(61)
夜空には半月。
それは形を変えていく。
今日は9月14日、金曜日。
平日ではあったが学校へは行かなかった。
いや、行けなかった。
これはここに来て始めての事だ。
まあ、一日ぐらいは良いだろう。
明日は第二土曜日で休みだし。
どれくらい経っただろう。
二人は今抱き合っている。
夜に誰も居ないこんな所でこんな事を誰かに見られたらただでは済まないだろう。
「・・・どうして?。」
ぽつりと弓塚が言った。
「何が?。」
お互いの顔はとても近い。
「私、化け物なんですよ?、それに何で先輩はこんな所に居るんですか?。」
確かに今の弓塚は黒い翼を生やし、黒い腕に鋭い爪、頭に角が有り、口には牙が有る。
漫画に出てきそうな<悪魔>の格好である。
「う〜ん、確かに・・・ゲームとかに出てきそうな・・・<ガーゴイル>みたいな格好をしてるけど・・・<弓塚絵理>ってわかるから、かな?。」
上手く答えられない。
「・・・。」
じっとこちらを見ている。
「ああ、ここに居るのは・・・・・・そう、ここ、昔住んでいた所なんだ。」
と言って上を見る。理由は、恥ずかしくなったからだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あっ。」
バッ、とお互い離れた。何だか恥ずかしい。
沈黙。
沈黙。
沈黙。
ああ、空気が重い。
「うっ。」
バタッ、弓塚が床に座り込んだ。
「おいっ、弓塚?。」
慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫です。」
「だ、大丈夫って、かなり顔色が悪いぞ。」
その時だった。弓塚の翼や角が消えていき、元の正常な姿に戻っていった。
「はあ、はあ、はあ、はあ、だい、じょうぶ、ですよ、先輩。」
無理矢理笑顔を作る弓塚。
「・・・。」
じっとその顔を見つめる。お互いの目線が合う。
「・・・。」
「・・・。」
うっ、と言って弓塚は目線を横に外した。
「何が有った?。」
ポンッ、と背中を叩く。
「・・・。」
弓塚は答えない。
沈黙。
沈黙。
沈黙。
「・・・いや、いい。」
「えっ?。」
「弓塚のプライベートに関わる資格は無いし。」
笑ってみせる。
「お前は<弓塚絵理>なんだろ?。それだけで良いや。」
「・・・。」
向こうは何も聞かない俺に驚いている。
(聞かないよ)
(ドウシテモ?)
(ああ)
(イイノカ、テキニナルカモシレナイゾ?)
(・・・その時は、その時)
(・・・ワレナガラ、ナントアマイヤツ)
(まあな、お互い苦労するな)
(・・・タシカニナ)
ふと、気配を感じた。
「誰だ。」
台所の方を向いて言った。居間の隣は台所である。
「・・・。」
何も帰ってこない。
「な、何か居るんですか?。」
「・・・わからないけど、居る気がした。」
しかし妙だ。
昔の俺は周囲の気配を探るのが苦手だったが、今はそれなりに経験を積んだのでこの家の敷地内ぐらいはわかる。
だが、気配は台所からした。
それまでは何の気配もしなかった。
(・・・まさか、気配を探られずにここまで?)
(ドコダ?、イヤ、ソノマエニ、ナニカヒッカカル、コノイワカンハ?・・・)
<今宮隆一>と<遠野隆一>は基本的に考える事が違う。
二つの考えがあるからこそ、冷静に物事を考えられる。
「・・・先輩?。」
「あ、ああ・・・取り合えず、行ってみるか。」
コクン、と頷く弓塚。
「・・・あっ、その前に先輩。」
「えっ、何?。」
少し後を見る。
「その・・・今日、<遠野家>に居ましたか?。」
「えーーとーー・・・実はさ・・・昨日、いや今日かな?、帰ってないんだ・・・その、色々有って。」
目を逸らしながら言った。
「・・・そう、ですか。」
それからは何も話さずに二人で台所に向かった。
それは、突然感じられた。
「むっ。」
「?、どうされましたか?。」
私は気配を感じた。間違い無く、奴を、あの男の気配を・・・。
「やはり・・・遅かったか・・・。」
だが、この一件は私が処理しないといけない。
・・・そう、誰の手も借りずに・・・。
「あの?。」
先ほどから着物を着た女性が聞いてきていた。
「・・・すまない、どうやら所用ができた。邪魔したな。」
私は居間を出ようとした。
「お待ち下さい。」
その時、長い髪の女性(恐らくこの家の主と思われる)が話しかけて来た。
「何か?。」
「兄を助けていただき、真に感謝しています。ですが・・・。」
キッ、と睨んできた。
「貴女は何者ですか?。」
「・・・。」
その言葉に眠っている<志貴>を除いて見つめてきた。
「・・・悪いがそれは言えない。」
「何故ですか?。」
どうやらこの事が世間に漏れるのを恐れている様だ。
「そこの<教会の代行者>の様な物だからだ。名乗れる立場ではない。」
キッパリと言った。
「・・・。」
これ以上引き止めるかどうか悩んでいるようだ。
その時だった。
「貴女・・・<死神>なのね。」
全員がその声の主・・・<真祖の姫君>の方へ向いた。
「・・・。」
まさか、姫君に言われるとは・・・。
「いいわ答えなくて。貴女達はこの<現世>に関わってはいけない存在。志貴をここまで運んでくれた事さえ貴女達の間では重罪とされているはず。だから答えなくて良い。でも・・・。」
姫君は笑みを浮かべた。
「ありがとう、貴女が居なかったら志貴は死んでいたかもしれない。だから・・・ありがとう。」
・・・ありがとう?。
「・・・それはどうかな?。」
私は背を向けた。
「少なくとも、その者・・・<志貴>だったな・・・は、関わってしまった。これは私のミスだ。」
「えっ、それって・・・。」
「詳しくは志貴とやらに聞け。」
私は急いでその場を去った。
さて、少し・・・いやかなり離れた場所に移ろう。
「そうか、だとしたら・・・。」
彼女は紫の髪に紫の瞳をしていた。
「不味い、志貴に伝えなくては。」
彼女はここに戻ってきてからはそれなりに忙しく過ごしていた。
上との交渉、今までの研究の成果、そして日本でおきた事の端末(<遠野志貴>の名前は出さずにいたが)の報告。
そしてやっと落ち着いた頃、それなりの研究の成果も認められ、何より日本での出来事で<アルクェイド・ブリュンスタッド>との関わりを持った事で特例として罰は下されなかった。
<協会>としても彼女・・・<シオン・エルトナム・アトラシア>を失うのは損だと判断したのだ。
その彼女が、再び日本へ向かおうとした。
「いや、行く前に何か・・・よし・・・それで・・・とにかく、早く・・・。」
彼女を焦らせるのは一体何なのだろうか?。
それは、時期に明かされる事になる。
さて、舞台を日本へ戻そう。
現在、彼女は<三咲町>に向かっていた。
「<混沌=ネロ・カオス>、<アカシャの蛇=ミハイル・ロア・バルダムヨォン><タタリ=ワラキヤの夜>、これらが滅ぼされた地・・・ですか。」
彼女の名前は<神無月千鶴>。
<協会>にある退魔機関に所属している。
「・・・でも、今回の任務はこれと関係無しですね。」
キッパリと言い放つ千鶴。
「はあ〜、禁断の儀式ですか。ばれてますけどね。」
そう、その街に居る誰かが<闇の封印場所>の<魔界>と通じ合ったのだ。
<協会>としては見過ごせない・・・はずなのだが。
「<狩人>に全部行ってしまって・・・。」
そう一応この件はそれなりの人間が行くのだけれど・・・今手が空いているのは私だけなのだ。
そもそも人が<悪魔>と禁断の儀式をする時は悟られないようにする物なのだ。
何故なら<協会>も<教会>もそんな事をする奴らを狩る。
<禁断の儀式>というくらいなのだから当たり前である。
そのため現在下手に契約しようとすると、必ず引っかかる。
しかも今回はバレバレだったそうだ。
要するに素人がやったのである。
さて、素人は<悪魔>にどう見られるか?。
舐められる、騙される、殺される、以上。
だから例え行っても<魔界>と通じた後しか見つけられないであろう。
それでも、たまに<魔喰い>と称される輩がいるが、ここ数百年<素人が魔喰いになった>という例が存在しない。
念のため、それなりの人物が行く事も有るが・・・要は<雑用>になる。
だから、私の様な<見習い扱い>が行っても問題は無い。
「はあ〜、<魔喰い>なんて、出る訳無いかな。出て欲しくも有りませんが・・・。」
一つ気に掛かるといえば<教会>の人間だろう。
一人だけ<埋葬機関>が居るらしい。
その人物がこの一件に気がついているか?。
「<張らないと>わからないかもしれませんね。」
そう、元々<死徒狩り>と<その町の浄化>の目的の彼女が気づいていない可能性は有る。
「まあ、行かなければわかりませんね。」
だが、実は、その町・・・今は隣町だが・・・<魔喰い>が居て、しかもその人物が<今宮隆一>と一緒にいるなど、彼女にはわかるはずも無かった。
(62)
この世界には幾つ物特別な<場>、という物が存在する。
そのほとんどは<人間>が少なからず関係している事が多い。
当然<聖地>と称される物もその一つで有る。
人々だけでなく生き物全てを守る場所。
そして・・・。
それに相反する<場>が存在するのも当然である。
台所には誰も居なかった。
まあ、<台所>と言っても水道の蛇口ぐらいしか無い。
生活に必要な物は何一つ揃っていないのだ。
「異常・・・無いです・・・よね?。」
「・・・ああ・・・無い。」
弓塚の言う通り、確かに何も無い。
外からの僅かな光ではあるが俺達にはこれで十分だ。
(・・・勘違い?)
(・・・ドコダ?ドコダ?ドコダ?、イワカンハ、ドコカラダ?)
(いや、それにしては、かなり・・・)
(チカイ?、トオイ?、メノマエ?、ハルカカナタ?)
頭に手を当てて考える。
(最初から居なかったのか?)
(イヤマテ・・・ナニカ、チガウ)
(間違えた・・・訳では無い)
(モット、レイセイニ・・・オチツイテ)
(・・・何故<急に>・・・?)
(イワカン、イワカン、イワカン・・・ズット、キニナッテイル・・・ナンダ?)
「あの・・先輩?。」
弓塚が心配そうに覗き込んで来た。
「うん?・・・ああ、何?。」
「あの、何も無さそうですけど・・・どうします?。」
そうだ、いつまでもこうしている訳には・・・しかし・・・。
(下手に外に出るのは・・・)
(ズット・・・ズット・・・ズット?、イツカラダ?)
(あいつ等も必死に探してるだろうし・・・)
(ズット、イツダ・・・イワカンハ・・・)
(う〜ん、でもな朝日が出た辺りにここに来たから・・・)
(アサヒ?)
(・・・えっ)
(アサヒ?)
(あれからは・・・確か・・・)
(ネタ・・・イヤ・・・ネスギダ)
(気持ち良くて・・・)(ナゼ?、ココハ・・・オレノ、オレタチノ、カゾクガ・・・)
「!、まさか・・・この家!!!。」
その声が合図だったのだろうか。辺りが一変した。
「なっ。」
「きゃあああああああっ。」
ヌゥゥゥゥッッッッ
それは壁から出てきた。
色は透けているが薄黒く、大きさは普通の大人ぐらいの物から小さな、それこそ小学生ぐらいの大きさの<人型>が出てきた。
目や鼻や口は無く、人間の輪郭しかない。
ヌゥゥゥゥッッッッ・・・、まるで映画にでも出てきそうなワンシーンだ。
「な、何なんですか、こ、これ・・・。」
「知らないよ・・・まあ、敵っぽいな、これは。」
事実、敵意剥き出しで、腕の様な部分を前に突き出して(何か居たな、中国のゾンビ・・・何だっけ?)こちらに来る。
お互い背中合わせになる。数は・・・ざっと6体。
「この・・・人の家に勝手に住みやがって・・・。」
「ど、どうするんですか?。」
「・・・叩く、しかないな。」
こちらも構える。
「え・・・そ、そんな・・・やっても良いんですか?。」
「・・・聞くなよな、そう言う事。」
お互い、普通の人間ではないのは了承済み。
ならば・・・。
ダンッ
弓塚とほぼ同時に跳んだ。
前方に二体。右に一体、左に一体。残りの後の二体は弓塚担当。
台所という空間のため、敵までの距離は2mぐらいしかない。
視る、有った、<点>と<線>・・・っていうか小さく細い・・・。
「関係無し。」
スッ
風を切る音。
まず右側に居た人型のちょうど胸の中心部分・・・ここが<点>・・・を貫く。
そうした途端、その人型は・・・<消えた>。
溶ける訳でも、崩れる訳でも、割れる訳でもなく、<消えた>のだ。
「えっ。」
手応えさえ無い。
だが、確かに・・・消えた。
ヌッ
すぐ横に居た奴が襲い掛か・・・ろうとした。
そこで、そいつも消えた。
「・・・手応え無し・・・はっ。」
右に跳ぶ。
スッ、再び空気を切る音。
だが、その人型を貫く音は聞こえなかった。
「・・・。」
本当に、倒したのだろうか?。
残りは・・・その時だった。
「あれ・・・何で手応えが無いんだろう?。」
見れば弓塚もおかしそうに首を傾げていた。
「オォォォォォ。」
最期の一体が弓塚に襲い掛かる。
「弓塚!。」
ブンッ、それは弓塚が腕を振るう音。襲い掛かった人型は胸の辺りが斜めに裂け、消えた。
「何ですか?、先輩?。」
「・・・いや・・・強いね・・・すごく。」
そう言うと弓塚が顔に両手を当てた。
「え〜、そんな〜、それほどでも〜。」
照れてる・・・様だ・・・。
「・・・う〜んと・・・とにかく、ここを出た方が良さそうだな。」
「・・・え〜、嫌だな先輩〜、そんなに褒めなくても〜。」
・・・何か、妄想してる。
「弓塚っっっ。」
「えっ・・・あ、は、はい。」
(まったく、こんな所で・・・)
(フム、ホカニイジョウハ、ナイナ)
(俺がしっかりしないとな)
(サテ、ドウスルカ・・・)
「・・・出る・・・ここを・・・デルの?。」
「「えっ。」」
お互い顔を見合わせる。
「何か言った?。」
「いえ・・・先輩・・・今のは・・・。」
予感・・・悪い予感がする。
「出る、ココを、出るのかい?。」
「誰だっ。」
一方向・・・じゃない。
部屋・・・家全体から声が聞こえる、そんな感じだ。
「出るンだね・・・置いテクンダね・・・駄目、逃ガさない、お前タチモ・・・一緒ダーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
夜道を歩く影が一つ。
その姿は長身で黒ずくめ。被っている帽子まで黒である。
「おや〜、来てしまったのかい?、マイ・シスタ〜。」
その目線は少し離れた一軒家の屋根の上に向けられていた。
「・・・。」
「クスッ、折角、兄妹の感動の再開シーンだというのに・・・冷たいな〜・・・華連。」
邪悪な笑みを浮かべながら武忌は言った。
タッ、軽い足取りで華連は道路へと下りた。
お互いの距離は10mぐらいだ。
「・・・私のミスだな。貴様を蘇らせてしまうとは・・・。」
忌々しそうに口を噛んでいる。
「そんな事は無い・・・と言うか・・・実はあんまり隆一君・・・イヤ、君の働きは関係無いんだ。」
「何?。」
武忌は笑いながら言った。
「ハハハハハッ、いや<隆一君を生かした>事は問題有るかな?。ほら言っただろう?、<蛇の転生術>が欲しいと。僕はね、この身が滅んだ時のために<転生術>が欲しかったのも有るけど<完全な不老不死>のためにも欲しかったんだ。それなりに<他者への情報体となっての移動>は出来たんだ。でも、これは<転生>何かじゃない。ただ乗っ取っただけ。その他者に成り代わる事も、自分の意思を持つ事さえ出来ない不完全な術。事実最近まで自分の名前さえ忘れていた。くくくくっ、自分が隆一君だと思い込んでいたよ。まあ、僕の魔眼はそのまま持てたけどね。」
残忍な笑い声を上げながら続ける。
「いや〜、しかし鬼の体は良いねえ〜。何せ肉体が有って、無いんだ。矛盾?、違うね。怨念は肉体を構成しそれは現実となる・・・が、それは存在してはいない。まあ、<怨念>とかの負を覗けば<死神>と一緒かだけどね〜。」
「・・・我らと同じと言うか<邪皇>。」
華連の言葉に怒りがこもる。
「うん、同じだろ。<鬼>も<死神>も・・・。」
「・・・言いたい事はそれだけか?。」
ギンッ
いつのまにか華連の右手には刀が握られていた。
「所詮、再生したばかりの肉体では私には勝てない。」
「へえー、調べたんだ。」
武忌は右手で帽子を触っている。
「この街の最も強い邪気の溜まり場は<路地裏>。おそらくそこの<場>から肉体を得たのだろう。まあ、あれ程強ければいずれは何かしら発生しただろうがな。」
チャキ、華連は両手で刀を持つと刃を右斜め上にして構えた。
「ふ〜ん、肉体が作りたてだから<直死の魔眼>があっても怖くないか・・・へえ〜、良いのかい?、隆一君無しで?。」
華連が武忌をさらに睨む。
「隆一はどうした?。」「さあーねー、<歩道橋から落とした>以降は知らないよ〜。」
「!っ。」
ダッ、華連は武忌の元へ跳んだ。
異変はその時起きた。
ブンッ、武忌は刀を振るった。
「!なっ。」
長かった、以前より、確かに・・・。
ギィィィィンッ、間一髪でそれを受ける。
「へえー、強くなったね〜。でもさ〜、まだまだ・・・若い。」
ガギンッ、復活したばかりとは思えない力で華連ごと刀を弾く。
「ぐっ・・・。」
華連は後退する。
・・・ここで使った。
<業火死海>、固有結界の一つ。自らの指定した領域内で火炎を出せる。ただし標的を絞れず、全体に行き渡る無差別攻撃になってしまう。
ゴォォォォォォッッッッッッッーーーーーーーーーーーーー
半径10m以内の円が範囲。これ以上は人間に気づかれる。
とにかく、武忌を中心とする辺りは燃え、奴は死ぬ・・・。
(訳が無い)
一端距離を持ち体制を整える。
「やはりか・・・。」
その場には刀を地面に突き刺しこちらの様子を見る武忌の姿が有った。
「やっぱりね、足止めに使うと思ってたよ。」
ギリッ、腹が立つ、武忌の言葉一つ一つが・・・本当に、腹が立つ。
「あららー、怒らせちゃった?、ごめんね〜。」
ペコリ、とお辞儀をする武忌。
その隙を・・・逃す手は無い。
「来るかい?。」
・・・やはり・・・無理か。
跳ぼうとしたが、やめる。
「何故だ・・・って顔してるね〜。僕が強くなってる事がそんなに不思議かい?。」
笑っている、奴は・・・私を見下している。
「華連、僕は仮にも<邪皇14帝>に数えられていた。まあ、別に数えられてなくても良いけどね〜。とにかくさ〜、舐めないでくれるかい?。鬼の実力はさ〜、<肉体>じゃないんだよ・・・知ってるだろう?。怨念や憎悪こそ、僕らの本当の力だよ・・・華連。」
ギロッ、始めて武忌はこちらを睨んだ。
「ぐっ。」
何と言う威圧感。これが、今の私と武忌の差・・・ばかな、このような奴に・・・。
「君は・・・弱い、それがわからないようじゃあ・・・。」
奴は刀真横にし、首の後ろに持ってきた。
「一生、僕には勝てない。」
気がつけば、私は斬られていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ?。」
やっと言えた言葉がそれだった。
何が起きたかはわかった。
武忌は剣撃を飛ばしたのだ。
そしてその剣撃が私の体を上半身と下半身に分けた・・・それだけだ。
問題は・・・だ。
それが・・・。
「見えなかった・・・だろう?。」
すぐ近くで武忌の声がした。
「まあ努力すれば見えるだろうけど・・・。」
馬鹿な・・・仮にも<死神>に・・・<避けられない>としても<見えない>が有るなんて・・・。
「避ける事は出来ないよ・・・今の君ではね・・・。」
ああ、私は・・・結局・・・。
「うん?・・・あらら?。」
こいつには・・・。
「あらま、来ちゃったのね・・・ま、いっか。」
勝て・・・無い・・・。
「<真祖の姫君>・・・か、一度会っておくかな〜。」
それは深い闇が飲み込んでいくような感じだった。
(63)
死徒とは違う。これはもっと禍々しい存在。
私が感じられたのは大体そんな所だ。
「シエル。」
「何ですかアルクェイド?。」
「何か感じる?。」
「・・・いえ、何も。」
今だ眠っている志貴の横で言った。
「・・・シエル、志貴頼めるかな?。」
「アルクェイド?、先程から何を・・・?。」
私は立ち上がる。
「?、アルクェイドさん?。」
「アルクェイドさま?。」
「アルクェイドさん?。」
妹達が不思議そうに聞いてきた。
「ちょっと行ってくるね。」
私は居間から出て行った。
この気配、あの<死神>も居る。
「これが・・・用事?。」
ダンッ、住宅の屋根の上を跳びながら移動する。
途中何か道路が壊れて人が集まっていたが今は関係無い。
跳んだ、近い・・・居た。
「!っ。」
見れば先程の<死神>は倒れていた。
その横に刀を持った背の高い人影が有る。
(不味い)
私はそう感じた。
まず、さっきの戦闘で受けた傷が完璧に治っていない。
次に、向こうの実力は下手すれば<27祖>クラスの実力者だ。
そして、今日は半月。条件があまり良いとは言えなかった。
私は道路の降りた。
向こうはそれまで行動を何もせず眺めていた。
お互いの距離は30mぐらい。
だが、距離はあまり関係が無いかもしれない。
「貴方、誰?。」
殺気を叩きつけながら言った。
「おやおや、随分と直球で・・・世間知らずなお姫様の様ですね。」
右腕に持った刀を肩の上に乗せながら笑みを浮かべている。
「答えなさいっ。」
よく見ればあの<死神>の体が二つに分かれている。こちらも不味い、早く助けないと・・・。
「では・・・始めまして、僕は<閻魔武忌>と申します。以後お見知りおきを・・・<真祖の姫君>。」
やはりこちらが何者かわかっていたか・・・。
「名前なんて聞いてない。貴方が何者かを聞いてるの。」
武忌と名乗った男はまだ笑みを浮かべ続けている。
「<邪皇>と言えばわかりますか?。」
「・・・。」
<邪皇>・・・鬼か・・・不味い、私はこいつらとはあまり戦った事が無い。
妹はこれに近い存在では有るが<人間>が元になっている。鬼その物とは根本的に違う。
「まあ、貴方の標的には外されますね、貴方は<死徒を狩る道具>として作られた人形ですから・・・。」
人形・・・やはり、知っているか・・・。
「ああ、言い忘れていましたよ。この子ですね〜。」
下で倒れている<死神>を指差した。
「僕の妹何ですよ〜。」
「なっ。」
妹?・・・それじゃあ・・・。
「貴方・・・まさか・・・。」
「はい、元<死神>ですよ、姫君。」
それなら、その子が戦う理由がわかる。
「しかし、何故姫君が僕の妹を助けに来たのですか?。」
「知る必要はないわ、貴方はここで死ぬんだから。」
私は構えた。
「おお、怖いですね〜、死に行く者にこそ慈悲の心が欲しい物ですよ、<真祖の姫君>。」
どうする?。このまま行く?。
いや、向こうは何か隠している。
何か・・・もっと何かを・・・。
「くす、賢明なご判断。さすが、僕の力を読むとは・・・ね。」
ギロッ、始めて武忌は睨んだ・・・それは・・・その目は・・・氷の様に冷たく、蒼く、そして死を感じた。
「あ・・・貴方・・・まさか・・・<直死の魔眼>?。」
志貴と・・・同じ・・・魔眼?。
「はい〜。素晴らしいでしょう?。ハハハハッ、美しい女性に睨まれるのも悪くないな〜。」
強い・・・紛れも無く、本物。
(視られている?)
そう考えていい。今の私は弱っている。
志貴の言う<点>は無くても<線>は視えているだろう。だとすれば・・・。
(迂闊に近づけば・・・殺される)
だが、このままでは不味い。
早くそこに倒れている<死神>を手当てしないといけない。
「さてと・・・殺し合いますか?、それとも引きますか?、僕としてはですね〜、満月の夜の姫君を相手したいんですよね〜。まったく<吸血鬼>は月の影響を受けすぎですね。」
失望感出している。
「舐めないで。貴方ごとき今の私で十分っ。」
私は攻撃に出た。
一歩で間合いを詰める。
その勢いを利用した爪の物理攻撃。
ギンッ
最初の一撃、武忌は<長刀>を横にして右手で持って私の一撃を受けた。
「くっ。」
ギンッ
今度は左手で、それも右手だけで持った<長刀>に防がれる。
「ふ〜ん、流石にキツイか・・・。」
その時点で始めて武忌は下がった。
私は一端倒れている<死神>を無視して攻撃に集中する。
ギンッ、ガギンッ、ギッ、ガンッ
渾身の力を籠めた攻撃だったが武忌は全て片手で受けた。
信じられなかった。いくら弱っているからと言っても片手で全て防がれるなんて・・・。
「・・・どうやら他の誰かとも戦ったようだね。」
「うるさいっ。」
執拗なまでに私は攻めた。
「力押しか・・・まったく・・・失望したな。」
必要最小限の刀の動きで武忌は私の攻撃を受けた。
「こんのっ。」
こうなればその刀を折る。
ブンッ、刀を中心に攻撃した。
「・・・。」
ギンッ
そんな音がして私の手は弾かれた・・・いや、違う方向に・・・これは・・・。
「・・・やっぱり・・・つまらないな・・・弱い。」
ブンッ
始めての攻撃。それは私の体を切断した。
ピュゥゥゥウゥゥゥウウウウウウウッ
音が聞こえる。何かが近づいて来る。
「えっ。」
ドサッ、丁度姫君が倒れた瞬間・・・それは来た。
「なーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
大急ぎで避けた・・・はずだった。
ウウウウウッッッッーーーーーーーーーーーーー
それは小型ミサイルの群れでした〜、○。・・・って。
「いいっ!?。」
しかも誘導っぽく付いて・・・いや憑いて来た。
「わわっ・・・こんのっっっ。」
ザンザンザンザンザンザンッ、それ全部を・・・斬った・・・思わず・・・条件反射で。
「あっ。」
ドオオオオォォォォォォォォォッッッッッッッッッッッッッンンンンンンンッッッ・・・、で僕の周りで爆発した。
今日の日記・・・人間の科学力が一番ダメージを受けた気がしました。○。
「・・・って、僕は日記なんて書いて無いっ。誰だ、雰囲気壊した奴はーーーーーーーーー。」
黒焦げになりながら上を見上げた。
「は・・・い?。」
それは人型ではあったが・・・飛んでいた。何か背中にロケットが付いている。
「・・・うそ。」
「モクヒョウダメージミトメラレズ、セッキンセンニウツリマス。」
ああ、隆一君の記憶から理解できた。
翡翠さんだ(昼間襲ったけど)。って違う。これは俗に言う・・・。
「サイボーグ?。」
「カエンホウシャキ。」
ボォォォォーーーーーーーー、どこが接近戦だーーーーーーーーーーー。
(64)
科学・・・それは表社会において人がたどり着く力。
裏の者だからと言ってそれを侮る事は出来ない。
要するに、油断してると酷い目に遭うのである。
ボーーーーーーーーーーーーーーーー
火炎放射。
ビーーーーーーーーーーーーーーーー
レーザー。
ドッドッドッドッドッドッドッッッッ
小型ミサイル。
「えっ・・・ちょっと・・・。」
バチバチバチバチバチバチバチバチッ
電撃(遠距離と広範囲)。
ドォーーーーーーーーーーーーーーー
背中からロケット発射。
「な・・・何で?。」
空を飛びながら接近してくるメカ。
ウィィィィーーーーーーーーーーーン
腕から光る剣(ライトセーバー)。
「いっ!?」
ブンッ
刀を振り応戦。
どんなに剣がわからん物質でも<視れば>それは死ぬ。
スッ
そしてその光る剣は根元から無くなった・・・が。
ウィィィィーーーーーーーーーーーン
また出てきていた。
ウィィィィッッッッ、ガシッ、ザンッ
で本当に斬られた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・へえー。」
メカはそのまま再び空へと飛んだ。
斬られたのは右肩から左胸まで。騒ぐほどでは無い。
「ふざけてると思ったけど・・・。」
空を見上げる。
「面白いね、本当に・・・。」
武忌の左手には回転のこぎりが握られていた。
「う〜ん、困りましたね。」
琥珀はモニターを見ながら悩んでいた。
モニターには回転のこぎりを捨て、笑みを浮かべながらこちらを見ている武忌の姿が有った。
「ニューメカ翡翠003αちゃんの攻撃では倒せませんね。」
「姉さん、そんなふざけたネーミングはやめて下さい。」
妹の翡翠はかなり口調が変わりながら切れていた。
「あはー、翡翠ちゃん怖〜い。・・・でも。」
モニターに向き直る琥珀。
「本当に・・・勝てないわね・・・。」
「・・・。」
まだ志貴は眠っている。
秋葉とレンが傍にいるので心配は無い。
問題は画面に映し出されたアルクェイドと<死神>である。
「何とか・・・してもらわないと・・・。」
「はい。」
二人にとってアルクェイドは自分らの愛する人を奪う候補の一人で有る。
だが、アルクェイドという人物に対しこの姉妹は少なからず好感を持っていた。
喜怒哀楽の差が激しく、いつも<遠野家>を騒がせながらも本人には自覚がまるでない。
そんな自由な彼女に二人は一種の憧れさえ持っていた。
「お願いしますよ・・・シエルさん。」
「ハハッ、しかし人間は面白い物を作るね〜。」
夜の中にこだます不快な言葉。
まるで誰かに聞かせている様な声。
「こんなに武装がすごい二足歩行型・・・いや飛んでるか、とにかくすごいね〜・・・でも・・・。」
メカ翡翠003αは武忌の様子から次の攻撃を整えていた。
「こんなに騒がしいのに何で誰も来ないのかな〜〜〜?。」
!、気づかれていたか。
その言葉と共にメカは攻撃を仕掛けた。
空からの、ミサイル、レーザー、火炎放射、と遠距離攻撃の連続・・・が。
「・・・・・・・・・で?。」
「!!!。」
気がつけば武忌はメカの後に回っていた・・・今だ。
ブンッ、電撃を出そうとしたメカの両腕が切り落とされた。
「電撃は・・・出るのかい?。」
「!ピッカッピッピピピピピピピ???!!!。」
予想できない速さの前にメカは混乱し始めた。
「くくくっ、空中では君が有利だと思ったんだけどね・・・メカちゃん。」
スッサッサッスッサッ、まるで野菜を切るかの様な柔らかさで・・・それは幾つにも切断された。
ドゴォォォォォォォッッッッッッーーーーーーーーーーーーーーーーー
背後から爆発音。
しかしどんなに音が高くても結界内では問題は無い。
「シ・・・シエル?。」
腕に抱えたアルクェイドが何か言った。
「まったく貴女は迷惑ばかりかけて・・・。」
ダッ、電柱から跳ぶ。
「・・・あの子は?。」
「背中です。・・・貴女同様上半身と下半身に分かれてます。」
回収するさいも微動だにしなかったこの<死神>。無視しても良かったが自分の愛する人を助けてもらった事も有り連れて来たのだ。
「アルクェイド、私は<死神>の手当てなんて出来ませんよ?。」
「・・・大丈夫、<死神>は自分で何とか出来る・・・はず・・・。」
息も絶え絶えに苦しそうなアルクェイド。
今宵は半月。
しかも下弦。
もうじき新月となる月の満ち欠け。
吸血鬼にとっては力を失っていく時期。
おまけに今日の連戦。
おそらく今日と明日はアルクェイドはあてになりそうも無かった。
「ふむ・・・何か知らぬが出てきたらどうだ?。」
ここもまた夜道の一つ。
黒いコートを羽織った少年は前の暗闇を見ていた。
その声に反応してか二つの影が出てきた。
「気づかれていたか。」
「では聞く、貴様何者?。」
同じく黒い色に統一された二人。少年は言った。
「行け。」
「「!。」」
瞬間少年のコートから一つの影が空へと向かい、どこかへ消えた。
「き、貴様・・・。」
「な、何を・・・。」
魔の気配が漂う少年に対し始めて恐怖を感じ始めた二人だった。
「なに、友に少々手勢を貸そうと思ってな。・・・どうやらこちらに時間をかける必要が有りそうだしな。」
そう言った後、二人を睨みつける少年。
「さあ、こちらが聞く。何故<狩人>がここに居る?。」
「「なっ。」」
その言葉を聞いた途端、二人はこの少年を殺す事にした。
「何の・・・。」
「事かな・・・。」
「フンッ、俺にはわかる。貴様らからはあの下等種族と同じ匂いがするからな・・・。」
そして・・・時矢は再びコートを開いた。
(65)
種の力、それはそれぞれ違う。
頭上からの加護もあれば、自然からの加護、別世界からの加護も有る。
そして、ある種に限れば内面からの力も有る。
だが、力は時に牙を向く。
より強い力を得れば、より強い反発も存在する。
故に人は力を得るために対抗手段を講じた。
強く、弱く、硬く、脆くも有るこの種は<考える>という物を持っていた。
だからこそ作られた物。
それは・・・。
「オォォォォォオォォォォォォオォォーーーーーーーーーーーーーーーー。」
叫び声と共に台所の壁床天井から人間の腕の様な物が出てきた。
黒いが半透明のそれらは当然こちらに襲い掛かってきた。
「何なんだよっ。」
「このー、近づかないでよっ。」
自分らに近づいてくるそれらを殴ったり蹴ったりしながら潰す。
ブンッ、ダンッ、ブッ
だが空気を切る音しか聞こえない。
確かに触れてはいる。
そしてその腕は確かに消えていく。だが・・・。
「このこのこのこのこのこのこのこのッッッッッッッッッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
触れた感触さえない攻撃を弓塚が続ける。
しかし・・・。
「くそっ、多い。」
ブンッ、ブンッ
減らない・・・むしろ増えている。
ガシッ
一つの腕が足を掴んだ。
ブンッ
足を思いっきり振る。それでその腕は消えた。
「くっ。」
向こうはちゃんと掴む事ができ、こちらも当てれば倒す事はできる。
だが、手応えのない攻撃を続けるのは得策ではない。
「どこだ?」
視た。
家全体を視る感じで視た。
<線><点><線><点>・・・腕の数だけそれらは存在する。
(有る筈だ・・・<本体>)
(ワカラン・・・コイツラハナンダ?)
二つの違う思考をフル回転させながら攻撃し、視続けた。
(無いのか?)
(<テン>ガ、フクスウソンザイスルナラバ、テキハフクスウ)
(全部潰さないと駄目なのか?)
(・・・アノコエ・・・ドコカデ・・・コイツラハナンダ?)
「このーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
バサッ、突然後で翼を羽ばたく様な音がした。
「なっ。」
見れば弓塚は悪魔モードになって回転するように周りの腕を薙ぎ払っていく。
ブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンッッッッッッッッッッ
そして腕がどんどん消えていく。
だが、それに対抗するかの様に再び増えて行く腕の群れ。
「はあはあはあ・・・まだ?・・・こ・・・の・・・あっ。」
ドサッ、力尽きて倒れる弓塚。
「おいっ、しっかりっ!。」
慌てて弓塚を抱き起こす。
「せ・・・ん、ぱい・・・うううううっ・・・・・・・あが・・・・。」
「おい・・・どうした・・・おい?。」
突然胸を押さえる弓塚。
「い、痛い・・・痛いよお・・・イタイイタイイタイイタイよお・・・先輩、苦しいよ・・・痛いよ・・・。」
「くっ。」
ギシッ、そんな音が弓塚からした。
「アガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
その音と共に弓塚の悲鳴が上がる。
「ぐっ。」
思わず離れる。痛みのためか弓塚は闇雲に腕を振るった。
近づいていた腕がまた消える。
「イタイヨイタイヨイタイヨォォォッッッッッーーーーーーーーーーーオネエチャーーーーーーーーーーーーーーーーーーン。」
(判断する)
(ミルガイイ)
視た、そして右手の中指だけを伸ばす。
<点>の場所は右胸の少し下辺り。
ブンッ、高速の腕を避け間合いを詰めた。
スッ、素早く<点>に中指を刺す。
「あ・・・か・・・。」
ドサッ
弓塚は床に倒れこんだ。
弓塚の暴走の波のせいか、腕は近づいて来なくなった。
どうやら危機回避能力は有る様だ。
「弓塚・・・少し・・・待ってろ。」
「・・・・・・あ・・・・・は・・・・・・・・・い。」
弱っていると死んでしまうことも有るが、少し<点>をずらしたので死ぬ事は無かった。
周りには警戒する様に腕が囲んでいる。
「・・・お前ら・・・何が目的だ?。」
答える者は居ない。
(全部倒さないと駄目か?)
(・・・アア、ソウラシイ)
(・・・・・・・・・・?)
(・・・・・・・・・・?)
ふと、何か引っかかる。
思考が・・・何かが違和感を感じた。
(倒す?・・・・・何故?)
(ナンダ・・・コノクウカン?)
(何故)
(ナゼ)
((何故ゼン部タオサないといけナイ?))
ピキッ
何かが割れそうな音。
(違う・・・違和感)
(<コノイエ>ニハイッタトキノ、イワカン)
ピキピキピキピキピキィィィィィィィィィ
割れる・・・音。
(だって)
(ナゼナラバ)
((こコデ戦ウ理由ガナイ!))
バリィィィィィィィィィィィィィンンンンンンンンンンンンッッッッッッッッッッーーーーーーーーーーーーーーーーー
割れた音。
「オォォォおぉぉぉぉオォォォォォおォォオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
それと呼応する叫び声。
「逃げるって言う選択肢を忘れてたな。」
もう一度辺りを見回す。
・・・一つだけ変わった事。それは・・・。
「お前が親玉だな。」
「オーオーオー・・・・・ううっ・・・ナゼ破ラレタ?。」
目線の先には居間が有る。
その中央に存在する<それ>は、例えるならスライム。
黒く、形を持ちそうにないそれ。
そして無数の<点>。
これは時矢に似ている。
要は<集合体>だ。
「ここに来てからずっと違和感が有ったからな。懐かしさ強く、たっぷりと眠った・・・そう異常なまでにたっぷりと・・・な。」
中々大きいそのスライムは声を出す。
口はどこに有るかわからない。
「オーオー・・・なンデ???・・・何で???・・・どうシテ・・・。」
「・・・何で一緒に居てくれないか・・・か?。・・・生きてるから・・・かな。」
その声は・・・知っていた。そう、その声は・・・。
「俺は・・・まだ死ねないよ・・・<柚良>・・・。」
「ドウしテ・・・お兄ちゃん・・・。」
その声は・・・決して聞いては・・・いけない・・・妹の声だった。
トンッ、その男は無事地面に着地した。
「・・・ああ、服がボロボロ・・・うう、少し火傷してるよ〜。」
武忌はボロボロの帽子を取るとそれを捨てた。
「あ〜あ・・・また新調しないと。さっき変えたばかりなのにな〜。」
ババッ、服をはたく音。
「しかし人間の科学力も侮れないね〜、真面目な話。ふむ・・・。」
武忌は天を仰いだ。
「半月・・・新月・・・姫君が本調子になるのは先か・・・・・・う〜ん、<遠野家>にさっきのお礼参りに行こうと思ったけど・・・やめた。」
武忌は町に向かう。
「服!・・・後帽子!、これないとね〜・・・でも・・・以外と今日は面白かったな〜。ハハッ、楽しみは・・・、また今度・・・。」
独り言を言いながら武忌は夜の街へと消えて行った。
<遠野家>では三人の男女が眠っていた。
とある一室。
「あー、くっつかないー。やっぱり殺されてるー。」
「・・・アルクェイド、貴女自分の体を他人の様に言わないで下さい。」
シエルの冷たい声が響く。
「むー、実際そうなんだからー、痛いんだよこれ・・・志貴も痛かったしー。」
「・・・早く治してください。こちらは戦力が足りないんですからっ。」
辺りの温度がさらに下がったようだ。
「・・・シエル。」
「何ですか?。」
「・・・貴女・・・あいつとどれくらい戦える?。」
あいつとは恐らく・・・あの鬼であろう。
「・・・正直に言えば・・・一人では・・・すぐに・・・。」
「・・・ええ、あいつ<27祖>クラスね。」
先程<27祖>の混沌と対峙したばかりだが、それクラスの奴がこの町に二人も居るのだ。とにかく不味い。
「貴女、<邪皇14帝>を知ってますか?。」
「・・・ええ、当然よ・・・多分貴女と同じ考えね。」
<死徒27祖>、これに対抗するかの様に総称される鬼の集団<邪皇14帝>。
<魔の三大勢力>とまで言われるこれらはまさにこの世界の魔の支配者と言えるだろう。
「まあ・・・あいつはもう来ないみたいね。」
「は?、何故わかるんですか?。」
シエルにはあの鬼の気配がわからないようだ。
「あいつ、こっちを追わなかった。追えたのに・・・追わなかった・・・。」
満月の夜の姫君と戦いたい、奴はそう言った。
そう、奴は・・・。
また、とある一室。
「あ、秋葉さま・・・一応言われたとおり・・・体を巻いてみたんですが・・・。」
医療知識豊富な琥珀さえ、汗を流していた。
「・・・仕方ないわ、<死神>なんて専門外を超えた専門外だし、アルクェイドさんの言った通り放っておきましょう。」
まだ子供の姿をした<死神>をベットに寝かしながら続ける。
「それより琥珀、本当にその鬼とやらは・・・。」
「はい、奇跡的に残ったカメラで確かに町へ向かって行くのが見えました。」
「そう・・・。」
これでしばらくは安心できた。鬼が町に何しに行ったかは・・・想像したくないが・・・こちらも自分らの動きで精一杯なのだ。
「兄さん・・・早く・・・起きてください。」
少しだけ弱みをみせる秋葉。琥珀は言った。
「秋葉さま、ご心配なら・・・。」
「いえ・・・それよりその鬼について調べないと。分家にも動いて貰わないと・・・。」
だが、果たして私達に何が出来るのだろうか、と琥珀は思った。
画面からでわかるあの鬼の強さ。
主人の秋葉とはまるで違う混血ではない<鬼>。
それは・・・言わないでおこう、そう思う琥珀だった。
「志貴さま。」
志貴は自室に運ばれた。枕元にはネコモードになったレンも居る。
翡翠も知っている。弱っていたとは言え、アルクェイドが負けた相手なのだ。
それがいつここに来るか・・・。
「志貴・・・ちゃん。」
ぼそりと翡翠は言った。
「私は・・・いつも貴方様に守られてばかりですね。」
昼間と言い、今と言い、彼女は自分が役立っていない事に悔しさを感じていた。
「もう・・・足手まといは・・・いやです。」
だが、志貴は眠ったままだ。
「私は・・・何が出来るんでしょうか・・・。」
それは自分への劣等感と嫌悪。
彼女は、潰れそうな心を持ちながら志貴を看病していた。
こうして、夜は更けていく。
あらゆる思案飛び交う中、舞台はさらに深まりを見せていく・・・。
(66)
体に力が入らない。私は何をされたのだろうか?。
わかる事は・・・先輩が<あれ>を呼んだ事。
そして、<あれ>が応じた事。
私は、何も出来ずにいる・・・。
「柚良・・・。」
幾つ物集合体に向かって話す。
「一体何をしてるんだ?。」
「・・・寂しカったノ・・・。」
大きなスライム状のそれが言い返す。
「誰モ居ないノ、ずっと待ってタのに誰も・・・だからね・・・お友達を呼んだの。そシたら、一杯来てくレたの。」
姿は確認できない。
だが、柚良は確かに居る。
偽者なんかではない。
「でモね・・・足りナいの・・・寂しいの・・・でも・・・お兄ちゃんは帰ってきてくれた・・・。」
ああ、そうだ・・・俺はここに帰ってきた。
でも・・・。
「やっト・・・会えたね・・・ネえ・・・お兄ちゃん、もう離さないよ、ずっと・・・ね?。」
「・・・・・・。」
聞きたかった、この声が。
あいつに殺されて、失って、俺は・・・。
「俺も会いたかったよ、柚良。・・・でもな・・・。」
俺は、それを見つめる。
「俺は、まだ・・・そこには行けない。やり残した事が有るから・・・ごめん。」
スライムは少しずつ動き出す・・・いや、震えだす、と言った方が良いだろう。
「何で?、なんで?ナンデ?・・・嫌いなの?柚良の事・・・キライナノ?・・・。」
声が震えている。
俺は、冷酷に言い放つ。
「ああ、今の柚良は大嫌いだ・・・。」
焦りが彼女を覆う。周到に計画されてきたというのに、最も重要な所で綻びが起き始めたからだ。
「・・・あの子は・・・役に立たないわね・・・。」
どうしても彼女の思う通りに動かない駒達。
だが、それをカバーするように彼女の弟は動く。
それでも自分の描くとおりに動かないのは彼女の望む物ではない。
「使えない、使えない、折角機会を与えたのに・・・それに私を無視するなんて・・・。」
ブッ、ガキンッ
デスクにあった花瓶を壁に投げつける。
計画までに時間が無い。
失敗は許されない。
多少無理やりな部分が有るが、やっと漕ぎ着けたのだ。
「絶対に・・・成し遂げて・・・。」
「そうだな。」
「!っ。」
彼女に向かって声が響いた。
「誰っ?。」
「・・・ふん、来てみれば案の定・・・か?。」
「お、お前は・・・。」
少し離れた所に有るこの部屋の扉に男が立っていた。
「・・・ノックも無しに・・・。」
「気づかないほうがどうかしている。この世界では当たり前だろう。」
言い返せずに沈黙する女。
「うちの手下に荷を任せたのは失敗だったな・・・。」
「そ、そうだ、お前が・・・うっ。」
睨まれて動けなくなる女。
「フンッ、こちらも忙しくてな。何せ厄介な奴らが揃ったようだしな・・・。」
「奴らが揃った?。」
その言葉に震える女。
「あ、あの黒服だけでは・・・。」
「さあな、こちらにはガキ一人で精一杯だ。」
「ガキ?、何故ガキなんかを追う?。」
男は右胸からタバコを出して火を点ける。
「スーーーフーーー、そいつが、全てを狂わしたからだ・・・。」
「!!まさか・・・。」
顔面蒼白、という感じで女は言った。
「馬鹿な・・・それでは・・・察知されていたと?。」
「知るか、まあ<この土地>は色々引き寄せるからな。」
男はどうでも良いという感じで言う。
「何にしてもだ、失敗は許されねえぜ?。」
「くっ。」
チャキ
突然男の頭に何かが付けられる。
「おー、怖いな・・・。」
「・・・何故あなたがここに?。」
不機嫌そうな声が響く。
「くく・・・良いじゃねえか、俺だって気になるんだよ。」
と言いながら両手をバンザイする男。
「・・・どうだか。」
何かを頭から外す男。
「やれやれ、シスコンか?。」
「ええ、そうかもしれませんね。用事がないなら早く立ち去ってください。」
「へいへい・・・。」
ガチャ
ドアが開き男は出て行った。
「姉様、あまり根を詰めるのお体に悪いですよ。」
「・・・そんな事より<薬>は?。」
「まだですが、期限内には・・・それより・・・。」
姉様、と呼んだ男は明るく言い放つ。
「姉様はドンッ、と構えて居て下さい。それに<あの子>も目晦しになってもらう必要が有るのでしょう?。」
安心させるためか、それとも本当に余裕なのか、男は笑いなが言った。
「・・・そうね。」
納得し切れてはいなようだが、頷く女。
「それでは、失礼しました。」
女は一人で考える。
「本当に・・・上手くいくの?。」
それは不安と焦り。
舞台はまだどう転ぶかわからない。
何故なら、この舞台には・・・。
まだ、配役が揃っていないから・・・
夢を見ている。
そこは広大な草原。
大きな空には雲一つ無い快晴。
だが、眩しくはない。
俺はその場に寝ている。
「・・・。」
何も考えず、ただ、寝ている。
穏やかな風を感じる。
草の匂いを感じる。
ふと、気配を感じた。
視線を横にずらす。
そこには少女が一人。
見覚えが有る。
「・・・レン、おいで。」
その声につられてレンは俺の膝の上に乗った。
長く短い夢・・・癒される・・・ための・・・。
夢だとわかっているのか?。
夢だとわかっていないのか?。
現実だとわかっているのか?
現実だとわかっていないのか?
ただ、何も考えずにいる自分。
レンと目が合う。
(もっと、眠って)
それに抗う気力もなく眠りにつく。
今は休む時だと知っているから。
だから、眠る。
これは一つの物語。
今日の舞台で彼が動く事はもう無い。
だから休め。
舞台は一日では終わらないから・・・。
(67)
もう会えないと思っていた。
もう見る事はないと思っていた。
それが目の前に居る。
だけど・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?。」
長い沈黙だった気がする。
数分か、数十分か、数時間か、わからないが長かった気がした。
「なニを・・・言ったノ・・・お兄ちゃん?。」
大きなスライム状の物体は震える様な声で聞いてきた。
「大嫌いだ、そう言った。」
何と冷酷な言葉だろう。
恐らく何らかの理由でこの家から出られなかった妹に向かって、俺は確かに言った。
「嘘・・・うそ・・・ウソ・・・だヨね・・・お兄ちゃン??????????。」
「・・・。」
喋らずに黙ってそれを見ている。
「何デ??????????、柚良が・・・嫌イなの??????????。」
口がどこにあるかはわからない。
それでも声は震えている。
「柚良・・・そいつらは<何だ>。」
その発言を聞いた柚良は震えながら言った。
「友達だよ、仲間だよ、家族だよ、皆、皆・・・何でそんな事を聞くの?。」
俺は溜息をつくと・・・視た。
「じゃあ、何で俺達を襲った?。」
柚良にある無数の<点>。
とても小さく、中には見過ごしてしまいそうな物まである。
「生きたかった、皆もっと生きたかった。生きる体が欲しかった。だから俺達を襲った。そう、<柚良の言う事>を聞かずに・・・。違うか?。」
柚良は何も言わない。
「<結界>が無いからわかる。ここに居るすべてが、苦しみ、悲しみ、嘆き、そして憎悪している。・・・柚良、何人殺した?。」
ビクッ、そんな感じで震えるスライム。
「全然気がつかなかった。これが柚良の能力か?。・・・まあ、どうでも良いけどな。もう止めろ、柚良は、もう死んで・・・。」
「イヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
叫び声と共にスライムから無数の腕が出てきた。
咄嗟に右に跳ぶ。
追撃してくる腕。
ブンッ、腕でが空を切る音。やはり感触はない。
「柚良っ!、もう止めろ!。」
「イヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
すぐにでも応戦しなければこちらが捕まれる。
腕を振り、足で蹴り上げ、無数の腕のなぎ払う。
だが、足りない。
ドォッ
壁に叩きつけられ磔のように腕で四股を押さえられた。
「くっ、このォ・・・。」
何という力だろう。
<こちらが触れても感触がない腕>が<向こうから触れると感触がある>のだ。
この矛盾。
いや、そもそも<死んだ魂の命>が視えている時点で矛盾が起きているが・・・。
「ホシイ、サミシイ、クライ、コワイ、イヤ、イヤ、イヤ、オニイチャン、イッショ、イッショ、ズット、ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥットォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
オーオー言いながらスライムの本体は近づいてきた。
「柚良・・・止めろ・・・お前は死んだんだ。」
「イヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
腕の幾つかが口を押さえた。
「・・・。」
「死んでない、死んでない、私わたしワタシははあははっはは・・・イキテイキテるるるるるるルルルヒルルルるるるるヒィー、ヒィー・・・。」
ただ何も出来ずに俺はスライムを視ていた。
(柚良・・・ごめんな・・・)
狂ってしまった自分の妹。
それに誤る自分。
なんと勝手な思いだろうか。
「アアアアアオォォォオォオオオオオーーーーーーーズット、一緒だよ・・・。」
目の前に来たそれは大きな穴を開けた。
いや、口、と言うべきか。
俺はただそれを視ていた・・・そう、<視ていた>。
(何・・・してるんだろうな・・・俺)
(イキルタメダ)
(何故?)
(ヤクソクガ、マダアルカラダ)
(ああ、そうか)
(アノケイサツカンニ、イッタダロウ)
それは昨日・・・いや今日かな?、あの事件現場のカメラを公表するという・・・。
(・・・そう言えば)
(ナンダ?)
(昨日は9月13日だったな)
(13カ・・・オレハドウモコノスウジハ、ウンガワルイラシイ)
柚良を含む両親が殺された時、無者との戦い、そして今。
この数字は俺にとって呪われた数字のようだ。
そんな事を考えていると大きな口は壁に貼り付けた俺を飲み込もうと包み込んだ・・・・・・・。
・・・はずだった。
「オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
大声でスライムは俺から離れた。
「・・・え?。」
体中に張り付いていた腕も外れ、俺は壁際に立たされる格好になった。
「おい?、柚良?。」
スライムは苦しみながら暴れた。体中を伸ばしたり、縮ませたり、とにかく暴れている。
「ゆ・・・ビ・・・。」
「え?。」
何か言っている。
「ゆ・・・ビワ・・・を・・・・・・モッテル・・・の・・・オォォォーーーーーーー。」
指輪?。
指輪・・・そう言えば・・・。
ポケットを探ると指輪が確かに出てきた。
「これ?。」
この指輪はさっき床に落ちていた物。
不確かな記憶だが、確かに母親が持っていたはずの物。
遺物として持っていたのだが・・・。
「・・・何でこれが?。」
わからない、別に不思議な物でも無い様な・・・そうじゃない様な・・・わからん。
「うう・・・。」
「柚良?。」
泣き声の様な声。
「一緒ニ・・・ナって、くレないの?。」
「・・・ああ・・・もう止せ。これ以上は余計悲しくなるだけだ。」
右手に指輪を持ちながら言った。
「母さんも父さんも待ってるはずだ。もう止めよう、な、柚良・・・。」
勝手な言い草だ。自分だけはしっかり生き延びようとしている。
あの時、もっと俺が帰るのが早ければ、俺の血が覚醒していれば・・・俺は柚良を、両親を失わなかったかもしれないのに。
「お母さん?お父さん?・・・オカアサン、オトウサン・・・イナいヨ・・・。」
「え?。」
スライムが動くのをやめた。
「居ないいないイナイ・・・どこにもイナイ、置いてイッタ、二人とも、ワタシだけ、ひとりひとりひとりヒトリヒトリヒトリ・・・・・・ずっと、一人だっタ。イヤ・・・。」
再び柚良は動き出す。
「オニイチャン・・・しか、イナイーーーーーーーーーーーーーーー。」
再び無数の腕が俺を襲った。
「柚良・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ドッ、再び同じ壁に叩きつけられた。
コトッ、その拍子に指輪が床に落ちる。
「モウ、イヤイヤイヤイヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤ・・・ヒトリニしないでお願いオにイちャン・・・。」
ギシッ、また力が入る。
今度はさっきより強いかもしれない。
「・・・。」
何も言えない。
いや、俺に言う資格は無い。
俺は今まで好き勝手に生きてきた。
柚良が苦しんでいる間ずっと・・・俺に・・・何が・・・。
(イキルンダロウ?)
急にもう一つの声がする。
(何を・・・)
(イキタイ、イキタイ、シニタクナイ・・・)
生を求める俺の声がする。
俺は、オレハ、おれは、オレハ、おレは、おれハ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「駄目ええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーー。」
「え?。」
今は口を塞がれていないので声が漏れた。
声の主は・・・弓塚だった。
「先輩!、生きなきゃ、生きなきゃ・・・えっと、とにかく言えた義理じゃないですけど・・・とにかく、生きてくださいッッッッッッッ!!!!!!。」
<点>を突かれてながらも弓塚は何とか這いながら居間に来ていた。
「馬鹿、来るなっ!!!」
「・・・。」
柚良は動くのをやめている。
「・・・ダレ?。」
「あ、貴女、私は何が有ったか知らないけど・・・先輩を、殺すなら、私は貴女を、殺すっ。」
今の弓塚は普通の人間の格好だ。
だが、また<悪魔モード>に成るのは・・・危険だ。
さっきの暴走、おそらく<悪魔の力>が弓塚を蝕んでいるのだろう。
あくまで予想の範囲だが、俺達異端者にも<反転衝動>があるように、弓塚にあってもおかしくはない。
「ジャマするの・・・だったら・・・コロス。」
「「!。」」
事は一瞬だった。
一本の腕が弓塚の元へ行き、顔を掴み、投げつけた。
「あっ。」
ドォッ、頭を軸に振り回された弓塚は壁にぶつかった後、そのまま動かなくなった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
柚良・・・が、やったのか?。
弓塚、しっかり・・・。
声が出ない。
熱い。
胸が熱い。
体が、うずく。
この物体を・・・。
どうしたい?。
「柚良・・・。」
「こレデ一緒ダヨ・・・。」
他人を何とも思わない言葉。
その言葉が、止めになった。
ピキピキピキ
何かが割れる音。
ドゴォォォンンンンンーーーーーーーーーーーーーーーーーー
背にあった壁が崩れた。
「!?。」
スライムの力のせいか俺はそのまま壁の向こう、廊下へと押し出された。
ブンッ、また空気を切る音。
その過程で俺の体は自由になった。
ピチャ
何か液体が落ちる音。
ああそうか、弓塚の爪で引っかかれた傷から血が出ていたっけ・・・。
まあ、別に関係ないや。
オーオーオーオー言いながら柚良は廊下にやって来た。
「オニイチャン?、どうシて逃ゲ・・・・・・・。」
何か言っている。
関係ないか。
「・・・。」
「・・・どうしたの?、ドウシタノ?怖い、こわいよ、オニイチャン?。」
震えているのか?。何がしたいんだこいつ?。関係ないか。
「イヤイヤイヤ・・・イヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
また無数の腕、いい加減飽きた。
バッ
廊下という狭い空間。
俺はそこで、上に跳んだ。
「!?。」
もちろん天井までの距離はそれほどない。
だから、そこを踏み台にすれば、攻撃に勢いがつく。
「ヒッ。」
腕が出るが・・・遅い。
感触の無いスライムの<点>を突いた。
いや、腕は<点>より遥かに大きい。正確には貫いた、だろう。
もちろん<点>は一つではない。
だから、この先は指と爪を使っての細かい作業だ。
「オォォオォォオォォォォオォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
後退するスライム。
無数の腕が体に纏わりつくのでそれの相手もしないといけない。
「・・・どウシた柚良・・・そノ程度か?。」
あらかた腕を片付けた後、俺は柚良に言った。
「何で?オニイチャン???。」
今更震える声。腹が立つ。
「コロス、お前はそれだけの事をした。」
俺は少し小さくなったスライムに向かう。
「オーオーオーオー・・・・・・。」
後退するスライム。
すでに実力の差は出ていた。
「な、何で、ドウシテ?。」
「・・・。」
答える義理は無い。
あの優しかった柚良が、人を投げつけるなんて事を平気でする何て思いたくなかった。
でも目の前でそれを行った。
そして・・・答えは出た。
「あ、あ、あ、あ、オ、オ、オ、オ、オ・・・・・・・・。」
「・・・。」
再び居間に戻って来た。
ここなら、もっと簡単に殺せる。
ガタッ
その時、柚良の後で音がした。
「せ・・・ん・・・ぱ・・・い・・・。」
「弓塚?。」
「!?。」
スライムは腕を弓塚に向けて飛ばし、弓塚を掴んだ。
「「なっ。」」
弓塚と声が重なる。
「来なイデ、来タら、この人ヲ・・・コロス。」
息も絶え絶えの弓塚とそれに伸びる幾つかの腕。
その先のスライム。
柚良は始めて俺を拒んだ。
「オニイチャンモ、私をいじめるンダ・・・。」
「・・・。」
何かを勘違いした声。
ある意味正しいが・・・。
(殺す・・・)
(ユラガ、ハヤイ)
(もう戻れない)
(ユミヅカヲ、タスケルニハ・・・)
二つの思考が状況を判断する。
下手に動けば弓塚は死ぬ。
今の柚良なら間違い無くやる。
(どうする?)
(ドウスル?)
沈黙が支配した・・・。
「離せ。」
ザンッッッ
それがスライムの腕が切れる音。
ドドドドドオオオオオオオオオオオォォォォォォーーーーーーーーーーー
それが柚良のスライムが吹き飛ぶ音だった。
(68)
ボリボリボリボリ・・・何と言う音。
自らの体内からの音である。
この身はすでに人ではない。
混沌という世界が全てだ。
いずれこの意志もこの世界に飲まれるだろう。
「あ、あ、あ、あ・・・。」
目の前には恐怖に怯える愚か者。
仲間が目の前で喰われた事で完全に自分を見失っている。
「さて、この町で何をしている?。」
下らない存在だ。自らの力量と目の前にいる存在の力量との差がわからなかった存在。
この者にこの世界で生きる資格はない、が・・・。
「答えろ、<狩人>がこの様な極東で何をしている?。」
<狩人>、この組織には少なからず関わりが有る。
「た、た、助けて・・・助けて・・・。」
「・・・。」
目の前にいる大きな存在から逃げられない事はわかっているようだ。
だが、それでも何も言わないのは・・・恐怖からか・・・それとも・・・。
「言え。」
「あ、あ、あ、あ、ああああああああああああああああああああああああ。」
爆発音がした。
音からしてそれほど大きな爆発ではなさそうだ。
目の前には一つの肉の塊。
人型ではあるが、頭が無かった。
「・・・やはり、そう簡単にはいかないか・・・。」
バリッ、コートから大きな口が出てその肉の塊を飲み込んだ。
「まったく、自らの部下にこんな仕掛けをするとはな・・・。」
彼は夜空を見上げた。
「またか。まあいい。・・・では終局を迎えよう・・・なあ、隆一。」
最初は目の前で何が起きたかわからなかった。
ただわかったのは、弓塚が解放された事だった。
「弓塚!。」
慌てて駆け寄る。
「せ・・・ん・・・ぱい、大丈夫です。」
とてもそうは見えなかった。
顔は青白くなり、触った肌は冷たかった。
「ゆ、み、づ、か・・・。」
「大丈夫!、すぐ復元できる。」
「「!。」」
背後からの声に驚き振り向く。
そこには・・・。
「でも顔色随分顔色悪いな〜。あ、<点>をやったんだ。なるほど・・・。」
子供だった。本当に子供の姿だった。
だが・・・。
「その子<魔喰い>だね〜。珍しいな〜。大丈夫。<悪魔>はこんな事じゃ死なないから。」
まず背は100前後だ。
背中から羽が生えている。
何ていうか、トンボみたいなやつだ。
服は・・・ピーターパン?、みたいな格好だ。
そして・・・黒だった。
全身黒一色ではないが、服や羽全部が黒かった。
目だけは、赤だったが・・・。
「君は・・・。」
「・・・あ、う〜ん、自己紹介か・・・難しいな。」
跳びながら頭を掻くその姿はまさに子供だった。
(一体・・・)
(ガイトウスルモノガ、ヒトリイルナ)
(待てよ・・・まさかそれって)
(コノケハイハ・・・)
「時矢?。」
「あ、正解。正確には分身だけど。」
笑いながら言うその姿はこの場の雰囲気を和ましてくれた。
「さ〜て、話は後。<あれ>の相手だね。」
目を細め柚良のスライムを睨みつける時矢の分身。
その時、キラッと輝く物を見た。
それは分身の腰にさしてある。
「時矢、その腰のやつ・・・。」
「え、あ、そうだ。」
腰から<それ>を取ると俺に差し出して来た。
「隆一のだろ?。」
それはあの時無くした物。
数えるほどしか無いが、確かに死線を潜り抜けてきた、俺の相棒だった。
「ありがとう。」
短刀をを受け取る。
久しぶりでも無いが、そんな気がした。
ひんやりとした短刀の柄。それを右手で強く握り、もう一度御礼を言う。
「良いって。あ、それとこの姿・・・まあ、確かに時矢なんだけど・・・できれば<シルフ>って呼んでくれる?。」
・・・は?。
「シルフ????????。」
「そう、僕はれっきとした<四大精霊、風のシルフ>だから。まあ、今は、<混沌>に取り込まれたけどねー。<混沌>の中でもさ、結構取り込まれる前の人格は尊重されてるんだ。だから喋り方や考え方はそのままなんだ。」
RPGやる奴に<シルフ>を知らない奴は少ない。
召喚獣、精霊の呼び出しなどで使われる代表格の一つ。
でも、決して最強の精霊として扱われてないんだよな・・・。
「・・・わかった、じゃあシルフ、助けてもらって何なんだが・・・手を出さないでくれ。」
「・・・え?。」
「オーオーオー・・・オーニイチャン・・・。」
柚良の声は恐怖に満ちていた。
「柚良・・・。」
やさしく名前を呼んだ。
「もう止めろ。死を受け入れろ。」
ゆっくりと柚良に近づく。
「コナイデ・・・いジめないでよ・・・イヤだよ・・・いやイヤいやイヤ・・・。」
シルフのおかげか、さっきより頭が冷静だ。
まあ、弓塚が無事だったのもあるが・・・。
「お前は何の罪も無い人を殺しすぎた。聞こえるだろ?。柚良の体なんだから・・・皆の声が・・・。」
「いや、イヤいやいやいや・・・。」
後には下がっていない。ただそこで震えるだけ。だから、もう目の前だ。
「柚良・・・確かにお前は生きてる。」「え?。」
柚良は俺の言葉に驚いた声をあげる。
「俺は物の命が視える。そして柚良からは確かに命が視える。・・・でもな、沢山見えるんだ。幾つも幾つも幾つも・・・たくさん。それは<柚良が生きてる>じゃなくて、<皆が生きてる>・・・いや、生きる事にしがみついてる。それだけだ・・・、それしかない。生きてるだけだ。だから苦しいんだ。」
俺は短刀を順手に持ったまま・・・視た。
「楽に・・・するよ・・・柚良。」「お・・・に・・・い・・・ちゃ・・・ん?。」
<命>を<線>と<点>で現す魔眼。
それが俺の持ってる眼。
前にも言った事があるだろう。
俺は<13>と言う数字に縁があると。
誕生日だったり、ゴタゴタに巻き込まれたり・・・。
だからそれを視た時、本当に嫌な気分だった。
俺は<線>をなぞった。
その数は・・・。
13本だった。
全てが終わった気がした。
目の前には一人のあどけない女の子。
秋葉さんみたいな長い黒髪の少女。
俺はその子を知っている。
その子も俺を知っている。
その子に触れると、確かに感触があった。
「 」「 」
それは短い夢。
だからその後の抱擁も夢だったのだろう。
でも、この温もりは・・・。
だから、都合良いの俺だけの夢。
さあ、夢から醒めないと。
(69)
薄暗い闇が体を包んでいる。
その闇の中、声が聞こえた。
「先・・・・っかり・・・・。」
「呪・・・応用・・・さ・せい・・・。」
声の主は二人居る。
でも目蓋が重い。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」
「そ・・・・方・・・・・・。」
何を言っているんだろう?。
あれ?、俺はどうして眠っているんだ?。
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、そうか。
夢を見ていたんだ。
じゃあ、目覚めないと・・・。
目を開けると・・・弓塚の顔があった。
かなり目の前だ。しかも涙目である。
俺、何かしたっけ?。
「せ、先輩、わ、私わかりますか?。」
「へ?・・・弓塚だろ?。」
そう発言した時、弓塚は俺に抱きついてきた。
「な、お、おい???弓・・・。」
「・・・・・。」
俺の胸に抱きついた弓塚は震えていた。
「・・・。」
何も言えなかった。
こういう時俺はどうしたら良いんだろう?。
「・・・お二人さん・・・僕を忘れないで・・・。」
横で不満そうにシルフは言った。
「シルフ?・・・・・柚良!!!。」
ガバッ、と起き上がる。
「せ、先輩、動いたら・・・。」
「ゆ・・・・・・・ら・・・・・・・。」
そこには誰も居ない。
柚良の<線>をなぞった場所からあまり移動してはいない様だ。
「・・・。」
ああ、何故だろう。
何が悪かったんだろう。
どうして柚良が苦しんだんだろう。
どうして・・・ドウシテ・・・どうシテ・・・どウしテ・・・。
ふと、目から何か流れている事に気がついた。
まるで何かのドラマのワンシーンみたいだ。
俺は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「起きたか。」
通りで一人の少年は呟いた。
「・・・。」
自分の友人の妹。
記憶には笑っている彼女の記憶が残っている。
「・・・死・・・か・・・我が罪は消えないな・・・。」
時矢は空を見上げた。
もうじき夜明け。
「・・・仕方ない、何か買って行くか・・・。」
時矢は街に向かった。
どれくらいかわからないが俺は上半身を起こしたまま固まっていた。
妹に対し俺は何一つ出来なかった。
苦しみから解放する様な事を言っておいて結局逃げたのだ。
自分の弱さから・・・。
「先輩、寝ててください。傷は塞ぎましたけど・・・まだ体は安定してないはずです。」
「・・・そう?。」
普通に会話をしよう。その方が気が紛れる。
「あ、傷が確かに塞がってる。弓塚がやってくれたのか。ありがとう。」
「えっ。」
まあ、服はボロボロだが・・・。
少し恥ずかしそうにして顔を傾ける弓塚。
「そ、その、シルフさんが色々教えてくれたんです。」
「そうそう、僕のおかげ・・・。」
シルフ・・・ごめん、また忘れてた。
「そうか、ありがとうシルフ。いや、時矢にもかな?。」
「まあ、そうなるね。一応本体の分身だし。」
シルフは自分の両腕を自分の頭の後に持っていった。
「でもその子・・・弓塚だっけ?、凄いね。<魔喰い>なんてそうそう出来るもんじゃいないし・・・。」
「その<魔喰い>って何?。」
シルフに簡単に説明してもらう。
「<悪魔>か・・・。」
「まあね。レアだよその子。」
「・・・。」
弓塚は顔を下に向けている。
何故かはわからないが、何か隠している気がした。
まあ、今は聞かないほうが良いかもしれない。
「でも君。」
「は、はい?。」
「気をつけなよ。<悪魔>の現世干渉は徹底的に潰されるんだ。<死神><真祖><精霊>や<教会><協会>、<死徒>でも<悪魔>を敵視してる奴は多い。それほど<悪魔>は拒まれているんだ。僕は違うけど・・・。」
・・・ちょっと待て、やばくないかそれ・・・しかも。
「シルフ・・・<精霊>だよな?。」
「うん。でも本体はそんな事どうだって良いって考え出し、個人的に僕も彼女の性格は嫌いじゃない。力もそれなりに制御出来てるしね。それと何でそんな力を得ようとしたかは聞かない。失礼だからね。」
・・・制御出来てなかったよな?、それに自分には関係無いから、かなり軽く考えてない?。絶対軽く考えてるよこいつ・・・。
「うん?。」
「あ、来た。」
少しずつ日差しが差し込んで来た。
・・・待てよ。
そうなると俺はかなり寝ていたのか?。
いや、それより・・・この気配は・・・。
「元気そうだな隆一。」
「・・・・・・・・・・・・・・・ああ。」
見知った顔が有った。
「シルフ、ご苦労。戻るが良い。」
「は〜い、それではお二人さん、縁が有れば〜。」
コートの中にシルフは取り込まれた。
「せ、先輩?、こ、この子は何ですか???。」
「<この子>?・・・ふむ、私も俺も君よりは年上だ。」
時矢は不服そうな顔をして言った。
「そう言うなって、知らなかったんだし。ほら二人ともちゃんと自己紹介して。」
時矢はシルフを通じて弓塚とここで遭った事は知っていただろうが弓塚は何も知らない。
まったく、弓塚を怖がらせるなよな・・・。
モグモグ・・・ゴクン
「まったく、丸一日飲まず食わずとは呆れたな・・・。」
時矢が買ってきた物を必死に食う。
・・・しかし<混沌>とやらが普通にコンビニで買い物を・・・考えるのはやめよう。
サンドイッチ、オニギリ、から揚げ、サラダ、ウーロン茶・・・まあ定番な物ばかりだ。
「しかしまさかお前が<遠野家>に居たとはな・・・。」
「モグモグ。」
「・・・悪かった、食べろ。」
食う。
飲む。
食う。
飲む。
一応弓塚も軽く食べてはいるが・・・ほとんど俺が消化した。
「あー、美味しかった。ご馳走様。」
「ご馳走様です。」
「日本円を持っていて良かったよ。」
やっぱり金は天下の回り物とはよく言ったもんだ・・・。
「しかし、この部屋も・・・またか・・・。」
「気にするな、時矢のせいじゃない。」
「?。」
壁に穴が開き、辺りは所々血が撒かれている。
全部俺が原因なのだが・・・かなり流していたな。
失血多量で死ななかったのが奇跡だ。
「隆一の服も駄目だな。」
「ああ。」
確かにボロボロでかなりの範囲で血が滲んで黒くなっている。
「・・・戻すには・・・女。」
「え、あ、はい。」
「私は隠蔽や処理はほとんどやった事が無い。しかし精霊の知識で何とかなるはずだ。手を貸してくれ。」
「は、はい。」
「・・・。」
俺は何も出来ないな・・・。
「隆一、少し下がっていてくれ。色々話したいが、この家がこのままというのは少し癪に障る。後、服も用意しよう。」
「うん?、ああ、ありがとう。」
何と無く時矢の気持ちはわかったので素直に部屋を出る・・・時だった。
「うん?、光ったな今?・・・あ。」
太陽の光のおかげか思い出した。
あの時落とした指輪。
柚良が拒んだ・・・何か有るのだろうか?。
取り合えず拾っておこう。
「おお、きれいになったな。」
この家に来た時と元通りだ。
壁も、床も・・・そう言えば華連は森を復活させてたな。
あんまり不思議な事でもないのかな?。
「隆一、服はどれにする?。」
「え・・・?。」
時矢は何も持たずに聞いてきた。
「どれって???。」
「だからこのバックの中のどれだ?。」
「バック・・・。」
トキヤサン、アナタマサカ、<トオノケ>ニブンシンヲ???。
「ああ、そうだ。」
頭が、痛い。
取り合えず、服が来るまでこのまま待つ事になった。
「さて、隆一。ちょっとここに座れ。女もだ。」
言われた通り座る。
時矢も座って三角形の様な配置だ。
「それでは、情報を出し合おう。」
「シエル?!。」
「わかってます!。」
場所は・・・おそらく隆一の部屋の辺り。
「アルクェイド!、貴女は動けないのですからじっとしていてください!。」
バンッ、ドアから出て行く音。
「あ、ちょ・・・ああもう!!!、何でくっつかないの???。」
未だにアルクェイドの体は上半身と下半身に分かれていた。
「・・・逃げましたか。」
シエルが入った時はもうすでにもぬけの空。
彼女らしくなかった。
<魔>がこれほど近くに居たのに気づかなかったのだ。
(僅かに物色した後・・・一体何者でしょうか?)
反転し未だに行方がわからない隆一君・・・彼が来たならわかっただろう。
彼は気配を消すのはそれほど上手くないはずだ。
反転していればなおの事。
(どうやら、まだ続きますね)
という訳で、ただ服を取りに行っただけでこれ程深刻に思われてるとは知らず、一方は勘違いが解けぬまま、話は進む。
そして、この勘違いを起こした大元はというと・・・。
「う〜ん、朝日か・・・きれいだね〜。」
隆一から解放さえ、始めてじっくり見る朝日。
彼は今シュラインの屋上に居た。
「やっぱりここが一番良い場所だな。」
建設途中のビルの上で武忌は静かに言った。
「さてと、大体は夜動いた方が面白いしな・・・どっかで時間を潰すか・・・。」
武忌は静かに跳んだ。
トンッ、何事も無かったかのように一番下に着地する。
やはり人ではないのだ。
「どこに行こうかな〜・・・久しぶりに人間の社会に溶け込んで見るか・・・。」
新しくしたシルクハットの帽子と服を正しながら、武忌はその場を後にした。
彼は楽しければどうでも良いのだ。
「着きましたね・・・三咲町・・・。」
髪を一本に結わえ、黄土色のコート着た少女は言った。
まだ9月だというのに暑そうなコートである。
「さて、まずは場所ですね・・・。まあ<魔喰い>居なければ居ないでこの街の観光でもしますか。」
神無月千鶴はその場を後にした。
さて、舞台はどうなるか。
それは誰にもわからない。
(70)
朝日は一時的な舞台の終わりの合図。
果たして、何人が目撃しただろうか?。
「・・・あ、頭・・・が、痛い・・・。」
俺は頭を抱えた。
「・・・話を整理する。」
冷静に話を続ける時矢。
・・・確か死徒、吸血鬼だよな?。
何故朝日が・・・。
「先輩・・・しっかりしてください。」
俺の偽者が<遠野家>を襲った事。
目撃者が二人もいれば信じるしかない・・・というか俺も見てるし。
<反転衝動>・・・まだ俺は抑えられている。
が、向こうはそうは思わないだろう。
不味い・・・非常に不味い。
下手に姿を見せたら殺される。
秋葉さんはそれが仕事なんだから。
志貴さんも協力するだろう。
・・・勘違いで殺されたくない。
そして、俺の偽者。それは一体?。
「まあ、<狩人>がここに居る以上、下手な動きは慎む様に。」
<狩人>、組織の名称らしい。
これまた厄介なのが来たもんだ。
「にしても、そんなやばそうな組織を何で知ってるんだ?。」
「まあ、こちらでは有名だからな。それに・・・。」
その後、時矢はとんでもない事を言ってくれた。
「とにかく、一連の事柄が一つに繋がるかもしれないな。」
そう、あの取引現場も含めて・・・まあどう考えても繋がりそうにない気がするが。
「そうだ・・・で、お前はどうする?。」
「え?。」
弓塚・・・どんなに力を持っていても彼女は一般市民。
巻き込むわけにはいかない。
「・・・決まってます。関わります!。」
「なっ。」
「そうか。」
今、何て言った?。
「お、おい、弓塚???。」
「先輩が何を言おうと、私にも色々有るので関わります!。」
「だ、そうだ。諦めろ隆一。こういうタイプは言ったら聞かない。」
何故だ・・・どうしてこんなことに???。
「隆一、服がきたぞ。」
「よし、着替えるか。」
「先輩手伝います。」
「そう?、ありが・・・て、いいよ!!!。」
・・・何故残念そうな顔をするんだ弓塚?。
「・・・朴念仁。」
「え、何か言った?。」
「いや・・・早く着替えて来い。」
いつの間にか置いてあった服を持って二階に上がる。・・・何故か一階が危険な気がするから。
「・・・なあ、隆一・・・やっぱり派手な気がするんだが?。」
「そうか?、まあこれからの事を考えると、やっぱりこの服だろ。」
時矢が分身に持ってこさせた(どうやってかは聞く気がない)服は着物である。
赤い、帯を除いて全部真紅に染められた男物の着物。
これなら血がついてもあまり目立たない。
まあ、歩いたら目立つかもしれないけど・・・。
「先輩、似合ってますよ。」
「そう?、ありがとう。」
これでも着物は好きな方だ。何か落ち着く。
まあ普段は周りの目もあり洋服だが。
<志貴さん>も昔は青い着物を着ていた。
まあ、今はほとんど着てないけど・・・。
(やっぱり落ち着くな・・・さすがは日本の伝統。)
(・・・。)
(どうした?。)
(・・・ナニカ、イワカンガアッテ。)
(なにかあったっけ?。)
(・・・イヤ、ナンデモナイダロウ。)
俺とオレは違和感の正体を勘違いと結論した。
「で、時矢・・・<遠野家>はどうだった?。」
服を取りに行った時、何かしら見てくれてるかもしれない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ。」
何だよ・・・その長い沈黙と「あ」って・・・忘れてたなコイツ。
「ま、まあ時矢さんも急いでたのでは・・・。」
「すまん。」
「良いよ、服が着れただけでも感謝だから。」
さて、それではまず何をしようか?。
「荒らされた・・・と言うより何か目的の物を持っていった・・・という感じね。」
屋敷の主の秋葉そう結論付けた。
「そして琥珀のカメラには何も写ってなかったと・・・。」
「はい、申し訳ありません。」
もちろん隆一の部屋にはカメラなど置いてはいない・・・はず。
廊下や森に設置した物には何も写っていなかったという意味・・・のはず。
どうして私は琥珀が信じられないのかしら?。
「秋葉さま〜?、いかかがなさいました?。」
「い、いえ何でもないわ。それより・・・。」
部屋に居るもう一人の人物に話しかける。
「貴女は何をなさっていたんですか、先輩?。」
「・・・確かに、これは私のミスです。」
返す言葉が無いらしい。
当然だ、こちらと違って彼女はプロなのだから。
「それにしても犯人は一体何が目的なのですかね?。」
琥珀の言葉・・・それは私も考えていた。
ここは隆一の部屋である。
・・・まあ、何でこんなに俗物が揃っているのかは知らないが、あの子が何か盗まれる程大切な物を持っているとは考えにくい。
あくまで憶測でしかない。
私達はあの子について詳しく知っている訳ではないのだから。
もしあの子が何か大事件に・・・それこそこちらの世界に関わっているのなら・・・でも、隆一はもう・・・。
「秋葉さま・・・。」
「秋葉さん・・・。」
どうやら顔に出ていたらしい。・・・気分を切り替える。
「琥珀、とにかく早急に事態の把握と解決をする必要が有るわ。この街に居る何かと隆一。分家を使ってでも・・・。」
「いや、事態の説明ぐらいならば私がしよう。」
「「「!!!。」」」
その声は廊下の方から、そこに居たのは・・・。
「あ、貴女・・・。」
「色々世話になったようだ。お礼の代わりにわ成らないだろうが、この辺りの魔を管理するのが貴女方ならば私の知っている情報を聞かせよう。」
すでに体の再生は終わったらしい<死神>は表情を変えずに言った。
「あーがー・・・」
ドサッ
<それ>は力尽きて崩れ落ちた。
「動け〜〜〜・・・はい、行ってらっしゃ〜い。」
人の形をした<それ>は普通に歩いて街中に消えた。
「食事は終了。ではどこに・・・って行ってもまだ早いか・・・。」
いくら朝日があっても、店などは閉じたままだ。
「う〜ん、暇ひまヒマ・・・どこかに・・・そう言えば。」
武忌は歩くのを止める。
「確か<アカシャの蛇>と会ったのも暇な時だったな・・・。」
昔を思い出すかのように武忌は日の差し始めた空を見上げた。
「・・・ハハハ、僕らしくないな、昔を思い出すなんて・・・ねえ・・・そうだろう?、オ・マ・エ?。」
辺りが冷気に包まれたかのように、そこは涼しく、冷たくなった。
もし通行人が居れば、皆動けなくなったであろう。
「・・・あらあら、気がついていたのね坊や?。」
女性の声。何と高く、冷たい声だろう。
「姿を見せないなんて相手に失礼なんじゃないのかな?、<切牙>さん。」
誰かが見ていればそれは武忌が一人事を言ったようにしか見えない。幸い周りには誰も居ない。
「<死神>の私に<邪皇>の貴方の目の前に出ろと?、クスクス、そんな事出来るわけないじゃない?。」
見下したかのような声が響く。
誰が聞いても不愉快だ。
「<閻魔大王>の側近が動くとはね〜。よっぽど身内の僕を仕留めたいのかな?。」
「ええそうよ、<閻魔武忌>をあの子に変わって殺しに来たの・・・。」
二人の会話は続く。
「華連に僕を狩らそうとしたのはオマエらしいね。・・・何が目的だい?。」
「私はただあの子にチャンスを与えただけ。面白いじゃない、兄と妹の殺し合い。」
武忌は右手で帽子のツバを正した。
「・・・彼・・・いや彼らかい?。」
「・・・。」
切牙の喋りが止まる。
「・・・ハハハ・・・始まりは昔。時代は今。繰り返す歴史の墓標からのそれらが目的だろう?。」
「・・・。」
切牙は喋らない。
「まあ、君が何をしても気にしないよ。僕は楽しければ良いし。」
「フフ、いつまでそう言ってられるかしらね。」
そして、会話は途絶えた。
「・・・まだ、早い・・・狩るにはまだ・・・クックックッ・・・ハッハッハッ・・・・・・・。」
邪な皇は高らかに笑った。
全てを見透かしたかの様に・・・。