鮮花調教伝〜快楽残留〜
二日目・前編


まだ痛みを訴える身体を無視して歩く。

行き先は工場地帯の真ん中にある橙子師の工房だ。

後ろでなにやら藤乃が文句を言っているけど、聞いている暇はない。

藤乃を引き摺ったまま、階段を二段飛ばしで駆け上がって、4階の事務所のドアを蹴り開けた。


「なんだ、鮮花。血相を変えて駆け上がってきたかと思えば、乱暴にドアを蹴り開ける。何かいい事でもあったのか?」

兄、幹也が勤める事務所の所長であり、転じてわたしこと黒桐鮮花の魔術の師でもある蒼崎橙子は、
気だるげにコーヒーなんかを啜りながらそんな事を聞いてきた。

「これが落ち着いてられますか。一体何なんですか!?藤乃にあんな――――――」


「ああ、藤乃も来たのか。で、薬の効き目はどうだ?割と微妙な薬だからな、成果を上げているといいんだが」

「お陰様で、痛みもきちんと感じられています。その節は本当に有難うございました」

…………この二人はわたしがどれだけ怒っているかも気に留めず、暢気に世間話なんかを始めだした。


「はい、鮮花。いつもの日本茶。……藤乃ちゃんはコーヒーでいいかな?」

「はい、有難うございます、幹也さん」

「ああ、黒桐わたしにもお替りを頼む。どうやら話が長くなりそうだからな」

はいはいと幹也がお茶を配っていく。

まったく、どうしてこの男はタイミングが悪い時にばっかり居るんだろう。日曜ぐらい家でのんびりしてればいいのに。


「兄さん、申し訳ありませんが、今から橙子師と大事な話があるんです。少し席を外してください」

「ははぁ、そりゃ無理だよ鮮花。今日中に終らせないといけない書類が残ってるんだから」



「い い か ら 、 席 を 、 外 し て 、 く だ さ い 」



よっぽどわたしが怖い顔をしていたんだろうか。

それとも有無を言わせぬ口調に驚いたのか、幹也は大人しく退散しようとして、橙子さんに呼び止められた。

「ああ、黒桐ちょっと待て。藤乃も連れていってやってくれ。少し込み入った話になるからな」

それじゃあ藤乃ちゃん、アーネンエルベにでも行こうか、なんて事を言いながら幹也と藤乃は出て行った。



「――――――で、藤乃まで連れてきて、どうかしたのか?」

「どうしたもこうしたもありませんっ!!なんなんですか藤乃のアレは!?」

「いい出来だろう?本物のメイドが使っていたタイプのメイド服をベースに魔術を施した逸品だ。効果の程は―――」


この人は分かっていてからかっているんだろうか。


「そっちじゃありません!藤乃についていた、そ、その…………あ、アレのことです!」

「ああ、鮮花には説明してなかったな。ふむ、いい機会だから説明してやろう」

そう言いながら、橙子師は煙草に火をつけた。

ゆらゆらと紫煙が立ち昇りだしてから、橙子さんは話し始めた。

「藤乃が無痛症だという事は、多分本人から聞いているだろう。

だが、あれは先天的なものではない。

本来は視神経脊髄炎という病気だったのだが、

藤乃の父が痛みをなくす為だけにインドメタシンなどの薬を投与し続けた結果、ああなったわけだ。

エジプト辺りの魔術師は目を縫い付けるなどして、自己の能力を高めるという。

藤乃の場合は痛みを消してしまう事により、能力がより強力なものになってしまったのだろう。

まぁ、この辺は鮮花には関係のないことだから省くとして―――――


――――何処まで、知っている?」


橙子師にしては珍しいほど微妙な目をしてそんなことを聞いてくる。


なにか、ひどく嫌な予感がする。


これ以上は聞くな、って頭のどこかで警報が鳴り響いていて、胸の真ん中辺りが締め付けられる。


でも私の口は、意思とは関係なく言葉を紡いでしまっていた。


「藤乃が無痛症で、人を殺してしまって式に助けられた。ということくらいです」


「ああ、大体はそれで合っているが…………いいか。この際隠し立てしても仕方がない、全部教えてやろう」



そういうと橙子さんは穏やかに、とんでもない事を話し始めた。



「ことの始まりは、藤乃が陵辱された事から始まる。

そこらにいる、本当にクズの様なグループに藤乃は『ただ、礼園の学生で綺麗な女』という理由で藤乃は彼らに襲われた」




……………………はい?




…………いま、この人は何て言ったんだろうか。




「無痛症の藤乃にしてみれば、体を穢されることよりも心が犯されることのほうが辛かったのだろう。

誰にも打ち明けられずに一人で悩んでいたらしい。

彼らは藤乃が一人で悩んでいると知って図に乗り出した。

日に日にその犯行はエスカレートし、ある日彼らは藤乃の背中を金属バットで強打した。

それが、藤乃の無痛症を一時的に治し、同時に超能力を開花させてしまったんだろうな」


「ちょっ……ちょっと待ってください。何で警察に訴えなかったんですか!?」

そうだ、普通に考えれば襲われたと訴えれば、街にいる彼らのようなグループは芋づる式に摘発されるのが常だ。

彼らには楽しい時はとことんつるむけど、自分が危なくなったら容赦なく友人を差し出す。

自分だけ犠牲になるという観念がないのが彼らの特徴なのだから。

ましてや、藤乃の家は浅上建設という大企業だった筈だ。

それこそ、警察の手など煩わせないでも、裏でいくらでも彼らを見つけることは可能のはずなのに。


「それは、襲われていない者の考えだ。例えば鮮花、お前が襲われたと仮定しよう。その時、お前は黒桐に『襲われました』と言えるか?」

「―――それは…………

…………言え、ません……」


言える筈がない。自分の好きな人や身近な人に「私、襲われたんです」なんて言えるはずがない。

幹也なら、軽蔑するような事はないと言い切れるけど……わたしが多分耐えられない。

「そういうことだ。性犯罪の被害者は大半が泣き寝入りをすると聞く。

訴え出た後の周囲の目は確実に変わる。恐らく藤乃は家族や友人の自分を見る目が変わってしまうのが何よりも怖かったのだろう」

「………………………」


「話を戻すぞ。藤乃の能力は『歪曲』といって、物を捻じ曲げる能力だ。

幼少の頃はスプーンを曲げる程度が精一杯だったらしいが、

藤乃の父親が能力を封じ込めようとして藤乃を無痛症にしたことにより、皮肉にも強化されてしまったわけだ」


そこまで言って、橙子さんは灰皿にタバコを押し付けて火を消した。

そのまますぐに二本目の煙草に火をつけて、大きく煙を吸い込んでから話の続きを始める。



「ある日彼らはいつもの様に藤乃を呼び出して暴行を開始した。

が、そのうちの一人が反応しない藤乃に腹を立てて、ナイフを突きつけたらしい。

此処からが偶然が面白いように重なっていてね、藤乃は慢性の虫垂炎だったそうだ。

それが原因で腹部に刺される寸前に痛みを発し、藤乃の能力が発動してそいつを殺した。

その場にいた5人のうち4人は殺され、一人は逃走――――――

――――――こいつが湊啓太と言うんだが、逃げた。

それで藤乃は啓太少年に復讐するために彼と繋がりのある人間を殺し始めたんだ」



「………………」

藤乃が行方不明になっていた数日間の間にそんなことが起こっていたなんて、夢にも思わなかった。

どうして…………気付いてあげられなかったんだろう。


「結局、彼らは自分で自分を殺す要因を作ったわけだな。同情する気にもならないがね。

結局7人殺した時点で式と戦闘になって、その殺戮に終止符を打ったということだ」

煙草を咥えながら橙子さんは話を続ける。


「その後、式によって命を救われたカタチになった藤乃は入院した。

虫垂炎が進行して腹膜炎になっていたが、そちらの方は割りと治しやすい。

だが、視神経脊髄炎―――デビック症と呼ばれるこの病気が厄介だ。

早期ならば副腎皮質ステロイドやプレドニゾロンなどを投与・内服していけば治すことが可能だが、

藤乃の場合は、インドメタシン・アスピリンといった痛みを抑える薬を中心に投薬されたからな。

痛みはなくても病巣自体は消えていなかった。副腎皮質ステロイド等が投薬されていたから後遺症などは抑えられていたが、

デビック症は視神経脊髄炎―――MSと言ってね、普通のMS【多発性硬化症】よりも病巣が壊死しやすい。

調べてみたら、藤乃の体はもうボロボロだった。死なせてやるのが最良の手と言ってもいいくらいだ。


だが、ここで黒桐がとんでもない事を言い出した。なんて言ったと思う、鮮花?」



腹立たしいような、面白がっているような微妙な表情をして橙子さんはそんなことを聞いてきた。


「幹也のことですから…………生きていれば良い事もあるから生きなくちゃ駄目だ、といったところですか?」

「その通りだ。よく分かっているじゃないか。だが、現実はそんなに甘くない。

そうしたら黒桐はこともあろうに『橙子さんは魔術師なんだから、治せますよね』なんて言ってくる。

魔術師を魔法使いと勘違いしている典型的な例だが、

可愛い社員から泣きそうな顔でそんなことを言われたら、意地でも治してやりたくなるだろう?」

まったくその通りだ。幹也が必死になっているところなんてわたしでさえ殆ど見たことがない。

それほど幹也にとって藤乃の存在は大きいんだろうか。



「結局、旧い友人の協力を得てあの薬を完成させたんだが…………副作用があった」

「それが、アレですか?」

「ああ、男性器が生えるのもだが、欲情しやすくなるんだ。

この病気は小脳付近にまで達してしまうことがある。複数存在する病巣、つまり破損した部分だな。

これを上から塗りつぶすんだが、これがなかなかどうして難しい。結局限界まで妥協させてあの程度だ」


ここまでくると、魔術ではなく医術なんだがね。と橙子師は呟いてこちらを見据えてくる。


「だが、病気は治っても、心までは治せない。

藤乃は痛みを感じる事が転じてそのまま殺人に繋がるんだ。

結局、私に出来た事と言えば殺人衝動―――能力の発現を発情、というカタチで発散させてやる程度だった。

だがそれも一時的だろうな、あの薬は完璧じゃない。放っておけば藤乃はまた殺人を犯すだろう」


橙子さんの話はあんまりにもショックすぎて、頭がショートしてしまいそう。

だけど、橙子さんは混乱しているわたしに止めを指すかのように話を続ける。


「それに欲情と言っても本来は殺人衝動だったモノを無理やり変換しているんだ。その強さは自制できるレベルじゃない。

厄介な事にね、快楽に慣れてしまうとそれは快楽ではなくなってしまう。

そろそろ一人で『する』快楽にも慣れてしまうだろう。そうすれば衝動が抑えきれなくなって殺人を再開する。

限界だと言ったのはそういうことだよ」





―――――――――つまり、あれか。



混乱してる頭で理解できた事といえば、藤乃はもうすぐ殺人を犯してしまうという事と、



それを防ぐ手立てはまだ残っている、という事だ。



「それで、橙子さん。こんなにのんびり話してるという事は防ぐ方法はあるんですよね?」

「ある事にはあるさ。慣れなければいい、それだけだ。だが現実にはそんな事は不可能だろう?だから、もう、無理なんだよ」


仕方のないことなんだ、と煙草を咥えながら橙子さんはあさっての方向を向く。

まるで自分に力がないことを恥じるかのように。

だけど、そんなことでわたしが諦められるはずがない。


「いえ、方法はあります。橙子さん、そのお薬って完全じゃないんでしょう?だったら完全なものを作ればいいだけです」

「だからその時間がもうない。駄々をこねるな、鮮花。いくら魔術師だって時間を遅く進ませる事は出来ないんだ」

「いいから私の質問に答えてください。魔術師の弟子として聞きますけど、そのお薬を今から全力で作って何日かかりますか?」

魔術師の弟子、この一言が切り札だ。


「む―――……そうだな、途中までは完成しているからあと一週間といったところだが……

その一週間の間に藤乃の限界はやってくるぞ。どうするつもりだ。まさか、藤乃を閉じ込めておくわけにもいくまい?」


一週間―――その程度なら、



何とかしてみせる。




「分かりました。一週間後に藤乃を連れてきますからお薬の方、よろしくお願いします」


それだけ言うと、わたしは来たときと同じように事務所を飛び出した。









「―――本当に黒桐とは正反対だな。いや、ある意味そっくりか」


大切な人のことになると暴走とも言える行動を取るあたり、あの二人は間違いなく兄妹だ。

「さて……鮮花がどうやるかは鮮花に任せるとして、可愛い弟子に頼まれた事だ。魔術師蒼崎橙子も頑張らないと、な」


そう一人ごちてボキボキと背骨を鳴らしてから橙色の魔術師は自分の工房の部屋に入っていった。





二日目・後編に続く


〜中書き?〜

はじめまして、へろと申します。

鮮花×藤乃はあっても藤乃×鮮花は珍しいかなーとか思ってみたり。(しかもふたなりだし(爆

某スレッドで話題になってたので密かに作っていた鮮花調教モノです。
完成間際でPCさえ吹っ飛ばなければ、今頃完成した物が公開されているはずだったんですが…
両儀色祭と聞いて、取り急ぎ修復させたモノで参加させていただきました。

ちなみに現在二日目までしか修復(書き直し)が進んでおりません(全6〜7話完結予定)
続きを読みたい、という有り難い御方がいらっしゃいましたら
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Yasunari/1885/
をチェックしていて下さればそちらの方で公開すると思います(多分連載みたいな形で)


しかし、アレですね。
18禁小説なんて久しぶりに書いたんですが……全力で自分の文才のなさを実感。
他の参加者様のレベルについて行けていないなぁ、と……精進しますです、ハイ。
このような中途半端な作品で少しでもハァハァしていただければ幸いです。


最後に、このような異色の作品にも拘らず参加許可を快諾してくださった大崎瑞香さまと、読んでくださった皆様に感謝を。


2003年5月某日 へろ

(製作協力・助言:某スレT女史、秋原悠真さん・N教授・チャットの参加者様達)



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