【彼がいなくなったその時に】 M:アルクェイド 傾:主人公死亡後日


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1: トオル (2004/04/25 03:42:43)[ryo.tsukuyomi at cronos.ocn.ne.jp]

最初、彼に惹かれたのはその眼だ。
何を置いてもあの眼が印象的だった。
私を解体したナイフより。
彼の躍動する姿より。
私を射殺すように見ていたあの青い眼。
『アレ』を忘れられなかった。

そして、待ちに待った彼との初会合。
彼の瞳は、思いに反して黒かったがその根底にあるものは変わらなかった。
彼の驚いた顔。
萎縮する表情。
いままで何も感じなかった胸の奥に、ぶるり とした感覚が流れてきた。
――――今思えば、あの時から私が彼を愛する事は決まっていたのかもしれない。
始めはあの眼を憎く思い。
次には愛しく思い。
そして今は――――



【彼がいなくなったその時に】


あの吸血鬼騒ぎからたった4年。
彼―――遠野志貴は死んでしまった。
ひどい、とも思わなかった。
悲しい、とも・・・・・・思わなかった。
ただ。
ただ・・・胸の奥の空虚感がぬけない。
心がどうしようもなく凪いでしまっている。
さざ波すら、たたない。


・・・・・・彼の葬式には少しの人しか来なかった。
私はいろんな人にいろんな言葉をぶつけられた。
それは、感謝の言葉だったり、恨みの言葉だったり。
様々だった。

妹には
「私は・・・私は兄さんが好きでした・・・」
私は唯、うんと相槌をうった。
「幸せそうに笑う兄さんが好きでした。困ったように笑う兄さんが好きでした。
・・・・・・貴方と、一緒にいる時の兄さんが――す、きで、した」
妹は普段じゃ予想もできないくらいボロボロ泣いて私に言った。
私は妹の黒い髪や切れ長の綺麗な眼も好きだったから、綺麗なその顔がくしゃくしゃになるのも悲しかった。
私は、妹の顔を手で拭ってやると、軽く微笑んでやった。
志貴が私の笑い顔を見ると元気がでるっていってたし、それにどうやら。
私は妹のお姉さんであるようだから。

志貴が妹にお兄さんとしてやっていたことを私がやるべきだと思ったから。

でも何故か妹は私の微笑みを見てさらに泣き出してしまった。

なんで、だろう。


ヒスイとコハクには
「志貴さんは幸せでしたねー。最後まで」
コハクはそう笑った後に一瞬表情が抜け落ちて、
「でも死んじゃったらなんの意味もないんですよ?あの時、あの庭で幸せそうに笑っていた貴方が死んでしまうなんて・・・・・・ズルイじゃないですか」
まるで、何かを思い出すようにまた笑った。

ヒスイは黙って私の方をじっと見つめてくるだけだった。
その瞳が私を責めているように見えたのは、私の一方的な思いだったのか?
胸に当てた手が自分の洋服をぎゅっと掴んでいるのが印象的だった。


アリヒコという志貴のトモダチには
「死んじまったのかよ、遠野」
そう呟いて志貴の写真の前にびゅっと拳を突き出した。
「もう喧嘩できねえな・・・・・クソ野郎」
そういって泣きながら笑っていた。


シエル・・・・・・シエルは、志貴の葬式には来なかった。
もしかしたら、連絡が取れなかったのかもしないし、宗教が違うからと遠慮したのかもしれない。
とにかく―――シエルは来なかった。

後は遠野家やアリマという彼の家の親族がほそぼそとやってきた。
そしてそれぞれの人が彼の入った棺おけの中に花を入れていった。

それで、おしまい。

遠野志貴という私が世界で一番愛した人は、まるで簡単に ぱたん と本を閉じるぐらい簡単に私の前からいなくなってしまった。


そして今私は、彼と4年間一緒にすんでいた私の部屋で一人住んでいる。
彼と一緒に住んでいた時そのままだ。
整理する気も起きない・・・・・・イヤ、整理する必要があるのだろうか?

なんだか、もうどうでも、いい。
全部どろどろに消えて無くなってしまえばいい。
私ごと、この部屋の思い出ごと、どろどろに消えてなくなってしまえばいい。
そう、思った。



「まだ、ここにいるんですか貴方は」



その時、開くはずのない扉から聞けるはずのない声がした。


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