「シロウ、貴方を、愛している」
彼女は、黄金のなかでそういいました。
「アルトリア、俺も、お前を愛してる」
何故か彼もそう言いました。
「ああ、シロウ!」
「アルトリア!」
二人の間が零距離になって、いつしか影も一つになりました。
そうして、金色の世界で抱き合った二人は、幸せに暮らすことでしょう。
それは、愛が起こした奇跡というものだったのかもしれません。
めでたし、めでたし。
〜FIN〜
今そこに居るセイバー
VS桜 ―朝―
衛宮の家の平穏の象徴たる彼女、間桐桜の朝は、大きく二つに分けられる。
一つ。既に起きて朝御飯を作っている彼女の意中の人物の手伝いをする。
二つ。起きていない彼女の意中の人物を起こしに行く。
どちらにしても、一日の始まりに、彼にとっては一番最初に顔を見るのが自分だということは、少なくとも、その点においては間違いなく彼にとって特別であるということは疑いない。
だから、彼女にとって、何よりも確かな絆の証であり、何よりの喜びである。
否、喜びであった。
否否。彼女にとって喜びであることは間違いがないのだが、どうも最近、なんだか調子が悪いのである。
合鍵を使って家に侵入する桜。
本来ならば、家主から直接渡された合鍵である時点でそれは侵入ではなく、帰宅や進入、或いはそれらに類する行為のはずである。
が、今現在彼女は合鍵という道具或いは特権を使って、家人に知られること無く、密かにその住居に進入した。己の意志をもってして。
なれば、それは己の存在、行動を秘匿しながらも、他者のそれを覗こうとするという点において、悪であり、罪である。
故に、侵入。
さて、静かに家の扉を開け、抜き足差し足忍び足と廊下を歩く桜。
真アサシンもびっくりの気配遮断で、探すべき場所をチェック。自分以外のルートにおける自分の影の薄さを利用したその探索ミッションは、取りあえず無事に成功。
結果。
台所:enputy
土蔵:enputy
果たして『空』という意味の英語の綴りはあっていただろうか、と益体もないことを考えつつミッション2へ移項する。因みに間違っている。
作戦開始位置へ移動。
襖で仕切られている部屋の向うは、理想郷で、桃源郷で、パラダイス銀河。
すなわち、自分の意中の人が眠る部屋。
そんなところに乙女たる自分が入ることに少しばかり照れていたあの夏の日。
年頃の男性の部屋に入る年頃の女性。このシチュエーションで、緊張しないはずがない。照れない筈がない。ドキドキしない筈がない。
ああ、桜か。いつも朝早くからきてくれてありがとう。
いえ先輩お気になさらず私も好きでしてることですから。
好きって俺のこと?
いやあのそういうことではなく!
俺は桜のこと好きだけど。
せ、先輩……。
桜、おはようのキスはまだかな。それに、先輩じゃないだろう?
はい、士郎さん……。
等というシチュエーションを想像しないはずがない。
……夏ではなかったかもしれない。というか、別に毎日のことであった。
ともかく、以前と今は違う。
確かに緊張はしている。だが、それもある程度慣れてきた緊張である。
常に戦場に立つ戦士は、適度な緊張により自己の能力を全開にするそうだが、今の自分はまさにそれだ。
ここより先は、己の戦場。故に、自らの力を出し切るが宿命。
体調完全、気力充実、意気軒昂。
時計を見ると、もうすこしで彼が起きる、しかし、おそらくいまだ起きていない時間。
タイミングとしてこれ以上はない。
GO!
相手を殲滅せん勢いで音を立てずにゆっくり襖を開ける。ここで音をたてて寝た子を起こさぬための配慮である。
相変わらず物の少ない簡素な部屋の中央に、布団が一つ敷いてある。
そこには大切な先輩がいて、いつもの通りの赤い髪の毛が見える。
さらにその隣に、金色の髪が見える。いつもの通りだった。
…………
布団は一つ。
枕は二つ。
そこで桜は考える。
ああ、何故――。
と。
いや、ただの現実逃避であることは自身が一番よくわかっているのだが、そうやって何か含みの有りそうなことを考えて悲劇のヒロインでも騙っていないとやってられないのだ。
そう。
最近、彼女の調子が悪い理由は、この布団の中にある。
「………ん」
と、妙に甘ったるい声で寝言を出したのは、金の髪の存在。
「シ、ロウ……」
等と自分の大切な人を呼び捨てにしやがります。
いや、それだけなら毎食御飯をたかりに来ては自分と先輩の甘いひと時(桜主観)を邪魔する虎、自分の姉っぽい赤のお邪魔蟲(桜主観)とか、最近になって出没するようになった将来の自分の義妹(桜主観)とか。
そういう人達は名前で呼ぶわけだが……って、自分以外のこの屋敷に来る人は全部名前でよんでる。
ふと、新たな事実に気がついかなりへこむ桜だが、それはともかく、その金髪いやしんぼう(客観的事実)は名前で呼んだだけに止まらず、あまつさえ、そのまま自分の良人(やはり桜主観)に擦り寄るのだ。
布団の中で。
なんてうらやま、否、破廉恥な。そんなことは許されることではない。
自分は、そのような毒婦から彼を助け出さねばならない。
まるで縄張り争いをする狼のように眼を爛々と輝かせ、桜は今この瞬間に心を決める。
この女を布団から引きずり出し、自分がかわりにそこに入ってやると!
当然だが、彼女のロジックに本末転倒という言葉は組み込まれていない。
いざ!
「……ん、」
気合を入れたところで彼の声が聞こえ、殺気をしまいこみ即座に聞き耳を立てる桜。
ほら先輩。そんな女のことは忘れて、今まで通り私に向かって『おはよう桜、今日も綺麗だね』。と言ってください。
『先輩のためですから』、と言うための心の準備を整えておいて、彼の枕元、金髪の反対側に回りこむ。どうでもいいが、その『先輩』が、そのような科白をいったことは一度としてない。
さらりと髪を掻き揚げ、背景に未だ目覚めきらぬ朝の日を背負い、あなた以外には見せないの、的な穏やかな笑顔を浮べる。
これで体の準備は整った。
「……あ、」
後は先輩の一言だけ。
言ってください。『桜が欲しい』と!
先ほどから彼女にかけられる予定の言葉が数段に分けてクラスチェンジしているが、そんなことは本人の知ったことではない。
重要なのは、気持ちだからだ。
暴走している、ともいえる。
さぁ!先輩!
意気込むというか鬼気迫る桜。
そして、士郎は夢の中でその名を口にする。
それは現実という世界に漏れ出し、空気を震わせた。
「アルトリア……」
ええ、わかっていましたとも!
涙をだくだくと流しながらよろめく体を支える桜。
まったくもっていつもの通りだった。
最近起きるのが遅いのも、同衾しているのも、今日は確認していないが布団の中身が服を着ていないのも、あまつさえ、お互いがお互いを求めて寝ながらもそもそと動いた挙句に抱きしめあうのも。
ついでに言うと、毎日確認して泣きを見る桜も。
まったくまったく、いつものとおりだ。
幽鬼のように、或いは起き抜けの姉のようにふらふらと覚束ない足取りで出て行った桜。
そしてそれを確認していたかのように目を覚ます二人。
「おはよう、アルトリア」
「はい、おはようございます、シロウ」
起きるのが遅く、同衾していて、最近はいつも布団の中では服を着ておらず、寝ながらもそもそと動いたために抱きしめあった状態の二人。
だから二人はいつも顔を接近させて眼を覚ます。
そして何故か、二人は殆ど同時に目を覚ます。
曰く、愛の力。
事実はさておき、二人は暫らくお互いの瞳を見詰め合って、起きたばかりの時を過ごす。
ややあって、何かに気がついた士郎が、口を開いた。
「たいへんだ、アルトリア」
「どうかしたのですか?シロウ」
「今日はまだ君から『おはようのキス』を貰ってない」
「何という不覚。私としたことが……。そうでした。今日は私からする日、でしたね」
「ああ。だから、さっきから待ってるんだ」
「はい、お待たせしましたシロウ……」
「アルトリア……」
それさえも、日常。