「ちっ、一体どこまで続いてやがんだこの洞窟。」
体力を温存しながら洞窟を走る。
途中何個かの広場を通り抜けた。
一見何も無いようにも見えるが隅のほうには何かの骨が落ちていた。
正直敵の手際がここまでいいとは思っていなかった。
本当なら明朝の倉で武器を入手しようと考えていたが悉く覆された。
今の自分の手持ちで奴等に対抗するには能力を使わざるを得ない。
だが他の者と違い自分の能力はそう頻繁に使えるものではない。
使う分だけ命を削る。
それ故に削った分だけの威力は得られる。
「へっ、割りに合わねぇ事この上ねぇな。」
「ならば止めるか? 御鏡消月。」
「っ!!!」
ちょうど何個か目の広場を通り抜けようとした時だった。
足を止め辺りに気を配る。
「案ずるな、元より隠れるつもりは無い。」
言葉どおり目の前の通路から見知った男が現れる。
「ちっ、よりにもよっておまえかよ。」
「我では不服か?」
「いや、別に。」
―――まずった。 よりにもよって最悪を引き当てちまった。
待ち伏せされているであろうとこは予想していた。
だがまさか自分が目の前の最悪を引くとは思いもよらなかった。
「覚悟は出来たか? 我七神が長、九蛇が黄泉路へ案内仕ろう。」
「生憎俺は天邪鬼でね。 案内されても素直にそこに行く気はねぇよ。」
「そうか。 ならばその身で後悔するがいい。 ――――――人の身で神域に住まう者に刃向かう無礼を。」
瞬間爆発音と共に今いた場所がクレーターになっていた。
もう少し反応が遅ければ今頃木端微塵だっただろう。
どうやら九蛇はこちらを休ませる気はないらしい。
実力の差は歴然。
御鏡消月は戦闘では九蛇には敵わない。
ならば、勝機があるならばそれは戦闘とは異なる場所での話しになる。
続けざまに繰り出される連撃を全力でかわす。
後の事など考えている余裕は無い。
攻撃を受けようにも相手の得物は槍。
大してこっちは鋼糸だ。
精々出来て槍の軌道を僅かに変える事ぐらいしか出来ない。
―――ちっ、こんなんでどうしろってんだ。
九蛇の繰り出す連撃は槍とは思えない速さで繰り出される。
そもそもここは広場と言うにはやや狭く、通常ならこの場では槍は不利なはずだ。
しかし何事にも例外はある。
例えば槍が自在に曲がるとか。
例えば槍の長さが変わるとか。
だが九蛇はそのどれも使わずに戦っている。
単純な話、広場が狭いのなら広くすればいい。
九蛇は力任せとしか思えない威力で槍を振り岸壁を崩していく。
かといって次の攻撃までのタイムラグは皆無だ。
洞窟が崩れるのが先か、槍に貫かれるのが先か。
どちらにしても勝機は無い。
いや、無いわけじゃない。
ただ使うなら全力を出さなければ仕留め切れないだけの話。
相手は九蛇。
七神の中で唯一神域にまで達する物の怪。
否、物の怪などではない。
目の前のソレは神の一種だ。
ならば、どうして人の身でソレに敵うだろうか。
「動きが鈍くなっているぞ。」
「くっ!」
今までかわせていた攻撃も段々とかわしきれずに掠りだした。
元々こっちは限界以上の動きで逃げ回っているのだ。
それが長続きするはずも無い。
「ちっ、しゃあねぇ。 割には合わねぇが一発勝負だ。」
「む。 仕掛けてくるか。」
九蛇の連撃が更に激しくなる。
だがその一瞬。
連撃のリズムが変わる一刹那で九蛇の懐に飛び込んだ。
ブチブチと足の筋肉が断裂する音が聞こえたが無視した。
そこで自らの能力を最大で発動した。
「この洞窟、異常ですね。」
辺りに注意しながら洞窟を進む。
辺りはシンと静まり返っていて生き物の気配が感じられない。
加えて大源が枯渇している。
如何に魔方陣が大源を取り込むための物だとしても早すぎる。
これほど広域の大源を全て取り込むには未だ時間がかかるはずだ。
だというのに、ここには大源がなかった。
考えられる理由は一つしかない。
「最初から魔方陣は起動していた、としか考えられませんね。 そこに大量の魔力が流れたから吸い上げられる量が増加したと考えるのが自然ですね。」
問題は集めたその大量の魔力を何に使うのかということだ。
空に流れ出していた魔力の河は故意に放出された物だ。
ただ放出するのではなく方向性を持たせて。
あれは結界を作るために放出された魔力だ。
流れ出した魔力が染め上げている七色の空の下全体が結界の中と言えよう。
そもそも結界とは境界線の事で空間を指すものではない。
これはいわば異界だ。
その中にいるのだから何らかの影響が出るかと思えばこの洞窟の中の異常は大源が枯渇しているだけだ。
それ故に異常なのだ。
洞窟が途切れてドーム状の開けた場所に出た。
広さは直径三十メートル程度だろうか。
今出てきた場所とは反対側にまた道がある。
「人間風情が調子に乗りおって、ここまで踏み入ってくるとは。」
「出迎えにしては遅かったですね。」
「キ、キサマ、キサマキサマキサマキサマ。 人間ノ分際デ思イ上ガリオッテーーーーーー。 ドイツモコイツモニンゲンノブンサイデーーーーーーー。」
緑色の風が吹き抜ける。
比喩ではなく視認できる緑の魔力の風が吹き抜けたのだ。
「いきなり封とやらと解いて来ましたか。」
風が止んだ時目の前には五、六メートルはありそうな巨大な緑の鳥がいた。
『ユルサンユルサンユルサンユルサン。 何故人間如キガコノワシニ刃向カウ。 我ハ人間ヨリモ優レタ存在、超越種ナノダ。 ソレガドウシテ人間如キニ遅レヲトル!!!』
「やれやれ、何処ぞの狸爺の様な事を言いやがりますね。」
『貴様ハ殺ス、生カシテ返サン。 ソノ身デ思イ知レ、超越主ノ力ヲ!!!』
広場に質量を持った風が吹き荒れる。
触れれば切れるであろうその風は鎌首を擡げた蛇のようだ。
「ふぅ。」
敵までの距離は凡そ十メートル弱。
間合い自体は一息で詰めれるがあの風が厄介だ。
質量を持った風に飛び込めば次の瞬間体は八つ裂きになるだろう。
不死の身体となった今、アレに飛び込むわけには行かない。
ならどうするか。
手持ちの黒鍵は百十二本。
うち、火葬式典を施したのが八十四本。
土葬式典が十四本。
鳥葬式典が七本。
風葬式典が七本。
あとは第七聖典に魔術具としての短剣が七本。
『フハハハハハハハハ、ドウダ、コレガ貴様ラ如キニハ超エラレン壁トイウ物ダ!!!』
敵の周りを収束していた風が一斉に襲い掛かる。
触れれば切れるが、質量を持っているが故に視認できる為かわすこともできる。
全ての魔術回路を駆使して致命傷になる傷の治療に回す。
同時に迫り来る風を限界ギリギリの動きでかわす。
かわしながら洞窟を右往左往して仕掛けを施す。
手足は既に血まみれだ。
今は勝機が訪れるのを待つしかない。
敵の攻撃が止むのが先か、先に治療しきれない致命傷を貰うか。
『逃ゲロ逃ゲロ、逃ゲ場ナド無イ。 貴様ガ行ク先ハ冥府ダ。』
攻撃は一向に止む気配はない。
あと一箇所で仕掛けは完成する。
仕掛けの場所まではあと二歩。
だが予想以上に回復に廻す魔力が多くて底をつきかけている。
おまけに手足の傷は致命傷とまではいかないにしろ動きを制限する。
ここから先は一か八かの賭けになる。
届くのが先か、魔力が尽きるのが先か。
『シブトイヤツメ、サッサトキエロ!!!』
ズドズドズドズド
何かが刺さる鈍い音がした。
身体を見下ろせば無数の羽が突き刺さっている。
それが、どこか不出来な生け花の様だった。
「この洞窟、結界の役目を果たしているのか。」
外で感じた夥しいまでの魔力がこの洞窟に入ってから全く感じられない。
それは一重にこの洞窟自体が魔力を遮る結界だからだ。
だが結界とは境界であり世界ではない。
魔力を遮る結界はこの洞窟内部全体に効果を及ぼしている。
それだけではなくこの洞窟にはもう一つ異界がある。
通常なら魔力を遮る異界の力が大きすぎてこの微弱な気配しかない異界に気づかないだろう。
もう一つの異界の効果は生命力の確保。
この洞窟内部にいるだけで生命力を僅かずつだが吸い取られている。
吸い上げられた生命力はこの洞窟の中心部に集まっているようだ。
大量に集められた大源と微弱に集められる生命力。
加えてこの洞窟の材質。
この洞窟の材質は異常だ。
これが何を意味するのかは判らないが何を企むにしても阻止する。
「それは困るなぁ。」
「 !?」
前方に意識を集中する。
洞窟の中では仕掛けてこないと踏んでいたがどうやら思い違いだったようだ。
この狭い洞窟内部では互いに不利だろうがここで仕掛けると言うことはここで仕留める自信が有ると言うことだろう。
カツカツと音を立ててナニカかがこちらに向かってくる。
「流石は七頭目でも結界作りに長けているだけはあるね。 まさかここに二つの異界がある事に気づかれるとは思ってなかったよ。」
暗闇から現れたのは案の定鬼呑子と名乗るやつだった。
相変わらず飄々としていてふざけている様にも見える。
だがこいつは、見掛けとは裏腹にかなりの実力者だ。
「それだけではあるまい。 この洞窟、特殊な魔術触媒で作られているな。」
「 !? ・・・・・・・・・へぇ、そこまで知っちゃった。」
一瞬背筋がゾクリとした。
先ほどまでの飄々とした雰囲気はどこへ行ったのか、今まで見せたことの無い隙の無い佇まいだ。
「どうしようか。 お客さん以外は好きにしていいって言われてるけど、そこまで気づいたんじゃ生かして返すわけにはいかないな。」
依然戦った時からでは想像できないほどの殺気が膨れ上がって辺りの空気はピリピリしている。
「ほう、始終ふざけた奴かと思えばまともな面も持っていたか。」
「強がりはそこまでにしておきな。 俺には関係無いことだけどこの洞窟の材質に気付いた以上生かしておくなって言われてるんでね。」
殺気が質量を持って身体を抑えつけているように身体は思うように動いてくれない。
体中の血が目の前のコイツは危険だと告げてくる。
直感的に逃げた方がいいと判断したが逃げ切れる相手じゃない。
「何か遺言はあるかい? それくらいは伝えておいてやるよ。」
「そうか。 なら、――――――この洞窟は人造生命体だと伝えてくれ。」
瞬間鬼呑子の姿が霞んで行くように消えて腹部に鈍痛が走った。
「ぐっ、ぅ。」
「口にしたな、人間。」
腹にめり込んだ腕を引き抜かれ代わりに脚を叩き込まれて壁まで吹き飛ばされる。
ドガ
鈍い音と共に背骨が軋んだ。
「がはぁ、・・・・・・はぁ、はぁ。」
血の塊を吐き出して鬼呑子を睨む。
元々戦闘は専門外のためこれほどの上級の魔を一人で狩るのはかなり骨だ。
魔術を使おうにもそんな暇は無い。
今の一撃も全魔力を体の中に作用させて衝撃をいくらか吸収させたから背骨が折れずにすんだ。
それを攻撃に使うため詠唱に集中しようものなら敵の一撃に反応できないどころかまともに一撃を喰らってしまう。
かと言って詠唱無しに攻撃など出来ない。
「終わりだ。」
ズボッ
という音を聞いて、腹部に熱い感覚を覚えた。
目の前には何時の間にか鬼呑子がいて右腕をこちらに向けてのばしている。
その先を目で追っていくと自分の腹部に続いていた。
よく見れば鬼呑子の右腕は赤く染まっている。
「お前の遺言は確かに届けよう。 最も、届けた相手が俺から逃げ切れなければ意味など無いがな。」
急速に体中の熱が抜けて行くのを感じる。
いや、違う。
これは、熱が奪われているのではなく、冷気を送り込まれている。
それが不浄鋼岩がこの世で最後に考えたことだった。
「影槍!」
「無駄よ。」
周りの影が槍の形をして標的に突き刺さりに行く。
だがそれらは突き刺さる寸前にただの影に戻ってしまう。
そんな事をかれこれ十分ちかく繰り返している。
大源の供給が無い以上これ以上そろそろ限界だ。
だがコイツに勝つにはそんな事を気にして入られない。
そもそも勝てるかどうか判らない相手に、勝った後の事を考えるのは愚の骨頂。
既に体のあちこちの筋肉は断裂している。
だというのに息切れ一つせずについてくる。
否、俺がついていっている。
白狐は十二単という如何にも動きにくそうな服装のくせにまだ余裕を持っている。
「ちっ。 影剣、影槍、影針、影盾!」
一息で複数の技を繰り出した。
今までこんな荒業をしたことは無い。
一つ技を使うだけで身体にかかる負担が通常の倍近く感じられる。
それもそのはず、大源で発動する能力を小源で発動しているのだ。
せいぜい持ってあと五回。
だがそれは人間としての制限で戦う場合の話。
残り少ない力で繰り出した影は一斉に白狐へと襲い掛かる。
だが、やはり影操で繰り出された影は白狐に近づくとただの影に戻ってしまった。
「無駄だって言ってるでしょ。」
白狐が手を振るったのに合わせて空気が切断され真空波が襲い掛かる。
だがそれらは影盾によって阻まれた。
「ちっ、化け物め。」
「そうね、人では化け物に勝てないのは道理だわ。 けれどそんな常識を覆したのが七夜や両儀でしょう? 貴方には彼等と違って力がないのだから別の所から力を持ってくるしかない。 だと言うのにどうしてそれをためらっているの?」
そう言って白狐は足を止めた。
襲い掛かるのなら絶好の機会だが生憎敵はそんなに甘くはない。
襲い掛かれば返り討ちに合う。
そもそも一人で勝てる相手ではない。
昔殺り合った時も八対一と言う状況で追い払うに止まった相手だ。
本気を出されたらそれこそ十秒ももたいないだろう。
それがここまで持っているのは手加減されているからだ。
「今更力を使うことに抵抗はねぇよ。 だがな、てめぇだけは人間として勝たなきゃ意味がねぇんだよ。」
「そう? でも無理よ。 子は親には勝てないのが道理よ。」
「黙れ!」
全力で地を蹴って白狐に突進した。
かわされるのは百も承知。
「猪じゃあるまいし一直線に来ても無駄よ。」
案の定白狐はひらりと突進をかわした。
「待ってたぜ。」
「 !?」
隙だらけの背中に三節根で懇親の一撃をお見舞いした。
バキ
派手な音を立てて白狐は壁に叩きつけられた。
「くっ、やるじゃない。 まさか影身を実像の域まで昇華させてるとは思わなかったわ。」
「今の一撃でも生きてやがるのか、この化け物が。」
今の一撃、言葉にするなら懇親の一撃と表現されるがそれほど生易しい一撃ではない。
例えるならば一トントラックが突っ込んできたようなもの。
如何に強力な物の怪と言えど不意の一撃でそこまでの耐久性を出すことは出来ない。
故に今の一撃は必殺となるはずだった。
その一撃を見舞われて尚致命傷にも至らないコイツは何者なのか。
「ふぅ、思ったより痛かったわね。 でも私を倒したいならまだまだ足りないわ。」
「・・・・・・その着物、鎧だな。」
「あら、気付いた? この十二単はね耐力・対魔力に優れた素材で作られているのよ。 だから並大抵の攻撃は通用しないって考えてね。」
「へっ、耐力に対魔力ね。」
――――――ふぅ、手詰まりだぜ。
耐力とは純粋な力に対する抗力を意味する。
それで今の一撃の殆どが相殺された。
対魔力とはそのままの意味だ。
さっきから影操がかき消されたのはあの着物の対魔力が原因だったようだ。
さて、対抗策は思いついたが実行できるほど体力も魔力も残っていない。
手持ちの道具を使ったところで一時しのぎにしかならない。
このまま続ければ確実にこっちが力尽きる。
かと言って離脱させてくれる相手でもない。
まさに八方塞だ。
もし助かる可能性があるならばそれは助けが来るか白狐が見逃すかのどちらかになる。
後者はありえない。
前者はありえなくはないが確率で言うなら限りなく0に近い。
結果助かる見込みはなくなる。
だが、一矢報いることなら出来る。
「そう、どうあっても血を覚醒させる気はないのね。」
「当たり前だ。 リスクが大きすぎる。」
「仕方ないわね。 なら、・・・・・・・・・・死になさい。」
咄嗟に飛びのいた。
殆ど同時に今いた場所がクレーターのように削り取られた。
だが白狐は動いていない。
今のは一体・・・
「血を覚醒させる気がないのなら貴方と遊んでいても時間の無駄よ。 さっさと死になさい。」
ゆらりと白狐の姿が一瞬揺らいだのを見た。
同時にそこから離れる。
予想通り次の瞬間には先程同様今いた場所がクレーターのように削り取られている。
次の攻撃に備える為白狐の方へ目をやって愕然とした。
白狐の周りの揺らぎが尋常ではない。
即座に反応して洞窟内を飛び回る。
通った後にはクレーターのように削り取られた跡が残る。
どうやら白狐も殺す気になったようだ。
だがまだ本気は出されていない。
その証拠に封を切っていない。
――――――ま、俺如き封を切らなくても倒せるだろうけどよ。
「捕まえた。」
背筋がゾクリとした。
次の瞬間右足が燃える様に熱くなった。
「ぐっ!」
痛みを気合で捻じ伏せて走り続ける。
止まれば殺されるのは目に見えている。
かと言って止まらなくてもいずれは捕まる。
ならば何故走り続けるのか?
――――――へっ、そういうことかよ。 認めたくねぇけど血を覚醒させようとしてたわけか。
体中の血を沸騰させる。
身体はそれを受け入れて体温が上がっていく。
だが頭はそれを容認しない。
使えば戻れない、と理解しているから。
それでもこのままただ死ぬのではアイツに合わせる顔がない。
せめて、一矢報いなければ。
過去に犯した過ち。
それを清算する為にも一矢報いなければ。
「そう、どうあっても血を覚醒させる気はないのね。」
「当たり前だ。 リスクが大きすぎる。」
「仕方ないわね。 なら、・・・・・・・・・・死になさい。」
八雲の周囲の熱量を一気に上昇させる。
蒸発する寸前に八雲はその場から飛びのいた。
続けざまに八雲を目で追ってまた熱量を上昇させる。
だがそれもかわされた。
そのまま目で追いながら熱量を上昇し続ける。
これは魔眼の一種だ。
“灼熱”
視界にある物に熱量を与える能力。
視界にいる以上この力から逃れることなど出来はしない。
それがかわし続けられているのもこの洞窟が暗い為八雲の姿を完全に瞳で捉える事が出来ないからだ。
映像が不鮮明なら対象に力が及ぶのにタイムラグが生じる。
その僅かな時間で魔眼の有効範囲から離脱しているのだ。
とは言っても一秒にも満たない時間だ。
このまま続ければ八雲の体力が尽きていずれは捕まる。
その証拠に八雲の速さは徐々に落ちてきている。
あと僅かで捕らえられる。
あと少し。
あと少し。
「捕まえた。」
今度は完全に離脱しきれずに右足が魔眼の有効範囲に残っていた。
右足は完全とまではいかないが一瞬で焼け焦げた。
これで一気に速度が落ちるだろうと思っていたが八雲は変わらず走り続ける。
――――――ふふふ、そう。 ようやく覚醒させる気になったのかしら? でももう遅い。
今度こそ完全にその姿を瞳で捉えた。
先程のように離脱などさせない。
魔眼が発動する。
八雲の周囲の熱量が一気に上昇し、周囲を巻き込んで蒸発した。
「ふぅ、梃子摺らせてくれたわね。」
辺りに蒸気が立ち込めて洞窟内は発炎筒を炊いたように視界が悪い。
その中で白狐は動く気配を探った。
仕留めた手応えもあったが一応気配を探る。
案の定なんの気配も感じられない。
「残るは十人ね。」
洞窟を後にしようと出口へ振り返った
「――――――まだ終わってないぜ。」
「 !?。」
咄嗟に振り返る。
同時に斬撃が襲い掛かり着物を切り裂いた。
完全に切り裂かれる前に飛びのいたが半分以上切り裂かれてしまった。
「八雲、貴方・・・」
「お望み通り血を覚醒させてやったぜ? だってのに何浮かない顔してんだよ。」
蒸気の中から現れたのは既に鬼と化した八雲雨夜だった。