華 雅 魅 (

 わたくしの名は鈴木一男と申します。
 鈴木はよくある名字ですし、一男というのは、その名の通り長男だからでして。
 わたくしが産まれた当時は、名前にいちいち凝ることはありませんでした。太郎か一郎、次男は次郎。娘は花子とまではいきませんが、まぁそういう名前でして。
 だから一男というのは、よくよく考えてみれば当時にしてみれば洒落た名前なのかもしれません。
 わたくしの年は70歳ですが、今なお現役で仕事を勤めさせていただいております。
 頭の上が禿げてしまっていますが、制服の帽子で隠れて、鏡で見てみるとナイスミドルみたいな感じではないか、まだまだいけるゾ、などと思っておりまして。
 妻にそのことを言いましたら、何言っているのしわくちゃな爺さんのクセに、などといわれて笑い合ったものです。
 たしかに禿げが隠れれば年は5歳ぐらい若返って見えます。
 しかし顔にも手にも皺が刻まれ、肌にはシミが浮かび上がり始めました。
 もぅそんな年なんですね。
 そして笑い合った妻も3年前に先立たれました。
 妻には悪いことをした、と思っています。
 仕事一筋で頑張ってきて、贅沢のひとつもさせてあげることはできませんでした。
 生きているときは、やれ温泉にいきたいだの、海外に行きたいだのと言われていたのですが、ただうるさいと思って聞き流していました。
 先立たれるのならば、休暇を貰って温泉にでも海外にでもつれていってやればよかったです。
 妻は風呂で溺れて死にました。
 いえ、正確には溺れて死んだわけではなく、風呂に入ったときに心不全で倒れてしまって。
 妻はとても風呂が大好きで、ゆっくりと長湯に浸かるのが一番だといっておりました。
 その風呂で死んでしまって……なんというべきなのか今でも言葉がありせん。
 妻との間には子供はいませんでした。
 わたしは独り者になってしまったのです。
 気軽な、とはいえません。
 なにより妻が死んだことに気落ちして、また意外と自分のことができずにおたおたしたものです。
 タンスのどこに自分の下着が入っているのかわからない有様でしたし。
 でも――。
 妻には感謝しております。
 こんな爺さんに添い遂げてくれたんですから。
 今更ですが、愛しているなどというべきだったのかもしれません。
 若い者はよく道ばたで接吻などいたしておりけしからんと思うのですが、今はその気持ちも何となくですがわかるようになったのです。
 あのときちんと接吻や愛しているなどと、まぁ照れてしまって何も云えないのでしょうが、言うべきだったのでしょうね。
 わたくしの生きていた時代では、そんなことをいうヤツはケシカラン、惰弱なヤツだと言われてました。
 そう思うと時代が変わったのだとしみじみと思います。
 妻との間に子供はおりませんでした。
 だからなのでしょうね。
 秋葉お嬢様がまるで自分の孫のように思えて仕方がありません。



 毎朝、わたくしは車を出して、浅上女学院までお嬢様をお送りいたします。
 わたくしは遠野家のお抱えの運転手を勤めさせております。
 先代の槙久様がお亡くなりになり、お嬢様が当主になられると使用人はお暇を出され、寂しくなってしまいました。
 わたくしは通いだったため、お暇ではなく、そのまま雇っていただけて、運が良かったのだと思います。
 お嬢様は朝6時には出発されます。車で2時間かけて、県を越えて、浅上に向かわれるのです。
 その間、お嬢様は車の中で報告書を読まれるかご休憩なされるのかのどちらかで、わたくしとしては気が気ではありませんでした。
 秋葉お嬢様はまだ高校に入ったばかりでございます。
 また花も恥じらうお年頃、乙女といってよいと思います。
 あの長い御髪、あの立ち居振る舞い、優雅な言葉使い――どれをとられましてもお嬢様でございます。
 もし自分に孫がいたらと、夢想してしまいます。
 このようなお嬢様になるわけはありませんが、それでもわたしはお嬢様をつい孫のように思っております。
 そのようなお嬢様なのに、まだうら若き乙女というのに、当主としてかあまりにも頑張りすぎていて、見かねておりました。
 時折、もう少し気を抜かれたらいかがでしょうか? と勧めたのですが、お嬢様は首をふるばかり。
 その様子は当主の重圧で潰されそうに思えてなりませんでした。
 今の若い者はチャラチャラと遊んでいるというのに。
 そう考えれば考えるほど不憫でなりませんでした。
 しかしわたくしは一介の使用人。それ以上のことは何も云えませんでした。



 二学期になりますと、長男である志貴様が戻られました。
 先代様から勘当されておりましたが、どうやらお嬢様が呼び戻したようです。
 それはとても喜ばしいことだと思いました。
 たったふたりっきりの兄妹ですから、力を合わせていきてくださればよいと思いましたし、なによりこれでお嬢様の負担が減ると思いました。
 いくら勘当されていたとはいえ戻ってきた以上、ご長男ですから当主の座に納まるか、またはお嬢様のよき相談役、よき兄として支えてくださると思ったのです。
 ただひとつ気にかかる点がございまして。
 志貴様が戻られてから、お嬢様の登校時間は遅刻寸前まで遅れてしまうこととなりました。
 わたくしとしてもスピードを出さなければならない羽目となりまして。
 せめてお嬢様にごゆっくりと安心して登下校していただきたいので、そのことをお嬢様に進言いたしましたら、でもこれでいいのです、と言われまして。
 まぁお嬢様にはお嬢様の考えがあるのでしょう。
 わたしは運転手としてあせらずかつ急いでお送りすることとなったわけです。
 ですが、お嬢様はこのように遅刻寸前になったというのに、笑うようになったのです。
 当主になってから、眉をよせるようなことが多かったお嬢様が、です。
 それはそれはとても嬉しそうに笑うようになりまして。
 遅刻寸前になればなるぼと、なぜかとても嬉しそうなのです。
 たぶん――私が思うに、時間を遅らせてまで何か見たいのか、やりたいのでしょう。
 何があるのかはわかりませんが。
 でも、お嬢様がよく笑うようになったのは、とても良いことだと思います。



 ある時のことです。
 お嬢様は登校中、就寝されまして。
 急いでいるのですが、わたくしはなるべく揺らさず安眠できるよう努力しておりました。
 まぁそれでも車を揺らすような場面がありまして。
 つい振り返ってお嬢様を確認したのです。
 今思えば、バックミラーでお嬢様を確認すればよかったのですが。
 お嬢様はまだお休みになられていて、わたしくはほぅと胸をなで下ろしたのです。
 しかしその時


   兄さん


と秋葉お嬢様は呟かれたのです。いえ呟いたというよりも寝言ですか。
でもそのときのその言葉は、なんともいえず、ゾクリとしました。
 あの楚々としたお嬢様の口からもれたものとは思えないほどの
 妖艶で、なんていうか、とても淫靡な感じがしたのです。



 いつものとおり家に帰って、いつものとおり風呂に入り、いつものとおりプロ野球を見ながらいつものとおりに晩酌して、いつもの時間に布団に入りました。
 でもいつものとおりに、眠れませんでした。


   兄さん


 あの言葉がどうしても耳から離れないのです。
 お嬢様が兄君とされるのは志貴様だけで――。
 その志貴様に対してなぜ妖艶な響きをもったつぶやきをなされるのか。
 あの瑞々しい桜色の唇からもれたたった一言。
 忘れれば良かったのかもしれません。
 しかしわたくしはあの響きを忘れることはどうしてもできませんでした。
 布団の中で寝付けず、あの言葉の意味を考えておりました。
 いえ、けっしてそんなことはない、とわたくしは思っております。
 でもそのようなことを思うのはとても失礼なことであって、わたくしめが考えてはならぬことだと思うのですが。
 でもあの響き。
 あの淫らな響き。
 甘く囁くような、うっとりとするようなあの声。
 それは、愛しい者を呼ぶ切ない女の声、でした。
 わたくしはどうしても、自分の考えをうち消すことはできませんでした。
 兄妹でそのようなこと……。
 お嬢様が兄君に恋慕されているとは!
 しかし志貴様とお嬢様は離れて暮らしておりましたし。
 突然現れた年が近い異性に、お嬢様は……。
 転がる箸にも笑ってしまうようなお年頃です。
 恋だの愛だのといったものに感化されやすいお年頃です。
 お嬢様は若い年頃に陥りやすい『恋に恋している』のだと思います。
 そう思いました。
 しかし、あのたった一言のつぶやきが、
 わたくしを苛むのです。
 わたくしを悩ますのです。
 お嬢様が、
 いや、でも、しかし……。
わたくしの思考は千々に乱れて胡乱となっていくだけでして。
 わたくしはうとうととしてはその言葉を思い出し、思い出すと目を覚ましてしまって、その日はとうとう一睡もできませんでした。



 またある日のことです。
 それを見た時、ドキリといたしました。
 お嬢様の首に赤くなっている箇所がありました。
 虫にくわれたのだと、言い聞かせましたが。
 しかしそのお嬢様のとろんとしたその表情に。
 悩ましげなその吐息に。
 ほっそりしたその体つきに。
 しっとりとしたその白い肌に。
 妙に女を感じてしまいまして。
 その首筋の跡はどうしても接吻のあとに思えて仕方がなく。
 わたくしは酷く狼狽えてしまったのです。




 それからです、わたくしがお嬢様に対して別の意味で関心をもちましたのは。
 時折漏れる寝言につい耳を側立ててしまうわたくしがおります。
 あぁ
 本当のことを言います。
 わたくしは、たぶん、それを期待しているのです。
 近親相姦などというおぞましいものを否定しながらも、
 この麗しいお嬢様が、
 自分の孫のように愛おしいと思っている秋葉お嬢様が、
 兄君との禁断の恋に、などと夢想しているのです。
 この70歳になる爺さんが、です。
 この楚々としたお嬢様が、禁断の蜜愛に染まっていると考えるだけで、わたくしは久方ぶりに勃ちました。
 なんということでしょう。
 わたくしは孫だと考えていたお嬢様に、劣情をもよおしていたのです。
 いえ、これも年頃の娘が急に美しく成長するからだと言い訳をしておりました。
 突然、女の子が女になるというのは、たとえ年寄りでもドキリとさせるような事柄でして。
 美しく花開くその様は、とでも麗しくて。
 ついつい見惚けてしまうものなのです。
 いえ、これはただの言い訳です。
 わたくしは秋葉お嬢様の何気ない仕草に女を感じて狼狽えているのですし、劣情をもよおしているのですから。



 兄君が戻られてから、お嬢様はよく笑うようになりました。
 でもわたしは今はその笑みを直視することはできません。
 今まではなんてよいことなのだろう、と目を細めて、まるで可愛い孫の笑顔を見ているつもりでしたが。
 あの笑みは――とても淫らで、まるで淫婦の笑みと申しましょうか、そんな背筋をゾクゾクとさせる魔性のものでした。



 登校中のことです。
 信号で停止している最中、思い切ってお嬢様に尋ねてみました。

「なんです、鈴木?」

と首を傾げるお嬢様に、わたくしは、

「兄君についてでございますが」
「兄さん? 何か……」

 まぁわたくしと志貴様とではあまりにも接点が無く、お嬢様は首を傾げるばかり。

「えぇ志貴様のことです」

心臓がドクドクいっております。
喉が妙に渇いて、口の中が妙に渇いて粘っこくなっていきます。
目が定まりません。

「あのぅお嬢様……」
「どうしたの、鈴木。はっきりおっしゃいなさい」
「……はい」

でもイザとなるとなにを言ってよいものか見当もつきませんでした。
お嬢様はこうして楚々としておられましても、実は気性の激しい方でして。
どうしたら怒らせないでお話できるか、しばし考えました。

「……志貴様を愛しておりますか」

 これがわたくしの出した結論です。
 これならば、異性としてではなく血縁としても答えられる無難なものです。

突然の質問にお嬢様は真っ赤になられまして。
なんと初々しく、わたくしの懸念は間違いなのだと思わせるものでした。

「えぇ――」

お嬢様は目を細め、口元に笑みを浮かべ、誰かにそっと囁くようにお答えになられました。

「……もちろんですとも――兄さん」

その笑みは、その声は。
 肉親に対するものではなく、
愛する愛しい男へと呼びかける女のもの、でした。

そのときわたくしの中ではじけました。
思わず口走ってしまったのです。

「志貴様とは兄妹なのですよ!」

もしかしたら叫んでいたのかもしれません。
気がつくと肩で息をしておりました。

クラックションが聞こえてきます。
見ると信号は青で。
わたくしは急いで車を出します。

軽い振動。
いつもの道並み。
  わたくしの心臓は早鐘のように鳴り響き、とりかえしのつかないことをしたのではないか? と、おののいていました。
 お嬢様に、このようなことを申してしてまって。
 車内は緊張感あふれた沈黙に包まれてしまい。
 バックミラーも見ることもなく、ただ前を見ておりました。

「鈴木」

お嬢様の声です。
ちらりとバックミラーで伺うと、お嬢様と目が合いました。

「……知っています、そんなこと」

ふとお嬢様は目を逸らします。耳まで赤くなられていて。
その姿は悩ましげで、痛ましくて。

「でも、仕方がないじゃないの『愛している』のですから」

その言葉になぜかわたくしは納得したのです。
今の時代はそのような時代なのかもしれませんね。
愛している、恋しているなどと軟弱なことをいってもよい時代なのかもしれません。
 しかし秋葉お嬢様のその言葉はとても素直で、心からいっているのだなとわかると、すとんと納得したのです。
 禁断の恋、などといわれ、犬畜生にも劣る劣情なのかもしれません。
でも、それは確かにお嬢様の心のまま、素直に表現されたこと。
 もちろん、体までもが結びついたとしたら大事です。
 心ならば、心だけならばどうなのでしょうか?
 年寄りのわたくしにはわかりません。
 しかし、兄さんを愛している、と告げるお嬢様はとても初々しくて。
 とても乙女らしい純でウブな心なのだな、と思ったのです。
 とたん急に恥ずかしくなりました。
 そのようなお嬢様に対し劣情を抱いた自分がとてもあさましくて。
 車内はまた沈黙に包まれました。
 しかしそれはとてもやさしいものであって。
 浅上につくまで楽しい一時を過ごすことができました。

 ――そして、わたくしはお嬢様に対して、また孫のような思いを取り戻すことができたのです。



 わたくしは今もお嬢様を送り迎えさせていただいております。
 といいましてもお嬢様とお会いできるのは浅上までの送り迎えかお稽古事の時ぐらいでして。
 結局はいつもと同じというわけでございます。

 これがわたくし鈴木一男が唯一、他人様に聞かせることができるお話なのでございます。
 

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postscript

1st. July. 2002 #38