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「そ、その……男性器です」

 ――広がる気まずい沈黙。

 ダンセイキ。
 少女たちが集う応接間の空気の中にひびく、あまりにも異質な言葉。
 シエルはその音が、男性の股間に生えている陽物とおなじであることに気が
付くまでに脳内でかなりの時間を要した。それまでの間、ぽかーんと惚けたよ
うに宙を眺める。

 ようやくのことで告白を終えた環が、思い出したように恥ずかしさに襲われ
て俯いた。このことを知っていた秋葉も、空々しく空咳をして顔を合わせづら
いように背ける。
 琥珀も口を半開きにして、今語られた環の言葉を脳内で反芻しているのが精
一杯なようで、銀のトレイが手から落ちかかっているのも気が付いていない。

 ずるっ

 初めて五人の中で動きを見せたのは、アルクェイドだった。
 アルクェイドはずるずるとソファの上から腰砕けになって滑り落ちてくる。

「へ?」

 ようやく、誰が何を言い出すのか困り果てたような部屋の沈黙を破ったのは、
素っ頓狂なアルクェイドの声であった。
 ほとんどソファの上から転がり落ちるような案配の彼女であったが……

「だ、男性器が生えるって……おちんちんが生えるってこと?」
「…………」

 ペニスと医学用語で口にするのならまだしも、俗な名称でおちんちんなどと
呼ばれると、花も恥じらう箱入り女子高生の環も秋葉も言葉に窮して赤くなる
ばかり。
 環がこくこくと頷くと、ようやく現実世界に意識が戻ってきたかのようなシ
エルが口を開く。

「……男性器が生える……んですか?なんでそれが問題に?」
「女学院の寄宿舎の生徒に男性が生えることが、なんら問題にならないと思う
のですかシエルさん?」
「それは確かに生えちゃった個人にはすごく問題かも知れませんけども……」
 
 シエルの問いに、微妙に要点を得ていない秋葉の答え。
 ようやく男性器という言葉を口にした動揺から復帰した環が秋葉の後を追っ
て答えを続ける。ただ、顔はまるで逆上せたように赤くなっているが。

 琥珀は苦笑して、そんな環を見つめている。

「もし一人だけの生徒が――それでも問題ですけども――生えたのであれば何
とかなります。でも、同時多発的に何人もの生徒にその、男性器が生えて来て
いるのです。私が把握しているだけでも中等部で二〇人、高等部で一五人……」

 赤くなる浅上陣営に対し、アルクェイドもシエルもお互いにどんな顔をすれ
ばいいのか分からないよう、手に余る困窮の顔色を浮かべている。
 普段の仲の悪さも忘れて顔を見合わせる二人。お互いの顔に浮かぶ間抜けな
表情を笑いたくても、自分も間抜けな顔をしているのだろうから笑うに笑えない。

 おまけに環から聞かされた説明は、どんどん話を分からなく、そして収拾が
つかない方向へと事態が向かっているように思える。女の園である寄宿舎に男
性器の凸が合計三十五本。

 ――悪い冗談

 とシエルは思いたかった。あるいはいまの環の話が幻聴だとも。
 だが、いままで自分どころか歴代ロアですら拝んだことがない間抜けな顔を
さらしているアルクェイドが目の前にいる事からも、これが冗談ではないと……

「環さん……その、たくさん生えるのがさらにどういう、その、自治会の問題に?」
「で、ですからその……男性器が生えちゃった生徒は……同室の娘と……」

 環が口に出来るのは、そこまでが限界であった。
 膝をぴっちり合わせて手を当てて、項垂れて顔を前髪の陰に隠してしまう。
頭から湯気を立てて環は動作停止の様相であったが、まだ全てを語り終えたわ
けではない。

 秋葉が仕方なさそうに頭を振ると、環ほどではないが火照った頬で説明を引
き取る。

「環の自治会の問題になっているのは、そうして男性器の生えた生徒の発生に
よって寮内の風紀が乱れてしまうということなのよ」
「……風紀の乱れ……って、ゆーことは妹、それは……」
「おちんちんの生えた女の子と、女の子同士で……それって本当に女の子同士
なのかどうか謎ですけども、要はえっちしちゃうって事ですか!?」

 アルクェイドもシエルも、お互い呆れかえったような声で応じている。
 アルクェイドはまだソファの上からでずり落ちたままで、シエルも天を仰ぐ
ようにしてのけぞり返っている。

 シエルの有り体な問いに、秋葉はやるせなさそうに頷く。

「……そこまであからさまで有り体に言われると困りますが、つまりは……そ
う言うことです。寮内の風紀の悪化が教職員や理事会に伝われば最悪、自治会
の解体に繋がりかねず、環の失脚は生徒会の私の望むところではない……今は
なんとか隠し通していますが、根本的な事態の打開のためにお二人にご協力を
要請する次第です。それに、琥珀も当然手伝わせますわ」

 そう説明をする秋葉だが、目の前の呆けたような二人に伝えていると言うよ
りは自分に向けて冷静さを取り戻すおまじないを言い聞かせている様にも見て
取れる。横の環は首を直角に折り下げて今や膝ばかりを見つめているのに比べ
ると、平静の落ち着きを取り戻しているように見えるが……

「……妹、ちょっと質問して良い?」
「なんですか?アルクェイドさん」
「……私とシエルを、なんで呼んだの?」

 けだし当然のアルクェイドの疑問である。
 だが、秋葉はその問いを受けると意外にすら思っているような疑いを顔に浮
かべた。そして呆れたように……

「それは、私以上にお二方がこの手の怪異の専門家だとお見受けしてのことです」
「ですから遠野さん!なんでそのおちんちん生えることが私たちの専門分野だ
と思ってるんですか!これは真祖で私は埋葬機関、どこにおちんちんの関係が
あるのです!」

 激昂しつつあるシエルと秋葉をを目にして琥珀は、そんな環さんに真祖だの
埋葬機関だの人聞きの悪いことを聞かせていいのか?と不安にも感じていたが……

 ―――まぁ、拙かったら後で忘れてもらいますね

 頭の中で琥珀は健忘の薬効を持つ薬品のレシピを探していた。薬種箪笥の引
き出しの位置まで思い出したが、ふと思い直して目を環にやる。
 そして俯き、微かに身震いをしている環を確認するとにんまりと心の中で――

「ですから!アルクェイドさんも貴女も女子寮でおちんちん三十五本生えると
言うことが科学的かつ形而下学的でなおかつありふれた日常茶飯事の出来事だ
と思っているんですか!こんな意味不明な事態が浅上の女の子におちんちんと
いう規則性だけ持って発生するなんて言うのは呪術のシステム以外あり得ない
でしょう!」
「……妹、そりゃぁそうかもしれないけど」

 立ち上がってほとんど演説せんがばかりに拳を握りしめて振り回す秋葉の、
そのおちんちんと恥ずかしげもなく繰り返す語気を前に、珍しく気圧されてい
るアルクェイドがぼそりと呟く。
 なに認めてるんですかこの馬鹿吸血鬼が、とシエルは内心愚痴ったが……

「女子寮って空間は修道院とかと同じで特殊で閉鎖されて呪や祟を仕掛けやす
くはあるけども……だからっておちんちんは無いと思うわよ?」
「確かに性魔術では陰陽転化の秘術はありますが、そんなもの使うのは後先考
えない中央協会の物好きぐらいでしょう。少なくともシステムにして仕掛ける
技法はありません……もしかするとその下地として浅上の女の子にみんな男根
願望があるとか?」

 二人の専門家は口々に考えていることを口にする。
 秋葉と二人は分かっていて、琥珀は鼻歌交じりに聞き流していて、環は俯い
ていて聞いていない。いやそれどころではない事情が彼女にはあるのだが……

「しっしっしっしっ失礼な!なんで私がおちんちんを生やしたいと思わないと
いけないのですか!」
「だれも遠野さんがおちんちん生やしたいだなんて言ってませんよ。そもそも
フロイト心理学を無条件に敷衍してそれを集団無意識の条件項にするというの
も無理が多すぎですし」

 シエルも自分で説明しながら動揺から立ち直ろうとしているようであり……
 ようやくのアルクェイドがずり落ちていた腰を上げる。

「そーいうの、好きそうな奴は知ってるけどねぇ」
「本当ですか?アルクェイドさん」
「……リタ・ローズィアンのことですか?確かに彼女であればそれくらいあっ
という間でしょうけども」

 リタ、の名前を口にするとシエルもアルクェイドも揃って眉をしかめる。
 だがアルクェイドは苦々しそうに頭を振る。

「いや、それはないわね。アレならこの町全部ぐらいの規模になるし、そんな
まだるっこしいのは好きじゃないだろうし、あの淫乱女狐はどっちかというと
極上の美少年狩りの方が」
「その方面のライバルはリィゾですからね」
「……なんですのその悪趣味な方々は、お二人の知り合いでして?」
「死徒ですよ……もっとも彼女が動くといやでも私たちは分かりますから」

 うーん、と腕を組んでシエルは考え込んでしまう。
 アルクェイドも頭をぼりぼりと掻きながらぶつぶつと口の中で何かを呟いて
いる
 秋葉もいつの間にか立ち上がって拳を握り、肩で荒く息をついていた。

 やがてぽん、とアルクェイドが掌を叩く。

「そーだ、生えたのを志貴に片っ端から切り取ってもらうとか―――」
「「大却下です!」」」

 ただ、琥珀だけが傍らで、可笑しそうな顔でくすくすと笑っており――
 その琥珀の様子を目にとめた秋葉が、冷たい瞳で一瞥する。

「何か言いたいことがありそうね、琥珀」
「はぁ……私はアルクェイドさんやシエルさんほど詳しくありませんので」
「嘘おっしゃい。琥珀、あなたの医学の知識で思い当たる事はないの?」

 神経的に尖った声で秋葉は琥珀に向かう。彼女もこの訳の分からない事態に
いらだちを覚えているのか、自分たちを見て笑っている琥珀に突っかかりたく
もなる。
 そんなヒステリーにも似た秋葉の苛立ちを、琥珀は軽く受け流す。
 
「そんな、いくら和漢の本草薬石の知識は遠大無辺でもおちんちんが生えるお
薬なんて心当たりはちょっとありませんし……それに」
「それに?」
「医学の心得のある者としては、実際どういう風に生えているのかが気になり
ます」

 思わぬ冷静な指摘に、熱くなりかけてまた袋小路に陥りつつあった三人は頭
を冷やされる思いがした。
 シエルもアルクェイドも、琥珀を振り返る。

 ――一人、環を除いて。


                                      《つづく》