ぷっつん。

 それと同時に、今まで鳴動はしていたがカタストロフを迎えていなかったセ
イバーという名の火山が、どーん、と噴火した。
 気前よく、傍らの凛が驚いて身を翻す程に。

「さ、さ、さ、桜ぁぁぁぁぁぁ!」

 どどどどどーん、とコミカル大噴火のサウンドエフェクトが入りそうなセイ
バーの破裂。
 それは顔を真っ赤にして、頭から噴煙と湯気を立て、目は見開き桜を睨んで
いたがその実本当はどこにやったら良いのか分からないというちぐはぐな視線。
 声だけは大きかったが、裂帛の気合いも腰の座りもがない。台本をくしゃく
しゃになるほど握りしめ、ぶんぶんと腕を振り回す。

 まさにコミカル大噴火であった。
 そんなセイバーの愉快な噴火を、目を細くして小首を傾げて笑う桜。そして――

 ずるずるずるずる

「あ、お茶もう無いねー、桜ちゃん」
「はい先生、ちゃんと蒸らしておきましたからこれを」
「はいはいー、今度はお姉ちゃんが注ぐよー」

 とぽとぽとぽ

 ……一人で大噴火しているセイバーが哀れなほどの、まったく気にしてない
長閑なやり取り。これほど人のやる気を殺ぐやり取りも稀であった。セイバー
にとっては軍旗を掲げ千軍万馬の軍勢を率いて地をとどろかせて押し寄せたつ
もりであったが、進撃したのがのんきな母さんとうっかり家族のはちゃめちゃ
リビングであったような、そんな異次元の衝撃の世界。

「だっ、だっ、だっ、だからですね桜も大河もそんなくつろがないでください!」
「セイバーちゃんも落ち着かなきゃ駄目だよー、おせんべい食べる?」
「後でで結構です!」

 要りません、と言わないところがあくまでもセイバーらしかったが……

「桜!貴女が!貴女がこのこのこのこのこのこ……」

 セイバーの感情が高速回転しすぎて口に滑って言葉にならない。せんべいを
かじっている桜が不思議そうに尋ねる。その唇から漏れた言葉は

「このこのこののこよくきれるのこ?」
「だっ、だっ、DAAAAAAHHHHH!」

 落ち着きなさいセイバー、と凛は小脇をつつく。こんな間の外し方をされる
と実直なセイバーはおろか、人あしらいにも自信がある凛でも冷静を保てるか
どうか怪しかった。ただ、ここでキレていきなり着装して風王結界の剣を振り
回さないようにさせるのが、凛なりの配慮というものだった。

 だが、桜&藤ねぇたっぐはセイバーを翻弄しつづける。

「となりのたてがきにたけたてかけたかったのはたけたてかけたかったから……」
「そんな早口言葉ではなくて、桜!貴女が、貴女がこの台本のこんな、こんな
破廉恥な内容を書いたのですかーっ!!」
「はい」

 にっこり笑って頷く桜。
 あまりにも粘りのない肯定に、セイバーは軍勢まるごと落とし穴に落ちたよ
うな打撃を受けていた。足下がすぽーんと抜かれる、彼女にも稀な肩すかしの
体験。
 ふしゅんふしゅんと湯気を噴いていても、それ以上に言い返す言葉がないセ
イバー。頭を抱える凛とそんなセイバーを見やって、桜は唇を綻ばせる。

 それは純真な笑いのようで――どことなく奥が知れない。

「ええ、私も最近衛宮先輩がセイバーさんと遠坂先輩に独占されていてちょっ
と悔しいなって思ってたんです。ですから藤村先生の提案に一も二もなく参加
させて頂きました」
「……それが士郎のためにはなってないわよ……」

 ぼそり、と呟く凛の言葉を軽く無視して桜は続ける。

「そしてそれから二昼夜眠らずに考えたんです、衛宮先輩を心の底から驚かせ
るためにはどうしたらいいのか――あまりに悩んだ為にご飯も喉を通らない程
でした」
「ご飯を私と同じくらい食べていませんでしたか?桜」
「目の錯覚ですね」

 怒りを露わに指摘するセイバーまでさらっといなす桜。

「そしてずっとずっと衛宮先輩だけを思っていて、とうとう思いついたんです
――やっぱり修羅場、それも身に覚えがない修羅場が一番だろうって。うふふ
ふふ……」

 桜の笑いが薄ら寒く流れる。午後の団欒の一時に、冷たいすきま風がすっと
流れて皆の背筋を冷やすように――その笑いに凛は恐怖する。一体この娘はど
こでこんな風になってしまったの、と――
 桜はどこかをうっとりと見つめる瞳で、カチンコを胸に抱いて蕩々と語り始
める。

「そうです、修羅場です。それも気まずい緊張と、自分に責任があると思われ
るけども話が自分を含まないでもつれてしまったためにどうしようもない修羅
場、それがいいって。それから私は二昼夜眠らずにこのシナリオ書き上げたの
です」
「合計4日も寝てないと美容に悪いわよ」
「そうだよねー、いいよねー桜ちゃんや遠坂さんはまだ若いからー、でもね!
でも女は三十からが盛りなの!それに向かって今お姉さんは着実にぐれーどあ
っぷしているの!」

 つっこみと横方向からのボケに取り合う節も見せない桜。そしてつっこみ角
度を見失いながらもまだ興奮からさめやらないセイバーの、眦の解れない硬い
顔。
 はーはーはー、と荒い呼吸の後でセイバーはくっと顎を引いて問う。

「その為に私と凛の修羅場を貴女が画策したのですか?」
「画策なんてとんでもないです、これは単なるお芝居ですから」

 くすり、と口元を隠すようにして笑う桜。だが、その笑いは黒い。
 セイバーの視界の中には、桜の背後に黒く邪悪なオブジェが陽炎のように立
ち現れている。だがそれは瞬きするとその異形の塔は消え去る、そんな錯覚を
セイバーにさせてしまうほどに、今の桜の笑いが、黒い。

 見かねたように凛が口を出すが――

「……どうして、それでセイバーが士郎に抱かれて私が嫉妬しなきゃいけない
訳?」
「あら、遠坂先輩とも思えないご意見ですね。もし私が衛宮先輩の恋人だった
としても、こんなに綺麗なセイバーさんと密通関係が出来れば決して冷静では
居られませんのに」

 そう言いながらもなにか可笑しげに笑う桜に、凛は脂汗を隠すのが精一杯だった。
 その言い分には暗にねぇ遠坂先輩、もちろん衛宮先輩と関係はありますよね、
無いとは言わせませんようふふふふ、という――脅しじみた女性ならではの内
に籠もった感情に満ちていたのであった。それなのに、いやそれ故か笑いを絶
やさない桜に、凛は無力であった。

「そ、そ、そこです!なぜわ、私がシロウにだ、だ、抱かれたなどという破廉
恥きわまりない発想をするのですか!桜、貴女ともあろう人が!」
「だってただの懸想での恋の鞘当てでは面白くありません。ここは衛宮先輩と
セイバーさんに出来て貰わないと、それだと修羅場の格が違いますから――そ
れともセイバーさんは衛宮先輩に抱かれるのが嫌なのですか?」

 あまりにも露骨な質問に、セイバーは絶句する。
 それと共にぽん、と音を立てて彼女の安全弁が外れてしまったかのように、
真っ赤な顔でしどろもどろに呟きながら指を絡み合わせる。

「お嫌でしたらお話を変えますけども……」
「そ、そ、そう言う感情とか関係とかとシロウと私というのは考えたこともな
く考えるべきではなく嫌いとか好きとかそう言う生々しいことはその、あの、
あああ……」
「このようにセイバーさんも満更ではない様ですので、これでお芝居にも迫真
性と感情が乗ると言うものです」
「なにか士郎がえろえろになっちゃってるねぇ、そんなにえろえろが好きなら
士郎はエロエロさんちの子供になっちゃえばいいのに」

 うんうん、と腕を組んで訳の分からない納得をする藤ねぇ。桜は凛とセイバー
にたいして生々しくどぎつい話をしているというのに、そんなお芝居の仮託に
気が付いてないような気楽な有様であった。
 桜が打つ手無し、と顔を押さえて苦々しく俯く中、桜は謳うように――

「衛宮先輩はいい人だからこんな修羅場に心を痛めるんです、でもセイバーさ
んに引かれれば遠坂先輩を、遠坂先輩を愛せばセイバーさんを傷つける事に悩
むんです、そしてこの美しき諍い女たちに疲れ果てた衛宮先輩は後輩で、やさ
しく微笑みながらご飯を作ってくれる女の子に癒しを求めて接近していくので
す!これが天と地と人の摂理と言わずしてなんと――」
「結局、我田引水なお話じゃないのよ」
「桜……いや、その、そう言う物なのでしょうか?私は自信がないというか、
理解の範疇外の自体なのですが。た、大河はその点どうなのです?」

 呆れた凛と相変わらず物腰の落ち着かないセイバー。藤ねぇはずずずずず、
とお茶を啜ると――ひどく困ったように眉間に皺を寄せる

「……桜ちゃんが言っていることはなにかものすごく間違ってるような気がす
るけど」
「気のせいです、藤村先生」
「そういうときはずっと見守って育ててくれたお姉さんに頼るんじゃないのか
な?」
「それも気のせいです」

 微笑みを浮かべながら、藤ねぇの発言をびしびしと否定していく桜。
 藤ねぇは腕を組んでうーんうーん、と深刻そうに悩んでみせる。だが、やり
なれないことをしているのに気が付いたのかそれも長くは持たず、そういうも
のなのかな、と頷きながら――

「とにかくっ!この計画を一遍でも知ってしまったからにはもう離脱も背反は
許されないの!きみつほじのじゅーよーせーは分かるでしょうセイバーちゃん
も遠坂さんも!」
「……秘密の重要性よりもこの内容は到底看過し得ないのですが、士郎のため
にも私のためにも……大河」
「セイバーさん、そんなに気に病む必要はありません、責任はみんな藤村先生
が負ってくれます」

 さらり、と無責任かつひどいことを口にする桜を前にして、セイバーは顔面
神経痛に襲われそうになる。今日の桜は何かおかしい、あの聖杯の中に蟠った
ような悪が桜を突き動かしているのではないかと思うほどに――流石にそれは
考え過ぎか、と首を振る。

 セイバーはちらり、と凛の顔を見る。今この場で助けになるのは凛の論理的
思考力とその弁舌しかない、と頼るような瞳で……だが、凛は何を考えている
のか分からない、一種冷淡な表情を浮かべている。
 ふむ、と頷く凛。そして――

「確かに藤村先生の言うことも一理あるわね。いきなり説明もせずに台本渡し
て、ってやり方はどうかと思うけども、有無を言わさず手の内を晒して計略に
引き込むって手もあるし」
「凛!?」
「まぁでも……ねぇ、セイバー?」

 にやり、と凛の口元が悪戯そうに歪む。
 まずい、こんな得意満面の笑みが凛の顔に浮かぶときには常に一つの法則が
働く。そのことをセイバーは経験上察知していた。妙な猫なで声も同じ予兆を
示している。

「な、なんですか!?」
「セイバー、貴女も台本を読む感じは満更でもないみたいだったし……ひょっ
として士郎が困り果てるのを見てみたいんじゃないの?」

 にややー、と人の悪い笑み。それは陰に見たくないわけ無いわよねセイバー、
と嗾け唆すようであり、セイバーはそんな凛を信じられない目で見守るしかな
い。顎を触るとふんふん、と件の桜の手になる台本に再び目を注ぐ。

「この台本もいくつか納得のいかないところもあるけども、概ね良くできてい
るし」
「お褒め頂きありがとうございます、遠坂先輩」
「それに、ここまで大がかりな仕掛けで士郎が一体どんな顔で驚き恐れおのの
き泣き叫び悔悟に暮れそしてもだえ苦しむのかと思うと、ちょっとくらいは見
てみたいって思うじゃない」

 ふふんふんふん、と鼻で笑いながら人聞きの悪いことを凛に口にする。その、
シロウの思い人である凛の言葉とも思えません――と言いかけたセイバーであ
ったが、凛のもう一つの癖を思い出し言うに言い出せない。
 それは、士郎いぢり。聖杯戦争の時から敵だ味方だと良いながら絶えず士郎
を弄るのを止めなかった凛。もはやそれは第二の天性の領域に達している。

 ――シロウ、申し訳ない。あなたを守るべきなのに孤立してしまいました。

 そうセイバーは心中で詫びる。今の現状は3:1で圧倒的に不利であり、こ
の兵力差では防御もままならない事を彼女は戦訓から学んでいた。そして今や
寄せ手の最大兵力となった凛がすぅーっと腕を伸ばすと、ぽん、とセイバーの
肩を叩く。
 凛の悪戯に流行る瞳が、セイバーを射抜いた。

「と言うわけでここまで来たら一蓮托生ね、セイバー。今回ばかりは藤村先生
に協力させて頂きましょう」
「わーい、物分かりの良い生徒達を持ってお姉さんはしあわせだよー」
「あ……あうう……そ、そこまで凛が決していてもわ、私は……」
「ふふふふ、大丈夫です、手取り足取り私が指導して差し上げますから。それ
に今晩は私が晩ご飯作るんです。セイバーさん、すき焼きは好きでしたよね?」
「……………………………」

 ――兵糧攻めには敵わない。

 本城陥落。それは呆気ないものであった。
 何かものすごく納得できない物を抱えながらセイバーは項垂れる。シロウ、
申し訳ない。でも少し面白いかも知れないと思ってしまったのは事実です。主
よ我を哀れみ給え――そんな懺悔の祈りがセイバーの中でこだましていた。
 そして、それを取り囲んでうんうん、と納得の頷きに浸る三名。彼女たちに
はそんな懺悔も悔悟も無い。

 ぱちん、と嬉しそうに掌をたたき合わせると、藤ねぇがおーっと、腕を上げ
て宣言した。

「じゃ、そーゆーわけでリハーサルはじめるよー、2−4からねー」
「はい、じゃぁ張り切っていきましょう、さん、にー、いちー、きゅー!」




「……なによ、その目は……何か言いたいことがあるみたいね、セイバー」
「いえ、私にはなにもありません。凛。もしそのような風に見えるのであれば、
それは私を見る凛の心の曇り故でしょう」
「く……ふ、ふん。それはどうかしらね。それよりも言いたいのは私は……」
「シロウとこれ以上馴れ馴れしくするなと言うことでしょうか?ですが彼は私
は同じ屋根の下で暮らす関係でもあるわけです」
「そんなことを言ってるんじゃないわよ。私はただ貴女のその態度が――」
「そうですね、こう言わなければ納得できませんか、凛。哀しいことです」
「く………なによ、セイバー、やっぱり言いたいことがあるんじゃないの。い
いわよ、聞いてあげるわ」
「私は――シロウに抱かれました」

「も、もっ、申し訳ない!!」


(To Be Continued....)