「ただいま〜」
玄関の戸を引き、片足立ちでクツを脱ぐ。向こうからドタドタドタドタと板の間を靴下で走る独特の音が聞こえてきた。足音は2人分。それと・・・「ジャキン」だの「くっ! こしゃくな!」だの「■■■■――!」だの、えらい不穏当な物音が響き・・・
「お帰り〜!!」
「おお、イリヤ。ただいま」
とりあえず最初に出迎えてくれたイリヤの頭をなでると、にへ〜と目を細めて俯いた。
「で・・・なにやってんだ、セイバー」
「く・・・! 卑怯です! イリヤ!」
と、不可視の剣で杖を突きながら這這の体(ほうほうのてい)で現れたセイバー。あの頑丈な鎧のあちこちに傷が入り、顔面にはびっしりと汗をかいている。
・・・というかオマエ、なんでそんなもん着てるんだよ。
「た、たかが駆けっこ。廊下に罠を張るならまだしも、バーサーカーまで使って妨害するとは・・・! あなたには節度というものがないのですか・・・!!」
「ああ。まあまあ。ほら、セイバー」
とりあえず家に上がり、汗で汚れたセイバーの顔を拭いてやる。まるで爆発したかのように一瞬で頬を主に染め、
「その・・・あ、ありがとうございます」
だのと言う。まあ家族なんだし、そこまで照れるのもどうか、と思うのだが、面白いからもうしばらく。
「あの、シロウ? もう――」
「うん、綺麗になった。さて、今日は遅くなっちゃったし、早いとこ夕飯の準備しないと」
「あぅ・・・」
ほっとしたようながっかりしたような、そんな微妙な声でセイバーは目を開けた。
「シロウ。今日の夕餉はなんですか?」
傍らに回りこんだセイバーが自然な動作でカバンを取る。台詞が逆なら完全に新婚夫婦・・・って
「ダメダメ! そんな事どこで憶えたんだ!」
その動作があまりに自然だったため、ついうっかり重いカバンを渡してしまった。
「どこでって・・・。サクラに『ヤマトナデシコ』なる単語の意味を訊いたところ、いろいろと教えてもらいました。試してみたんですが、ダメでしたか?」
「いろいろって、他にどんな?」
「そうですね・・・殿方がタバコを出したらすぐにライターを・・・」
「ダメダメダメダメ! そんな事しなくていいの! 全く! もしセイバーにそんな事させようとする奴がいたら、ガソリンかけてから火をつけてやれ」
「そうですか・・・」
しぶしぶとカバンを渡す。肩にずっしりとくる重みを感じ、ようやくほっとした。
「もう! なに2人で仲良くしてるのよう!」
「いや、別にそんなわけじゃないけど・・・。ま、そうだな。早く夕飯の準備をしちゃおう」
自分の部屋に向かって歩きだす。何の気なしに床を見ると、セイバーの剣で開いた穴やら、床から突き出してる竹槍の群れやら、壊れた壁の前で申し分けなさそうに佇んでいるバーサーカーやら。
最近家の痛みが激しい。深夜俺の部屋に忍び込んできたライダーに腹を立てたセイバー達が勝手に廊下の一部をウグイス張りに変えたり、遠坂がどさくさに紛れて壁の一部を回転隠しドアに変えたり。さながら忍者屋敷だ。すまん、親父。俺はこの家を守れなかった・・・。
・・・
・・・
・・・
「士郎? 帰ったわよ」
という声に応え、台所から玄関へ。
「ここはお前の家じゃないだろが、遠坂」
「固い事いわないの。さてと、はい、カバン。あれ? まだゴハンできてないわけ?」
などと言いながらズカズカと居間へ一直線。
「お前みたいな奴にこそ、桜が必要なんだよ」
凛のカバンを両手で抱えた俺の独り言は、幸運にも誰の耳にも届くことなく、しんとなった玄関先に消えていった。
「あ、今日は天ぷらなんだ」
「まあな」
「で、下ごしらえだけして待ってたってワケね。流石忠犬シロウ」
「誰が! それにまだ終わってない!」
「あ、そう」
あ、こいつため息つきやがった。
「シロウ? よろしければ私が」
「いや、セイバーは座ってってくれ」
台所がちゃがちゃがになりそうだ。
「じゃアーチャー」
「なんだ」
ボワンと一発。いきなり現れた真っ赤な姿の伊達男。うむ。ヒューマノイドタイフーンとでも名づけようか。
「悪いけど士郎の手伝いしてあげて」
「・・・了解した。さっさと片付けるぞ」
と、おもむろにコートを脱ぎだす。つーか真夏にそれはどうかと思うよ?
「って待て! 待て、待て、待て!!」
「なんだ」
「なんでエプロンが俺とお揃いなんだよ!」
そう。問題はそれだ。アーチャーがどこからか取り出したそれは、デザインといい大きさといい、俺が使っている物と全く一緒。あえて言うならばアーチャーのの方が使い込んでいるだろうか。とにかくこんなペアルックで並んでお料理なんてできるはずがない。
「どうすればいいと言うのだ」
「それを着るな! エプロンなら貸してやる!」
「断る。これは私が長年愛用した物で、世界と契約する時にも無理を言って持って行ったものだ」
「なんでそれなんだよ! 他にもっと大事なもんがあろう!」
つーか俺物持ちよすぎ。なんか複雑な気分です。
「いいじゃないですか、先輩。似合ってますよ」
「桜?」
「はい。お邪魔してます、先輩」
と、にっこりと笑みを向けて頭を下げる。ああ、癒されるな〜。
「もうそんな時間か。仕方ない。アーチャー。それでいいから手伝え。桜も手伝ってくれるか?」
「はいっ!」
「んな! ちょっと! 桜が手伝うならあたしも手伝うわよ!」
「台所は狭いんだよ。3人で一杯だ」
「では凛。私が代わろう」
と、エプロンを外すアーチャー。って事は待てよ。俺と遠坂がペアルックに?
「反対ですっ!」
「私も賛同しかねます!」
いきなりいきり立つ桜とセイバー。なんでさ。セイバーなんてさっきまで煎餅片手にドラ○もん見てたのに・・・。
「さあ! アーチャーさん! あなたが手伝ってください!」
「そうです、アーチャー。一度言った事を曲げるのはよくない」
そんなペアルックぐらいで・・・。
「「さあ!!」」
「「は、はい・・・」」
うなだれる2人。英霊になってもこんな俺。泣きたくなってきた・・・。
・・・
・・・
・・・
油を温めて、下ごしらえした食材をナベに放り込む。
香ばしい香りを立て、次々と食材が揚がる。ふと横を見ると、アーチャーと桜が仲良く料理談義に華を咲かせていた。
ふんだ。い〜も〜ん。
「シロウ」
「うわあ! なんだ、セイバーか。後ろから声かけるなよ」
「すみません。ところで夕飯は」
「ああ。これが揚がったら持ってくから」
じ〜っと見つめてるのは、下ごしらえした食材?
「どうした、セイバー。それはまだ生だから食べたらお腹壊すぞ?」
「な! 違います! その、私もやってみたい、と」
「揚げるのをか? そうだな〜。まあ、できるだろう。ただ油は熱いからな。気を付けろ?」
エプロンを外してセイバーに渡した。薄いグリーンのシャツにジーパンというラフな格好の上から、エプロンを付けたセイバー。
「では、行きます・・・」
見ているこっちがはらはらするような位気迫に満ちた面持ちで、ゆっくりとエビを箸で掴み、油の中へ。
「きゃっ!」
上からぼちゃんと落としたせいか、やや派手に油が跳ねた。慌てて腕を引っ込め、息をかける。相当熱かったのだろう。うっすらと涙が浮かんでいた。
「大丈夫か、セイバー。桜、ちょっと水道いいか?」
「あ、はい。セイバーさん、大丈夫ですか?」
無理矢理セイバーの腕を取り、流水に晒す。
「すみません、シロウ」
「初めてなんだから仕方ないって。それよりどうする?」
「はい・・・! もう少し挑戦します」
何やら闘争心に火がついた様子のセイバーさん。
「いきます・・・! きゃ!」
奮闘空しく再び油の洗礼を受けるセイバー。うりゅ・・・と瞳を滲ませ、再び戦場へ・・・。
「も、もう一度・・・あつっ!」
「せ、セイバー? その・・・」
「〜〜〜〜〜っ!! こうなったら・・・!」
セイバーの足下から光が溢れ、やがてその光はセイバーを包みこむ。で、
「シロウ! これなら平気です!」
「・・・そりゃそうだろ。鎧着てるんだから」
鎧姿の上からエプロンをつけ、嬉嬉として菜箸で揚げ物をするアーサー王。壮絶な光景だ。
「シロウ! これはおもしろい!」
「そ、そう・・・」
周りに花が飛んでいる・・・ように見える。初めて戦い以外で役に立っている。その想いが彼女を笑顔にしているのだろう。邪魔するなんて野暮なこと、できるはずがない。
だけど・・・
「鎧はないよな〜」
「〜♪〜♪」
本日二度目の独り言。今度は油の音に負けて虚空に消えた。
後書き?
どうも、駄文を失礼しました。なんか鎧で天ぷら揚げてるセイバーさんを書きたくってつい・・・。では、失礼しました・・・。