1:ひこうきぐも
桜の咲く季節は過ぎたけれど、ぽかぽかと暖かい風はまだまだ春真っ盛り。
真っ青な空には、ひこうきぐもが一筋。
時折吹く風は少し、心地良いくらいに涼しく、こうやって縁側でぼんやりしていると、そのまま眠ってしまいそうなくらいに、居心地が良い。以前、どこからか迷い込んできた猫が、人様の家の縁側の真中で堂々と昼寝をしている姿を見かけたけれど、今は猫がこの場所を昼寝の場所に選んだ理由が分かったような気がする。
だって、こんなに暖かくて心地良い場所なんて、他に探したってそう見付からないのでは? と思ってしまうから。
そんな訳で、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。皆からイリヤと呼ばれているわたしが、こんな風に縁側にタオルケットを敷いてゴロゴロしているのも、仕方の無い事なのだ。うん。
レディを自称しているわたしが、こんな真似をしているだなんて。とは言って欲しくない。リンの寝起き姿や、リンと楽しそうにお喋りをしているシロウを見るサクラとか、タイガとか(具体的な行動例を挙げるまでもなくタイガは淑女には見えない)に比べたら、わたしがこんな風にしていても、わたしという存在をシロウが飽きれる訳なんてないのだから、問題なんて全然ない。
「良いてんきー」
ごろごろごろごろ。
降り注ぐ日差しの角度から見て、もうちょっとしたらお昼ご飯の時間なのが分かる。今日は土曜日で、学校もお休みで、部活動と言うものも今日はないらしくて、久しぶりに一日中この家に皆が居て、皆で三食共にする事が出来る日なのだ。
なのに何で一人でこんなゴロゴロしているかと言うと、シロウはタイガと一緒に道場で稽古(という名前の一方的ないじめ)をしていて、リンは部屋に引き篭もって何かの調べ物をしていて、サクラはお昼ご飯の準備をしている。
もうすぐお昼ご飯が出来あがるんだろう、居間を通して、台所から、じゅうっと何かを炒める音と一緒にとても良い匂いが流れてきている。
お昼ご飯を食べたら何をしようか。まさかこうやってゴロゴロしている訳にはいかない。食べてすぐに寝ると牛になってしまうらしいから、シロウにくっ付いて夕飯の買い物に出掛けようか。
うん。そうしよう。今日は朝この家に着いた時にはもうシロウは起きていて朝食の準備をしていたから、今日はシロウと触れ合う時間を全然持てていない。
横になったまま、よし。と小さく頷いて拳を握ると、
「お昼ご飯できましたよー」
と、パタパタとスリッパを慣らしながら道場、離れ、そして縁側を巡る桜の声が届いた。
待ってました。とばかりに道場から小走りにタイガ、よろよろと、覚束無い足取りでシロウの二人がやって来る。そして、それにほんの数秒遅れて、離れの一室のドアがゆっくりと開き、うーん。と何やらブツブツと独り言をしながらリンが居間へと歩いてくる。
縁側で寝転んでいるわたしを、居間へ入ろうとする三人と、三人を迎えようと襖の側に立つ一人が楽しげに見つめている。
「こんな昼間からゴロゴロするなんてだめだぞちびっこー!」
「一人でつまんなくなかったか? 後で一緒に買出しにでも行くか?」
「こんな時間から寝てたら夜寝れなくなるわよ」
「良い天気ですし、イリヤちゃんがぼんやりしちゃうの分かるなあ。わたしも片付けが終わったらご一緒しようかな」
四人はわたしを見ながら、それぞれ思っている事を口にして、最後に揃って、お昼にしよう。と言ってから居間に入っていく。
「あー、タイガ! シロウの隣はわたしなんだからねー!」
ばっ。と自分でも驚くくらいの早さで跳ね起きると、四人が待つ居間に、わたしも駆け込んでいく。
「あー、こらイリヤ。料理の前で動きまわるんじゃない。藤ねえも張り合うなっ! よし。皆席に就いたな。それじゃ、いただきます」
いただきます。と声が揃う。
わいわい、と騒ぎながら箸を進めている四人の先、さっきまでわたしが寝ていた縁側を越えて更に向こう。
空にひとすじの、ひこうきぐも。
何か良い事が起きるかもしれない。
そんな事を思ってしまうような、春の昼下がり。