「時間はあまり残っていないようね……
早く来てくれ、衛宮士郎、
急いでください、先輩……」
第七話「迷走に光明はなく、懺悔聞き届ける者なし」
29バゼット視点
「さて、行こうか、
―――と、言いたい所だが」
敵の本陣は大聖杯の場所だろう、
直上から降りたはずが別の場所に着地したことからもそれが判る
空間を捻じ曲げられたようだ
こうなるとこいつらの記憶もあてにはならんだろう、
だがその前に面倒ごとのようだ
「ふん、見慣れん雑種が一人いるが、
久しぶりだなセイバー」
「「ギルガメッシュ!!?」」
奥のほうへと続く道から現れた男に対し、
驚く衛宮士郎とアルトリア
それにしても、今度はメソポタミアの英雄王だと?
「ちっ、こいつまでいるのかよ」
舌打ちしつつ身構える二人、
話によればこいつのクラスはアーチャー、
宝具は天地の始まりの剣と、あらゆる武器の原型を納めた蔵だとか
それにしても、気に入らない眼だ、
まぁ、伝説の通りなら天上天下唯我独尊な独裁者だったわけだから当たり前か
「衛宮士郎、お前たちは先に行け」
「しかし―――」
反論しようとするアルトリアを手振りで制す
「問題ない、どうせ牛一匹を二人がかりで鎖まで使わねば止められんようなやつだ、
ロード一人いれば十分ことは足りる」
牛といっても、厄災を招く神獣だったのだが、
ヘラクレスはその十二の試練において幾度も幻想種とはやりあっている
しかもそのうち幾つかは生け捕りだの素手だのだ
一匹相手におたおたしていた訳ではない
「言ったな雑種」
私の言葉に反応して蔵から剣の束を出す
「安い挑発にすぐに乗る、自己中心なやつの典型的なタイプだな」
鼻を鳴らす私の隣で、無言で弓を番えるロード
ギルガメッシュの手が上がる
「消えろ」
「『射殺す百頭(ナインライブズ)』!」
ぶつかり合う宝具、雨と飛び交う剣と砲撃のような矢の起こす嵐の中、
私は手振りで二人を送り出した
30凛視点
「――――――ッ!!」
「チッ!」
横へ飛んでやり過ごす、
視界に入っただけだったら大丈夫とは言え、
こっちは身体が重くて動き辛いので避けるのも一苦労だ
挙句の果てに、上からは容赦なくキャスターが撃ってくるし
「先にライダーをなんとかせんと余計な体力を使わされるな」
「同感、マイスター、ペルセウスの鏡持ってない?」
「あったら出し惜しみするか!
生憎『熾天覆う七つの円環』以外は盾の持ち合わせなどない」
創ればあるがな、と言いつつ、コンパクトサイズのローアイアスを創ってみせる、
アルトリアの盾の方が強力らしいんだけど、
あれは本人の『魔力放出』のスキルを増幅して力を発揮するらしいので、
スキルのない彼では『投影』してもただの盾だそうだ
ついでにプチアイアスはさっきので八つ目、
適当に飛ばしてキャスターの魔力弾をそらすのに使っていたりする
一つ一つの効果は『熾天覆う七つの円環』に及ばないものの、一種の結界を形成し、
その中で動く盾は、直撃を受けなければランクAの魔弾すら「そらす」ことができる
でもそらせるだけで防げない上、数発喰らうと壊れるのだ、
いくら『道具作成』のスキルのお陰で『投影』の燃費が良くなっていると言っても、
いい加減きつくなってくるころだろう
「スキルのお陰で他の物の『投影』も効率が上がっているのだが、
―――凛、ライダー、済まんが暫く時間を稼いでくれ」
「どうする気ですか?」
「『鏡』を用意する、魔力は足りてるがマスターの体力の消耗を考えると、
長引かすわけにはいかん」
忘れてた、桜もイリヤもあまり体力のあるほうじゃなかったっけ
一応運動部とは言え、桜はあまり運動が得意ではない、
それに加え、イリヤの方は、そもそも子供なのだ
「わかったわ、でも、なるべく早くね」
頷いて、宝石剣を手に私は敵に向き直った
31
轟音を立てて降り注ぐ呪槍の音がやむ
だが、放った本人はあまりの違和感に眉をひそめながら着地した
―――手応えがおかしい
ありていに言えばそれは『遠い』という感覚に似ている
絶対の自信、必殺の間合いで放ったはずの一撃が、
まるで射程外の敵に無理に放ったかのような違和感を返す
狙いは正確だった、セイバーは迎撃できなかったと確信している、
エクスカリバーの発動にかかる隙―――
あの『風の加護』を解く手間が必要ないと言っても、
高ランクの対城宝具の発動が間に合ったとは思えない
(まぁ、間に合ってたら、俺は吹っ飛んでたろうがな)
宝具のランクで言えばランサーの宝具はセイバーに遥かに劣る
大砲とライフルの差と言えば良いだろうか、
セイバーの宝具は地を焼き払う威力が、
ランサーの宝具は手軽さと燃費のよさこそが持ち味である
発射までに時間のかかる大砲と、手軽に扱える自動小銃、
尤も今回は、やや大振りのショットガンだったが
だが、どちらにしろ当たるということは必殺であると言うこと、
特に今のような一対一であるのなら、城ごと吹き飛ばすような大技はそれほど必要ではない
それが、絶対の自信を持って放ちながら『遠い』とはどういう事か
カチリ、と音がする、
敵がまだ生きているのなら疑問は後回しだ、手元に戻った槍をセイバーの心臓めがけて
再び解き放つ
「『刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)』!」
それは閃光のように敵に向けて突き出された
32アルトリア視点
士郎と二人で洞窟の奥へと進む、
すでにロードとギルガメッシュの戦う音すら聞こえなくなって暫くたつものの、
いっこうに目的地には辿り着かない
ふと見ると、士郎は何か思いつめているようだ
「士郎?」
「…………どうしたら、助けられるだろうって思って、
ずっと考えてたんだ」
主語が抜けているが恐らくはセイバーのことだろう
直接話したことはないが、士郎の話では事情があって頑なになっているらしい
ある意味で彼女もまた私の一面、それを抜きに考えているのだろうが、
士郎は責任を感じているのだろう
「言葉では意味がないと思うんだ、
でも、戦って意味があるとも思えない」
眉を寄せて悩んでいる彼に笑いかける
私が言うのも何なのだが、彼は一人で背負いすぎる
「確かに一人では大変かもしれません、
ですが士郎、貴方のそばには私がいます、
二人でやりましょう、必ず方法があるはずです」
そう、彼女のことも、これからのことも、いつかあの丘にたどりついた時も……
きっと二人でなら何とかできる、
「そうだな…………
―――二人でやろう、アルトリア」
寄せられていた眉が緩む、微かに微笑む彼、
私の好きな笑顔ではなかったが、私もそれに返すように微笑んだ
33
「『刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)』!」
突き出された深紅の閃光、
ギシリと音を立てて、それが止められた
『心臓を貫いている』という結果を創ってから突き出される槍の一撃、
それが完全に止められていた
それも―――
「腕一本でだと―――?」
セイバーは『刺し穿つ死棘の槍』を左腕一本で止めていた
いつの間にかその腕は紅い布に覆われている
(概念武装か何かの防具?)
並行世界を行き来したといっても、宝具によってもたらされる奇跡をそう簡単に防げるとも思えない
「宝具―――のわけは無ぇよな?
少なくてもアーサー王にそんな奇跡を起こした聖骸布の話はなかったはずだ」
アルトリアの持っていた盾であれば防ぐことも可能かも知れないが、
目の前のセイバーが持っているのは明らかに何かの布地―――
「だとしたらガントレットか何かだろうが、そんな話もなかったよなぁ、
テメェ、一体どんな手品を使いやがった?」
槍を引きながら問う
セイバーは答えない、ややあってから
「…………浅ましいな」
「あん?」
ふと漏らした呟きに眼を向ける
「いや……
―――私がだ」
静かに彼女はランサーから眼をそらし呟くように言った
「知る必要はない―――と言いたいが…………
なに、全てを失った哀れな女の無様な姿というものだ」
“I am the bone of my sword”
その腕を掲げ上げ、静かに彼女は言葉を紡ぐ
髪が解かれ、風に流されたように広がっていく、
「テメェ、何を―――?」
引き起こされる変化に驚くランサー、
「ランサー、これ以上は見せられん、
―――すまないがな」
その変化についていけないまま、彼は一刀の下に伏せられた
34
きっかけはなんだったろうか?
はじまりはなんだったのか?
いつからじぶんはこうなったのか?
どうしてかれはいなくなってしまったのだろうか?
よくにたひとになんどもあった、でもひとちがいだった、
たしかにそばにいたはずなのにどうしていなくなってしまったのか?
さびしい
「……士郎、時間がもう残り少ない
ねぇ、何処に行ったんですか―――」
つぶやきはかなたにきえて、
わたしはひとりかれをさがす
どろのなかにやみのなかに、
たしかにしまったはずのたいせつなひとを
「ねぇ先輩、どこにいるんですか―――」
わたしはだれだったろうか?
あれはなんだったろうか?
このてからこぼれおちたものにかたるものはなく
このみからでたといにこたえるものはなく
ただひとり
このなみまにただひとり
おおくのものをしたがえて、おおくのものをのみこんで
ただひとり
さがしものはひとり、さがすのもひとり、
ねぇおしえて、わたしはだれ?
35
アルトリアと二人で洞窟の奥へと進む、
すでにロードとギルガメッシュの戦う音すら聞こえなくなって暫くたつものの、
いっこうに目的地には辿り着かない
ふと思う、ネーアの正体は誰なんだろう?
現界に成功したアンリマユではないか―――
最初、マイスターたちと話していた時はそう思っていた、
でもセイバーの話を聞いて気がついた
―――彼女はきっと、俺の知ってる誰かなんだ、
セイバーはあえて言葉を濁していた感がある、
「確かに一人では大変かもしれません、
ですが士郎、貴方のそばには私がいます、
二人でやりましょう、必ず方法があるはずです」
「そうだな…………
―――二人でやろう、アルトリア」
アルトリアの言葉は俺にとってとても心強いものだ
セイバーを思い出す、
アイツはきっと、『衛宮士郎』の力になれなかったことを後悔してる
アサシンと『影』に敗北し、『アンリマユ』に汚染され、かつての主人に刃を向けた
―――それでもきっと、『衛宮士郎』にとってセイバーが力にならなかったなんてことはない
俺はそう信じている
きっと彼女たちは何処かで心がすれ違ってしまっただけなのだ、
俺は彼女にとっての『衛宮士郎』にはなれない、
それでも、衛宮士郎として『衛宮士郎』の代わりに『セイバー』を助けたい
きっとその方法があると信じてる
―――俺も、アルトリアも、きっと――――――