(2)

いつの間にやら話に加わっていた吸血姫アルクェイドに秋葉は当惑している。

「な、なんで、あなたがここにいるのですか?」

片やアルクェイドは自分の話題も出ていることもあり、何を今更……と思いつつも一応説明をした。

「何でって、いくら呼んでも誰も迎えに来ないから、勝手に入ってきたんだよ。うるさく玄関から入って来いって言われたから、ちゃんとその通りにしたのに、誰も出てくれないんじゃねー」
「そんなことを聞いているのではありません。なぜ、あなたがうちに来ているんですか?」

秋葉に非礼を詫びる気配がまるでないのは、彼女がアルクェイドをお客と認識してないからである。もし、誰かがアルクェイドの訪問に気づいたら、秋葉は丁重に門前払いをするように命じたであろう。
もっとも、大らかというか大雑把なアルクェイドはそんなことをまるで気にしない。言われたことに素直に答えた。

「志貴がどうなったかなーって思って。さっきの電話じゃ、なんか凄く騒いでいたから急いで来たんだよ」
「そ、それは……うちの兄が失礼をしました。後日、改めてこちらからお詫びに参りますから」

天敵であるアルクェイドに深々と頭を下げる秋葉。弱みがあるため、下手には出ているものの、その言葉には丁寧ながらも「帰れ」という意味合いを含んでいる。
もちろん、天然たるアルクェイドに細かい機微などわかるわけがないが。

「いいよ。そんなの面倒だし。でもね、妹。志貴をちょっと欲求不満にさせすぎじゃない?」
「欲求不満?」
「うん。最初は仕方ないかって思ったけど、最近はこっちの身が持たなくなってきているよ」
「……それは、ノロケているんですか?」
「違うよ。本当に困っているの!」
「それがノロケって言うんです!」

まるで親の仇を見るような眼差しを秋葉は白い吸血姫へと向ける。

「ありゃ。口で言ってもわかんないか。うーん、そうだね。妹も一回やってみればわかるよ……志貴って、怖いから」
「やってみるって、何を?」
「こうゆうこと」

と、言いつつアルクェイドは秋葉の服に手をかけるとさっと引き裂いた。
やられた秋葉の方は自分が何をされたのかまるで理解できてない。
自然に視線を下に下ろす。
切り裂かれたワンピースの間から、かわいらしいチェック柄の下着が見えた。彼女の誕生日に中高の生徒会の一同から贈られたものである。

(ああ、あの時は、せっかくだから……とその場で無理矢理着けさせられたのよね。それにしても、何で会長は私の正確なブラのサイズを知っていたのだろう。身体測定のデータは偽造してるのに)

などと他人にはちょっと言えない恥ずかしい記憶を思い出しているのは、現実逃避をしてでも神経を守ろうという心身の防衛機構なのだろうか?
当然、翡翠も固まっているし、さしもの琥珀も素に戻って鉄壁の無表情と化している。

「ちょ、ちょっと待てアルクェイド。何をするつもりだ。おまえわ?」

時間が止まっている遠野家の三人とは違い、志貴はまともに動いていた。伊達に修羅場を見てないからか、気分屋のアルクェイドの行動にある程度の耐性がついているのかはわからないが。

「何って、志貴がいつもやることだよ。口で言ってもわかんないことは実際にやってもらえばわかるんじゃないかと思って」

説明をしつつ、アルクェイドは固まっている秋葉からワンピースの残骸を取り払う。
その体は、出る所は出、引っ込んでいる所は引っ込んでいる、いわゆる「グラマー」なアルクェイドとは正反対の凹凸が極めて少ない日本人体型。ドレスでは貧相に見えてしまうが和服をもっとも上品に着こなせる体型である。
肉感的なアルクェイドとタイプがまるで違う楚々とした秋葉。どちらかを是とすればどちらかは非となる。もっとも、人間の趣味とはそれほど画一的ではないが。
言うなれば「アレも良いけど、コレも良い」。
ましてや、志貴はアルクェイドの裸体に見慣れていた。
美人も三日見れば飽きると言われている。いつも見ているグラマーより、初めてみるスレンダーの新鮮さに興奮してしまうのも無理がない。
喩え相手が形の上だけとはいえ「妹」だとしてもだ。

もっとも、幼少期の記憶操作で「兄」と思わされていただけなので、実際の「兄」としての歴史はこの家に戻ってからの一月にも満たない。当然、秋葉の裸体など見たことがない。今も、そして昔もだ。
「妹の裸体」を見ることの気恥ずかしさや倒錯感を感じろというのも無理なもの。志貴にとって目の前にあるのは単なる少女の裸体。
それは、何事にも恬淡な彼をしても、魅力を感じたのだろうか? 我知らず、ふらふらと秋葉に近寄って行く。
その気配をさすがに気づいた秋葉は両手で胸元を隠し逃げようとする。

「だ、だめ──」
「だめじゃないの」

秋葉の行手をアルクェイドを塞ぐ。それでも逃げようとする秋葉をアルクェイドは「仕方がないなー」と愚痴りつつ。取り押さえた。
アルクェイドはたしかに魔王と呼ぶべき生物だ。しかし、多少の人の血は入っているものの、秋葉とてなかなか強力な魔物である。本来ならば、こうもあっさり絡めとられたりはしないだろう。近くには彼女の力を大幅に増強できるパートナーの琥珀までいるのだから。

だが、今の秋葉は羞恥のあまりにパニックになっていて、攻防一体の特殊能力・檻髪を使うことすら忘れていた。
両手を押さえてイヤイヤと暴れている姿は、歳相応の少女のものだ。
……もっとも、我を忘れて、ただ感情に任せて暴れられると火事場の馬鹿力が出やすくなる。
恐怖のあまりの大暴れで飛ぶ拳や蹴りを喰らえば痛い。いくら真祖と呼ばれる魔王にしたって痛覚はある。痛いものは痛い。それに何よりうっとうしい。

「あーっ。もう大人しくしてよー」

業を煮やしたアルクェイドはワンピースの残骸を使って、秋葉の両腕を後ろ手にきつく縛る。ついでにとばかりに両足首も縛った。

「何をするんです! あなたは!!」
「妹が少しも言うことを聞いてくれないからでしょ!」
「ふん! あなたの言うことなんて死んでも聞くもんですか!」

身動きを封じられながらも、顔だけ上げて毒づく秋葉。後ろ手に縛られ転がされているという、みっともない格好ながらもその戦意はいささかも減らない。

「むむっ。口が減らないやつぅ! 猿轡もかませるっ?」
「いや、それでは面白くない」

横から口を挟んできたのは志貴である。彼はあられもない姿の秋葉を興味深げにしげしげと見つめている。

「に、兄さん。やめて。見ないでくださいっ」

志貴の存在に今頃気づいた秋葉は、顔を真っ赤に染めてそう懇願してきた。その言葉を聞きつつ志貴は秋葉の後ろに回る。
うつぶせに横たわっている秋葉の腰を掴んでお尻を上げさせた。その体勢になると、肉付きのあまりよくない秋葉のお尻でもボリュームが感じられる。何より、拘束された少女を見下ろすというシチュエーションは男の支配欲と劣情を掻き立てるのに十分すぎると言えるだろう。

「兄さん、何をしてるんですか? 早く縛めを解いてください」

黙って秋葉の裸体を観察していた志貴は、その言葉に動く。気配を感じてほっとした表情を見せた秋葉だが、その顔が急に凍りつく。パンティに手がかけられたことに気づいたからだ。

「な、何をするんです兄さん?」
「志貴さま!」
「志貴さん、それはやりすぎですよー」
「アルクェイド、ギャラリーを静かにさせて」
「う、うん」

志貴の要請に、少し気圧されながらもアルクェイドは瞳の朱を輝かせる。
魅了の魔眼だ。対抗する術のない琥珀と翡翠の動きが止まる。彼女の支配下に置かれたわけだ。これで二人は一時的とはいえ、アルクェイドの意に逆らえない。

「そうそう、妹は魅了できないからね」

古い魔族の血を引く秋葉は、心理に作用する魔術に強力な抵抗力を持ち、アルクェイドの力を持ってしても幻惑できない。

「ああ、構わない」

パンティを下ろされ、剥き出しになった秋葉の性器と裏門を眺めつつ、志貴は無感情にそう答えた。彼の指が視線の先の秘部に触れる。

「ひっ」
「……濡れてないな」
「当たり前です!」
「アルクェイド、何とかしてくれ」
「へ?」
「俺がいつも、おまえにしていることを秋葉にさせるんだろう?」
「うん、そうだけど」
「なら、何とかしてくれよ。これじゃ、できない」
「できないって、何をする気ですかっ!」

その言葉に驚いた秋葉は苦しい姿勢ながらも必死に振返った。
彼女の目に映る兄の目は、獣じみていた。獲物を前に舌なめずりしている獣の目。

「……」

思わず息を飲む秋葉。男性経験のまるでない秋葉に取って、性欲で頭がいっぱいになっている男の目は、何かに憑かれたかのような目は、恐怖以外の何物でもない。

「アルクェイド……さん」

縋るように元凶に声をかける。理性がほとんど飛んでしまっている兄よりはアルクェイドの方がまだましだと考えたのだろう。

「あの目、怖いでしょ?」

アルクェイドの問いに秋葉はこくりと頷く。

「ノロケているように見える?」

ふるふると左右に首を振って答えた。

「妹もわたしの不満、わかった? 単にどこかに遊びに行ったりお話したりする方が楽しいのに、志貴って必ずやるんだよ。わたしが今日は嫌って言っても。酷いと思うでしょ?」

ぶんぶんと秋葉は首を縦に振る。
それは誰がどう見ても演技には見えない必死の動き。事実、秋葉は心の底からアルクェイドの言葉に賛同していた。
それほど、兄ではない「男」の目は、秋葉の心胆を寒くさせている。

「わかってくれたなら、いいよ」

自分の言い分が通って満足したのか、あまりの怯えぶりに可哀想に思ったのかはわからないが、アルクェイドはにっこり笑って秋葉に近づいた。彼女の縛めを解こうと。

だが──。

「いいわけ、あるか。このままじゃ、俺が誤解されたままじゃないか?」

不満そうな声がアルクェイドの動きを制止させる。
その声を発したのは、当然──。

 

(To Be Continued....)