時は四月。
士郎達が三年になってから二日目。
この季節は年度の変わり目でもあり、転校生なんかも多い。
そして、士郎達のクラスにも一人の転校生が来ようとしていた。
「はい、席に着いて―。HRを始める前に転校生を紹介するわよ」
始業式の次の日。授業前のHRで藤ねぇはいきなりそんなことを言った。
転校生という言葉にみんながみんな、三者三様の反応を見せる。
「先生、男ですか女ですか?」
「ふっふっふー、なんと女の子なのだー」
途端男子が盛り上がり始める。女子はそれとは反対に微妙にさめた反応をしている。
「でもそれがちょっと変わった子でねー、まぁ、仲良くしてあげてね」
「ちょっと変わったって、何がですか? 性格?」
「性格はいいんだけどねー。ちょっと身体の一部が変わってるのよ」
身体の一部? クラスメイトの上にそんな疑問符が浮かぶ。
この時点で俺達はその転校生の正体に気付いていなければならなかったのかもしれない。
が、もう時既に遅し。正体に気付いたところでどうなるものでもない。
「じゃあ入ってきてくれるかな」
藤ねぇが外に向かって呼びかけると音もなく教室の戸が開き、その転校生が入ってくる。
教壇に立った転校生を見て、男子達は一瞬歓声を上げるが、その歓声はすぐに消えてしまう。
女子もどう反応していいのか分からず固まっている者が多い。中には嫌悪感を露にしている者もいる。
それもそのはず。
「転校生の真田麻深――さなだあさみ――です。よろしくお願いしますね♪」
語尾に♪をつけて可愛さをアピールされてもどう反応していいのか大変困る。
その転校生は――何故か右腕だけが異常に長かった。何となく蟷螂の前足を連想させる。
肩から指先までが一メートルを軽く超えている。まっすぐ立っている状態なのに下手をすると指先が地面につきそうだ。いや、ついているのか?
何故? とは聞けない。
どうして? とも聞けない。
そんなこと聞けるような雰囲気じゃなかった。
遠くの物を取る時に便利だなぁとか、あの腕で泳げるのかとか思っている場合でもない。
背が高く髪が長い。注文が間に合っていないのか学園の制服ではなく、丈の長い黒一色のセーラー服。
顔は普通より上。というか凄く綺麗なのだが、なまじ綺麗なだけに腕の違和感が激しすぎる。
あの腕は一体何なんだ。半分は作り物か? 多分クラスメイトの殆どがその疑問を頭の中に抱いているだろう。
そんな中、俺と遠坂の反応だけが違っていた。
「なぁ、あれ…」
「ええ。あれは多分、真アサシンね。でもどうして女なのかしら」
遠坂嬢は意外と予想外の事態に適応するのが早いらしい。
っていうか考えるのはそこじゃないだろ遠坂。
「それじゃあ麻深さんは空いてる席…。そうね、衛宮君の後ろにでも座って頂戴」
「!!?」
ガタン!と椅子を引いて反射的に立ち上がる。
「どうしたの、衛宮君」
「い、いえ、何でもありません」
ここで何か言ったところで何も変わらない。
心なしかクラスメイトの視線に哀れみの念がこもっているような気がするのは気のせいだろうか。
「衛宮君。これからよろしくね」
いつの間にか俺の横に来ていた真アサシン――真田麻深が声を掛けてくる。
「…ああ」
俺はそれだけ答えると机に突っ伏した。帰ってきてくれ、セイバー。
麻深は今日一日はクラスに慣れる為ということで全ての授業を見学していることとなった。
もともと教科書も何も持ってないからそれ以外のことは出来ないのだが。
それで、麻深の正面にいる俺はと言うと、正直気の休まる時間がなかった。
学校で物騒なことをするとは思えなかったが、いつあの右腕で心臓を貫かれるかと思うと気が気じゃなかった。
「…ねぇ」
ん? 肩を揺すられている? 遠坂かな?
でも遠坂は俺の隣の席だったはずだ。後ろの席は確か…
「ねぇってば」
何度も揺すられる。俺は顔をあげて身体を捻り、後ろを向く。
「やっと起きたわね」
それは遠坂ではなく、麻深だった。
席に座ったまま右手で俺の肩を揺すっている。
「! うわっ!」
慌てて椅子から立ち上がる。
それと同時に談笑していたクラスメイトの視線が集中し教室内が静まり返る。
…凄く気まずい。どうしよう。
「え、と。その、ご免」
一応謝っておいた。幾ら反英雄で役職が暗殺者だったとしても相手は女の子だし。
それに顔を見た途端に悲鳴をあげて逃げられたら誰だって傷つく。
「……………」
麻深は椅子に座ったままじっと俺を睨んでいる。
少し泣きそうになってる顔はちょっと可愛いかも。
そんなことを思いながら固まっていると麻深はいきなり立ち上り、教室から出て行く。
「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ」
俺は鞄から弁当を取り出すと急いで麻深を追いかけた。
幸い麻深はすぐに見つかった。
どうやら昼食を食べに食堂へ向かっていたようだ。
少しの間後ろから麻深を観察していたのだが見事に生徒の注目を集めている。
身長や顔も目を引く対象なのだろうが、何と言っても右腕が一番注目の的だ。
「なあ」
「…何?」
「昼飯、一緒に屋上で食べないか?」
「…私、お弁当持ってないんだけど?」
喋り方が冷たい。それに目が俺を激しく責めている。
然し、ここでひいてはいけない。
麻深がこの学校にきた理由を聞き出さなくては。
「なら俺の弁当をやるよ」
「え? それじゃあ衛宮君のお昼はどうするのよ」
「俺は購買部で適当に買ってくるから先に行っててくれ」
「ちょ、ちょっと!」
麻深に弁当を渡すと俺は購買部に向かう。
この時、俺が少しでも頭の回る人間だったならこんな愚かなことはしなかっただろう。
五分後。
購買部でパンを買って屋上にきた俺は、険悪な雰囲気で対面している遠坂と麻深を発見する。
比較的落ち着いている麻深に対して、遠坂は今にもガンドを撃ちそうな程に機嫌が悪い。
「ど、どうしたんだ、二人とも」
「どうしたもこうしたもないわ。なんでこいつが士郎のお弁当を持ってるのよ」
「だから何度も言ってるでしょ。このお弁当は衛宮君に貰ったんだってば。ねぇ」
俺に同意を求めてくる麻深。それはその、何と言うか、非常に困る。
あっちを立てればこっちが立たず、こっちを立てればあっちが立たずといった状況だ。
それでも遠坂ならちゃんと理由を話せば納得してくれるだろうし、第一嘘をつくのはいけない。
「あ、ああ。俺がここで一緒に昼飯を食べようと思って渡したんだ」
「どうして。これ、貴方のお弁当でしょ。貴方のお昼はどうするのよ」
「これ」
手に持った菓子パン二袋を遠坂に示す。
昼飯にしては少々少ない気もするが、まぁ何とかなるだろう。
「で、でも。何だって初めて会ったばかりの奴にお弁当をあげるのよ」
「だって真田は弁当持ってないって言うから」
「それならアサシ…真田さんがパンにすればいいじゃない」
「俺が好きであげたんだからそれは遠坂が言うことじゃないだろ」
妙に絡んでくる遠坂に少しむっとして言い返す。
遠坂は俺を睨むと俯いて顔を隠す。
「…の馬鹿」
「え?」
「…士郎の馬鹿! もう知らない!」
突然怒った遠坂は走って階段を下りていく。
「何なんだ、遠坂の奴」
「…鈍いわね」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ、別に」
麻深はフェンスに背を預けて座り込む。
俺もその横に並んで座る。
「それで、私に聞きたいことがあるんでしょ?」
「!?」
弁当の蓋を開けながらそう訊いてくる。
まるで心の中を読んだような質問に俺は激しく焦る。
「ど、どうして」
「だって、私はアサシンで貴方は聖杯戦争を生き残った魔術師だもの。それ以上の理由が必要?」
どうも麻深――当時はハサン・ザッハーハだったが――には聖杯戦争の時の記憶が残っているようだ。
と、言うことは麻深はあの時からずっと現界しているってことだ。
「じゃ、じゃあ、何でお前は現存出来てるんだ? 臓硯は死んだ筈だろ。
だったらお前も消えてなきゃおかしいじゃないか」
「…甘いわね、衛宮士郎。私が現界出来ている理由なんてそう難しいことじゃないわ。
私が長期間現界出来そうな方法を一つずつ考えていけばすぐに分かることよ」
「現界出来そうな方法?」
俺はパンを齧りながら考える。
が、麻深の言う通りサーヴァントが単体で現界出来る方法は殆どない。
…どうでもいいけど、アサシンってこんなに知的なキャラクターだったか?
「…………もしかして、聖杯?」
「ご名答」
麻深は手を叩きながら笑顔を向けてくる。その笑顔に一瞬ドキッとしたのは内緒だ。
「でも実を言うと私もよく分からないの。多分聖杯の力だとは思うんだけど。
気が付いたらこの身体でこの性格になっちゃってたのよ」
何でだろうね? とか言いながら首を傾げる。
「で、お前が現界出来てる理由はもう聞かないけど、何で高校になんか転校してきたんだ」
「単刀直入に言うと毎日が暇だから。私、元が暗殺家業だから殺すこと以外何も出来ないし。
それに殺しの依頼が来る筈もないからもう退屈で退屈で。だから衛宮君達のいるこの学校に転校してきたってわけ」
「一人でか? どうやって」
「山の教会にいる神父さんに理由を話したらあそこに住んでもいいって言ってくれたの。他にも服とか買ってくれたし、転入手続きとかも全部してもらっちゃった♪」
そんなに嬉しそうに言われてもなぁ。どうせ素性は偽ってるんだろうし。
その上麻深は何だか切れ者みたいだし、最もらしい嘘ぐらい簡単につきそうだ。
それにしても、直接会ったことはないが今度来た神父は恐らく凄くいい人なんだろう。
こんな女子高生が一人で教会になんかきたら色々と疑うのが普通じゃないのか。
いや、神父は神職だし人を疑うなんてことはしないか。
「それで、他にも何か理由があるんじゃないのか?」
「? 他に理由なんてないわよ」
「本当か?」
「本当よ。…あ」
「ほら見ろ。何か他にも理由があるんだろ」
「衛宮君と沢山お話がしたかったから。じゃ、駄目?」
麻深はいきなりそんなことを言い出す。
今度は食べているパンを落とした。
「な、な、な……」
「嘘よ。だって私貴方のこと殆ど知らないし」
…こいつ、俺をからかいやがったな。
まさか第二の遠坂みたいな奴にならないだろうな。
「話はこれで終わり? なら私はもう行くわね」
いつの間に食べたのか空になった弁当箱を片付けると立ち上がって扉に向かう。
俺は座ったままその後姿を見送る。
「あ、それと」
何かを思い出したのか扉の前で振り返る。
「お弁当美味しかったわ。ありがとう」
言って麻深は扉の向こうに消えた。
今年が最後の一年だと言うのに、俺の学園生活は一体どうなってしまうのだろうか。