=ACT.2=

何時間が過ぎただろうか。
いつの間にか暗くなっている。
眠る事もできず、丸くなった姿勢のまま志貴は堂々巡りの思考の中で過ごし
ていた。

正直、すぐさま屋敷を飛び出して有彦の処にでも転がり込もうとも思ったが、
琥珀も翡翠もいない屋敷に秋葉一人を残す訳にはいかなかった。
逃げる事は出来なかった。

時計が鳴っている。
夕食の時間だ。
食欲などまったく消え失せている。
でも、秋葉一人にする訳にもいかないか……。
死刑台に向かう様な心境で、食堂に向かう。

既に秋葉は料理を前に待っていた。
志貴も妙にただっ広く感じられる食卓につく。

「いただきます」とだけ口にして、ひたすら目の前の食事だけに意識を集中する。

さすがに、琥珀も翡翠もいないとなると、秋葉と志貴の二人で生活全般に対
処する訳にもいかず、家事その他は有り体に言えば豊富な遠野のお金でサービ
スを買う形でまかなっている。
食事についても、わざわざ料理人を雇う事はしていないが、何もしないでも志
貴の目にはかなりのごちそうと写る品々が並ぶようになっている。正直、琥
珀の食事が取れない以上は志貴にとっては、こちらの方がありがたい。

また、休みの日などはそれと並んで必ず見劣りがする一品があり、それにつ
いては秋葉が作っていた。出来不出来の揺れ幅が大きかったが、自分に対して
一生懸命料理を作ってくれているようなので、志貴としても文句を言わず平ら
げて見せる事で、それに答えていた。
もっとも、それが今日は無い。

ちらと、秋葉の方を見ると、秋葉も言葉を発せずに下を向いたまま、ぽそぽ
そと口を動かしているのみ。
平静を保ってはいるが、明らかに深い物思いの中にいるのが分かる。

志貴は溜息をつきかけ、呑み込む。
さっきのをどういうレベルで受け止めているのだろうか?
兄が自慰行為に耽っていたと認識しているのか、良くは分からないけど下半
身裸で何かいかがわしい事をしていたという風に想っているのか。
何か汚らしいものでも目にした、そんな感じか。

琥珀がいれば意見を聞ける。……いや、駄目だ。琥珀にだけは知られちゃい
けない。そもそも琥珀が傍にいてくれたらこんな事には。自分で処理しなくて
も、琥珀が、いやそうじゃなくて。

誰か相談できる相手は………。いない。
有彦……、生涯有効な弱みを自ら差し出す訳にはいかない。
シエル先輩……、どう話せと言うんだ、こんな事を。

考えてみたら「自慰行為を妹に見られました。どうすればいいですか?」な
どという質問が出来る相手なんて、この世にいるのだろうか?
強いて言えば、有彦の姉の美紗さんがいるが……。あの人なら笑って笑って
笑い転げた後で、真顔になってきちんと考えて道を示してくれるだろうけど、
万が一にも有彦に事が洩れたら、と思うと躊躇してしまう。

しばらく、茶碗を片手に動きが止まっているのに我に返り、宙をさまよって
いた視線を前に向ける。
秋葉と目が合ってしまった。
志貴と目が合うと秋葉はすぐさま下を向いてしまう。

やっぱり軽蔑されたんだろうなあ、反射的に椅子を蹴倒して走り去りたくな
る衝動を抑えながら、志貴は今度は溜息をついた。

拷問のような一時を終え、「ごちそうさま」と声をかけて秋葉の反応を待つ。
聞こえなかったのか、答えたくないのか、秋葉は何も答えない。
志貴は、立ち上がって食器を片づけた。
とうとう秋葉、一言も喋らなかった……。 そんな事を思いながら。

(To Be Continued....)