テレビが消えた情景

 彼女を組み敷く。
 でもそれ以上できない。
 ただ彼女を押し倒しただけ。
 なぜなら。
 怯えている。
 その震える瞳が
 その少し開いた可憐な唇が
 そのかるく汗ばんだ肌が
 そのことを伝えてくるからだ。
 彼女は――まだ8年前のままであった。

 視線があうと彼女はそらしてしまう。
 でもそのまま、視線を動かさず、瞬きひとつせずに見つめ続ける。
 おずおずと視線を戻してくる。
 一瞬――ほんの一瞬だけ――視線がからむ。
 その琥珀色の瞳は、いつもの陽気な彼女からみれば、おどおどしていて、弱気で、怯えていて――。
 そしてまた視線はほどけてしまい、彼女は目を伏せる。

「――琥珀さん」

無限の思いを込めて、その人の名前を囁く。
ありったけの思い、優しさで。


 拒絶されなかったのであろうか――。


 仮面の奥にいる本当の姿をちゃんと見たのか――。


 その壁を崩せたのであろうか――。


 視線は戻らない。でも震える声を紡ぎ始めた。

「……志貴さま」

蚊のなく声。か細くて、そのまま消え入りそうな声。

「すみません、自分から誘っておいて。
――でも怖いんです、わたし」

いったん躊躇する。

「……槙久様や……四季様に組み敷いられた時はそうでもなかったんです」

一気にしゃべり始める。

「早く終わればいい、なんて苦しい運動。
ただ、わたしにいれて動いて出したら、それでおしまい。
感応者としての力を引き出すために、ただの道具として、ただの人形として――抱くだけ。
 いいえ、ただ抱かれるのならば、ましでした。
 ただ――」

彼女の震える声がぼろぼろと崩れ出す。
語尾は震え、空へ消え去り、そして――。

ただ一筋、涙がこぼれる。

「……ただ、処理するためだけ――。……抱く、のではなく、処理、なんですよ……」

 彼女は泣きながら、微笑もうとする。
 でも口元がうまくあがらない。
 笑った口にならない。
 ただ口元を引き上げれば、いつもの、あはー、という、あの陽気な笑みができるはずなのに――。

「……あ、あれー……へ、ヘンですねー……」

ただただ涙があふれ、こぼれ落ちてくる。

そんな彼女がいたたまれなくて、抱きしめる。
力いっぱい抱きしめる。

「――苦しいですよ」

弱々しい抗議の声。
それは抗議というより甘えた声で――。

だからもっと、ありったけの力をこめて抱きしめる。

「……」

 こんな彼女に何がやれるというのか。
 できるというのであろうか。
 彼女は笑えない。
 向日葵のようなあの突き抜けた屈託のない笑み。
 昼間、みんなの前では浮かべることはできる。
 あの誰しもが安心できる、明るい笑み。
 でもふたりっきりの時にはできない。
 彼女の心はいまだ、癒されていない。
 こうした逢瀬だけが、こうした抱擁のみがただ彼女を癒せる。
 そう信じて、イタズラする。
 そう信じて、抱きしめる。
 そう信じて、彼女を愛する。
 それだけが唯一できることと信じて――。

 おずおずと俺の背中に手を回してくる。
 そして抱き返してくる。
 少し怯えて。
 それが可愛らしい。
 こんなシーンで不謹慎だが少しだけ笑いが漏れてしまう。
そして手をゆるめて、彼女を見る。
 彼女は目を厚ぼったく腫れさせながら、その視線を避けようともしない。
 そして微笑む。
 あんなに大人で、イタズラ好きで、お茶目なのに、彼女が見せてくれる笑みは震えていて。
 でも、柔らかく微笑む。
 なんてこんなに柔らかく微笑むことができるのだろうかと思うぐらい。
 それは優しくて。
 柔らかくて。
 まるで何の悪意もない子供のような、そんな笑み。
 みんなが知らない俺だけの笑み。
 そして 一言。

「……志貴さま、お情けをくださいませ――」

 そんな言葉を紡ぎだした唇にそっと唇を近づける。
 彼女は目を閉じて。
 そして俺達は口づけをかわす。
 最初は軽い口づけ。
 次は長く。
 その次は舌を絡めて――。
 それはそのままお互いの舌ばかりか口にもいれあい、お互いの唾液をも啜り合うような、激しいものへとエスカレートしていく。
 着物は乱れ、帯はほどけていく。
 白いその首元にそっと手をふれる。
 爪で触れるか触れないか――そんな弱い触れ方で撫でる。
 そのまま細い鎖骨へと伸ばし、そっとなぞる。
 震えている肌をそっと愛撫する。

「……イヤです、志貴さま。そんな……」

抗議を無視して、ただ撫でるだけ。
怯えて白かった肌はゆっくりと赤みが差し始める。
本当にゆっくりとした愛撫。
愛撫というより戯れ。
 でもこれがもっとも安心させるやり方。
 彼女に愛しているということを、言葉ではなく行為で伝えるため。
 ただ俺の肉欲にまかせたものではなく、彼女の感情の発露にあわせたもの――。
 彼女を一方的に抱く、ではなく、ふたりで求め合って抱き合う――そういう行為なのだと知らせるために。
 彼女の肌は少し汗ばんでくる。
 それでも、まだやめない。
 乱れた和服はとても色っぽくて、本当ならそのまま襲いかかりたいぐらいだが――。
 それはしてはならない行為。
 生唾を飲みながら、彼女をじらす。高める。高ぶらせていく。
 耳を甘噛みし、そしてはだけた胸元へと手を伸ばす。
 すぐに日焼けしていない白いでも火照った双房があらわになる。
 ブラジャーはつけていない。和服だからだろう。
 その胸にも対しても、ただそっと触れるだけ。
 こねるどころか、指先さえ触れない。
 ただ爪先で撫でるだけ。
 行っている自分でも苛立つぐらいに――。
 彼女の呼吸が荒くなっていく。
 爪先でふれているというのに、胸の鼓動が伝わってくるほどで――。
 荒く、でも甘い熱い息が喉元をくすぐる。
 ちらり、と見ると。
 真っ赤となって、彼女は耐えていた。
 その目はまるで何も知らない子供のようで。

「……志貴さま、ちょっと待って……なんだかヘンです……」

 なぜこんなにも感じるのかわからずに、怯えていた。
 目を閉じ、こらえようとしている。
 でもこらえさせない。
 イタズラする。

 突然、乳首を抓む。首筋に口づけする。

「!」

突然の強い刺激に彼女の躰は大きく震える。

「――志貴さま、待って待って……」

首をいやいやと振りながら、彼女は哀願する。

「……つけないでください、そこは……」

 ――でもやめない。

 首筋にはっきりとしたキスマーク。
赤いそれは、たぶんいつもの割烹着姿ではみんなに知られてしまうところ。
 もう一度つける。
 いやもう一度といわず、何度でもつける。
 この娘が自分のものだと示すために印をつける。
 この女性がどの男のものだか知らしめるためにつける。
 彼女は淫らな声を上げる。
 おののき震えていた彼女は、はじめて声を上げた。
 その甘い嬌声に痺れながらも、自分を抑える。
 指先はいつしかその小さな乳首だけでなく、手全体で乳房を揉んでいた。
 そのまま乱れ、服の様相を呈していない和服をちらりと見ると、白い太股が乱れた裾から見えていた。
 足袋に包まれた足先とその真っ白な太股は妙に淫猥で――。
 むっちりとした太股にちらりとみえる血管が艶めかしく、
 膝を合わせ、震えているその脚はゆるやかな曲線を描き、
   男を誘っていた。
   女として誘おうとしていた。

 そっと太股に手を伸ばす。
足を動かし、避けようとすると――。
 ちらりと間からその赤い髪と同じ色をしたものがチラリと見えて――。
思わず生唾を飲み込む。
 その汗ばんだ太股は手に吸い付き、柔らかく、心地よい。
それを撫でながら、ゆっくりと上にあがる。
 俺の裾を握りしめて、彼女はこみあげてくるものを耐えていた。
 顔は真っ赤で、目を閉じて、その眼尻に涙を浮かべ、唇を噛みしめて――なんて初々しい。
 初めて、琥珀さんを見た気がした。
 陽気にだた笑うだけの琥珀さんでも、
 昔の翡翠を演じる琥珀さんでもなく、
 本当の琥珀さん。
 まだ蝶よ花よと育てられるべき時に大人になることを強制させられた女の子。
 まだ何も知らない、知識だけが先行して心がおいついていない、可愛い女の人。
 なんて初々しく、可愛らしい――。
 そんな女性が俺の手の中で啼いていた。震えていた。求めていた。
 理性がはじけそうになる。
 でもそれは厳禁。
 まだ琥珀さんは琥珀さんになれていないのだから――。
 これは八年前と今とを繋ぐ逢い引きなのだから――。
 だから我慢する。
 そしてじらす。
 ――このあたりは、俺が悪いのだが。
 でもセックスは、抱き合うことは、求めることは、とても普通な行為であり、
 あういう犠牲の上になりたつ行為ではないことを教えたくて。
 万感の思いをこめて、彼女を愛撫する。

 そして彼女の女にさしかかると、躰が硬直する。
 でもそのまま手を下に戻す。
 ゆっくりとなで上げ、さすり、彼女の声を楽しむ。
 自分よりも彼女に悦びを与える。

 彼女は首をふる。
 甘く震えた、たまらない声を紡ぐ。
 それはさわってといってるのか――。
 それともこれ以上は耐えられないといっているのか――。

 そんな初々しい女の色香に誘われて、彼女に手を伸ばした。

 そこは熱く、蕩けていた。
 その蜜壺はしどどに濡れ、柔らかく、指を飲み込もうとしている。
 いやらしくそれは男をもとめ、啼いていた。
 それに指をいれる。
 そのま飲み込まれ、溶けていきそうで。
 そして締め上げてくる。
 たった一本の指もしめあげて、こすり、奥へと誘う。
 それだけで達しそうになってしまうほどで。
そしてそこから抜き出す。
 でも粘膜は指をしごきあげ、爪先であってもしっかりとからみつく。
 襞のひとつひとつが心地よく、脳髄がやかれ、腰骨あたりが疼く。
 今度は二本入れる。
 ゆっくりとはいっていく。濡れぼそったそこに指を埋めているというのに、まるで自分のそれをあてがって入れているようで――意識がとろけていく。
 彼女は湯気が出そうなほどの熱い吐息を吐き、ふるふると震えていた。
 その唇は開き、白い歯がちらと見え、震えている。

 淫猥な音をわざと立てて、女をいじる。
 花弁は震え、充血して真っ赤となり、匂い立つようなほど。
 彼女にただ肉体の悦びにまかせて、心も喜んで良いことを教えるために。
 だからあえて淫らになるように、感じさせてあげる。
 彼女は手を口にもっていき、声を抑えようとする。
 ――でもさせない。
 手を押さえ、わざと激しく彼女を嬲る。
 ひときわ大きい声。
 もしかしたら家の誰かに聞こえたかも知れないほど、大きい悦びの声。
 女を、
 感じていることを、
 牝であることを、
知らしめる淫らな声が響く。
 ふいにそれは消えて――。
 残るはただ惚けた、とろんとした恍惚の顔。
 すでに真っ赤にな、いやらしく汗をかいた全身に再び口づけをする。
 甘くしょっぱい。
 俺の方も我慢できない。
 急いでベルトを外し、スボンを脱ぐ。
 そして一物を外へ出す。
 熱のこもったそれは、熱く反り返り、凶器と化していた。
 彼女の股をわって、入り込む。
 再び見つめ合う。
 その視線はもう逃げず、怯えてもいなかった。
 名前の由来となった瞳はただ俺を見つめていてくれて、
 子供のような笑みをうかべ、

「志貴さま……」

 潤み甘く恍惚のまじった声で、ささやく。
 頷く。
 そして彼女とひとつになった。
 今さっき、指を入れただけで、まるで自分のモノをいれたようだと評したけど、それの比ではない。
 そのまま飲み込まれていく。
 ゆっくりといれたはずなのに、先が触れただけで、襞はわななき、飲み込んでいく。
 熱いそれは、どろどろの壺で、そのまま愉悦に溶かされていく。
 そしていっぱい奥にまで入れる。
 あたる。
 彼女はあたると声を上げる。
少し抜いて、またあてる。
 また声をあげる。
 甘く切なそうな声。
 その声が聞きたくて、もっともっと奥へといれる。
 彼女は背に手を回して抱きついてくる。
 腰を大きく動かす。
 切なげに声を漏らす。
 止まらない。
 彼女の声に痺れて、とめることができない。
 痺れてくる。
 口がカラカラになる。
 息が上がってくる。
 でも止まらない。
 腰はしびれ、ねっとりとした何か包まれて、とけていく。
 たまらない。
 腰の奥にあるなにががふつふつとあがってくる。
 灼熱のそれが高まってくる。
 昇ってくる。
 志貴さま、志貴さまととた悦楽にまかせて、嬌声と名前を呼ぶだけの彼女は、俺が達するのを感じたのか。

「中は……中は……やめてください……」

暴走気味でもその声は聞こえて、我に返る。

それでも中はとても気持ちよくて――。

「……ダメです……志貴さま、外に……」

突き入れるたびに溶けていくようなそこはたまらなくて――。

「……あ……うふん……外へ、お願いし……あぁ!」

彼女の鼻にかかった啼き声が痺れさせて――。

そして悲鳴に似た声。
 すべてを解き放ち、手放した者だけが放てる声。
 熱いそれがおれのをぎゅぅっとしぼりあげる。
 たまらない。
 そのまま出したいのを我慢して、引き抜く。
 と同時に爆ぜた。
 白濁した液がその乱れた和服と、陰毛と太股に撒き散る。

 俺の欲望を浴びると、彼女はあられもない声をあげて、胸を突きだし、そのまま一瞬固まる。
 そして脱力。
 柔らかくそして官能に火照った彼女の体に俺の体を預けるように、倒れ込む。

 ――疲れた。

 耐えに耐え、焦らしたはずが、焦らさせれていたのは実は自分だったのだと気づき、

 愛おしい彼女の天女のようなとろけるような表情を眺めたあと、その胸に顔をうずめた。


 心地よい疲労感に溺れ……意識は暗転してい……った………。


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