QOH99〜IN KIZUATO〜


第1話「耕一さんは強い女が好きなのね」


それは柏木家の夕食の時に訪れた。

「あっ、みんな。俺、見たい番組があるんだけど……、チャンネル変えていいかな?」
「うん、いいよ。耕一お兄ちゃん」
柏木家四女の初音が答える。

耕一がチャンネルを変えると、急に華やかな音楽が流れてきた。

「きゅー・おー・えいち……、何の番組ですか? 耕一さん」
長女の千鶴が耕一に尋ねた。

「格闘技だよ。簡単に言うと、K―1の女性版かな」

「ふーん、何だか面白そうだな」
と次女の梓。

「…………」
無言なのは三女の楓。

カーン、
そうこう言っている間に試合が始まった。
本日のメインイベントは、森川由綺 VS 神岸あかりで、 時間無制限の1R勝負だった。
試合開始直後は、お互いに牽制し合って動かない。
「あれ? 全然動かないな」
「しっ」
耕一の普段とは違う真剣な口調に、梓は何も言わずに黙った。
先に動いたのは神岸あかりだった。
ダッシュで相手に近づき、パンチを何発も繰り出す。
シュッ、シュッ、シュッ、
パンチの風を切る音が聞こえるほど鋭く、そして速いパンチだった。
「あかりって人の方が押してるね」
と初音。
「いや、全部ガードされている」
真剣な眼差しでテレビを見つめる耕一。
森川由綺はそれを初めから分かっていたように、その攻撃を両腕でガードしている。
スッ、
急にあかりの身体が沈みこむ。
そして、下から強烈な突き上げジャンプアッパー。ケミカルインパクトと呼ばれる技であった。正面からの攻撃に目を馴れさせてからの見事な攻撃だった。
しかし、それもガードする由綺。
ぶわっ、
ガードをしたものの、アッパーの衝撃は完全に殺せずに、由綺の身体が浮く。
お互いの身体が空中に浮かぶ。
さらに攻撃を加えようとするあかり。
その時、由綺が攻撃に転じた。
どこからともなくCDを何枚も同時に投げつける。
何とかガードをするあかり。
どん、
地面に足をついた瞬間、由綺の横蹴りがあかりの身体に当たる。
さすがのあかりでもガードが追いつかなかった。
完璧なクリーンヒットだ。
あかりの身体がリングの端まで吹っ飛ぶ。
それでも由綺の攻撃は止まなかった。
あかりに向かってCDを投げ飛ばしながら、ダッシュしながら近づく。
CDが全て身体にヒットし、よろめくあかり。
そして、由綺のサマーソルトキックがあかりの顎にヒットする。
どん、
地面に倒れる音。
あかりの動く気配はない。
カン、カーン、
試合終了のゴングが鳴り響く。
由綺の勝利だ。
レフリーに腕を上げてもらい、嬉しそうに微笑む由綺。

耕一はテレビのスイッチを切った。
「ふー、いい試合だったなぁ」
「本当に迫力がありましたね」
と千鶴。
「……耕一さん、まだ試合があるみたいですけど……」
「いや、いいんだ。森川由綺の試合だけ見ることができれば」
「耕一って……、もしかして森川由綺のファン?」
「ん……、まぁ、そんなもんかな」
「誰です? 森川由綺って?」
耕一がファンだと聞いて、芸能情報に疎い千鶴は梓に尋ねた。
「えっと、あたしも詳しくは知らないけど……、いわゆるアイドルって奴だよ」
「アイドルが格闘技?」
「うん、新しいアイドルの路線を狙うんだって、プロダクションの社長がインタビューに答えてた」
「森川由綺はいいよ……」
耕一がしみじみと呟いた。
「耕一さんはああいうタイプが好みなんですか?」
千鶴の質問に、他の3人も興味津々だ。
「う〜ん、どうだろう。確かに顔もかわいいし、スタイルも良いし……」
「胸も結構あるしな〜」
梓が千鶴の胸を見ながら言う。
「それもあるだろうけど、でもやっぱり、一番の魅力は彼女の強さだろうね」
「「「「強さ?」」」」
4人とも耕一の言葉に反応をする。
「うん、精神的にだけじゃなくて、身体的にも強い人、そんな人が好きだなぁ」

好きだなぁ

そんな人が好きだなぁ

強い人が好きだなぁ



耕一の言葉だけが、柏木家とその住人達の頭の中に響いた。


第1話 終


転話

耕一が眠りについた、その夜、


居間に4人の女性が集まっていた。
千鶴がみんなを呼び集めたのだった。
「さっき……、耕一さんが言っていた言葉……、覚えている?」
梓、楓、初音は黙って頷く。
それを確かめると、千鶴はにっこりと笑って。
「決めましょう。誰が強いのかを」
ざわっ、
4人の間に緊張が走る。
「勝った人が……、そう、耕一さんにアプローチする権利を手に入れるの」
再び、4人に緊張が走る。
4人とも耕一に思いを寄せているが、周りの目もあって、これといったアプローチをしていないままだったのだ。
「でも……、どうやって?」
普段は無口な楓が口を開く。
「簡単よ。今日の夕飯に見たQOHと同じ方法でやりましょう」
QOH――つまり、ルールなしの格闘勝負――
「嫌ならやらなくてもいいわ……。私はもちろん戦うけど」
と千鶴。
「……私もやるよ。耕一お兄ちゃんは誰にも渡さないよ」
と初音。
「私も出ます……」
と楓。
「しょうがないなー、みんなやるんだったら仕方がないよな……。でも、やるからには本気でいくよ」
と梓。
それを聞いて千鶴は、
「わかったわ……。じゃあ、勝ち抜き戦にしましょう。戦いの日は一週間後、いいわね?」
黙って頷く3人。

こうして戦いの火蓋は切って落とされた。


第2話に続く