聖杯戦争はつつがなく終わりを迎え、勝利者の願いも叶えられた。
たしかイリなんとかというちみっこい女の子で、その願い事は『世界が平和でありますように』というでかいのかただ子供なのか本気で言っているのかよくわからないもの。
それとなぜかもうひとつ、『あ、ついでに今回参加したサーヴァントはみんなここに残しておいて下さい、聖杯さん』と、ついでかつ強制的に現代へ受肉したサーヴァント七名。ご退場となったサーヴァントも再び聖杯により召喚される始末。
そんな適当でいいのか聖杯。
まあ、セイバーもこうして俺の家に戻ってきたから、文句は無い。ちょっと頭の弱い子とか思ってごめん、イリなんとか。
すでにそれも過去このこと。
学校も休みに入って、俺は怠惰で平穏な毎日を過ごしている。
そんなある日、居間でくつろいでいると、セイバーが深刻な顔で声を掛けてきた。
「その……シロウ」
「ん。どうしたんだセイバー。ご飯が冷凍物だけだったときみたいな絶望の表情で」
「それが……、というか食事如きでそんな表情はしません。断じて」
いや、セイバーの食への飽くなき探求心は冷凍物では満たせないぞ。
腹ぺこキャラなんだし。
「で、なにかあったのか?」
セイバーは言っていいものかと悩んでいる様子で、ええとそのつまりあのそのですからええと、ともじもじもじもじ。
……すまん、セイバー。困ってるところ悪いけど、和んでくるくらい可愛いから、もうちょっと悩んでて。
「はい……あるといえばあるのですが……」
「言いづらいことなのか?」
「ええ、まあ……。別段生活に支障があるわけでもないので放っておいたのですが、その、やはり気になってしまって」
薄く頬を染め、俺と目を合わせないようにようにあちらへこちらへと視線を向ける。初めて見たセイバーのそんな仕草は、こう、なにかが胸の奥からわき上がってくるような感じがする。なんというか、若草が芽ぐむ、みたいな。
「こういうことは、やはり男性の方が詳しいのでしょうから……。相談に乗ってもらえないでしょうか……?」
「別に構わないけど、どういう相談だ? 内容にもよるぞ」
弱々しく語りかけるセイバーに若葉の芽生えを感じながら答える。
「その……、――が……」
「ん? なに?」
あまりにも小さな声で、何を言っていたのか聞き取れなかった。
「お、おち……、が、ですね」
「……すまん。もう少し大きい声で頼む」
俺の言葉に、セイバーはかあっと顔を赤くする。
「お……おちんちんが、生えたんです」
「――――」
おちんちん。
男女の仲のよい様をそう言うらしいが、多分違うな。
多分っていうか絶対違う。
「おちんちん……?」
「で、ですから、おちんちんです」
「……おちんちん?」
「は、はい……」
「つまり、いわゆる男性器」
「そう、それです。それがなぜか……」
セイバーが俯いて下に視線を向ける。俺もその視線を追うと、それに気付いたセイバーが更に顔を赤くして下腹部を隠す。
「生えていると」
「え、ええ。一週間ほど前、朝起きたらおちんちんが生えてたんです」
セイバーの口からおちんちんとかそういう単語が出てくるとはなあ……。
どんなプレイだ。
「ふうん……」
「ふうんって、もう少し焦って下さい! ど、どうすればいいんですか?」
どうすればと言われても……俺元から生えてるし。
というかセイバーにちんちん生えても動じない俺ってどうよ。
……まあ、世の中不思議がいろいろだし。魔術だ聖杯だと、そういうことに慣れてくると、そのくらい、ねえ?
「いや、別に支障ないって言ってたよな、セイバー」
「しかし、気になるものは気になる。それに、その……」
「……なんだよ」
うー、とひとしきり唸ったあと、セイバーはぼそぼそと呟く。
「体の調子がおかしいのです。これまでこんなことはなかったので、原因といえばそれくらいしか思い当たらない」
「どんなふうにおかしいんだ? ひどいんなら病院行くしかないぞ」
「いえ、そこまでひどくはないんです。ただ……胸がむかむかするというか、おなかになにか入っているような、気分が落ち着かない状態なのです」
「……うーん」
「それに気持ちが暴力的になって、火照ってくるんです。運動して汗を流せば、しばらくは紛れるのですが……、根本的な解決にはなっていません」
ちんちん生えてからねえ。
「溜まってるんじゃないか?」
「……溜まってる?」
なにが? と疑問を浮かべて首をかしげるセイバーに若葉の以下略。
「いや、だから、欲求不満なわけだろ、それって。性欲を持て余すってやつ」
「な――!? そ、そんなわけがありません! わ、私がそんな……!!」
「俺も経験有るからわかるけど、そういうときは一発抜いてすっきりするしかないって。精液って貯蔵量が多ければ多いほどそれに比例して性欲が増してくるって話だぞ」
「そ、そうなんですか……?」
「うむ。だから“溜まる”らしい」
「はあ……。それで、このむかむかが性的な欲求だとして、どうすればいいのでしょう」
「――む」
流石に恋人でもない俺が手取り足取りおなぬいのレクチャーするわけにもいくまい。
ちんちん生えてるとはいえ、セイバーも女の子なわけだし。
「ちょっと待て」
俺はそう言い、部屋に行ってさる書籍を持ってくる。
補足するまでもなく、つまりはそういう本なわけだ。
「セイバー、これを使え」
「使う……? 本、のようですが」
「うむ。本だ」
ぱら、とセイバーは本を開き、石化する。
「――シ、シロウ?」
声が裏返ってる。
「なんだ」
「なんだ、じゃありません! な、なんですかこの本は! 不潔です!」
「む。一番のお気に入りを選んだつもりなんだけど」
「そ、そういうことではなく……!」
「いや、だって。初心者のセイバーには、教科書が必要だろ?」
「それはそう……なんでしょうか」
「それとも俺が直々に教えるのか? セイバーのちんちんしごいて」
「し、しごく?」
「えっと……。つまりは自慰の仕方を教えるということ」
またまた顔を真っ赤にして俯くセイバー。
「い、いえ、それは遠慮しておきます……」
「だろ。だから、それ見て自分で処理してくれ。どこかにやりかたは描いてあるから」
「あ……はい。わかりました」
返事をして、セイバーはぱらぱらと本のページをめくる。
うわ、うわわ、と声を漏らしては顔を赤くし、もじもじと脚をすりあわせる。
――うむ。本当に生えてるみたいだ。
「セイバー、そういうのは部屋に戻ってから……」
「へ? あ、そ、そうですね。ええと、それじゃ、先に失礼します。お休みなさい、シロウ」
「ああ、お休み、セイバー。頑張れよ」
お休みの挨拶に頑張れというのもなんだが、まあ、頑張れ。
「頑張ってみます」
律儀に返すセイバー。
そうか。頑張るのか。……頑張るのか。
「あうっ。おちんちんが……」
セイバーは腰の引けた格好でふらふらと部屋に戻っていく。
「部屋……俺の隣なんだよなあ」
少し待ってたほうがいいか?
「シ、シローーーーー!!」
セイバーが部屋に引っ込んで約二十分。突然、悲鳴じみた叫び声が家中に響いた。
「……なんかあったか」
あったんだろうなあ。
「シロウ!? うわっ、うわっ! シロウ、シロウ!?」
どたどたどたっ、と足音を鳴らしてセイバーが居間に駆け込んでくる。
上はシャツ一枚で下半身丸出しという扇情的な格好……なのだが、その股間に、本来女性にはない歪な器官がにょっきりと生えている。
「な、なんか出て、出てきたんです! あたまが真っ白になって、びくびくってなったら、こんなのが!」
こんなの、とセイバーは手にまとわりついた白濁液を俺に見せる。
「見せるなバカ気持ち悪い! ……いや、それでいいんだよ。本でも出してただろ」
なにが悲しくてひとの出した精液見なきゃいかんのだ。
「え? あ、あれっておしっこじゃなかったんですか……?」
「……どこでそういう間違いを起こすのか知らないけど、男は気持ちよくなるとそれが出てくるの。で、それが精液」
漫画の精液の量は尋常じゃないからなあ。勘違いしてもおかしくはない……か?
「――こ。これが、ですか。精液というのは性交のときにだけ出るものとばかり……」
まじまじとてのひらの精液を眺めるセイバー。
エロいぞ。
「う。すごい匂いですね」
「拭け。さっさと拭け。てゆーか下になんか穿けよ、セイバー」
「下? ――あっ」
ばっ、と汚れたままの手で股間を覆う。
「……お、お風呂に入ってもいいですか?」
「あー、入ってこい入ってこい」
かなり派手にまき散らしたようだ。
しかし、曲がりなりにも女の子であるセイバーの半裸を見ても我がご子息はぴくりともしない。やっぱちんちんか。ちんちんなんだろうなあ。
あれがなければセイバーの観音様を拝むこともできただろうに。というかあれがあったから半裸状態なわけだけど。
「で、セイバー。気分はおさまったか?」
「ええと……まだ全然。というか、更にもやもやと」
……燻ってたところに火が入った、ということなんだろう。
「抜くだけ抜いてすっきりしてこい。風呂ならどんなに汚しても大丈夫だから」
「はい。申し訳ありません、シロウ。見苦しいところをお見せして」
ぺこりと頭を下げ、セイバーは風呂場へ向う。
うむ。美尻。
――で、一時間が経過した。
「遅い……」
いくらなんでも一時間こきっぱなしということはないだろう。
様子を見に行った方がいいだろうか。
盛ってる最中だったらあれだけど、まあ、今の状況は同性とさして変わらないような感じだ。男のオナニー見て楽しめるような歪んだ趣味は持っていない。……いや、あれだけ綺麗なんだし、歪んでみるのもそれはまた一興なんだろうけど。
しかし……いくら女の子だったとはいえ、ちんちんしごいてるところなんて見たくないしなあ。妄想で補完しても、結局は自分に付いてるのと同じもののわけだし。興奮より不快感のほうが先に来る。
「のぼせてたりすると危ないし、一応様子見てみるか」
不穏な空気が漂ってたら戻ってくればいい。
というわけで、風呂場へと向かう。
脱衣所の照明は薄暗い廊下を照らし、そこにまだ誰かがいることを示している。しかし耳を澄ませてみても、物音ひとつしない。
「セイバー?」
声を掛けて、脱衣所のドアをノックする。
……反応無し。
「セイバー」
今度はもう少し大きな声で呼びかけてみる。
と、中でごそりと音がした。
「おい、セイバー。大丈夫か?」
「う……」
苦しげにうめくセイバーの声に、まさか倒れてるのかと不安がよぎる。
「セイバー、どうしたんだ?」
「シ、ロウ……」
「のぼせてぶっ倒れてるんじゃないよな」
「うう……、い、痛い……」
「痛い!? ど、どうしたんだ? 開けるぞ?」
さすがの俺も、同居人が苦しんでいるというときに不快だのなんだのと言っている場合じゃない。ちんちんがあろうがセイバーはセイバーだ。
「い、いえ、シロウの声を聞いて意識がはっきりとしてきました。心配には及びません」
「本当に大丈夫なのか?」
「はい……。ただ、その……」
「なんだ」
言いよどむセイバー。
少しの間会話が途切れ、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、セイバーは答えた。
「お、おちんちんがひりひりと」
ヤりすぎか貴様。
「……一時間こすりっぱなしか」
「一時間!? そ、そんなに経ってたんですか!?」
そんなに勃ってたんだろうな。
そりゃ疲れて意識も朦朧となるわさ。
「で、すっきりしたか」
「あ……はい。びっくりするくらい出てきました。どこに溜まってたのか不思議なくらい……」
脱衣所でごそごそと動く音がする。
「そ、それにしても、おちんちんというのは、こんなに気持ちのいいものだったんですね。上り詰めていくときの息苦しさや、射精寸前からの爆発的な快楽。……初めて体験しました」
ぐわー。聞きたくねー。
「そもそも自慰という習慣がなかったのですが、これでは癖になってしまう……」
そうか。セイバーってオナニーしない派なのか。いやまあ、女の子がどうなのかって、男の俺にはよくわからんけど。
……せめてそれ、ちんちん生える前に知ってればなあ。
「シロウは……その、性欲の発散はどうしているのですか? いままで、そんな素振りを見せたこともないと思うのですが……」
「ん? いや、俺は自分を抑制することくらいできるし」
魔術の鍛錬も自己抑制の一環みたいなものだ。
そもそも親父が女にだらしないから、それで数々の修羅場を見せつけられた記憶がトラウマになっているんだと思う。あんな大人にはなるめえ、と。
ナイフ持った綺麗なお姉さんが訪ねてきたときはちびるかと思ったぞ。
「そ、そうなのですか? ……私はまだまだ修行が足りないようです」
がちゃ、とドアが開いてセイバーが出てくる。
「……少しやつれたか?」
「はい? ……いえ、一時間少々でやつれるようなことはありません。気のせいでしょう」
いやしかしね。目の下に隈できてるような気も。
「何回くらい出した?」
「ええと……、すまないシロウ。六回から先、数えていなかった。それどころではなかったので」
猿か。
「それでも六回以上? ……やりすぎだ」
「や、やはりそうですか。しかし、その、射精時のそれが気持ちよすぎて、もう一回もう一回と思っているうちに……」
「そりゃ仕方ないといえば仕方ない……のか? でもセイバー、たしかマーリンとかいうのにちんちん生やされて子供作ったって言ってたよな。童貞じゃないんだろ?」
俺は童貞だけどなー。というか親父のこと見てると、ものすごい恐ろしいものなんだと感じずにはいられないわけで。
「ええ。一応は、その、おちんちんも初めてというわけでは……。ですがそれは性交渉のための一時的なものですし、不自然にならないよう気を張ることに精一杯で、気持ちいいもなにもわからないうちに終わるのが常でした。そのときは男の生理現象など知りもしない。『とりあえずそれを入れればいい』と、言われるがままにコトを為していただけです」
「……それはまた、難儀な」
まあ、童貞以前に使い方も分からないちんちん生やされてすんなり終わらせろってほうが無理だろうけど。
「ですから、自分の思い通り快楽を得ることができると知ってしまうと……」
「うん、なんだ……何事もやりすぎはよくない。ほどほどにな」
「……はい」
しょんぼりとうなだれるセイバーに若葉以下略。
ぽん、とセイバーの肩を叩く。びくりと過剰に反応しているセイバーを意識から追い出し、俯く少女に声を掛ける。
「悩み事あったら、ひとりで抱え込まないで、ちゃんと言えよ? 男歴は俺の方が長いんだから、相談に乗ることもできるしさ」
「はい……。ありがとう、シロウ」
ぐす、とすすり上げるセイバーに以下略。
これでちんちん付いてなきゃ、いいシチュエーションなんだけど。
「それで、どうする?」
「どうする……とは、おちんちんのことですか?」
「うん。生活に支障ないって言ってたけど、気になるんだろ?」
セイバーは少し考え込み、
「……いえ、その、このままでも特に問題ありません。もう少し様子を見て考えましょう。原因もわからないのですから、下手に手を出すのもどうかと思いますし」
と、挙動不審バリバリで答えた。
「当事者のセイバーがそう言うんならいいけど……」
ぽーっと上の空のセイバーを見ていると、この先不安で仕方がない。
「それで、あの、シロウ? 相談があるのですが……」
「早速か。なんだ?」
もじもじと指をからめ、上目遣いで俺を見るセイバー。
「その……えっち、な本を、ですね? いくつか所望したいのです。後学のためにも」
「……そうか」
そんなこったろうと思ったよ、セイバー。
セイバーが
はじめてのおなにー
を体験してから三週間、ちんちん生えてからは四週間が経った。
今ではすっかりちんちんに馴染んだ様子のセイバー。
性欲を持て余し、あっちでこっちでと節操なくスカートを突き上げていたセイバーのご子息も、ようやく新しい環境に慣れたのか、最近はめっきりと大人しくなっている。
俺とセイバーの関係も、ちょっと気になる同居人から……なんというか、男子高校生のエロ友達というノリになってきていた。
控えめな胸も、細い腰も、綺麗な肌も、可愛らしい顔立ちも、セイバーはなにひとつ変わっていない。ただちんちんが生えて、異性間の遠慮というものが無くなってきているのだろう。まあ、元々男として生きていたアルトリア・ペンドラゴン、ちんちん生えてても困ることはないらしい。
『興奮状態がすぐ分かってしまうのは喜べませんが、おしっこするのも楽ですし、不便なことはなにひとつない。一生このままでもいいかもしれませんね』
とはセイバーの談。
……いいのかなあ、それで。
少なからず好意を抱いていた相手にちんちん生えてわーいとか思えないって。……まあ、俺も今の状況は気に入ってるし、以前よりも愉しいから、セイバーにちんちん生えててもいいけど。
俺、男友達少ないしね。
一成相手に猥談するわけにもいかんよ。うん。
慎二だと実体験のえぐい話されそうで嫌だし。
セイバーのことは、周りの誰にも話していない。本人困ってないし、俺もそれでいいとか思ってるし。いやもう、ホントに不都合とかないんですけど、これ。
と、まあ。
セイバーにちんちん生えて、それでも衛宮のお家はわりと平和です。
「シロウ、ビデオ屋に新作が入っていたので借りてきたのですが、見ますか?」
「あ、見る。セイバー見終わったら俺の部屋においといて」
……こんな感じに平和です。
セイバーは、三週間前に部屋を移った。薄い襖を隔てたそこにだれかいれば、落ち着いて自慰のひとつもできないだろう。俺はしないからいいけど。
移ったといっても、元いた部屋からふた部屋ほどしか離れていない。それで充分音が聞こえなくなる。
ついでにセイバーの部屋にはテレビが据えられ、ビデオ、DVD、パソコンも完備。着実にエロ空間と化してきている。
どこからそんな金が出ているかといえば、セイバーの自腹。
なんとあやつ、エロのためにバイトしてまで金を稼ぐ始末。土建は日払いで高額らしい。
――つわものだ。
つわものってか、アホだ。
いや、アホだけど凄い。
「シロウ。おかわり」
「はいよ」
我が家ではセイバーがバイトから戻って夕飯となる。それが大体六時から七時。朝からフルで働いても、セイバーはさわやかな顔で帰ってくる。侮り難し、サーヴァント。
しかし、バイトを始めてからのセイバーの食事量は、日に日に少なくなってきているようだった。まあ、いままでが異常だったんだけど、だんだんと残す量が多くなると作ってるこっちが不安になってくる。
「ごちそうさま、シロウ」
「おそまつさま」
というわけで聞いてみることにした。
「なあ、セイバー。食ってすぐごろ寝テレビしながらで構わないけど、ちょっといいか?」
「どうしたんです、シロウ。改まって」
あ゛ー、と唸りつつ腹ぽんぽん。
どこのオヤジだ貴様。
「いや、最近食事の量減ってるだろ? だからなんかあったのかと思ってさ」
「……そうなんですか? いつも腹八分目くらいで止めてるので、多いとか少ないとかは気にしてなかったんですが」
「うん。かなり減ってる。前が十だとしたら、今は六くらい」
「はあ。そんなに。……恐らく、あれでしょう。規則正しい生活に、適度な運動。健康的な一日を過ごしているうちに、肉体が日常に適応してきているのではないかと」
えーと、つまり。
セイバーは一般人化してる、と。
まあ、聖杯戦争も終わってるし、一向に構わないけどさ。
「そうか。どこか悪いとかじゃないんだな。……安心した」
「……それくらいで心配しないで下さい、シロウ。それよりも、もっと別な心配があると思うのですが」
「なんだよ、別の心配って」
「いえ、ですから。私のおちんちんのこととか」
「はあ? なに言ってんだセイバー。どこに心配する要素があるんだよ、それ。三週間も放っておいてるくせに」
「……まあ、そうなんですけど。少しくらいそちらの心配もして欲しかったな、という意味もありつつですね」
いじいじと寝っ転がったまま畳にのの字を描くセイバー。
嗚呼……これが聖杯戦争の壮絶な戦いを駆け抜けたサーヴァント。堕ちたものだ。
「あ、シロウ、忘れていました。これが今週の分です。ささ、お納め下さい」
セイバーは体を起こして正座し、一通の封筒をつつと差し出してくる。
「いつもすまんねえ……。ってまあ、それはいいとして……ホントにいいのか? セイバーひとり食っていかせるだけの蓄えはあるんだぞ」
封筒の中に入っているのは、諭吉さん数枚。
「何度も言いますが、私はただシロウに甘えていたくはないのです。自分にできることをしているだけで、良い悪いはありません。それに、タダ飯喰らって居座るわけにもいきませんから」
「あ、うん……。まあ、そういうことならもらっておくけど」
生活費をまかなって剰るだけの金額を、毎週セイバーは俺に納めている。
本人には黙っているが、そのお金から生活費を差し引いた分は、セイバー名義の通帳に入れていた。そのうち入り用になったとき使ってもらえばいいんだし、そもそもこのお金はセイバーが労働の代価として受け取っているのものだ。必要以上に貰うのは躊躇われてしまう。
「シロウ、お茶をいただけますか」
「ん、ちょっと待ってな」
二人分のお茶を淹れ、しばらくはそれを啜りながら無言でテレビを見ていた。
なんというか……なんだろう、このあまりにも普通すぎる日常は。ついこの間まで戦争してたとは思えない気の抜けよう。セイバーもちんちん生えてるくせに歓迎ムードな勢いだし。
……いいのかなあ、こんなんで。セイバーはいいんだろうなあ。
「さて、明日もバイトが入っているので、先に休ませてもらいますね」
十時も半分ほど過ぎると、セイバーは思い出したように口を開く。
よいしょと声を漏らして腰を上げ、「お風呂入ってきます」と告げて部屋へと向かった。
バイトにしても随分と早いのは、まあ、セイバーのことだからお休み前の一発なんだろうけど。そういうことが分かる俺たちの間柄ってどうだろう。
セイバー、ちんちん生える前より充実ライフ送ってないか。
というか……充実オナニーライフ?
セイバーの原動力は、ここのところ覚えたオナニーなわけで。
オカズあさりのために汗水流して働いてるのは……、いやまあ、別にいいよ? それはどうかなあ、とは思うけど、今のセイバーは聖杯戦争のときより生き生きしてるし。
でもですね。『シロウ、河原にえっちな本が捨ててあった! まだ雨にもあたっていないっ』とかすっご笑顔で報告されても、ああうん、よかったな、って力無い笑みを返すしかないんですよ。『シロウ、ジャンルの一角を占める、その……ロリ? というのも、なかなか深いものがあるのですね。イリなんとかというのが、いわゆるそれにあたるらしいのですが。……小さい子供におちんちんは反応しませんが、紙媒体となると、それはまた別の楽しさがあります』とか、いちいち報告しなくていいよ、セイバー……。
……や、今の状況もそれはそれで愉しいからいいんだけど。
それにしても、ヤりたい盛りの中高生みたいなセイバー、普通はオナニーよりもセックスの方に関心が向くと思うのだが……やっぱり同性(一応は)を抱くのは無意識に抵抗を感じているのだろうか。
それともあれか。右手が恋人です、みたいな壮絶テクでも身につけてるのか。
「いや、そんなことどうでもいいんだけどさ」
と、そのとき玄関の戸が開く音がした。
こんな時間に来客とは珍しい。
呼び鈴も鳴らさずに上がってくると言うことは……
「邪魔するぞ」
予想通り、そこには遠坂をもって金ぴかと称される青年がいた。
「夜分遅くにすまんな。手土産に茶菓子を持ってきてやったぞ」
「あ、それじゃお茶淹れるか。熱いのでいいよな?」
「ああ。とびきり熱いやつを頼む」
居間に入って来るなりどっかと腰を下ろすギルガメッシュ。
態度がでかいのはいつものことだが、今日はどこかしおらしく感じる。
「ん、これって珍珍堂の……高くて俺じゃ手が出せないやつだ。いいのか、こんなの」
「かまわん。どうせ食うなら美味い方がいいだろう、おまえも」
「いや、そうだけどさあ」
「……せっかくだからと買っておいたというのに、不満か。迷惑ならそうと言え」
ぶす、とギルガメッシュは頬を膨らませる。
「あ、いや、そういうことじゃなくてさ。こんな高いのじゃなくてもよかったのにってこと」
「ふん。気を遣う必要はない。雑種は黙って王の施しを受けていればよいのだ」
俺の差し出した湯飲みを受け取り、ギルガメッシュはずずとお茶を啜る。
「……うむ。相変わらず美味いな。おい、我の専属にならぬか。給金ははずむぞ」
「それは遠慮しておくよ。こんなのが飲みたきゃいつでも来ていいしさ」
本気ではないのだろう、そうか、とギルガメッシュはあっさり引き下がった。
「で、なにか用でもあったのか? いつもなら昼間にしか来てなかったのに」
「……ああ。いや、用というか、頼みだな」
珍しいこともあるもんだ。あのプライドばかりが無駄に高いギルガメッシュが、俺に頼み事とは。
「部屋をひとつ貸して欲しいのだ。もちろん生活費は払う」
「は? ……部屋、を?」
「む。だめか?」
「いや、この屋敷無駄に広いから全然構わないんだけど、どうしてまた。言峰のところに世話なってるんだろ?」
俺がそれを言うと、ギルガメッシュは眉根を寄せて顔をしかめる。
「それなんだがな……。どうも最近、言峰の様子がおかしい」
「おかしいって、どんなふうに」
「ああ。……我に、妙に優しいのだ」
「…………。それは、なんとも。不気味だな」
「不気味だ。言峰に恩義は感じているが、アレを好きになれるわけがない。そんなやつに優しくされれば、裏がないか疑うのも仕方ないことだろう?」
「そうだよなあ。……うん、そういうことならいいぞ、好きに使って」
「……恩に着る」
テーブルに身を乗り出し、ギルガメッシュは俺の手を取ってむぎむぎと握る。
と、どこからかいい香りが流れてきた。
ふわりと、甘くくすぐられるような香り。
「……? ギルガメッシュ、香水変えたか?」
「ん? いや、今日は……というか最近は殆ど付けていないな」
襟元を引っ張ってくんくんと匂いをかぐギルガメッシュ。
「匂うか?」
「ああ……というより、これって香水の匂いじゃないのか」
「我にはわからんな……」
気になるほど強い匂いではない。
自然に香ってくる、心地いいものだ。
「あ、フェロモンか? 言峰に効く」
「……そんなものがあるか、阿呆が」
俺が引っ張っていた袖を振り払い、ギルガメッシュは腕を組む。
「でもいい匂いだぞ、それ。俺は好きだな」
「ば、莫迦か貴様。我にそんなことを言ってどうする」
照れるギルガメッシュ。レアだ。
……ん?
「…………」
見間違いかと、ごしごしと目をこする。
いや、そういえば最初に見たときも違和感があった。
態度も顔もいつものギルガメッシュだったから、“違和感”としてしか感じなかった。
腕を組み、胸を張るようにして視線を逸らし、そして違和感の正体がなんなのか、はっきりとわかった。
「ギルガメッシュ……。それ、なんだ」
「それ?」
俺の指の先、そこにギルガメッシュは視線を向ける。
“シャツを突き上げる大きな乳房”を鷲掴み、これか、と英雄王はおほざきになりました。
「知らん。いつの間にか大きくなっていた」
……おおむね、我が家は平和です。