「もういいのか?」
「はい、もう大丈夫です、兄さん。」
珍しく気遣うような事を言う志貴だが、これは行動方針に即した行動である。
つまり”遠野に取り入る”為のものだ。
対して秋葉は志貴のことを「兄さん」と呼びかけた。
志貴達にとっては都合よく話が進んでいるらしい。
「少しお話を伺っても宜しいでしょうか?」
「ああ。」
「シエル先輩が用も無く記憶の無い兄さんをここに、今日、連れてくるとは思えません。」
シエルを軽く睨みながら秋葉が刺々しく言った。
シエルは柳に風と受け流しながらにこやかに告げた。
「もちろんです。用が無ければ私だってこんな所に志貴君を連れてきたりはしません。」
「こ、こんな所ですって?! ここは兄さんの家です・・・!」
秋葉が激昂して立ち上がるが志貴が冷水を浴びせた。
「俺の一族を滅ぼし、俺の記憶を弄りまわし、社会的に抹殺してくれた遠野のお屋敷だな、ここは。」
その台詞を聞いた瞬間秋葉は顔を蒼白にして俯き、琥珀と翡翠も表情に陰を落とした。
「まあ、そんなことは今は関係ない。シエル、説明を。」
「はい。」
志貴は説明をシエルに任せると退屈してイライラしてきたアルクェイドをあやし始めた。
「さて、秋葉さん。最近ご一族の間とご交流はありますか?」
「いえ、大してありませんがそれが何か?」
「それでは軋間の動きは知らないんですね?」
「軋間ですって?」
「今代当主の胤臣が完全に反転しました。」
「え?」
元々反りが合わないシエルと秋葉だが志貴がアルクェイドを構っているものだから余計に会話が刺々しい。
「そして代々遠野に不満を抱いていた彼のターゲットはあなたです。」
「・・・ふん、分家の小倅くらい返り討ちにして差し上げますわ。」
本来遠野家当主が果たすべき役割である、秋葉はそう言い放った。
それを聞いて志貴は呆れた顔をアルクェイドと見交わした。
「やれやれ・・・」
「何言ってるんだかね、この小娘は。」
小娘呼ばわりされて秋葉はむっとした。
「そういえば、アルクェイドさんでしたか、あなたについて説明を受けた憶えはありませんが、兄さんとどういう関係ですか?」
「そうですね、お三方が今何をなされているのかも伺っていません。」
琥珀も秋葉をさりげなくアシストした。翡翠は相変わらず使用人としての分を弁えて黙っている。
「私? 私は志貴の恋人で許婚だよ?」
「・・・おい。」
「な、何言ってるんですか、アルクェイド! 誰が恋人で許婚ですかっ?!」
秋葉がアルクェイドの言葉を認識する前にシエルが怒鳴りつけて殴りかかった。
志貴は呆れている。
アルクェイドは当然シエルの拳を受け止めながらにっこり笑う。
「だから、わ・た・し。」
「く、この・・・!」
「二人とも。」
ヒートアップする二人を志貴の冷たい声が止めた。
「今は仕事中だ。」
「ごめんなさい、志貴君。」
「志貴、ゴメン。」
二人は塩をかけられたナメクジのように萎れる。
やがて秋葉がショックから覚めた。
「兄さん、アルクェイドさんとお付き合いなされているのですか?」
「お、妹、判ってるじゃない。」
さっき泣いたがなんとやら、アルクェイドは嬉しそうに秋葉に話し掛けた。
「黙ってろ、アルクェイド。遠野秋葉、俺は別に誰とも付き合ってない。」
「・・・何故ですか?」
記憶が無くとも自分の事を忘れられないのでは、との希望を胸に秋葉は問う。
だが、志貴は突き放すように答えた。
「さあな。プライベートなことに答える必要を認めない。」
「す、すみません・・・」
「やれやれ、これじゃいつまで経っても話が進まん。俺が言うぞ?」
「お願いします。」
志貴以外全員が口を揃えて頼んだ。
「シエルは教会の埋葬機関の第七司祭、アルクェイドは魔術協会に協力する真祖の姫君、俺はフリーランス。
大抵三人で一緒になって世界中の化物退治をしている。今回も軋間の排除が仕事だ。」
さすが志貴、見事なまでに簡潔に話を纏めた。
「埋葬機関?」
「真祖?」
・・・いささか纏め過ぎらしい。
秋葉も琥珀も翡翠も理解できずに首を捻っている。
「埋葬機関ってのは教会所属の対吸血鬼特殊部隊みたいなもんだな。戦う聖職者の集団だ。」
シエルがそれを聞いて若干頬を引き攣らせながら汗をかいている。
「で、真祖ってのは吸血鬼だ。アルクェイドは吸血鬼の中で一番偉いと思ってくれ。」
「えっへん。」
アルクェイドは無意味に胸を張り、その豊満さを強調した。
大学生になっても胸の薄い、そしてもうあまり将来性が無さそうな秋葉はそれを羨ましそうに見た。
「吸血鬼、ですか?」
ここで初めて翡翠が口をはさんだ。あまりにも現実離れした話に気が緩んだらしい。
「そ。それほど驚く事でもないだろ? 一般人ならともかく遠野家の関係者なら。」
「確かに。でもどうして教会のエクソシストと吸血鬼が一緒に行動してるんですか?」
秋葉の問いに志貴は首を傾げた。
そしてシエルとアルクェイドに向き直って尋ねる。
「何で?」
シエルとアルクェイドは無言で殴って答えとした。
「元々はシエルが一緒に志貴と行動してて一年前に私が志貴に殺されたのが出会いね。」
アルクェイドは懐かしそうにそう言った。
「殺され、た・・・?」
秋葉が信じられないように言った。
当然だろう、その本人が目の前でのほほーんと喋っているのだから。
「うん、もう一瞬で17分割されちゃった。もうびっくりって感じ。」
「そ、そうですね。」
「それで志貴さまは何故お二人と一緒に働いてらっしゃるんですか?」
琥珀が話を進めようとする。
「ああ、3年前、自殺した俺を助けてくれたのがシエルだ。その縁でな。」
「いえ、経緯ではなく、七夜とはいえ志貴さんが化物相手に・・・」
「ん、俺の能力は知らないのか?」
そう言って志貴は立ち上がると玄関と居間を分ける扉に近付いた。
そしてジャケットで隠した腰の後ろから淀みなくコンバットナイフを抜くと軽く扉の死線をなぞる。
がたがたがた・・・
それだけで扉は一瞬にしてばらばらになり、志貴の足元に小山をなした。
「これは別にナイフが特別と言うわけじゃない。」
志貴はナイフをすっとシースに戻すと自分の席に戻りながら言った。
「俺の目はモノの死が見える。そこを攻撃すれば全て死ぬ。そういうことだ。」
秋葉達三人は目を丸くしてそれを見ていた。
自分たちの前に座ってくつろぐ志貴はやはり自分たちの知る志貴ではないのか・・・?
「で、この一年世界中で化物退治に明け暮れていたわけだが、遠野秋葉。」
「はい。」
秋葉がぴくっと小さく肩を震わせて答えた。
「その経験から言わせて貰えば、お前は軋間に負ける。」
「な、何故ですか、兄さん?」
「聞く所によるとはお前は碌に訓練もしていない上に戦闘経験もないらしい。」
「それは、確かにそうですけれど・・・」
「お前の能力は確かに強力だ。だが有視界内に限られるのが問題だな。一般人相手ならともかくプロ相手なら大きな弱点だ。」
「え・・・?」
秋葉は自分の能力を詳しく把握しているような素振りの志貴を驚いて見つめ返した。
「俺だったら夜間、背後、長距離から対物ライフルで狙撃して一発だな。」
「!」
秋葉は簡単に自分を殺すと言った志貴に怯える。
志貴の言う対物ライフルとは1km以上の射程を誇り、近距離なら装甲車やヘリも撃ち抜けると言う巨大な物だ。
それなら別に死線や死点は関係なく化物たちを殺せる事だろう。
「第一戦闘経験がない、というのは致命的だ。相手は既に人を殺している。お前は躊躇いなく殺せるか?」
「や、やれます。それが私の役目なのですから。」
「いや、お前は最後の一瞬に躊躇して殺られるな。お前たちはどう思う?」
「私もそう思います。」
「私もー。妹ってば一回も”殺す”って言ってないもん。覚悟がなってないよね。」
シエルもアルクェイドも志貴に賛成した。
秋葉は俯いて歯を噛み締める。
「だから俺達がここにいる。」
「・・・え?」
「軋間を倒すために来た、そう言っただろう?」
「あ・・・」
秋葉は嬉しそうな顔をした。翡翠もだ。琥珀は僅かに複雑そうな顔をした。
秋葉たちはそれを”彼女たちを守るため”と解釈したようだが、琥珀は違う。
先程の話とあわせればそんなことはありえないのだから。
だが琥珀は特に何も言わなかった。
シエルもアルクェイドも何も言わない。
だが彼女たちは若干の不快感−嫉妬−を覚えていた。
「それで作戦だけど、どうしようか、シエル、アルクェイド?」
「やっぱプランAじゃない?」
「お前もそう思うか? シエルは?」
「私も賛成です。」
「うん、じゃあ・・・遠野秋葉、お前には囮になってもらう。」
「・・・はい。」
表情を固くしたものの、秋葉は首肯した。
平気な顔をして囮扱いされて腹も立つが、戦闘のプロの言う事だから従うしかないだろう。
「よし、それじゃ、解散だ。」
「・・・え?」
作戦会議はそれで終了だったらしい。
「なんだ?」
「あの、囮って何をすれば良いんですか?」
「ああ、普段どおりの生活を送ってくれ。俺達三人がそれを遠巻きに見守るだけだから。」
「心配しなくてもそんなに長くは掛かりません。軋間は今日明日中に来るはずです。」
「そうそう、私たちも長居するつもりもないし。」
シエルとアルクェイドは口々に言った。
邪な感情を乗せて。
それに対して秋葉はびきっと顳に青筋を浮かべて、
「いえ、どうぞごゆっくりなさってください。私も兄とゆっくり話をしたいので。」
シエルもアルクェイドもこの言葉に目の温度が下がる。
そんな精神的な殴り合いに興じる三人を他所に志貴は翡翠を呼んだ。
「なんでしょう、志貴様。」
翡翠はいつもどおりの態度を心がけているが若干浮き足立っているのは否めない。
「さっきの扉の事はすまなかった。見せなければ判らないだろうと思ってね。これでまた新しく付け直してくれ。」
そう言って先程「殺した」扉の代金を適当に見積もって志貴は手渡した。
「いえ、志貴様、そのようなものを頂くわけには行きません。どうかお納めください。」
「・・・そうか。時に翡翠?」
「なんでしょう、志貴様。」
「お前はこの屋敷に住んでいて幸せなのか?」
その志貴の問いに翡翠は答えあぐねた。
「・・・志貴様が戻っていらっしゃれば私は幸せです。」
やがて翡翠は言い難そうにしながらもはっきりとそれだけ言い切った。
志貴は虚を付かれたような曖昧な表情をしたが特に答えは返さなかった。
そこへ琥珀が声をかけた。
「志貴さん、お部屋はどうしましょう? 客間をご用意すれば宜しいですか?」
「ああ、そうだな。遠野秋葉の隣の部屋にベッド一つ置いておいてくれ。」
「志貴さんったら、二人同時になんて・・・」
志貴の答えを聞いて琥珀は何を考えたのかそんなことを言って顔を赤らめた。
「何を考えているのか想像はつくが、寝るのは一人だけだ。残りの二人は見張りだからな。」
「あら、そうなんですか。残念。」
何が残念なのかは謎に包まれている。
「姉さん・・・」
翡翠の嗜めるような視線を受けて琥珀は「それでは用意してまいります」と居間を出た。
そして秋葉がある提案をしたのである。
「そうだ、兄さん、今夜は再会を祝して軽く飲みませんか?」
「あ、いーねー。やろやろ!」
真っ先に賛成したのがアルクェイド。
彼女、人間ではないので分解酵素もへったくれも関係なくいくらでも飲める。
そしてある程度酔っ払った軽い酩酊状態のままなのである。
いざ鎌倉、という場合には瞬時にアルコールが抜けると言う便利極まりない体質だ。
故に彼女は酒が大好きだった。
この一年間で憶えたらしいが誰に仕込まれたのかは謎である。
「ああ、別にいいんじゃないか? 俺は飲まないが。」
「兄さん、酒席で一人飲まないなんて場が白けますよ。」
「そんなことはどうでもいい。」
「どうでもいいですって?」
若干志貴と秋葉の間が緊張する
「ああ。いざと言う時酒のせいで手が震えて的を外して死ぬ事を考えれば、場が白けるくらいなんてことはない。」
「あ・・・」
志貴の言う事を聞いて秋葉は言葉を失った。
自分と志貴の生きる世界や立場と言ったものが最早完全に交わらないと気が付いてしまったから。
「だが、ま、飲みの雰囲気は嫌いじゃないからな、俺も。」
静まった雰囲気を取り成すように志貴はそんな事を言った。
「え・・・?」
「だからお前たちが飲むのを止めはしないといっている。俺の主義を押し付けるつもりはない。」
「あ、そ、そうですか・・? じゃあ、暫くしたら呼びますから部屋でお休みください。翡翠。」
「はい、秋葉さま。志貴様、シエル様、ブリュンスタッド様、こちらへどうぞ。」
秋葉は気を取り直し、酒席を設ける事を決め、それまで一旦休んでもらうべく翡翠に部屋へと案内させた。
−遠野家客室
「あんなもんかな?」
翡翠が下がり、三人だけになると志貴がそう呟いた。
「あんなもんじゃない?」
アルクエイドがそう答えた。
「そうですね、適度に親近感を抱かせつつ罪悪感も持たせて一定のライン以上は踏み込ませず、会話の主導権を握りました。」
シエルもそう分析した。
アルクェイドは窓から外を監視しており、シエルはベッドに座り、志貴は床で愛銃の分解掃除中だ。
事態は大体三人の意図どおりに運んでいる。
「これからもこの調子で事を運べば目的を達成できるでしょう。」
「そうだな。計画の微調整は必要かもしれないが。」
「微調整?」
「琥珀と翡翠の件だ。」
「どうするんですか?」
「軋間を倒してから遠野秋葉を殺すつもりだったが、遠野秋葉を殺させてから油断した隙に軋間を倒すべきかも知れない。」
「なんで? ってゆーか、その順番になんか意味があるの?」
アルクェイドは小首を傾げた。
「後者のほうが、感応者二人の協力を得やすいだろう。」
「・・・まあ、裏切りの要素は減少しますね。」
「琥珀は食わせ物だぞ、気をつけろ。一筋縄では行かないだろう。」
「ねえ、志貴。感応者って二人も要らないんじゃない?」
「・・・琥珀も始末して翡翠だけでも、ということか?」
「ぶっちゃけた話、そーゆーこと。」
シエルはアルクェイドと志貴の会話を黙って聞いていた。
「だって翡翠って志貴の事が好きみたいじゃない? 琥珀はよく判らないけど。なら無理する必要ないんじゃない?」
「うーん、まあ、そうなんだがな。俺としては二人とも助け出したいな、遠野家から。」
「志貴君はそんなに琥珀さんのことを気に入ったんですか?」
シエルが冗談めかして聞いたが、その実目がマジだった。アルクェイドも不満そうだ。
「一応親戚筋だしな。同じ遠野に苦しめられた存在として、そう思っただけだ。」
志貴は微妙に二人から放たれる殺気を軽く流しながら答えた。
「・・・志貴がそう言うなら、まあ、それでも良いけど。」
「そうですね。」
アルクェイドとシエルは少し拗ねながら言った。志貴はそれを見て苦笑した。
「まあ、軋間が来るまでの流れを見てって所だな。」
そう言うと組み立て終わったベレッタを左脇のホルスターに戻す。
同時にノックの音が聞こえた。
「皆様、準備が出来ましたので居間へお越しください。」
翡翠だった。
「わかった、今行く。」
−遠野家居間
居間に行くと・・・そこは酒池肉林だった。
「久しぶりに思いっきり腕を振るっちゃいましたー!」
にこにこと琥珀が笑って料理を並べている。翡翠も若干嬉しそうにしている。
「そうね、今日は久しぶりに思いっきり飲みましょう。」
秋葉も微笑みながら酒瓶を並べている。
どうやら彼女たちにとって志貴の記憶がないというのは然程重要なファクターではないらしい。
いや、こう言うと語弊がある。
もちろん記憶がないのはショックなのだが、三年前を思い出させるようなこの状況による嬉しさがそれを上回っている。
どうやら秋葉の軽く飲む、というのは下戸にとって浴びるように飲む、というのと同意義らしい。
多少呆れながら志貴達三人は用意された席についた。
ソファに三人、志貴を間に挟んで座る。秋葉は向かいに座っていた。
「志貴様、グラスをどうぞ。」
翡翠が脇からグラスを差し出した。
志貴が受け取ると同様にシエルやアルクェイドにも渡す。
「兄さん、何を飲まれますか?」
「ミネラルウォーターはあるか?」
「ええ、それではどうぞ。」
秋葉自ら志貴の杯を満たす。
アルクェイドはお気に入りのタンカレーのボトルを既に小脇に抱え、手酌で注いでいる。
彼女に酒を仕込んだのはイギリス人なのだろうか。
シエルは赤ワインを選んだらしく、バローロを注いで貰っている。
生まれはフランスだったはずだが、さすがバチカンの司祭、というところ。
「お前はどうする?」
「では、そこのラフロイグを。」
志貴が秋葉のシングルモルトの酌をした。
「琥珀たちも一緒に飲みなさい?」
秋葉の言葉に、翡翠と琥珀は互いにクルボワジェとミネラルウォーターを注いだ。
そして秋葉が音頭を取る。
「それでは・・・兄さんとの再会を祝して、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
「チンチン!」
「ア ボルト サンテ!」
何やらイタリア語やらフランス語も混じっていたがとりあえず乾杯がすみ、あとは自由に飲み食い。
志貴と翡翠は仲良く水を飲みつつ食べる専門だったが、他は比重が大いに飲むほうに傾いていた。
見ていてアルクェイドの飲み方は実に楽しい。
普段から可笑しい奴なのだが、飲むとテンションが上がり周囲を巻き込みながら盛大に騒ぐ。
だが決して無理強いはしない点、好感が持てる。
対する秋葉は悪い酒飲みの典型だ。
人に飲むことを強要し、しかも酔うと愚痴る。
シエルと琥珀はある意味似ている。二人とも自分のペースを守って酒を楽しむ。
だが、飲んでいるものから察して、琥珀のほうが強いらしい。
志貴と翡翠は飲まない分料理を十分に楽しんでいた。
翡翠が見た所、秋葉が時に開く酒宴の時と比べてつまみのグレードが高いような気がする。
(未だに味覚が壊滅的な翡翠は味で判断は出来ない)
先程の言葉どおり、きっと琥珀も久しぶりに志貴に食べてもらえるのが嬉しかったのだろう、と翡翠は考えた。
そう言う翡翠も酔っ払いを避けて志貴と二人で料理を食べているのが嬉しくて酔ってもいないのに頬が紅潮している。
そんな翡翠の密かな楽しみは無粋な酔客によって終わりを告げた。
「兄さん、一緒に飲みましょう!」
酔っ払いお嬢さんの登場である。手にはグレンフィデックの瓶。
「遠野秋葉、俺は飲まない、と言ったはずだ。」
志貴は平坦な声で答えた。
それを聞いてシエルとアルクェイドの雰囲気が変わった。これは志貴が怒っている時の声なのである。
「兄さん、私の酒が飲めないって言うんですか?!」
酔っ払いの絡み方マニュアルでもあるのか、ありがちな台詞で迫る秋葉を志貴はチラッと見た。
すっと立ち上がる。
「志貴様・・・?」
翡翠が訝しげな声を上げるが志貴は無視。
一瞬の踏み込みで秋葉の背後に回り首筋を強打、一撃で気絶させた。
「志貴様?!」「志貴さん!」
「心配要りません、気絶しているだけです。」
志貴が秋葉をソファに横たえるのを見ながらシエルが翡翠と琥珀を宥めた。
実は内心ほっと胸をなでおろしている。席を移動していた隣のアルクェイドも同様である。
以前、三人で入ったイタリアのあるバーで酔客三人に絡まれた志貴が一瞬で彼らの腕をへし折った事を思い出していた。
((志貴(君)は酔っ払いが嫌いだから・・・))
続く