QOH99〜IN KIZUATO〜

第2話「それぞれの決着」  


    1・千鶴の憂鬱
眠れない。
明日は、大事な戦いの日だというのに……。
明日、妹である初音と戦う。
中庭に出る。
夜風が心地良い。
月は……出ていない。

今日、梓と楓が家に帰ってきた。
約一週間ぶりの事だった。
二人ともそれぞれ、近くの山へ篭って、修行をしていたらしい。
修行といっても、腕立て伏せや腹筋などのトレーニングとは違う。
梓や楓がやったのは、おそらく「鬼の力」のコントロールだろう。
二人から押さえてはいるものの「鬼の力」を感じ取った。
夕飯の時、耕一さんが
「梓、修行でもしてQOHにでも出るつもりなのか〜」
と梓をからかっていたのを思い出す。
耕一さんは明日の戦いの事を何も知らない。
止められるのが分かっていたから、何も言わなかった。
もしかしたら――
もしかしたら、耕一さんの事がなくても、こういう事になっていたかもしれない。
つまりは――
つまりは自分達の血が昂ぶっているのだ。
わたしも、梓も、楓も、初音も。
あの闘いを見て。

ドクン、
血が……サワグ。

そんな事はない、と自分に言い聞かせる。
自分はただ耕一さんを……。
「……」
その先は考えない事にした。
誰のためにしても、明日の戦いは負けられない。
千鶴はそう決意すると、自分の部屋へと戻った。



「…………」
その様子を遠くから見ていた男がいた。
全身のシルエットは辺りの闇に包まれてよく分からない。
「……おもしろい……」
ただ、男がかけている眼鏡だけが不気味に光っていた。



     2・千鶴の決意

勝負は一瞬だった。
千鶴の手刀が初音の首に入った。
千鶴の攻撃はそれだけだった。
初音は動いてもいない。
初音の身体が前のめりに倒れ込む。
千鶴はそれを片手で支えた。
外傷は一切ない。 気を失っているだけだった。
「ごめんなさい初音……、わたしがあんな事を言ったばかりに……」
千鶴は気絶している初音に話しかけた。
「わたしが優勝したらね……、あの約束は、なしにしようと思っているの」
そう言うと、千鶴は初音の身体を地面にゆっくりと置いた。
「だから、わたしは負けられないの……」
千鶴は決意したように、そして誰に言うでもなく呟いた。


        3・梓の想い

「ぐっ」
楓の攻撃を何発もガードしていた腕に軽い痛みが走った。
「ちっ」
慌てて、さらに山の奥へと走った。
楓は追いかけて来ない。
当然だった。
今、攻撃してきたのは楓の精神体だけだからだ。
楓の本体は遥か遠くにあるはずだった。
精神体は本体からある一定の距離までしか移動する事ができない、と先程の攻撃を受けた時に気がついた。
(今の距離だと……、本体は大体1キロ先か……)
走りながら、楓の位置を計算する。
意外だった。
精神体だけで攻撃する事ができるなんて……。
(これもやっぱり、鬼の力なのか?)
楓の精神体の姿は、異国風の衣をまとった女性だった。
その姿は何だか懐かしいものがあった。


梓は竹林の中で立ち止まった。
(このままでは勝てない……)
精神体の攻撃はこちらに当たるが、こちらの攻撃は精神体に当たらない。
「本体を直接、攻撃しないと無理か」
梓は舌打ちした。
「あるいは……、鬼の力で何とか……」
楓との戦いで鬼の力を使う気はまったくなかった。
千鶴との戦いに使うつもりだったのだ。 しかし、こんな状態ではそんな事を言っていられない。
「仕方ないか」 そう呟いた刹那、
ぶわ、
楓の精神体が目の前に現れた。
「くっ……」
両腕でガードの構えをとる。
しかし、精神体は攻撃を仕掛けてこない。
「……?」
「降参してください……。梓姉さん」
竹林の影から楓が現れた。
「楓……」
「分かったでしょう、姉さん。姉さんの攻撃は「エディフェル」には当たらないわ……」 「…エディ……フェル?」
「そうよ、姉さんの目の前にいる、その女の人の名前……。そして、私の前世だった人」
驚いて何も言えなかった。
なるほど、よく見れば二人の顔はよく似ている。
「悪いけど、降参はしないよ」
「どうして!? 姉さんの攻撃は、エディフェルに一発も当たらいないのに」
「だけど、すぐ近くに本体がいるじゃないか」
そう、そちらを攻撃すれば問題ない。
「……! それでも無駄です……。姉さんがこちらに来る前に、リネットが攻撃を仕掛けます」
「……なるほど」
梓は感嘆した。
本体である楓との距離は約1キロ、そして自分の目の前にはエディフェル。
完璧な作戦と配置だ。
「もう一度言います。姉さん、降参してください……」
楓の気持ちは痛いほど、よく分かった。
姉妹同士で争うのが嫌なのだ。
それは自分も、いや全員が思っている事だと思う。
だが、そんな気持ちに勝ってしまう、正体不明の感情が自分達の中に存在するのだ。
「嫌だね」
きっぱりと言いきる。
「……どうして? 勝てる可能性がまったく無いのに……」
「勝てるよ」
そう言うと同時に開いた右手をエディフェルの首へ向けて突き出した。
「無駄です。精神体であるエディフェルを掴む事なんて……きゃっ」
楓の言葉は最後まで続かなかった。
自分の右手がエディフェルの首を掴んで持ち上げたからだ。
リネットの動きにつられて、楓の身体も宙に浮く。
どうやら精神体に与えられた攻撃は本体にも届くようだ。
「楓、ギブアップするんだ」
「い……、嫌です」
「楓!」
その瞬間、右手が掴んでいる感触が消えた。
「えっ?」
エディフェルが突然、目の前に現れ、梓を抱き締めた。


次々と懐かしいような、そして悲しいような光景が梓の意識に流れこんできた。

「あっ……、あっ……、あっ、あっ」

エディフェルの記憶であろう、悲しい記憶がどんどんと流れこんでくる。


次郎衛門との思い出。

一族の厳しい追及。

(なんて悲しい記憶なんだ……)
梓は泣いていた。


その終らない悲しみに耐え切れなくなった梓はそのまま気を失った。
その顔は涙で濡れていた。


「これが私の前世の記憶です……」
楓はぼつりと姉に向かって言った。

楓も泣いていた。


    転話


千鶴は水門付近の広場に立っていた。
気絶している初音もこの場所に運んだ。
ここで最後の試合をするのだ。
この場所なら滅多に人が来ない。
それがここを選んだ理由である。
「遅いわね……」
自分達の戦いがあっさりと決着がついてしまった事を差し引いても遅い。
どうやら自分の想像以上に楓は善戦しているようだ。
(梓がすんなり勝つと思ったんだけど……、楓と戦う事も考えなければいけないわね……)
どちらにしても変わらない。
自分が勝つだけだ。
そして、あの約束を取り消すのだ。
たとえ、鬼の力を使ってでも……。

かさ、

微かに草を踏む音が聞こえた。
そちらの方に意識を向ける。
気配は2つ。
どちらの気配も妹のものだとは思えない。
「出てきなさい……」
静かにその2つの気配に向かって話し掛けた。


出てきたのは2人の男と女だった。
1人は黒いタキシードを着ている初老の紳士。
もう1人は奇妙な格好をした緑の髪をした女の子だった。
千鶴はタキシードの男から奇妙な殺気を感じていた。
「わたしに何か御用?」
口ではそう言っているものの、千鶴はすでに戦闘態勢に入っていた。
こんな場所に一般人が立ち入る事がすでに尋常ではない。
「柏木千鶴様でいらっしゃいますか?」
「そうですけど…………!!」
千鶴はそう言いかけて、慌てて後ろに跳んだ。
緑髪の女の子がこちらに向かって飛びかかってきたからだった。


男はにやりと笑いながら呟いた。
「さて……、伝説の「鬼の力」を見せてもらいましょうか……」



「あなたは柏木家の人間ですか?」
その女の子が声をかけてきたのは、楓が気絶している梓を安全な場所に運び終わった時だった。
「……あなたは誰?」
「HMX―13……、セリオとお呼びください」
「セリオ……?」
そのセリオと名乗った女の子はこの辺りでは有名なお嬢様学校の制服を着ていた。
耳には何か、妙な機械がついている。
「…………」
セリオは小さな声でぶつぶつと呟いている。
「……識別完了……、柏木楓、柏木梓。……戦闘レベル3……、攻撃開始」
そして、土ぼこりとともにセリオが楓に猛スピードで接近した。


そして再び、鬼達の戦いが始まった。


第3話に続く