(41)
「う・・・嘘・・・。」
計算外だ。
「たった・・・一回で<反転>しちゃったの?、先輩?。」
また、お姉ちゃんにお花を供えに来たら・・・そこは血塗れになっていた。
私はただ先輩を利用しようと思っただけ。
少しずつ・・・眠る血の本能を呼び覚まそうとしただけ。
あのほんの少しの会話の間に私は働きかけたのだ。
・・・でも、まさかたった一回で<反転>してしまうなんて・・・。
「・・・もう、利用できないな・・・。」
そして彼女は立ち去った。
朝日が当たるビルの屋上に一つの影がある。
「・・・どこに帰ればいいんだろう?。」
彼の体は赤に染められている。
・・・例えるなら・・・赤いペンキを塗られた感じだ。
「まあいいや。う〜ん、まずはどこかで服を。で<食事>だな。」
どうやら一般的常識は有る様だ。
ダンッ、ダンッ、二つの影が丘の上の屋敷へ向かっている。
二つとも人とは思えない速さだ。
遠野家の屋敷は周りを高い壁で囲まれている。
だが、この二人には関係の無い事だった。
そして、目的地の部屋の窓から侵入する。
「し・・・し・・・き・・・おき・・・。」
「と・・・くん・・・お・・・。」
薄っすらと視界が開かれる。
でも、体が重い。眠りが・・・足りない。
・・・寝よう。おやすみ・・・。
ドゴッ、頭にものすごい痛みが走る。
ゴッ、そして腹にもう一発。
「ガハッ。」
意識が一気に覚醒した。
「志貴、早く起きろ。」
「遠野君、寝てる場合では有りません。」
「・・・。」
上半身を起こす。・・・が、腹が痛く少し蹲る。
しかし二人はそれを無視した。
「・・・アルクェイド・・・朝から何しや・・・。」
「どうでもいいわ。」
「緊急事態です。」
真剣な二人の顔と声に思わず言葉を飲み込んだ。
「二人とも・・・何があったんだ?。」
「「・・・。」」
その言葉に二人が押し黙る。・・・その時だった。
バンッ、ドアが勢い良く開けられた。
「お二人とも・・・朝からこの遠野家に不法侵入とは一体・・・。」
「妹っ。」
アルクェイドは秋葉のの体を掴んで揺らした。
「隆一はどこ?。」
「わっ、なっなっなっ、揺らさな・・・いで・・・。」
「アルクェイド落ち着きなさい。」
シエル先輩が止めに入る。解放される秋葉。
「はあ、はあ・・・兄さん何なんですか?。」
「いや、俺も・・・先輩説明してくれ。隆一がどうしたんだ?。」
シエル先輩少しの間顔を下に向け、顔を上げこちらをみる。
「・・・簡単に言います。隆一君が・・・<反転>しました。」
一瞬の沈黙。
「なっ。」
「隆一が?。」
「隆一様が?。」
「隆一君が?。」
いつの間にか琥珀さんと翡翠がドアの入り口に立っていた。
ドンッ、勢い良くドアを開け隆一の部屋に入った。
「隆一っ?。」
「出てきなさいっ。」
「隆一様っ。」
「・・・あ、あはは・・・ちょっと散歩にでも行ってるようですね。」
「・・・どうやら、隆一がシエルを襲ったのは間違い無いようね。」
部屋には誰も居ない。
ベット以外に机やらテレビやらノートパソコンやら色々あるが、以外と整頓されている。
「何で・・・そう言いきれるんだ、アルクェイド?。琥珀さんが言ったように散歩かもしれないだろう?。」
アルクェイドを睨みながら言った。
「シエルは仮にも埋葬機関の人間よ?。そう簡単に見間違えるかしら?。」
「残念ながらアルクェイドの言う通りです。それに・・・。」
先輩は天井を見上げた。
「彼は・・・私に・・・普通に話しかけてきましたから・・・人を喰らいながら。」
とても信じられなかった。
隆一が・・・反転したなんて・・・。
このままここに居ても仕方ないので居間に向かった。
・・・もしかしたらそこに隆一が居るかもしれないから・・・でも誰も居なかった。
全員それぞれ席に座る。
琥珀さんと翡翠は立っているが・・・。
・・・沈黙。
・・・沈黙。
・・・沈黙。
しばらくの間、沈黙が支配した。
もしかしたら・・・戻って来るかも何て有る筈の無い希望を持ちながら、じっと座っていた。
だが、その沈黙も遂に破られた。
「わかりました。」
そう言ったのは秋葉だった。
「・・・秋葉?。」
「妹?。」
「秋葉さん?。」
「秋葉様?。」
「・・・まさか、秋葉様?。」
いつもの様な強気な口調で言った。
「隆一は、この<遠野家当主 遠野秋葉>が処理します。」
「なっ?。」
思わず立ち上がる。
「秋葉っ、何で・・・。」
「兄さんっ。」
秋葉も立ち上がる。
「<遠野家当主>がこの場合何をするのか・・・おわかりでしょう?。」
「・・・秋葉。」
凛とした声だった。
・・・でも、秋葉の目は今にも泣きそうだった。
「秋葉さん、私も異端者を裁く使命が有ります。」
シエル先輩も立ち上がり言った。
「シエルさん、これは遠野家の問題です。口を・・・。」
「シエルがやられたって事は妹じゃ手に負えないかもよ。」
アルクェイドも立ち上がった。
「それに、妹が死んだら志貴が悲しむしね。私も手伝う。」
「・・・お気持ちはうれしいですがこれは・・・。」
「秋葉。」
しっかりとした口で言う。
「お前にそんな事はさせたくない。・・・俺がやる。」
秋葉には・・・普通に暮らしてほしいから・・・。
「志貴・・・。」
「遠野君・・・。」
「兄さん・・・。」
「志貴様・・・。」
「志貴さん・・・。」
その時、ニャーン、何て声が聞こえてきた。
振り向く。
そこには・・・。
「レン?。」
レンがこちらに来た。
・・・そして・・・。
「ニャーン(無理しないで)。」
と言ってきた。
「ありがとう、レン。」
猫型のレンを撫でながら言った。
「遠野君、今回の敵は<吸血鬼>と違って昼間の活動が制限されません。」
「ああ、わかってる。」
弓塚さんも四季もネロもロアも皆昼間の活動を避けていた。
・・・しかし、隆一はそんな事関係なしに動ける。
「とにかく、皆で手分けして探す。これでいいな?。」
「ええ。」
「はい。」
動けるのはこの三人。果たして見つかるか・・・。
「兄さん、私も一緒に行きます。」
と、秋葉が言った。
「いや、秋葉はここで待機しててくれ。隆一がここに来ないとは限らない。」
「ですが・・・。」
秋葉は、自分が役に立っていない、と思っているようだ。
「秋葉に琥珀さんに翡翠。」
「何ですか?。」
「何でしょうか?。」
「はい?。」
「ここは、皆の家なんだ。任せたよ。」
そして笑ってみせた。
「・・・わかりました、まあ当主の私がわざわざ行く必要ありませんからね。」
「志貴様、お気を付けて・・・。」
「何か美味しい物でも作っときますね〜。」
「皆、何かあったらこのトランシーバーに連絡だぞ。」
トランシーバーは琥珀さんが用意してくれた。
・・・何故そんな物が、とは突っ込まない。
「わかってるって。」
「個人行動はとらないようにする、ですね。」
仮にも隆一は先輩の<黒鍵>を爪で弾いたらしい。
・・・かなりの実力が有ると見て間違いない。
それに遠野家の血筋は複数の能力を持つ。
だが、隆一がどんな能力を持っているのかはまるでわからない。
だがそんな事を恐れていたら、また犠牲者がでる。
ならせめて・・・俺達の手で・・・。
バリッ、ボリッ、ガリッ
昼間だというのに日が当たらない暗い場所で変な音がする。
「はあ、はあ、はははああああ〜。」
喰い終わった。
足りない。
「う〜ん、まだ喰えるな〜。」
散らばっている肉片。
もはやそれが人間なのかさえわからない。
「それにしても・・・どこに帰るんだっけ?。」
考えてみると、わからない事だらけだった。
路地裏で会ったシエルさん、だがどこで知り合ったのか思い出せない。
帰る場所が有るらしい。
だが、それが何処なのかわからない。
そもそも、俺は誰なのか?。
シエルさんは俺を<隆一>と言った。
それが俺の名前だろう。
どうして、記憶が無いのか?。
「はあ〜、どうしようかな〜?。」
カチッ、その時何かが壁に当たった。
・・・見る。
「あっ、短刀忘れてた・・・。」
ずっと、仕舞いっ放しだった。
これを使えばもっと簡単に肉を<さばけた>のに・・・。
「馬鹿みたいだな〜、こんな大事な物を使い忘れるなんて・・・あれ?。」
何で、これが大事なんだっけ?。
・・・えーと・・・。
考える。
何か・・・。
思い出しそう・・・。
駄目だ・・・思い出せない・・・。
「そういえば最近使って無かったな・・・あれ?・・・そうだ・・・部屋に隠しておいたんだっけ。何で・・・ああ・・・あそこだ・・・。」
そうだ、俺はあそこで・・・大きな・・・丘の上の屋敷で・・・あれ?・・・。
「誰と暮らしてたんだっけ?。・・・まあいいや・・・。」
・・・さあ、帰るべき場所へ行こう・・・
(42)
少し場所が変わり、ここは港。・・・それほど大きい港ではないが。
その者はたった今この国に来た。
「フッ、まだここにいるとは・・・な。」
もはや人ではないその者は口元に笑みを浮かべながら言った。
「待っているがいい・・・必ず仕留めてくれる。」
・・・そして新たなる波紋が近づいてくる
トントントントン、台所に包丁の音が響く。私が今出来る事はこれぐらいしかない。
トントントントン、台所に包丁の音が響く。私が今出来る事はこれぐらいしかない。
トントントントン、台所に・・・音が・・・私が・・・・・・これぐらい・・・・。
トントン・・・スッ、台・・・私が・・・これ・・・。
「ね?・・・姉さん、駄目ーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
ガバッ、と手に持っていた包丁が取られた。
「・・・どう・・・したの?、翡翠・・・ちゃん・・・?。」
振り向くと私の大事な妹は・・・泣いていた。・・・私なら泣かさないようにするのに。
「ね・・・姉さん・・・お願い・・・しっかりして・・・お願い・・・。」
「あっ。」
見ると手が血だらけになっていた。・・・いや、正確には切った人差し指から出た血で染まったと言える。
・・・気づかなかった。
「あらあら、いつの間に・・・ごめんね翡翠ちゃん・・・ちょっとボーとしてた。」
と言って笑ってみせる。
・・・でもわかる、今の笑顔は・・・昔の私の笑顔だと。
「姉さん・・・大丈夫ですよ。志貴様にアルクェイド様にシエル様がいるんです。きっと、何とかなります。」
「翡翠ちゃん・・・駄目よ。」
そう、わかっている。
もうわかっている。
翡翠ちゃんも秋葉様も・・・。
「<反転>した者は決して戻らない・・・それが遠野家の血筋・・・わかっているでしょう?。」
そう言うと私は手当てのために台所を出た。
姉が何故指を切ったのに気づかなかったのか・・・おそらく昔の姉なら気づいただろう。
志貴様が帰って来る前の姉は人形だった。
・・・いや、ただ演じていただけ。
それでも自分に何か起きれば的確な判断で行動するはず。
しかし今の姉は人として生きようとしてくれている。
だから、こんな事になった。
感情があるからこそ・・・。
私は庭に出た。
と言ってもこの屋敷の庭は<森>と言ってもおかしくないだろう。
木々の間を歩きながら森へ入る。
・・・昔・・・一度だけ、私と秋葉様と四季・・・様、そして隆一様と遊んだ。
思えばその時の私は何も知らなかった。
最も身近な存在だった姉さんさえ知らなかった。
いつも私は危険な目に遭わないでいる。
私は必ず誰かに守られている。
私は何も変わっていない。
・・・今度も・・・私は。
「・・・戻ろう。」
今の私には待つ事しかできない。
・・・だから私は祈るしかない。
もう、この屋敷に住む人を・・・家族を・・・いえ、私は家族ではない。
ならば主が帰って来るのを待つ。
風で木々がざわめいている。私は屋敷に向かって歩く。
?
?
?
歩みを止める。
・・・何か・・・今何かが・・・見ている?。
私はどうしたらいいのだろうか?。
ここは私の部屋。
一人で使うのが広すぎるくらいの場所で私は悩み続ける。
<反転衝動>・・・これにより私は一度血に飲み込まれそうだった。
それでも今は兄さんや琥珀のおかげで何とか血を抑える事はできる。
しかし、まさか隆一が<反転>するとは思わなかった。
そもそも遠野家の血縁が連続してこの若さで<反転>するのは過去に例が無い。
それに<四季>の時は何か良からぬ物が入っていた、という原因があって<反転>したのだ。
隆一が・・・隆一にも同じ様に何か有ったのだろうか?。
それとも・・・。
「私が・・・ここに・・・呼んだから?。」
もし、そうなら・・・この遠野家の・・・そう<反転者の多くが死んだ>この土地の何かが隆一の血を呼び覚ましてしまったのか?。
だとすれば・・・私はどうしたらいいのだろうか?。
「・・・少し・・・歩いてこようかしら?。」
気分転換をした方がよさそうだ。
私は庭へ向かう。
森を歩く。
そう言えば・・・ここで・・・昔・・・。
そこは森の中で少し開けた場所。
昔、よくここに集まった。
私達は・・・ここで・・・。
?。
何かしら?。
何かが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まさか。
それは・・・戦いの合図。
(43)
心地良い風が海から流れてくる。
人の身で無くなった自分にもそれぐらいは感じられる。
「フッ、どれほど生きようとこの星の流れには何と小さき事か・・・まったくこの様な感傷を持てるとはな・・・。」
・・・心地良い、そんな気持ちがまだ残っているのはおそらく・・・。
「さて、そろそろ行くか・・・。」
自らの決着をつけるために・・・
トッ、まるで枯れ葉が地面に落ちるかのような降り方だった。
「こんにちは〜。今日は良い天気ですね〜、翡翠さ〜ん。」
いつもと変わらない挨拶・・・のはずなのに・・・。
「りゅ、隆一、さ、様・・・。」
私は・・・こんなにも震えていた。
「どうしたんです?。顔色が悪いですよ〜?。」
隆一・・・様は、着物を着ていた。
黒い・・・黒い着物を着ていた。
まるで・・・夜の様な漆黒の・・・。
「う〜ん、疲れてるんですか〜?、だったら休んだ方が良いですよ〜?。・・・あっ、もしかして木から下りたのに驚いたとか?、ははっ、これぐらい<普通>の人でもできますよ〜。」
笑っている。
笑っているのに・・・怖い、恐い、嫌・・・来ないで・・・。
「本当にどうしたんです?。黙り込んじゃって・・・部屋まで送りましょうか?。」
ザッザッ、隆一様が近づいて来た。
「い・・・い、嫌・・・来ないで・・・。」
「はい?。」
私は動けない体を無理矢理動かしながら後ろに下がった。
「キャッ。」
何かにつまずいて私は後ろに転んだ。
「あ〜あ、大丈夫ですか〜?。後ろ歩き何てするからですよ〜。・・・にしても・・・翡翠さんて・・・。」
その時・・・隆一様は舌を出して唇を舐めた。
「綺麗ですね・・・それに美味しそう・・・ああ、何か食べちゃいたな〜〜〜。その肉も・・・魂も・・・全・・・部・・・ね?。」
私は・・・倒れたまま・・・動けない・・・。
「あれっ?。」
その時・・・隆一様は少し上を向いた。
「はて?、<魂を喰う>・・・どこかで・・・まっ、いっか。」
隆一様はまた私を見た。
・・・もう、喋る事さえできない。
「それじゃ〜・・・ちょっと・・・死んでください。」
私が見たのは、倒れてもう動きなさそうにしている翡翠とそれに追い討ちをかけようとしている隆一の姿・・・私はすぐにおこなった。
「えっ?、なっ・・・。」
ダンッ、と上に跳んで逃げようとする隆一。
恐らく私の発動する能力に危険を感じたのだろう。
でも・・・私の視界に入っている。
<略奪>、自らの視界に入る全ての存在の熱を奪い取る外界干渉能力。
それが私の力。
そして隆一は・・・。
「グウウウァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
悲鳴が森に響き渡る。
・・・駄目だった。
恐らく右腕ぐらいだ。
それ以外は入らなかった。
ダンッ、ダンッ、地面を蹴る音。
離れて行く。
・・・私は追わなかった。
「翡翠ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
私はすぐに翡翠の元へ向かった。
「翡翠、大丈夫なの?。」
「あ、秋葉・・・様、あっ、その・・・今、隆一・・・様・・・。」
「大丈夫、大丈夫よ、翡翠、落ち着いて・・・。」
私は倒れこんだ翡翠を抱きしめた。
どうやらケガは無い。
でも、後少し遅ければ・・・。
「翡翠・・・屋敷に戻れるわね?。」
「えっ、あ、秋葉様は・・・。」
「私はあの子を・・・隆一を・・・殺さないといけない。」
私は立ち上がった。
「だ・・・駄目です。今の隆一様は・・・。」
「翡翠、遠野家当主として命令します。すぐに屋敷に戻り兄さん達に連絡をしなさい。」
私はいつもの<お嬢様>の態度をとった。
「あ、秋葉様・・・。」
「いいから、早く行きな・・・。」
「喧嘩は駄目ですよ〜、お二人さ〜ん。」
後ろ・・・いつの間に・・・振り向く。
ダンッ、移動音。
「隆一っーーーーーーーー?、なっ・・・どこ?。」
「う〜ん、遅いな〜。」
「なっ。」
「秋葉さ・・・。」
声がしたのはまた後ろ・・・しかもかなり近く・・・いや目の前と言えるかもしれないが・・・私は確認出来なかった。
ゴッ、その音で私は宙に浮かんだ。
「がっ。」
ゴガッ、そのまま木に叩きつけられた。
背中から当たればまだ意識が保てたかもしれない。
しかし今回は体の後ろから吹き飛ばされた。
だから木に当たるのは・・・。
「がっ・・・あ・・・あ・・・あぐっ・・・。」
私はそのまま意識を沈めた。
「グウウウァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
悲鳴?。
気が付いたら私は走っていた。
いつもの私ならまず志貴さん達に連絡をとっただろう。
しかし私はそれをすること自体が頭に無かった。
それは直感としか言えない。
私の大切な物に危険が迫っていると言う。
私の大切な物。
その中でも一番・・・大切な・・・。
走る。
とにかく森を走る。
居た。
木の間で少しだけ開けた場所。
?。
秋葉様が木にぶつけられた。
居た。
隆・・・・一・・・く・・・ん。
嫌、駄目、翡翠ちゃんに・・・私の大事な・・・妹に・・・。
「やめてーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
私は倒れている自分の妹に覆いかぶさるように抱きついた。
「ね、姉さん?。な、何で・・・?。」
「あっ・・・はて、誰だっけ?。」
そんな声が聞こえてきた後。
「あー、あー、そうだそうだ、どうしたんです琥珀さん?。」
その声はとても・・・そう軽い、と言えばいいのだろうか?、とにかくそんな感じだった。
私は声がした方を振り向く。
「あれ?、泣いてるんですか?、はて?、何か僕悪い事しましたっけ?。」
わからない、わからない、これがあの隆一君なのだろうか?。
これが私達と、笑い、戸惑い、一緒に暮らした・・・今宮隆一なのだろうか?。
「う〜ん、弱ったなあ〜、どうしたら・・・あっ。」
自分の右腕を見る隆一君。
「ふむ、無くなった訳・・・じゃない。火傷かな?。そう言えば昔もこんな風に・・・あれ?、いつだっけ?。まあいいか、その内治るだろう。ところで・・・。」
まるで・・・獲物見るかのような目つきで私達を見た。
「ねえ、何なのその体勢? ひょっとして翡翠さんを守ろうとしてる、とか?。くうー、何ていい話だーーー、感動〜〜〜。」
そう言うと左腕を目に当て泣くポーズをとった。
「お、お願い・・・翡翠ちゃんだけは・・・翡翠ちゃんだけは・・・どうか・・・。」
腕を目から離した。
「えっ、何で?。何でそんな事聞かないといけないの?。<使用人>のくせに・・・。」
駄目だ。もう、隆一君は・・・。
「姉さん離して。」
バッ、と私は押されて地面に尻餅をついた。
「ひ、翡翠・・・。」
「隆一様お願いです。私はお好きなように・・・でも、姉だけは・・・どうか、どうか見逃してください。」
そう言うと翡翠ちゃんは地面に手をついて頭を下げた。
「へえー、仲が良い姉妹だね〜。お話だとここで正義の勇者様が助けに来るんだろうな〜〜〜。でもさ〜、現実はそうはいかないんだよね〜〜。」
そう言うと、隆一君は翡翠ちゃんの頭の髪を鷲づかみにした。
「ううっ。」
「やっぱ、言った通りこっちから・・・。」
「やめてーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
私は隆一君の腰の部分を掴んだ。
体は私の方が大きいがこうするしか止められない。
「うざい。」
隆一君は私のお腹をまるでボールを蹴るかの様に私を蹴り飛ばした。
「がッ」
「うっ、ね、姉さん。」
「さて、じゃあ琥珀さんよく見ててください。これが・・・人間の喰らい方で〜す。」
そう言うと隆一君は翡翠ちゃんの首に歯を立てた。
おそらく、右腕が使えないのでこうするのだろう。
(やめて、やめて、誰かーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー)
(44)
「死んでください。」
確かに彼はそう言った。
でも、彼の獲物はまだ息をしている。
「ふ〜ん、あのお姉さん・・・なかなかやるじゃない。」
どうやら、私が行く必要は無さそうだ。
私は目を覚ました。
頭が、胸が、足が、痛い・・・とても・・・イ・タ・イ。
でも、何故か痛みが引いていく。
それに・・・この声は?。
「こ・・・は・・・く?。」
私の目の先には琥珀がいる。
何を見ているの?。
私は琥珀の視線の先に目を移した。
それは・・・隆一が・・・翡翠を・・・。
<反転衝動>、確かに隆一の血は色濃かった。
もしかしたら私や四季より・・・だからなのだろうか?。
あの子が・・・。
「りゅ、う、いちーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
隆一が振り向く。
でも、遅かった。
私は体をうつぶせのまま・・・視た。
「う、うわああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
あまりの痛さに思わず叫んで逃げる隆一。
それはそうだろう。
これで彼の体は・・・いや、右半身だけだが使い物にならなくなった。
しかし、逃がさない。
<檻髪>、周りをまるで一つの檻のように囲み標的を決して逃がさない完全なる束縛。
「ギャァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
何も無いはずの木と木の間を通ろうとした結果がこれだった。
思わずその場に倒れこむ隆一。
周りの木々全てにこれを張った。
もう逃がさない。
このまま・・・。
「ハ、ハギィーーーーーーーー、舐めるなーーーーーーーーーー。」
仰向けの体勢で隆一がこちらを向く。
私は視た・・・はずだった。
スッ、何かが振られた。
・・・刃物?。
でも、それだけで私の攻撃が効かなかった。
「なっ?。」
どういう事なの?。
これは・・・兄さんと学校で戦った時と・・・?。
「ぬりゃーーーーーーーーーーーーー。」
ダンッ、と隆一は左足だけで空中へ跳んだ。
シャッ、また振られた刃物。
それだけで私の<檻髪>を突破された。
「くっ。」
追う様に視ようとしたが・・・もう姿は見えなかった。
・・・逃がしてしまった。
私は・・・。
「あっ、ひ、翡翠ちゃーーーーーーーーーーーーーーん。」
ガバッ、と目の前で泣きながら翡翠に抱きつく琥珀。
・・・まったく、できればこちらの心配もしてほしい。
「翡翠ちゃん翡翠ちゃん翡翠ちゃん翡翠・・・。」
「ね、姉さん?。私は・・・。」
まあ、琥珀が居なければ私は力を使えなかった。
とにかく皆無事。
ふふっ、もし私が翡翠みたいになったら兄さんは・・・。
「翡翠ちゃん翡翠ちゃん翡翠・・・。」
「姉さん、私は大丈夫だから・・・?、あ、秋葉様?。だ、大丈、?お、お怪我を・・・。」
壊れたテープのように何度も妹の名を呼ぶ琥珀と違い、翡翠は私の心配をしてくれた。
「まったく、貴女には私が無事に見えるの?。まあ、琥珀との<契約>で傷はすぐにふさがるけど・・・。」
私は空笑いを浮かべながら言った。
「・・・良いなあ〜。」
先ほどからその光景を遠野家の屋敷の屋根から全て傍観していた少女・・・弓塚絵理は言った。
「お姉ちゃん・・・私もあんな風になったら守ってくれるよね?・・・。」
自分と彼女ら双子の姉妹を重ねてしまうのは仕方無いかもしれない。
「はあ〜、もう帰ろう〜。」
そして彼女は帰路についた。
この選択は間違っていないだろう。
何故なら時期に彼らが帰って来るのだから。
「くそ、何で誰も出ないんだ?・・・。」
遠野志貴は焦っていた。
今彼は学校から屋敷へと向かっていた。
四季とロア、彼らは学校を根城にしていた。
もしかしたら、と思い探しに来たが無駄だった。
・・・それよりも今日が平日で学校が有るのをスッカリ忘れていた彼は危うく見つかる所だった。
定時連絡、これを30分おきにするはずだったのだが・・・誰も出ない。
こんな事なら・・・もっと近くにいれば良かった、と彼は慌てていた。
そして、その事には当然残りの二人も気が付いていた。
そう、その予感は的中していた。
が、何とか最悪の事態は回避していた。
屋敷の居間には翡翠を除いて皆揃っている。
翡翠は自室で眠っているのだ。
「はあ〜、とにかく無事で良かったですよ。もし何かあったら、遠野君悲しみますからね。」
安堵の色を見せる先輩。
・・・でも、俺は喜べない。
「志貴?、あんまり・・・。」
「うるさいっ。」
俺の怒鳴り声に驚いて縮こまるアルクェイド。
「あ・・・ごめん、アルクェイド・・・。」
「うんうん、気にしてない・・・。」
少しの間沈黙が支配した。
そして、どれくらいか経った時だった。
「秋葉さん。」
「何でしょうか?。」
琥珀さんが頭に軽く包帯を巻いている時、先輩が質問した。
「隆一君は、あなたの一種の結界とも言える場所を<斬る>事で逃げたのでしたね?。」
「・・・はい。」
琥珀さんも手当てが終わった。
「先輩、何が言いたいんですか?。」
「遠野君、普通<切る>だけで秋葉さんの<髪>から逃れられますか?。」
確かにそうだ。俺の<直死の魔眼>なら<視て><切る>事は出来るが・・・まさか。
「隆一が・・・俺と同じ・・・。」
「か、またはそれに似た能力の魔眼を持っている、そう言いたいのねシエル。」
俺とアルクェイドの問いに先輩は頷いた。
「それは・・・おかしいですね。」
琥珀さんが言った。
「えっ、琥珀さん何でそう言い切れるんですか?。」
「それは<遠野家の血>だからです。」
その言葉に秋葉も頷いた。
「兄さん、私や四季の能力はご存知でしょう?。」
秋葉と四季の能力・・・略奪と不死そして共有をそれぞれ持っていた。
「代々遠野家の能力は<肉体に干渉した>能力がほとんどなんです。よっぽど離れた分家なら或いはあるかもしれませんが、隆一はお父様の妹である祖母の<楓>様と、三代前の当主のもう一人の息子から始まった<今宮>の二代目<春牙>様から生まれたんです。或いは突然変異なら無いとは言い切れませんが・・・。」
確かに、隆一は以外と本家と近い血縁・・・て言うか秋葉より濃いのでは?。
「でもね妹。」
アルクェイドが言った。
「ゼロじゃないんでしょ?。」
「はい、ですが限りなくゼロに近いのも事実です。」
その時先輩が言った。
「隆一君、確か家族を殺され重傷を負ったんですよね?。」
全員、「あっ。」と驚いた。
そうだ、隆一は・・・。
「まあ、とにかく・・・。」
先輩が言った。
「早く、止めないと・・・いけませんね。」
この場合の<止める>は殺す、という事をこの場にいる全員が理解していた。
昼間だというのに、その廃ビルは光がほとんど届いていない。
いや、正確には彼が居る場所が届かないのだ。
「く、くそっ。」
ほとんど動かない右半身を押さえながら壁に寄り掛かる。
「火傷・・・なら、あの冷気は何だ?。・・・いや・・・冷気?・・・違う・・・奪われた?・・・何を?・・・そうか・・・<熱>だな・・・。」
傷を負いながらも彼は冷静に観察していた。
「<熱を奪う力>か・・・ちっ、大した人だ。ハハハッ。だが、次はどうかな?。この僕に同じ手が通じるかな?。」
彼は、勝利を確信しているかのような声をあげた。
「あーあーあー、何ておもしろいんだ。いつでも死ぬ危険性にさらされた立場。ハハハッ、この充実感は・・・最高だ。こんなのは・・・あの時以来だ・・・あれ?。」
また、記憶のおかしな部分が出たらしい。
「一体、<いつ>何だ・・・わからない・・・まあ、いいか。そのうち思いだすだろう。」
「ふむっ。やっとここまで来たか。夜までには着くな。」
その者は海から・・・何故か知らないが・・・<ある>トラックの積み荷紛れて高速を移動していた。
・・・変わり者だ。
「しかし、こういう移動方法も悪くないな。」
刻一刻と、その新たなる危険は迫っていた。
(45)
今、遠野家の屋敷の居間は重苦しい空気が漂っていた。
隆一は俺と同じ様に家族を殺されている。
そして、大怪我を負っている。
まあ、俺の方は数日で隆一は2ヶ月も入院していたという違いがあるが・・・。
「ねえシエル、これからどうするの?。」
アルクェイドが言った。
「そうですね・・・今彼は秋葉さんの略奪で右半身が使えない、そうでしたよね?。」
秋葉と琥珀さんが頷く。
「シエル、本当に有利だと思う?。」
真剣な目でアルクェイドが言った。
「・・・いえ、彼のようなタイプは身の危険が迫ると身を隠すでしょう。そうでなければ体が半分使えないからと言って素直に引くとは思えません。冷静に自分がどう行動すべきかよくわかっています。」
その言葉に秋葉が反応した。
「だからと言って有利な事には変わりないのじゃないかしら?。」
「・・・いや。」
その言葉に俺は答えた。
「向こうははっきり言ってかなり実力が有って引き際をよく知っている。そんな頭の切れる奴をこの街から探し出すのは大変な事なんだよ。でしょ先輩?。」
先輩に同意を求める。
「はい。もちろん捜索は続けます。ですが向こうはいつでもこちらを攻撃でき、いつ攻撃してくるかわかりません。下手に一人の時を狙われれば・・・。」
「私は大丈夫だね〜。」
唯一<直死の魔眼>を受けて復活した奴が言った。・・・て、まさか。
「へへ、なんせ私・・・。」
「あ、アルクェイド・・・その話は・・・勘弁してくれ・・・。」
頭を下げる。・・・はあ〜、情けない。しかし、彼女を殺したのは俺なのだ。それだけは忘れてはいない。
「・・・兄さん、アルクェイドさんに何をなさったのか詳し〜く、お聞かせ願えないでしょうか?。」
妹よ、髪を赤くしないでくれ。
「秋葉。」
「はい?。」
「・・・話を戻そう。」
「・・・わかりました。ですが。」
なんか・・・睨んでくる。
「この事は後でじっくりと話してもらいますから。」
「・・・はい。」
後が・・・とても怖い。
とにかく、このまま探索をする事のなった。
しかし下手に見つけて大騒ぎになるのも好ましくない。
なんせさっきとは事情が違う。
とりあえず捜索は夜に行うことになった。
気が付けばもう12時だった。
そう言えば朝からろくに食べていない。
「琥珀さん。」
「は〜い?。」
「何かお願いできます?。」
「はい、少々お待ちくださいね〜。」
明るく振舞ってくれている。
例え演技でも・・・少し励ましになった。
その場所は存在しない。
だが存在している。
この矛盾。
それがここの常識。
「消滅していなかったと言うのですか?。」
暗く姿は見えない闇の中の会話。
「その様だ、失態だな。」
「・・・では今すぐに・・・。」
「もはやお主には任せん。」
暗く声しか聞こえない闇の中の会話。
「お願いします。今一度・・・。」
「黙れと言うのが聞こえぬのか?。」
「聞こえませぬ。」
「・・・ほう。」
驚いたような声。
「我に逆らうか。」
「・・・はい。」
「ならばそれなりの処分を下すまでだ。」
「<大王>よ、私は・・・。」
「黙れ。」
「黙りませぬ。」
二つの大きな声。その時だった。
「今一度、機会を与えてはどうですか。」
「・・・なんだ貴様か。我に意見する気か?。」
「はい、この者こそ最適。」
「・・・ほう、貴様がそこまで言うとはな。」
何かが割れる音。
「よかろう。華連。」
「はっ。」
「<切牙>に感謝するがいい。」
バリンッ
その音の後、その場は二人だけになった。
「切牙様、感謝いたします。」
「ならば、行くがいい。そして今度こそ仕留めよ。」
「はっ。」
バリンッ
その音の後、その場は一人だけになった。
「やれやれ世話がかかる。しかしおもしろい事になったものだ。」
この者には良心などは無いのだった。
ウィィィィーーーーーーーーーーーーン
あるビルとビルの狭い間でトラックが止まる。
ガバッ、運転席側のドアが開く。
バッ、トラックの荷台から降りる音。
「どうもお世話になりました。」
ペコリと頭を下げる少年。
「いや良いって、まあ・・・そのだ、困った時は・・・。」
と言いつつ両手をやけに動かす男。
「いえ。本当にお世話になりました。」
と言いながら黒いコートから紙切れを・・・10枚程出し渡す少年。
「良いって良いって困った時はお互い様だって・・・。」
と言いながらそれを貰う男。
ガバッ、ドアが閉まる音。
「じゃあな、達者でな。」
「はい、お世話になりました。」
ブォォォォォーーーーーーー
走り去るトラック。
少年はそれを見届けた後、クルッ、と方向を変え街へ歩き出した。
コツコツコツコツ
まだ微妙に暑さが残る9月に暑そうなコートを着た少年をすれ違う人は驚きながら見るがすぐに歩き出す。
コツコツコツコツ
少年はとある公園に来た。
・・・前にも来た事がある。
そして、始めての場所でもある。
公園に入った少年は辺りを見回しながら歩いた。
まるで何かを捜すかのように・・・。
「・・・まあ、姫君がこの様な場所にそう簡単に来るはずがないか。」
そう言うと少年は近くのベンチに座った。
肉体的には疲れていない。それでも精神的に疲れたのだ。
座る必要もないが<人>の部分が強いためこうなるのだ。
「まあ、私も俺も時間は夜だからな・・・。」
そう言って笑みを浮かべる少年。
新たなる敵はここに到着した。
(46)
夜、と言ってもまだ7時過ぎだが、二つの影が住宅街を歩いている。
スッ、黒い服の女性が電話を取り出した。
「こちらシエル、異常ありません。」
「ガーガー、了解。引き続き捜索を継続してください。」
30分おきの定時連絡だ。
今の声は琥珀さん。
まったく、異端者一人を狩るのに私は何をしているのだろうか?。
私は埋葬機関第7位<弓>の称号を持つ者。
それなりの修羅場はくぐって来た。
しかし今の標的<今宮隆一>の前には圧倒的な力の差を見せ付けられた。
そしてこの状況。私の今のパートナー・・・。
「シエル〜、置いてくよ。」
「・・・わかってます。」
アルクェイド・ブリュンスタッド、私の立場では敵対関係になるはずの彼女と行動している。
今屋敷には遠野君と妹の秋葉さん、それに双子の姉妹の琥珀さんと翡翠さん、遠野君の使い魔のレンと言う少女、がいる。
まあ、標的の力量を考えるとバランスが良いだろう。
私達は今日の24時まで行動しその後に<遠野君とアルクェイド>、次に<遠野君と私>の順番で街中を巡回する事になっている。
秋葉さんも巡回に加わろうとしたが、この時は遠野君が<兄>として強く抑えつけたので外れた。
さすがにこういう時は頼りになる。
それに私が最後というのもおいしい話・・・。
「・・・シエル・・・あんた今変な事考えたでしょ。」
「はっ、てっ、な、何言いやがんですか、あなたはーーー。」
「ふーん。」
いけないいけない、顔が緩んでいたようだ。
・・・緩む?。
・・・いけませんねこんな時に。
「まあいいわ、行くわよシエ・・・。」
わかってます。
はあ〜、最近の楽しい生活で調子を崩してます・・・はっ。
ギンッ、私もアルクェイドも前を睨んでいた。
・・・殺気。それにこの気配は・・・まさか隆一?。
そんなはずは・・・。
コツ、コツ、コツ、コツ
ゆっくりと近づいてくる足音。
ジャキッ
私は<黒鍵>を両手に三本ずつ構えた。
ブルッ、思わず震えた。
なんという殺気。
まるで巨大な悪魔を相手するかのような実力の差。
「くっ。」
スッ、思わず姿も見ずに投げた。
ドスッドスッススススッ
何かに刺さる音。
しかし殺気は消えていない。
コツ、コツ、コツ、コツ
まるで何もなかったように近づいて来る足音。
<恐怖>、私はただそれしか感じなかった。
絶対的な絶望、これが・・・。
「シエルっ、逃げるなら今の内よ。」
「なっ、私が逃げると思ってるんですか?。」
思わず言い返した。
向こうはこちらを見向きもせずに言った。
「姿さえ見ていないのに怯えるような足手まといはいらないわ。」
はっ、そうかやっとわかった。
アルクェイドは私を本当に邪魔だと思ってるんだ。
もはや実力の差は見えている。だから・・・。
「何をしているの?、早く・・・。」
「姫君、喧嘩は良くないぞ。」
敵が暗闇から姿を現した。
命を与える地の・・・。
力を与える風の・・・。
潤いを与える水の・・・。
灯火を与える火の・・・。
「では、その者達は解放された、と。」
「そうだ。」
とある山のとある場所の和風の屋敷に一人の少女が誰かと会話していた。
「この世の理を守るなら・・・<8魔道星>では・・・?。」
「いや、<8星>は動いていない。」
少女は天井を見ながら会話している。
「それに奴らは自らの手で新たな時を求める。そのような事には関わらない。」
「では・・・<狩人>を倒したのは・・・?。」
「わからぬ。ただ・・・。」
天井には誰も居ない。
「その者は一人らしい。が詳しい事はまだわかっていない。」
「では、私にどうしろと?。」
「ふむ、実はある場所で異端者と思われる事件が起きている。今、そこで動けるのはお主しか居ないのだ。」
どうやら、一種のテレパシーをしているようだ。
「・・・要はただの雑務ですか。」
「そうなる・・・な。」
「なら、早く言ってください。」
大声で叫ぶ少女。
「そ、そう言うな、何故お主に回ってきたか理由を説明しないと・・・。」
「だからって、もうどれくらい<交信>してると思ってるんですか?。」
大声で言うが誰も来ない。
「と、とにかく行って解決するのだ。それとそこには<教会>の者も居るから共同戦線を張ってもいい。やり方は任せる。では。」
「あっ、ちょっ・・・はあ〜。」
その場に座り込む少女。
「私は・・・まだ・・・見習い扱いか・・・。」
「千鶴様。」
「なっ。」
思わず外に顔を上げる。
「この屋敷は私が管理しますので仕事を優先してください。」
「・・・貴女ねえ・・・管理もなにもこの<屋敷自体>じゃない。」
「・・・はんっ。」
「屋敷妖怪がいつそんなシャレを知ったのよ?。」
床を蹴る少女・・・神無月千鶴。
「はあ〜、まあ良いわ。当分帰って来ないだろうからよろしくね。」
「はい、行ってらしゃいませ〜。」
こうして千鶴も<三咲町>に向かった。
その少年は銀色の短髪に黒いコートを羽織っていた。
一見すればただの少年。
しかし・・・。
「ほう、姫君はいつから<蛇の娘>と仲良くなったのかな?。」
「「・・・。」」
普通なら何か答えるだろうが・・・答える気さえ起きなかった。
この口調、この雰囲気、この圧力は・・・。
「まだ、生きてたのね・・・ネロ・カオスっっっっっーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
私は大声で言った。
「やれやれ、姫君は久々に会った旧友とも挨拶できないのかな?。」
笑いながら奴は言った。
「ふざけないで、今更何をしに来たのかしら?。もう一度殺されてほしい?。」
私は構えた。距離は・・・20メートル。
「フッ、さあね。もしかしたら姫君と・・・あの蒼い眼を持つ者へ復讐に来たのかもな?。」
ダンッ、その言葉で私は奴に向かって跳んだ。
許さない・・・私はともかく志貴に手を出すなら・・・私は・・・。
「甘い。」
ガキンッ
ネロの爪と私の爪がぶつかる。
一撃。
たったそれだけだが私は引いた。
スッ
何かが通り過ぎる音。
シエルが電柱の上から<黒鍵>を投げた。
私は歩道に着地した。
「ほう」
再び距離を離した時、ネロが言った。
「なるほどな、私の<混沌>が本物かどうか確かめるための攻撃か・・・。」
ネロの体には数本の<黒鍵>が刺さっている。
しかし効果はなさそうだ。
「<黒鍵>を受けても何も発生しないとは・・・やはり<本物>ですか。」
ジャキッ、とまた<黒鍵>を構えるシエル。
「やれやれ、この時間帯はまだ人間が多いだろうに・・・。」
そう言うとネロは<黒鍵>を抜いて手に持った。
「<結界>を張りましたから心配はありません。まあ、また起きた<通り魔事件>のおかげで人通りも少ないですが・・・。」
ネロは右手に一本持った。
「そうか・・・ところで・・・これはこう投げるのかな?。」
「???。なっ。」
スッ、投げられた<黒鍵>。狙いは・・・シエル?。
「くっ。」
キンッ、と弾くシエル。
「シエル?、引きなさい。ネロは私が相手する。」
「な、何を・・・くっ。」
思わず顔をしかめるシエル。手がしびれているようだ。
「<蛇の娘>、これは私と姫君の戦いなのだ。引け。」
?、おかしい。
ネロが何故このような事を・・・。
「まあ、その必要も無いか。」
「「えっ。」」
その時だった。空から・・・三羽のカラスがシエルに襲ってきた。
「しまっ・・・。」
気づいた時、シエルはバランスを崩して地面に落ちた。
「シエル?、大丈夫なの?。」
思わず駆け寄ろうとした時ネロが言った。
「敵に背中を見せるかな、姫君?。」
「くっ。」
そうだ、シエルはあれくらいでは死なない。
それより私は・・・。
「どうだ姫君?、私と貴女が戦った公園で決着をつけるのは?。」
「・・・いいわ。」
そう言った時、ネロは下がった。
「では待っている。」
ネロは闇へと消えていった。
「シエル?、志貴を呼んでおいて。」
私は後ろを見ずに言った。
「・・・わかりました。<混沌>を滅ぼすにはそれしかありませんか・・・ら・・・あっ、あああ電話が・・・。」
どうやら落ちたショックで壊れているようだ。
まあいい。
「呼んどいてね・・・シエル。」
「なっ、アルクェイド?。」
私は公園に向かった。
(47)
今宵は半月。
吸血鬼にとっては良いとも悪いとも言えない日。
向こうは月の満ち欠けの影響をあまり考えていないようだ。
公園、かつて幾度と無く戦いがあった場所。
私が中に入っても奇襲や不意打ちは無かった。
この公園はそれなりの広さは有る。
・・・どうやら敵はあの場所にいるらしい。
かつて私が苦戦を強いられ、そして私が愛した彼に助けられた場所。
私はゆっくりとその場所へ向かった。
敵は静かに佇んでいた
「余裕ね、何も仕掛けてこないなんて・・・。」
私は笑みを浮かべながら言った。
「フッ、貴様にその様な小細工が通じるのならやっていたかもな・・・。」
向こうも笑っている。
しかし随分と変わったものだ。まさか子供の姿になっているとは・・・。
背は隆一くらいかもしれない。
「わからない、何故子供の姿なのかしら?、あなたは本当に<フォアブロ・ロワイン>なのかしら?。」
それだけは聞いておきたかった。
「・・・簡単な事だ。新たに私の中の統率する者が子供であったからだ。」
ならば、奴はその子供でも有るという事か・・・。
「まあ、俺は動く体が欲しかっただけ。<混沌>を統率出来る程の存在が欲しかった<私>と動く体が欲しかった<俺>、それぞれが出会いこうなっただけさ・・・。」
口調が変わった。
どうやら新しい<彼>もちゃんと自覚有る行動らしい。
「そして新しくなっても、私を狙う訳か・・・。」
「そういう事。私は俺、俺は私。だから借りを返すのも同じ事。・・・さて、始めようか。」
バッ、ネロのコートが大きく開かれた。
来る、そう思い私は身構えた・・・が。
ドドドドドドッ、出て来た幾つかの黒い影は四方へ飛んで行った。
「何を・・・。」
「あの時の様に弱って無い様だからね、助けが来ない様に見張りを放ったんだ。」
なるほどね、隙があれば今外に出た奴らの攻撃も有る訳か・・・。
私では<混沌>を殺しきる事は出来ない。
しかし足止めぐらいは出来る。
やはり志貴でないと滅ぼせないだろう。
でも、彼を危険な目に合わせる気は無い。
「さて・・・覚悟は良いかな・・・<アルクェイド・ブリュンスタッド>。」
「それは・・・こちらのセリフよっ。」
バッ、コートが開かれいくつもの生物が出て来る。
黒い犬に始まり牛やら馬やら中には普通では考えられない大きさの蛇などが出て来た。
「行けっ。」
合図と共にそれらが一斉に襲ってきた。
ざっと30。
・・・随分と舐めてくれる。
ブンッ、私は右腕を振るった。
「ぎぃぃぃぃぃーーーー。」
「ガァァァァァァーーー。」
「グギャァァァァァーーー。」
両腕を振るう事に悲鳴が聞こえてくる。
しかし、こいつらは<混沌>に戻ればすぐに蘇る。
だが・・・それでも隙はできる。
ザンザンザンザンザンザンザンザンザン・・・私にはこんな攻撃は通じない。
「ギィィィィーーーーー。」
最後の一匹を仕留めネロを睨んだ。
お互いの距離は10mぐらいしかない。
一歩で十分に届く距離。
「流石だな。満月でないというのにその実力。しかし・・・これはどうかな?。」
「なっ。」
突如周りから・・・それこそ360°全てから飛び掛ってくる影。
・・・だが、それがどうした。
ダッ、私は高く跳ぶ。
「「「ガァァーーー。」」」
上には鳥が控えている・・・が関係ない。
ブンッ。
「「ギィィィーーーー。」」
蹴散らした後私は20m離れた場所に着地した。
そしてネロを見る。
「二度も<創世の土>掛かるほど馬鹿じゃないわ・・・<ネロ・カオス>。」
「まあな。確かにこうも呆気なくついてしまったら面白くないな。」
そう言うとネロは笑みを浮かべた。・・・それは本当に笑っているようだ。
私との戦いが何故そんなに楽しいのだろうか?。
ズーズーズー、私が殺した<混沌>がネロに戻っていく。
まあ、わかってはいた事だ。
私はもう一度跳んで離れた。距離は・・・100mは離れた。
向こうは私の行動がよくわかっていない様だ。
私は集中した・・・。
ほんの少しの時間だけでこれは使える。
逆に言えば僅かな時間も無い戦いでは使えない。
そして・・・発動した。
<空想具現化>、その場所には存在してなかった事柄を起こす究極の外界干渉能力。
私がイメージするは熱。
かつて私はこの場でこれを行い失敗した事が有る。
・・・あれは・・・悲しい出来事だった。
あの時は<混沌>の周りだけで行った。
だが今回は周りだけでなく広範囲に及ぶ。
まあ、これは志貴の妹の<略奪>と変わりは無い。
違いが有るとすれば・・・彼女と違い長時間奪い続けられる事だ。
ギンッ、<混沌>を中心に熱が消失していく。
これで・・・。
「えっ。」
それは、突然起きた。
スーーーーーーザンッ・・・ドッ、その音で私の左腕は地面に落ちた。
「あっ・・・。」
何か大きな物が後ろから通り過ぎた。
大きな・・・丸い物と言えば良いのだろうか。
「くぅっっーーー。」
何が起きたの?・・いやそんな事より・・・腕を・・・。
ザッ、私は左腕を拾い傷口に近づけた・・・。
そして・・・それは来ていた。
「なっ。」
ブンッ、上から振られる物質。
それは刃物。
普通の刃物なら恐れる必要はない。
しかしこれは・・・。
ダンッ、私は本能で危機を感じ後ろに跳ねた。
だがそれは追撃してくる。
「はっ。」
スィッ、それは突き。グサッ、それは私のお腹に刺さ・・・いや、貫く音だ。
「ア・・・ガッ・・・。」
ネロは目の前にいる。
これは・・・刀?、あの<ネロ・カオス>がこんな物を・・・。
グギィィィリィィーーー、それは刀を抜く音・・・正確には、刺したまま斬った音。
要するに<刺さった場所から斜め下に向かって斬った>のだ。
「あ、ぐぅぅっーーー。」
ダッ、お腹の半分が切断されながらも私は後退した。
ザッ、ネロの歩みが止まった。冷静にこちらを観察している。
お互いの距離はさっきと同じ10mぐらいしかない。
「どうだ姫君?、傷が再生しないだろう?。」
「ぐっ。」
そうなのだ、左腕は問題無い。
しかし刀の部分はまるで再生しない。
「ぐぅっ、お、驚い、た、わ・・・あなたが・・・そんな<概念武装>・・・を、使う、なんて・・・。」
ネロは笑みを浮かべた。
「残念ながら少し違う。これはこの妖刀<北羅>の特性なのだ。」
そんな馬鹿な。
「そん、なはずが、無いわ。私の・・・復元能、力が刀一、本に無効にされ・・・るなんて・・・。」「
それはどうかな?。姫君、この国の妖刀に籠められた悪しき重みは舐めない方がいい。」
そう言うと、ネロはも一本刀を出した。
「そしてこれが<逆鱗>。さて、お見せしよう。今代の<ネロ・カオス>の実力を。」
ネロは右手に<逆鱗>、左手に<北羅>をそれぞれ持った。
さあ、殺し合おう・・・。
(48)
夜はまだ始まったばかり。
しかし屋敷の中は静まり返っていた。
光は有る。人の気配も有る。
だが、この静けさは・・・。
カチャ
口につけていたコーヒーカップを皿の上に戻す。
何故だかわからないがとても嫌な予感がする。
俺の中の<七夜>の部分ではなくそのさらに深い部分で俺は何かを感じていた。
「・・・兄さん。」
秋葉は小さな声で俺に話しかけた。
「お疲れなら、部屋に戻った方が・・・。」
「いや、大丈夫だ。」
素っ気なく答えた。どうやら相当難しい顔をしていたようだ。
コツコツコツコツ・・・誰かが居間に近づいてきた。
「あっ・・・志貴様、秋葉様、ご迷惑を・・・。」
「翡翠?、大丈夫なのか?。」
「翡翠・・・あなた・・・。」
俺達は同時に叫んだ。
「はい、ケガをしていた訳ではありませんから。」
「本当に大丈夫なのか?。」
「・・・はい、それに・・・何かしていないと・・・。」
翡翠は泣きそうな顔をして顔を下に向けた。
俺は立ち上がって翡翠に近づいた。
「志貴・・・様?。」
スッ、俺は翡翠に優しく抱きついた。
「大丈夫だから・・・大丈夫だから・・・。」
「・・・はい。」
とても小さな声で答えた。
普段なら秋葉に小言を言われるだろうが、秋葉もただ見ているだけだった。
その時だった。
バンッ、玄関のドアが勢い良く開く音。
俺達は驚いて離れた。
そして走ってくる音。
「と、遠野君・・・はあ、はあ、あ、あ、あ、いい、居ましたね・・・。」
いつもの先輩とは思えない焦っている様だった。
「ど、どうしたんだ先輩?、あ、アルクェイドは・・・?。」
「そ、それです。」
息も絶え絶えに先輩は言った。
「ね、ネロが・・・。」
「えっ。」
「<ネロ・カオス>が生きていました。」
俺は最初先輩が何を言ったかわからなかった。
「先輩っ、秋葉達を頼んだ。」
「えっ、そ、それなら・・・。」
「に、兄さん?。」
「志貴さ・・・。」
「あの、何の騒ぎ・・・。」
俺はもう一度振り返る。
「後でこうなる予定だっただろう?。隆一の事も考えて皆ここに居ろよっ。」
もはや命令口調だった。
俺は玄関を出て、門を通った。
「くそっ、あいつ、何で・・・。」
俺に相談しなかった?。
少しぐらい頼ってくれたって・・・。
焦り。不安。大切な彼女を失う恐怖。
俺はまだ誰が好きか言っていない。
いや、全員本当に俺は好きなんだ。
愛しているんだ。
800年もロアという亡霊に苦しめられ続けた姫。
家族や友人を殺してしまい、死を望んだ先輩。
反転者を狩るという義務のため自らの兄を殺す使命を背負った妹。
苦しんでいた俺を外に誘い出してくれた女の子。
仮面を被り自分を偽り続ける事で生きた女の子。
自らの命を賭けて俺を助けてくれた少女。
同情や哀れみなんかじゃない。
俺は本当に彼女らを愛していた。
「死なせない、お前は絶対死なせない。」
ダンッ、俺は人とは思えない速さで公園に向かった。
だが、運命の歯車はすでに回っていた。
それは坂を下り住宅街を抜ける時だった。
目の前に少女が一人立っていた。
「遠野志貴君?。」
俺は声を発した少女を見て・・・足が止まった。
それは恐怖。
それは悲しみ。
それは怒り。
それは憎しみ。
「ゆ・・・み・・・づ・・・か・・・?。」
一言一言俺はゆっくり言った。
頭の中は急げと命じている。
そう、命じていた。なのに・・・。
「やっと、会、え、た・・・じゃあ・・・いくよ。」
ゴッ
それは人を遥かに凌駕したスピード。
アルクェイド並の速さの攻撃で俺は壁に殴り飛ばされた。
「あ・・・がっ。」
腹に一発。
何と言う力。
何と言う速さ。
俺は血を吐いた。
「えへー、奇襲大成功。まあ、ちゃんと挨拶したから奇襲でもないか。」
満面の笑みを浮かべながら少女は言った。
「あっ、私の名前は<弓塚絵理>。あなたが殺した<弓塚さつき>の妹で〜す。」
「なっ。」
妹?、弓塚に妹が?。
「あら、驚いてる。その様子じゃお姉ちゃん言ってなかったんだ。もうどうでも良いけどね。」
この少女は特に変わった姿はしていない。
髪は弓塚と同じ茶髪にツインテール、顔立ちもよく似ている。
弓塚を少し小さくした感じだ。
「あっ、人は来ないよ。色々細工しましたからね。」
何故なんだ。何で今なんだ・・・。
「頼むから・・・。」
「何ですか、お兄さん?。」
「頼むから・・・退いてくれ。大切な・・・大切な。」
「ああ、あの外人さんですね。」
「なっ。」
知っているのか・・・なら何で。
「どうして、って顔してますね。だって大切な人を失う事を体験できるじゃないですか、お兄さん?。」
「何、だと?・・・。」
少女・・・絵理はこの上も無く残忍な顔を見せた。
「これは復讐。当然ですよ、私のお姉ちゃんを殺したのに何の裁きも受けてないだから。まあ、自分が正義だとは思ってないですよ。」
それは受けて当然の罪。
だが今それを受ける訳には行かない。
俺は何とか立ち上がり絵理を見た。
「頼む、この通りだから、今は・・・。」
「駄目ですよ。もしこの機会を逃したらあの女の人達が助けようとするじゃないですか。」
確かにそうだ。俺が殺されようとすれば皆俺を助けようとする。例え俺に嫌われても・・・皆は・・・。
「でも今は・・・。」
「じゃあ苦しんで死ね。<遠野志貴>。」
「!、なっ。」
絵理という少女の手が目の前にあった。
彼女がここに来たのは仕事。
しかし少なからず私怨も入っている。
彼女が今居るのは街中。
といっても静まり返った路地裏だが・・・。
「ふむ・・・今は<邪気>が薄くなっているが・・・少し前はかなり・・・これなら<邪鬼>が生まれても不思議ではないか・・・。」
暗く、静かで、ほとんど人が来ない場所。
普通の人でもここへは来たくないはずだ。
「まるで<戦場による死体の墓場>クラスの<邪気>。街にこれ程の場所が作られるとは・・・やはり・・・。」
鬼は吸血鬼と決定的な違いがある。
吸血鬼の始まりは<真祖>と呼ばれる者が<祖>とされている。
この者達は皆<星の意思>として生まれたのだ。
鬼の始まりは<人間>なのだ。
人間が意識して作ったのではない。
戦い、飢え、病気などの<不運の死>や<憎悪の死>による<負>が生み出したのだ。
言わば人の業。
自業自得。
しかしそれでも関係ない人間確かにいる。
もちろん他にも<魔>と呼ばれる者はいくらでもいる。
「まあ、闇の封印場所<魔界>が関わらなくてよかった。これ程なら奴らが目をつけてもおかしくないからな・・・?、何だ?。」
彼女は夜空を見上げた。
「僅かな・・・<邪気>・・・いや・・・これは・・・<悪魔の流れ>?。・・・やはり何者かが・・・。」
彼女はその方角へ向かった。
「おのれ、奴だけでも面倒なのだが・・・<魔界>の<現世>干渉は見過ごせないか・・・。」
苛立ちを見せながらも彼女は向かった。
夜の公園に近づく者は居ない。
新しい<通り魔事件>も有るがその場に居る者がそれなりの工夫をしていた。
ブンッ
何かが振られる音。
ジュウウウッ
そして焼ける音。
「アッアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーー。」
苦しみながらも後退するアルクェイドと・・・。
スッ、ザンッ、振られる刀。
冷静に攻撃を繰り出す<ネロ>であり<時矢>でもある<混沌>。
「<逆鱗>は<高熱>を宿している。あいにく再生可能だが体力を奪う事は可能だ。」
「ぐっ。」
ダンッ、再び後退するアルクェイド。しかし・・・。
「掛かったな。」
「えっ。」
その時アルクェイドの居る地面の土が足に纏わりついてきた。
「なっ、これは・・・。」
「風の斬。炎の舞。」
動きの取れないアルクェイドに猛烈な何かが襲い掛かる。
ズバッ
それはカマイタチ。
ボウッ
それは灼熱の火の玉。
「ア、ガッ、グゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
成す術もなく攻撃を受ける。
「水の固体。」
氷の幾つ物刃物がアルクェイドの全身を貫いた。
「ガッ・・・。」
足、腕、腹、胸、喉、全てに長さ20センチ、太さ3cmぐらいの物が貫いた。
それは一方的だった。何と残酷な攻撃。
しかしアルクェイドという存在はこれでも死ぬ事は無い。
だからこそ・・・行うのだった。
「まだ立つか・・・。」
二刀流の状態のまま腕を交差させるネロ。
「斬撃、絶十字。」
超越種の彼が繰り出す剣技はどれも<蛇神時矢>による物だ。
そしてその技の数々はまさに最高と言える。
ザンッ
アルクェイドの体に×印を浴びせながら再び距離を離す。
ドッ、バタンッ
アルクェイドはそのまま膝をつき倒れた。
「・・・。」
返事は無い。
そう、斬った瞬間の呻き声さえ無い。
まるで人形。まるで・・・何かが動く気配。
それは・・・。
気がつけば刺さっていたはずの氷が溶け、傷から流れる血が止まっていた。
ドンッ
そんな音がする。
周りがざわめきだす。今の音は・・・。
スッ
突然アルクェイドは立ち上がる。そして、ゆっくりとこちらを向いた。
「こ・・・ろ・・・し・・・て・・・。」
それは金色の眼を宿す姫君。
「し・・・て・・・あ・・・げ・・・る・・・。」
この世で最も優れた生物とされる<真祖の姫君>。
俺は、私は、知らぬ間に一歩だけ下がっていた。
無意識に恐怖していた。
「・・・殺してあげる・・・。」
ダンッ
踏み出される足。
ザンッ
混沌を貫く音。
だが、そんな攻撃に・・・。
ギロッ
思わず目が合う。
「くっ。」
ババッ、コートから生物を出し弾き飛ばす。
「「ギィィィィィーーーーー。」」
だがそれらはすぐに殺された。
ダンッ、今度はこちらが後退した。
「・・・恐怖するとはな。やはり<真祖の姫君>は侮れないか・・・。」
そうして笑みを浮かべる。
「だが、それは・・・。」
「殺し尽くしてあげるわ<ネロ・カオス>。」
突進してくる彼女を見ながら内心溜息を付く。
「愚かな・・・。お前じゃ俺は倒せない。」
冷静さを失った者が俺を滅ぼせる訳が・・・。
居ない?。
「な・・・に・・・?。」
馬鹿な・・・今までちゃんと見て・・・。
ブンッ、ガシャッ
それは腕を振る音と・・・。
自分の体が裂ける音だった。
(49)
世界という概念。それは全てでは無い。
違う存在。干渉しない存在。これらは必ず存在するもの。
では、彼・・・彼らはどうなのか?。
彼らは一つの世界。
ドッ、俺の目線は今とても低い。
「・・・まさか地面をこんな形で見る事になるとはな。」
この身は<混沌>と称される一つの世界となっている。だから引き裂かれようが、潰されようが、関係無い。
だが、実際これを体験できるとは思わなかった。
ザッーーーーーービュンッグルルグルル
・・・元の形に戻る。
「力だけではなく・・・<世界の干渉>を利用して私の世界を切り裂く・・・か。まったく、恐れ入るよ姫君。」
そして後ろを振り向く。
・・・攻撃してこないという事はまだ観察中か・・・。
「だが・・・それだけでは俺は殺せない。やはりあの人間が必要だな。」
「ふざけないで、あなたの目的は私を取り込むことでしょう?。志貴は関係ないわ。」
金色の魔眼がこちらを睨みつけてくる。
「<志貴>・・・奴の名か。さあな、私は姫君がほしい。だがあの男にも興味がある。・・・二人がどんな関係なのかにもな。主と使い魔では無いのがどうも気になる。」
私は口元に笑みを浮かべる。
「しかし、わからない。何故支配しないんだ?。それほど貴様が興味が有るなら簡単に出来るだろう?。」
「あなたに教える必要は無いわ・・・。」
一瞬だけ姫君は暗い顔をした。
「・・・理解できないな。まあ、貴様を取り込めばわかるがな。」
「出来るかしら・・・貴方ごときに?。」
コートを広げる。
人間はまだ来ない様だった。ならそれならそれで・・・姫君を頂く。
「あ・・・ぐっ・・・ううう。」
最初の一撃からの痛みを我慢しながら、俺はあの子・・・絵理という少女の攻撃をかわす。
最初は油断したが・・・もう大丈夫だ。
ブンッ
振られる腕。それを避ける。
ダンッ
右に跳ねる。
今居た場所に腕が有る。
確かに絵理という少女の攻撃は早い。
だが、読めない事はない。
俺の体に染み付いている体術はそう簡単に負けない。
それでも次に捕まれば終わりだ。
だが問題は二つ残っている。。
<七夜>は彼女を殺したがっている。
アルクェイドの元へ急がないといけない。
彼女を殺せばこの二つは簡単に片付く。
だが、それだけは・・・絶対にしたくない。
「さっさと死になさいっ。」
がむしゃらに振られる高速の腕。
だが・・・隙有り。
ドッ
ちょうど絵理ちゃんの腹の中心に鉄拳をくらわした。
そしてそのまま、倒れるはず・・・だった。
「効かないんだよね。」
「なっ。」
確かに手応えがあった。
が何も感じ無かった様に俺は腕を掴まれて道路の壁に叩きつけられた。
「がはっ。」
壁にヒビが入っていた。
不味い、これは非常に・・・。
「えへっ、やっちゃった。あーあー、殺す気でくれば良かったのにね・・・バイバイお兄さん〜〜。」
そう言えば前にも似た様な状況で・・・そうシエル先輩に助けられた。
でもまさかそんな事が続くとは思わなかった。
それは炎。
「何?これ・・・。」
気がつけばあの子の周りには炎が有った。
「あ、あああああああああああああああーーーーーーーーーーー。」
「!なっ。」
瞬きしている間も無くあの子は炎に包まれた。
「何で・・・。」
俺はメガネをポケットに仕舞いナイフを取り出した。
その時だった。
「何をするつもりだ・・・人間?。」
丁度絵理ちゃんが燃えている後ろに同じ位の背格好の女の子が立っていた。
真っ赤な、秋葉の赤髪の様な肩まで届きそうな髪。
凛とした所も秋葉に似てそうだ。
服も赤い着物。
「何って助けないと・・・。」
「これぐらいでは死ぬはずが無いだろう?。」
「なっ。」
何を言って、と言いかけた時だった。
ドゥスッ
突然絵理ちゃんを囲んでいた炎が消えた。
正しくは<消した>の様だ。
「あ・・・れっ?。」
だが、そこにあの子は居なかった。
しかしどこに行ったかすぐにわかった。
ビュゥッ
しまった後ろに・・・がそれに気づくより早く・・・彼女が早かった。
ギンッギッギンッ
それはさっきまで前に居た彼女と絵理ちゃんがぶつかり合う音。
見れば前に居た子は刀を一本持っている。
対して絵理ちゃんは素手・・・いや爪で応戦している。
ガキンッーーーー、大きな音の後、二人はお互い5m程離れた。
「何で・・・何であんた邪魔するの?。折角・・・。」
「・・・。」
着物の女の子は答えない。・・・この感じ、人では無い。
「答えなさいよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
苛立たしそうに絵理ちゃんは叫んだ。
「・・・私は<死神>だ。」「えっ。」「何ですって。」
<死神>?、あの漫画とかでよくでる奴?。
「くっ、わ、私は人間・・・。」
「もはや人とは呼べないな、<魔喰い>。」
「<魔喰い>?。」
何だそれ、聞いた事無いぞ・・・。
「まさか、このような場所で<魔喰い>に会えるとはな。やはりこの日本という土地は特殊な者が多い。」
ジッと絵理ちゃんを見つめた後、今度は俺を見た。
「・・・貴様・・・<退魔>だな。」
「えっ、あっ、ああ。」
思わず頷く。
「何故抵抗しない?。」
「そ、それは。」
「そいつはお姉ちゃんを殺したのよっ。」
大声で叫ぶ絵理ちゃん。
「・・・姉?、妙だな・・・<魔喰い>一代限り・・・確かに貴様は霊子が・・・異端者ではないだろう?。」
少し首を傾ける着物の女の子。
「そ、それは・・・。」
「・・・霊子が・・・そうか<死徒>になったのだな?。」
「なっ、何で君がそれを・・・。」
「一年前この地に<アカシャの蛇>が居たのだろう?。ならば予測がつく。生死の法を破る<死徒>は我々でも把握しているからな・・・。」
驚いた、それじゃあ本当に<死神>なんだ。
「だから・・・何?。」
「えっ?。」
突然絵理ちゃんは涙を流した。
「だから殺すの?。吸血鬼になったから?。もしかしたら人間に戻る方法があったかもしれないのに・・・。」
吸血鬼化を止める方法。
・・・ああ、彼女もそう言えば・・・・。
「ならば理由になるな<魔喰い>。」
冷たく言い放つ彼女。
「なんですってーーー?。」
「血を吸って生きなければならない。それは苦しみだったはず。この者はそれを救っ・・・。」
「ふざけないでーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
再び絵理ちゃんは大声を上げた。
「ああそうよわかってるはそれぐらい。だから何?。この人は今も楽しそうに笑って暮らしてる。私は・・・私達はね・・・あれから、皆おかしくなったのよ?。パパもママもあれからおかしくなって、精神病院に・・・そんで私は亡骸もないお姉ちゃんの仏壇にお祈りして、路地裏行って・・・それなのにコいつは一度もイえには来なカった。」
そうか・・・俺は・・・。
「ゴメン、俺は・・・。」
「じゃあ死んデ、早クオトナシク・・・。」
「なっ。」
絵理ちゃんの姿がどんどん変わっていく。
腕は黒く染まりながら太くなっていき、背中から黒い・・・翼が生えて、額には黒い角と口には牙が・・・。
「お前は<魔喰い>を知らないようだな。」
「何なんだ<あれ>は?。」
問い詰める様に言った。
「<魔喰い>、その名の通りだ。簡単に言えば<魔>とされる者達でも<闇の封印場所>の<魔界>に生息する<悪魔>を喰らった者。<悪魔>ぐらい知っているだろう?。」「ああ。」
それぐらい知っているけど・・・この子が、<悪魔>を喰らった?。
「<悪魔>と何らかの方法で接触して喰らうだけ。まあ大抵は<始めから喰らうつもりで接触>と<契約を翻して喰らう>の二つ。まあ、どちらも実行するのは難しいがな・・・。」
・・・えーと。
「前者はわかるけど・・・。」
「<悪魔の契約>。知っての通り、願いを適える代わりに魂を売り渡す禁断の儀式。だが、中には<悪魔>自身が裏切る事もある。」
「ソノトオリ。」
翼を生やし、角を生やし、牙を生やし、<悪魔>の典型的な姿。確かに面影はある。しかしとても人とは思えない。
「ヤツハ、ワタシハ、タダキサマヲ、コロスコトヲネガッタ。ヤツホンニンガ、ジブンデ、フクシュウシタホウガイイトイッタ。ダガ、コノチカラ、エタトタン、ヤツハワタシニ、ケイヤクセイリツトイッテ、ワタシヲ・・・。」
<悪魔>らしいと言えばそうなるかもしれないが・・・。
「ダガ、ワタシハカッタ。ソシテエタ、コノチカラヲ。サアコロシテヤル。オマエラ、フタリソロッテ、シネーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
翼が動いた途端絵理ちゃんは飛び掛ってきた。
さっきより速くなっている。
でも、彼女は冷静だった。
「・・・愚かな。」
スッ、それは・・・風のような動き。
「アーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
悲鳴を上げて崩れる絵理ちゃん。
二人の速度はアルクェイドクラスだ・・・アルクェイド?。
「あっ、ヤバイ・・・。」
不味い、早く行かないと・・・。
「イカセナイ、ココデ、オマエ、ダレモマモレズニハシヌ。」「!。」
二倍くらい大きくなった黒い腕が俺に襲ってくる。
「はっ。」
だが、それでも見える。俺はタイミングよく左に跳ぶ。
ブンッ、空振りする腕。触れたら終わりだな・・・。
「燃えろ。」「なっ。」
再び炎に包まれる絵理ちゃん。
「誰か・・・助けるのだろう?。なら早く行け。」
「でも、これは俺の・・・。」
「<悪魔>の現世干渉は法に触れる。<死神>として戦う理由はある。それに・・・もしそちらが片付けばまた戻って来れるだろう?。」
彼女はこちらをジッと見ている。
「・・・わかった、すぐ戻ってくる。だから少しだけ頼む。」
「早く済ますのだな。はっきり言って抑えるとは断言できそうに・・・無い。」
ドンッ
見れば絵理ちゃんは炎から抜け出していた。
「ニガサナイ・・・コロスーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
飛び掛って来る、が。
「甘い。」
横からの剣閃で弾かれる。
「早く行けっ。」「ごめん。」
俺は走った。
私も損な事をしていると思う。
どうやら、<あいつ>の影響があるかもしれない。
まあ、今考えるのは止め。
私はこいつを何とかしないといけないからだ。
「オノレオノレオノレオノレオノレ、コロス、オマエ、ゼッタイ・・・アイツモ・・・。」
「醜いな。」
「ナニ?。」
まだ、人の言葉がわかるようだ。
「今のお前はとても・・・醜い。」
「オノレーーーーーーーーーーーーーーーー。」
・・・刀と爪が交差した。
(50)
彼はここに居た。
そこは家。
もはや主は居ない。
誰も住む事は無いはずの場所。何故?。それは・・・。
「・・・暗いな・・・。」
月の光だけでは満足な光は望めない。
街の光と近所の家から出てくる僅かな光があっても暗い事のは変わらない。
いや、彼の言った<暗い>はこの家自体なのかもしれない。
「二階はどうかな?。」
この家は二階建てで、上は彼の部屋があった。
ミシ、ミシ、階段を上るたびにそんな音が響きわたる。
彼は、何を求めているのだろうか。
舞台は公園に移る。
コートを広げ獣を出す少年。
金色の眼でそれを全て切り裂く女性。
そして、その女性を助けるために向かう男性。
「ギィィィィッッ・・・。」
これで何十、何百回倒したのだろうか?。
殺しても殺しても意味が無い。
「ハッ、さすがは<真祖>。世界からの無限とも思える供給はすばらしいな。」
ギロッ、私は前方で余裕の笑みを浮かべる敵を睨んだ。
「あなたなんかに褒められてもうれしくない。」
ダッ、私はもう一度ネロを引き裂くために間合いを詰めた。
少しでも、一瞬でも時間があれば・・・。
「はあ〜、時間を稼ぐための接近戦か・・・。もう少し戦い方を考えろよ・・・なっ。」
ギンッ、
私の爪とネロの刀がぶつかる。
「こんんっ、のおーーーーーーーーーーーーー。」
ギンッ
もう一つの私の爪とネロの刀がぶつかる。
ブンッ、ギンッ、ブンッ、ギンッ
たかが刀ごときの強度では私の攻撃に耐えられるはずはない。
しかし、ネロは<弾く>事でそれを防いでいる。
力と力が正面からぶつかれば当然力の大きい方が勝つ。
それは当たり前の事。
だからこそ人は自分より強大な力を相手するのに<受け流し>を考えた。
剛を知るには柔。柔を知るには剛。
生物のほとんどは<剛>のみが多い。
だから人は<柔>を考えたのだ。
そして、今のネロは<柔>を知っている。
私は知識としては知っているが、それを使った事は無い。
「甘い。」
「!。」
コートから一匹の鮫が出てきた。
「クッ。」
だが間に合わない。
ガブッ
大きな口が私の腰を覆った。
「あーーーーーーーーーーー・・・こんんのおーーーーーーーーーーーーーー。」
ギシャッ
鮫の上下の顎を持って二つに切り裂く。
「はっ。」
「クッ。」
ズバッ
北羅とかいう刀で私は斬られた。
「クウゥゥゥ・・・。」
ドッ
私は後ろに後退した。
「俺の剣技、私の技術、一つに集中しては全てを失うぞ、姫君。」
笑みを浮かべながら言い放つ。
「はあ、はあ・・・くっ。」
傷を何とか再生させる。
・・・やはり北羅の傷は治り難い。
「・・・ふむ、まあ良いとするか。さて・・・そろそろ終わりにするか。」
「くっ。」
ネロが歩み寄って来る。
そして、その時だった。
「?、なっ・・・。」
一目見ただけでは、別に問題は無い。
だが、明らかに空気が、環境が、システムが、狂っている。
「これは・・・?。」
まさか・・・固有結界?。
「さて姫君、体の違和感はあるかな?。」
「・・・!、力が・・・。」
来ない、供給が・・・世界の干渉が、消えて行く?。
「これは、貴様のために用意したものだ・・・はっ。」
「くっ・・・。」
咄嗟に後に下がろうとした・・・が、奴が早かった。
ザンッ、二つの刀が私を切り裂いた。
「あっ・・・かはっ。」
私はその場に崩れ落ちた。
目の前にはネロが居る。
今の私には治癒能力が無い。
「・・・一つ、種明かしをしよう。」
ネロはこちらを見下して居る。
「一番最初に私は四方に分身を放ったな。」
「・・・。」
そう、覚えている。
「<四大精霊>。貴様ならわかるだろう?。」
「・・・。」
何を・・・。
「奴らはある意味貴様を超える自然干渉を受けている。これを利用しない手はないだろう。ふっ、精霊は特定の場所にしか存在できない。だが、私は<世界>を持っている。宿らせる事など簡単だ。」
精霊・・・の・・・逆の・・・干渉・・・を、利用した・・・<固有結界>。
「・・・さて、もはや時間を与えるつもりは無い。」
・・・シ・・・キ。
「・・・結局、あの男は来ないか・・・。」
・・・し・・・き。
「少々残念だが・・・。」
・・・志・・・貴。
「ご、め、ん、ね・・・志貴。」
「?、何を言っているのだ、姫君・・・。」
どうやら不思議だと思っている様だ。
ネロから見れば私が人間に特別な感情を抱くとは思えないはず。
でも、私は知ってしまった。
人を・・・好きに・・・。
「何故、奴を・・・?!!!、来たのか・・・。」
えっ、今何て・・・。
「フッ、遅いぞ、勇者とやら。」
そう言うと、ネロは私から少し離れた。
そして戦いは終局を迎える。