−一年前、ハイチ。
志貴が回復し、シエルが休暇を終えると共に入ってきた埋葬機関からの命令。
それがハイチ国内で跳梁するブードゥー魔術による本家ゾンビの掃討だった。
不死性を失ったために、戦闘に於ける決定的な利点を失ったシエルはこの休暇中に鍛錬に励んだ。
更なる身体能力の向上、戦術の勉強、武器の改良、そして魔道の追究。
これらを志貴のリハビリ兼戦闘訓練とともに行ったのである。
志貴が教える七夜の一族の持つ豊富な戦闘体験から齎された知識は大いに役立った。
志貴は短刀を好むインファイターだったが、これから相手にする死徒という化物を研究、戦闘スタイルを変化させた。
それがミドルレンジからの銃火器による死点の狙撃である。
いかな七夜といえど人を捨てては居ないので化物どもの攻撃を喰らってはそうそう耐えられない。
そして人間離れした素早さと言えど、化物どものスピードについてはいけない。
よって牽制で足止めして死点の狙撃とあいなるわけだが、化物どもはたかが銃弾など効きはしないので牽制にもならない。
例えその銃弾が聖別された銀の銃弾と言えども、である。
そこでシエルとチームを組んで、鉄甲作用と火葬式典の複合作用を持ち化物にも十分なダメージを与えうる黒鍵を牽制とする。
この作戦によって二人はほぼ無敵状態となり、ゾンビどもを思うが侭に蹴散らした。
だが、大本を断ち切らなければ意味がない。
大本を追ううちにシエルの脳裏に嫌な考えが忍び込んできた。途中からゾンビが強化されていた。
どうもこれは埋葬機関の同僚であるとある人物が絡んでいるような気がしてきたのである。
自分にとってナルバレックに次いで天敵とも言える相手、メレム・ソロモン。
埋葬機関の同僚でありながら死徒でもある、順序は逆かもしれないが、人物である。
どうも彼がまた任務がてら旅行でこの地に来てレアアイテムを愛でながらちょっとした実験をしているような気がする。
おそらく休暇明けの自分が腑抜けていないか監察にきたのであろう上司に、気が滅入るシエルだった。
そしてその実態はシエルの予想を遥かに越えるものだった。
ある日の夕方、ある山奥の廃村にやってきた志貴とシエルが見たのはド派手な戦闘だった。
警戒しながら見守る彼らの視界に入ってきたのは・・・
メレム・ソロモン。
真祖の姫君、アルクェイド・ブリュンスタッド。
そしてミス・ブルーこと協会の魔法使い、蒼崎青子。
シエルは知らない事だが、彼女の試験も兼ねてメレムは新しく考案したゾンビの実験をしていた。
協会に要請が行き、青子が派遣された。
ロアが消滅してヒマしていたアルクェイドは死徒の気配に引き寄せられて来た。
現地で偶々遭遇した青子とアルクェイドは渋々ながら共同してメレムに当たる事にした。
だが、流れ弾が当ったか何かして、アルクェイドと青子が仲間割れ。
三つ巴の戦いとなっているのである。
マジックミサイルが乱れ飛び、魔獣が暴れまわり、空想具現化が空間を引き裂く。
「な、なんて派手なメンツ・・・」
思わずシエルは呆れ果ててしまった。
そんなある意味のんきなシエルの対応を他所に、志貴は緊張で張り詰めていた。
はあ、はあ、はあ・・・
七夜の退魔の血をびりびり刺激する真祖・アルクェイドの殺気。
はあ、はあ、はあ・・・
本能は彼女に敵わない事を察して警告を発しているが、血のざわめきが抑えられない。
はあ、はあ、はあ・・・くっ・・・
もともとのターゲットであるゾンビの大本、つまりメレムもいる。
彼は無言で戦闘現場へと走り寄った。
「あ、志貴くん、無謀です、あんな所に行くなんて!」
シエルも慌てて後を追った。
こうして三つ巴が変形四つ巴と成った。
アルクェイド、青子、メレムは互いに殺しあっている。
志貴は退魔の血によりアルクェイドとメレムを攻撃、シエルは協会といざこざを起こせないので志貴のフォローである。
最初から戦っていた三者は突然の人間の乱入に驚いた。
アルクェイドとメレムはシエルの存在に、そして青子は志貴の存在に。
「志貴?!」
驚愕の声を上げる青子を無視、シエルが黒鍵を牽制に放ったメレムに死角から接近、銃撃を加える。
志貴を察知したがただの拳銃と見てメレムは黒鍵に当るより銃弾に当たる事を選択。
だが、それは大きな間違いだった。
「なんと!」
銃弾が当った右腕はその個所からぽとりと切れ落ちた。
全く再生する気配すらない。
好機と見てアルクェイドがメレムに止めの一撃を与えようとする。
突然割り込んできた知らない人間ごと空想具現化で消し去るつもりだ。
だがシエルが黒鍵でこれを阻む。
そして志貴は黒鍵に紛れてアルクェイドに急接近、完全に不意を突かれたアルクェイドにコンバットナイフを振りかざし
しゅぱっ・・・
一瞬にしてアルクェイドを十七に切り分けた。
「・・・嘘・・・」
直死の魔眼について知っているシエルでさえもが驚愕する。
青子も戦闘を止め、メレムもアルクェイドを一瞬にして殺した志貴を驚きの目で見る。
戦場は一瞬にして静まり返った・・・
「『弓』よ、これはいったいどういうことだ?」
静かにメレム・ソロモンがシエルに問い掛けた。
「ここまで完全に真祖を殺せるヒトが存在するのか?」
その問いに答えたのは青子だった。
「・・・『直死の魔眼』よ、ソロモン。」
「・・・! なんと、実在していたのか・・・」
納得したようなしないようなソロモンを放っといて青子は志貴に呼びかけた。
「志貴、これがあなたが考えて選んだ結果なのね?」
嘘を許さない目で覗き込む。
しかし志貴は沈黙を保ち、アルクェイドの死体を睨んでいる。
「ミス・ブルー、そこにいるのはあなたが魔眼殺しを渡した志貴君ではありません。」
代わりに答えるシエル。
「どういうことかしら?」
「彼はロアを討ったあと、己の直死の魔眼を使い自殺しました。一命を取り留めたものの、7歳以降の記憶を失っているのです。」
「・・・そう。自殺したのは何故?」
「遠野の血に負けそうになった妹さんに自分が借りていた命を返すため、です。」
「・・・・・・馬鹿ね、それがあなたの選択なの、志貴・・・」
「今、彼は『七夜』志貴なんです、退魔が使命の。」
と。
志貴がアルクェイドの死体に近寄った。
静かに瞑目して集中し、アルクェイドに手をかざす。
「志貴君?」
「志貴?」
シエルと青子が不思議そうに呼びかけ、メレムは興味深そうに見守る。
日が暮れてあたりが暗くなってきて、三人には志貴の手が淡く発光しているように見えた。
「もしかして・・・」
青子が気付いた。
「気を流して助けている?」
「えっ?」
アルクェイドの分割された死体は辺りに広がった血を吸い上げつつ欠片同士が近寄りくっついていく。
志貴が吸い上げ精製した自然の気、天には輝く半月。
アルクェイドの復活には十分な条件だ。
「志貴君、どうしてそんなことするんですか?! せっかくの真祖を滅するチャンスなのに!」
興奮したシエルに志貴は静かに振り返った。
「俺はそこにいる死徒を倒しに来た。」
そう言って軽くメレムを睨む。
「だが、彼女の殺気に反応して血が騒いで彼女を殺してしまった。本来のターゲットではないのに、だ。」
「それでも志貴君は退魔士でしょう?!」
「アルクェイド・ブリュンスタッドは協会に協力して死徒狩りをしていると聞いた。間違いないな、ミス・ブルーとやら。」
今度は青子に目をやる。
青子は自分の呼び方に対して顔を顰めつつ頷いた。
「俺にとって敵の敵は味方とはいえないまでも当面共同戦線を張るに足る相手だ。」
その台詞を聞いてメレムが小さく「青いな・・・」と呟いたのを鋭く睨む。
「ましてや誤って殺した相手、生き返るのなら手助けして当然だろう?」
「礼は言わないわよ。」
志貴に声をかけたのは復活したアルクェイドだった。
その白い服には一点たりとも血痕も残していない。
「ああ。」
短く答えて志貴はアルクェイドを振り返り軽く頭を下げた。
「すまない。ついついお前の殺気に反応してしまった。」
アルクェイドは少し困ったような、面白そうな顔付きで志貴を見た。
「あなた、名前は?」
「七夜志貴、日本の退魔士だ。」
「私はアルクェイド・ブリュンスタッド、真祖よ。」
名乗りをあげるとアルクェイドは右手を差し出した。
志貴は一瞬利き手を預ける事に躊躇するが、彼女の手を握り返した。
青子とメレムは面白そうに、シエルは不愉快そうにそれを見守っている。
「それで、志貴。あなた、どうやって私を殺したの? あんなに完璧に殺されたのは初めてよ。」
彼女の言い草に志貴は僅かに苦笑しながら答えた。
「直死の魔眼だ。お前に見える死線を切った。夜には見えないだろうがな。」
「・・・なるほど。居る所には居るのね、あなたみたいな化物が。」
「真祖の姫君に化物と評価されるとは・・・どうとっていいものか悩むな。」
そう言ってまた苦笑した志貴にアルクェイドも笑った。
そんな(ある意味イイ)雰囲気を破ったのはシエルだった。
「志貴君、どいてください。」
その手に構えるは第七聖典。
志貴がシエルを振り返った。
「やっぱり真祖を滅する好機を逃すわけにはいきません。例え夜でも志貴君に殺された直後なら私でも滅ぼせる筈です。」
そう言って鋭い目で睨むシエル。
だが、こちらも眼鏡を再び外した志貴の冷たく蒼く冴える瞳が迎え撃った。
「シエル、俺とヤる気か?」
メレムが面白そうに小さく嗤う。
(そう来るか、さて、第七位の「弓」とどちらが上か・・・)
青子は少し驚いた後何かに納得したように頷き。
(七夜だろうと遠野だろうと志貴の本質は変わらないってことか。)
アルクェイドは志貴の背中を眺めながら驚いたように目を見開いた。
(そこまでしてくれるの・・・?)
シエルはびくりと反応した。だが、構えは崩さない。
「シエル、確かにお前は鍛えられている。だが、所詮は人間だ。」
志貴の冷たい声が響く。
「俺に勝てると思っているのか? 俺はお前と共に訓練した。お前の実力もわかっている。」
シエルが細かく震え始める。
「第七聖典は確かに威力はデカイ、だが連発は効かん。」
志貴はベレッタを構えた。
「死点への狙撃を躱しながら俺に当てられるのか?」
四つの蒼い瞳が二つの冷たい武器を間に挟んで睨み合った・・・
ふうぅぅ・・・
息を吐いて武器を下げたのはシエルだった。
「降参です。」
小さく笑ったシエルを見て志貴も銃を下げた。
「教えてください、何故そこまで庇うんですか?」
「俺の誇りに関わるからだ。血を抑えられなかった事、ターゲット以外を殺した事。どちらも俺にとっては屈辱だ。」
志貴は悔しそうにそう言って俯いた。
そんな志貴の首に後ろから白い腕が巻きついた。
「ふーん、じゃあ、責任、とってもらおうかな?」
耳元に甘く囁いたのは白い吸血鬼。
シエルの眉が急角度で跳ね上がる。
「・・・何?」
志貴が多少の動揺を見せながらアルクェイドに問い掛ける。
「だから、私を殺した責任を、ね。」
「どうやって?」
「とりあえず私と一緒に遊んでくれればいいわ。あなたとだったら楽しそう・・・」
そう言ってアルクェイドはふふっと笑った。
「それは俺を死徒にするってことか? だとしたらお断りだ。その時は本気でお前と殺り合うぞ。」
さすがに志貴が目付きを鋭くして問うと、アルクェイドはそれを否定した。
「そんなことはしないわ。私の言う事を聞くだけのあなたと居ても楽しくないじゃない。」
「ふむ・・・よく判らんな。つまり何を求めている?」
「ま、簡単に言えば付き合おうって言ってるのよ。」
「・・・なるほ「なんですってえぇぇぇえ?!」」
志貴が納得が行ったように頷いたのを遮るようにシエルの叫び声が響き渡った。
「アルクェイド・ブリュンスタッド。あなたなんかに志貴君は渡しません!」
「あら、ひょっとして志貴ったらシエルなんかと結婚してるの?」
「いや、そんなことはない。命を助けてもらった縁で一緒に働いている、それだけだ。」
しかし、シエルの固い決意もアルクエイドが放った問いに対する志貴の答えで微塵に砕け散った。
「そ、そんな・・・」
よろりら、とよろめくシエルに思わず傍観していた青子はぷっと吹きだした。
続いて始まったシエルとアルクェイドの醜い口喧嘩にメレムも思わず笑いを抑えきれなかった。
「ソロモン、あんたんとこの第七位、相当面白いわ。」
「私も驚いてるよ。普通の人間になって大分変わったようだな。」
「真祖の姫君もね。殺されたショックかしら?」
「どうだろうな。・・・で、ミス・ブルー、あの七夜という小僧とはどういう知り合いだ?」
「昔、あの子が子供の頃、私が魔眼殺しの眼鏡を渡した、それだけよ。」
「ふむ、それでは協会とは関係無いのだな?」
「あら、そうは言ってないわよ。埋葬機関にスカウトするつもりかしら?」
「それはあのいけ好かない女がなんと言うかな? だが、取り込んでおいて損は無いだろう。」
「あのサド女なら文句言いそうだけどね。攻撃力のみを考えるなら志貴はほぼ地上最凶ね。」
「ほう、最強、ではない、か。」
「残念ながら、ね。真祖の姫君が力を取り戻して以来、一層空想具現化が冴え渡ってるから。」
「確かに。」
「でも、彼女がそれを取り戻したのが志貴のお陰だと気付いたらどうなることやら・・・」
「どういうことだ?」
「さっきあの子が言ってたでしょ、「ロアを討ったあと云々」って。」
「そうだな。」
「今まで姫君が何度殺しても取り戻せなかった力を取り戻す切欠になったのが彼だったとしたら・・・」
「姫君が手放すとは思えんな。」
「そういうこと。」
青子とメレムが陰険漫才をしている間にもシエルとアルクェイドの舌戦は激しさを増していた。
傍で口角泡を飛ばす論争を黙って、幾分煩げに聞いていた志貴がやがて口を挟んだ。
「どうもいまいち掴めないんだが・・・」
シエルとアルクェイドはぴたりと黙って志貴を見つめた。
「二人はなんで言い争っているんだ?」
がくっ・・・
シエルとアルクェイドが脱力し、青子が腹を抱えて笑い出した。
メレムでさえ顔を抑えて肩を震わせている。
「まあ、そんなことはどうでもいいとして・・・」
「「よくないっ!」」
「・・・いいとして。」
二人同時に入った突っ込みを志貴は無視した。
「メレム・ソロモン、貴様はまだ続けるつもりか?」
「くっくっく、いや、失礼。七夜志貴君、安心してくれたまえ。これは『弓』の試験でね、それが果たされた今、続ける意味はない。」
「ふむ、それでは解散だな。これだけ派手にやればそろそろ軍が来そうだ。」
「あ、それは大丈夫よ。協会と教会が介入してるから。」
「そうか。まあ、どっちでもいい。俺は帰る。じゃあな。」
そう言うと、志貴はすたすたと隠してあった車のほうへ歩いていった。
「待ってください、志貴君!」
「あ、志貴ー、待ってよー。」
姦しい二人が居なくなって場は静まった。
「珍しいわね、ソロモン。あなたがこんなに簡単に引くなんて。」
「さっき言っただろう? これはただの試験だと。」
「それだけ、とは思えないのだけれど?」
「・・・正直な話、あの小僧には生半な手段では敵わん。直死の魔眼で睨まれては、な。」
「・・・そうね。私も今の志貴と真祖と『弓』相手に勝てる気はしないわ。」
お互い苦い笑みを交わす。
一陣の風が吹き、一瞬後、二人の姿はそこには無かった。
後に残されたのは蒼い月光を浴びる完全に破壊された廃村だった。
続く