしまいそうで、秋葉は必死に志貴の唇を求める。懇願するような瞳の
光と、突き出される濡れた舌に志貴の股間がいきり立つ。
 そして、望みに答えるように志貴が秋葉に再び口付ける。秋葉は激しく互い
の舌を絡み合わせて、股間から湧き上がる衝動を少しでも逃がそうとする。
 けれど、志貴から返される刺激で秋葉はさらに追い詰めてられていく。

「ん……んんっ……ふあああっ!」

 やがて、秋葉の身体が波打つように震え始めた。
 自由を奪われた両手では何かにすがりつく事もできず、秋葉はひたすらに志
貴の唇を貪っていた。そんな秋葉をそのままに、志貴は右手を秋葉の尻に潜ら
せた。シキがその指に自分の唾液と秋葉の愛液が交じり合ったものを伝える。
 そうして、すっかり注意を集中させている秋葉の後ろの穴に志貴の人指し指
が侵入する。

「んんんんっっ!」

 目を白黒させる秋葉を左手で抱きしめると、志貴はさらに指を押し進める。
異物の感覚に慣れていない秋葉の肛門は、志貴の指を押し出そうと必死の抵抗
を止めようとしない。

「力を抜いて。……切れちゃうよ?」
「兄さんっ! そこは絶対に駄目ですっ!」
「もう遅いよ」

 志貴がくるりと指を回す。途端に捻られる感覚を覚えて秋葉の腹がぶるぶる
と震えた。その反応に負けないように、シキがさらに激しく秋葉の秘所を刺激
し始めた。すっかり皮を剥かれた突起に吸いついて、吸い上げる。
 秋葉には、その刺激すら肛門から伝えられているような気がしていた。
 目の前でちかちかと光が乱舞する。

「いやあっ、抜いて、抜いて下さいっ!」
「駄目、こっちも使えないと俺達が困るから。いい子だから俺達のいう事聞い
てくれない?」
「なにが、こま、る、んですかっ!」

 自分勝手な要求に、秋葉が目を剥いて志貴を睨み付けた。
 股間から這い上がる妖しげな痺れを認めたくなくて、必死に会話に集中する。
 けれど、志貴は唇を吊り上げて首を振った。

「それは、後のお楽しみ」
「そん、なっ……ひああぁっ!」

 秋葉が鋭い声を立てて身を仰け反らせた。志貴が見下ろすと、ちょうどシキ
が指を二本立てて秋葉の体内から薄桃色の液体を掻き出していた。指が出し入
れされる度に秋葉の身体が跳ねあがる。
 締めつける圧力が弱まり、志貴は自分の指の動きをシキのそれに同調させる。
途端に秋葉が一際高い悲鳴を上げて首を激しく振る。
 
「いやあっ、お尻が、お尻がっ……」

 思わず口走った後で、秋葉は怯えたように志貴の表情を伺う。
 志貴は満足そうに微笑んで、秋葉の耳に口を寄せた。
 
「だいぶ緩んできたみたいだね、これならもう一本大丈夫かな?」

 囁いた台詞の意味を考えて、秋葉の肌が粟立つ。今でも精一杯の肛門にさら
に指が加わったらどんな事になるのか、想像しただけで恐ろしい。
 けれどそんな恐怖すら流し去る、シキの指先。

「アキハが……もう、こんなになってる」

 それまで黙々と秋葉の秘所を両手と口で弄り続けていたシキが、嬉しそうに
志貴に向けて右手の掌を差し出した。すっかり白く濁っている秋葉の愛液だけ
でびしょびしょの指が、互いに糸を引いている。

「いやあっっ!」

 秋葉が弱々しく首を振る。
 既に否定する事の無益さを知っているのか、シキを射殺さんばかりだったあ
の苛烈な色がその瞳には残されていない。ただ、悦楽に流されまいとする気丈
さだけが持ちこたえているのみ。
 だがそれも、志貴には興奮をもたらすだけ。
 
「ほら、口を休めないで。ちゃんと最後まで秋葉をイかせてあげないと」
「そっ、そんなっ!」

 秋葉の狼狽した声を無視してシキは黙って頷く。
 その指がぬるぬると滑るクリトリスを摘み上げる。びくり、と秋葉の身体が
硬直した。先程から秋葉は何も言わないが、既に絶頂感は何度となく訪れてい
る。けれど、秋葉は意地でもシキによって絶頂に至ったなど認めない。
 そして、そう考えている限りこの責め苦は永遠に続くのだ。

「や、止めて、兄さん、もう、もう許してください!」

 秋葉が志貴を見上げて懇願する。けれど、志貴は哀しげに首を振る。
 そうして、引きぬいた人差し指に中指を沿えて一息に押しこむ。

「ぐ……ううっっっ!」

 痛みより熱さ。
 志貴の指はすんなりと秋葉の肛門に納まっていく。秋葉には、志貴の固い爪
が体内を擦り上げる様子までまざまざと感じ取れた。
 そうやって股間に意識を集中してみれば、これまで意識の外においやってい
たはずのシキの行為までがより鮮明に感じられる。
 シキの指が秋葉のクリトリスを内外から挟んでいる。その指紋の一筋すら、
やすりのように感じられて、秋葉の指先が宙を掴む。
 虚空を見上げた秋葉の肛門に、ずぶりと押しこまれる指。
 
「ああっ……うああっ!」
「ほら、入った」

 事も無げに志貴は呟くと、押しこんだ指を引き抜いていく。
 シキの指の動きに合わせて、志貴の指がまるで秋葉の肛門がその為に存在し
ているのだと教えるように滑らかな出し入れを繰り返す。
 そうやって、前と後ろから伝えられる感覚は紛れもない快感になっている。
 けれど秋葉にはどうしてもそれを認めることはできない。
 たとえ身体は何度高みに押し上げられても、憎んで余りあるシキに身を委ね
る事なんて、できるはずがない。

「アキハ……なかなかイかないぞ」

 不満そうに、シキが呟く。
 琥珀がシキの前で偽りの絶頂を演じつづけていた事を想像して、志貴はわず
かに表情を翳らせた。

「そうだね。じゃあ、そろそろ本番に入ろうか」

 思いを断ち切るように、志貴は秋葉の肛門から指を抜き去る。
 シキも小さく頷いて、秋葉の秘所から手を引いた。
 不意に与えられた開放感に、秋葉が戸惑ったような眼差しを志貴とシキの間
で彷徨わせた。

「兄さん……シキ?」
「アキハ……」

 志貴が秋葉の腰を持ち上げると、秘所に手を添えて大きく押し広げる。すっ
かり充血して膨らんだ唇の間から白っぽい雫が溢れ出して、男を迎え入れる用
意が整っている事を示す。

「ほら、おいでシキ」

 シキが小さく頷くと、秋葉の股間に身体を入れる。
 その行動が意味する所を悟った秋葉が、恐怖に目を見開く。

「え……いやあっ……そんなっ、そんな事っ!」
「何が嫌なの? ここはもうこんなになってるのに」

 実の兄に犯される、それは秋葉の倫理観ではとても認められない事。
 それなのに、志貴はまるでそんな事に頓着していないように首を傾げている。
 その表情は本当に秋葉の気持ちを理解していないように秋葉には思えた。も
ちろん志貴が秋葉の考えている事に気付いていないわけではなかったが。

「駄目っ、そこは、そこは駄目ですっ、だって、だって私は兄さんの、兄さん
のものなんですから、シキなんかには許さないのっ!」
「だから、秋葉の兄さんはシキなんだ」

 たとえ従属する事を認めても、シキを迎え入れることだけはできない。
 秋葉が意を決して吐き出した言葉でも、志貴を止める事は叶わなかった。

「俺は七夜志貴だよ。秋葉とは血の繋がりもない」

 そう言うと、志貴はシキに向けて秋葉の身体を差し出した。
 頷いてシキがその中心に自分のものを押し当てる。
 秋葉がさらに言葉を洩らすよりも早く、シキは秋葉の身体を貫いた。すでに
志貴によって一度抉られている秋葉の身体はさしたる抵抗もなくシキのものも
迎え入れる。
 どうしようもない身体の反応が、秋葉に快楽を伝える。それは絶望的なまで
に無慈悲で本能的な甘い衝撃。狭い膣内をかき回すシキの腰の動きに合わせて
秋葉の身体が小刻みに跳ねた。

「いやああああっ、いやっ、いやつ、こんなの…っ!」
「アキハ……アキハっ」
「いやあっ、助けて、兄さん、兄さんっ!」

 ひたすらに腰を振るシキから逃れるように、秋葉が必死に身を捩る。その瞳
は志貴を捉えて離さない。志貴に抱えられシキに犯されながらも、秋葉は必死
に志貴に懇願する。

「私、私はっ、兄さん以外の人でイきたくなんて、ないんですからっ」

 その言葉に志貴が笑う。本当に満足そうに。
 けれどその笑みは壊れてしまっている。まるで、琥珀のような笑い方。
 秋葉の言葉を封じるように志貴が顔を寄せる。少しでも志貴から刺激を与え
られるようにと秋葉が首を伸ばして志貴を迎える。もし両手が封じられていな
かったら志貴を抱きしめられるのにと、身じろぎする。
 志貴の口中に舌を挿し入れてその舌を絡め取る。そのまままるで引き出して
しまうかのように吸い付いた。

「ん、んんんっ!」

 秋葉が一際強く志貴を求める。
 志貴が秋葉の肛門に己のものを差し当てたのを感じて。
 今は志貴から与えられるならばどんなものでも構わない、そう思って。

「んぐっ」

 喉の奥から声が漏れる。
 先程処女を失った時と同じ、もしくはそれ以上の引き千切られるような痛み。
志貴の太いものが狭く小さな秋葉の肛門に押し込まれていく。
 いつしかシキも動きを止めてその様子を見守っていた。
 亀頭の部分が力任せに押しこまれると、秋葉は志貴の舌を吸っていた力を抜
いて大きく息を吐いた。

「後は、一気に入れるよ」
「まっ……待ってくださいっ……あああああっっ!!」

 折れてしまいそうな圧力に抵抗しながら、志貴のものが更なる深みを目指す。
 尻が突き破られ、裂けてしまいそうな激痛に秋葉が絶叫した。
 やがて、根元まで志貴のものを飲みこんだ秋葉の直腸が志貴を締め上げる。
食い千切りそうなほどの圧力に志貴もまた呻き声を洩らした。

「うあ、うああああっ!」
「ぐうっ!」

 見守るシキもまた、自分を締めつける肉襞の力が増した事を感じていた。
 それに、志貴のものが秋葉の身体ごしに感じられる。こらえきれきれずに腰
の運動を再開させれば、秋葉と志貴がそろって悲鳴を上げる。
 シキの動きが秋葉の許容量を越えた快楽を与えて。それによって早鐘のよう
に打つ脈動が直腸ごしに志貴に伝わり、締め上げて。互いの鼓動を溶かし合い
ながら志貴と秋葉は身体を密着させる。
 やがて、負けじと志貴が自身のものを動かし始める。

「ひ…………ひいっっ!」

 満たされたものが引き抜かれる喪失感と、再び戻ってくる時の痛みが直腸か
ら伝わる。それは、膣で感じるものとは全く異なる、ただ重いだけの衝撃。け
れど、そこに志貴の存在を感じれば、秋葉にとって快楽以外のものではない。
 前と後ろから容赦なく突き上げられて秋葉の身体は瞬く間に高まる。
 大きく身を震わせ、両方の穴が二人のものを強く締め上げる。

「もう、もうっ……」
「いいの? このままだとシキが出しちゃうよ?」

 志貴が意地悪く囁きかける。
 このままシキに射精されることを考えて、秋葉が一気に冷水をかけられたか
のように覚める。けれど、志貴もシキも、さらに強く秋葉の体内をこね回し、
腰を打ちつける。

「いやあっ! 駄目、抜いてぇっ!」
「イヤダ、アキハのここ、気持ち良い」
「……だってさ」

 志貴が大きく腰を引き抜いた。
 潮が引いて行くような感触は、身体が裏返るような衝撃。
 志貴が掻きまわしている直腸から、シキの抜き差ししている膣口から、潤滑
液が漏れ出して卑猥な音を立てる。

「駄目っ、お願いですっ、何でもしますから、それだけはっ!」
「じゃあ、シキと仲良くできるかい?」

 待ってましたとばかりに志貴が秋葉に問い掛ける。
 その手で秋葉の薄い胸を揉み込みながら、返答を待つ。
 荒い息の下でがくがくと秋葉の首が揺れる。

「はいっ、はいっ、だから中では、出さないで下さいっ!」
「良し。シキ……出す時は外で、わかるね」
「……わかった」

 やや不満そうに、シキが頷いた。
 安堵する間もなく、二人の動きが早められる。最後の瞬間が訪れることを感
じとって、秋葉の身体も二人から搾り取ろうと、きゅうっと締め上げる。秋葉
の望みとはまるで反対の、ただ本能に根ざしている動き。

「でも、でもっ……」

 絶頂へと駆け上がる意識の中、秋葉がうわ言のような言葉を紡ぐ。
 不審そうに見守る志貴に向けて、秋葉が涙を流す。

「シキと一緒でも良いですから……ですから、私を置いて、もう、どこにも行
かないで……」
「秋葉?」
「私は、兄さんさえいれば……私の兄さんは貴方だけなん、ですからっっ」

 秋葉の瞳は欲望に染まりきってはいない。その意志の強さは、どのような経
験によって培われたものだろうか。

「オレだって、秋葉を二度と手放すつもりなんて、ない。秋葉が正気を保って
いても、反転したとしても、一生秋葉の側にいてやるっ!」

 志貴が本心をさらけ出す。
 その言質さえ取ってしまえば、秋葉には他にはなにもいらない。
 ただ与えられる快楽に身を委ねられる。

「志貴っ……もうっ」

 どれくらい、そうしていただろうか。
 最初に根を上げたのはシキだった。
 慌てたように、秋葉も身を震わせて懇願する。

「兄さん、私も……だから、外に、外にっ!」
「ああ、シキ、いくぞっ!」

 志貴が声をかけると、シキが手馴れた仕草で秋葉の体内からこわばりきった
ものを抜き去る。同時に、志貴のものが秋葉の体奥深くに突き入れられた。

「あああああっ!!」

 秋葉の叫びに合わせるように、シキと志貴が自らの欲望を解き放つ。
 身体の奥深くに広がる熱い衝撃。そして……。

「俺は秋葉の兄貴にはなれなかったけど、それでも秋葉の事を何より大切に思
ってる……それだけは本当なんだ」
「はい、はいっ……志貴っ」

 心から繋がったような気がして、秋葉は涙を流す。
 もう兄さんと呼ぶ事はないのかと思うと、少しだけ寂しい気がする。

(ですけど……しっかりと責任は取っていただきますからね)

 あの言葉が嘘だとは思わない。
 志貴は言った事は守ってくれる人間だと、信用しているから。
 そう考えながら、秋葉は瞼を閉じる。
 今も自分の中にある、志貴の気配をより深く感じ取る為に。ようやく手に入
れた平穏と幸福を満喫するために。
 そして、失われたはずの肉親を取り戻した事にも、少しだけ感謝して。
 願わくば、これがいつも見る夢の一形態でない事を祈りながら。




                                              《了》