「馬鹿だね、余計なことに気付いても口にしなければ死ななかったものを。」
巫浄に突き刺していた右腕を引き抜く。
完全に生命活動を停止した巫浄は人形のように地面に叩きつけられた。
「さよなら、巫浄鋼岩。」
その場を後にしようとしたとき右腕の異常に気付いた。
シュー
「 !?。」
右腕に視線を落とすと巫浄の血が触れた部分から蒸気が立ち上っている。
「腐っている?」
右腕の感覚が徐々に奪われていく。
「くっ、巫浄の呪いか。 甘く見てたみたいだ。」
巫浄とは元々戦闘専門ではない。
本来呪術を専門とする巫浄は後方支援が専門だ。
そして七夜、両儀、浅神に並ぶ四大家系だ。
ならばその血に退魔の効果が有っても不思議ではない。
「くそっ、右腕を殺された。」
完全に右腕の感覚がなくなりピクリとも動かなくなる。
見れば血の後が紫に変色して痣のようになっている。
さらに痣は広がろうと右腕を上ってくる。
その前に右腕を切り落とした。
「ぐっ、くそ! やってくれたな。」
苛立ちを隠しきれずに鬼呑子は切り落とした右腕を踏みつけた。
グシャ、と鈍い音を立てて右腕はつぶれた。
「僕の右腕は高くつくぞ、七頭目。」
そして鬼呑子は巫浄の亡骸のある洞窟を後にした。
「妙ですね、誰もいない。」
草薙真矢はすでに洞窟の最深部と思わしき場所までたどり着いていた。
だがそこは何もない行き止まりの洞窟だ。
道を間違えたかと引き返そうとした時
――――――草薙真矢。 道はここで正しいよ。
振り返らず気配だけを探る。
気配は調度入り口と反対側の壁際に一つ。
だが洞窟に入った時は気配などなかった。
素早く振り向き投剣を放った。
右手に三本左手に三本、合わせて六本放った。
「危ないな、怪我人にこんなもの投げつけるなんて。」
「鬼呑子、・・・でしたか?」
「そうだよ。 覚えていてくれて嬉しいよ。」
「その右腕は誰にやられたものですか?」
「巫浄を殺した時にね。 呪いを受けてね。」
「・・・・・・そうですか。 巫浄がやられましたか。」
「随分冷静だね。」
「ここで取り乱した所で巫浄は還って来ませんし、それに。」
「それに?」
「むざむざ不意打ちを貰うより敵討ちを彼も望むでしょう。」
「なるほど、君は生粋の戦闘員だものね。」
「初めから本気で行きます、お覚悟を。」
身体を一気に前に倒し地を蹴って鬼呑子との距離を詰める。
その過程で投剣を両手に構える。
鬼呑子の一歩手前で踏み込んで勢いを殺さずに腹部を蹴り飛ばす。
吹き飛んだ直後両手に持った投剣を投げつける。
この間僅か一秒弱。
さながらその様は疾風を思わせる。
ならばその疾風の速度で繰り出された連撃は例え人間で無かろうとかわせるものではない。
それを、目の前の鬼呑子と言う鬼は悉く打ち落とした。
投剣を放った直後鬼呑子は両手でそれらを全て叩き落した。
やや離れた位置に鬼呑子が着地する。
「危ない危ない、巫浄とは大違いだ。」
「正直、・・・・・・・・・今のをかわされるとは思いませんでした。」
「草薙真矢、残念ながら君は観客ではない。 暗夜からの命令は七夜志貴と両儀式以外の者は出迎えた者がその責任を負え、とのことだ。」
「つまりここで私を取り逃がせばそれは貴方の責任になるということですね。」
「うん、そうだよ。 けどそれだけじゃない。」
「出迎えた者の責任と言うことはその者が自由にしていいということでしょう?」
「察しがいいな、殺すには惜しい人材だね。」
「それはどうも。」
「悪いけど死んでもらうよ。 ここで仕留め損なったら後が恐いからね。」
「その心配は杞憂です。 何故なら貴方に後など無い。」
「 !? ・・・・・・・・・ふぅ、どうやらそのようだね。」
先程から辺りに立ち込めていた蒸気には気付いていた。
蒸気はうっすらと鬼呑子の右腕から立ち上っている。
「巫浄を殺したと言いましたね。 巫浄の血は私達七頭目の中でも最も魔に対する力が強い。 その血を浴びれば人間でないのなら助かることなど無い。 巫浄は先頭専門ではなく呪術を専門とする。 一流の呪術とは自らの血を媒介とするのが主です。 ならば巫浄の血に呪術と同等の力があると考えが及ばなかったようですね。」
「くっ、まいったなぁ。 右腕の感覚がないや。」
鬼呑子の右腕から立ち上る蒸気の量は確実に増えている。
それに伴い鬼呑子の右腕は徐々に形を失っていく。
「その呪縛からは逃れられない。 巫浄の血にかけられた呪術は“自らを死に至らしめる者が血に触れたならその魂から腐敗させる”というものです。 例え腕を切り離した所でその呪縛は解けることは無い。」
「ならその前に君を殺すだけだ。」
「いいでしょう。 できるものならね。」
殆ど同時に動き出す。
両手には投剣を構え何度も攻め入る。
それを鬼呑子は腕に巻きつけた“水”の塊で弾き返す。
その水には見ただけでも判るほどの魔力が込められている。
攻めては弾かれ、弾いては攻め、足場は既に壁や天井にまで及んでいる。
だがそれでも一向に状況は変わらない。
一見ただ打ち合うだけのようにも見えるが少なくとも草薙はただ打ち合っているだけではなかった。
自分が通った道に“仕掛け”を施しながら打ち合っている。
一方鬼呑子はただ打ち合うだけだ。
「貰った。」
今まで腕に巻きつけて投剣を弾くだけだった水の塊はここに来て飛び道具と化した。
飛んでくる水弾を正確に投剣で打ち落とす。
そしてまた打ち合う。
徐々にだが水弾の量が増えている。
それを打ち落としながらの打ち合いで徐々に劣勢に追い込まれている。
と、鬼呑子が唐突に足を止めた。
「君、一体幾つ持ってるんだい?」
「さて、幾つでしょうね?」
互いに呼吸を整えながら出方を窺う。
仕掛けは施したがまだ必殺とまではいかない。
「どうやらそれが君の能力のようだね。」
「だとしたら?」
「ますます惜しいね。」
そうして再び打ち合う。
もう少しで仕掛けが必殺の領域にいたる。
同時に右腕の呪縛も身体へと至るだろう。
だがそうなる前に仕掛けて来るはずだ。
「そろそろ本気で行くよ。」
腕を取り巻いていた“水”が腕から離れて空中で渦を巻く。
「どうやらこの呪縛のせいで封は切れなくなってしまったようだ。 だから使うつもりの無かった物を使うはめになってしまった。」
「 ?」
使うつもりの無かったもの?
それはつまり封を切れるのなら使う必要の無いもの。
それには二通りの意味がある。
一つは封を切ったほうが強力である場合。
もしそうなら時間に猶予の無いのだから確実に殺せる封を切ることを選ぶはずだ。
もう一つは封を切るほうより強力である場合。
その場合そちらを使うはずだが封を切ると言うことは元の姿に戻ると言うことだ。
それを維持するのには大量の大源が必要になる。
つまり、封を切ることより強力ということはそれ以上の大源が必要になるということだ。
それ故に今まで使ってこなかったということになる。
「これを使えば今の僕なら恐らく助かりはしないだろう。 けどどうせ死ぬなら君を殺しておかなきゃね。」
「いいでしょう。 私も全力を持ってそれに応えましょう。」
鬼呑子は左手で空中で渦を巻く水を摑んだ。
「召喚に応じよ、“鬼切丸”。」
瞬間渦を巻く水は明確な形を持っていく。
徐々に水の中に刀身が現れだした。
そして水から一気にそれを引き抜くと鬼呑子の左手には一本の刀が握られていた。
“鬼切丸”
かつて源頼光が大江山の酒呑童子を討ち取ったとされる名刀。
以来“鬼を切る”ことに関しては随一の威力を得た妖刀。
如何なる理由から自らを打ち滅ぼした刀を使うのか。
「鬼切丸は“鬼”を切るだけの刀じゃない。 これは“悪鬼”を切るための刀だ。 だから善鬼を切ることは出来ない。 けど悪鬼であるなら如何なる物でも切り捨てる事が出来る。 例えばそう、人の心に住まう悪鬼とかね。」
「つまり使い手が悪鬼と認めた者は例外なく切り捨てる事が出来るということですね。」
「そういうこと。 さて、――――――死んでもらうよ。」
「それはそのままお返しします。」
互いに次繰り出されるのは必殺の一撃。
当たれば確実に相手を仕留めるだけの威力はある。
既に間合いは互いに必殺の間合いとなっている。
それ故に動けない。
下手に動けば相手の必殺の一撃を受けることになる。
だがその永遠と続くかと思われた沈黙は鬼呑子によって破られた。
「“悪鬼を切り裂く刀(鬼切丸)”」
「“呼応”」
振り下ろされた刀は一本だと言うのに襲い来る太刀筋は無数にあり、数える事もできない。
それらは全て人体の急所を狙う必殺の一撃だ。
だが、その太刀筋は標的を捉える事無く地面を砕いた。
振り下ろされた鬼切丸によって地盤が砕かれ土煙が舞い上り視界が奪われた。
互いに動く気配はなく土煙が止むのを待っている。
徐々に土煙が収まり視界が戻ってくる。
そこから現れたのは無傷の草薙真矢と致命傷を負って満身創痍の鬼呑子だった。
「今、・・・・・・何をした。」
「貴方の攻撃をかわしただけです。」
「違う! 僕が聞いてるのはそんなことじゃない! どうやってかわしたかって聞いてるんだ!」
「さて、どのようにとは?」
「今の一撃、僕の鬼切丸の真名を放ったんだぞ。 真名を放てば確実に悪鬼を断つのが鬼切丸の力。 それをかわすなど出来るはずが無い!」
「ですが現にこうして私はここに生きています。」
「だから何をしたと聞いたんだ。」
「ふっ、いいでしょう。 冥土の土産にお教えしましょう。 これが私の能力、“呼応”です。」
「呼応? 聞かない名だな。」
「それもそのはず、代々草薙に伝わるこの能力は当主にしか継承されませんでしたからね。」
「どういうことだ。」
「この呼応は私の身体に刻まれた刻印によって発動します。 草薙の当主は世代交代のとき次の当主にこの刻印を譲り与えます。 故にこの能力を操れるのは草薙家当主のみということです。 加えてこの能力は草薙が開花させた力で他の家はこのことを知りません。」
「なるほど、どうりで聞いた事が無いわけだ。」
「さて、この能力についてですが、呼応の主な能力は能力者が触れたものを呼び寄せることです。」
「呼び寄せる?」
「ええ。 私が触れたものなら私が触れた所へその物体を移動できると考えてください。 例えば私が投剣に触れたとします。 その場合その投剣が何処に在ろうと私が触れた場所ならば如何なる場所であろうとそこへ空間転移させる事が出来るのです。」
「莫迦な、固有時制御を自身にではなく物体に働きかけるだと? 有り得ない。 そんなのは超能力じゃない。」
「ええ、元より草薙は戦士ではなく術士ですから。 元々巫浄の先祖に術を教えたのが草薙の先祖と聞きます。 巫浄は戦闘に向かなかった為草薙が戦士となったのです。」
「なるほど。 それじゃあさっきの攻撃は・・・」
「ええ、先程走り回りながら仕掛けた投剣を一斉に貴方の懐に転移したのです。」
「・・・・・・・・・ふぅ。 まさか七頭目がここまで出鱈目だったとはね。」
「 ? どういう意味です。」
「気付いていないのかい? 気味の能力は既に魔法の域に到達しようとしているし、八雲雨夜の能力は超能力だし、御鏡の能力は魔術であるが問題は七夜雪之だ。 あれの能力は超能力でも魔術でもない。 それらを遥かに凌駕した力だ。」
「雪之様の能力は確かに人の身で操るには少々過ぎた力かもしれません。 ですが雪之様とてその力の危険性は重々承知の上です。 貴方に心配されることではありませんよ。」
「そうみたいだね。 ふふふ、そろそろ限界かな。 草薙真矢、一つ忠告しよう。」
「聞きましょう。」
「先へ行くか行かないかは君の自由だ。 だが行けば後悔するぞ。」
「承知しました。 ですが私は雪之様に仕える身。 雪之様が先へ行かれるのなら私はそれに従うだけです。」
「そういうと思ったよ。 なら速く行くといい。 間に合わなくなる前に。」
「そうさせて頂きます。 では。」
そう言い残して草薙真矢はその場を後にした。
草薙真矢は最深部へと続く道へ消えていった。
正直身体をまだ維持できているのが不思議なくらいだ。
「草薙真矢、招待客以外で最深部へ向かう一人目か。」
既に体の崩壊は始まっている。
死は間近に迫っているが不思議と恐怖は無かった。
「消え去る運命なら何処で消えようと同じか。」
それがこの世で最後に発した言葉だった。
あとがき
前回の更新の時あとがきを書き忘れてしまいました。
近々暫らくPCが使えなくなるため僅かではありますが更新させていただきました。
最近は本当にFateねたが多くて月姫ねたが減少しています。
これを読んだ他の著者の方々、是非時代の波の飲まれず月姫ねたの小説のを!!!
物語は既に終焉に近づいていてもうじき終わる予定です。
やっと終わりの兆しが見えてきました。
では、こんな駄作でも飽きずに読んで下さってる皆様、どうか次回にもご期待を。