=ACT.3=

夜深く。
部屋に戻り、何も出来ずベッドに横になりながら、志貴はまた「どうしよう
」という答えのでない設問をいじくり回していた。
ときどき呻き声をあげてゴロゴロとベッドを転がる他は、ただ天井の一点を
見つめて身じろぎもしない。

よく考えたら、こっちが被害者じゃないか?
好きで見せた訳じゃないぞ。別に悪い事をしていたのでもないし。
でもなあ……。
なんで鍵を掛けておかなかったんだ、遠野志貴の間抜け野郎……。
さっきの秋葉の姿がフラツシュバックのように浮かぶ。
また頭を抱えて呻き声をあげる。

と、ノックの音がした。
かなり強く、規則的に何度も。

「兄さん、起きていますか?」
秋葉……?
いや、今屋敷にいるのは自分以外秋葉のみなんだが。

「起きてる。なんだ、鍵は開いてるから……」
そうだ、部屋に鍵を掛けるっていう習慣がないんだ、俺は。
有間の家の時も自室に鍵なんてなかったし。

カチャリと音がして、扉が開いた。
秋葉が入ってくる。

いつものとは違う薄手の寝間着、でいいのかな女性の衣服の別はよくわから
ない、を着て何故か胸の前に枕を抱えている。
食堂での俯き気味で物思いの中にあった姿と一変している。
やや強ばった顔で、だが真っ直ぐに志貴の方を向いている。
迷いから抜け決意を固めたと言うか、静かに殺気を漂わせていると言うか。

何を言いに来たのだろう。
むしろ事が進んでいるのを感じ、安堵感を志貴は感じていた。と、同時に秋
葉の雰囲気に反応して僅かに緊張感が湧いてくる。
身を起こして、秋葉が口を開くのを待つ。

「一緒に寝ます」
そう一言、宣言。
返事を待たずに、掛け布団を剥ぐと、秋葉は志貴の横に身を横たえる。
慌てて、志貴は秋葉から飛び退く様にベッドの端へ避難した。

「あの……、秋葉サン?」
「一緒に寝ます。聞こえませんでしたか?」

感情が無いというか、逆に強すぎて色が判別出来なくなったような声。少な
くとも志貴には秋葉が怒っているのか別の感情を抱いているのかさっぱり分か
らなかった。
これは、どういう事なのでしょうか?

何をどうすればいいのだろうか?
走って走って後ろを振り返らず逃げ去るというのが、この場合一番正しい答
の様な気はするが、すぐ横で背を向けてしまった秋葉に見えぬ糸で縛られたよ
うに、行動に移れない。
迷った末、秋葉の言葉を文字通りに解釈をして、もぞもぞと身を再び横たえ
た。かなり大きなベッドはなんとか秋葉と二人横たわっても触れずにすむ距離
を保てるスペースがある。

秋葉は終始無言。
志貴は、せめて眠りという安住の地へ逃れようと目を閉じたが、全神経が隣
にいる妹に向っている状態で、眠れる訳が無かった。
かすかな秋葉の動き、呼気にすら、反応してしまう。

秋葉はまだ眠っていないようだが……。
何なのだろう、この殺気にも似た緊張感は。
或る意味かつての秋葉との殺し合いの時に匹敵する。

何分か何時間か分からないその状態が続き、いい加減緊張感の高まりに耐え
難くなった時、秋葉がぽつりと呟いた。 

「なんで手を出さないんです?」

そう言うと、くるりと志貴の方を向く。

志貴は、秋葉の言葉がまったく脳内で消化出来ず、凍りついたように固まっ
ていた。

「な……、何を言い出す……」

絞り出す様に、そう言うのがやっとだった。

点になっていく兄と対照的に、秋葉の方は感情が弾けたように、涙すら浮か
べて言葉を兄に叩き付ける。

「だって、兄さんが、一人であんな事するくらいなら、私……」

と、秋葉の体が動き、志貴は妹に唐突に唇を奪われた。
柔らかい秋葉の唇の感触。
しばらくただ唇を合わせただけだったが、秋葉の舌が志貴の口を犯しはじめた。
踊るように動き、志貴の舌に絡まり翻弄する。
まだ固まったままの志貴は、秋葉のされるがままになっていた。
気持ちいい……、ってなんで秋葉がこんなに?
ゆっくりと唇が離れる。

「私のファーストキスですよ」

ちょっと頬が赤くなっている。

「それにしては、上手い」

思わず言わなくても良い事を志貴は呟く。

「初めてです。……少なくとも異性とは」

何か思い出したようにちらと顔に陰を走らせ、秋葉は答えた。

「ここまで来たら、後には引けません」

きっと上げた顔には強い決意が浮かんでいる。

「秋葉、あの……」
「とりあえず、先程兄さんがしていた続きをしましょう。お手伝い致しますわ」
「続きって、秋葉」

最後は叫び声になっていた。

秋葉の手が志貴の下半身に伸び、下着ごと寝間着を引き摺り下ろそうとしていた。

「やめろ、秋葉」

秋葉を押しもどそうとして、いつの間にか志貴は自分の体が普通ではない事
に気がついた。

痛みや苦しさは何も無いものの、完全に力が抜けたように、まるで体が動かない。
これはまるで、あの時のような。
深夜の学校での死闘の前、秋葉に生命力を根こそぎ奪われ、死ぬ寸前まで衰
弱した時の。
衰弱と言うか、頭の先から爪先まで体の隅々まで疲労の極みにあるようだっ
た。何もしなければ何という事も無いが、僅かに頭をもたげ声を出すだけで、
根こそぎの気力を振り絞らなければならない。

「あ、き……は」

下半身を弄りながら、秋葉が心配そうな顔をする。

「兄さん、じっとしていて下さい。前みたいに力加減を間違えてはいませんけど、
体に無理をさせない方がよろしいですわ」

誰のせいだ、と叫びたかったが、口を開くのがやっとだった。
苦しげな表情の志貴を見やり、秋葉は少し申し分けなさそうな表情を見せた。

「少し、強すぎますね」

暖かいものが僅かに体中に広がって行く。少しだけ活力が戻る感覚。

大きく息荒げながら、体の自由を確かめる。
動くは動くが、やはり力がまったく入らない。
こんな事も出来るのか、秋葉は。
基本は略奪の力なのだろうけど、単に加減の問題なのだろうか。

志貴の様子を見て取ると、秋葉は行動を再開した。
無抵抗の兄から寝間着を剥ぎ取り、パンツを下ろして下半身をむき出しにする。
しばし逡巡した後、手が近づく。
秋葉の細い白い指が、志貴のまだ半勃ちのモノに触れる。いきなり握るような真
似はせず、指先で突つく様に触れる。恐る恐るといった感じで、感触を確かめて
いるらしい。
幹の辺りから赤黒くなってきた先端の方に指がなぞる。

それだけで、徐々に志貴の意志と関係なく反応しはじめてしまう。

秋葉も、それを感じ取り、指先で力を入れずに握る。

「硬くなってきましたよ。それに熱い……」

その秋葉の視線と柔らかい手の感触でまた、刺激される。

志貴は何とか力を取り戻そうと無駄と思える努力をしつつ、己が分身が意に
反している事実に涙が出そうな情けなさを感じていた。
妹、なんだぞ。秋葉は。
そう思いながらも、そのたどたどしい動きからなる快感の波に、素直に感じ
てしまう。
ともすればさらなる刺激を期待しそうな心を、理性が必死に否定する。

秋葉はというと、大きくなった兄の姿を見て、喜んだ顔をすると、ゆっくり
と幹に手を添えて上下に動かしはじめていた。

「こう、でいいのかしら」

兄は返事をしない。
それでも繰り返しの動作の中で、志貴がピクピクと体を動かすのを見て、こ
れでいいのだろうと判断する。
空いた方の手で幹の付け根、袋の方までさわさわと触れたり、逆に先端の傷
口のような穴に触れて、思わず志貴が呻き声をあげるのに、クスリと笑みを浮
かべる。

高まりつつも刺激に慣れて、なんとか堪えられるかと思った時、遥かにレベル
が上の快感が脊髄を走った。
暖かく濡れた柔らかい感触。
自分の一番敏感な部分がとてつもなく快美なものに捕らえられた感触。
脱力も何も無く、男としての抑えがたい欲求から、信じがたい力で上半身を起
こして、その光景を見た。
秋葉が、自分のものを咥えている姿を。

肉体が受けている性感よりも強く、脳に直接刺激が送り込まれた。
あの秋葉が、跪き、男の肉棒を咥え、快感を与えるべく、奉仕している。
目に情欲の色を浮かべて、蕩けるような笑みを浮かべて。
その対象が、兄である自分なのだ。

琥珀と比べればそうした行為の技巧は稚拙だったが、その目に飛び込む刺激
ははるかに強かった。
稚拙ながら、舌と唇を動かし、だんだんと引き返せない処に志貴を追いつめ
て行く。
そして、上目づかいに兄の方を見る。
その目……。
その魅惑の瞳と視線がぶつかった瞬間、志貴は耐え切れず、秋葉の口の中に
精を放った。

1秒の何百、何千分の1という本当に僅かな間、死んでいたのではないか。
琥珀としている時の暖かい力を分け与えられる快感と逆ベクトルの、力を奪
われ魂までも吸い取られるような快感。
秋葉の口に放った瞬間、確かに死んだ。
文字通り、その瞬間、生命力を秋葉に吸われつくしたようだった。
しかしその死と螺旋を描く快感の凄さ。
息を荒げ、またバタリとベッドに深く倒れ込んだ。

秋葉が身を起こしたので、かろうじて顔は見える。
咳き込みそうになりつつも、淫蕩な笑みで秋葉は兄の目を捉え、こくりと喉
を動かした。
呑み込んだのか……。
口の端に零れた白濁を指先で拭うと、それもそのまま口の中に入れてしゃぶっ
ている。

「これが、兄さんのなんですね」

子供の頃を彷彿とさせる儚げな笑みとも、普段の穏やかな微笑みとも、反転し
た時の不敵な笑みとも違う、淫らさを漂わせた笑み。
ぞくりとしつつも、吸い込まれるような笑み。

「まだ、全然元気なようですね」

大量に精を放っても、猛り狂ったものは、おさまるどころかいっそう凶悪さを
増している。

まずい。
琥珀との交わりの中で自覚もし、また睦言の中で琥珀からも何度も指摘されて
いる事であるが、一度精を放つと、自分は人が変わったようになる。
(普段抑圧されてれている分、こんな時にはっちゃけちゃうんでしょうかねえ。
私は嬉しいですけど……)
琥珀にはそんな風に言われた事もある。
このままだと、このままではおさまらなくなって秋葉の体を思う侭貪ってしま
いそうだ。

秋葉モソレヲを望ンデイルダロウ?
内心でそんな声が囁く。
ダッタライイジャナイカ。コンナウマソウナオンナハソウハイナイ……
駄目だ、駄目だ、駄目だ。

そんな兄の心の内を知らず、秋葉は次に進もうとしていた。
嬉しそうな、悲しそうな、何か胸打たれるような表情で、仰向けに横たわった
志貴に馬乗りになるような姿勢を取る。

「想いを遂げさせてもらいます……。」

顔も上げられない状態で、どうなっているのか目で見る事は出来なかった。
秋葉が腰を浮かせ、片手で肉棒の先を自分の中に導こうとしているのは分かる。
敏感な先端が柔らかく濡れた何かに触れている。
正直、それだけで尋常でない快感が走っている。
肉体的なそれだけでなく、秋葉に触れているという事実が理性を崩壊させつ
つある。
黙っていれば、そのままより深い快感の中に沈むだろう。

駄目だ。
そんな事をしたら、秋葉の純潔を兄である自分が奪う事になる。
どう見ても無理矢理体を奪われているのは志貴の方であったが、その思いに
志貴は恐怖すら覚えた。
止めないと、秋葉を止めないと。
何でもいい、気を逸らせる事を。
こんな事許されない……。
そんな事をしてしまったら。

ああ、そうだ。
必死の思いで左腕を上げる。
それだけで気が遠くなる程、苦しい。
同時に右手で眼鏡をずらす。
……見えた。

指をパチンと鳴らすような仕草で親指の爪を走らせる。
鋭利な剃刀でも滑らせたように、人差し指と中指の指先に赤い線が走る。
ポタリ、ポタリと血が滴る。
ポタリ、ポタリ、ポタリと赤い雫が落ちる。
秋葉が息を呑んだように動きを止めた。

そこに見せつけるように、今度は親指を残りの指の付け根押しつけ力を込め……。

「なに、やってるんです、兄さん」

慌てて秋葉が両手で、志貴の手を押さえつける。
そこからも血は滴りつづけている。

「うん…」

秋葉が血を流す指を自分の口に含む。
しばらくそうして舌で傷口をちろりと舐め、喉をこくりと動かす。
鈍い痛みがあった指が、癒されていく。
そのまま、秋葉は志貴の指をしゃぶり、陶酔の色を浮かべながら唇を離した。
既に血は止まっている。

「何をするんです、兄さん」

叱責の声。
理解出来ないのだろう。
何をしているのか。
そんな事、俺にだって分からないよ、秋葉。
志貴は胸の中で呟いた。
ともかく、気が付いたら秋葉の集中が緩んだからか、声を出せる程度には生
命力が戻っている。何かするなら今しかなかった。

「お願いだ、秋葉」

志貴の、先程までと違う、低くむしろ穏やかといっていい声の不思議な強さに、
秋葉はっとした様に動きを止めた。

「正直、今必死になって我慢しているんだ。もし最後までいってしまったら、
一線を越えてしまったら、もう俺達は兄妹でいられなくなる」

なんだ、視界が滲んできた……?

「俺は、秋葉の兄さんでいたいんだ」

声も、なんでかすれているんだ?

秋葉の声がする。不思議に優しい声。

「泣かないで下さい、兄さん……」

泣いているのか。俺は。情けないな。
「頼むから、秋葉。俺は、秋葉の兄さんでいたいんだ」
ああ、目から何かこぼれている。涙なのか。

「……分かりました、私も兄さんを失いたくありません。もう、止めます。だ
から、だから、泣かないで下さい」

どんな表情をして言っているのだろう。秋葉だって涙声じゃないか。

ああ、頭がクラクラとする。
無理をしすぎたか……。 
秋葉が何か言っている。
聞こえないな。
目も耳も手も何も真っ暗だ。
そして最後に、頭の中が真っ暗になった……。

(To Be Continued....)