(91)
<真月の時(現記・闇夜の王)>
「で、隆一を見失った訳か」
僅かな明かりが灯される地下で、時矢は目の前で瓦礫に埋まっていた少女、弓塚絵理から事情を聞いた。
(ミスったな、こんな事なら自爆させないように気を配るべきだった・・・)
「ねえ、混沌さん。一つ聞いて良い?」
「何だ?」
「瓦礫から出してくれたのは嬉しかったけどさ、何で宙吊りなの?」
今の弓塚は時矢の黒いコートから出てきている黒い大きな手に襟首を持たれた状態だった。
「・・・」
「・・・」
「絵理(えり)と襟(えり)をかけたんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・貴方、私の事、嫌いでしょ」
「まあな」
「で、これからどうすれば良いんだ?」
志貴の問いに、今に居た者たちは黙り込んだ。
まずシオンが言った。
「志貴、まずはそこの死神達を何とかしましょう」
「・・・」
志貴の目線は居間の隅に向けられる。
<閻魔荒乱><朱 妖輝><皇魔斬技>と自分の<直死の魔眼>を狙ってきた者達は、アルクェイドや華連達の強力な術で縛られ、眠らされていた。
一人足りないが、アルクェイドがぶっ飛ばしたらしい。
華連ちゃんが
「殺すのはどうか避けてもらえませんか? 下手に殺せばさらに死神がきますし、同じ死神として、同胞の死は・・・」
・・・と言う意見に俺も賛同したため、しびしぶこうなったのだ。
「・・・その者達は、私に一任してもらえないか?」
華連ちゃんは三人を鋭い目で睨みながら、言った。
「どうする気なんだ?」
「冥府に強制送還する。大王様は決して法は破らない。閻魔の名にかけて誓う」
・・・ムムム、かの有名な<閻魔大王>と関わるとは。
考えてみると俺って凄い人物と会ってるのかな?。
「判った、華連ちゃんの目は信じるよ。名まで賭けるんなら信用する。それで良いな皆?」
「ま、志貴がそう言うなら」
「ですね」
「兄さんは甘いですね」
他の皆も大筋で合意してくれた。
「では、一時失礼する。遅くなる可能性も否定しきれないが、大王には事情を説明して何とかする。夜までには帰る」
そう言うと、華連ちゃんは三人の服の襟を掴んでズルズル引きずっていく。
「琥珀、翡翠、見送ってあげなさい」
「はい」
「承知しました、秋葉様」
琥珀さんと翡翠も続く。
「あの死神さんは「安易に動かないでくれ」って言ってましたね」
シエル先輩はのんびりとお茶をすすりながら言った。
「シエル、貴女は動かないつもり?」
アルクェイドは先輩に聞いた。
「・・・・・・私は、隆一君に浮上した転生者疑惑を解決する必要が有ると思います」
「先輩・・・」
かつてロアの依代にされたエレイシアと言う少女。
先輩は隆一がもし転生者だったら・・・って。
「待ってくれよ先輩! 転生体だからって、何でそう殺気立つんだよ!」
「遠野君、隆一君に取りついているかもしれない物は、この遠野家の開祖なんですよ? 秋葉さんなら判るでしょう? 遠野の者達の先祖還りがどういった物かを。それらの大元が、話し合いが出来る存在だとでも?」
「・・・ええ、それは否定できませんね」
秋葉は沈んだ声で言った。
「ですが、隆一がそうと決まったわけではありません。希望的観測かもしれませんが、あくまで可能性なのも事実です」
「・・・」
居間は再び沈黙した。
と・・・。
「あのー」
「どうしたの千鶴ちゃん?」
「・・・閻魔武忌の事なんですが・・・」
「兄さん正気ですか!」
「大丈夫だ、武忌とか言う奴が<直死の魔眼>を持っていても、俺だって同じ物を持ってる。対抗手段はあるし、一人で行くわけじゃない」
「大丈夫よ妹、私も行くし」
「いや、アルクェイドは待機だ」
「え! 何で?」
「・・・お前、今かなりヤバイだろっ!」
「!!!」
バレていないとでも思っていたのかコイツは!。
昨夜、武忌に体を真っ二つにされ、その前にはネロ(時矢だと知らない)に力を奪われているのに、コイツは・・・。
「神無月さん、もう一度、行けますか?」
「ハイ、私とて伊達に退魔の仕事はしていません」
「だったら、私も・・・」
「・・・駄目だ」
「どうして・・・どうして兄さんは!!!」
「落ち着きなさい、秋葉」
「シオン! だって・・・」
「ダメージを受けていたとしても、真祖を圧倒した存在です。今の弱った真祖でさえ、貴女は相手できると言い切れますか?」
「・・・」
秋葉は唇を噛み締める。
「それに、当主がココを離れるのも頂けません。この戦いは遠野家の歴史も関わっているのですから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・判ったわ」
「じゃあ、翡翠、琥珀さん、行ってくる」
「・・・お気をつけて」
「晩御飯はおいしい物を用意しますね」
「遠野君は私に任せてください」
「・・・頑張ってきます」
こうして、俺とシエル先輩、それに千鶴ちゃんの三人は、閻魔武忌を打倒しに向かった。
「う〜ん、空は良い天気だね〜」
二メートル以上はある長身の男は静かに言った。
「はてさて、どうしたものかな?」
そこはシュラインビルの屋上だった。
彼・・・閻魔武忌はもう何度もココに昇っている。
「ククク、信長様まで居るし〜、どうなる事やらね〜」
全てを見透かしたかのように、武忌は青空眺めていた・・・。
「ココで武忌に?」
「はい、ここで壇上君を拾ったんです」
「確かに、魔の気配が残ってますね」
「・・・」
最も忌まわしき場所、路地裏。
かつてクラスメートを失った時も、場所は路地裏だった。
「遠野君?」
「あ、なに?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いえ、取り合えず目ぼしい物は見当たらないので行きましょう」
そう言うと先輩は歩き出し、千鶴ちゃんも続く。
「・・・」
もう一度だけ路地裏を眺め、俺はその後を追った・・・。
(92)
<真月の時(現記・闇夜の王)>
「秋葉様」
琥珀の声に、秋葉は振り返った。
「何?」
「異常は無いとの事です」
「・・・そう」
自分の兄の報告に、安堵しながらも、秋葉の心は晴れない。
外はすでに夕日が沈みかけ、夜になろうとしていた。
(・・・兄さん、どうして貴方は・・・)
ザワッ
「な!」
「しき・・・」
アルクェイドは一人、屋敷の屋根で町を眺めていた。
心配だ。
例えいつもの喧嘩相手がついていても心配だ。
閻魔武忌・・・邪皇14帝第4位・・・あの死を連想させる刀はまさに<死剣帝>の名に相応しかった。
自分の愛した少年と同じ蒼い瞳。
あの眼は危険だ。
遠野志貴と同様に透き通ってはいたが、本質はカオスの如く禍々しい。
「・・・やっぱり、心配だよ・・・」
自分の力はかなり弱っている。
月の満ち欠けの以上さえ見抜けなかったのだ。
月は真祖と死徒、吸血鬼だけではなく、夜の眷属全てと関わりがある。
それらの王に位置する自分が、見誤ったのだ。
それは彼女の、真祖としてプライドをも傷つけられた事になる。
だが・・・。
「第1位か・・・もし昔のままなら確かに、月も誤魔化せ・・・」
ザワッ
「!!!」
三咲町の繁華街。
ザワッ
志貴たちはそこで感じ取った。
「先輩! 千鶴ちゃん!」
「帰りましょう!」
「早く!」
ダッ
三人は全力で遠野家に向かった。
(くそ! 何で皆ばっかり!!!)
「な、何のよコレ!!!」
正面玄関から外に出た秋葉は、無数の人影に驚いた。
「妹! 喋ってる暇があったら早く戦いなさい!!!」
ザンッ
混乱する秋葉を叱咤しながら、アルクェイドは辺りに居る者達を切り刻む。
秋葉が混乱するのも無理は無かった。
それは兵鬼。
魂を抜かれ、肉の塊と化した邪皇の僕たち。
そんな者達が遠野家の森に溢れかえっていたのだから。
「当主の私を差し置いて侵入するとは良い度胸ですね・・・」
秋葉の髪が赤く染まっていく。
「散りなさい! 化け物!!!」
「予測済みです」
ザンッ
エーテライトにより、その兵鬼たちは一瞬で塵と化した。
「琥珀、翡翠、レン、私から離れないで下さい」
「ハイ・・・でも秋葉様を行かせてよかったのですか?」
翡翠の質問に、シオンは答えた。
「秋葉の能力は物量戦で友好に働きます。今頃は屋敷に檻を張っている頃でしょう」
「そうですか・・・」
「あはー、翡翠ちゃん? 秋葉様なら大丈夫よ。それより私達は私達に出来る事をしなくちゃ」
「はい、そうですね姉さん」
「?」
「・・・」
シオンは頭の上に「?」を浮かべたが、レン(猫モード)は琥珀の笑みに大方の予想がついた・・・。
「ねえ〜、切牙〜、本当にこれで出てくるの〜」
「出てくるさ」
「出てくるわね」
遠野の森の奥深く、木の上で乱花と切牙(切神と牙神)はアルクェイド達の戦いを見ていた。
「オギャ〜、オギャ〜」
乱花の腕には未だに赤ん坊が握られていた。
「・・・何故無理に泣かせるんだ?」
「良いじゃない、趣味なんだから。それより本当に屋敷に居る訳? 全然気配がしないんだけど」
この二人(正確には三人)は比叡山で、第13位<鬼紅帝>(別名・有限転生者)[遠野真紅]に酷い目にあわされた者同士だった。
本来戦う物同士のはずの死神と鬼。
それらが組んでいるのは一種の復讐の共感だった。
「うふふ、転生体だからってすぐに顔をみせるわけじゃ無いでしょう? 自覚しているかも怪しいしね、彼は。まあ、居なくても騒動があれば駆けつけるはずよ。大事な後世への血脈が耐えてしまうもの」
「確かにね〜。まあ、お姫様も弱ってるし、もしかして楽勝?」
クスクス笑う乱花だった。
「ハッ! デイェッ! えーい!」
「全てを奪いつくして差し上げます!!!」
ズグァ、ザシュ、グチャ、ベキベキ、ドガァ、ゴァァア、ドゴ、グバガバキィズガガガガガガガガガガガガァァァァァァァァアアアアンッッッッ!!!!!
二人は圧倒的な力で兵鬼の群れを消していくが・・・。
ブオーーー
黒い穴が開き・・・。
「ギーーー」
幾度と無く兵鬼が出される。
「アルクェイドさん! あの穴は何とかならないんですか!」
「術者が近くに居るのよ! それさえ何とかすれば・・・」
「何処に!」
「・・・多分あっちなんだけど、コイツらほっとくと屋敷に入る可能性だってあるわ。いくらシオンでもこんなに来たら・・・」
「だったらそいつを秒殺してさしあげます!」
「駄目! 兵鬼は親玉が居なくなっても消えない! 死者みたいに統制無く暴れるんだから!!!」
「じゃあどうするんです!!! このままでは・・・」
「く・・・」
アルクェイドとて考えてる。
空想具現化(マーブルファンダム)でも使えば容易いが、空間移動を平然とやってのける敵だ。
すぐに補充される。
そして今の自分は力不足。
吸血衝動を抑えれば何とかなるかもしれないが・・・。
(あいにく、魔王になる気はないわ・・・)
となれば手っ取り早く敵を殲滅するか、援軍を待つかだ。
そして、外には強力な援軍が居る。
となれば・・・。
(早く着てね、志貴)
ズバッ
少年の姿をした兵鬼を切り刻みながら、アルクェイドはそう思った。
「あ〜〜〜、あの子お気に入りだったのに!!!」
乱花は激怒した。
「・・・だったら出さねば良かっただろうが」
「間違えて出しちゃったの! も〜う、怒った。真祖ぐらい殺してくるわ〜」
ブオーーー
黒い穴の中に、乱花は消えていった。
「やれやれね」
切牙の牙のほうは溜息交じりで言った。
「妹、下がって」
「? 何故ですか?」
「貴女じゃ無理よ」
ブオーーー
再び黒い穴が出てきたが、今度のは一味違う事を、アルクェイドじゃすぐに感じ取った。
「コラ〜真祖ーーー! よくも私の可愛いコレクシュンを潰したわね〜。覚悟は良い!?」
「知らないわよそんなの」
アルクェイドは無表情で乱花に言い返した。
「オギャ〜、オギャ〜」
「ほら! この子だって貴女を非難してるわ!」
「・・・」
「な・・・」
秋葉は愕然とした。
まだ0歳と思われる赤ん坊。
だが、それには魂を・・・生命の息吹を感じない。
「・・・・・・貴女、その子の魂を!」
「む? 何よ当主。アンタに用は無い。ほら皆、混血ぐらい仕留めなさい!」
兵鬼たちが一斉に秋葉の襲い掛かる。
「くっ!」
秋葉は必死に応戦した。
「・・・」
アルクェイドは無表情のまま乱花を見据えた。
「うふふ、さあー殺して・・・???」
それは当然視界から消えた。
「あう!」
本能的に右に穴を展開させる。
ズゴッ!
何かがその穴に入った。
「この!」
ブオーーー
少し離れた場所に、アルクェイドは召喚された。
「ふ〜ん、なるほどね。魔術じゃないんだ」
今日、始めて浮かべた鋭い眼に不敵な笑み。
絶対的強者として、彼女はそこにいた。
「魔力回路は一切無い。ただ自分の世界と世界を<繋げているだけ>なのね。だから下手に物を閉じ込められない。だって小さく、大事な自分の世界を破壊されかねないものね?」
「・・・なるほど、さすが真祖。すぐに見破るなんてね」
乱花の目もまた鋭くなる。
「まあ良いわ。私、貴女と相性が悪いようね・・・サヨナラ」
「え?」
ブオーーー
アッサリと乱花は消えた。
そして・・・。
ブオーーー
再び兵鬼の群れが召喚された。
「・・・・・・随分早いお帰りだな」
「ほんとにね」
「むー」
切牙の言いように、乱花は不貞腐れた。
「アレ怖かったんだから〜・・・ま、無理すれば勝機あったけどね。弱ってたし」
「・・・貴女・・・努力を怠るタイプなのね」
「どうとでも・・・・・・・・・・・・・・!!!」
「「!!!」」
「アイツ! <白翼公>と変わらないじゃない!!!」
悪態をつきながら、アルクェイドは兵鬼を潰していく。
「・・・さっきより増えてる! く、大規模な兵力で王を気取る・・・本当に邪皇版の<白翼公>ね!!!」
アルクェイドの豪腕は一回で五体の兵鬼を狩っている。
なのに減らない。
すぐに補充される。
これが<空間女帝>乱花の本来の戦い方だった。
「このままじゃ・・・・・え?」
ドォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン
それは正面門からだった・・・
「カッカッカッ、雑魚ばかりだのお。所詮人の抜け殻は人止まりだのお」
三、四メートルはあろう大槍を持った男が、ズカズカと遠野家の敷地内に入って来た。
「カッカッカッ、西洋の鬼姫か? お主まで居るとのお。カッカッカッ、世の中面白いわ」
一瞬で兵鬼の群れを片付けた相手に、アルクェイドは睨みながら言った。
「答えなさい。貴方は誰?」
「カッカッカッ、そうかまだ名乗ってなかったのお。ワシの名は<織田弾正忠信長>。これでも有名なつもりでのお」
「の、信長!!!???」
アルクェイドの後ろで秋葉思わず声を上げた。
今の攻撃の時、アルクェイドはちゃんと秋葉を守ったのだ。
「カッカッカッ、その通り。ワシこそ覇王にして破王。魔王にして魔帝。カッカッカッ、邪皇14帝 第6位<第六天魔帝>(別名・第六天魔王)と言った方が、西洋の鬼姫に通じそうだのお」
「・・・そう貴方も<邪皇14帝>。で、そんな貴方が何の用かしら?」
「カッカッカッ、何、長年探していたものがココに有るらしくてのお。まあ、アレは生き物故に居ない可能性も有るがのお」
「・・・まさか」
アルクェイドにはその探し物が何となく検討がついた。
「お主らに聞かねばのお。鬼紅帝は何処に居る?」
(93)
<真月の時(現記・闇夜の王)>
「何で・・・何で魔帝が???」
乱花は悲鳴じみた声を上げた。
「・・・こっち(死神)の失態だな」
「良い部下がいなくてね〜」
切牙は平然とその様子を見ている。
「ちょっとどうするのよ! 第六天魔帝に小技は効かないわよ!」
「・・・取り合えず」
「様子にしたら?」
「・・・」
本当にコイツと手を組んで良かったのか?、と今更ながらに後悔しる乱花だった。
「<鬼紅帝>ね・・・あいにく誰に転生しているかは私も知らないの」
「カッカッカッ、なるほどのお。ならば<今宮隆一>なるものは何処におるかの?」
「「!!!」」
アルクェイドと秋葉は驚いた。
まさか信長の口から「隆一」の名前が出るなど誰が考えられよう。
「カッカッカッ、嘘は通じんぞお? 武忌の若造に聞いたからの」
「「武忌ッ!?」」
閻魔武忌、全てにおいて敵に回る男。
信長がココに来たのもそのせいなのだ。
「カッカッカッ、あやつはこう言った事で嘘は言わんからのおー。で、どうなのじゃ?」
「・・・魔帝も<鬼紅帝>・・・。<死剣帝>も厄介な奴を送ってくれるわね!」
「「・・・」」
切牙はじっとその様子を眺めている。
「知らないわ。まあ、知ってても教えないけど」
「・・・ほう?」
アルクェイドの言葉に信長は面白そうに眉を吊り上げる。
「く・・・」
秋葉は信長のプレッシャーに今にも押し潰されそうだった。
・・・逃げろ!。
・・・逃げろ!!。
・・・逃げろ!!!。
秋葉は必死その恐怖を抑えた。
「カッカッカッ、ならば少々・・・死んでもらおうかのお?」
信長は槍をアルクェイドと、その後ろに居る秋葉に向けた。
(・・・妹)
(え?)
アルクェイドは小さな声で秋葉に言った。
(私が抑えるから屋敷に入りなさい。室内なら槍は不利よ)
(そ、そんな、わ、・・・)
(・・・判ってるでしょう? アレがどんなものか)
「カッカッカッ、話はそれぐらいかのお? では行く・・・!!!」
ヒュッ
信長は突如右に跳んだ。
ビュインッ!!!
コンマ何秒で、そこを通り過ぎる影があった。
凄まじい魔の気配を感じた。
が、先輩が前から張っていてくれた物のおかげか、付近にこの気配が漏れる心配は無い。
「アルクェイド! 秋葉!!!」
「ちょ・・・」
「ま、まって・・・」
志貴はシエルと千鶴でさえ追いつけない速さで坂を登った。
その神速ともいえる速さは、もし冷静に見る物がいれば、美しいとさえ思うだろう。
そして音も立てずに屋敷の門に立つと、そこは酷い有り様だった。
鉄格子の門は破壊され、地面は前に向かって抉れていた。
そして、屋敷の正面玄関には・・・。
「・・・」
考える間の無く、メガネを外した。
―――――――ドクン
世界が、死に満ちた・・・。
「志貴!!!」
「兄さん!!!」
「・・・良かった・・・二人とも無事か」
ほっ、と安堵の溜息を俺はついた。
そして、俺の気配に気がついて避けた敵に向き直る。
黒い素肌に黒い槍を持った男。
―――――――アレハ、テキダ
―――――――コロセ
「小僧・・・ワシを殺そうとするとは随分な度胸じゃのお」
敵は槍をこちらに向けて構えた。
「志貴! 気を付けて! そいつは14帝の一人、信長よ! 邪皇でも有数のパワーファイターだからね!」
「の、信長?」
歴史的有名人物に、思わず俺は驚いた。
しかし、すぐに納得した。
戦国時代、鬼と呼ばれた将。
それが本当に鬼だった。
ただそれだけ。
―――――――タメラウリユウハナイ
「カッカッカッ、蒼い目とは珍しいのお。武忌めもそうだったわ。最近の倭人は蒼い目が流行っているのかのお?」
笑いながら、こちらの出方を窺う信長。
―――――――サア、コロシアオウ
「良いわ、あの子」
乱花はもの凄く眼を輝かせながら、志貴を見ていた。
「死の香りだな」
「ええ、素晴らしい香りね」
切牙もそれに同調した。
「欲しいわ、欲しい!!! 皆! ゲットよ!!!」
「あ、待て・・・」
「ちょっと貴女・・・」
ブオーーー
「!?」
ダンッ
右に跳ねる。
「ギーーー」
今居た場所の背後に黒い穴が開き、人の形をした者達が現れた。
全員、肉の良い男達だ。
「むっ! 無粋な輩がおるのお」
邪魔された信長が殺気立つ。
どうやらこれは別口らしい。
「ギーーー」
「ギッギッギッ」
「ギィィィッ」
「・・・」
確か<兵鬼>と言った死者と似た性質を持つそれらは、操り人形として俺に襲い掛かるが・・・。
ダンダンダンダンダンダンッ・・・ドガーーーーン
空から振ってきた六本の剣に吹き飛ばされ、消えた。
「遠野君、無理しちゃいけませんよ?」
「先輩・・・」
「ほお、教会とやらか?」
信長は物珍しそうに先輩を見た。
「アルクェイド、何ぼさっとしてるんですか! 遠野君を助けなさい!」
「むーーー、志貴なら今の奴等ぐらい軽くのしてたわよ」
「あ、あの代行者〜〜〜、許さない!!!」
「あの代行者」
「ええ、少し気になるわね」
乱花の激昂を無視し、切牙は動く事にした。
ブオーーー
突如回りに黒い穴が開き、そこからワラワラと兵鬼たちが出てくる。
「カッカッカッ、こんな芸当が出来るのは空間女帝ぐらいのものよのお。はてさて、どうしたものかのお?」
そう言いながら、信長は俺を殺す気満々だった。
「秋葉さん、逃げるか戦うかどちらかにしてください」
「わ、私が逃げるとでも!」
「来るわよ志貴」
「ああ、判ってる」
信長は俺とアルクェイド、兵鬼と親玉達は先輩と秋葉がそれぞれ自然に相手することになった。
・・・秋葉は巻き込みたくなかったが、この際しょうがない。
「雨」
突如、そんなセリフが聞こえたと思うと・・・。
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ
空から、銀の棒が振り、兵鬼達を次々に攻撃した。
「私を忘れないで下さいね? 志貴さん」
「・・・ああ、そうだったね」
千鶴ちゃんの援護もあり、ついに本格的な戦いが始まった・・・。
「灰は灰に」
ズシャ
「塵は塵に」
ザンッ
「アーメン」
カアアアァァァッッッ
呪文を唱え終わると、突如シエルの周りが光り出した。
数十体の兵鬼が一瞬で消え去る。
「赤の爆発」
ドゴッッ
「青の凍結」
ピキピキ
「緑の侵食」
ジューーー
「黄の感電」
バチバチバチバチ
「灰の高速」
ザッ!ザッ!ザッ!
「炎、氷、毒、雷、風・・・雨の中ご賞味下さい」
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ
千鶴の、鉛筆を長くしたような銀の棒に、それぞれの特性を宿し、放たれた雨は30以上の兵鬼を葬る。
「私を・・・」
ブワァァーーー
「本気で殺せましたわね!!!」
ズーーー・・・ボロボロボロ
秋葉の略奪により、いくつもの兵鬼が消え去った。
「!!! 千鶴さん、秋葉さん、ココは任せました」
「???・・・あ、そう言う事ですか。不本意ですがどうぞ。ついでに当分帰ってこなくて良いですよ」
秋葉の毒舌に笑いながらシエルは森の中に入って行く。
「随分中が良いんですね?」
千鶴は笑いながら秋葉と背中合わせの位置に立った。
背も年も秋葉のほうが上だが、お互いに頼りにし合っていた。
まだ合って間もなく、混血の遠野家と、退魔の神無月家のコンビだと言うのに・・・。
「何の事ですか?」
「さあ?・・・・・・来ますね」
「ええ」
「カッカッカッ、舐めるでないわ!!!」
ドゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン
俺とアルクェイドは兵鬼の親玉の居る反対の森に入った。
信長の得物は槍。
こう言った場所では槍は圧倒的に不利なのだが・・・。
「何て馬鹿力だ。木を倒しながら進むなんて・・・」
そう、信長は森を進むたびに槍を振るって辺りの木々をなぎ払っていた。
地球環境に悪すぎるぞ!?。
「志貴!」
「くっ」
突如空からカラスが攻撃を仕掛けてきた。
ザンッ
ソイツの頭から下の足までの線をなぞる。
それで終わり。
「しかもネロみたいにカラスを使い魔にしやがって・・・」
どちらにしろ、力馬鹿ではないのは良く判ったが。
「いきなりですね」
「フン、お互い様だろう?」
「ええ、そうよ」
シエルは森で一つの影と対峙していた。
全身を白い服で決め込んだソイツは、一見普通の奴に見える。
そう、一箇所だけ、致命的な物があるが。
「二面相とは・・・変わった死神さんですね」
「・・・」
「あら、ありがとう」
そう、切牙の頭は両面とも顔だった。
同じ顔だが。片や不機嫌そうに、片や嬉しそうにしている。
「・・・ふん、私とてこんな姿は望まなかった」
「とても嬉しいわ」
「あの鬼紅帝のせいで・・・私は体の欠損しあったもの同士・・・妹と融合する羽目に・・・!!!」
「鬼紅帝のおかげで、愛しい兄さんと同じ・・・ありがたいわ」
「・・・」
死神の双子、で性格は180度違うらしい。
しかし、あの妹の方、何と無く自分の嫌みったらしい上司を思い出す。
不快だ。
「・・・・・・代行者、有限転生者は何処に居る? 隠すと為にならないぞ」
「感謝はしてるけど、あの攻撃は熱かったの。ちょっとは復讐しないとね」
「・・・答える義理はありません」
そう言うと、シエルは両手に黒鍵を三本ずつ持った。
「愚かだな、転生体?」
「まったくね・・・でもその体、興味あるわね」
「!!!」
シエルは黒鍵を投降した。
「・・・なるほど、良い娘たちね」
乱花は額に青筋を浮かべながら、言った。
「うふふ、決めた〜。あいつらコレクションに入れよっと」
そう言うと、さらに兵鬼を投入した。
「はあ、はあ、はあ・・・」
「ハーフーハー・・・」
秋葉と千鶴は無尽蔵に繰り出される兵鬼たちに押され始めた。
「この・・・好い加減に!!!」
だが、減らない。
さらに増える。
最早、遠野家の敷地内は兵鬼の群れで埋まっている。
「空間女帝・・・何百体兵鬼を!?」
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ
得意の雨を行っても減らない。
「秋葉さん、後何回略奪できますか?」
「判らないわ・・・でもこれ以上すれば、私が壊れる」
略奪は両刃の剣である。
略奪は熱ばかりだけでなく、その物体の思念も吸収してしまう。
今は秋葉自身がそれを吸収しないようにしてきたが、そう何十回も続けられるわけが無い。
そして、もう一つ、これ以上の混血の力の解放は・・・下手すれば堕ちる。
血の業に・・・。
(もし、隆一がご先祖様なら、問い詰めないとね)
そう思いながら、秋葉は戦う。
「ビビーー」
「認識完了」
「敵捕捉」
・・・疲れてきたようだ。
何か良くない声が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って。
「ちょっと・・・今の!」
「・・・アンドロイド?」
「「「「「発射」」」」」
ドドドドドドド、バキューーーーーーーーーーン、ドゴーーーーーーーーーーーーーーーーン
「・・・」
「・・・」
あっという間に、周りは火の海。
「こ・・・・・・・琥珀!!!」
「あはー、戦力になるんだから良いじゃないですかー」
遠野家の・・・どこかにある部屋(秋葉も知らない)で、琥珀、翡翠、シオン、レンは<メカ翡翠AAA(トリプルA)>軍団の活躍を見ていた。
ドドドドドドド、バキューーーーーーーーーーン、ドゴーーーーーーーーーーーーーーーーン
「・・・姉さんを、凄いです」
「理不尽です、不理解です。私は何も見ていません」
「・・・」
三者三様。
「ロボ!?」
乱花も驚いた。
「・・・何なのよこの屋敷はーーーーー!!!!!!!!」
琥珀が支配する遠野家である。
「・・・良いわよ、そっちが近代兵器なら、こっちは旧時代兵器よ。うふふ、数が違うわ!!!」
「向こうも派手ね」
「みたいだな」
アルクェイドは森を駆けながら、志貴に言った。
「カッカッカッ、面白いのお、この屋敷は。お主等を片付けたら楽しもうかのお?」
ドコーーーーーーーーーーーーン
薙ぎ倒される木々。
「アルクェイド、行けるか?」
「もちろんよ」
俺たちは、夜の森を駆けた・・・。
(94)
<真月の時(現記・闇夜の王)>
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ
千鶴の雨。
ズーーー・・・ボロボロボロ
秋葉の略奪。
ドドドドドドド、バキューーーーーーーーーーン、ドゴーーーーーーーーーーーーーーーーン
100体のメカ翡翠AAAの火力。
「・・・まあ、何とかなりそうですね、秋葉さん」
「ええ・・・・・・これじゃ怒れないわね」
何時の間にか、二人の周りには兵鬼は居なくなり、逆にメカ翡翠AAAが囲んでいた。
『あはー、秋葉様ー。ご無事ですか?』
「・・・琥珀」
秋葉はかなりの頭痛で悩まされた。
まあ、とにかく何とかなりそうだし、良しと・・・。
ビーービーービーー!!!
『敵影補足、距離、五メートル』
「「何処!」」
秋葉と千鶴は辺りを見回すが、五メートルという範囲内は全てメカ翡翠AAAだ。
「上です!!!」
「な・・・」
見れば夜の空に黒い穴が数十個開いていた。
そして、兵鬼達が・・・。
『全機、対空攻撃開始』
バビューーーー
数十機は飛行機能で飛ぶ。
ドドドドドドド、バキューーーーーーーーーーン、ドゴーーーーーーーーーーーーーーーーン
残りが地上からの援護を行う。
落下部隊の第一陣はそれで殲滅された。
・・・しかし。
ブオーーーブオーーーブオーーー
今度はさらに高い地点に黒い穴が無数に開き、兵鬼達が落下してきた。
「うふふ・・・アハハハハハ、頑張るじゃない」
乱花は他人事のようにそれを眺めていた。
「確かに近代兵器は厄介。でもね〜、本当に厄介なのは巨大兵器の類で、小型は数と奇策でどうにでもなるのよね〜」
乱花の目線の先には、徐々に押され始めた秋葉達の姿があった。
「う〜ん、でもこうまでしたんだし、逆にもっと苦しんでもらいたいな〜。そうだ〜、ココでコレクションを投入ね」
『ビビ・・・ザーーー』
『ガ・・ビ・・・』
メカ翡翠AAAは確実に壊されていった。
「さすが14帝1の兵数を持つ<空間女帝>。報告より数が多い」
「琥珀! メカはこれでしまいなの!!!???」
『あ、あはー、申し訳ありません。まさかこれ以上の敵の襲来は予測してなかったので・・・』
「まったくあの子は! 肝心な所が抜けてるんだから!!!」
秋葉は考える。
(このままでは負ける! やっぱり本体を倒さないと!!! でも・・・)
秋葉は自分が信長と対峙した瞬間を思い出した。
圧倒的なまでの力の差。
自分の力で同格と言われる敵を倒せるだろうか?。
ブオーーー
突如近くで音が聞こえた。
それは正面門の方。
「空からと地上から・・・く!」
秋葉はその穴を視界にいれた。
だが・・・。
「え?」
そこから出てきたのは今までの兵鬼とは違った。
「オギャーオギャー」
「バブバブ〜」
「ブーブーブー」
それは、ハイハイをしてくる、赤ん坊の群れだった。
「悪趣味な!!!」
「あのれ女皇!!!」
秋葉と千鶴は怒りの声を上げた。
そのころ、シエルは・・・。
「くっ! 悪趣味な!!!」
「あらそう?」
牙神は笑いながら<ソレ>を投げた。
ソレは・・・人間の頭蓋骨だった。
「ガチガチガチガチガチガチガチガチ」
弾丸の如き速さで頭蓋骨は歯と歯を鳴らしながらシエルに迫る。
「ハッ」
ギンッ
黒鍵でそれを弾く。
頭蓋骨はそのまま弾かれた方に飛ばされ、木に激突した。
「では次ね」
「ガチガチガチガチガチガチガチガチ」
また頭蓋骨。
またシエルは弾く。
「く・・・!」
シエルは歯を噛み締めながら、黒鍵三本を切牙に投降する。
「ガチ」
「ガチ」
「ガチ」
しかし、三個の頭蓋骨が現れ、黒鍵を<噛んだ>。
バギッ
黒鍵の刃は折れ、地面に落ちる。
「あら? もう終わり? まだ兄さんは戦ってないのに」
笑いながら牙神は自身の背中側に顔を向けている切神に言う。
「兄さんは良いの? 戦わなくて」
「ロアの娘の体が気になるだけだ。好きにしろ」
切神は素っ気なく言い、牙神は笑みを浮かべながら言った。
(さて、不味いですね)
シエルは森の中を動きながら考えた。
(一見ただの人の頭蓋骨ですが、アレだけの数があると・・・)
切牙の周りには無数の頭蓋骨が浮遊していた。
弾丸の如き速さを持つそれらが一斉にこちらに来れば、まず防ぎようが無い。
が、森であることも在り、牙神自身の防衛もあり、さらには向こうの戯れもあってか、それは行われなかった。
死神としての驕りもあるかもしれない。
(死神は調停者の意味も持ちますからね、私達(聖職者)と属性が同じ・・・厄介な話です)
魔に対する呪文が意味が無い、と言う事である。
(でも負けませんけどね)
シエルは大きく跳躍し、木々の上に出た。
「数には数です!!!」
バッバッバッ
黒鍵六本が、三段階で投降された・・・。
「カッカッカッ、逃がさぬぞ!」
グゥィンッッッ
槍の風圧で木々が倒れていく。
「カッカッカッ・・・・・・・む!」
「えーーーい!」
倒した筈の木の一本がいきなり動き出し、横に払われるように、信長に向かった。
根元にはアルクェイド。
彼女の馬鹿力で木は一時だけ武器にある。
「舐める出ないわ!!!」
ドッ
槍の突きで、木は二つに割れた。
「そして・・・小僧!」
ブンッ
「ちっ!」
木にしがみ付いていた志貴は、信長の槍を避け、後退した。
「カッカッカッ、気配を全て消すとは驚いたのお。だが手段が見え見え! お主の様な暗殺者はどこでもくっ付きおるからのお。これぞ経験の違いじゃのお」
「・・・」
志貴は無言で信長を見据えた。
「ほう?」
信長は志貴の蒼い目を面白そうに見つめる。
「やはりお主の目は面白いのお。だが・・・肝心な事を忘れておるのお」
ズンッッッッッッ!!!
「く・・・あ」
「う」
志貴とアルクェイドは突如増した信長のプレッシャーに反応した。
「カッカッカッ、お主らワシを誰だと思っておる? 14帝の信長・・・第六天魔王の異名を持つ者! このような小技、片腹痛いわ!」
――――――マズイ
――――――ニゲロ
――――――アレハ
――――――アイツナミニ
――――――ヤバイ
「アルクェイド!!!」
「!!!」
志貴とアルクェイドは左右に跳んだ。
そして、二人の居た場所を凄まじい竜巻のような物が通り過ぎた。
「軋間並に・・・いや、それ以上にヤバイ」
信長のプレッシャーは遠野家の屋敷全土に届いた。
「に、兄さん!」
「志貴さん・・・」
「遠野君」
「し・・・し、し志貴さん」
「し・・・き、さま」
「志貴!」
(シキ・・・)
「さ・・・さ、さすがわ魔帝様」
「なんて、力・・・」
「ち・・・」
兵鬼達やメカ翡翠AAAも一時的に行動を止めるほどだった。
「う、うふふ・・・まあいいわ。・・・む? ほら皆、頑張りなさい」
乱花は指令を送り、兵鬼達はメカ翡翠AAA達に襲い掛かる。
「「「「「「ギーーー」」」」」
「「「「「「!!!!・・・・ビビビ」」」」」
一瞬の停止が命取りだったのか、一気に十数体のメカが壊された。
「オギャーオギャー」
「バブバブ〜」
「ブーブーブー」
その合間を、兵鬼となった赤ん坊達が進んでいく。
「く・・・」
「う・・・」
秋葉と千鶴は躊躇した。
戦う者としてしては決してしてはいけない躊躇を。
人としての情を捨てられない彼女達。
だからこそ未熟。
だが、それが判っていても捨てられない。
すでに人ではない、年端もいかない赤ん坊を見てしまったら・・・。
「千鶴さん・・・いきますよ」
「・・・判ってます」
メカ翡翠AAAはすでに20体近くにまで減少していた。
だが、兵鬼は空から、地上から、縦横無尽に増えながら攻めてくる。
最早外での勝機は無い。
こうなれば屋敷に立てこもり、室内戦を選択するしかない。
琥珀が仕掛けた悪戯や、迎撃用の物もあるだろう。
だが、この物量差では・・・。
『起きよ、食事の時間だ・・・』
それは、門のほうから響くように聞こえて来た・・・。
(95)
<真月の時(現記・闇夜の王)>
暗闇はその者の体
―――――それは強靭な精神
暗黒はその者の巣
―――――それは獣たちの在りか
漆黒はその者の世界
―――――それは原初と変わらぬ者
ズドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・・・・へ?」
森の中で乱花はただ虚をつかれた声を発する事しか出来なかった。
自分の僕が、兵が、奴隷が、突然現れた黒い波に飲まれていったのだから。
グズァ、ザシュ、バキァ、ガキキィ、メキメキッ・・グゴァ・・ベチャ・バキベキィ・・ギグァ、グガァァア、ブチブチ、グバキィズガガガガァァァァッッッッッッッッッ!!!
黒い波の中からは、信じたくない、理解したくない音が聞こえる。
「な、なに? なんなの?」
(この邪皇14帝第9位<空間女帝>と恐れられる私が・・・<無軌道の女皇>とまで呼ばれた私が・・・恐怖している?)
乱花の体が、心が言った。
―――――ニゲロ
―――――アレニ、カカワルナ
「ふざけない・・・・・・ふざけないで・・・ふざけないでェェェェ!!!」
半狂乱になりながら、乱花は穴の中に消えた。
「これは・・・」
「一体???」
秋葉と千鶴は目の前で起きている事が理解できなかった。
黒い、黒い波が自分達を守るかのように囲んでいた。
否、守るではない。
それは、逃がさないように・・・。
ギグァ、グガァァア、グズァ、ザシュ、バキァ、ガキキィ・・・ベチャ・バキベキィ・ブチブチ、メキメキッ・・グゴァ・グバキィズガガガガァァァァッッッッッッッッッ!!!
だが、近くで、目の前で奇怪な音が聞こえた時、秋葉と千鶴はその波が何をしているのかを理解した。
「食べ・・・てる?」
「へ、兵鬼を・・・?」
それは多種多様な動物達だった。
犬、狼、ワニ、鹿、角の生えた馬、三メートルはあろう巨体の怪物、蟹のような蜘蛛・・・他多数。
真っ赤な瞳を除いて、全身が黒いそれらが、夢中になりながら兵鬼たちを喰らっていた。
「う・・・」
秋葉は目眩がした。
とてもじゃないが、良い風景ではない。
「何なのよーーーーーーー!!! アンタ達なんなのよ!!!」
「「え?」」
突如上からヒステリック染みた声が聞こえた。
フワリ、と浮かんだ女性。
秋葉も千鶴もすぐに理解した。
((コイツが兵鬼の黒幕!!!))
「くぅ・・・私のコレクションまで〜〜〜!!! よくも!」
ブオーーーブオーーーブオーーー
乱花が右手を振るうと、幾つもの黒い穴が開いた。
そこから出てくるのはやはり兵鬼達。
「殺してやる! 殺してやる!! 殺してやる!!!」
混乱と怒りで冷静さを失った乱花は、次々に兵鬼達を投入した。
「グオーーーーーーーーーーー」
「ガルルルルーーーーーーーーーーーーー」
「ギグェーーーーーーーーーーーー」
下に居た生き物達は嬉しそうな雄叫びをあげながら、兵鬼達に貪り付く。
「キィィィィィ〜〜〜〜〜!!!」
乱花は奇声を上げながら、さらに黒い穴を増やした。
空中に夜よりも黒い穴が開く。
「皆!!!降下開始!!!」
それこそ、数百体の兵鬼達が、空から降ってきた。
「あ・・・」
「しま・・・」
秋葉と千鶴は思わず嘆いた。
当然彼女達の上にも兵鬼達が降りてくるのだ。
だが・・・。
フッ
突如、秋葉と千鶴の上に影が満ちた。
「え?」
「な?」
その巨体は二人を守るかのように覆いかぶさり、兵鬼達はその巨体の背中の上に落下した。
「グオオオオオーーーーーーーー」
「ブギャーーーーーーーーー」
もっとも、すぐに他の連中が喰らったが・・・。
「こ、コイツら〜〜〜!!!」
そこまでやられて、ようやく乱花は冷静になった。
(オカシイ、一見勝手に暴れてるけど、統制は取れてる! となれば、近くに司令官が・・・)
「落ち着いたか? 空間女帝」
「む!」
乱花のすぐ真下に、その声の主は居た。
それは黒いコートに身を包んだ銀髪の少年だった。
だが、その少年には<右半身>が無かった。
「ふん、まったく、この程度で混乱するとはな。14帝の名が泣くぞ?」
「・・・・・・・ふ〜ん、君が黒幕ね・・・へ〜え・・・・・皆、やりなさい」
ブオーーー
穴から出て来た兵鬼は、一斉に少年・・・<蛇神時矢>・・・すなわち<ネロ・カオス>に、向かって降下した。
「笑止」
時矢の左手が、無いはずの右顎をなぞると・・・。
メキメキメキメキ・・・ズーーー
右半身が復元された。
そして、両手がコートの中に沈むと、中から刀が2本出て来た。
そして、右手を上に伸ばし、左手を下に伸すと・・・。
「斬撃・絶旋風」
ズバババババッッッッッッッッッッッッッ!!!
跳躍と共に竜巻のように時矢の体は回転し、襲い来る兵鬼達を切り刻んだ。
ガブッ、グシャ、ベリッ
刻まれた兵鬼のパーツは当然下の獣たちの餌になる。
トン
時矢は静かに着地した。
「終わりか?」
「キィィィィィ〜〜〜〜〜!!!」
乱花はさらに怒りながら右手を上げた。
ズバッッッ!!!
「え?」
ズバッッッ!!!
「「え?」」
屋敷の玄関口で秋葉と千鶴は同時に声を上げた。
ちなみに、何故玄関口に居るのかと言うと、さっきの巨体が律儀に運んだのである。
それは良いとして、秋葉達の目には、乱花が後から飛んできた何かに上半身と下半身を切断されたのが見えた。
「「・・・」」
乱花はそのまま地面に落下。
(・・・今夜は、私達の世界は、どうなってるのかしら?)
あまりの展開の早さに、秋葉はいっそ気絶したくなってきた。
(・・・お父さん、お母さん、私、この世界でやっていく自信が無くなり掛けてます)
千鶴も同様だった。
(何が・・・起きたの?)
激痛に気がつけば、そこは地面。
自分が地べたに這い蹲っているなど、生まれて始めての経験ではないだろうか?。
「ほう、まだ生きてるか」
「あ・・・」
時矢の右手には直系が2メートルはあるチャクラムが握られていた。
これこそ、乱花に気づかれずに接近し、切断した代物だ。
「まあ、兵鬼便りとは言え、頑張ったな・・・」
時矢が左手の<逆鱗>を乱花に振り下ろそうとすると・・・。
「あひぃぃぃぃぃ」
乱花は無理矢理黒い穴を開け、それを防ごうとした。
ヒュッ
思わず恐怖で目を瞑った乱花は、何が起きたか判らなかった。
「・・・」
何も起きない。
「?」
眼をゆっくりと開ける。
目の前には自分の張った黒い穴。
そっと顔を出し、時矢の姿を見ようとしたが・・・。
「あ・・・れ?」
そこには誰も居なかった。
いや、多種多様な獣達が自身を囲んでは居るが、あの少年の姿が無い。
「???」
(何処行ったの? 確かに目の前に居て・・・・・・・・・・・)
「・・・」
目の前には自分の開いた黒い穴。
「まさか・・・」
(・・・まさか)
まさか、まさかまさか、まさかまさかまさか、まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかマサカマサカまさかまさかまさかまさかまさかマサカマサカマサカマサカマサカマサカマサカマサカマサカ〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!
「イヤーーーーーーーーーーーーーーーーー、出て出て出て出て出てでてでてでてでてでてでてデテデテデテデテデテデテデテデテデテデテデテデテッッッッッッッッッッッッッッッッッッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
両腕を激しくふるって穴を出現させるが、時矢は一向に出てこない。
「ヒィィィィィ、いや、いやーーーーーーーーーーーーーー入って来ないでーーーーーーーーー。私の世界を汚さないでーーーーーーーーーー!!!」
メキッバキッ
ピタリ、と乱花の動きが止まった。
すぐ後ろで、肉を喰らう音。
「ガチガチガチガチガチガチガチ・・・・・・・」
上下の歯を振るえさせながら背後を必死になってみれば・・・そこでは。
―――――自分の下半身が、食べられているではないか
「あひゃ・・・フヒャアアア・・・う、うふふふふふふ、あはははははは」
(奇怪、奇界、異界、不理解、むむむ無理解、無反応、無理、無謀、無茶、不不ふフ、不可能、不全、自然、死然、視界、死界、、、、きょ、拒絶、断絶、超絶、解絶ッッッ)
―――――壊れた
―――――全部、終わった
「ひふへへへへ、あひあははははははは」
フッ
乱花の目の前の穴から、時矢が出て来た。
「・・・他愛無い」
バクンッ
邪皇14帝第9位<空間女帝>(別名・無軌道の女皇)[馬 乱花]は、狂いと絶望の末、死徒27祖第10位<混沌>[ネロ・カオス]により、鬼紅帝を奪うという望みを果たすことなく、その生涯を絶たれた・・・。
「ぬ?」
信長は突如、攻撃を止め、屋敷のほうを見た。
「はあはあ、だ、大丈夫、志貴?」
「ああ、何とかな」
アルクェイドと志貴は少し離れた場所の木の裏を背にし、身を隠していた。
「・・・・・・カッカッカッ、面白いのお。あの女帝が倒されるとはのお」
「アルクェイド・・・」
「・・・アイツの言う通りね。ま、妹達じゃなくて、さっき入ってきた他の奴の仕業みたいだけど」
それが敵なのか、味方なのか・・・とにかく急がねばならない。
「・・・何と無くなんだけど・・・」
「え?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ネロかもしれないわ」
「・・・」
沈黙
「お、おい、ネロがココに来たのか! な、何のために・・・」
「知らないわよ! とにかく、早くアイツを倒して妹達の所へ・・・」
その時だった。
「だったら、僕達が協力してあげようか? 真祖」
「うふふ、良いわねそれ」
「グルルル」
「プーーープーーー」
「「!!!」」
突如目の前に、四体の怪しい奴等が現れたのは・・・。
「ガチガチガチガチガチガチ」
「ガチガチガチガチガチガチ」
「ガチガチガチガチガチガチ」
「・・・・・・・乱花が負けたみたいね」
「みたいだな」
無数の頭蓋骨に囲まれながら、切牙はそこに居た。
「ぐあああ・・・」
目の前には四股に頭蓋骨を噛みつけさせられ、動けないシエルが仰向けに横たわっていた。
「どうしようかしら?」
「・・・・・・まあ、これだけ騒ぎになれば、<今宮隆一>も現れるだろう」
「じゃあ、この娘どうする?」
「・・・・・・取り合えず、バラバラにして持って行けば良いだろう」
「・・・」
シエルは痛みに耐えながら、キッ、と切牙を睨む。
「ごめんなさいね。もう遊んでられないの」
「・・・」
切牙の腕がシエルの胸に・・・。
「見損ないました、切牙様」
「「「!!!」」」
バ・・・ザンッ
慌てて後ろに跳ぶ切牙。
今居た位置に、鋭い刀が通り過ぎた。
メキッ
突如、切牙の<牙神>の顔が<切神>になる。
「・・・華連、邪魔するのか?」
そこにいたのは、紅き死神、閻魔華連。
「華連さん・・・」
「ハッ」
ビュッ
華連が刀を振るうと、シエルに噛み付いていた頭蓋骨は全て消え去った。
「代行者? 立てますか?」
「ええ、何とか」
「・・・華連、もう一度聞く。邪魔をするのか?」
「必然です」
「・・・・・・・・・・・・・恩知らずが」
「切牙様が進言してくれたからこそ、私はこの町に来れました。それは感謝します。しかし、法を犯すのであれば、貴方とて・・・」
「・・・」
華連には迷いは無かった。
(96)
「ぬ?」
敵の気配を探りながら進んでいた(その度に木々が倒れる)信長は、奇妙な気配が四つ居る事に気がついた。
「カッカッカッ、西洋の鬼姫(アルクェイド)の使い魔かのお? カッカッカッ、面白い。捻り潰してくれるわ!!!」
信長は槍を水平に構えると、槍に力を集めた。
単純な、自身の鬼気を得物に与え、攻撃するもの。
ヒューーー
先程とは段違いの力が槍に集束する。
「カッカッカッ、ゆく・・・」
―――――ドクン
「ぬ?」
信長は撃つ体勢のまま、固まった。
―――――ドクン
「ぬぬぬ?」
―――――ドクン
その凄まじいプレッシャーは、現れた純白の姫君の物だった・・・。
ガッ、キッ、キィィッ、キキッ、ギンッ、ギンッ
「ハッ!」
「ぬ!?」
華連の猛攻に、切牙は僅かに後退した。
切牙の手には棒が握られていた。
2メートルはある棒の両端には鉄球が着いていた。
これこそ、切牙の片割れ、切神の<心具>だった。
猛攻、と言う点ではこの鉄球棒の方が適していた。
だが、華連は刀を突きの構えにして使った。
先手を奪われた切牙は、防御に徹するしかなかった。
「おのれぇ、舐めるな華連ッッッ!!!」
切牙は防御の隙間を狙ってくる刀の刃を確認すると・・・。
「ハァッ!」
「!」
その刃を避け、一気に華連に密着するような形になった。
僅かに無防備になった華連に、切牙はそのままタックルをする。
「ガッ」
強い衝撃で、華連は僅かに浮きながら跳ぶ。
そこを・・・。
「ハァッ!!!」
切牙は大きく鉄球棒を横に振りかぶり、なぎ払う形で華連に追撃した。
ブンッ
「!?」
だが、それは空を切った。
華連が咄嗟に地面に寝るような形で降りたからだ。
「イェェェェーーーーーーーーー!!!」
華連はその地面に倒れる瞬間に一回転し、反動をつけた剣線を切牙に向けた。
ギンッ
だが、その過程で切牙は鉄球棒を戻し、それを防ぐ。
そして、カウンターとして鉄球棒を振り上げようとしたとき・・・。
ガッ!ギンッ!
突如、華連の体が宙に舞った。
華連は自分の刀と、切牙の鉄球棒の当たっている部分を支点に力を入れ、そこを力点として宙にまで回ったのだった。
それは、<心具>と言う死神特有の武器だからこそだった。
心さえ折れねば決して折れぬ品。
故に折れやすいはずの刀を、時には思いきりぶつけられるのだった。
タッ
華連は木の上の枝に着地した。
「おのれ華連・・・」
忌々しそうに切牙は言った。
「変わりましょうか?」
後で牙神が切神に言った。
「するわけが無かろう!!! 小娘一人にこの切牙が負けるわけが無い!!!」
「・・・」
華連は侮蔑染みた目線でそれを見下ろしている。
そこに・・・。
ビュッ
「ぐ・・・」
ギンギンギンギンギンギン
六本の黒鍵が空から降ってくるが、切牙は冷静に弾く。
「本当に傷の具合は良いようだな、代行者」
「ええ、お陰さまで。あの頭蓋骨、噛まれると痛いですけど、毒とか塗ってありませんしね」
華連とシエルは醒めた口調で言い合った。
お互いに仲良くする義理は無いらしい。
「・・・代行者か・・・」
「切・・・私もでましょう。このままでは埒が明かないわ」
「・・・仕方あるまい」
メリッ
そんな音がすると、切牙の頭は直角になった。
右に切神、左に牙神の面がそれぞれ来る。
「随分と歪ですね」
シエルの感想に、華連は頷いた。
「だが、お二人の特性を混ぜ合わせた攻撃は正直疲れる。代行者、こちらも共同戦線と行こう」
「元からそのつもりです」
「ぬおおおおおおッッッッッッーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
信長は雄叫びを上げながらアルクェイドに突っ込んだ。
凄まじい・・・それこそ遠野家の屋敷を一発で吹き飛ばしかねない、槍の一撃。
「はあああッッッッッッッッ!!!!!」
アルクェイドは両手を前にかざす。
すると、何か白銀の盾の様な塊が出て来た。
ギィィィィィッッッッ・・・・・・・・・・・・・・バキンッッッッ!!!
槍と盾はぶつかり合い、砕け散った。
そう、両方とも。
「ぬぬ!!!」
信長は大きく後ろに跳び、15メートルぐらい先で止まった。
「カッカッカッ、驚いたのお。先程とはまったく力の気配が違うのお。これならば最強と謳われるのも納得するのお。カッカッカッ」
信長は豪快に笑いながら言った。
「随分と余裕ね。貴方もうすぐ死ぬのに?」
力の戻ったアルクェイドは自信満々に言った。
「・・・・・・僕達も頑張ってるのに」
「良いじゃない、あそこまで弱ったのは半分くらい私達の責任ですもの」
「グル(まあな)」
「プーーー(面倒だけど)」
上から、シルフ、ウンディーネ、サラマンダー、ノーム。
四大精霊の皆さんは色々言いながらアルクェイドに力を送っていた。
(しかし・・・あのネロ、言われてみれば確かに子供だったな・・・・・・良い奴だったのか?)
俺達は一度公園で新しいネロ・カオスに酷い目に合わされてる。
アルクェイドに至っては、この四大精霊に世界からの力の供給を遮断され、逆に奪われる羽目になり、ネロに敗れ去った。
しかし、今度はその四大精霊達がアルクェイドを助ける始末。
まあ、止め刺さなかったし、俺の事も・・・その・・・。
『お姫様を助けに来た勇者様のくさ〜いセリフを聞いた悪者は逃げる。ただそれだけだよ』
「・・・」
何言ったかは自分でもよく覚えていないが、うんなことを言われた・・・。
(うん、良い奴だ)
俺がそんな事を考えていると、信長はさらに笑った。
「カッカッカッ、言うではないか。だがのお、本気で勝てるとでも思っておるのか? この信長に!!!」
「ええ、思ってるわ」
「カッカッカッ、なるほどのお・・・良い女子じゃ。カッカッカッ、ならば・・・本気でゆこうかのお?」
ズドンッッッ
瞬間、さっきよりさらに凄まじいプレッシャーが掛かった。
「くっ!」
「うっ!」
ビュッビュッビュッ
飛来する頭蓋骨の群れに、シエルと華連は苦戦しながら移動する。
「まずは貴様だ! 華連!!!」
切牙の鉄球棒が華連に迫る。
「甘いっ!」
ギンッ
それを刀で弾く華連。
だが、鉄球は棒の両端に着けられている。
回転を利用した追撃が・・・。
「セブン!!!」
「「!!!」」
瞬間、切牙の対象はシエルに変更された。
ビュッビュッビュッ
頭蓋骨達が華連に集中する。
「ちっ!」
これで華連一時的に攻撃できない。
「コードッ・・・・」
だが、切牙の方が早い。
ブンッ
「くっ」
ガンッ
鉄球を第七聖典本体でガードするシエル。
(い、イタイです〜)
(我慢しなさい!!!)
ななこの苦情は即却下された。
「あらあら、可愛い声ね」
(ひ、ひえ〜)
ビュッ
第七聖典は消え、シエルは後退した。
スパッ、スパッ、スパッ
幾つもの頭蓋骨が一刀の元に切り捨てられる音。
華連の周りにあった頭蓋骨は消失した。
「はあ、はあ」
華連は片で息をしながら後退した。
「フッ、どうした華連? 先程までの威勢が消えかけているぞ?」
「クスクス、華連ちゃん? その程度ではお兄さんは倒せないわよ?」
ピクッ
「お兄さん」の部分で華連は反応した。
「・・・あのような男を・・・兄と呼ぶなッッッ!!!」
華連は怒声を言いながらも、踏みとどまった。
以前の彼女なら、感情のままに突っ込んでいただろう。
しかし、武忌と戦って以来、僅かに成長したのか、自身を抑えている。
・・・・・・この成長は、本人にとってはとても悔しいだろうが。
「ほう、来ないとはな。少しは成長したか」
「そうみたいね」
左右に分かれた面がそれぞれこちらを見ている。
正直気持ち悪い。
「ふむ、しかし華連、何故アレを使わない」
「・・・」
華連は無言のまま切牙を睨んでいた。
「そうね。どうして固有結界を使わないの? 華連?」
「な・・・」
シエルは驚いた。
魔術の果ての一つ。
禁忌の中の禁忌の秘術。
目の前の死神はそれを扱えると言う事に・・・。
「・・・・・・貴様ら程度に、使う必要は・・・無いッッッ!」
華連はそう言うと、再び切牙に接近した。
固有結界<業火死海>。
指定された場所の地面から炎がランダムに発生する結界。
一面に無軌道に表れるので、使用した本人さえどのような形で炎が出るのか判らないので、本人さえ危険なもの。
華連本人はその範囲から外に出てそれを発動していた。
心情を具現し、自らの世界を作り出したというのに、華連本人は逃げ出さねばならないもの。
その矛盾。
だが、それが理由で華連は使わないわけでは無い。
(私は、この力に頼りすぎる・・・)
必殺の代物のため、それが回避されれば負ける。
武忌はその良い例だった。
奴の直死の眼は結界を殺せる。
そこで終わり。
昼間も<朱 妖輝>に使用したが、結果はギリギリの勝利。
・・・私は・・・武術では負けていた。
ギンッ
弾かれ、華連は後退する。
「・・・」
『君は・・・弱い、それがわからないようじゃあ・・・』
不快な奴の・・・声が聞こえる。
『一生、僕には勝てない』
「・・・」
(弱い?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだな)
スッ
華連は動くのを止め、その場に留まった。
「うん?」
「あら?」
「・・・」
華連は刀を下げ、瞑想した。
(あれは・・・確か・・・)
『見えなかった・・・だろう?』
(確かに・・・見えなかったが・・・)
『まあ努力すれば見えるだろうけど・・・』
(奴は刀真横にし、首の後ろに持ってきた・・・)
『避ける事は出来ないよ・・・今の君ではね・・・』
(ああ、不本意だが、貴様の言う事は正しい)
「何のつもりだ華連?」
「・・・諦めたの?」
「デェヤッ!」
シエルの掛け声と共に黒鍵が投降される。
ビュッ・・・ギンギンギン
応戦する切牙。
だが、二人の注意は華連に向いていた。
『避ける事は出来ないよ・・・今の君ではね・・・』
・・・
「ああ、そうだな、今のままでは決して避ける事は出来ない」
華連はそう言うと、刀を真横にし、首の後に持ってきた。
そして、再び瞳を閉じた。
「ぬりゃあああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
雄叫び、大地が揺れる雄叫び。
ビキビキビキ
信長の体が、人の姿から化け物へと変貌する。
否、存在自体が化け物に、今更人も化け物も無い。
―――――コロセ
―――――アレハ、テキダ
―――――コロセ
「・・・」
腕や足は二倍ほどに膨れ上がり、黒かった体は、所々赤い模様が出て来た。
体も大きく、三メートルくらいの化け物になった。
しかもご丁寧に、頭から2本の角。
まさに・・・鬼。
「・・・」
不味い。
今まで細かった<線>がさらに細く、数も減った。
<点>はまったく無い。
「カッカッカッ、ワシヲ、タオスダト? オロカモノガーーーーーーーーーーー!!!」
ドコンドコンドコンドコン
大きな音を出しながら、信長はアルクェイドに向かった。
「舐めないでよね!!!」
ズドーーーーーーーン、ズドーーーーーーーン
互いの一撃一撃が大気を震わせる。
「あ、く・・・」
近寄れない。
あの場所は別世界だ。
近づいただけで細切れにされかねない気迫。
ズタズタにされかねない殺気。
これでは・・・死ぬ。
―――――ドクン
「あ、アルクェイド・・・」
ズドーーーーーーーン、ズドーーーーーーーン
―――――コロセ
(それは何を?)
―――――マ、ヲ
―――――コロセ
―――――テキヲ、コロシツクセ
―――――ソノタメノ、メデアロウ!!!
「・・・」
志貴の体は、無音で跳んだ。
辺りの激しい音の中で、唯一、無音で、芸術的に。
「む!?」
「? どうかしたの?」
切神は何か感じ取ったようだが、牙神は何も判っていなかった。
「・・・」
―――――トクン
静かだった。
これはあの男の技。
それに助けられる。
なんと言う屈辱。
―――――トクン
なのに、この静けさは何だ。
研ぎ澄まされる五感。
なのになにも起きていない無音。
この感覚。
―――――トクン
(今のままでは・・・あの業(わざ)は見えない。だが・・・)
「見てみせる!!!」
華連が両目を開く。
刀に、力が篭ったかのように重く・・・だが、神速の域で振るえる様な感覚を感じた。
「させるか!!!」
「え? え?」
切牙は上に跳び、体勢を不規則に動かしながら迫る。
ズドーーーーーーーン、ズドーーーーーーーン
轟音が鳴り響く。
「カッ!」
「う・・・」
アルクェイドは苦悶の声を上げた。
あまりに強い信長の気迫。
それは大気を狂わせ、世界からの供給も、一時的に麻痺させたのだ。
その一時的こそ、絶対的な不利。
「あぐ」
体が悲鳴を上げた。
「カッカッカッ、終わり也!!!」
信長の右拳に、今まで以上の力が篭る。
(し・・・き・・・・・・・・・・・・・・え?・・・・・・志貴!?)
アルクェイドの眼には、信長のすぐ真上に居る志貴の姿が映った。
(邪魔だな)
アルクェイドと信長のぶつかり合いは、気迫だけではなく、その力が流動し、一種の近寄れないベールに包まれていた。
だが、そこまで集まれば・・・。
(容易く、殺せる)
ヒュッ
切り裂かれた空気が、道を作る。
それは蜘蛛の如き動きで信長の頭上に迫る。
―――――それはもう一年近く前の話
―――――俺より一歳年上の七夜志貴に俺は出会った
―――――確か、学校でアルクェイドに殺されかけた時だったはず
―――――だが、そうなったのは確か、アルクェイドを怒らせたから・・・
―――――そう、満月なのに・・・
(<線>を、切断したんだから・・・)
(超えるために!!!)
(殺すために!!!)
「「視なくてはならないッッッ!!!」」
ヒュッ
スッ
離れた場所で、二人の声は重なった。
片方は紅き死神。
片方は蒼き死神。
まったく違う、されど、同じ理由で・・・。
「馬鹿な・・・」
「う、うそよ・・・」
ドサッ
切牙は・・・否、切神と牙神は、そう言いながら、倒れた。
「・・・」
華連は二人の目の前に立っている。
いや、二人の倒れた場所が、華連の目の前だった。
ただそれだけの事。
「・・・・・・代行者」
「・・・何でしょう?」
華連は切牙をじっと見ながら言った。
「早く行かないか? 愛しい男が待っているのであろう?」
「・・・そうですね。では失礼します」
バッ
シエルは飛び去った。
「・・・・・・燃えろ」
ゴーーーーーーー
華連の声と共に、炎が切牙の体を焼いた。
「・・・・・・だが、私ではあの男は倒せないのだろうな」
寂しそうに言いながら、華連は自分の力を認めた・・・。
「カ・・・カッ、くく・・・カッカッカッ、驚いたのお」
地面に落ちている何かが言った。
「し・・・き・・・」
アルクェイドは呆然とその場に立っていた。
「はあ、はあ、はあ」
志貴は片で息を整えながら、地面に落ちた<それ>を凝視している。
ドサッ
信長の体は頭とは逆方向に倒れた。
「カッカッカッ、弱い人如き侮ったのが失敗よのお。カッカッカッ、否、その双瞳こそ敗因かのお?」
心底愉快そうに信長は笑う。
「・・・アルクェイドが、アンタを引き付けてくれていたから、出来たんだ」
「カッカッカッ、何を言うか、これは戦。手段はどうであれ、小僧の勝利は変わらん。カッカッカッ、有限転生者に再戦を・・・と思ったが・・・」
パラパラパラ
「これでは結果は、見えておったのお・・・カッカッカッ」
パラパラパラ
信長は体ごと崩れていく。
「ぬ?」
だが、その途中、信長は再び怒りの形相をした。
「おのれ・・・貴様!!!」
「え?」
「何だ?」
アルクェイドと志貴は辺りを見渡すが、誰も居ない。
「我が糧と思っていたが〜〜〜、この身が貴様の〜〜〜・・・鬼姫!!! 小僧!!!」
信長は大声で言った。
「第1位はすぐそこに居る!!! 倒さねば承知せんぞおおおおおおおおおお!!!」
そして、信長は完全に塵となった。
だが、その塵は風に巻かれ、上空へと飛んでいった・・・。
(97)
「なるほどな、その<鬼紅帝>を求めてやってきたのが信長か・・・・・・なるほどなるほど・・・」
「「・・・」」
目の前の黒いコートの少年は腕組みをしながら考えている。
取り合えず、本当に敵では無いらしい。
「あ、あのー」
横に居た千鶴さんが少年に話しかける。
「何だ?」
「あの、貴方は結局どちら様なのですか? 何故助けてくれたのですか? 後、私達他の皆さんの援護に行きたいのですけど・・・」
「・・・・・・助けにいくほど、お前達の仲間は弱いのか?」
「それは・・・」
確かに、あの真祖であるアーパーや、カレー司教はそう簡単に負けるとは思えない。
「残りの二つだが、何者かは・・・・・・まあ、落ち着いたらだな。色々混乱するし。何故助けたかだが、頼まれたからだ」
少年は顔を門の方に向けた。
「・・・・・・まさか、俺が遠野家と退魔の者を助ける事になるとはな。世の中判らない物だ」
「・・・遠野家に、何か恨み言でも?」
私の問いに、少年は振り向きもせずに言った。
「遠い昔、一族を滅ぼされた。・・・・・・ただそれだけだ」
「・・・」
この少年も、私達の行った事の犠牲者だった。
私は、当主として何を・・・。
「あ、あ、あのーーー!!!」
千鶴さんが突如声をあげた。
「な、何だ?」
「そ、そ、その、頼んだ人って・・・隆一君ですか!?」
「・・・・・・ああ、そうだけど」
「う〜ん、良い夜風だね〜」
建設途中のビル<シュライン>の屋上で、閻魔武忌は強めの夜風を浴びながら、ただそこに居た。
「・・・・・・残念だね〜、もう偽りの月は出ないのかい? ククク」
2メートルの長身、さらに頭には黒いシルクハットが彼の背をより高く見せている。
全身黒の統一された服装は、ビルの屋上の闇に溶け込んでおり、町明かりがなければ常人でもその姿に気づきにくい。
「ハハハハハハハハハ、良いね良いね〜、遠野家の戦いもクライマックスみたいだね〜。さてさて、隆一君。君はどうやって戦いを静めるんだい? 僕に見せて欲しいな〜。繰り返される歴史の墓標から君は・・・君たちはいつも現れる。でもね隆一君、君の能力で扱えるのかな〜? 邪皇の力を・・・ああ、扱えて欲しいな〜。そして、僕を楽しませて欲しいな〜・・・・・ハハ・・・・・・ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
聞いた者全てが嫌悪する笑いをしながら、武忌は高み見物と洒落込んでいた。
「・・・・・・要するに、貴方は隆一の古い友人な訳なのですね」
「・・・まあ、そう言う事にしといてくれ」
要約すると、この少年・・・蛇神時矢・・・と言うらしいが、隆一と小学校時代の友人らしい。
彼は昔はもっとまともな混血だったらしいが、色々あってこの体になったらしい。
・・・肝心な所は暈しているみたいだが、今は非常時なので仕方ない・・・はっ。
「て、そんな事をしている場合じゃない! 兄さんを助けないと・・・」
「落ち着け当主! お前等二人では倒せない事ぐらい判るだろう!!!」
「ぐ・・・」
「あ・・・う」
そうだった、私は信長相手にまったく動けなかった。
(私が行っても・・・しょうがないか・・・)
「うん? あー、そこの退魔・・・」
「神無月千鶴です。なんですか?」
「そのナイフは何だ?」
(でも、これで隆一の反転疑惑は完全に晴れたわね!)
「あ、これは・・・なんと言いますか・・・一般人が持ってて危ないので回収したものです。これが何か?」
「・・・・・・少し、見せてくれないか?」
「はあ・・・」
(・・・・・・でもそうなると、私達を襲ったのはやっぱり・・・)
「・・・・・・」
「?」
時矢はじっとそのナイフを見ていた。
(閻魔武忌。華連さんのお兄さんらしいけど・・・・・・許せないわね)
「助けたお礼に貰って良いか?」
「え、あ、良いですけど・・・別に普通のナイフだと思いますよ?」
「・・・まあ、一見な」
スッ
黒いコートから黒いカラスが出て来た。
「届けろ」
「?」
「え?」
バサバサバサバサバサ
カラスはナイフを咥えると、どこかに飛んで行った。
「・・・」
(あのナイフ・・・どこかで?)
「あの、どうするんですか?」
「うん? いやな、遠野家製の物の様だから、渡して置こうと思ってな」
(遠野家製・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
「あ、あれは!!!」
「秋葉さん?」
「当主?」
「何故アレがココに有るんですか!!!」
「ふ〜ん、有難な、時矢」
「・・・」
バサバサバサバサバサ
仕事を終えたカラスはそのまま飛び去った。
「・・・」
そのナイフは、一見普通のナイフだ。
だが、ほんの僅かだが、何故か懐かしい物を感じ取った。
本当に、微々たる物だが・・・感じ取れた。
(ナゼダ)
「・・・」
バッ
俺は再び跳んだ。
(ナゼダナゼダ)
バッ、ビュッ、ビュッ
木を、家の屋根を、電柱を乗り越え、目的地に向かう。
(ナゼダーーーーーーーーーーー。ナゼダナゼダナゼダナゼダナゼダナゼダナゼダナゼダナゼダナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼェェェェェェェェェダァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーー)
「うるせえよ、遠野隆一」
(キサマーーーーーーーーーーーーーーー!!! オレノイシ、オレのオモイヲォォォォォーーーーー!!!)
「・・・あいにく、俺は・・・」
「今宮隆一なんでね!」
「・・・・・・どうしてだい?」
「は?」
シュラインビルの屋上。
二人は遂に再会した。
「どうして君がココに来れるんだい? どうして君が僕を選べるんだい? 何故? なぜ? ナゼ???」
「・・・」
(モドレ!!! ナゼオレニ、サカラウ!!! ナゼオレヲウケイレナイ!!!)
「・・・はあ〜」
隆一は、内部で暴れるもう一つの存在と、それを知る者の言葉の二つに深く溜息した。
「・・・・・・閻魔武忌。俺はお前を許さない。それだけだ」
「・・・・・・・・・・ククククク・・・・・・ハハハハハハハハハ・・・・・・・ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒーーーーーーーーーーーーーーーー、ああ、良いよ隆一君。君最高だね〜。青い果実だとばっかり思ってたけど・・・君、立派に赤く・・・紅くなってたみたいだね〜」
「フン」
話は終わったとばかりに、隆一は右手を広げた。
スーーーー
それは始めからそこに有ったかのように出現した。
今まで使っていた短刀でも、先程渡されたナイフでもない。
全体の長さは85センチ程あり、太刀のような形状。
まさに本物の小太刀。
柄も紅一色だった。
「・・・・・・へえー<消化吸収>の能力、使いこなせるようになったんだ〜」
「・・・」
隆一は不快そうに離れた場所に居る武忌を睨みつけた。
「秋葉!!! 千鶴ちゃん!!!」
森から出て一目散に秋葉達の居る場所に向かうと、そこに銀の短髪に、黒いコート着た少年が居た。
「兄さん! 無事だったんですね!」
「・・・」
「・・・」
俺とネロはただ静かに睨み合っている。
ザッ
俺の横にアルクェイドが降りた。
「・・・・・・協力には感謝はするわ。貴方の援護が無ければかなりきつかったもの」
「礼なら隆一に言え。あの大馬鹿者の頼みでもなければ、助ける気など無かったよ」
「「隆一!?」」
ネロの口から、隆一の名前が出るなんて・・・。
バッ
「それは本当なんですか? ネロ・カオス」
俺のすぐ後ろに、シエル先輩が現れた。
「・・・・・・こんな事で嘘なんてつく訳ないだろうが! はあー、何してんだろ、俺も私も・・・・・・はあー」
「「「・・・」」」
どうやら、本当らしい。
「隆一を知っているのか!!!!!!!」
「え?」
その声に振り向くと、華連ちゃんが俺を跳び超えて、ネロの前に降りた。
「は?」
「答えろ!!! 隆一は何処に居る!!! 無事なのか!? 反転してないのか!!?? 生きてるのか!!!」
ネロのコートを掴んで、揺する華連ちゃん。
・・・何で混沌に溶け込まないんだ?。
「あーーー、そのだ、アイツは・・・・・・・・」
と、ネロが言いかけたときだった。
ビーーージジジジジーーーーーー
「む?」
「何?」
「しまっ・・・」
「嘘!」
「ычйжпδζμлглжфцыпδζμлгфцыычййжпδζμлглййжгеж」
「何だこれ!?」
まるで頭に響くような雑音。
一体・・・・・・・あ!?。
「だ、第1位!? 本当に・・・」
アルクェイドがそう言った瞬間・・・。
ズーーーーーーーーガアーーーーーーーーーーーーーーギィィィィーーーーーーーーーーーーーーー
「μлглййжпжфцыпδζμлгычйжпδζμллгфцыычфцыпδζμлгфцыычййжпδζμычййжпδζμлглййжгежычйжпδζμлглгычйжпδζμллгфыычфцыпδζμлгычййжпжпδζμлглгычцыычййжпглжфцыпδйжпδζμллгфцыычζμлгычйжпδζμллгфцы」
「あ・・・ぐ・・・」
頭が、割れそうな音・・・違う、声がガンガン響く。
バッ
突如、屋敷の扉が開かれる。
「み、皆さん、ご無事・・・ですか?」
「は、早く中に・・・」
琥珀さんと翡翠が不快な音を我慢しながら言ってきた。
「あ、貴女達、何をしてるの! 早く屋敷の地下に・・・」
と秋葉が言いかけたが・・・。
「秋葉、それはあまり意味がありません」
シオンの冷静な声に遮られた。
「シオン?」
シオンはゆっくりと空に目線を向けた。
「狩人の長。偽りの月の元凶。夜の眷属に対抗する闇の眷属の支配者。なるほど、確かに再び降臨するには生贄が必要ですね」
俺も耳を押さえながら夜空を見上げる。
ゴーーーーーーーーーーーーー
「あれは・・・?」
何かが・・・夜の闇を遥かに凌駕する漆黒の渦が、そこに広がっていた。
「まさか、第1位が・・・復活するとは・・・」
華連ちゃんが忌々しそうにそれを睨んでいる。
「第1位・・・別名<闇夜王>・・・神の目を持つ名も無き邪皇・・・<神眼帝>よ!!!」
その渦は、次第に形をなしていく。
例えるならそれは黒い巨大なアメーバだ。
粘着性のある動きが夜空を支配していく。
そして、その中心に、何かさらに黒い物が・・・存在した・・・。
(98)
ビーーーーーーーーーーーーーーーン
甲高い音と共に、あの声が止んだ。
「さすがねシエル」
「貴女に褒められても嬉しくありませんね」
ネロの皮肉に、シエル先輩は無表情で返した。
「さすがに・・・きついな」
華連ちゃんも、何かしたらしい。
「えーと、何が?」
「シエルさんと華連さんが合同で結界を張ったんです。バックアップとしてアルクェイドさんがついてますけど」
意味が判らなかった俺に、千鶴ちゃんは教えてくれた。
「ちょっと、琥珀!? 翡翠!? 何してるのよ!!!」
「!!!」
秋葉の言葉に振り向くと、結界の外で琥珀さんと翡翠が倒れていた。
「琥珀さん!!! 翡翠!!!」
俺が出ようとすると・・・。
「志貴! 落ち着け!!!」
汗まみれの華連ちゃんが俺の腕を掴んだ。
「離せ! 早くしないと・・・」
「あまり騒ぐな。五月蝿い」
ネロの声が外からした。
バッ
見れば、ネロが黒いコートを振りながら、琥珀さんと翡翠を吸い込んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・テメエエエエエエエッッッッ!!!!!」
俺が結界を殺そうとすると・・・。
「志貴ッッッ!」
バチンッ
アルクェイドの平手が、俺の頬に当たった。
「ある、くぇいど?」
「あの二人は死んでないわよ! ただ混沌の中のほうが安全なだけ! でしょう? ネロ!」
アルクェイドの言葉に、外に居るネロは疲れきった表情で頷いた。
「まったく、周りが動じてないのだから気づけ。ちなみに錬金術師も夢魔も居るから安心しろ」
「・・・良かったー」
ヘタリ
俺はその場に尻餅をついた。
「しかし・・・アレは何だ? 誰かが第1位と呼んでいたが・・・本当にあんなのが<神眼帝>なのか?」
ネロの目線は、夜空に浮かぶ、黒い物質に注がれた。
大地にそびえ立つ冷たい塔の頂上。
そこから流れ出る金属音を聞く者は、その行為を行う者達のみだ。
ギンッ、ガンッ、ギィッ、ギンッ、ギィッギィッギィッ、ギンッ、ガンッ、ギンッ、ギィィィッッッン
甲高い音共に両者は離れる。
「なるほどね〜、君は君で僕の<心具>を利用して訳だね〜。さすが隆一君〜」
余裕の声で武忌は言った。
「・・・」
答える必要性は無い。
俺が今右手に持っている紅い小太刀は、今まで愛用した短刀に、時矢が送ってくれたナイフを混ぜ合わせた物だ。
どうやって混ぜ合わせたか?。
それは・・・。
「なるほどね〜、確かに君の消化吸収能力は厄介だしね。僕も君の血液を顔面に浴びた時は・・・・・・ククククク、大変だったな〜」
俺の能力は武忌の言ったとおり<消化吸収血液>である。
読んで字の如く、俺の血はあらゆる物を取り込める。
まあ、あくまで俺の体に入りきるものだけど。
この小太刀はそう言った経緯を得て、このような形になった。
(くっ、武忌には全部ばれてるのか。俺の中に居座りやがって!!!)
(・・・ダカラ、ヤメロトイッタダロウガ!!! ハヤクモドレ!!! ヤツガ、ヤツガ・・・)
(・・・)
五月蝿く喚く<遠野隆一>。
こんなのが、遠野家のご先祖様とは・・・世も末だ。
あの爆発後、俺は衝撃のおかげか判らないが、大体の事は思い出した。
反転者にして紅赤朱<遠野真紅>のした事。(真月の時(戦国記・紅蓮の王) 参照)
(・・・あんだけ酷い事やらかした奴が、俺の中に居たとは・・・腹立つな)
(ダマレ!!! オレノオカゲデ、第1位ハ、フッカツシナカッタノダゾ!!!)
狩人の主、全ての黒幕、
邪皇14帝第1位<神眼帝>(別名・闇夜王)[ ]。
名も無き最悪の鬼帝。
それの復活が田坂先生達の望み。
そして、その復活を阻止するのが、コイツ(遠野隆一)の仕事だった。
「この世界には都合により消失した大陸がいくつもある」
華連ちゃんは上空を睨みながら語りだした。
「ムー大陸、アトランティス・・・などが有名だな。どちらも高度な文明を持っていた。ゆえに滅んだとも言えるがな。当然、消え去った大陸の全てが人々の伝承に残っているとは限らない」
「つまり、あの邪皇は世界に消されたはずの者の生き残りな訳か」
アルクェイドもまた、夜空を睨みつけている。
「そうだ。まあ、死神の歴史にさえほとんど残されていないから、どのような大陸かは知らないがな。いや<残そうとしなかった>可能性もあるが、今は止そう。とにかくアレは世界が否定するほどの存在だった。だが、もちろんアレを滅ぼそうした者が居た。それこそが・・・」
「君の内面に居る<遠野隆一>君。邪皇14帝第13位<鬼紅帝>(別名・有限転生者)だね」
武忌は右手のみで刀を持ちながら言い放った。
「・・・」
俺は無言で武忌の隙を伺った。
武忌の刀は刃だけで2メートル以上はある長刀。
それを軽々しく片手で扱っている。
「では、何故その<鬼紅帝>が転生者として生きているか? それは・・・」
「<闇夜王>はその名の通り闇夜、すなわち新月の時こそ真価を発揮できる闇の眷属の王だ。当然、究極の一、夜の眷属の王<朱い月>とは対立する。そして実際に対立した。それほど強力な存在だった<神眼帝>を倒す、それは魔法使いでも怪しい物だ。ならば、どうやって倒すか? 簡単だ。倒せる手段が出来るまで、奴を発現させないようにすれば良い。
幸いにも、<闇夜王>は<朱い月>と違い、徹底的に世界に否定された存在だったしな。生贄柄なくして発現は難しかった。だが、それを探るには膨大な時間が必要だった。その時の<鬼紅帝>はな、鬼ではあったが、決して人は襲わなかったという。だが、贄なくして鬼は存在できない。そこで奴は考えた」
「・・・自我を持ちつつ、自己保存の方法、それで転生者になったわけね」
アルクェイドの発言に華連ちゃんは頷いた。
「そして選ばれたのが遠野家の開祖だ。まあ、相性や色々理由があったのだろう。とにかく・・・」
「<オレ>と称するもう一人の君は、転生し続けた。だが、君は判っていた。魂も力もいずれ劣化するもの。だからこそ不完全の<有限転生者>。だろうね。<アカシャの蛇>のバックアップは真祖だったけど、君は<鬼紅帝>の力しか無かったし。と言う訳で今まで頑張ったみたいだけど・・・」
「最初は純粋でも、転生は人の善悪を取り込んでいく。そして、人は悪意に染まりやすく、<鬼紅帝>自体魔だった。狂人になるのは当然だったわけだ」
「では、私達の反転衝動は・・・」
秋葉の質問に、華連ちゃんは首を振るった。
「まあ、それの影響も否定はしないが、反転衝動は結局人が力を扱いきれなかったからだ。先祖還りなどと呼ぶが、先祖の意思はないのだし、結局人の業だな。と、話が逸れた。何代目かは知らないが、鬼紅帝は代を重ねるごとに狂って行った。それでも辛うじて<第1位の復活阻止>はあったらしいが、人を喰らうわ、死神を返り討ちにするわ・・・まあ、死人は出なかったがな。魂も喰らわなかったし」
「・・・」
それは、喜ぶべき事なのか?。
「だが、この時代でそのシステムも狂った。これはあくまでも予想だが・・・」
「今代の転生体に<アカシャの蛇>が介入してきたんだよね? それにより遠野四季に転生できなくなった訳だ。そこで仕方なく、隆一君が選ばれた訳だ。うんうん、運命だね〜。だが、今宮家に無理矢理転生したせいで、綻びが起きた。そうだろ? 今宮隆一君」
「奴が転生体だったとはな・・・あまりの隆一の自我の強さに気づけなかった。そこからして、有限の転生も限界が来ていたと言えるな。まったく、大した悪運だ」
「・・・まあ、隆一だしな」
「隆一君ですしね」
「隆一だからな、違和感がまったく無い」
うんうん、と頷くネロ、千鶴ちゃん、華連ちゃん。
(・・・隆一、お前って凄い奴だな)
「でだ、君は今遠野家に行きたい衝動を抑えてココに居る。厄介だねー。そんな衝動ー。大丈夫かい?」
「・・・」
「ま、良いけど。それじゃ・・・コレいこうかな?」
武忌はそう言うと、刀を真横にし、首の後に持ってきた。
「さて、話は以上だ。どうやって<新眼帝>を倒すか・・・」
「志貴、視える?」
アルクェイドの質問が質問してきた。
「・・・・・・駄目だ、視えると言えば視えるけど、アルクェイド並だ。それに、敵がそらじゃあ・・・」
「そうね」
その時、ネロが言った。
「ゲ○ゲの鬼太郎みたいに、<混沌>のカラスでも使うか? 機動性はまったくないが」
「・・・冗談は止めてくれ。本気みたいだけど、冗談にしてくれ」
「・・・」
ネロは黙り込んだ。
不味い、このままじゃあ、あの<神眼帝>とやらが、召喚されてしまう。
だが、いくらアルクェイドでも空には・・・。
「と言う訳だ。お前も好い加減、復讐なんて止めて働いたらどうだ?」
突如、ネロが夜空を見つめながら言い放った。
「ネロ?」
「・・・ふん、さすがに事態の重要性は理解したか。ああ、存分にやれ」
バッ
ネロがコートを振るう。
すると・・・。
「皆さん始めまして。と、何人かお久しぶりです」
「「「「?」」」」
アルクェイド、シエル先輩、秋葉、千鶴ちゃんはは判らなかったみたいだが・・・。
「き、貴様は・・・魔喰い!!!」
「ゆ、弓塚の・・・」
「ハ〜イ、弓塚さつきの妹、絵理で〜す。ちなみに、今宮先輩は、私のですからー」
補足説明
<消化吸収血液>
隆一が鬼の力を意識した時に発動する能力。
無意識でも鬼の力を使えば発動する。
周りにあるあらゆる物を消化し、分解、無害にし、吸収する能力。
しかし、それが出来るのは血液のみで、その他の体液ではこの効果はない。
四季の血液に似ている。
吸収した物は、そのまま体の一部にも出来るので、例えば硬い物質、ダイヤなどを取り込めば、体の一部分にその硬度を回す事が出来る。
もちろん、車一台丸々などは隆一の体に入らないので無理。
また、精密機械や、銃器・爆弾類も無理。
単純な刃物など程度で限界である。
容量制限を越えた場合、体から出して捨てれば良い。
武忌への目潰し(最強の魔眼 参照)はこの効果もあったので効いた。
ちなみに、武忌の時は血液を飛ばしたので、能力としては消化行為のみ。
肉体から離れれば、吸収は不可能である。
<紅刀>
<隆一が愛用した短刀><四季とロアが使用したナイフ>を消化吸収し混ぜた品。
硬度には武忌の影響の<心具>があるため、隆一の心が折れない限りまず折れない。
また、<消化吸収血液>が浸透しているので、消化機能付き。
<隆一が愛用した短刀><四季とロアが使用したナイフ><心具><消化>を混ぜた代物と言えば判りやすい。
(99)
ビューーーーーーーーー
凄まじい風が体に当たる。
風は横からではなく、上、すなわち上空からだった。
「・・・」
「・・・」
俺は無言で上を睨んでいた。
「志貴さん」
「・・・なんだい?」
弓塚の妹、絵理ちゃんは翼を生やし、角を生やし、牙を生やし、<悪魔>の典型的な姿となり、俺を抱きかかえながら飛んでいた。
だが、以前とは違い、女の子らしさがかなり強く残っていた。
「私、謝りませんから」
「・・・許してもらおう何て思ってない。でも、今だけは力になって欲しいんだ」
「・・・」
ギュッ
体の胸と腰の間辺りにある両腕に少しだけ力が入る。
別に苦しくは無いが、別の意味で胸が締め付けられた。
俺は、彼女を殺し、自責の念に晒されたが、彼女の家族にまでは気が回らなかった。
これは、俺の罪。
仕方の無かった事とは言え、俺の罪。
でも、今は・・・。
「準備は良いかい? お二人さん」
「うん、良いよシルフちゃん・・・」
「・・・・・・・・・ああ」
何時の間にか横を飛んでいたピーターパンのような服装の少年。
瞳の真紅以外は全てが黒いその存在だが、禍々しい感じはしない。
――――――コロセ
「・・・」
七夜が騒ぐ。
背中には魔喰い。
横には混沌。
だが・・・。
「相手はお前だ、<神眼帝>!!!」
それは無音。
真横にされた刀が、武忌の首の後に行った瞬間、感じ取った。
(来る!!!)
(マズイ!!!)
・・・
ただ無音。
だが、俺は屋上の床擦れ擦れに体を押し倒し、横に跳んだ。
「・・・・・・ふ〜ん、さすが隆一君。直感みたいだけど、戦いではそれも大事だね〜」
武忌は不敵な笑みを浮かべながら、刃だけで2メートル以上はある長刀を右肩に置いている。
「テメエ・・・」
――――――ドクン
心音が聞こえる。
「野球選手のつもりか? そんなバット振り」
そう、武忌は目に見えない速度でバッティングの容量で刀を振るい、剣撃を飛ばしたのだ。
しかもご丁寧に一本足打法で。
「まあね〜。僕の数少ない飛び道具なんだよコレ? 初見で避けるなんてね〜。華連でさえ斬られたのに」
「・・・な、に?」
今コイツは何と言った?。
華連?。
「ああ、知らなかったのかい? 彼女、隆一君の体の事に感づいてね〜。この町に来てるんだよ? ククク、まあ、殺してはいないから、遠野家の屋敷にでも居るんじゃないかな?」
「・・・屋敷だと?」
バッ
俺は遠野家の屋敷のある方角を見た。
視える。
夜の闇を凌駕する漆黒の存在が・・・。
「・・・」
(アソコダ、アソコニテキハイル!!! ハヤク、アノバニ・・・)
「まさか君が異変を無視してこっち(シュライン)に来るなんてね〜、ククク、以外だったよ、本当」
「・・・ハッ」
俺は吐き捨てるように笑った。
「・・・何が可笑しいんだい?」
「いや、向こうには強力な助っ人が行ってるんでね。何の心配も無い」
(ソレハ、オレノシゴトダ!!! ナゼ、ナゼ・・・・・・ナゼ、ニゲナイ!!!!!)
中(遠野隆一)が五月蝿い。
完全無視。
「・・・時矢君かい? やれやれ、本当に彼でどうにかなるとでも思って・・・」
「いるよ」
「・・・」
俺の断言する言葉に、武忌は黙った。
「お前は居ないからな、信じられる奴が。いつも一人だ。哀れむ気は無いけど、哀れだな? 閻魔武忌」
「・・・ふ〜ん、信頼ってやつ?」
ギロッ
武忌の両眼が蒼白く光る。
(イヤダーーーーーーーーーーッッッ、キエタクナイ!!! キエタクナイ!!!)
遠野隆一が騒ぐ。
そう、あの森(最強の魔眼 参照)でも同じだった。
武忌の持つ<直死の魔眼>。
それは有限とは言え、転生し続ける者も殺されるだろう。
(だから怖いのか? 今更死ぬ事に恐れるな、遠野隆一)
(フザケルナーーーーーッッッ!!! オマエ、オマエガオカシイッッッ!!! オマエ、ゼンゼン・・・)
まったくコイツは・・・記憶が戻らなかった方がもっと度胸があったぞ。
ギィッ
武忌を睨む。
「ふ〜ん、何度見ても綺麗な赤い眼・・・ククククク・・・・・ハハハハハハハハ!!!! さすが隆一君!!! 僕を恐れない君は最高だよ!!! いや、そもそも君には・・・」
「恐怖を感じないんだよね〜〜〜、君は! ヒヒヒヒヒヒヒヒヒーーーーーッッッ!!!」
「守る事しか出来ないとはな・・・」
遠野家の庭で華連は結界を張りながら、志貴達を見上げていた。
「そうですね。私は結局無力ですね」
千鶴もまた、何も出来ずに見上げている。
「・・・代行者として、一般人のはずの遠野君に頼るしかないなんて、確かに悔しいですね」
シエルも。
「・・・相手が相手だもの。私達(真祖)でさえ持て余した鬼。・・・・・・でも、私やネロさえも殺せる志貴なら・・・」
アルクェイドはただ信じていた。
「・・・・・・兄さん、貴方はいつも危険な目に合ってしまうんですね」
そう言いながら、秋葉も信じていた。
「・・・因果な物だ。私を滅ぼした者と共闘とは・・・まったく」
時矢(ネロ・カオス)はそう言いながら、何羽にもなるカラスの群れを空に放っていた。
そして、混沌の内部でも・・・。
「志貴さま・・・」
「大丈夫よ翡翠ちゃん。志貴さんはいつも帰って来るじゃない」
「でも・・・」
「翡翠ちゃん・・・貴女は貴女の仕事があるでしょう?」
「・・・え?」
翡翠は首を傾げた。
「私達はね、向かえる事が仕事なの。帰って来た時の休息の場所を私達が整えて、次の日は綺麗な気持ちで出発してもらう。それが私達の仕事でしょう?」
「・・・・・・・・・・はい」
(そうなんだ、私のお仕事の本分はそうだったはず。私・・・)
「一緒に待とうね? 翡翠ちゃん」
「はい! 姉さん!」
そして・・・。
「・・・まったく、これでは測定出来ませんね」
シオンは情報の少なさに頭を痛めた。
「にゃ〜」
「・・・」
足下にいるレンがじっとシオンを見つめていた。
「・・・そうですね、志貴が死ぬ・・・などと言う計測は立ちませんね・・・何故でしょう?」
「にゃ〜」
(信じてるからなの)
「・・・ふふ、珍しく貴女が何を言ったか判る気がしますね」
「фцыычфцыпδζμлглййжпжфцыпδζμлгычйжпδζμллгμлгфцыычййжпδζμычййжпδζμлглййжгежычйжпжфцыпδζμлгыч」
空から響く声。
「お二人さん!!! 何か来るよ!」
シルフの掛け声と共に、数十羽のカラス達も臨戦態勢に入る。
「絵理ちゃん・・・任せるよ!」
「任せてください。・・・・・・お姉ちゃん、見ててね!!!」
ビュイーーーーーーーーーーーーー
それは鞭の様な触手。
色は夜空と同じ黒。
先端は鋭い刃物のようだ。
太さは30cmぐらい。
だが、固体となった数十本のそれらが、一斉に襲い掛かる。
ヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッ
巧みな飛行で絵理ちゃんはその触手を避ける。
「へへん!!! 当たらないよーーー」
シルフも避ける。
さすがは風の精霊。
「чфцыпδζμлглййжпжфцыпδζцыпδζ」
ビュイーーーーーーーーーーーーー
「ふ、増えた・・・」
絵理ちゃんは焦りながら避けていく。
ヒュッ
「あ」
「・・・」
だが、その内の一本が俺の目の前に・・・。
スッ
先端に丁度あった<線>を引くと、触手は真っ二つになり、そのまま動かなくなった。
「やるねー、志貴さん! よーし、僕だって〜」
スパッスパッスパッ
シルフの手から放たれたカマイタチが触手を切断する。
「カラス隊突撃!!!」
バッバッバッバッバッバッバッバッバッバッバッ
シルフの開けた隙間に、混沌のカラス達が突っ込む。
・・・カラス隊・・・まんまだな。
「志貴さん、アレ視えないんですか?」
「・・・いや、細いけど、確かにある」
夜空に佇む黒いソレは、僅かだが死が見える。
だが、それでは意味が無い。
そして、一番気になるのがその中心。
さらに禍々しいそれは、決して触れてはならないもの。
「さらに数は増えると思うけど、行ってくれ」
ギンッ、ガンッ、ギィッ、ギンッ、ギィッギィッギィッ、ギンッ、ガンッ、ギンッ
火花が散る激しい剣撃。
片方は漆黒の洋服を身に纏い、死を見定める魔眼を持つ鬼王。
それは、冷酷の蒼の双眼。
片方は真紅の着物を身に纏い、命を見定める魔眼を持つ鬼王。
それは、情熱の紅の双眼。
両者は片方が長刀、片方が小太刀。
互いにぶつけ合うものでは無く、払い合うべき代物。
だが、力任せに振るおうが、決して折れれないのもまた事実。
ヒュッ、ギィィッッン、ガンッ、ギンッ
武忌の剣技は流れるように美しく、それでいて禍々しさを存分に発揮していた。
僅かな隙があれば、容易く敵の首を刎ねるだろう。
ギィッギィッギィッ、ギンッ、ギンッ、ガンッ
隆一の剣技もまた、流れるように感じるが、その本質は激流の如き苛烈な攻め。
右手で逆手に握られた紅の小太刀は、その残像が赤い花を咲かせたかのように見間違える。
互いに一歩も譲らない。
だが、どう見ても不利なのは隆一だった。
武忌は長刀を両手で扱っている。
対して隆一は小太刀の連撃の特性を生かすために、片手が多い。
そして、致命的なのがお互いの間合い。
明らかに懐に入らなければならない隆一と違い、武忌は間合いが広い。
ヒュッ
だが、武忌の払われるような刀が
ギンッ
隆一は的確に弾き
ヒュッ
武忌の懐に入ろうとしながら
ヒュッ
小太刀を振るうが
ギンッ
還って来る武忌の長刀に弾かれる。
そんな一進一退の攻防が繰り返される。
「・・・」
「・・・」
ギンッ、ガンッ、ギィッ、ギンッ、ギィッギィッギィッ、ギンッ、ガンッ、ギンッ、ギィィィッッッン
甲高い音共に両者は再び離れる。
「・・・ふ〜ん」
武忌は微笑を浮かべながら隆一を見た。
「・・・チッ」
対して隆一は、忌々しそうにしながら、武忌を睨む。
「まだ続けられるとはね〜。やっぱり君は強くなってるよ、うん」
「・・・」
「珍しく僕が褒めてるのに〜、もっと喜びなよ〜」
「・・・」
隆一は頭をフル回転させる。
(ヤメロ、カンワナイ、カナワナイ、シヌシヌシヌシヌーーーー!!!)
もう一人の自分と戦いながら。
「良いね良いね〜、僕の命が視えるんだろう? ヒヒヒヒヒ、ああそうだよ。あの時と同じ、僕の体は限りなく命に満ち溢れている状態だ。さぞ沢山の<線>と<点>が視えるだろうね」
「・・・」
武忌の言う通りだった。
武忌の体には沢山の<線>と<点>。
狙う場所は沢山有るが・・・。
(当たらなければ意味が無いな)
(ダカラ、ハヤク・・・)
(・・・)
好い加減、隆一は腹が立ってきた。
何なのだろう、もう一人の自分は?。
まったくもって邪魔だ。
これでは負けかねない。
(・・・・・・・・遠野隆一)
(ナンダ? ニゲ・・・)
(死ね)
(ギッ!?)
ビキンッ
何かが、頭の中で弾けるような感覚。
それと同時に、声も聞こえなくなった。
(・・・・・・・・・・・・・・・良し、それじゃあ・・・)
「ほい」
トンッ
突如、武忌が屋上の床に刀を突き立てた。
「!?」
ダンッ
自身の出せる最速の動きで跳ぶ。
瞬間。
ビキビキビキ・・・ドガーーーーーーーーーーン
ビルの頂上の床が崩れ去った。
「пδζμлглййжпжфчйжпжфцыпδζμлгцыпδζμлфцыычфцыгычйжпδζμллгμлгфцыычййжпδζμычййжпδζμлглййжгежыычпδζμлгцыпδζμлййжцыгычйжпδζμчййжпδζμлгл」
数百、数千に匹敵するであろう触手が、一斉にこちらに向かって来る。
ヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッ
絵理ちゃんはその触手を上手く避ける。
時間が経つに連れ、絵理ちゃんの飛行能力もあがっているようだ。
ビュイーーーーーーーーーーーーー
ヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッ
「はあ、はあ、はあ」
だが、好い加減息が上がってきたらしい。
「行けーーーーーーー!!!」
スパッスパッスパッ
シルフのカマイタチが数十本の触手を切るが、触手はさらに増えるばかりだ。
ズッ、ドッ、バッ
混沌のカラス達も触手に破壊され、液状化した物が下に落ちていく。
(駄目だ、このままじゃ・・・)
空を自由に飛べない自分が恨めしい。
「・・・志貴さん」
「・・・ああ」
ヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッ
次なる一団は満遍なく敷き詰められた触手。
これでは避けられない。
「くっ!」
視た。
とにかく視た!!!。
奴らの死を。
全てに与える死を!!!。
だが・・・。
(多すぎる!!! くそ、ネロみたいに一つの世界なら・・・)
「志貴さん・・・私大丈夫です」
「え」
絵理ちゃんはそれを真っ直ぐに見つめていた。
「この間死にかけた時も、お姉ちゃんが守ってくれたんです。それに、悪魔が鬼に劣るのは問題があります。・・・伊達にこの力の制御はしていません」
「・・・良いのかい?」
「ハイ! 絶対に落としません!!!」
それで、何をするか決まった。
ヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッ
「アーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
俺達は触手の群れに突っ込んだ。
――――――コロセ
――――――コロシツクセ
グゴガァァア、ドゥゴ、ズバキィズガガガガガガガァァァァァァァァアアアアンッッッ!!!!!!
「くッ!」
タッタッタッ
崩れゆく床の破片を踏みつけながら、俺は武忌を探した。
――――――下の階に落下まで約2秒
――――――敵は瓦礫の何処か
――――――周り360度、縦横斜めを含む全方位警戒せよ!!!
「あ」
瓦礫の落下音の中に・・・無音を感じた。
――――――ドクン
無音なのに、判った。
――――――ドクン
ヨケロ
――――――ドクン
ヨケロ、ココハキケン
――――――ドクン
ヨケロ、ココハキケン、カラダヲウゴカセ
――――――ドクン
ヨケロ、ヨケロニゲロ、ヨケロヨケロニゲロヨケロヨケロヨケロヨケロヨケロヨケロヨケロヨケロニゲロヨケロヨケロヨケローーーーーーーー!!!
――――――ドクン
空中にあった物体を蹴り、右に跳ぶ。
その過程。
・・・
音は無い。
だが、左肩が軽くなった・・・。
――――――コロセ
サッ、キッ、シャッ、シィッシャッ、スッ、サッ、シィッ、スッ、、サッ、スィッ
――――――コロセ
スッ、スィッ、サッ、サッ、シュッ、シャッ、スッ、シュッ、サッ、シャッ、スッ
視えるものは<線>と<点>だけ。
断末魔の音は聞こえず、ただ死を目の前の存在に死を与える事のみ考える。
――――――コロセ
それ以外考えない。
否、それしか考え<られない>。
スッ・・・サーーー
そして、何時の間にか・・・。
「な!」
「え!?」
俺達の目の前には・・・。
「・・・・・・なるほど、空間女帝の能力付きか。さすがは第1位」
ネロが目の前に。
そこは地上だった・・・。
ピチャ・・・ジューーー
「はあ、はあ・・・くそ!」
鉄柱に背を預けながら、隆一は悪態をついた。
左肩の傷口から流れた血液が、床を溶かしている。
周りは闇。
天井が開いてはいるが、月明かりが無い今日はまさに暗黒の世界だった。
本当は逆に星空が見えたのだろうが、それも見えないと言う事から何かが夜空を覆っているようだ。
「ハハハハハ、どうしたんだい隆一君? そんなところじゃあ僕の攻撃は避けられないよ〜?」
「くッ!」
バッ・・・パカッ
隆一が背を倒しながら転がると、今まで預けていた鉄柱が斜めに線が入り・・・。
ズドーーーーーーーーーン
倒れた。
哀れシュラインビル。
完成はまだまだ先の話・・・。
「ハハハハハハハーーーーーーーーーヒヒヒヒヒヒヒーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」
「!!!」
・・・ス
それは、三つの剣線だった。
(馬鹿な! あの一本足打法を三撃!!!)
ダンダンダンッ
思い切り右に跳び、避ける。
剣線は隆一の居た場所を取り囲むように通り過ぎ、後ろの柱を全て・・・。
「・・・あれ?」
ではなく、それぞれが1本ずつ斬っただけで、終わった。
ズズドーーーーーーーーーン
その内の一本は切断に至っていない。
(飛ばした剣線の数は3。形は横一文字、右斜めと左斜めが一本ずつ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なるほど、一本足打法は最速の長距離用で、今のは数はあるが、速度は劣るけど無音じゃなく、質も中距離なわけか・・・・・・形からして、まず左から右へ真横に一文字。その勢いで横に8を描くように・・・いや、×と言ったほうが良いな・・・・・・・・あ)
そこで隆一は気がついた。
近づけば近づくほど数が増えるのでは?、と言う事に。
「・・・ふむ」
だが、このまま終わらないのも隆一だった。
ピチャ・・・ジューーー
左肩から血が流れるが、無視。
「ほらほら〜、次が行くよ〜」
・・・ス
「さてさて、不味い事になったぞ」
ネロはそう言いながらも、何処か余裕だった。
「ちょっと貴方!!! こうなる事判ってたでしょ!!!」
絵理ちゃんがネロに詰め寄る。
「・・・さあな。ただ・・・お前達には色々と恨みがあるのは認めよう」
「「「「「「「・・・」」」」」」」
あー、何か段々このネロの思考が判って来た気がする。
何て言うか、「仕返しはしないと気がすまない!!!」って喚く子供みたいな・・・。
・・・あ、子供だったな、姿が。
「・・・・・・で、混沌よ、どうする気だ?」
結界の中から華連ちゃんが冷ややかに言った。
「・・・・・・詰まらん奴だ。隆一ならもう少し良い突っ込みが有りそうなんだがな」
両腕を組みながら、ネロは溜息をつくように言った。
・・・凄い腹が立ってきた。
「ま、良い加減シャレにならないな。よし、あー・・・・志貴」
「・・・何だ?」
(呼び捨てかよ)
「不機嫌そうな顔をするな。さて問題だ。今のお前には何が足りなかった?」
「・・・そんなの決まってる。俺自身に飛行機能が無いから、上手く絵理ちゃんと合わせられなかったんだ」
「そうだ。ところで志貴、去年公園であれだけ<私>に傷つけられて・・・」
「何故生きてる?」
・・・ス
ダッ
・・・ス
ダッ
・・・ス
ダッ
「逃げ回ってばかりか〜い?」
武忌の不愉快な声が響く。
ピチャ・・・ジューーー
切断された左腕から血が流れる。
散々動き回ったせいか、そこら中の瓦礫や床が溶けていた。
(出血多量で死ぬかな? これは)
考えてみれば、最近血を流しすぎている気がした。
(・・・・・・まあ良い。大体理解できたな)
隆一はそう締めくくった。
「ハハハ・・・ヒヒヒヒッッッ!!!・・・・・・・・・・・・・・・・・何か狙ってるみたいだね?」
楽しそうな口調でありながら、決して油断の無い声。
森の時(最強の魔眼 参照)とは違うと言うわけだ。
(でもまあ、油断と言うか、見落とし部分はあったな)
ガ・・・パッ
床にあった物を足で蹴り上げ、右手でキャッチ。
ス、グシュ
それを決断された左肩付近に着けた。
グチュ、ギチュ、グシュ・・・・・・・・・・・・・・・グルグル
「ッ!」
痛みに僅かに顔を顰める隆一。
その左肩には、切断されたはずの左腕があった。
(さーて、あと・・・)
「!!!ッ」
バッ、シャンッ
隆一は慌てて前に跳び、振り返る。
キィンッッッ
何時の間にか握っていた紅の小太刀が、黒い長刀を受け流す。
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒーーーーーーーーーーーッッッ!!!」
武忌は濁りきった蒼い瞳を輝かせ、奇声をあげながら隆一に長刀を振るう。
ギンッ、ガンッ、ギィッ、ギンッ、ギィッ、ギンッ、ガンッ、ギンッ
目にも止まらぬ速さで長刀が振るわれる。
その速度はまさに神速と言える。
「ハッ!」
だが、それは右手に握った小太刀だけで防ぐ隆一も凄かった。
ギンッ、ガンッ、ギィッ、ギンッ、ギィッギィッギィッ、ギンッ、ガンッ、ギンッ、ギィィィッッッン
甲高い音ともに武忌は僅かに後退すると、長刀を真横にし・・・。
「ハハハハハッッッ、やるね〜」
シャンッ
僅か一音。
だが、確かに放たれた。
左から右への横一閃。
上から下への縦一閃。
斜め左上から斜め右下への一閃。
斜め右上から斜め左下への一閃。
計四閃。
だが、一音。
それは、順番に放たれたはずの物。
だが、同時に放たれた物。
俺は<視る事で完璧に認識>した。
――――――ヨケラレナイ
俺は、小太刀を両手で持ち、真横にした。
ビューーーーーーーーー
凄まじい風が体に当たる。
風は横からではなく、上、すなわち上空からだった。
「・・・って、さっきと同じか」
『違うよー、僕が居るんだしね』
「ああ、すまない」
頭に響くシルフの声。
今俺は空を飛んでいた。
「怪我の功名と言う奴だな。うんうん」
地上で一人で納得する時矢。
「・・・呆れてなにも言えないな」
結界内で華連は疲れきった口調で突っ込んだ。
「フン、こちらに非があったのは認めている。だからこそ志貴の体に混沌が使われているのも許しているし、俺自身良かったと思ってるしな」
「ねえ、貴方本当にネロ・カオス?」
アルクェイドの質問に、時矢は笑った。
「当然だ姫君。俺も私もネロ・カオスだ。違いが有るとすれば、主導権が俺なだけだ。・・・ククク、さて、頑張れよ志貴」
「志貴さんとお揃い・・・ちょっと嫌ですね」
また俺と一緒に来てくれてる絵理ちゃんはそう言いながら、笑っていた。
今の俺は、背中にカラスの羽が生えていた。
何でも俺の体に使われた混沌と繋げ、出来たらしい。
ネロがバックアップに入っているからこそ出来る芸当だった。
『本体も意地悪だな〜。僕の頑張り無駄だったじゃないか』
「・・・」
主にシルフが俺の背中に溶け込んでるらしいが。
正直気持ちが良いものじゃない。
だが・・・。
「今度こそ!!!」
「お姉ちゃん、もう一度だけ、私に力を・・・お願い!」
ビューーーーーーーーー
俺達は、夜空に蠢く物にもう一度向かった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・ふ〜ん、驚いたね〜、ククク」
武忌は心底嬉しそうに笑った。
「・・・」
気に喰わない
「まさか、僕の剣線を<なぞる>なんてね〜。これが本当の相殺ってやつかい?」
「・・・」
そのズレは1ミリでも許されない。
それはすでに分子レベルの争いだった。
まあ、今の俺にとっては些細な事だ。
コイツを・・・閻魔武忌を殺すのが、今の俺にもっとも必要な事!!!。
「ハハハハハ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふざけるなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」
「!?」
突如武忌は激昂し、襲い掛かってきた。
ギンッ、ガンッ、ギィッ、ギンッ、ギィッ、ギンッ、ガンッ、ギンッ
「嘘だ嘘だうそだうそだウソダウソダーーーーーーーーーーーッッッ」
「ハッ!」
ギンッガンッ、ギィッギンッギィッ、ギンッガンッギンッ
その攻撃は、さらに速く、正確になる。
「どうして? どうして君はそんなに強い!? 僕が苦労して得た物を! 人間の魂を喰らって得る力を使った僕の業がッッッ!!! どうして君は簡単に出せるんだーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」
「・・・」
ギンッガンッギィッギンッギィッギンッガンッギンッ
火花すら見えない刀と刀のぶつかり合い。
「どうして君はそこまで強いッッッ!? 究極の邪皇<神眼帝>を相手せずに、どうして! ・・・・・・自身を否定し! 自身と分かれ! 自身を殺し! 自身の宿命を避ける君が! 何でそんなにッッッ!!!」
「・・・」
ギッガッギィギッギッギッガッギッギィギッギッガッギッ
「憎しみか? 憎しみなのか!? 怒りと憎悪だけでココまでッッッ!」
すでに百合を超えるぶつかり合い。
互いの刀身はヒビすら入っていない。
「・・・」
だが、隆一は醒めた気持ちでそれを行っていた。
「・・・」
そして、ポツリと言った。
「憎いさ、お前が」
「!!!!!」
ギガギィギギギガギギィギギガギギガギィギギギガギギィギギガギ
「華連を苦しませ、千鶴さんを苦しませ、数多の人を苦しませたお前が憎いし、怒りを持った。でもな、それ以上に・・・」
ガギギィギギガギギガギィギギギガギギィギギガギギガギィギギギ
「俺は死ぬわけにはいかないんだよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!」
「пδζμлгцыпδζμлййжцыгычйжпδζμчййжпδζμлглпδζμлглййжпжфчйжпжфцыпδζμлгцыпδζμлфцыычфцыгычйжпδζμллгμлгфцыычййжпδζμычййжпδζμлглййжгежыыч」
ヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッ
増える触手。
サッ、キッ、シャッ、シィッシャッ、スッ、サッ、シィッ、スッ、、サッ、スィッ
消える触手。
ヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッ
増える触手。
サッ、キッ、シャッ、シィッシャッ、スッ、サッ、シィッ、スッ、、サッ、スィッ
消える触手。
ザンッ
殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺してころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテ・・・・・・・殺しつくした。
ブオーーー
ザンッ
空間も殺す。
もう戻らない。
お前を倒すまではッッッ!!!。
「δζμлглййжгежыыпδζμчййжпδζμлглпδζμлглййпδζμлгцыпδζμлййжцыгычйжжпжфчйжпжфцыпδζμлгцыпδζμлфцыычфцыгычйжпδζμллгμлгфцыычййжпδζμычййжпч」
ズォォーーーーーーー
夜空を侵食する物体の中心部。
そこにあるさらなる暗黒が、動き出す。
それは眼だろう。
<神眼帝><闇夜王>。
夜空に浮かぶはまさにソレ。
ギョロッ
それが、こちらを視た。
魔眼・・・いや、神眼とやらだろう。
何か黒い物が、こちらに向かってくる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ので殺す。
スッ
それは秋葉の赤い髪のようだった。
本人には視えない、俺だけの表現。
「ыпδζμчййжпδζμлглпδζμлглййпδζμлгцыпδζμδζμлглййжгежылййжцыгычйжжпжфчйжпжфцыпδζμлгцыпδζμлфцыычфцыгычйжпδζμллгμлгфцыычййжпδζμычййжпчлгцыпδζμлфцыычфцыгычйжпδζйжпчлгцыпδζμлфцыычлййпδζμлгцыпδζμδζμлглййжгежы」
喚くように、声が大きくなるが・・・。
ギギギガガギギィギギガギギガギィギギィギィギギギギギガギギガ
「ッ!!!」
「ッ!!!」
武忌と隆一は息する間も無く刀身をぶつけ合う。
すでに二百合を超えるぶつかり合い。
しかし、互いの刀身は一向に傷すらつかない。
ギギギガガギギィギギガギギガギィギギィギィギギギギギガギギガ
すでに人の目では視認出来ず、残像すら視えないそれは、音速を凌駕した光速の域。
聞こえる音とて、すでに過去の音質。
――――――だが
ガガギギィギギガギギガギィギギィギィギギギギギガギギガギギギ
「ッ!?」
「!!!ッ」
――――――片方の紅い剣閃が
――――――片方の黒い剣閃を
――――――侵食していくのが判った・・・
(ありえない!!! 僕が押されるなんて!!!)
得物はこちらが有利。
そして、それがお互いの間合いを物語る。
経験も、修羅場を潜った数も。
そして・・・絶対的な死を与える自身の瞳。
(神眼帝と戦えばレベルはあがると思ってたのに・・・・・・戦わないで僕に追いつくなんて・・・)
想定外が。
自分は長く目の前の肉体に宿った。
だからこそ出た結論だ。
「第1位を倒したぐらいが、狩り時」だと。
その目論見は根底から崩れ去った。
ギッ
「ッ!?」
目の前の敵の紅い双瞳が、自身を睨む。
ガガギギィギギガギギガギィギギィギィギギギギギガギギガギギギ
それを打ち消すために振るうが、逆に押される。
(ぐッ! 仕切りなおしだ!!!)
ガギィィィィンッッッ
大きく小太刀を弾き、後方に跳ぶ。
それだけで逃れられるとは思っていないが、仕切りなおしぐらいの・・・。
「え?」
だが、目の前の敵は床を見つめたまま、動かない。
トンッ
紅い小太刀が、床に刺さる。
――――――あの真紅の瞳は命を視る
――――――それは、生物だけでなく、あらゆるものを
――――――それが、床に刺さったのならば・・・
グゴガァァア、ドゥゴ、ズバキィズガガガガガガガァァァァァァァァアアアアンッッッ!!!!!!
さらにもう一階、シュラインビルは倒壊した。
夜空の終わる地点にやってきた。
――――――コロセ
――――――コロシツクセ
そこは、先程動いた瞳の真下。
<死の点>はまだ視つからないが・・・・・・判る。
――――――視る
ブチンッ
触手音など聞こえない。
不要だから。
――――――視る
ブチンッ
空間を開ける音も、夜風の強風も、跳ね返そうと言う余波も、効かない。
不要だから。
「ыычлййпδζгежы・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
――――――視る
ブチンッ
――――――汚い雑音は、これで終わりだ
――――――その者には一つの事柄が欠落していた
――――――恐怖
――――――生物が持つべき最初の本能
――――――それが無いこの者を、生者と呼べるか怪しい
――――――だが、その者は願った
――――――「生きたい」と
――――――妖魔となった自分の妹さえ手にかけた少年は「生きたい」と願った
――――――それが、償いになると信じ
――――――それが、唯一の救いと信じたが故に
――――――その者には危さがあった
――――――死
――――――全ての存在が行き着く末路
――――――それを感じさせるこの者を、生者と呼べるかは怪しい
――――――だが、その者は願った
――――――「生きたい」と
――――――死徒となったクラスメートさえ手にかけた青年は「生きたい」と願った
――――――それが、償いになると信じ
――――――それが、唯一の救いと信じたが故に
瓦礫が飛びかう中、両者は再接近した。
「アアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!!」
「武忌ィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」
死を見定める魔眼を持つ鬼王。
命を見定める魔眼を持つ鬼王。
ズシャッ
同音。
長刀は、隆一の右胸の<死の点>を貫いた。
紅刀は、武忌の左胸の<命の点>を貫いた。
・・・
・・・
・・・
プチンッ
脳内の血管が切れた。
――――――そこに<死の点>が視えた。
「フッ!」
「ыыч・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・
・・・
・・・
長い夜は・・・終わった・・・
(100)
朝日が街を照らしていた。
終焉を祝うかのように。
コツコツコツコツ
真紅の着物を着た黒い髪の少年は、誰も居ない道路を歩いていた。
「あ」
少年が坂の目の前で止まる。
「・・・・・・遅かったな」
何時からそこに居たのか、黒いコートに身を包む銀髪の少年は言った。
「・・・悪いな、色々合って遅れた」
「奇遇だな。こちらも無茶な頼みをしてくる友人に振り回された所だ」
「・・・」
「・・・」
コツコツコツコツ
コツコツコツコツ
コツコツコツコツ
コツコツコツコツ
少年達は擦れ違いざまに・・・。
パンッ
互いの右の手の平を叩き合った・・・。
<終月と始月の狭間で・・・>
遠野家の分家・久我峰家の屋敷。
「原切さーーーーん! 隆一様からお手紙ですよーーー!」
「本当かい!?」
屋敷を管理する者たちの中でも、中心に立つ彼女は、普段は余程の事が無い限り驚かない。
その彼女が驚くほどなのだから、<今宮隆一>と言う存在は、かなりの影響力があると言う事だった。
「ハイ、どうぞ・・・」
「ふむ・・・ちょうど休み時間だし・・・読もうかね」
スタスタ
どこかへ向かう原切。
「え、あの・・・」
「貴女はまだ仕事中。安心しな。後でちゃんと皆に見せてやるから」
『原切さん、そして久我峰家に仕える皆さん、お久しぶりです。私、今宮隆一が、遠野家の本家の屋敷を訪れて早一ヶ月を超えました。戸惑う事も多かったのですが、何とか忙しい毎日を送れるようになりました。ですが、色々と遠野家の皆様には迷惑をかけてしまいました』
「もーーーーーーーーーーーし訳ありませんでしたーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!!」
ガンッ
猛烈な勢いで床に土下座する鬼紅帝(?)こと、今宮隆一くん。
ちなみに「ガンッ」は床とオデコが当たった音である。
場所は遠野家の屋敷の居間。
「あ、あのさ隆一、そ、そんなに誤らなくとも・・・」
「いえッ! これも全て俺の中に居たあの大馬鹿・・・じゃなくて先祖を抑えられなかった所為ッ! 不肖、今宮隆一、何の言葉も御座いません! この場にて割腹する覚悟もありますッ! 遠野家当主・遠野秋葉様、並びに志貴様ッ! 如何なる処断もお受けいたしますッッッ!」
「わ、私?」
いきなり話を振られた秋葉嬢。
どうやらまだまだ受難は続きそうだ。
『しかし、皆さんは笑って許してくれました。ココに居る皆さんはとても優しく、強い方達ばかりです』
「ところで隆一、そのだ」
志貴は言い難そうにしていた。
「ハイ、何でしょうか?」
「えーと、あの子達は・・・その」
(あの子・・・達?・・・弓塚と・・・・・・・・・・・・・・・・・・華連!?)
「華連ですね!!! 彼女が居るんですね!!! 無事なんですか!!! 生きてるんですか!!! ちゃんとご飯食べてるんですか!!!???」
「錯乱するなッ!!!」
ガンッッッ
「ぬお・・・・・・か、刀?」
それは刀の峰でオデコを殴られた音だった。
顔面に痛い一撃で蹲る隆一。
「隆一! お主はもう少し落ち着け!」
『それと、偶然なんですが、懐かしい人達と再会が出来ました』
「華連ッッ! 怪我は無いか!!! あのクソヤローに何かされなかったか!!!」
ペタペタペタペタ
「あ、こ、こら・・・」
腕や腰の辺りを触る隆一。
ペタペタペタペタ
「あ、だ、だめ、よ、よせ、あ、そ、そこは・・・」
段々色っぽい声になる華連。
「ふ〜、良かった無事か・・・」
ペタッ
思わず尻餅をつく隆一。
「あ・・・お、終わりか?」
「え? あ、良かったよー、武忌の奴が華連に何かしたとか言いやがってさ、本当に心配したぞ」
「そ、そうか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだよな、そうでなければ私なぞ・・・」
最後は暗い声になる華連。
「うん? どうしたんだよ華連? やっぱりなにか・・・」
「・・・・・・・・朴念仁ッッッ!!!」
ガンッッッ
『何故か殴られました。女の子って良く判りません』
「うう〜、志貴さん・・・俺が何かしました?」
この場に居る唯一の同性に救いを求めたが・・・。
「・・・隆一もっと周りを良く見ろ」
「・・・・・・周りを見るのは志貴さんだと思いますけど」
俺がそう反論すると・・・。
「りゅ、隆一君、ですか?」
「・・・・・・・・・・・・ち、千鶴さんッッッ!?」
「ハイ、お久しぶりです。その・・・」
「センパァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイッッッッッ」
ガバッ、ズドッ
「ゆ、弓塚・・・」
再び床に座り込む形になった隆一に、絵理は背中から抱きしめるように隆一に抱きついた。
ムニュ
「会いたかったですよ〜、先輩♪。ああ、やっぱり私達って運命の赤い・・・」
「わーわーわー、む、胸当たってる!!! は、離れろ・・・」
ギュッ
「いやですか?」
「い、いや、男としては嬉しい・・・って、何言わせる!!! 恥ずかしいから離れ・・・」
ゾクッ×2
(な、何だこの悪寒は・・・)
「隆一から離れろッッッ!!!」
「隆一君から離れなさいッッッ!!!」
華連と千鶴は顔を真っ赤にしながら隆一と抱きつく絵理を睨んだ。
『最近女の子同士の喧嘩をよく見かけます。仲良くして欲しいんですが、何かアドバイスはありませんか?』
「ええい貴様ッッッ!!! 好い加減に隆一から離れろ!!! 隆一には色々と積もる話が・・・」
「私だって、たーーーーくさん話したいんです!!! 貴女こそ・・・」
「セ・ン・パ・イ、裏の人間じゃない者同士、仲良く・・・」
「だから離れろッッッ!!!」
「だから離れなさいッッッ!!!」
「み、皆落ち着いて・・・」
「何か隆一って、志貴に似てない?」
「私もそう思います」
アルクェイドがそう言うと、シエルが同意した。
「お、俺? そりゃあ、背格好や顔立ちは・・・」
「志貴、貴方の考えている事とはまったく関係有りません」
「にゃあ」
(うん)
「・・・」
何故か仲の良いシオン&レン。
「・・・じゃあなにがだよ」
「あはー、志貴さんには判りませんねー」
「志貴様を、愚鈍です」
「・・・・・・兄さんに女心を聞いたのが間違いです」
『まあ、とにかく、色々在りました。・・・・・・でもココに来て、一つの決心がつきました。自分の過去を清算するつもりです』
「・・・隆一、大事な話があるんだが・・・良いか?」
志貴さんがそう言うと、3人も騒ぐのを止めてくれた。
「・・・何ですか?」
「お前は、どこまで知ってるんだ?」
「えーーーとーーー・・・・・・・・・・・・・・・・・多分、全部ですね。ああ、もちろん」
そう言うと、俺は<消化吸収能力>で体に宿らせていたナイフを出した。
全員俺の能力に驚いた顔をしたが・・・。
「<コレ>を時矢が届けてくれたんで、大体判りました」
「そ、そのナイフは・・・」
秋葉さんの震える声が響く。
「秋葉? あのナイフが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まさか」
志貴さんも気がついた。
「・・・・・・僅かに、感じたんです。前の所有者である、シキさんを」
目を瞑る。
3歳の頃、一度だけ会った事のある、兄と慕った少年を俺は思い浮かべた。
『もちろん、私の過去は清算出来るものではありませんが、それでも、前に進むために・・・』
俺は取り合えず、今まであったことを大筋で話した。
「まあ、そんな訳で、中々帰ってこれず、申し訳ありませんでした」
「いや、隆一こそ大変だったな・・・」
「いえ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、それと・・・コレなんですけど」
俺は、さっき時矢に返してもらったカメラを取り出した。
それは、あの時死んだ警官にもらった(59話 参照)物だ。
『あ、それと、私実は、一つ事件を解決しました。警察とある組織が麻薬の取り引きをしている証拠を掴んだんです。まあ、最後は秋葉さんに頼みましたけど』
『衝撃! 警察官僚が麻薬の売買!!!』
テレビにはそう報道されていた。
「有難う御座いました、秋葉さん。コレで・・・あの人も・・・」
「別に良いわよ。それと、死んだあの方だけど、遺体はちゃんと見つかって家族に渡されたから、葬儀には行ってあげなさい」
「・・・・・・・はい、しかし、あの人がまさか・・・」
テレビ画面には、殉職した刑事の名が出ていた。
彼の名字は<壇上>だった。
『親しい訳ではありませんが、彼は良い人だと判っていました。だから、その後の言葉も嬉しかったです』
「俺よ・・・」
「え?」
葬儀の最中、壇上君は俺と二人きりになった瞬間、言った。
「兄貴の事、誤解してた。・・・お前の言った通りになっちまった」
「・・・」
『ああ生きてるよ、死んでほしいくらいにな』
『じゃあ、仲良くしなよ。今の時代、いつ俺の所みたいに<学校から帰って来たら両親が通り魔に殺されていた>なんて事になるかわからないからね』
「・・・だからさ」
「え」
「兄貴が命がけで何を守りたかったか、調べるつもりだ」
ニヤリ、と壇上君は笑った。
「・・・えーと、まさか」
「変な事はするなよ? 将来お前を逮捕するなんてのはゴメンだ」
『近況はこんな感じです。そちらはどうなんですか? お手紙待ってますよ? あ、でも住所はコッチにしてください。また、引っ越すんで』
「よーし、片付いた」
一ヶ月しか使わなかった部屋は、自身とダンボール以外は何もかも無くなった状態だった。
「・・・・・・短い間だったけど、お世話になりました」
ペコリ、と頭を下げる俺。
そして、門に行き・・・。
「皆さん、お世話になりました」
ペコリ、と再び頭を下げる俺。
「ああ、色々あったけど、楽しかったよ」
「まったく、ココなら不自由がないのに」
「隆一様、お元気で」
「あはー、翡翠ちゃん、別に隆一君は遠い所に行くわけじゃないんだからー」
「そうですよ、隣町なんですし、あそこは、俺の・・・」
その後のセリフを言うのは止めた。
「・・・・・・短い間でしたけど、本当にお世話になりました。と言っても、次の日曜日は琥珀さんの料理を食べに来ますよ」
「あはー、ちゃっかりしてますねー」
「にゃ〜ん」
「え?」
気がつけば、足下には黒猫のレンちゃんが居た。
夢魔らしいが、俺に言わせれば可愛い猫と変わらない。(←人型を見てない)
「・・・触って、良いらしいよ?」
「え、あ、は、ハイ・・・」
ソーーー・・・・・・・・・サラ
「にゃ〜ん」
暖かい毛並みが、手を通じて感じられた・・・。
ちなみに、アルクェイドさんやシエルさんは何時でも会えると言う事で今日は来て居ない。
だが、実際はこの町で起きた事の事後処理のためだろう。
華連も千鶴さんも同じだ。
シオンさんもエジプトに帰った。
ただ、俺は確信を持って言える。
また、すぐ会えると・・・。
あ、それと屋敷の庭や門は、完璧に復元されていた。
あの後、遅れて他の死神達がやってきて「我らの戦った跡は極力残さないようにする」と言い出し勝手にやったのだ。
まあ、便利な能力をもってるな、華連も含めて。
『追伸、1ヶ月ぐらいしたらそちらに行く事になりました。何でも秋葉さんが用事があるとかで、一緒に行く口実が出来たんです。その時は、またお世話になります』
「やれやれ、来るのかい」
そう言うと、原切は手紙を折りたたんだ。
彼女の目はとても優しい物だった。
それは、母親の目にも似ている。
「・・・・・・秋葉様共々、お待ちしてますよ、今宮隆一様」
そう言うと、原切は手紙を他の使用人に見せる事にした。
―――――――今宮家―――――――
「ふー、片付いた・・・」
時間は夜の七時を過ぎた。
家中が埃ら虫に汚染されかけていたが、薬を撒いたりして完全に撃退出来た。
まあ、俺一人では無理なので、弓塚にも手伝ってもらったが。
(あいつも・・・色々あったんだな・・・)
志貴さんと弓塚の因縁はこの間聞いた。
そして、志貴さんの話を聞いた弓塚だったが、それでも一言だけ言った。
『何で、葬式にも、挨拶にも来てくれなかったんですか?』
弓塚さつき。
弓塚絵理の姉にして、死徒となった哀れな少女。
だが、志貴さんが残された家族に何もしなかったのは事実。
志貴さんはその後、弓塚の両親が入院している精神病院に行ったりしていた。
それ以上の詳しい事は知らない。
でも、一番責められるべきなのは・・・。
(遠野家と言う、<アカシャの蛇>の転生体を作った、オレ自身・・・)
(ソウカナ? サスガニソコマデハ、セキニンモテナイゼ?)
突如聞こえてきたもう一つの声。
(・・・真紅)
(ヒャハハハッッッ、オレハアイニク、コノシコウヲ、カエルキハナイ)
俺の前代のオレ<遠野真紅>。
そう、俺の中にはもう一人居た。
あの時、武忌に<死の点>をつかれて死んだのは<有限の転生者>と言う存在のみ。
<有限の転生者>は、すでに幾度も繰り返す復讐者と言う面を被った生き汚い存在だった。
幾度もの転生が、アレを生への異常な執着心を持った存在にしてしまったのだ。
有限。
限り有る、と言う真の意味はココだった。
だからこそ、奴はすでに前代<遠野真紅>を殺す力が無かった。
ただ、操っただけ。
それも、狩人の邪魔をした後は野放し状態。
断片的だが思い出す歴代の俺達の中でも、あれ程、真紅の血と炎にまみれたのはこのオレだろう。
有限の転生者<遠野隆一>
鬼紅帝<遠野真紅>
転生体<今宮隆一>
それがこの体に宿った者達。
まあ・・・。
死剣帝<閻魔武忌>
コレも居たから、かなりの大所帯だった。
(・・・・・・・あんな奴が居たとはな。真紅、お前だろ? <遠野隆一>を利用して隠してたの)
(ケケケッ、ソンナコトモ、アッタカナ? マア、サスガノ武忌モ、イキノコルコトニイソガシクテ、オレニハキガツカナッタミタイダナ。ケケケッ)
結局、裏で糸を引いていたのはコイツだ。
第1位<神眼帝>(別名・闇夜王) [???]
第4位<死剣帝>(別名・堕ちた漆黒の死神) [閻魔 武忌]
第6位<第六天魔帝>(別名・第六天魔王) [織田弾正忠信長]
第9位<空間女帝>(別名・無軌道の女皇) [馬 乱花]
第13位<鬼紅帝>(別名・有限転生者) [遠野 真紅]
第14位<処刑帝>(別名・不死なる影) [鬼影 時雨]
全て、コイツが呼び寄せた。
(・・・・・・お前は、武忌並に許せないな)
(ナンダ? 自殺デモスルカ? ヒャハハハッッッ、カマワネエゼ? オレハベツノ、ニクタイヲ、サガスシナ)
遠野隆一の変わりにコイツは転生能力を得たらしい。
殺すのは無理だろう。
おそらく、志貴さんの<直死の魔眼>でも。
俺とオレの力の差はオレの方が上だ。
次に死ぬのは俺。
所詮、14のガキでは勝てる相手じゃない。
だが・・・。
(ククク・・・・ハッハッハッハッハッハッハッ)
(・・・・・・ナニガオカシイ?)
俺の笑いに、オレは少し怒ったようだ。
(ふん、逃げられないのはお前も同じだ。下手に俺を潰さないのは、本気でぶつかれば、お前もかなりの部分を削られるんだろ? 遠野真紅)
(・・・キサマ)
(おっと、変な事はするなよ。・・・面白い、俺とオレ、どちらが先に倒れるか勝負だ)
(ケケケッ・・・ヒャハハハッッッ・・・・・・オモシロイ、ヤッテミロ、今宮隆一ッッッ!!!)
(消してやるよッッッ!!! 遠野真紅ッッッ!!!)
「話は終わったか?」
「!!!・・・・と、時矢!?」
暗い部屋に、何時の間にか時矢が入りこんでいた。
「ちゃんとベルは鳴らしたぞ。まったく、自分自身と戦うのは良いが、周りにも気を配れ」
「・・・・・・知ってたのか?」
俺のセリフに、時矢は頷いた。
「俺と私を誰だと思ってる? ネロ・カオス。666の生命を宿す<混沌>を支配する者だぞ? お前とは体に宿す数が違う」
「・・・お前には勝てる気がしないよ」
上には上が居るのものだ。
俺達は庭に腰を下ろし、夜空を見ながら語り合った。
「<恐怖を覚えない心は慢心を招き、いつか破滅する>・・・と言う。だが、お前の場合は<恐怖を知っている>。だが、それは<知識>としてだ。感覚が無ければ知識は何の意味もなさない」
「ああ、そうだな」
「致命的な欠陥だな。恐怖を感じないと言う物は。いや、嫌悪は感じるんだろう? 私生活は問題ないが・・・」
「・・・・・・でもさ」
「何だ?」
「それが<今宮隆一>なんだと思う」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだな」
俺達は互いに口元に笑みを浮かべた。
酷く歪んだ思考かもしれないが、それでも・・・。
「・・・真紅、とやらはどうする?」
「変わらないよ。今までどおりだ。オレはじわじわとこの体を汚染するしかないが、今の俺が奴を倒すには成長しかない。何とかなるさ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、そっか」
俺は要約納得がいった。
「何だ?」
「これが俺の<反転衝動>なんだよ。槙久様も、四季さんも、秋葉さんも持っていた、血の業なんだ」
「・・・・・・お前の場合は先祖そのものなんだがな」
呆れる口調で時矢は言った。
「大丈夫さ。俺はまだ死なないし、負けない。・・・・・・柚良の分まで、生きるんだよ」
そう言いながら俺は今宮家を見上げた。
家族の思い出が沢山残り、妹がずっと一人で守ってきてくれたこの家を・・・。
「隆一・・・」
「それに、母さんと父さんの分も・・・な?」
そう言って、時矢に指輪を見せた。
「それは・・・」
「ああ、魔に落ちた柚良を痛めつけた物だ。母さんが良くしてたのを思いだしたんだ。・・・だから烈矢にアッサリ負けたんだ」
その指輪は混血の力を抑える物。
魔の力が弱まるが、反転する可能性が減るのだろう。
まあ、俺にとっては大事な形見だ。
「俺は絶対生き続ける。絶対にな」
「・・・・・・良い眼だ」
「そうか?」
また俺達は互いに口元に笑みを浮かべた。
「行くのか?」
「ああ、聖堂教会や魔術協会としても、真祖と27祖が同じ国に居ては、黙っていないだろう」
「そっか・・・」
「ま、気が向いたらまた来る。それまで死ぬなよ? あそこまで誓ったんだから」
「お前こそ、雑魚に負けるなよ?」
「ああ」
時矢はそう言うと、身を翻し、歩き出した。
それで終わり。
俺達の間にそれ以上の言葉は不要。
ただ、再び会う事を誓い合うだけで、良いのだ。
「文句があるのか? 女?」
ヌッ
出てきたのは黒い素肌だが、他は普通の女性だった。
「・・・いえ、貴方らしいわね。時矢君」
「・・・」
「でも、元教師として言わせてもらえれば、貴方達何処かおかしいわ。まるでこうなる事楽しんでるみたいな感じがする」
「・・・その内判るさ」
バッ
女は再び時矢のコートの中へと消えた。
「・・・また、会いに行くぞ。大馬鹿者」
笑みを浮かべながら、時矢は歩いた。
―――――――そして
「今宮隆一です。よろしく」
家も変わったので、学校も変わった。
「席は後でお願いね?」
また女教師だ。
まあ、今度こそ普通だろう。
・・・・・・・・・多分。(汗)
(はあ・・・、ま、頑張り・・・)
ガラガラガラガラ
「先生、ちょっと」
「え? はあ」
新しい担任はそう言うと出て行った。
五分後。
戻ってきた先生は告げた。
「えーと、新たに2人入る事になったわ。いらっしゃい」
ガラガラガラガラ
コツコツコツコツ×2
「・・・」
(真紅、ちょっと聞きたいんだ・・・・・・俺、目が悪くなった?)
(・・・・・・・・・・・・・・・セイジョウダ)
真紅でさえ呆れている。
いやさ、在り来たりだけどさ、本当にやるか?。
「閻魔華連だ。宜しく頼む」
「神無月千鶴です。よろしくお願いします」
これからも俺は騒動に巻き込まれるだろう。
でも、今は、今だけは・・・。
「現実逃避をするな馬鹿者!!! さあ、私と退魔、どちらが良いんだ!!!???」
「ハッキリして下さい!!! 隆一君!!!」
「センパーーーイ・・・・・・・・・・って、何でアンタ達居るのよ!?」
「・・・はあー、ま、頑張るか」
後書き
終わったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ。
100話達成!!!!!!!!!。
長い間、ご愛読、有難う御座いましたーーーーーーー。
・・・読んでくれた人が居るかどうか判りませんが。
一時期は、終わらないかと・・・マジで。(涙)
とにかく、今まで(約一年半)本当に有難う御座いましたーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ。