月の夜に (アルク シリアス Hなし)


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1: 数野 (2001/06/18 23:48:00)[akam12 at ceres.ocn.ne.jp]


 始まりは単純なことだった。
 なにか理由があったわけではないが、めずらしく夜中に目が覚めた。
 そのとき、カーテンの隙間からこぼれる月の光があまりにもキレイだったのでなんとなく散歩でもするかと思っただけだ。
 大体、俺は夜中にめったに目を覚まさない。いつもは夢を見ることもなく熟睡する性質だ。
 ものめずらしいその状況に惹かれ、俺はそっと部屋を抜け出し夜の散歩へでかけることにした。
 

 月は美しく、夜の森の空気は怖いくらい透き通っている。
 俺はそんな中をゆっくりと歩いていた。
 中庭を越えて敷地の中に茂る雑木林を進んでいく。特に目的など決めていなかったはずなのに、なぜか俺はひきつけられるようにある場所へと向かっていた。木々の茂る中、ぽっかりと開いたエアスポットのようなその場所、自分にとって多分始まりの場所へと。

 木々を掻き分けて進むとそこにたどり着いた。
 小さな広場がそこにある。
 「……ここだったよな」
 俺はそんなことをつぶやくと広場を取り巻く木々の中で一番大きな樹に触れながらそっと眼を閉じた。
 思えばこの樹に一番の思い出がある。
 広場に集まって遊んでいたころ、疲れた俺達が休むのはちょうどこの樹だった。走り回っていた俺達はいつもこの大きな樹に背を預けて座り込み、色々なことを話したものだった。
 強引だった四季、いつも元気だった少女、黙ってついてきた秋葉。みんなで肩を触れ合わすようにこの樹に背を預け、今日の遊びや明日どうやって秋葉を抜け出させるかについて話していた。たわいもない会話が毎日楽しかったころ。
 『遠野志貴』として初めてこの場所に来た時に感じた頭痛はもう感じなくなっていた。
 子供のころ、慎久が執拗なまでに施した暗示の数々は取り戻した記憶によって完全にその意味を失っている。
 セピア色の思い出と血の惨劇の記憶を持つこの場所で今一番感じるのは苦痛ではなく懐かしさ。
 あれからいろんなことがあったというのに、残る記憶は今もなお貴重なものとして自分の中に刻み込まれている。
 俺はそっと手を離すとあのころのように木に背を預けた。
 閉ざされた視界の中で背中に感じる硬い木の感触。
 「やっぱり狭いな」
 8年間の空白が背中の樹と自分に与えた成長はやはり自分の方が大きくかったらしい。
 記憶よりもはるか大きさを減じた背もたれに向かい大きく背を伸ばす。
 その透き通った空間の中で俺はいつしかぼんやりとうたた寝をしていたらしかった。


 「ねえ、 志貴なにしてんの?」
 「!っ」
 俺は唐突にかけられた声に目を開く。すると目の前、鼻先が触れ合わんばかりの距離に迫るアルクエイドの顔があった。
 「!!!っ」
 驚きのあまり俺は不安定な背もたれからずり落ちた。
 「なによ、 それ。 どんなに驚くことないじゃない」
 いくら寝込みを襲われることがはじめてじゃないとはいえこれは驚く。
 唐突に現われたアルクエイドは目の前にしゃがみこんだまま妙にかわいらしいしぐさで怒っている。
 「お、 おまえなんでこんなとこにいるんだよ」
 俺は焦った声でそう尋ねる。
 「志貴のとこに遊びに行こうと思ったら志貴がいなかったから」
 アルクエイドはそんな理由にもならない答えを返してくる。
 「……それで後をつけてきたのか?」
 「うん」
 ニコニコと笑いアルクエイドは答える。
 「言っておくが人の後をつけるなんてあんまりいい趣味はないぞ」
 「だって志貴が部屋にいないから悪いんじゃない」
 「……人の寝てる間に部屋に忍び込むなって……」
 俺はそういいながら再び樹に背を預けた。するとアルクエイドはへへへっと笑いながら
 「志貴。 もっとそっちに寄ってよ」と言う。
 「うん?」
 俺が行動をを起こす暇もなくアルクエイドは強引に俺の横に座り込み同じように樹に背を預ける。
 アルクエイドは機嫌のよさそうな笑みを浮かべながらゆっくりと背をのばしていた。
 「うーん、 気分がいいね」
 目を閉じたアルクエイドはそんなことを言いながら目を閉じて鼻歌なんぞを歌いだす。なんだかそんな様子を見ていたら色々と言うのが面倒になった。
 「そうだな」
 俺は再び目を閉じる。


 背中に感じる樹の感触、触れ合った肩から感じるアルクエイドの体温。小さく響くアルクエイドの鼻歌と風と共に響く葉擦れの音。軽く閉じた瞼を通して月の光。
 

   なぜか急に幸せ気分。


 「……志貴。 さっき何考えてたの?」
 「えっ」
 「さっき私に驚く前。 なんかどっかいっちゃいそうな顔してたから……」
 アルクエイドは消えそうな小さな声でそう尋ねてきた。
 「別の何も考えてなかったけどなぁ」
 「……」
 「ちょっとこの場所が懐かしかっただけだよ」
 「……」
 「だから別になんでもないんだ」
 何も言わないアルクエイドの姿にどこか罪悪感を感じてしまう。目を開けると横に座るアルクエイドの姿が見える。軽くうつむいたままのアルクエイドを見ると俺はそんな自分をごまかすように手を伸ばしアルクエイドの頭をなでた。
 「だから別になんでもないんだ」
 そんなことは嘘だと自分の中のなにかが叫ぶ。
 いつまでもいつまでもずっとこのままでいられるはずなんてそんことはない。
 彼女は真祖、真の意味での超越種、多分この世界の系統樹の最高点に立つ存在。
 自分はただの人間でほんの少しそして決定的なまでにずれてしまっただけの存在、ずれている分世界と磨耗しながら生きている人間。
 一緒にいられる時間なんてホンの一瞬に過ぎない。
 だけど、だからこそ今を大切に生きていきたい。
 俺は湧き上がる思いを込めてやさしくアルクエイドの頭を撫でた。月光を受けて輝く金色の髪は滑らかな感触を手の平に残す。
 しばらく二人が黙っているとアルクエイドは唐突に立ち上がった。
 「……そうだね。 どこにもいかないよね」
 アルクエイドは立ち上がりそう言う。座ったまま見上げる俺の位置からはアルクエイドの背中しか見えない。だけど俺にはわかる。アルクエイドがどんな表情でその言葉を言ったのか。そして振り向いた先の表情が。
 そしてアルクエイドはくるりと振り向いた。いつものように明るく、太陽のような満面の笑顔を浮かべて。
 「さっ、 起きよう志貴。 夜はまだまだなんだから」
 そういいながら彼女は俺に手を伸ばした。
 小さく笑い、手を握り返し俺も立ち上がる。
 「で、 今日は何をするつもりなんだ。 お姫様」
 「踊ろう」
 
 
 お姫さまはいつも唐突だ。俺の両手を握り締めると勝手にくるくると回りだす。
 
  今だけは何もかもを忘れて二人っきり。 

   月明かりの灯る森の広間を二人っきり。
 
    くるり、くるりと二人が踊る。

     月の光を帯びた金色の髪が闇夜に小さな円をいくつも描き出していた。




                                          <Fin>



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 初めまして、最近月姫にはまった数野と申します。

 どっぷりとはまりきってSSを読み漁っていたら、ふつふつと湧き上がるこの気持ち。
 勢いに任せて初めてSSを言うものを書いて見ました。
 一応、全員ハッピーな感じのエンド(『太陽』か『月茶』あたり)から『月蝕』までの間に位置する妄想です(笑)。
 自分の妄想、『月の森でくるくる踊る志貴とアルク』を出すためだけに書いたようなSSでストーリー何もあったものではありません。
 そんな作品ですが誰か読んでください。


 ホームラン様の『SS投稿掲示板一番乗り!!』に刺激されて無謀にも投稿させていただきました。
 
 指摘、感想、添削などありましたら、どうかよろしくお願いします。剃刀メールもお待ちしております。
 


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