それもまた、夢?(翡翠かな(汗):ほのぼの)


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1: Yone (2001/08/24 17:35:00)[lao_and_laoc at mail.infoseek.co.jp]




 暗い海の底から浮き上がるような、そんな気分だった。

 目の前が黒からゆっくりと白くなり

 そして、目が、醒める。



「ん…」



 目をゆっくりと開く。

 少しの頭痛が脳を揺さぶったが、今日はそんなに酷くなかった。

 見慣れた部屋の景色に、「死の線」が、縦横無尽に伸びている。

 毎朝見慣れるその景色に気を重くしながら、眼鏡に手を伸ばした。

 手の甲に当たった眼鏡をかける。

 すると、視界から線だけが消えてゆく。と同時に頭痛も収まっていった。



「…ふぅ」



 どうやらいつもより早く起きたらしい。

 壁に掛かった時計を見ると、まだ短針は5より前のところを指していた。

 早朝5時ちょっと前ってところだ。



「…よし!」



 小さくガッツポーズを取った。

 今日は日曜。そして、かねてから考えていた作戦を実行に移す日だ。




  コンコン




「志貴さーん、朝ですよー」



 がちゃ、とドアを開けて入ってきたのは、遠野家使用人の琥珀さんだ。

 妹の翡翠とは瓜二つの容姿で、翡翠と服を取り替えるとホントに見分けがつかない。

 ちなみに、いつもは翡翠が起こしてくれるんだけど…昨日のアレが響いたらしい。

 琥珀さんは、おつまみ作ったり秋葉のお酌したりして、上手く立ち回ってたけど…

 翡翠はお酒、弱いからな…







「おはよう。琥珀さん」



「あれ、お早う御座いますー。あは、今日は志貴さん、早いんですね」



 朝の挨拶をすると、琥珀さんはにこやかに返してくれる。

 この微笑みを見ると、天使のような人なのだ。



「今日は翡翠ちゃん、ちょっとお寝坊さんみたいです。志貴さん、申し訳ないのですが、翡翠ちゃんを起こしてきていただけませんか?
 …あ、着替えはこちらに置いておきますね」



 ……時々トンデモナイ事を言うけど。



「…あの、いいんですか……?」



 抵抗を試みる。



「私は秋葉様を起こしてきますから、よろしくお願いしますねー」



 琥珀さんはいつもの笑みを浮かべ、体をこちらに向けたまま後ろ手でドアを開き…



  パタン



 ドアを閉めていった。と同時に抵抗は虚しく散った。

 やはり琥珀さんには勝てないのだろうか?



「琥珀さんには、俺の計画すらバレバレなのか…いや、それとも俺が鈍いのか?」



 なんにせよ、翡翠に伝わってなければ、それでいい。

 起きてたら、やばいのだ。俺的に。




 …そして数分後、「翡翠の部屋」前に至る。



「コトがスムーズに進行し過ぎだ…」



 そう。俺の計画とは、翡翠を起こしに行くことだった。いつも翡翠に寝顔を見られて恥ずかしい思いをしているので、今日は逆に翡翠の寝顔を見てしまおうという、まさに夜這いならぬ朝駆けの作戦だった。


 …一瞬、こんなバカなことをしている自分自身に嫌気が差したが、学生労働の自由を禁止された身であると、どうしてもこんな事しか楽しみがなくなるのである。

 と、半ば開き直りながら、計画の第一歩を実行に移す。




「翡翠〜。起きてる?」




  コンコン




 ドアをノックする。

 …返事はない。昨日、酒の席を設けたのは、翡翠の起床を遅らせるという思惑もあったのだが、どうやら成功したらしい…。

 けど、万が一ということもある。

 いくらなんでも、ドアをあけて着替え中だったらシャレにならない。

 俺はドアに耳を当てて中の音を探る。




  ………………




 中から物音は聞こえてこない。どうやらその心配は無いようだ。ちなみに、女の子の部屋に無断ではいるという意識は心の隅にうっちゃっておく。俺は心を鬼にして、未知の扉を開いた。




  カチャ




「…おじゃましまーす。え〜、現在朝の、五時十二分です」

 小さい声で、某リポーターの真似をしながら入っていく。端から見るとバカ丸出しだが、敢えて俺は実行した。



 そして。



 扉の向こうにはどんな世界が広がっているのかと思ったら、割と平凡だった。俺の部屋をちょっと女の子っぽくすると、こんな風になるかもしれない。

 それはさておき、俺は当初の目的を遂行するため、ベッドへ歩み寄る。













 そこには果たして、すぅ、すぅ、と可愛く寝息を立てる翡翠の姿があった。



「……こ、これは…」



 ごくり、と、唾を飲む。

 なんというか、もう、今この瞬間をお持ち帰りしてしまいたいくらい、魅力的な光景だった。

 薄く開いた唇。掛け布団からちょっとだけ見える手。幸せそうに眠る翡翠の寝顔に、心臓の動悸はどんどん速くなる。


  とっ、とっ、どくん、どっくん、どっくん…


 下手をすると、そのまま襲いかかってしまいたくなるような…

 …ダメだダメだ。こんなことだから「色魔」だとか「超絶倫人」とか言われるんだ。

 頭を左右にぶんぶん振って、何とか平静を保つ。



  とっ…………とっ…………


 よし、動悸は幾分か収まってきた。

 そして正常な感覚が戻った俺の耳は、かさっ、という衣擦れの音を拾う。




「…ん……志貴、ちゃん……」




 なんだ、寝返りか。起きたのかと思って冷やっとしてしまった。

 …夢でも見てるのかな…はは……ん? ということは、俺の夢!?

「…志貴ちゃん、まって…」

 空を泳ぐ翡翠の手が、俺のズボンを「きゅっ」と掴んだ。

 む、無意識のことだろうけど……翡翠…そ、それは、反則技だ……

 不意打ちのクリティカルヒットに、平静を保とうとした俺の理性はマッハ三で吹っ飛ぶ。



「翡翠っ!」



 ちょうど翡翠の頭を挟むように、ベッドに両手を置いた。押し倒したとき、こんな感じになるかも知れない。

 翡翠はまだ起きない。

 そして本能の赴くままに翡翠に口付けを…




  ♪〜〜〜〜〜〜〜




 口付けをしようとしたとき、突然、壮大な音楽が流れ出す

 何だ何だ? なんなんだっ!?

 音楽によって平静を取り戻してしまった俺は、ぎょっとして辺りを見回す。

 すると、今まで(翡翠に夢中で)気づかなかったが、ベッド脇の机に置かれているラジカセからヘヴィヴォイスが流れる。



「タイマーか……それにしても……」



 …パレード?


 ……そういえば前に琥珀さんが、怪談話のついでに、翡翠の好きな音楽の話をしていたような気がする。

「翡翠ちゃん、朝はアレで起きるんですよー。ムクッて」

 …まさか実話だったとは…するとあの怪談話も実話だったのかっ!?

 いや今はそれよりも翡翠を……

 気を取り直して翡翠の方を向いた。

 翡翠と、目が、合った。






「――――――――」






 翡翠はちょっと口を開いたまま、虚をつかれた表情で俺を見ていた。

 しん、と、まるで時間が止まったような錯覚を覚える。

 パレードが、何故か遠くから聞こえた。






「――――――――」






 一言も言葉を発せられない、というか、こう言うのを天使が通った時間というのだろうか。






「――――――――」






 翡翠の顔が、ちょっと戸惑いの表情を含んだ。

 …なんか前にもこの展開があったような……






「あ―――――――えと、おはよう」






 あ、マズい。このパターンは…

 次の瞬間、翡翠の顔が首筋まで赤くなり、頭まで掛け布団を被ってしまった。






「――志、志貴さま!? ど、どうして私の部屋に…」





「わーーーっ、ひ、翡翠落ち着け。これには深い、ふかーい訳が」






 というか、もとからまっとうな言い分のない俺が、この状態を打開することは不可能だった。

 必死に弁明しようとするも、材料が全然見つからない…というか、無くて当たり前だ。

 ああもう頭の中がパニックになってきた!

 落ち着け! 落ち着け俺!!

 とりあえずこのバックンバックン言ってる心臓を沈めるため、深呼吸する。


  と……あれ?








 翡翠の部屋の香りだろうか?

 なんだか甘いような匂いが頭に浸透してくる。




「あ……なんだ……急、に…」

 ぐるん、と脳みそが一回転するような感覚が俺を襲って…

 そこで、意識は途絶えた。














 暗い海の底から浮き上がるような、そんな気分だった。

 目の前が黒からゆっくりと白くなり




「あ――――――――――――」







 意識が覚醒する。側頭部が鉛のように重いが、今はそれよりも大事なことがあった。



「ゆ、夢!?」



 なんだ、夢オチかっ!? あれほどリアルだったのにっ!

 いや、いまでも思い出せるぞ、あの時の翡翠の可愛さといったら…




「おはようございます、志貴さま」



「うわぁっ!」



 突然の呼びかけに驚いて、声の方を見る。

 見慣れたメイド服の翡翠。でもさっきあんな事を考えていたモノだから、恥ずかしくて目を合わせられない。いや、やましくてといった方が適切だろう。

 それでもなんとか目を合わせたら、翡翠はうやうやしく礼をした。



「申し訳ありません。驚かせてしまいました。ですが、もう時間がありません。支度をお急ぎください」



 へっ? と思って時計を見ると、なるほど。いつも学校へ行く、ぎりぎりの時間だった。


 しかし、俺の頭に疑問が持ち上がった。



「あの、翡翠、今日は日曜日だと思うんだけど?」



 さっきのが夢だとするならば、今日はまだ日曜日の筈だ。

 俺がそういうと、翡翠は複雑な表情をしながら、こう告げた。



「志貴さま、今日は月曜日です」



 ――――え?

 日曜日は?


 いぶかしげに俺を見つめる翡翠。





 ……お、俺って……





「…とうとう痴呆症の兆しが…」



 一人でぶつぶつ呟いていると、翡翠はすごく困ったような顔になった。



「…志貴さま、お時間が」



「あ、ご、ごめん。すぐに支度する。それと、翡翠」



「…はい?」



「おはよう。いつもありがとう、翡翠」



「……はい。どう良い一日を。志貴さま」



 いささか違和感が残っていたが、俺の平凡な、平凡でないような一日は、こうして今日も始まった。


  おしまい

















〜おまけ〜
「あはー、ラブコメですねー。でも、さすが志貴さんです。朴念仁です。お薬の分量をちょっと間違えちゃったけど、結果オーライです。ねー、翡翠ちゃん♪」



 双子の姉は、クスクスと笑いを漏らす。
 妹はポッと顔を赤らめるも、すぐ気を取り直す。



「……姉さん、そう言えば、秋葉さまは?」



「ぎりぎりまで待ってたけど、さっき出発したから、帰ってきたら志貴さん、大変だねー」



「………姉さん(汗)」

  今度こそ、おしまい










あとがき

Yoneといいます。

長い話が書けない男です(笑)

初めて書きました。しかし、イメージ先行でしたので、こんなの翡翠じゃないっ!
というお気持ちを抱きましたらゴメンナサイ…m(_ _)m


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